親の期待に応えすぎる「いい子症候群」の心理|自分の人生を選べなくなる理由

いい子症候群 境界線・自己肯定感

親が望む学校へ進み、成績を落とさないように勉強し、言われたことには素直に従う。家では親を困らせず、学校では先生から褒められ、周囲からは「しっかりした子」「手のかからない子」と評価されてきた。

それなのに、大人になってから、自分が本当は何をしたいのか分からなくなることがあります。

仕事を選ぶときも、恋人と付き合うときも、自分の気持ちより先に、誰かの期待が頭に浮かぶ。親がどう思うだろうか。相手をがっかりさせないだろうか。自分が望むことを選んだら、わがままだと思われるのではないか。

周囲から見れば、真面目で責任感があり、人の気持ちを考えられる人です。しかし、本人の内側では、何かを決めるたびに不安が生じ、自分の意思で選んでいるという感覚が薄くなっている場合があります。

「いい子症候群」とは、医療上の診断名ではなく、親や周囲の期待に応えることを優先し、自分の感情や欲求を後回しにする心理的な適応を表す便宜的な呼び方です。

幼い頃から、親の機嫌を損ねないこと、期待を裏切らないこと、家庭の空気を乱さないことが求められてきた人は、自分がどう感じているかよりも、何をすれば相手が喜ぶのかを考えるようになります。

そして、その生き方が長く続くと、他人が何を望んでいるのかはよく分かるのに、自分が何を望んでいるのか分からなくなっていきます。

何を食べたいのか。休日はどう過ごしたいのか。今の仕事を続けたいのか。誰と一緒にいたいのか。

本来は自分の感覚を確かめながら選んでいくことでも、「これが正しい選択なのか」「誰かを失望させないか」という判断が先に立ってしまうのです。

いい子症候群の苦しさは、親の期待に応えられないことだけにあるのではありません。期待に応え続けるうちに、自分の人生を自分のものとして感じられなくなることにあります。

いい子症候群の特徴|親の期待が自分の判断基準になる

いい子症候群の人は、子どもの頃から、何をすれば親に認めてもらえるのかを考えてきた場合があります。

成績がよければ褒められる。親の言うことを聞けば機嫌がよくなる。兄弟の面倒を見たり、家事を手伝ったりすると「あなたは本当にいい子ね」と喜んでもらえる。

こうした経験そのものが問題になるわけではありません。子どもの努力を認め、協力したことを褒めるのは、自然な養育の一部です。

しかし、親の期待に応えたときには優しくされ、期待を外れると冷たく扱われるような関係が続くと、子どもは自分の存在価値と、親を満足させることを結びつける場合があります。

親が喜んでいると安心する。親が不機嫌になると、自分が何か間違えたように感じる。

次第に、何をしたいかよりも、何をすれば親が喜ぶかが重要になっていきます。

大人になってからも、こうした判断の仕方が残ることがあります。

例えば、次のような特徴です。

  • 誰かに頼まれると、断る理由より引き受ける方法を先に考える
  • 親や恋人の機嫌が悪いと、自分に原因があるように感じる
  • 自分で決めたあとも、その選択が正しかったのか不安になる
  • 褒められると安心する一方、期待がさらに高くなることを恐れる
  • 疲れていても休めず、人に助けを求めることへ罪悪感を抱く
  • 怒りや不満があっても、相手の事情を考えて飲み込んでしまう
  • 自分が何を望んでいるのか、すぐに答えられない

こうした傾向があるからといって、誰もが同じ家庭環境で育ったわけではありません。

しかし、親の評価を強く意識してきた経験が、現在の意思決定や対人関係に影響している場合があります。

条件付きの愛情|期待に応えたときだけ認められる苦しさ

親が子どもに期待を持つこと自体は、珍しいことではありません。

勉強を頑張ってほしい。将来、安定した生活を送ってほしい。自分が経験してきた苦労を、子どもには繰り返してほしくない。

そうした願いの背景には、親なりの愛情や心配がある場合もあります。

ただし、その期待が子どもの気持ちや希望より優先され、親の望む結果を出せなかったときに愛情まで失われたように感じる関係では、子どもは強い緊張を抱えることがあります。

よい成績を取れば褒められるのに、点数が下がると口を利いてもらえない。親の勧める進路を選べば喜ばれるのに、別の道へ進みたいと言うと「今まで何のために育ててきたと思っているの」と責められる。

このような関係では、子どもは親から愛されるために、期待に応え続けようとする場合があります。

心理学者Assor、Roth、Deciは、2004年に発表した研究で、親が子どもの行動や成果によって愛情や承認の示し方を変える「条件付きの関心(parental conditional regard)」を検討しました。

研究では、こうした養育態度が、子どもに望ましい行動を取らせることと関連する一方、内面的な強制感、自己評価の揺らぎ、親への怒りや反発、心理的な負担とも関連していました。

つまり、親が望む行動を取るようになったとしても、その子どもが心から納得して行動しているとは限らないのです。

勉強を頑張ることが好きなのか。それとも、頑張らなければ親に認めてもらえないと感じているのか。

外から見える努力が同じでも、その内側にある動機は大きく異なります。

親に認められるために頑張ってきた人は、大人になってからも、自分の価値を成果や他者の評価によって確かめようとすることがあります。

無条件の愛情とは|子どもの自己肯定感を育てる親子関係では、成果や従順さによって左右される承認と、子どもの存在そのものを尊重する関係の違いを詳しく扱っています。

親の機嫌を読むことが、子ども時代の生き方になる

いい子症候群の背景には、親の機嫌を読むことで家庭の緊張を避けてきた経験が関わる場合があります。

学校から帰って玄関を開けると、家の空気がいつもと違う。親の声が低い。台所から食器を強く置く音がする。

それだけで、子どもは今日は余計なことを言わない方がよいと感じることがあります。

本当は学校で嫌なことがあった。友達と喧嘩をして、話を聞いてほしかった。それでも親の表情を見ると、自分の話をすることをやめてしまう。

親を怒らせないために、明るく振る舞う。家の空気を悪くしないように、いつもより勉強する。親が疲れていれば、頼まれる前に家事を手伝う。

こうした生活では、子どもは自分の感情を理解するよりも、周囲の反応を予測することへ注意を向けるようになります。

親の足音、沈黙、声の大きさ、顔つきの変化。そうしたものが、家庭の安全を確かめるための手がかりになっていくのです。

その結果、大人になってからも、人の不機嫌に敏感になりやすい場合があります。

上司が少し黙っただけで、自分が何か悪いことをしたのではないかと不安になる。恋人の声が低いと、何とか機嫌を直してもらおうとする。

自分の責任ではない問題でも、相手が困っていることに気づくと、すぐに解決しようとしてしまうのです。

このような反応は、かつての家庭では、自分の身を守るために必要だった可能性があります。

しかし、現在の人間関係でも同じように周囲を警戒し続けると、心身は休む時間を失っていきます。

機能不全家庭で育った人の生存戦略|神経が覚えた適応のかたちでは、親の機嫌を読むことや、自分を抑えて場を保つことが、どのように生き残るための方法になっていくのかを扱っています。

親の世話をする「いい子」|子どもが家族を支える役割を背負うとき

いい子症候群の人のなかには、幼い頃から家族を支える役割を担ってきた人もいます。

親が落ち込んでいれば話を聞く。夫婦喧嘩が始まると仲裁する。母親が泣いていれば慰め、父親が怒りそうなら、家族の誰かが責められないように先回りする。

自分が困っていても、親の方が大変なのだからと我慢する。

このように、子どもが本来は大人の側にある世話や感情的な支えを継続的に引き受ける状態は、親役割化(parentification)と呼ばれます。

もちろん、家庭のなかで子どもが手伝いをしたり、親を気遣ったりすることが、すべて問題になるわけではありません。

負担の大きさや期間、子どもの発達段階、本人の意思が尊重されていたか、周囲から十分な支えや承認が得られていたかによって、その影響は異なります。

しかし、親の精神的な安定を子どもが支え続け、自分の苦しさを表現できない状態では、子ども自身の感情や欲求が後回しになる場合があります。

Van Parysらが2015年に発表した質的研究では、うつ病を抱える親のもとで育った21人の若年成人へのインタビューが行われました。

参加者たちは、子ども時代に家族のための行動を優先し、自分自身の経験について振り返ることが少なかったと語っています。

思春期になるにつれて、家族のなかでの自分の役割を考え直し、自分自身へ注意を向ける変化が見られたことも報告されています。

ここで注目したいのは、子どもが家族を支えている間、自分が何を感じ、何を必要としていたのかを考える余裕が少なかったという点です。

2025年にChoらが発表した、アジア系アメリカ人の若年成人8人を対象とする質的研究でも、幼い頃から家庭内で大きな責任を担った経験が語られています。

そこでは、家族を支えることへの文化的な期待とともに、子ども時代を十分に過ごせなかった感覚や、自分が何者なのかという問題が、重要なテーマとして見いだされました。

これらの研究は、特定の家族背景を持つ少人数の参加者を対象としており、すべてのいい子症候群の人へ一般化できるものではありません。

それでも、家族を優先する役割が長く続いたとき、自分自身の感情や人生へ目を向けることが難しくなる場合があることを示しています。

子どもの頃から親の世話をしてきた人は、大人になってからも、自分の幸せを選ぶことに罪悪感を抱く場合があります。

自分だけ楽になってよいのだろうか。親が苦しんでいるのに、自分の好きなことをしてよいのだろうか。

そうした思いが、家庭を離れたあとも続くことがあります。

自分が何をしたいのか分からない|いい子症候群と自己喪失

いい子症候群の人が大人になって直面する大きな問題の一つが、自分の希望をつかみにくくなることです。

親が望む進路を選び、周囲から評価される仕事に就いた。それなのに、仕事にやりがいを感じられず、自分が何のために頑張っているのか分からなくなる。

休日に何がしたいのかと尋ねられても、答えが浮かばない。好きなものを聞かれると、相手の好みに合わせた答えを探してしまう。

誰にも指示されず、自分で決めてよい場面になると、かえって不安が強くなる場合もあります。

子どもの頃から正解を探してきた人にとって、自分の感覚だけで選ぶことは、慣れない作業だからです。

親から認められることが行動の基準だった場合、その基準がなくなると、何を手がかりに判断すればよいのか分からなくなることがあります。

また、自分の感情を抑えることが習慣になっていると、何かを嫌だと感じた瞬間にも、その感情を打ち消してしまう場合があります。

本当はその仕事を引き受けたくなかったのに、相手が困っていると考えて承諾する。疲れているのに、休みたいという気持ちを甘えだと判断する。

そのようなことを繰り返すうちに、自分の感情が分からなくなり、人生全体が誰かの期待に合わせて進んでいるように感じられることがあります。

自己喪失とは、必ずしも自分の意見をまったく持っていない状態ではありません。自分の感情や希望よりも、他者の期待を優先することが習慣になり、自分自身の判断が生活の中心から外れてしまうことです。

本音が言えない理由|相手の失望が身体の恐怖になる

いい子症候群の人は、自分の考えを伝えようとした瞬間に、強い緊張を感じることがあります。

仕事を断りたい。親の意見とは違う進路を選びたい。恋人に嫌だったことを伝えたい。

頭のなかでは言うべきことが分かっているのに、相手を前にすると、言葉が出なくなってしまう。

喉が詰まり、胸が苦しくなる。相手の表情が気になり、結局は「大丈夫です」「何でもありません」と答えてしまうことがあります。

その背景には、過去に自分の意見を伝えたことで、親から怒られたり、拒絶されたりした経験が関わっている場合があります。

本音を言うことが、関係を失う危険と結びついているのです。

また、親が怒鳴ったり、長く無視したりすることで子どもの行動を変えようとしていた場合、相手が不機嫌になること自体に、強い恐怖を感じるようになる可能性があります。

そのため、相手の期待へ反する選択をしようとすると、身体が先に緊張し、言葉が引っ込んでしまうことがあります。

こうした状態では、自己主張の言い方を覚えるだけでは、十分に対応できない場合もあります。

自分の気持ちを伝えると何が起きるように感じるのか、その恐怖の背景を理解することが大切です。

本音が言えない人は、臆病でも優柔不断でもない|沈黙が愛着の技術になった理由では、本音を言おうとすると身体が緊張し、言葉が出なくなる心理について詳しく扱っています。

いい子症候群の人が恋愛で自己犠牲を繰り返す理由

恋愛関係では、いい子症候群の特徴が強く現れることがあります。

相手から嫌われたくない。面倒な人だと思われたくない。自分が我慢すれば、関係がうまくいくかもしれない。

そのように考え、恋人の希望を優先してしまうことがあります。

本当は会いたいのに、忙しい相手に負担をかけたくなくて言えない。傷つくことを言われても、相手にも事情があるのだからと自分を納得させる。

何かをお願いするときにも、先に相手の反応を想像し、断られない言い方を探してしまいます。

その結果、恋人の希望には応えていても、自分が何を望んでいるのかは相手へ伝わらなくなります。

相手から愛されていると感じても、どこかで不安が残る場合があります。

なぜなら、相手が受け入れてくれているのは、自分が合わせている姿なのか、それとも自分の本音を含めた存在なのか、確かめられていないからです。

この状態が続くと、恋人へ不満を伝えられないまま、内側には怒りや悲しみが蓄積していくことがあります。

何度も我慢した末に、突然連絡を取りたくなくなったり、関係を終わらせたくなったりする場合もあります。

恋愛で必要なのは、相手を喜ばせることだけではありません。

嫌なことを伝えること。自分の希望を持つこと。相手の気持ちを尊重しながら、自分の意思も大切にすること。

そのような経験を通して、相手に合わせることと、自分を失わずに関わることの違いを理解できるようになります。

仕事で評価されるほど苦しくなる|期待が終わらない働き方

いい子症候群の人は、職場で高く評価されることがあります。

頼まれた仕事を丁寧にこなし、周囲へ気を配り、誰かが困っていれば先回りして手伝う。仕事を任されたときには、期待以上の結果を出そうと努力する。

そうした働き方によって、周囲から信頼を得ることもあるでしょう。

しかし、仕事で認められることが、自分の価値を確かめる唯一の方法になっていると、期待に応え続けることが大きな負担になる場合があります。

一度成果を出すと、次も同じようにできることを求められる。以前より難しい仕事を任されても、断れば評価が下がるのではないかと不安になる。

仕事が増えても、自分が疲れていることを言い出せない。

そして、十分に頑張っているにもかかわらず、本人はいつも何かが足りないと感じています。

上司から褒められると安心するものの、その安心は長く続きません。次の仕事でも失敗できないという緊張が生まれるからです。

こうした状態では、評価されることが喜びであると同時に、新たな負担の始まりにもなってしまいます。

また、周囲からは仕事ができる人として扱われるため、本人の疲労や苦しさが見えにくくなる場合があります。

限界まで仕事を引き受けたあと、急に身体が動かなくなったり、何もする気力がなくなったりすることもあります。

そのようなとき、本人は仕事ができなくなった自分をさらに責めてしまうかもしれません。

しかし、期待に応え続けることによって心身の余力が失われているなら、必要なのは、さらに努力することよりも、負担や働き方を見直すことです。

過剰適応とは?他人軸で生きて疲れ切る人の特徴・原因と回復では、他者の期待を優先する働き方が、慢性的な疲労や自己喪失へつながる過程を扱っています。

親をがっかりさせることへの罪悪感|自分の人生を選べない理由

いい子症候群の人は、自分のために何かを選ぼうとすると、罪悪感が生じる場合があります。

親とは違う考えを持つ。実家から離れて暮らす。親が望まない職業を選ぶ。結婚や子どもについて、自分の意思で決める。

そのような選択が、親を裏切ることのように感じられるのです。

特に、親から「あなたのために、これだけのことをしてきた」と繰り返し言われて育った人は、自分の人生を自由に選ぶことへ強い抵抗を感じる場合があります。

親が自分のために苦労してきたことは分かっている。その苦労に報いたい気持ちもある。

けれど、親が望む人生を選び続けることによって、自分の希望が失われていく。

その葛藤のなかで、どちらを選んでも苦しくなることがあります。

親の期待に応えれば、自分の人生を生きていないように感じる。自分の希望を選べば、親を傷つけたように感じる。

ここで重要なのは、親を大切に思うことと、親の期待どおりに生きることを分けて考えることです。

親への感謝や愛情があっても、進路や仕事、結婚、生活の仕方について、自分の意思を持つことはできます。

また、親ががっかりすることと、自分が悪いことをしたことも、同じではありません。

誰かの期待を満たせなかったときに生じる罪悪感が、必ずしも、自分が誰かを傷つけた事実を表しているとは限らないのです。

いい子症候群から抜け出すには|自分の感情と選択を取り戻す

いい子症候群からの回復では、これまでの生き方を一度に変えようとするよりも、自分がどのような場面で相手の期待を優先しているのかを理解することが重要です。

長いあいだ他者へ合わせてきた人は、急に自分の希望を伝えようとしても、強い不安や罪悪感を感じる場合があります。

そのため、現在の自分が取り組める範囲で、少しずつ選択の仕方を変えていく必要があります。

1. 自分が何を感じているのか、すぐに否定しない

誰かに頼まれたとき、嫌だと感じることがあります。

しかし、いい子症候群の人は、その感情が浮かんだ瞬間に、自分が冷たい人間なのではないかと考えてしまうことがあります。

そのため、まずは嫌だと思ったという事実を、そのまま理解することが大切です。

嫌だと感じたからといって、相手を拒絶しなければならないわけではありません。

その気持ちを認めたうえで、実際に何をするのかを考えることができます。

怒りや悲しみ、疲労も同じです。

感情が生じたことを責めずに、その感情が何を伝えているのかを理解していくことが、自分の意思を取り戻す入口になります。

2. 小さな選択を、自分で決める

自分の希望が分からなくなっている場合には、人生の大きな決断から始める必要はありません。

何を食べたいのか。休日をどう過ごしたいのか。誰と会いたいのか。今日は何をせずに休みたいのか。

そうした小さな選択をするとき、自分がどう感じているのかを確かめてみます。

相手に合わせた方が楽だと感じることもあるでしょう。

その場合にも、なぜ合わせようとしているのかを考えることができます。

本当に相手と同じものがよいのか。それとも、自分の希望を伝えることが怖いのか。

その違いを理解できるようになることが大切です。

3. すぐに返事をせず、考える時間を持つ

頼みごとをされたとき、反射的に引き受けてしまう人は、返事をする前に少し時間を取る方法があります。

「予定を確認してからお返事します」

「少し考えてもよいでしょうか」

こうした言葉を使うことで、相手の期待からいったん距離を取り、自分の状況を確かめることができます。

その時間のなかで、今の自分に余裕があるのか、本当に引き受けたいのかを考えます。

断るかどうかを決める前に、自分の意思を確かめる余地を持つことが重要です。

4. 相手が失望することを、すぐに自分の責任にしない

自分の希望を伝えたり、頼みごとを断ったりしたとき、相手が残念そうな表情をする場合があります。

いい子症候群の人は、その瞬間に強い不安を感じることがあります。

相手を傷つけたのではないか。嫌われてしまったのではないか。

しかし、相手が自分の希望どおりにならず、残念に感じることは、人間関係のなかで起こり得ることです。

自分と相手の希望が異なることもあります。

そのとき、相手の感情を理解しながらも、自分の希望を持ち続けられるようになることが大切です。

相手が失望することと、関係が壊れることは、必ずしも同じではありません。

5. 親の期待と、自分の人生を分けて考える

大人になってからも、親の期待が大きな負担になっている場合には、現在の関係を見直す必要があるかもしれません。

親が何を望んでいるのか。自分は何を望んでいるのか。

それぞれを分けて考えることで、これまで親の希望だと思わずに従ってきたことへ気づく場合があります。

また、親へすべての気持ちを説明したり、理解してもらおうとしたりすることが、かえって負担になる場合もあります。

親との関係によっては、話す内容や連絡の頻度、会う時間などを調整することも必要です。

自分の人生を選ぶためには、必ずしも親に納得してもらう必要はありません。

親との関係を続けながら、自分の意思を持つこともできます。

毒親育ちの影響から抜け出すには|親の支配・自己否定・自立を取り戻す方法では、親の期待や支配から距離を取り、自分の生活を選び直していく過程について詳しく扱っています。

「いい子」をやめたあとに生じる不安と怒り

いい子症候群から抜け出そうとすると、それまで感じにくかった怒りや悲しみが現れることがあります。

これまで親の言うことを聞き、家族のために頑張ってきた。その結果、自分は何を失ってきたのだろうか。

本当は別の進路へ進みたかった。もっと自由に遊びたかった。親の相談役になるより、自分の話を聞いてほしかった。

そうした思いに気づいたとき、親への怒りや、失われた時間への悲しみが生じる場合があります。

また、自分の意思で行動し始めると、以前より不安が強くなることもあります。

誰かの期待に応えている間は、何をすればよいのかが比較的はっきりしていました。

しかし、自分で決めるようになると、その結果を引き受けることにも戸惑いを感じる場合があります。

自分が本当に望んでいたことなのか、これでよかったのかと迷うこともあるでしょう。

そのような変化を、回復が失敗したこととして捉える必要はありません。

ただし、不安や抑うつ、睡眠障害などが強くなり、生活に支障が出ている場合には、現在の負担を調整し、必要に応じて専門的な支援を受けることも大切です。

長いあいだ親や周囲の期待を基準に生きてきた人が、自分自身の判断を育てていくには、時間が必要になる場合があります。

自分で決めることに慣れていないからこそ、迷ったり、失敗したりしながら、少しずつ自分の感覚を理解していくことが重要になります。

いい子症候群の回復とは|役に立たなくても、自分の人生を生きられること

いい子症候群の人は、子どもの頃から、何かをしている自分に価値を感じてきた場合があります。

よい成績を取る。親を安心させる。家族の役に立つ。職場で成果を出す。恋人の希望に応える。

そうした行動によって認められてきた人は、何もしていない時間や、誰かの役に立てない状態へ強い不安を感じることがあります。

休んでいると、自分だけが怠けているように感じる。誰かに助けてもらうと、申し訳なさが先に立つ。

しかし、他者への貢献は、その人が持つ価値の一部であって、存在そのものの価値を決めるものではありません。

また、自分のために生きることと、他者を大切にすることは、両立できます。

誰かの力になりたいと思ったときには、手を差し伸べることができる。

一方、自分に余裕がないときには、断ったり、誰かへ助けを求めたりすることもできます。

そのように、自分の意思で関わり方を選べるようになることが大切です。

親の期待に応えてきた経験のなかで、身についた力もあるでしょう。

人の気持ちへ気づくこと。責任を持って仕事を進めること。相手が困っているときに、必要なことを考えられること。

そうした力を、すべて手放す必要はありません。

ただ、その力をいつ、誰のために、どの程度使うのかを、自分で決められるようになることが重要です。

いい子症候群からの回復とは、誰かの期待に応える人生を否定することよりも、その期待へ応えるかどうかを自分で選べるようになることです。

まとめ|親の期待から離れ、自分の人生を取り戻す

いい子症候群の人は、幼い頃から、親や周囲の期待に応えることで自分の居場所を守ってきた場合があります。

親の機嫌を読み、怒られないように振る舞い、家族の問題を引き受ける。自分の気持ちを伝えるよりも、親が何を望んでいるのかを考えて行動する。

そうした経験が長く続くと、大人になってからも、他者の期待を優先することが習慣になる場合があります。

仕事では頼まれごとを断れず、恋愛では相手の希望へ合わせ続ける。自分の意思を伝えようとすると、相手を失望させることが怖くなる。

そして、誰かの期待に応え続けているうちに、自分が何を望んでいるのか分からなくなることがあります。

そのような状態から回復していくには、まず、なぜ自分がいい子でい続ける必要があったのかを理解することが大切です。

親の期待に応えることが、かつての自分にとって安心や承認を得る方法だったかもしれません。

家族の問題を引き受けることで、家庭が崩れないようにしていたのかもしれません。

そのような経験を理解しながら、現在の生活では、別の選択ができる可能性を考えていきます。

頼まれごとを引き受ける前に、自分の余裕を確かめる。親とは違う希望を持っていることに気づく。相手が失望しても、自分の選択をすぐに取り消さずにいられる。

そのような小さな経験を重ねることで、他者の期待だけを基準にしていた生活が、少しずつ変わっていく場合があります。

長いあいだいい子として生きてきた人は、自分の意思で決めることに戸惑いを感じるかもしれません。

何をしたいのか分からず、選んだあとにも不安が残ることがあるでしょう。

それでも、自分の感情を確かめ、迷いながら選ぶことには意味があります。

これまで、誰かに認めてもらうために頑張ってきたのなら、これからは、自分が納得できる生活を考えていくことができます。

親を大切に思う気持ちがあっても、親とは違う人生を選べます。

人の役に立つことを大切にしながら、自分の時間や身体を守ることもできます。

いい子をやめるとは、優しさや責任感を捨てることではありません。誰かの期待に応えられないときにも、自分の存在や価値を見失わずにいられるようになることです。

親の顔色を見て決めていたことを、自分の気持ちで選べるようになる。

相手が喜ぶかどうかだけでなく、自分がその選択を望んでいるのかを考えられるようになる。

その積み重ねのなかで、これまで誰かの期待の延長線上に置かれていた人生を、少しずつ自分自身のものとして感じられるようになるのです。


参考文献

  1. Assor, A., Roth, G., & Deci, E. L. (2004). The Emotional Costs of Parents’ Conditional Regard: A Self-Determination Theory Analysis. Journal of Personality, 72(1), 47–88.
  2. Van Parys, H., Bonnewyn, A., Hooghe, A., De Mol, J., & Rober, P. (2015). Toward Understanding the Child’s Experience in the Process of Parentification: Young Adults’ Reflections on Growing up With a Depressed Parent. Journal of Marital and Family Therapy, 41(4), 522–536.
  3. Cho, S., Glebova, T., Seshadri, G., & Hsieh, A. (2025). A Phenomenological Study of Parentification Experiences of Asian American Young Adults. Contemporary Family Therapy, 47, 275–287.

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井上 陽平

井上陽平(公認心理師・臨床心理学修士)。
トラウマ・解離・PTSD・愛着障害を専門とする心理カウンセラー。
児童養護施設、情緒障害児施設、精神科クリニックでの臨床経験を積み、
心身反応(フリーズ・過覚醒・離人感)への介入や、
複雑性トラウマ、対人関係、境界線の問題に重点的に取り組む。

研究テーマは「複雑性トラウマの身体反応」「解離と自己構造」「愛着スタイル」「虐待と対人関係のパターン」。現在は「こころのえ相談室」にてトラウマ専門のカウンセリングを提供。書籍の企画・執筆に関するご依頼も承っております。

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