トラウマを思い出すと動悸がする・眠れない理由|フラッシュバックと対処法

トラウマを思い出すと動悸 トラウマ反応・身体症状

もう終わったはずの出来事が、ある日突然、身体のなかでよみがえることがあります。

誰かの声の調子、廊下から聞こえる足音、突然閉まるドア、すれ違った人の匂い。かつて恐怖を感じた場面と似た刺激に触れた瞬間、胸が締めつけられ、心臓が激しく打ち始める。呼吸が浅くなり、手足が冷たくなって、目の前の状況を落ち着いて考えることも難しくなります。

頭では、今いる場所が過去の危険な場所とは違うと理解している。それでも身体は、まるで当時の出来事が再び起きているかのように反応してしまうのです。

夜になると、その反応がいっそう強まることもあります。

日中は仕事や人との会話に集中することで、過去の記憶から距離を取れていても、一人になり、周囲が静かになると、抑えていた恐怖や悲しみが浮かび上がってくる。眠ろうとして目を閉じると、忘れたい光景が浮かび、胸がざわつき、身体が緊張する。

ようやく眠れても悪夢で目が覚め、心臓が激しく打っている。再び眠ることが怖くなり、朝まで警戒したまま過ごしてしまう場合もあります。

こうした体験には、PTSD(心的外傷後ストレス障害)で見られる再体験症状や過覚醒、睡眠障害などが関わっていることがあります。

なかでも、過去の恐怖が今まさに起きているように感じられる現象が、フラッシュバックです。

フラッシュバックでは、映像のように出来事を思い出すだけでなく、当時の恐怖や身体感覚が強くよみがえることがあります。

トラウマを思い出したときの動悸や涙、息苦しさ、不眠を理解するには、記憶がどのように呼び起こされ、その瞬間に身体が何へ反応しているのかを考える必要があります。

Table of Contents

  1. フラッシュバックとは|過去の恐怖が現在によみがえる現象
  2. トラウマ記憶は、なぜ音・匂い・視線で突然よみがえるのか
  3. トラウマを思い出すと動悸がする理由|自律神経と恐怖反応
    1. 過覚醒によって心身が疲弊していく
  4. トラウマを思い出すと涙が出るのはなぜか
  5. トラウマを思い出すと眠れない|夜になるほど恐怖が強まる理由
    1. 不眠と過覚醒が互いに影響し合う
  6. トラウマを避ける心理|忙しさと感情の麻痺によって生き延びる
  7. フラッシュバックや動悸が起きたとき|今すぐできる対処法
    1. 1. 今いる場所と時間を確かめる
    2. 2. 身体が支えられている感覚を確かめる
    3. 3. 呼吸を無理に深くしない
    4. 4. 刺激を減らし、落ち着ける環境を作る
    5. 5. 落ち着いてから、何が引き金になったのかを振り返る
  8. トラウマで眠れない夜にできる対策
    1. 寝室を自分にとって過ごしやすい場所にする
    2. 眠れないまま長時間、布団のなかで苦しまない
    3. 悪夢から目覚めたら、現在の状況を確かめる
    4. 不眠が続く場合には、睡眠そのものへの治療を考える
  9. トラウマからの回復|身体と記憶の関係を変えていく
  10. 心と身体のつながりを取り戻す|感情を安全に扱えるようになること
  11. 一人ひとりに異なる回復の道筋|支えを持ちながら進んでいく
  12. まとめ|トラウマを思い出して身体が反応するとき、何が起きているのか
  13. 参考文献
    1. ご相談をご希望の方へ

フラッシュバックとは|過去の恐怖が現在によみがえる現象

トラウマに関する記憶は、本人が思い出そうとしたときだけ現れるわけではありません。

何気ない会話や周囲の刺激によって、突然、過去の出来事が意識に入り込むことがあります。

こうした意図しない記憶の想起は、侵入記憶と呼ばれます。

侵入記憶のなかでも、過去の出来事が今ここで再び起きているかのような感覚を伴うものが、フラッシュバックとして理解されます。

たとえば、子どもの頃に親から激しく怒鳴られていた人が、職場で上司の大きな声を聞いた瞬間、当時の恐怖を感じることがあります。

今の上司が暴力を振るうわけではない。それでも心臓が速く打ち始め、喉が詰まり、声が出なくなる。言い返したり、その場を離れたりすることが難しくなる場合もあります。

その瞬間、本人の身体には、過去の出来事と結びついた防衛反応が現れています。

心理学者EhlersとClarkは、2000年に発表したPTSDの認知モデルにおいて、トラウマ記憶の処理や出来事に対する否定的な解釈によって、現在も深刻な危険が続いているような感覚が生じることに注目しました。

PTSDが長期化する背景には、過去の記憶が、現在の脅威として感じられ続けることが関わっていると考えられています。

そこで重要なのは、記憶の内容だけではありません。

過去の出来事を思い出したとき、自分が今どこにいて、何が起きているのかを十分に区別できなくなることが、強い苦痛につながる場合があります。

ただし、トラウマを思い出すと動悸がする人すべてに、フラッシュバックが起きているわけではありません。過去を思い出して強い不安や怒りが生じる場合もあり、侵入記憶やフラッシュバック、反すうなどは区別して理解する必要があります。

トラウマ記憶は、なぜ音・匂い・視線で突然よみがえるのか

過去の出来事を思い出すきっかけは、必ずしも、その出来事を直接連想させるものとは限りません。

誰かの香水、部屋の明るさ、床を歩く足音、相手の顔つきなど、一見すると何の関係もない刺激によって、当時の感情がよみがえることがあります。

特に、危険が起きる直前に存在していた刺激が、その後も危険の合図として感じられる場合があります。

親が怒り出す前に聞こえていた足音。暴力が始まる前の不自然な沈黙。相手が表情を変えた瞬間の空気。

こうした刺激は、当時の恐怖と結びついた記憶の手がかりになることがあります。

トラウマを経験した人にとって、その音や気配は単なる背景ではなく、これから危険が起こるかもしれないという警告として感じられるのです。

PTSDのある31人に半構造化面接を行ったSpeckensらの2007年の研究では、侵入記憶と反すうの体験が比較されました。

その結果、侵入記憶は比較的短時間の感覚的な体験として現れやすく、一方の反すうは、出来事について長く考え続ける思考の過程として特徴づけられました。

また、侵入記憶では、当時よりも怒りや悲しみが強く経験される場合があることも報告されています。

過去の恐怖がよみがえるとき、本人は必ずしも出来事の全体を思い出しているわけではありません。

ある場面の映像、誰かの声、自分の身体が固まった感覚など、一部分が強く現れる場合があります。

それらに触れたとき、過去の記憶だけでなく、当時表現できなかった感情まで一緒によみがえることがあります。

トラウマを思い出すと動悸がする理由|自律神経と恐怖反応

トラウマ記憶が呼び起こされたとき、心臓が速く打ち、息苦しさや震えが生じる場合があります。

これは、恐怖や強いストレスに対して身体が示す反応と関係しています。

危険を感じると、脳の脅威処理に関わる仕組みや自律神経が働き、心拍や呼吸、筋肉の緊張が変化します。

身体は、危険へ対処できるように準備を始めます。

ところが、PTSDなどによって過去の記憶と現在の刺激が強く結びついていると、今は差し迫った危険がなくても、同じような反応が現れることがあります。

そのときには、次のような症状が生じる場合があります。

  • 動悸、胸の圧迫感、心拍が速くなる感覚
  • 息苦しさ、呼吸の浅さ、喉の詰まり
  • 発汗、手足の冷え、震え
  • 肩や背中、腹部の筋肉の緊張
  • めまい、吐き気、頭が真っ白になる感覚
  • 強い警戒や、その場から逃げ出したい衝動

これらの症状が生じると、本人は身体の異変そのものにも恐怖を感じることがあります。

心臓が激しく打っている。このまま倒れるのではないか。息ができなくなるのではないか。

そのように考えることで不安がさらに強まり、身体の緊張が続いてしまう場合があります。

ここには、過去の恐怖だけでなく、現在起きている身体の反応を、さらに危険なものとして感じる悪循環があります。

ただし、動悸や胸の苦しさを、すべてトラウマ反応として判断することはできません。

不整脈や心臓・呼吸器の病気、薬剤の影響などでも似た症状が生じます。初めて経験する強い動悸や、繰り返す症状については、医療的な確認も重要です。

特に、強い胸痛、失神、著しい息苦しさなどを伴う場合には、速やかな救急対応が必要です。

過覚醒によって心身が疲弊していく

強い恐怖が生じたあとも、身体の警戒が長く続く場合があります。

誰かに怒鳴られた場面が頭から離れず、家に帰ってからも肩や胸の緊張が抜けない。相手の言葉を何度も思い出し、そのときの表情や声の調子を考え続けてしまう。

こうした状態では、危険が終わったあとも、心身が十分に落ち着かないことがあります。

PTSDで見られる過覚醒には、強い警戒、驚きやすさ、睡眠障害、いら立ち、集中力の低下などが含まれます。

過覚醒が続くと、夜になっても落ち着かず、睡眠不足によって翌日の疲労や不安が強まる場合があります。

そして疲れているほど、些細な刺激へ反応しやすくなることもあります。

過覚醒とは|PTSDで起きる「身体が先に緊張へ切り替わる」反応では、トラウマによる警戒が長引く仕組みと、身体が落ち着きにくくなる状態について詳しく解説しています。

トラウマを思い出すと涙が出るのはなぜか

トラウマについて考えたり、過去の出来事を思い出したりしたとき、突然涙が出ることがあります。

当時は泣くこともできなかったのに、何年も経ってから、その場面を思い出すだけで涙が止まらなくなる。

そのような反応には、悲しみだけでなく、恐怖、怒り、無力感、孤独、失望など、さまざまな感情が関わっている場合があります。

特に、幼少期から感情を抑えなければならなかった人は、当時、自分がどれほど傷ついていたのかを十分に理解できなかった可能性があります。

泣けば怒られる。怖いと伝えれば弱いと責められる。助けを求めても、誰も応えてくれない。

そのような環境では、泣いたり怒ったりすることよりも、感情を抑えてその場をやり過ごすことが優先される場合があります。

大人になってから、安全な場所で過去の経験について考えたとき、当時表現できなかった感情が強く意識されることがあります。

あのとき、本当は怖かった。誰かに守ってほしかった。自分が悪いと思っていたけれど、理不尽な扱いを受けていたのだと気づく。

そのような理解が生まれたときに、涙が出ることがあります。

ただし、涙が出ることは、必ずしも感情が解放され、トラウマの処理が進んでいる証拠ではありません。

泣いたあとに少し落ち着く人もいれば、かえって苦痛や疲労が強まる人もいます。

また、涙が出ないからといって、感情が十分に処理されていないと判断することもできません。

重要なのは、涙を出すこと自体よりも、そのとき自分が何を感じ、何に傷つき、どのような支えを必要としているのかを理解していくことです。

涙が止まらず、強い動悸や過呼吸、解離などが重なる場合には、無理に感情を掘り下げず、いったん現在の安全や落ち着きを確保することが大切です。

トラウマを思い出すと眠れない|夜になるほど恐怖が強まる理由

日中は仕事や家事、人との会話によって意識が外側へ向いていても、夜になると過去の記憶が強く浮かび上がることがあります。

部屋の明かりを消し、周囲が静かになると、日中は意識しないようにしていた不安や恐怖が大きく感じられる。

眠ろうとして目を閉じた瞬間に、過去の光景が浮かび、身体が緊張する。寝返りを打っても落ち着かず、眠気はあるのに眠れない。

PTSDでは、不眠や悪夢などの睡眠障害がよく見られます。

その背景には、夜間にも続く警戒、トラウマ記憶の再体験、睡眠への不安などが関わっている場合があります。

また、眠ること自体が怖くなる人もいます。

悪夢を見て目が覚めた経験が何度も続くと、再び同じ夢を見るのではないかと考え、眠りに入ることを避けたくなる。

眠ることは本来、身体を休ませるために必要なものですが、悪夢を繰り返す人にとっては、恐怖を再び経験するかもしれない時間になってしまうことがあります。

Phelpsらが2011年に発表した研究では、PTSDを抱えるオーストラリアの退役軍人40人を対象に、トラウマに関連する夢の内容や感情体験が調べられました。

その結果、悪夢の内容は、実際の出来事をそのまま再現するものだけではありませんでした。出来事とは異なる場面が夢に現れていても、そのときに経験する感情は、トラウマを受けた当時の感情と似ている場合があったのです。

このことは、悪夢を理解する際に、夢の内容だけでなく、その夢のなかで何を感じているのかにも目を向ける必要があることを示しています。

追い詰められる。逃げられない。誰かに助けを求めても届かない。

夢の場面が過去の出来事と違っていても、その恐怖や無力感が、かつての経験と結びついている場合があります。

不眠と過覚醒が互いに影響し合う

眠れない状態が続くと、翌日の疲労や集中力の低下が強まります。

疲れているために感情を調整する余裕が少なくなり、些細な言葉や物音へ過敏に反応することがあります。

その結果、日中の緊張が強まり、夜になっても落ち着かない。

こうして、不眠と過覚醒が互いに影響し合う悪循環が生じる場合があります。

PTSDに伴う睡眠障害は、PTSDの治療と並行して、睡眠そのものへの対応が必要になることもあります。

不眠に対する認知行動療法(CBT-I)や、繰り返す悪夢を対象としたイメージリハーサル療法などが、症状に応じて検討されます。

また、睡眠時無呼吸症候群など、別の睡眠障害が重なっている場合もあるため、長く続く不眠については適切な評価が大切です。

トラウマを避ける心理|忙しさと感情の麻痺によって生き延びる

トラウマによる苦痛が強いとき、人は、その出来事を思い出させるものから距離を取ろうとすることがあります。

特定の場所へ近づかない。出来事について話すことを避ける。似たような声や匂いに触れないようにする。

また、外側の刺激だけでなく、自分の感情や身体感覚そのものを避けようとする場合もあります。

仕事や家事を休まず続ける。予定を詰め込み、一人で過ごす時間を減らす。何かをしていないと落ち着かず、疲れ切るまで活動を続ける。

そのような行動は、過去の苦痛や現在の不安から距離を取るために働いている場合があります。

しかし、感情を感じないようにすることが長く続くと、悲しみや恐怖だけでなく、喜びや安心にも気づきにくくなることがあります。

人と一緒にいても、楽しいという感覚が薄い。何かを達成しても満足できず、自分の身体がどれほど疲れているのか分からない。

こうした状態には、情動の麻痺や解離が関わっている場合があります。

強い苦痛を感じないようにすることが、同時に自分の感情や身体とのつながりを薄くしてしまうことがあるのです。

また、苦痛を紛らわせるために、飲酒や過食などへ頼る場合もあります。

一時的に不安が和らいだとしても、睡眠や身体の健康へ新たな負担が生じ、結果として苦しさが続くことがあります。

解離とは何か|離人感・現実感喪失・健忘・DIDの原因と回復では、強いストレスのなかで感情や身体感覚とのつながりが薄れる仕組みについて詳しく扱っています。

フラッシュバックや動悸が起きたとき|今すぐできる対処法

フラッシュバックや強い動悸が起きているとき、過去の出来事を詳しく思い出したり、感情の原因を深く分析したりすることは、負担になる場合があります。

そのような状態では、まず現在の状況を確かめ、身体の緊張や混乱が少しでも軽くなるように対応することが大切です。

1. 今いる場所と時間を確かめる

強い恐怖がよみがえったときには、目の前の環境を確認してみます。

今いる部屋や、周囲にある家具、窓、照明などに目を向け、自分が現在どこにいるのかを確かめます。

過去に自分を傷つけた相手は、今ここにいるのか。目の前で実際に何が起きているのか。

安全な場所にいることを確認できる場合には、その事実を少しずつ意識することができます。

ただし、現在も危険な状況に置かれている場合には、心理的に落ち着こうとすることよりも、まず安全な場所へ移動することが優先されます。

2. 身体が支えられている感覚を確かめる

フラッシュバックや強い不安のなかでは、身体が浮いているように感じられたり、地面とのつながりが薄れたりする場合があります。

そのようなときには、椅子に座り、背中が背もたれに触れていることや、足が床に接していることを確かめる方法があります。

身体の姿勢を少し変えたり、手を机に置いたりすることもできます。

大切なのは、身体を強く刺激することよりも、今いる場所で身体がどのように支えられているのかを、無理なく確かめることです。

身体感覚へ注意を向けることで不安が強まる場合には、外の景色や音など、負担の少ない刺激へ注意を移す方法を選びます。

3. 呼吸を無理に深くしない

動悸や息苦しさが強いとき、深呼吸をしようとして、かえって苦しくなることがあります。

無理に大きく息を吸うと、呼吸のリズムが乱れ、めまいや手足のしびれが強まる場合もあります。

そのため、まずは楽な姿勢を取り、呼吸を必要以上に操作しようとせず、自分が苦しくならない範囲でゆっくりとした呼吸を試すことができます。

吐く息を少し穏やかにする方法が合う人もいます。

ただし、呼吸へ注意を向けることで過去の恐怖が強まる人もいるため、その場合には呼吸にこだわる必要はありません。

4. 刺激を減らし、落ち着ける環境を作る

強い過覚醒が生じているときには、音や光、人の声、周囲の動きなどが負担になる場合があります。

可能であれば、静かな場所へ移動する。照明の明るさを調整する。人との会話を一時的に中断する。

そのように環境を変えることで、身体への負担が軽くなる場合があります。

また、安心できる人へ連絡し、現在の状態を短く伝えることも方法の一つです。

「今、動悸が強くなっている」「少し落ち着くまで話を聞いてほしい」といった形で、必要な支えを求めることができます。

5. 落ち着いてから、何が引き金になったのかを振り返る

強い反応が治まったあとには、どのような出来事がきっかけになっていたのかを振り返ることが役立つ場合があります。

誰かの声が大きくなったあとだったのか。過去の出来事に似た匂いや場所に触れたのか。睡眠不足や疲労が重なっていたのか。

こうしたことを整理することで、自分の反応がどのような状況で強まりやすいのかを理解できる場合があります。

ただし、記憶を無理に掘り下げる必要はありません。

まず現在の生活で反応を強めている条件を理解し、負担を調整していくことが重要です。

トラウマで眠れない夜にできる対策

トラウマの記憶が強まって眠れないとき、無理に眠ろうとするほど、かえって不安が大きくなる場合があります。

眠れないことへの焦りが強まり、時計を見るたびに、明日の生活への心配が増えていく。

そのようなときには、睡眠を強制しようとするよりも、夜の時間を少しでも落ち着いて過ごせるように、環境や行動を調整することが役立ちます。

寝室を自分にとって過ごしやすい場所にする

幼少期から夜間の暴力や恐怖を経験してきた人は、暗い部屋や静かな場所に不安を感じる場合があります。

そのようなときには、無理に真っ暗な部屋で眠ろうとする必要はありません。

負担の少ない明るさや、安心できる寝具、室温などを調整して、自分にとって過ごしやすい環境を整えることができます。

眠れないまま長時間、布団のなかで苦しまない

眠れないことへの焦りが強くなっている場合には、いったん寝床を離れ、穏やかな活動をしてから戻る方法もあります。

ただし、夜間に起き上がること自体が負担になる場合には、本人が安全に取り組める方法を選ぶことが大切です。

悪夢から目覚めたら、現在の状況を確かめる

悪夢によって目覚め、強い動悸や恐怖が生じているときには、まず今いる場所を確かめます。

夢のなかで起きていた出来事と、現在の寝室で起きていることを区別する時間を持つことが役立つ場合があります。

必要であれば明かりをつけ、部屋の様子を見渡し、自分が現在どこにいるのかを確かめます。

不眠が続く場合には、睡眠そのものへの治療を考える

PTSDに伴う不眠や悪夢は、トラウマ治療だけで十分に改善するとは限りません。

不眠に対する認知行動療法(CBT-I)や、悪夢への専門的な心理療法など、睡眠症状そのものに焦点を当てた支援が役立つ場合があります。

睡眠を改善することは、日中の疲労や感情調整の負担を減らすことにもつながります。

トラウマからの回復|身体と記憶の関係を変えていく

トラウマ治療では、過去の出来事について理解することと、現在の心身の反応を扱えるようになることの両方が重要になります。

強いフラッシュバックがある人は、過去の記憶に触れるだけで動悸や息苦しさが生じることがあります。

そのため、現在の安全を確認し、感情や身体の反応を調整する方法を持ちながら、必要に応じてトラウマ記憶への心理療法を進めていきます。

PTSDに対しては、トラウマ焦点化認知行動療法やEMDRなど、効果が検証されている心理療法があります。

英国NICEのPTSD診療ガイドラインでは、成人のPTSDに対して、トラウマ焦点化認知行動療法が推奨されています。また、本人の状態や外傷体験からの経過などに応じて、EMDRも重要な選択肢とされています。

こうした治療では、過去の記憶に伴う恐怖や、その出来事が現在の自分へ与えている意味を扱いながら、生活機能の回復を目指します。

また、身体への注意や動きを取り入れたアプローチが、補完的な支援になる場合もあります。

軽いストレッチやヨガ、グラウンディング、マインドフルネス、ソマティック・エクスペリエンシングなどが検討されることもありますが、それぞれの科学的な根拠や適応は異なります。

2025年にHarwood-Grossらが発表した質的研究では、PTSDに対して持続エクスポージャー療法(PE)またはソマティック・エクスペリエンシング(SE)を受けた30人へのインタビューが行われました。

参加者たちは、治療のなかで経験した変化や、治療者との関係、治療の進め方について語っています。

そこでは、治療技法そのものだけでなく、本人がどのような変化を感じているのか、治療者との関係をどう経験しているのかも重要なテーマとなっていました。

質的研究から治療効果の優劣を決めることはできませんが、回復を考える際に、本人の主観的な経験や、安心して治療へ参加できる関係が重要であることを示しています。

身体感覚を用いた支援については、ソマティックエクスペリエンスの効果とやり方|身体感覚からトラウマを癒す回復アプローチでも詳しく扱っています。

心と身体のつながりを取り戻す|感情を安全に扱えるようになること

トラウマを抱えた人は、長いあいだ自分の感情を抑えながら生きてきた場合があります。

怒りを感じても表現できない。悲しくても泣けない。怖いと感じた瞬間に、身体が固まってしまう。

そのような環境で育った人は、大人になってからも、自分が何を感じているのか分からなくなることがあります。

回復の過程では、こうした感情へ少しずつ気づき、言葉にできるようになることが重要になる場合があります。

カウンセリングで過去の経験を話す。自分の気持ちをノートへ書き出す。絵や音楽、詩などを通して、言葉にならない感覚を表現する。

こうした方法は、自分の内側にあるものを理解するための手がかりになります。

しかし、強い感情を引き出すこと自体が治療の目的になるわけではありません。

怒りや悲しみが強くなりすぎると、再び動悸や解離が生じる場合もあります。

そのため、本人が安全に扱える範囲で感情へ近づき、必要なときには現在の生活へ注意を戻せることが大切です。

自分の感情を理解することと、その感情に圧倒されずにいられること。

その両方を少しずつ育てていくことが、トラウマからの回復を支えます。

一人ひとりに異なる回復の道筋|支えを持ちながら進んでいく

トラウマからの回復には、一人ひとり異なる道筋があります。

比較的短い期間で症状が軽減する人もいれば、幼少期から長く続いた虐待や支配によって、感情や身体、人間関係に複雑な影響を抱えている人もいます。

また、フラッシュバックや不眠が改善してからも、人を信頼することや、自分の意思を表現することに難しさが残る場合があります。

そのような場合には、症状の軽減だけでなく、生活のなかで安心できる関係を築き、自分の感情や希望を大切にできるようになることも重要になります。

誰かに助けを求めてもよいこと。嫌なことを断ってもよいこと。疲れたときには休み、自分の身体を守ってよいこと。

そうした経験を重ねながら、これまで危険を避けることに使ってきた力を、現在の生活を支えるために使えるようになる場合があります。

また、トラウマに理解のある支援者や、安心して参加できるサポートグループなどが、孤立を和らげる助けになることもあります。

自分の苦しさを誰かへ伝え、その経験を理解してもらうことによって、一人で抱えてきた恐怖との関係が変わる場合があります。

まとめ|トラウマを思い出して身体が反応するとき、何が起きているのか

トラウマを思い出したときの動悸や息苦しさ、涙、不眠には、過去の記憶と現在の身体のストレス反応が関わっている場合があります。

フラッシュバックでは、過去の出来事が現在によみがえるように感じられ、当時の恐怖や身体感覚が強く現れることがあります。

また、過覚醒が続くと、危険が終わったあとも身体が落ち着かず、夜になっても眠れなくなる場合があります。

悪夢によって何度も目が覚め、眠ること自体が怖くなる場合もあります。

一方、強い苦痛から距離を取るために、感情を抑えたり、過去を思い出させるものを避けたりすることがあります。その結果、自分の感情や身体の状態に気づきにくくなる場合もあるでしょう。

こうした反応が続くと、日常生活を送ることそのものが大きな負担になります。

そのため、トラウマによる症状へ対応するときには、今の身体がどのような状態にあるのかを理解し、強い苦痛が生じたときに落ち着ける方法を持つことが重要です。

フラッシュバックや動悸が起きたときには、現在の場所や状況を確かめ、負担の少ない感覚を手がかりにして、過去の恐怖と現在の生活を少しずつ区別していくことができます。

また、不眠や悪夢が長く続く場合には、睡眠に焦点を当てた支援や、必要に応じた専門的なトラウマ治療を検討することも大切です。

トラウマからの回復とは、過去の記憶をすべて消すことよりも、その記憶がよみがえったときに、現在の自分が何を感じ、どう対応するのかを、少しずつ選べるようになることです。

かつては、怖くても逃げられず、泣くこともできず、助けを求めることさえ難しかったかもしれません。

しかし現在の生活では、危険から距離を取ったり、誰かに助けを求めたり、自分の身体を休ませたりする選択肢を持てる場合があります。

過去に経験した恐怖が、再び強まる日もあるでしょう。それでも、その反応が起きたからといって、これまでの回復がすべて失われたわけではありません。

今いる場所を確かめ、自分の身体の状態を理解し、必要なときには誰かの支えを受けながら、現在の生活へ戻ってくる。

その経験を積み重ねることで、過去の恐怖との関係が変わっていく場合があります。

かつては、過去の出来事を思い出すたびに身体が危険へ引き戻されていたとしても、今の自分には、その反応を理解し、安全を確かめながら生活していく方法があります。

過去に何が起きたのかを理解することと、今の身体がどう反応しているのかを理解すること。

その二つを少しずつ結びつけながら、自分の生活を取り戻していくことが、トラウマからの回復につながっていくのです。


参考文献

  1. Ehlers, A., & Clark, D. M. (2000). A cognitive model of posttraumatic stress disorder. Behaviour Research and Therapy, 38(4), 319–345.
  2. Speckens, A. E. M., et al. (2007). Intrusive memories and rumination in patients with post-traumatic stress disorder: A phenomenological comparison. Memory.
  3. Phelps, A. J., Forbes, D., Hopwood, M., & Creamer, M. (2011). Trauma-related dreams of Australian veterans with PTSD: Content, affect and phenomenology. Australian & New Zealand Journal of Psychiatry, 45(10), 853–860.
  4. Harwood-Gross, A., et al. (2025). Veterans’ experiences of somatic experiencing and prolonged exposure therapies for post-traumatic stress disorder: A qualitative analysis. Psychology and Psychotherapy: Theory, Research and Practice, 98(1), 175–192.
  5. National Institute for Health and Care Excellence(NICE). (2018). Post-traumatic stress disorder(NG116).
  6. International Society for Traumatic Stress Studies(ISTSS). Sleep, Trauma, and PTSD.

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井上 陽平

井上陽平(公認心理師・臨床心理学修士)。
トラウマ・解離・PTSD・愛着障害を専門とする心理カウンセラー。
児童養護施設、情緒障害児施設、精神科クリニックでの臨床経験を積み、
心身反応(フリーズ・過覚醒・離人感)への介入や、
複雑性トラウマ、対人関係、境界線の問題に重点的に取り組む。

研究テーマは「複雑性トラウマの身体反応」「解離と自己構造」「愛着スタイル」「虐待と対人関係のパターン」。現在は「こころのえ相談室」にてトラウマ専門のカウンセリングを提供。書籍の企画・執筆に関するご依頼も承っております。

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