自傷行為をする心理とは?|トラウマ・支配関係と自分を傷つける理由

自称行為のメカニズム 強迫・依存・その他

強い不安や怒りが込み上げてきても、誰にも言えない。胸が締めつけられ、喉が詰まり、頭の中では相手に言われた言葉が何度も繰り返される。逃げ出したいほど苦しいのに、その場から離れることも、自分の気持ちを表現することもできない。

やがて、その苦しさが自分自身へ向かい、身体を傷つけたいという衝動が生まれることがあります。

自傷行為の背景には、強い感情を鎮めたい、自分を罰したい、何も感じなくなった状態から抜け出したい、言葉にならない苦痛を誰かに分かってほしいなど、さまざまな心理があります。

なかでも、幼少期から親や養育者に支配され、怒りや恐怖を表現することを許されなかった人は、自分の感情を外へ向けることに強い不安を抱えている場合があります。

相手に怒りを感じても、逆らえばさらにひどい目に遭う。拒絶されることが怖くて、嫌だと言えない。自分が傷ついているのに、いつの間にか相手を怒らせた自分が悪いのだと考えるようになる。

こうした関係が続くと、本来は自分を傷つけた相手へ向かうはずだった怒りまで、自分自身へ向けられることがあります。

自分を傷つける行為の奥に、他者へ向けることのできなかった怒りや、逃げることを許されなかった恐怖が隠れている場合があるのです。

ただし、すべての自傷行為がトラウマや支配関係から生じるわけではありません。抑うつ、不安、感情調整の難しさ、対人関係の葛藤、孤立など、複数の要因が重なることもあります。

自傷行為を理解するうえで重要なのは、行動そのものを責めることより、その人がどのような苦痛を抱え、なぜ自分を傷つけるところまで追い詰められたのかを理解することです。

自傷行為とは何か|苦痛を調整しようとする心の働き

自傷行為とは、自分の身体を意図的に傷つける行動を指します。

臨床では、自殺を目的としない自傷行為を、非自殺性自傷(Non-Suicidal Self-Injury:NSSI)として区別することがあります。

ただし、実際の自傷行為では、本人にも自分の意図を明確に説明できないことがあります。死にたいわけではないと思っていても、消えてしまいたい気持ちが重なっていたり、そのときどきで行為の意味が変わったりする場合もあります。

そのため、自傷行為と自殺に関する危険を機械的に切り離して考えることはできません。

自傷行為の背景にある心理の一つが、耐えがたい感情や身体の緊張をどうにか調整しようとする働きです。

強い不安、怒り、恥、孤独、絶望が重なり、自分の内側で起きていることを整理できなくなる。その状態から抜け出すために、自分を傷つける行動へ向かってしまうことがあります。

また、自分には価値がない、罰を受けるべきだと感じるときに、自分へ向ける攻撃として現れる場合もあります。

2021年にMiller、Redley、Wilkinsonが発表した質的研究では、繰り返し自傷行為を経験していた13~17歳の少女9人へのインタビューが行われました。

参加者の語りからは、感情を調整すること、強い衝動に圧倒されること、対人関係の出来事が引き金になること、そして信頼できる人との関わりが衝動を和らげる助けになることなどが見いだされています。

この研究で注目したいのは、自傷行為が突然起こる一瞬の行動としてだけでなく、苦痛が高まり、本人がそれをどうにかしようとする過程のなかで生じていたことです。

自傷行為は、一つの原因だけでは説明できません。その人が傷つく前に何を経験し、どのような感情や身体感覚を抱え、誰との関係で苦しんでいたのかを丁寧に理解する必要があります。

自傷行為のメカニズム|不安や緊張が限界に達するとき

自傷行為には、前触れとなる感情や身体の変化がある場合があります。

誰かから強く責められる。信頼していた相手に拒絶される。自分の気持ちを伝えたのに、理解してもらえない。

そうした出来事が起きたあと、胸がざわつき、呼吸が浅くなり、肩や腹部に力が入る。頭の中では相手とのやり取りが繰り返され、何をしていても落ち着かなくなることがあります。

とくに、自分の感情を表現できない環境で育ってきた人は、怒りや恐怖を感じても、それを他者に伝えることが難しい場合があります。

相手が怖い。嫌われたくない。怒りを出せば関係が壊れるかもしれない。

そう考えるうちに、自分の内側で高まっている感情を、どこへ向ければよいのか分からなくなってしまうのです。

自傷行為のあと、一時的に感情や緊張が弱まったと感じる人もいます。

心理学では、ある行動のあとに不快な状態が軽減すると、その行動が繰り返されやすくなることを負の強化と呼びます。

自傷行為でも、苦痛が一時的に変化する体験が、行動の反復に関わる場合があります。

ただし、その反応はすべての人に同じように生じるわけではありません。行為のあとに、後悔や恥、恐怖、孤独が強まる人もいます。

一時的に苦痛が変化したとしても、背景にある問題が解決されるわけではなく、身体の損傷や行動の反復による危険も残ります。

ここで大切なのは、自傷行為がもたらす一時的な変化だけを見るのではなく、それほど強い刺激に頼らなければならないほど、本人の心身に何が起きていたのかを理解することです。

痛みが安らぎと結びついてしまう心理

自傷行為を繰り返す人のなかには、身体を傷つけることと、苦痛が一時的に和らぐ感覚が結びついている人がいます。

感情が激しく高まり、自分ではどうにもできない状態のとき、身体への刺激によって注意や感覚が変化することがあります。

こうした体験には、痛みの処理、感情調整、ストレス反応など、複数の心理生理学的な働きが関わると考えられています。

痛みの調節には、内因性オピオイドを含む身体の仕組みも関与しますが、自傷行為をした人すべてに特定の物質が分泌され、それによって安心するという単純な説明はできません。

また、安心感を得ることを目的としていても、実際には苦痛が十分に和らがず、行為を繰り返してしまう場合があります。

特に、幼少期から強い恐怖や緊張にさらされてきた人は、普段から身体が落ち着かず、安心するための方法を十分に身につけられなかった可能性があります。

泣いても慰めてもらえない。怖いと言っても助けてもらえない。怒りを表現すると、さらに責められる。

そうした環境では、感情を誰かと分かち合い、落ち着きを取り戻すという経験が少なくなります。

そのため、大人になってから強い苦痛に直面したときにも、誰かに助けを求めたり、自分の感情を言葉にしたりすることが難しくなる場合があります。

自傷行為が繰り返される背景には、苦痛を感じることそのものに加えて、苦痛を安全に扱う方法を十分に持てなかったことが関わっている場合があるのです。

「自分が今ここにいる」と確かめたい|自傷行為と解離の関係

トラウマを経験した人のなかには、強いストレスにさらされると、自分の身体や感情の感覚が薄れる人がいます。

目の前の出来事が遠く感じられ、自分が現実のなかに存在している実感を失う。身体を動かしていても、自分が動かしている感じがしない。誰かと話していても、どこか別の場所から自分を眺めているように感じられる。

こうした体験には、解離や離人感が関わっている場合があります。

解離が生じると、耐えがたい感情や身体感覚から距離を取るような反応が現れることがあります。

強い恐怖や支配にさらされていた子どもにとって、感じることを弱め、目の前の出来事から心理的に離れることが、その場をやり過ごす方法になっていた可能性があります。

しかし大人になってからも同じ反応が起きると、自分が何を感じているのか分からず、現実とのつながりが薄くなってしまうことがあります。

そのような状態にある人のなかには、自傷行為によって身体感覚を確かめようとする場合があります。

ここで起きているのは、単に刺激を求めるということよりも、自分の存在感が失われたような苦しさから、何とか抜け出そうとする試みとして理解できることがあります。

ただし、痛みを利用することは安全な現実感の回復方法ではありません。身体を傷つけることなく、周囲の環境や身体が支えられている感覚を確かめるなど、本人に合った方法を見つけることが重要です。

解離とは何か|離人感・現実感喪失・健忘・DIDの原因と回復では、自分の身体や感情、現実とのつながりが薄れていく反応について詳しく扱っています。

支配と服従の関係|反撃できない相手の前で心と身体が凍りつく

自傷行為を理解するうえで、支配と服従の関係は重要な視点の一つです。

親、養育者、教師、恋人、配偶者など、関係のなかで大きな力を持つ相手から、繰り返し威圧や支配を受けていると、本人は自分の意思を表現することが難しくなる場合があります。

嫌だと言えば怒鳴られる。拒否すれば責められる。相手の要求に従わなければ、関係を断たれたり、さらに強い圧力をかけられたりする。

そうした環境では、反論するより黙って従う方が、安全を確保しやすい場合があります。

力の差が大きい関係では、抵抗することで状況がさらに悪化する可能性があります。そのため、本人は怒りや恐怖を感じながらも、身体を固め、相手が求める反応を選ぶことがあります。

トラウマ臨床では、このような反応を、闘争・逃走・凍りつきなどの防衛反応と関連づけて理解することがあります。

凍りつき反応では、強い脅威のもとで身体が動きにくくなったり、声が出なくなったりすることがあります。

幼少期から支配的な関係に置かれてきた人は、現在の人間関係でも、相手の強い口調や威圧的な態度に触れた瞬間、身体が緊張し、自分の考えを伝えられなくなることがあります。

その場では何も言えず、相手に合わせてしまう。そして一人になってから、言い返せなかった自分を激しく責める。

こうした体験が繰り返されると、傷つけられたことへの怒りと、自分が何もできなかったことへの怒りが、混ざり合っていく場合があります。

凍りつき反応(フリーズ)とは何か|トラウマで心身が止まる仕組みと回復の全体像では、逃げることも抵抗することも難しかったときの身体の働きについて解説しています。

支配されるほど、自分への攻撃が強まっていく理由

支配的な関係のなかで傷つけられてきた人は、本来相手に向けるべき怒りを、自分自身へ向けることがあります。

相手に責任があると考えるよりも、自分が悪かったと考える方が、その関係を維持しやすい場合があるからです。

たとえば、親から理不尽に怒鳴られた子どもが、自分の言い方が悪かったのだと考える。恋人から責められた人が、自分がもっと気を遣えばよかったのだと思う。

そうした考え方が続くと、相手の行動によって生じた苦痛まで、自分の責任として抱え込むようになります。

本当は怖かった。腹が立った。もうやめてほしかった。

しかし、その感情を相手へ向けることができず、自分が悪いから仕方がないと考えてしまう。

このような心理の背景には、相手への怒りを表現することへの恐怖や、関係を失うことへの不安が関わっている場合があります。

その怒りが、強い恥や罪悪感と結びつくと、自分は罰を受けるべきだという感覚が生まれることがあります。

相手に傷つけられたという事実が、自分は傷つけられて当然の存在なのだという思いへ変わってしまう。

そこに、支配と服従の関係が残す深い心理的な問題があります。

自己攻撃は、外へ向けられなかった怒りの反転として理解できる場合があります。ただし、自傷行為のすべてを抑圧された攻撃性だけで説明することはできません。

自分を罰したい気持ち、感情を鎮めたい気持ち、助けを求めたい気持ちなどが、複雑に重なっていることがあります。

境界線を侵され続けると、「自分を守る権利」が分からなくなる

支配的な関係では、本人の感情や身体、時間、意思が十分に尊重されないことがあります。

嫌だと言っても受け入れてもらえない。距離を取りたいと伝えても、拒絶や反抗として扱われる。相手の要求に応えなければ、罪悪感を抱かされる。

こうした経験が続くと、自分がどこまで相手の要求に応える必要があるのか、何を拒否してよいのかが分からなくなることがあります。

境界線とは、自分と他者の感情や責任、身体、生活を区別するための心理的な感覚です。

しかし、幼少期から境界線を侵されてきた人にとって、自分の意思を表現することは、相手を怒らせる危険な行動として感じられる場合があります。

その結果、自分が苦しいと感じても、相手の要求を優先してしまう。自分を守るために距離を取るより、相手の機嫌を直そうとする。

こうした過剰適応が続くと、怒りや疲労が蓄積し、自分自身を傷つける方向へ向かってしまう場合があります。

回復では、自分が何に傷つき、どこまでなら受け入れられるのかを確かめていくことが重要になります。

ただし、現在も暴力や脅迫を受けている場合には、支配者に直接反論したり、境界線を宣言したりすることで危険が高まる場合があります。

そのような状況では、安全を優先し、信頼できる支援者や専門機関と相談しながら、関係や生活環境を調整していく必要があります。

抑圧された怒りが、自分を罰する気持ちへ変わるとき

支配的な家庭で育った人は、怒りを表現することに強い不安を抱える場合があります。

怒ると相手を傷つける。怒れば見捨てられる。反論すれば、さらにひどい目に遭う。

そのような経験が続くと、怒りを感じた瞬間に、自分の感情を抑えようとすることがあります。

本当は理不尽だと思っているのに、自分にも悪いところがあったと考える。相手の行動に傷ついたのに、そのことを認めると関係が壊れそうで怖くなる。

こうした状態では、怒りを感じることそのものに罪悪感が生じることがあります。

その結果、相手への怒りを、自分への批判へ変えてしまう場合があります。

どうしてもっと上手に対応できなかったのだろう。なぜ自分はいつも失敗するのだろう。こんな自分だから、ひどい扱いを受けるのだ。

こうした自己批判が強まると、自分を罰したいという気持ちが生まれることがあります。

2024年刊行の『Qualitative Research Journal』に掲載されたAghaMohammadiらの質的研究では、非自殺性自傷を経験した17~29歳の若者21人へのインタビューから、家族内の危機や価値の否定、虐待やネグレクトなどの経験が、傷ついた自己の感覚と結びついている様子が描かれました。

そこでは、恐怖、恥、怒り、絶望などが、自分自身の捉え方へ深く影響していました。

この研究からも、自傷行為を単なる衝動の問題として捉えるだけでなく、本人が自分自身をどのように感じ、どのような関係のなかで傷ついてきたのかを理解する重要性が見えてきます。

怒りを感じることと、誰かを傷つけることは同じではありません。

自分が理不尽に扱われたことに腹が立つのは、境界線を侵されたことへの反応として理解できる場合があります。

その怒りを、自分を傷つける行為へ向ける前に、何に傷つき、何を守りたかったのかを言葉にできるようになることが、回復につながる場合があります。

自傷行為が繰り返される理由|苦痛と孤立の悪循環

自傷行為の背景にある苦痛が十分に理解されないままでは、同じような状況で再び衝動が強まることがあります。

たとえば、誰かから責められ、強い恥や怒りが生まれる。その感情を誰にも伝えられず、一人で抱え込むうちに、自分を傷つけたいという衝動が高まる。

そのあと、一時的に苦痛が変化したとしても、行為への後悔や、周囲に知られることへの恐怖が強まることがあります。

自分を傷つけたことを誰にも言えず、ますます孤立してしまう場合もあります。

こうした状態が続くと、苦しいときほど助けを求められず、一人で何とかしようとする悪循環が生まれます。

Millerらの質的研究でも、繰り返し自傷行為を経験していた若者にとって、対人関係の出来事が衝動を強める一方、信頼できる人との関わりが重要な支えになっていることが示されています。

また、シンガポールの精神科外来患者を対象としたShahwanらの質的研究では、自傷行為の動機には、感情の調整や自分を罰することなどの内面的な理由に加えて、苦痛を言葉にできないときに、その状態を周囲へ伝えようとする理由もあることが示されています。

自傷行為を、単に周囲の注意を引こうとしている行動として決めつけることは、本人の苦痛を理解する機会を失わせます。

自傷行為の反復を防ぐためには、行動を止めることだけでなく、何が衝動を強め、どのような関係や環境で苦痛が軽減するのかを、本人とともに理解していくことが大切です。

支配と服従の連鎖を断ち切るために必要なこと

支配的な関係から離れることができても、心のなかに残った恐怖や服従の習慣は、すぐに消えるとは限りません。

相手が不機嫌になると、反射的に謝ってしまう。自分の気持ちを伝える前に、相手がどう受け取るかを考える。嫌なことを嫌だと感じても、その感情を押し込めてしまう。

そうした反応が続いている場合、現在の関係が安全であっても、過去に身につけた生き方によって、自分の意思が制限されている可能性があります。

回復では、まず相手の感情と自分の感情を区別し、何を自分の責任として引き受けてきたのかを整理していくことが大切になります。

相手が怒っていることと、自分が悪いことは同じではありません。相手の期待に応えられないことと、自分に価値がないことも違います。

こうした違いを頭で理解していても、身体がすぐに安心できるとは限りません。

そのため、安心できる関係のなかで、自分の意思を少しずつ表現できる経験を重ねていくことが重要になります。

今日は話したくない。少し休みたい。その言い方はつらかった。今は返事を決められない。

そうした小さな意思表示が尊重される経験を通して、自分の感情を持つことや、相手と異なる考えを持つことへの恐怖が和らぐ場合があります。

境界線を持てなかった人の人生はなぜ危険になるのか|幼少期トラウマと自己否定の心理構造では、幼少期に自分の領域を尊重されなかった人が、他者との境界線を取り戻していく過程を詳しく扱っています。

自傷行為からの回復|心と身体を取り戻すための実践

自傷行為からの回復では、行動が起きた背景を理解しながら、苦痛を安全に扱うための方法を増やしていくことが重要になります。

本人にとって自傷行為がどのような意味を持っていたのかを理解し、そのうえで、身体を傷つけることなく苦痛へ対応できる方法を見つけていきます。

1. 自傷行為の背景にある感情や出来事を理解する

自分を傷つけたいという衝動が生じたとき、何がきっかけになっていたのかを、落ち着いている時間に振り返ることが役立つ場合があります。

誰かに否定されたのか。強い孤独を感じたのか。相手への怒りを表現できなかったのか。それとも、何も感じられない状態が続いていたのか。

最初から感情を詳しく説明できなくても構いません。

「強く責められたあとだった」「一人になったときだった」「自分が嫌になっていた」といった形で、出来事と気持ちのつながりを少しずつ整理することができます。

ただし、強い衝動が生じている最中に、無理に過去の体験を掘り下げることは負担になる場合があります。

まず安全を確保し、感情を扱う作業は、落ち着ける環境で行うことが大切です。

2. 自分を責める声と、傷ついている感情を区別する

自傷行為を繰り返す人のなかには、強い自己批判を抱えている人がいます。

自分が悪い。自分は罰を受けるべきだ。こんな自分には価値がない。

そうした考えが浮かんだとき、その言葉がどこから来ているのかを振り返ってみることがあります。

幼い頃に親から言われていた言葉なのか。支配的な相手から繰り返し向けられた評価なのか。現在の出来事によって、過去の傷つきが呼び起こされているのか。

自分を責める声が強いときほど、その奥にある悲しみや怒り、孤独へ気づきにくくなる場合があります。

自分を攻撃することよりも、自分が何に傷ついているのかを理解することが、回復の重要な一歩になります。

3. 身体を傷つけずに、強い苦痛へ対応する方法を増やす

衝動が強いときには、複雑なことを考えたり、感情を言葉にしたりするのが難しくなる場合があります。

そのため、落ち着いているときに、自分に合った対処方法を考えておくことが役立ちます。

安心できる場所へ移動する。信頼できる人に短い連絡を送る。音楽を聴いたり、周囲の景色を確かめたりして、注意を現在の環境へ戻す。

身体への注意が不安を強めない場合には、椅子に座り、足の裏が床に触れている感覚や、背もたれに身体を預けている感覚を確かめることもできます。

ただし、トラウマや解離のある人では、呼吸や身体感覚へ注意を向けることで、かえって苦痛が強まることがあります。

その場合は、身体の内側へ注意を集中させることにこだわらず、自分が落ち着ける方法を選ぶことが大切です。

4. 自傷行為について相談できる関係をつくる

自傷行為を経験した人は、そのことを誰かに話すことに強い恥や恐怖を感じる場合があります。

知られたら嫌われる。責められる。理解してもらえない。

そう考えて、一人で苦痛を抱え続けてしまうことがあります。

しかし、自傷行為を減らしていくためには、本人が自分の苦痛を安心して伝えられる関係が重要になります。

2022年に公表された英国NICEの自傷行為診療ガイドラインでは、自傷行為の背景にある個別の事情を本人とともに理解し、身体的な安全と心理的な支援を組み合わせることが勧められています。

自傷行為に対して叱責や懲罰的な対応を行うことは推奨されていません。

本人がどのような苦痛を抱え、何を助けてもらいたいのかを理解することが、支援の出発点になります。

5. 心理療法を通して、感情を扱う力を育てる

自傷行為を繰り返している場合には、専門的な心理療法が役立つことがあります。

とくに、感情調整の難しさや対人関係の葛藤が強い場合には、感情を理解し、衝動に対応し、他者との関係を調整するための心理療法が検討されます。

NICEのガイドラインでは、成人の自傷行為に対して、自傷に焦点を当てた認知行動療法的な介入を検討することが勧められています。また、頻繁な自傷行為と感情調整の問題を抱える若者には、青年向けの弁証法的行動療法(DBT-A)を検討することが示されています。

トラウマを背景にもつ場合には、安全の確保や感情調整を支えながら、必要に応じてトラウマに焦点を当てた治療を組み合わせていくこともあります。

回復に必要なのは、自傷行為をやめるよう命じられることよりも、苦痛を安全に扱うための選択肢を増やし、自分の感情や身体を守れるようになることです。

6. 安全のための計画を、信頼できる人と共有する

自傷行為の衝動が強くなる場面を想定し、あらかじめ安全のための計画を作っておくことも役立ちます。

どのような出来事が苦痛を強めるのか。衝動が強くなったとき、誰に連絡できるのか。どのような場所なら安全に過ごせるのか。必要な場合、どの医療機関や相談先を利用できるのか。

こうしたことを本人と支援者が一緒に考え、危険が高まる前から確認しておきます。

また、衝動が強いときには、身体を傷つける行為につながるものから距離を取り、一人で危険を抱え込まないようにすることも重要です。

自傷行為によるけががある場合には、身体的な治療が必要になることがあります。死にたい気持ちが強まっている、重大なけががある、安全を保てないといった場合には、速やかな医療的支援が必要です。

支配からの回復は、「自分を守ってよい」と感じられることから始まる

支配的な関係のなかで育った人は、自分の感情や身体を守ることに、強い罪悪感を抱えている場合があります。

相手が怒っていると、自分が何とかしなければならない。嫌だと言えば、関係が壊れる。自分のために何かを選ぶことが、わがままに感じられる。

そうした生き方が続くと、誰かに傷つけられたときでさえ、自分が悪かったのではないかと考えてしまいます。

そして、相手へ向けられなかった怒りや、誰にも受け止めてもらえなかった悲しみが、自分自身への攻撃につながる場合があります。

しかし、傷ついたときに怒りを感じることや、嫌なことを拒否したいと思うことは、自分の領域を守るための大切な感情でもあります。

これまで自分を責めることに使ってきた力を、少しずつ自分を守るために使えるようになること。

誰かから理不尽に責められたとき、自分にすべての責任があると考える前に、相手の行動を振り返ってみる。疲れたときには休むことを選び、嫌なことを嫌だと感じる自分を尊重する。

そうした経験が積み重なるなかで、他者との関係も、自分自身との関係も少しずつ変わっていきます。

支配的な相手に従うことでしか安全を守れなかった人が、今度は自分の意思を大切にしながら生活できるようになる。

自傷行為からの回復を考えるときには、行動を減らすことだけでなく、自分の身体を傷つけずに、自分の感情や尊厳を守れるようになることにも目を向ける必要があります。

まとめ|自傷行為の背景にある痛みと、支配からの回復

自傷行為の背景には、強い不安や感情の混乱、自己批判、孤独、解離、対人関係の苦痛など、さまざまな心理的な要因があります。

なかでも、幼少期から支配的な関係のなかで生きてきた人は、自分の怒りや恐怖を表現することが難しく、傷つけられた経験を自分の責任として引き受けてしまう場合があります。

相手が悪いと思うよりも、自分が悪かったと考える。反抗するよりも従い、自分の感情を出すよりも抑え込む。

そうした生き方が続くと、本来は他者との関係のなかで理解されるべき苦痛が、自分自身へ向かうことがあります。

自傷行為は、耐えがたい苦痛を何とか調整しようとする行動として理解できる場合があります。しかし、それは身体を傷つける危険を伴い、背景にある苦痛を十分に解決する方法にもなりません。

回復のためには、その行動を責めることよりも、本人がどのような苦痛を抱え、何を守ろうとしてきたのかを理解することが重要です。

怒りを感じてもよいこと。嫌なことを拒否してよいこと。誰かに傷つけられたとき、その責任まで自分が引き受けなくてもよいこと。

そうした感覚を、安心できる人間関係のなかで少しずつ取り戻していくことが、支配と服従によって失われていた自分の意思を回復することにつながります。

これまで自分自身へ向けてきた怒りの奥には、本当は誰かに分かってほしかった苦しさや、守られるべきだった自分の存在があるのかもしれません。

その苦しさを言葉にし、他者と分かち合い、身体を傷つけずに感情を扱う方法を見つけていく。

自分を罰することでしか心を落ち着かせられなかった人が、自分を守ることによって安心を感じられるようになる。

そこに、トラウマによる自己攻撃から、自分自身を取り戻していく回復の道があります。


参考文献

  1. Miller, M., Redley, M., & Wilkinson, P. O. (2021). A Qualitative Study of Understanding Reasons for Self-Harm in Adolescent Girls. International Journal of Environmental Research and Public Health, 18(7), 3361.
  2. AghaMohammadi, S., Mazaheri, M. A., Fata, L., Mootabi, F., & Moghadasiyan, B. (2024). The experience of hurt in the deepest part of self; a phenomenological study in young people with non-suicidal self-injury (NSSI). Qualitative Research Journal, 24(3), 233–244.
  3. Shahwan, S., et al. (2022). A qualitative study of motivations for non-suicidal self-injury in a sample of psychiatric outpatients in Singapore. Singapore Medical Journal.
  4. National Institute for Health and Care Excellence (NICE). (2022). Self-harm: assessment, management and preventing recurrence(NG225).

Counseling & Share

ご相談をご希望の方へ

カウンセリングの空き状況をご確認いただけます。 このページを必要な方へ共有することもできます。

予約ページを見る
NEW BOOK
『やわやわな心にはゼラチンを入れて、冷蔵庫で休ませましょう』
著者:井上陽平 / 2026年11月12日発売

人との距離、自分の気持ち、断ること、頼ること。 「心の境界線」という視点から、生きづらさをほどきながら、 自分の感覚や距離感を取り戻すための考え方とワークをまとめた一冊です。

BOOK
『かくれトラウマ』
生きづらさはどこで生まれたのか / 著者:井上陽平

人に合わせすぎる。緊張が抜けない。安心したいのに落ち着けない。 そうした日常の反応の奥にある見えにくい傷と、 身体が身につけてきた守り方を、 トラウマ・身体・神経系・愛着の視点から読み解いた一冊です。

テーマ別の新着記事

見たいテーマを開くと、そのカテゴリの記事を新しい順で読めます。

HSP・神経系の過敏性 (18)
セルフチェック (5)
トラウマ・CPTSD・解離 (86)
心の病・精神疾患 (43)
心理学(理論)・精神分析 (24)
心理技法・治療法 (22)
愛着・対人関係・人格の問題 (72)
井上 陽平

井上陽平(公認心理師・臨床心理学修士)。
トラウマ・解離・PTSD・愛着障害を専門とする心理カウンセラー。
児童養護施設、情緒障害児施設、精神科クリニックでの臨床経験を積み、
心身反応(フリーズ・過覚醒・離人感)への介入や、
複雑性トラウマ、対人関係、境界線の問題に重点的に取り組む。

研究テーマは「複雑性トラウマの身体反応」「解離と自己構造」「愛着スタイル」「虐待と対人関係のパターン」。現在は「こころのえ相談室」にてトラウマ専門のカウンセリングを提供。書籍の企画・執筆に関するご依頼も承っております。

井上 陽平をフォローする
強迫・依存・その他
シェアする

コメント

タイトルとURLをコピーしました