自己愛性パーソナリティ障害は子ども時代にどう形づくられる?|賞賛への渇きと防衛の心理

自己愛性パーソナリティ障害の子ども 人格傾向・パーソナリティ

テストでよい点数を取った日は機嫌がよく、親から褒められたことを何度も話す。しかし、友達が自分より高い点数を取ったと知ると、途端に不機嫌になり、相手の欠点を探し始める。先生から少し注意されただけで激しく反発し、失敗を認めるよりも、誰かのせいにして自分の立場を守ろうとすることがあります。

周囲からは、負けず嫌いでプライドが高く、わがままな子どもとして見られるかもしれません。しかし、その子にとっては、誰かに負けることや注意されることが、自分の価値を大きく揺るがす出来事になっている場合があります。

一方で、幼い頃から親の期待に応え、成績もよく、周囲からしっかりした子どもだと思われてきた人がいます。親の前では弱さを見せず、困ったことがあっても自分で何とかしようとする。しかし、期待に応えられなかったときには激しく自分を責め、他人の成功を見ると、言葉にできないほどの悔しさや劣等感を感じることがあります。

こうした姿には、自尊心を保つための異なる方法が表れています。

自己愛性パーソナリティ障害(Narcissistic Personality Disorder:NPD)は、誇大な自己評価、賞賛への強い欲求、特権意識、共感の問題などを伴い、対人関係や社会生活に持続的な困難が生じる精神疾患です。

ただし、子どもが目立ちたがる、負けず嫌いである、褒められたがるといった特徴だけで、将来の自己愛性パーソナリティ障害を判断することはできません。子どもの自己中心性や競争心には、発達の過程で自然に見られるものもあります。

ここで扱うのは、子どもの性格を診断することではなく、自分が特別であることや、他者より優れていることによって、傷つきやすい自尊心を支えようとする心理が、どのような経験の中で育つのかという問題です。

その背景には、過度な賞賛や特別扱い、条件付きの愛情、親からの厳しい評価、慢性的な緊張、いじめや孤立など、さまざまな経験が関わる可能性があります。

また、気質や遺伝的な要因も関係するため、自己愛性パーソナリティ障害を特定の育て方や幼少期のトラウマだけで説明することはできません。

それでも、臨床的に見えてくるのは、他者からの評価によって自分の価値が大きく変動し、失敗や批判を受け止めることが難しくなっている心理です。

自分を大きく見せることや、他者を見下すことが、本人にとって弱さや恥に触れないための方法になっている場合があるのです。

賞賛を求める心の背景|「特別でなければ存在できない」という感覚

子どもにとって、親から褒められることは嬉しい経験です。頑張ったことを認めてもらい、自分の成長を一緒に喜んでもらうことで、努力する意欲や自信が育っていきます。

しかし、褒められることが自分の価値を確かめる唯一の方法になると、少し違う心理が生じる場合があります。

例えば、親が子どもの成績や運動能力を非常に重視し、よい結果を出したときには周囲へ自慢する一方、失敗したときには関心を失ったり、厳しく責めたりしていたとします。

そのような環境では、子どもは自分が何を感じているかより、どのような結果を出せば認めてもらえるかを考えるようになることがあります。

一番になった日は安心できる。先生から褒められれば、自分に価値があるように感じられる。しかし、結果が悪かった日には、自分そのものが受け入れられなくなったように感じる場合があります。

精神分析家ハインツ・コフートは、1971年の著書『The Analysis of the Self』で、他者から理解され、認められる経験と、安定した自己の形成との関係を論じました。

コフートの自己心理学では、子どもが自分の喜びや達成を周囲の大人に受け止めてもらい、その経験を通して自己のまとまりを育てていく過程が重視されます。

しかし、認められる経験が極端に偏っている場合には、自分の価値を内側から保つことが難しくなり、他者からの賞賛や反応に強く依存することがあります。

褒められると急に自信が高まり、無視されたり批判されたりすると、強い恥や怒りが生じる。そのような揺れが繰り返される場合があります。

この状態では、賞賛は単なる喜びを超えて、自分の存在を支える重要な足場になっています。

誰かから評価されている間は、自分を保つことができる。しかし、評価が途切れると、内側にあった不安や空虚感が急に強まるのです。

成人後の自己愛性パーソナリティ障害に見られる特徴については、自己愛性パーソナリティ障害の特徴と行動パターンでも詳しく扱っています。

褒めすぎや特別扱いが、自己愛を強めることもある

自己愛的な特徴の形成を考えるとき、親から十分に愛されなかった経験だけに注目すると、重要な側面を見落とすことがあります。

子どもが親から過度に特別扱いされ、他の子どもより優れている存在として育てられる場合にも、自己愛的な傾向が強まる可能性があります。

例えば、親が子どもに対して、あなたはほかの子とは違う、特別な才能があるのだから普通の子と同じ扱いを受ける必要はない、と繰り返し伝えていたとします。

子どもが学校で注意されても、親は教師の対応ばかりを問題にする。友達とのトラブルでも、子どもの言い分を十分に確かめず、相手の方が悪いと決めつける。

そのような関係では、子どもは、自分が他者と同じ規則に従うことや、他人の立場を考えることを学びにくくなる場合があります。

2015年、Brummelmanらは、子どもと親を対象にした縦断研究で、親が子どもを他者より特別で優れた存在として過大評価することと、子どもの自己愛的な傾向がその後に強まることとの関連を報告しました。

一方で、子どもが親から温かく受け入れられていると感じることは、自尊感情と関連していました。

ここから考えられるのは、子どもを大切にすることと、子どもを他者より優れた存在として扱うことの違いです。

自分が大切にされているという安心感は、他者と比較しなくても自分を保つ土台になります。

しかし、自分が特別であり、他者より優遇されるべき存在だという考えが強くなると、学校や社会で同じ規則を求められたときに、激しい不満が生じる場合があります。

注意されることが、自分への不当な扱いとして感じられる。他の子どもが褒められることを、自分が軽く扱われた証拠として受け取ってしまうこともあります。

こうした経験が重なると、他者との関係は、互いを認め合うものよりも、自分が優位に立てるかどうかを確かめるものへ変わっていく場合があります。

ただし、この研究で扱われたのは子どもの自己愛傾向であり、成人後の自己愛性パーソナリティ障害の発症を直接証明したものではありません。

家庭の緊張の中で育つ子ども|「親にとって望ましい自分」を演じる

親から特別扱いされる家庭とは反対に、子どもが絶えず評価され、失敗を厳しく責められる家庭もあります。

親の機嫌によって、褒められる日と怒られる日が大きく変わる。少しでも成績が下がれば、なぜこんなこともできないのかと言われる。兄弟姉妹と比較され、いつも優秀であることを求められる。

そのような環境では、子どもは自分の気持ちを表現するより、親が望む自分へ近づこうとすることがあります。

親に認められるために勉強する。弱さを見せず、困ったことがあっても助けを求めない。怒られないように、自分の行動を細かく確認しながら生活する場合があります。

外から見ると、非常に真面目で努力家の子どもかもしれません。

しかし、本人の内側では、失敗することへの強い恐怖が続いている場合があります。

失敗すれば、これまで積み重ねてきた評価が失われる。親から失望され、自分の存在そのものが受け入れられなくなるように感じることがあります。

精神分析家ウィニコットは、1960年の論考で、周囲の要求へ過度に適応することで、自発的な感情や欲求が表現されにくくなる状態を「偽りの自己」という概念から考察しました。

この視点から見ると、優秀な子どもとして振る舞うことが、本人の不安や弱さを隠すための役割になっている場合があります。

本人は周囲から認められていても、自分が本当に何を望んでいるのか分からない。親の期待を満たすことには慣れていても、失敗した自分を受け入れることが難しくなるのです。

その後、他者からの批判や評価の低下に強く反応するようになる場合があります。

ただし、こうした過剰適応がそのまま自己愛性パーソナリティ障害へ発展するわけではありません。自己否定や不安、完璧主義など、異なる心理的問題として現れることもあります。

重要なのは、子どもが自分の弱さや限界を見せたときに、周囲の大人がどのように関わってきたのかという点です。

学校は「自分の価値を証明する場所」になりやすい

家庭で自分の価値を安定して感じにくかった子どもにとって、学校は重要な評価の場になります。

成績がよい。スポーツで活躍する。友達から人気がある。先生に認められる。クラスの中心にいる。

そうした経験が、自分への自信を支えることがあります。

しかし、他者からの評価に強く依存している場合には、誰かに負けることが、単なる結果の違い以上の意味を持つことがあります。

例えば、いつもテストで一番だった子どもが、初めて友達に負けたとします。

悔しいと感じるだけなら、その経験を次の努力につなげることができます。しかし、負けたことによって自分の価値が失われたように感じると、相手への怒りや激しい恥が生じる場合があります。

相手の成績を認めるより、あの子は塾へ通っているから有利だった、今回は問題が簡単だった、というように、負けたことの意味を小さくしようとすることがあります。

また、友達が周囲から褒められている場面で、不機嫌になったり、相手の失敗を話題にしたりする場合もあるでしょう。

そこでは、自分が優れているという感覚を守るために、相手の価値を下げようとする心理が働いている可能性があります。

本人にとって苦しいのは、負けたという出来事だけでなく、負けた自分を受け入れられないことなのです。

この心理が強くなると、学校は友達と学んだり、楽しんだりする場所であると同時に、自分がどれだけ価値のある人間なのかを証明する場所になっていきます。

「良い子」としての防衛と、その限界

自己愛的な防衛は、最初から人を見下したり、威圧したりする形で現れるとは限りません。

幼い頃には、親から高く評価されるために、非常に聞き分けのよい子どもとして振る舞う場合があります。

親の機嫌を損ねず、頼まれたことをきちんとこなし、失敗しないように努力する。学校でもよい成績を取り、先生から褒められることを大切にする。

そうした生活の中では、自分が何を感じているのかより、周囲からどう評価されるのかが重要になっていくことがあります。

例えば、本当は疲れていても、親から期待されると断れない。学校でつらいことがあっても、弱いと思われることが怖くて相談できない。

そのような経験が続くと、本人は自分の弱さを認めることに強い抵抗を感じるようになる場合があります。

大人になってからも、誰かに助けを求めることや、自分の失敗を認めることが難しくなることがあります。

しかし、良い子として過剰に適応してきた人が、必ず自己愛的な攻撃性を示すようになるわけではありません。

大切なのは、周囲から評価される自分と、実際に感じている自分との間に、どれほどの隔たりが生じているのかということです。

その隔たりが大きい場合、批判や失敗によって、これまで維持してきた自己像が強く揺らぐことがあります。

そのとき、深い恥や無力感を感じる代わりに、相手を責めたり、自分の正しさを強く主張したりする防衛が現れる場合があります。

なぜ批判されると激しく怒るのか|誇大さの奥にある恥

自己愛的な防衛が強い子どもは、注意されたときに、相手の言葉を非常に強い攻撃として受け取ることがあります。

例えば、授業中に先生から「今は話を聞いてください」と注意されたとします。

その言葉自体は行動を修正するためのものですが、本人には、みんなの前で恥をかかされた、自分を馬鹿にされたという感覚が生じる場合があります。

すると、注意された内容について考えるより、相手に言い返すことが優先されることがあります。

先生の言い方が悪い。ほかの子も話していた。自分だけを注意するのは不公平だ。

こうした反応の中には、自分が間違っていたことを認めると、激しい恥や敗北感に襲われるという恐怖が関係している可能性があります。

精神分析家オットー・カーンバーグは、1975年の著書『Borderline Conditions and Pathological Narcissism』で、病的な自己愛と誇大的な自己像、攻撃性、他者の理想化や価値下げなどの関係を論じました。

カーンバーグの考え方では、誇大な自己像が、自分の中にある傷つきやすさや矛盾を感じにくくする働きを持つ場合があります。

例えば、自分が間違っていたという事実を受け入れると、これまで保ってきた優秀な自分という感覚が揺らいでしまう。

その苦しさを避けるために、相手が間違っていることを証明しようとしたり、相手を見下したりする場合があります。

しかし、こうした防衛は、周囲との関係をさらに悪化させることがあります。

相手を攻撃したために、教師や友達との関係が壊れる。周囲から注意されることが増え、その経験を自分への不当な攻撃として感じる。

その結果、ますます自分の正しさを主張するようになることがあります。

この悪循環では、自尊心を守ろうとする行動そのものが、人との関係を傷つけ、さらに自尊心を不安定にしてしまうことがあります。

自己愛が壊れる前に何が起きているのか|怒りの裏で止まる神経系の調整装置では、怒りの背景にある恥や無力感について掘り下げています。

トラウマを抱えた子どもの身体|怒りの前に起きていること

幼少期から家庭内の怒鳴り声や暴力、予測できない叱責にさらされていた子どもは、対人場面で警戒が強くなる場合があります。

親の足音や声色、表情の変化を敏感に読み取り、いつ怒られるか分からないという緊張を抱えて過ごすことがあります。

そのような経験が続くと、学校でも、誰かから注意された瞬間に身体が強く反応することがあります。

胸が詰まり、顔が熱くなり、肩や背中へ力が入る。その不快な状態の中で、相手を攻撃したり、その場から逃れようとしたりする場合があります。

特に、弱さを見せることが危険だった子どもは、怖いという気持ちよりも先に、怒りが表へ現れる場合があります。

本人は恐怖や恥を自覚する余裕がなく、ただ相手を黙らせたい、これ以上責められたくないという気持ちになっているのかもしれません。

こうした反応には、トラウマによる過覚醒や感情調整の難しさが関係する可能性があります。

しかし、自己愛的な行動のすべてをトラウマによる神経系の反応として説明することには注意が必要です。

自分が特別扱いされることを当然だと学習してきた子どもが、要求を断られて怒る場合もあります。また、発達特性やほかの心理的問題が関係することもあります。

臨床では、怒りの強さだけを見るより、その直前に何が起き、子どもが何を感じ、どのような結果を求めて行動していたのかを理解することが重要です。

発達の早い時期に経験する脅威と後年の警戒反応については、PTSDになりやすい人の特徴|トラウマが心と身体に深く残る背景も参考になります。

羨望と怒り|「自分にはなかったもの」に触れたとき

虐待やネグレクト、家庭内の不和を経験してきた子どもは、ほかの子どもの何気ない話に深く傷つくことがあります。

家族で旅行へ行った話。誕生日に親から祝ってもらった話。困ったことがあったとき、親に相談して助けてもらえたという経験。

そうした話を聞いたとき、自分にはなかったものを突きつけられるように感じる場合があります。

本当は羨ましい。自分も同じように大切にされたかった。しかし、その気持ちを素直に認めると、自分がどれほど寂しかったのか、どれほど傷ついていたのかに触れなければならなくなることがあります。

そのため、相手の幸せを否定したり、相手が持っているものを価値のないものとして扱ったりする場合があります。

「あんな家族旅行はつまらない」「あいつは親に甘やかされているだけだ」。

そう考えることで、自分が手に入れられなかったものへの羨ましさや悲しみから距離を取ろうとすることがあります。

ただし、羨望を感じた子どもが必ず他者を攻撃するわけではありません。

羨ましさを言葉にできたり、自分の寂しさを誰かに受け止めてもらえたりすれば、相手の幸せと自分の苦しさを分けて理解できる場合があります。

一方、他者への攻撃やいじめが生じている場合には、その行動を止め、被害を受けた子どもの安全を確保する必要があります。

攻撃の背景に傷つきがあることを理解しても、他者を傷つけることが許されるわけではありません。

子どもの羨望や怒りを理解することと、行動に明確な境界を設けることは、両方とも重要です。

遊びや集団の中で見えやすくなる「特別でありたい」願い

遊びやスポーツの場面では、自己愛的な特徴が表れやすくなることがあります。

自分がリーダーでなければ気が済まない。ゲームで負けそうになると、途中でルールを変えようとする。他の子どもが活躍すると、不機嫌になる。

また、友達の失敗には厳しいのに、自分の失敗については認めようとしないことがあります。

例えば、サッカーの試合で、自分が得点できなかったとき、味方へパスを出さなかったことを振り返るより、ほかの選手の動きが悪かったと責める場合があります。

そのような反応の背景には、負けたことへの悔しさだけでなく、自分が活躍できなかったことへの強い恥が関係しているのかもしれません。

また、これまで家庭で特別扱いされてきた子どもは、学校でも周囲が自分を優先してくれることを期待する場合があります。

しかし、学校では他の子どもにも希望や権利があり、自分の思いどおりにならないことが起こります。

そのような経験は、子どもが他者との違いを理解し、互いの希望を調整する機会にもなります。

そこで大切なのは、負けたことを恥ずかしい経験として終わらせず、悔しさを感じながらも、仲間と関係を続けられるようにすることです。

自分が活躍できない日でも、集団の中に居場所がある。ほかの子どもが褒められても、自分の価値が失われるわけではない。

そうした経験は、他者より優れていることに依存した自己評価から、より安定した自尊心へ向かう土台になります。

思春期以降に強まりやすい自己愛的な揺れ

思春期になると、子どもは周囲から自分がどのように見られているのかを、より強く意識するようになります。

容姿、成績、運動能力、人気、恋愛、所属するグループ、SNSでの反応など、自分を評価する基準が増えていきます。

こうした時期に、自分の価値を他人からの評価へ強く預けていると、周囲の反応によって気持ちが大きく揺れる場合があります。

例えば、友達から注目されている間は自信に満ちていても、別の子どもが人気を集め始めると、不安や嫉妬が強くなることがあります。

恋愛で拒絶されると、悲しさを感じる前に相手を悪く言ったり、相手の価値を下げることで自分を守ろうとしたりする場合もあるでしょう。

また、自分は本当は特別な能力を持っていると考えながら、現実の努力や競争を避ける人もいます。

実際に挑戦して失敗するより、まだ本気を出していないと考える方が、自分の可能性を失わずに済むように感じる場合があります。

しかし、そのような状態が続くと、現実の中で自分の能力を確かめたり、失敗から学んだりする機会が少なくなってしまいます。

思春期には自己像が揺れやすく、誇大的な空想や他者との比較が強まることもあります。

そのため、一時的な態度だけで将来の人格を決めつけることは避け、対人関係や学校生活にどの程度の困難が続いているのかを丁寧に見る必要があります。

こうした自己愛的な空想と現実の他者との関係については、ナルシシズムの心理的原因と特徴|ネヴィル・シミントンの理論から考察でも扱っています。

自己愛的な防衛が強い子どもへ、どう関わればよいのか

自己愛的な防衛が強い子どもに対して、周囲の大人が対応に困ることがあります。

少し注意すると激しく怒る。自分の非を認めず、何でも他人のせいにする。友達へきつい言葉を向けたり、自分が中心にいられないと集団から離れたりする。

そのような行動が続くと、親や教師も感情的になり、子どもを厳しく責めたくなることがあるでしょう。

しかし、子どもが恥や批判へ強く反応している場合には、人格そのものを否定する叱責によって、防衛がさらに強まることがあります。

一方で、怒らせないように何でも要求を受け入れてしまうと、他者との関係で必要な限界を学ぶ機会が失われる場合があります。

大切なのは、子どもの感情を理解することと、他者を傷つける行動を止めることを区別することです。

例えば、友達に負けて腹を立て、相手を侮辱した子どもがいたとします。

そのとき、悔しかったことや恥ずかしかったことは理解できます。しかし、悔しいからといって相手を傷つけてよいわけではありません。

「負けて悔しかったんだね。でも、相手を馬鹿にする言い方はやめよう」と伝え、感情と行動を分けて考えられるようにします。

また、子どもが失敗したときには、結果だけで評価するより、どのようなことに取り組み、何が難しかったのかを一緒に振り返ることが役立ちます。

褒める場合にも、他の子どもより優れているという比較を繰り返すのではなく、その子自身の工夫や努力、周囲との協力を具体的に認めていくことが大切です。

例えば、試合で得点できなかったとしても、仲間へパスを出せたことや、最後まで取り組んだことを一緒に振り返ることができます。

また、子ども自身が誰かを傷つけた場合には、その相手がどのような気持ちになったのかを、落ち着いた状態で考えられるようにします。

ただし、強い怒りや恐怖の最中に反省を迫っても、話を聞く余裕がない場合があります。そのようなときには、まず状況を落ち着かせてから、出来事を振り返る方がよいでしょう。

こうした関わりを重ねることで、子どもは、失敗や批判を経験しても、自分の存在全体が否定されるわけではないことを少しずつ学んでいきます。

恐怖や強い恥から心理的な距離を取ろうとする働きについては、解離とは何か|現実感や感情が切り離されるときでも解説しています。

親の関わりだけで決まるものではない

自己愛的な特徴が子ども時代から形づくられる可能性について考えると、親の育て方がすべての原因であるように感じられるかもしれません。

しかし、実際の人格発達には、生まれ持った気質、遺伝的な要因、親子関係、学校での経験、友人関係、文化的な価値観など、多くの要因が関わっています。

同じ家庭で育った兄弟姉妹でも、経験をどのように受け取り、どのような対人関係を築くかは異なります。

また、幼少期に虐待やネグレクトを経験した人が、必ず自己愛性パーソナリティ障害を発症するわけではありません。

自己愛的な特徴が強い子どもに対して、親の責任だけを追及しても、現在の困難を十分に理解できない場合があります。

重要なのは、本人の行動がどのような場面で現れ、何によって強まり、どのような関わりの中で落ち着くのかを見ていくことです。

例えば、学校では激しく反発する子どもが、家庭では落ち着いている場合があります。反対に、外では問題なく過ごしているのに、家庭では強い怒りや要求が現れることもあります。

そのような違いを丁寧に理解することで、現在の環境で必要な支援が見えてくる場合があります。

他者への攻撃、いじめ、激しい怒り、慢性的な対人トラブルなどが続いている場合には、子ども自身の心理的な問題だけでなく、家庭や学校の環境も含めて、児童精神科や心理職などの専門家へ相談することが重要です。

おわりに|特別でなくても、自分の価値を保てるようになる

自己愛的な防衛が強い子どもは、自信に満ちているように見えても、失敗や批判によって自分の価値が大きく揺らぐことがあります。

いつも一番でなければならない。誰かから褒められていなければ安心できない。自分が間違っていたと認めることが、耐えがたい恥として感じられる場合があります。

そのような心理が強いと、他者は一緒に学び、遊び、関係を築く相手であると同時に、自分の価値を脅かす存在にもなってしまいます。

友達が成功することを喜びたいのに、羨ましさや敗北感が生じる。人と親しくなりたいのに、相手から批判されることが怖く、優位に立とうとしてしまうことがあります。

ここで必要になるのは、子どもの誇大さを力ずくで壊すことでも、特別な存在であるという思いを無条件に支持し続けることでもありません。

失敗しても関係が続くこと、誰かに負けても自分の価値が失われないこと、弱さを見せても助けを求められることを、実際の人間関係の中で経験していくことが大切です。

また、自分と異なる考えを持つ相手にも、その人なりの気持ちや価値があることを学んでいく必要があります。

自分が優れているときだけ安心できる関係から、うまくいかないときにも関係を続けられる経験へ。賞賛によって自尊心を支える生き方から、失敗や限界も含めて自分を受け入れられる生き方へ。

そのような発達の過程が、誇大的な自己像や他者への攻撃に頼らず、自分の価値を保つ力につながっていきます。

自己愛的な防衛が緩むということは、自分を小さくすることではなく、他者より優れていることを証明し続けなくても、自分を保てるようになることです。

子どもが他者と対等な関係を築き、失敗や批判から学びながら、自分自身の感情や能力を理解していくこと。その経験の積み重ねが、安定した自尊心と、他者を尊重する力を育てる土台になります。

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こころのえ相談室では、幼少期のトラウマ、家庭内での過度な期待や支配、自己評価の不安定さ、強い恥や怒り、対人関係における自己愛的な防衛などについて、カウンセリングを行っています。

批判されると激しく落ち込む、自分の失敗を受け入れられない、他者との比較が止まらない、周囲からの評価によって気持ちが大きく変わるといった問題について、これまでの経験と現在の対人関係を整理しながら、必要な支援を考えていきます。

参考文献

  1. Kohut, H.(1971). The Analysis of the Self: A Systematic Approach to the Psychoanalytic Treatment of Narcissistic Personality Disorders. International Universities Press.
    自己の発達における他者からの共感や承認、理想化の役割を論じ、自己愛的な脆さを理解するための自己心理学の基本文献。
  2. Kernberg, O. F.(1975). Borderline Conditions and Pathological Narcissism. Jason Aronson.
    誇大な自己像、他者の理想化と価値下げ、攻撃性、羨望などを、対象関係論の視点から考察した著書。
  3. Winnicott, D. W.(1960). Ego Distortion in Terms of True and False Self. The Maturational Processes and the Facilitating Environment(1965年所収).
    周囲の期待や要求へ適応する自己と、自発的な感情や欲求を持つ自己の関係を論じた精神分析の基本文献。
  4. Brummelman, E., Thomaes, S., Nelemans, S. A., Orobio de Castro, B., Overbeek, G., & Bushman, B. J.(2015). Origins of Narcissism in Children. Proceedings of the National Academy of Sciences, 112(12), 3659–3662.
    親による過大評価と子どもの自己愛傾向、親から感じる温かさと自尊感情との関連を検討した縦断研究。幼少期の養育と自己愛的な発達を考える際の参考文献。

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井上 陽平

井上陽平(公認心理師・臨床心理学修士)。
トラウマ・解離・PTSD・愛着障害を専門とする心理カウンセラー。
児童養護施設、情緒障害児施設、精神科クリニックでの臨床経験を積み、
心身反応(フリーズ・過覚醒・離人感)への介入や、
複雑性トラウマ、対人関係、境界線の問題に重点的に取り組む。

研究テーマは「複雑性トラウマの身体反応」「解離と自己構造」「愛着スタイル」「虐待と対人関係のパターン」。現在は「こころのえ相談室」にてトラウマ専門のカウンセリングを提供。書籍の企画・執筆に関するご依頼も承っております。

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