自分の気持ちや本音がないように感じる理由|支配的な親とトラウマが残す自己喪失

自分の気持ちが分からない 親子関係・毒親

親から脅かされたり、過度に管理されたり、自分の考えや感情を繰り返し否定されたりして育つと、大人になってからも、自分の意思で生きている実感を持ちにくくなることがあります。

何かを選ぶとき、まず自分の希望より相手の期待を考える。嫌だと思っても断れず、相手が望む反応を返す。周囲から頼まれれば引き受け、自分が疲れていることには後から気づく。人と関わる場面ではきちんと振る舞えても、ひとりになると急に空虚になり、「自分は何をしたいのだろう」と分からなくなることがあります。

子どもの頃、自分の意思を出すことが親の怒りや拒絶、支配につながっていたなら、親に従うことは身を守るための現実的な選択でした。

親の機嫌を読み、期待に応え、反論せず、余計なことを言わない。自分の感情を抑えることで家庭の平穏を保ってきた子どもは、やがて「自分が何を感じているか」よりも、「どうすれば問題を起こさずに済むか」を先に考えるようになります。

その適応が長く続くと、自分の内側から湧いてくる感情や願いが徐々に聞こえにくくなり、外からの指示や期待に反応することでしか動けない感覚が残ります。本人は、ときに自分を「人形のようだ」「誰かに動かされているだけの存在だ」と表現します。

感情や意思そのものが消えてしまったわけではなく、それらを表現したり、自分の行動の基準にしたりする機会が奪われてきたのです。

自分の人生を生きている感覚が薄れ、他者の期待によって動くことが当たり前になる。その状態を理解するには、幼少期の親子関係だけでなく、感情の抑圧、身体の緊張、自己喪失の経験を一つの流れとして見る必要があります。

支配される家庭では、子どもの「選ぶ力」が縮んでいく

子どもは、泣く、怒る、嫌がる、甘える、遊びたがるといった行動を通して、自分の欲求を知っていきます。

「嫌だと言っても見捨てられない」「失敗してもやり直せる」「自分の意見を持っていても大切にされる」。そうした経験を重ねることで、子どもは少しずつ自分の感情を信頼し、何を望んでいるのかを確かめながら行動できるようになります。

ところが、親が恐怖や罪悪感を使って子どもを従わせる家庭では、この過程が妨げられます。

怒鳴られる。無視される。人格を否定される。親の望まない意見を言うと責められる。失敗すると過剰に叱られ、親の不機嫌を直す役割まで担わされる。こうした環境では、子どもは自分の感情を大切にするよりも、親を刺激しないことを優先せざるを得ません。

洋服を選ぶときにも、親が気に入るかどうかを考える。学校で嫌なことがあっても、親に面倒をかけないように黙っている。将来の進路を考えるときにも、自分が何を学びたいかより、親が納得する選択肢を探すようになります。

自分の希望を持つこと自体が、家庭の中で争いを起こす危険な行為になっていくのです。

SoenensとVansteenkiste(2010)は、親の心理的支配について、罪悪感を抱かせる、恥を利用する、愛情を引き上げるといった方法によって、子どもの内面へ介入する関わりだと整理しています。これは単に行動を管理することとは異なり、子どもが自分の意思や感情に基づいて行動する力に影響する可能性があります。

親に従うことでしか安心を得られなかった子どもは、何かを決める場面で、自分の希望より先に相手の反応を予測するようになります。

その結果、大人になって親元を離れても、上司や恋人、友人など、自分に影響力を持つ相手の前では、同じように意思を引っ込めてしまうことがあります。

毒親育ちの子どもが抱える心の傷|母親との関係が自己肯定感に残す影響では、親の期待や感情に合わせ続けることで、子どもが自分の感情を後回しにしていく過程を詳しく扱っています。

条件付きの受容が「親に受け入れられる自分」を作る

支配的な親子関係では、子どもがありのままの姿で受け入れられるよりも、親にとって望ましい子どもでいるときに、肯定的な反応が与えられることがあります。

勉強を頑張ったとき。親の言う通りにしたとき。手がかからなかったとき。親の愚痴を聞いたとき。家の中で空気を乱さず、期待された役割を果たしたとき。

そうした場面でしか愛情や承認を得られなかった子どもは、「この自分でなければ受け入れてもらえない」と感じるようになります。

反対に、怒り、悲しみ、反論、疲労、助けを求める気持ち、親と異なる意見は、関係を壊す危険なものとして扱われます。子どもは自分の中にある自然な感情を隠し、親が受け入れられる部分だけを前に出すようになります。

そのようにして形成されるのは、単なる「いい子」という振る舞いだけではありません。親に受け入れられるための役割が、自分の人格の中心を占めるようになることがあります。

外側では従順で、気が利いて、真面目で、問題を起こさない人として振る舞えるかもしれません。しかし内側では、自分が何を感じ、何を望んでいるのかが分からなくなっていきます。

2026年、Mucsiらは、親のアルコール問題がある家庭で育った成人女性15人へのインタビューを分析し、幼少期に身につけた役割が成人後の自己認識にどう影響しているかを調べました。

参加者の語りからは、家庭の問題を外に見せず、強く有能な人間として振る舞う一方、内面には無力感や孤独を抱えていたことが浮かび上がりました。親の感情や生活を支える責任を引き受け、自分の欲求を後回しにしてきた経験が、成人後の自己喪失や境界線の難しさにつながっていたのです。

この研究は、アルコール問題のある家庭で育った女性たちの経験を扱ったもので、すべての支配的な親子関係にそのまま当てはまるわけではありません。それでも、家庭の中で生き延びるために作られた役割が、その後の自分らしさに影響する過程を考えるうえで示唆的です。

愛情不足で育った大人の特徴|恋愛が苦しくなる心理と期待できない心では、期待に応えても十分に満たされなかった経験が、大人になってからの自己価値や親密な関係へどう残るのかを扱っています。

幼少期に身につけた従順さや責任感は、その人が家庭の中で生きるために必要だった面があります。ただ、大人になった今もその役割だけで生き続けるなら、自分で人生を選ぶ感覚は遠のいていきます。

感情を押し込め続けると、自分の気持ちが分からなくなる

怒りたいのに怒れない。泣きたいのに泣けない。苦しいのに大丈夫だと答える。嫌なのに笑う。助けを求めたいのに、迷惑をかけたくないと思って黙る。

こうした反応は、子どもの頃に感情を表現することが難しかった人に残る場合があります。

親に怒りを向ければ、さらに激しく怒鳴られる。悲しみを訴えても、泣くなと言われる。助けを求めると、そんなことで甘えるなと突き放される。そのような経験が繰り返されると、子どもは自分の感情を表現することに慎重になります。

やがて、感情を抑えることが当たり前になると、自分が何を感じているのかを理解すること自体が難しくなる場合があります。

嫌なことをされても、その場では何も感じず、帰宅してから急に涙が出る。人から何が食べたいか尋ねられても、好きなものが思い浮かばない。休日に自由な時間ができても、何をすれば楽しいのか分からず、結局は誰かのために動いてしまう。

このような状態に関連する心理学的概念の一つに、失感情症(アレキシサイミア)があります。自分の感情を識別したり、言葉にしたりすることが難しい傾向を指します。

Ditzerら(2023)は、78の研究、計36,141人のデータを統合したメタ分析で、幼少期の虐待やネグレクトの経験と、成人後の失感情症との間に関連があることを報告しました。特に、感情的虐待や情緒的ネグレクトなどとの関連が認められています。

この結果は、幼少期に感情を十分に受け止めてもらえなかった経験が、自分の感情を理解する難しさと関わっている可能性を示しています。ただし、関連があることと、すべての人に同じ影響が生じることは別です。

感情を抑え続けた生活では、怒りや悲しみだけでなく、嬉しい、楽しい、安心するといった感覚まで曖昧になる場合があります。

そのため、「私は何も感じない」「何をしても心が動かない」「好きなことが分からない」といった虚無感につながることがあります。

感情がわからない・身体の感覚がない|解離とストレスで「麻痺」が起きる理由では、感情や身体感覚が遠のく反応を、心身の防衛という視点から詳しく整理しています。

感情の鈍さがある場合には、無理に過去の出来事を思い出したり、強い感情を引き出そうとしたりする必要はありません。「今、少し疲れている」「身体が固くなっている」「この人の前では緊張している」といった小さな感覚を確かめることから、自分の内側に注意を向け直していくことができます。

「人形のように生きる」感覚|他人の指示がないと動けなくなる理由

支配的な親のもとで育った人は、他者から求められたときには動けるのに、自分から何かを始めようとすると、急に止まってしまうことがあります。

誰かに頼まれれば頑張れる。締め切りがあれば動ける。人が困っていれば助けられる。しかし、ひとりになると何をしてよいか分からない。休日になっても、自分のために時間を使うことができず、何かしなければという焦りだけが残ります。

この状態では、他者の期待や役割が、自分を動かす燃料のようになっています。

子どもの頃から、親の要求へ反応することを優先してきた人は、自分の内側から湧き上がる衝動よりも、外から与えられる指示の方が分かりやすくなることがあります。

役割があるときには、自分が何をすればよいかが分かる。誰かの役に立っている間は、自分の居場所を確認できる。しかし、誰からも求められない時間になると、自分が何のために存在しているのか分からなくなることがあります。

そのため、一人でいると虚無感が強まり、誰かと一緒にいるときだけ自分が存在しているように感じる場合もあります。

また、自分で決めることに慣れていない人は、選択肢が増えるほど不安が強くなることがあります。

誰かが決めてくれれば安心するのに、自分で選ぶよう求められると、失敗したときの責任や他者からの批判が頭に浮かぶ。自分の希望を聞かれても、相手がどの答えを期待しているのかを先に考えてしまいます。

こうした経験を理解するうえでは、精神分析家ウィニコットが論じた「偽りの自己(False Self)」という考え方も参考になります。

周囲の要求に応じるための自己が強く発達すると、自発的な感情や衝動が表現されにくくなり、自分が本当に生きているという実感が薄れる場合があるという考え方です。

もちろん、人は社会生活の中でさまざまな役割を持ち、相手や場面に応じて振る舞いを変えます。問題になるのは、周囲に適応する役割だけが自分の中心となり、自分の気持ちを確かめる余地がなくなることです。

ストレスや不安を強く感じたときに起こる「解離」|自我と感覚が遠のく理由では、自分の中心がぼやけ、外からの刺激に反応するだけのように感じられる体験について扱っています。

自分が人形のように感じるとき、その人の内側に意思がないとは限りません。意思を表現することが長く難しかったために、自分の望みを手がかりに動く感覚が育ちにくくなっている場合があります。

身体に残る緊張|自分の意思より先に反応してしまう

親の前で緊張し続けてきた人は、大人になってからも身体に力を入れ続けていることがあります。

肩が上がる。顎が固まる。呼吸が浅い。胃腸の調子が不安定になる。頭痛や倦怠感が続く。人と会った後に極端に疲れる。何もしていないのに身体が重い。

こうした身体症状にはさまざまな原因がありますが、慢性的なストレスや警戒が関わっている場合もあります。

特に、親の怒りや暴力を予測しながら生活してきた人では、相手の表情や声の変化に身体が敏感に反応することがあります。

頭では何も問題がないと理解していても、誰かが不機嫌そうにすると胸が苦しくなる。自分の意見を伝えようとすると喉が詰まり、言葉が出なくなる。嫌なことを断ろうとした瞬間に身体が固まり、結局は相手の要求を受け入れてしまう。

そのとき本人は、自分がなぜ従ってしまったのか分からず、後から強い怒りや自己嫌悪を感じることがあります。

しかし、その場で身体が強く緊張していたなら、本人が望むように考えたり、行動したりすること自体が難しかった可能性があります。

幼少期に何度も恐怖を経験してきた人では、現在の状況が過去の危険と似ているときに、強い警戒や凍りつきが現れる場合があります。

もちろん、すべての身体症状や凍りつきがトラウマに由来するわけではありません。体調の変化が続く場合には、身体面からの評価も大切です。

不定愁訴を引き起こすトラウマの影響|身体に現れるサインと回復への道では、強いストレスや緊張が身体に現れる仕組みについて詳しく扱っています。

身体から回復を始める場合、最初から深い記憶へ触れる必要はありません。椅子に身体を預ける、足裏が床に触れている感覚を確かめる、温かい飲み物をゆっくり飲む。そうした小さな経験を通して、今いる場所の安全を確かめていくことができます。

虚無感の奥には「自分の人生を生きたかった」気持ちが残っている

支配的な環境で育った人は、大人になってからも、自分の人生に意味を見出しにくくなることがあります。

周囲から見れば仕事をしている。人とも関わっている。日常生活もある程度は回っている。それでも、内側には「これは本当に自分の人生なのか」という感覚が残ります。

自分の意思で選んだ記憶が少ない。親や周囲の期待に沿って進学し、働き、人と関わってきた。何かを達成しても、自分が満たされているのか分からない。褒められても、自分自身がそこにいないように感じる。

そのような状態では、過去を振り返っても、自分が何を望んでいたのか分からなくなることがあります。

本当は別の学校へ行きたかったのかもしれない。親に反対されたとき、本当は怒っていたのかもしれない。誰かに甘えたかったのに、弱い姿を見せることができなかったのかもしれない。

けれど、当時はそうした気持ちを考える余裕さえなかったため、自分の人生を振り返っても、出来事ばかりが浮かび、そこにいた自分の感情が見つからないことがあります。

McCormackとThomson(2017)は、複雑な子ども時代のトラウマを経験し、成人後に精神科の診断を受けた人々への質的研究で、幼少期から持ち越された自己不信や、自分には十分な価値がないという感覚が、成人後の自己認識に影響していることを報告しています。

一方で、自分が経験してきたことを理解し、現在の苦しさとのつながりを整理できるようになることが、自己価値を取り戻す助けにもなっていました。

自己喪失の苦しさは、今の自分に問題があるという感覚だけでなく、これまで自分の気持ちを大切にできなかった人生への悲しさとも結びついていることがあります。

失われた時間を振り返るときには、親への怒りや悔しさ、守ってもらえなかった悲しさが出てくる場合もあるでしょう。

そうした感情が現れることは、それまで見えにくかった自分自身の経験に触れ始めている可能性があります。

アダルトチルドレンのうつ症状|自己犠牲と感情回復のプロセスでは、家族に合わせ続けてきた人が、成人後に虚無感や抑うつ、自己否定へ傾く過程を扱っています。

なお、虚無感が強く、消えてしまいたい気持ちや自分を傷つけたい衝動が続く場合には、一人で抱え込まず、医療機関や信頼できる支援者に相談することが必要です。

失われた自己を取り戻すには|小さな選択から自分の感覚を育てる

自分の気持ちを取り戻すというと、親に本音をぶつけることや、人生を大きく変えること、強く自己主張することを想像するかもしれません。

けれど、長く自分を抑えてきた人にとって、急激な変化は強い不安につながる場合があります。

これまで親や周囲の期待に応えることで関係を保ってきた人が、突然自分の希望を優先しようとすると、罪悪感や恐怖が湧き上がることもあるでしょう。

そのため、回復では、自分の感覚を少しずつ聞き取れるようになることが重要になります。

自分が何を感じているのかを確かめる

何かを頼まれたとき、すぐに相手の期待に応えようとする前に、自分の身体や気持ちを確かめる時間を持ちます。

今、疲れているのか。引き受けたいと思っているのか。断ったら嫌われるという不安から、承諾しようとしているのか。

最初は、自分の気持ちがはっきり分からなくてもかまいません。「少し迷っている」「身体が重く感じる」「今は決めたくない」といった曖昧な感覚も、自分の状態を知る手がかりになります。

長く他人の期待を優先してきた人にとって、自分の感覚を確かめること自体が、新しい経験になるのです。

自分で選ぶ経験を少しずつ増やす

自分の意思を取り戻すためには、大きな決断よりも、日常の小さな選択が役立ちます。

今日は何を食べたいか。今は誰とも話したくないのか。どの服を着ると落ち着くのか。休日は外出したいのか、それとも家で休みたいのか。

そうした問いに向き合うとき、正しい答えを探す必要はありません。

これまで親や他者の期待に合わせることで生きてきた人は、自分の希望を聞かれても、相手が望みそうな答えを探してしまうことがあります。

そのため、誰にも評価されない場面で、自分の好みや感覚を確かめていくことが大切です。

自分で選んだ結果、思っていたほど楽しくなかったとしても、その経験を通して自分の好みを知ることができます。間違えずに選ぶことより、自分の意思で選んでみることに意味があります。

他人の感情を自分の責任から切り離す

支配的な家庭で育った人は、他人が不機嫌になると、自分が何とかしなければならないと感じることがあります。

相手が黙り込めば、自分が何か悪いことをしたのではないかと考える。相手が怒っていれば、機嫌を直してもらうために謝ったり、要求を受け入れたりする。

そうした反応は、幼少期に親の感情を調整する役割を担ってきた経験と関わっている場合があります。

大人になってからは、相手の感情と自分の責任を少しずつ分けて考えることが重要になります。

相手が不機嫌であることと、自分が悪いことは同じではありません。相手が期待した反応を得られずに失望したとしても、その期待をすべて満たす義務があるわけではありません。

こうした区別ができるようになると、他人の反応を恐れて自分の意思を引っ込めることが少しずつ減っていきます。

自分を大切にすると罪悪感が出てくる理由

支配的な親のもとで育った人は、自分の希望を優先したときに、強い罪悪感を覚えることがあります。

仕事を断れば冷たい人間になる。親と距離を取れば親不孝になる。休んでいると、自分だけ楽をしているように感じる。自分のためにお金や時間を使うことさえ、申し訳なくなる場合があります。

その罪悪感の背景には、子どもの頃に身につけた親子関係の規則が残っていることがあります。

親の期待に応えることがよいことで、自分の希望を通すことはわがままだと教えられてきた。親の不機嫌を放っておくことが許されず、家庭の問題を解決する責任まで負わされていた。

そのような経験が続くと、大人になって自分の生活を守ろうとしても、何か悪いことをしているような感覚が湧き上がることがあります。

しかし、自分の限界を伝えることと、相手を傷つけることは同じではありません。

疲れている日に誘いを断ることも、自分の時間を確保することも、親と必要な距離を取ることも、自分の生活を守るための選択です。

最初から強く自己主張する必要はありません。頼まれごとにすぐ返事をせず、「少し考えます」と伝える。疲れている日は予定を一つ減らす。相手の不機嫌を、自分が解決しなければならない問題として抱え込まない。

そのような小さな境界線を作ることが、長く続いてきた親子関係の影響から、少しずつ離れていく助けになります。

また、自分の本音を表現しても関係が壊れない経験を重ねることも大切です。

嫌だと伝えても受け止めてもらえる。意見が違っても相手と関わり続けられる。弱さを見せても、見下されたり拒絶されたりしない。

そうした関係の中で、自分の感情や意思を表現することへの恐怖が少しずつ和らぎ、自分らしく人と関わる感覚を育てていくことができます。

おわりに|人形のように生きてきた自分から、自分の人生へ

親の脅かしや支配の中で育った子どもは、自由に感情を表現することよりも、安全に生き延びることを優先します。

親の機嫌を読み、怒られないように振る舞い、自分の欲求を抑え、期待された役割を果たす。そのような生活が長く続くと、自分の意思を確かめる機会が少なくなり、他者の反応によって動くことが習慣になっていきます。

大人になってからも、誰かに求められれば頑張れるのに、自分のためには動けない。人と一緒にいるときには役割を果たせても、ひとりになると空虚になる。何をしたいのか考えても答えが出ず、自分の人生を生きている実感を持てなくなることがあります。

そのような状態は、長い間、自分の感情を表現することが難しい環境で生きてきた経験と関わっている場合があります。

自分の気持ちを取り戻すには、これまで身につけてきた適応を一度に手放す必要はありません。相手の期待を考える前に、自分はどう感じているのかを確かめる。疲れているときには休む。嫌なことには少し距離を取り、自分で選べることを増やしていく。

その積み重ねの中で、これまで聞こえにくかった自分の感情や願いに、少しずつ気づけるようになることがあります。

自分の本音が分からないまま生きてきた時間が長くても、これからの生活の中で、自分が何を望み、何を大切にしたいのかを確かめていくことはできます。

誰かに動かされるように生きてきた人が、自分の感覚を手がかりに選び始める。その小さな変化が、他者の期待によって形作られてきた人生を、自分自身のものとして生き直していく土台になります。


参考文献

  1. Soenens, B., & Vansteenkiste, M. (2010). A theoretical upgrade of the concept of parental psychological control: Proposing new insights on the basis of self-determination theory. Developmental Review, 30(1), 74–99.
    https://doi.org/10.1016/j.dr.2009.11.001
  2. Mucsi, G., Békési, T., Belányi, B., Jancsák, C., & Kassai, S. (2026). Loss of Sense of Self in Adult Daughters from Substance-Affected Families in Hungary. Journal of Loss and Trauma.
    https://doi.org/10.1080/15325024.2026.2654721
  3. Ditzer, J., Wong, E. Y., Modi, R. N., Behnke, M., Gross, J. J., & Talmon, A. (2023). Child maltreatment and alexithymia: A meta-analytic review. Psychological Bulletin, 149(5–6), 311–329.
    https://doi.org/10.1037/bul0000391
  4. McCormack, L., & Thomson, S. (2017). Complex trauma in childhood, a psychiatric diagnosis in adulthood: Making meaning of a double-edged phenomenon. Psychological Trauma: Theory, Research, Practice, and Policy, 9(2), 156–165.
    https://doi.org/10.1037/tra0000193
  5. Winnicott, D. W. (1960). Ego distortion in terms of true and false self. In The Maturational Processes and the Facilitating Environment (1965). Hogarth Press.

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井上陽平(公認心理師・臨床心理学修士)。
トラウマ・解離・PTSD・愛着障害を専門とする心理カウンセラー。
児童養護施設、情緒障害児施設、精神科クリニックでの臨床経験を積み、
心身反応(フリーズ・過覚醒・離人感)への介入や、
複雑性トラウマ、対人関係、境界線の問題に重点的に取り組む。

研究テーマは「複雑性トラウマの身体反応」「解離と自己構造」「愛着スタイル」「虐待と対人関係のパターン」。現在は「こころのえ相談室」にてトラウマ専門のカウンセリングを提供。書籍の企画・執筆に関するご依頼も承っております。

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