解離性同一性障害の実例|思い込みの病気ではない

解離性同一性障害は、深刻な心的トラウマや極度のストレスと密接に関連しています。この病気は、人の心が過去の傷や痛みから自分を守るための一つの方法として発症することが考えられています。本来、我々の「自我」は一つであり、一貫した意識や感覚を有していますが、この障害を持つ人は、自己が複数の人格に分裂するという複雑な状態に陥ります。

この中で、各人格は異なる記憶、感情、思考パターンを持つことがあり、彼らが交代するときには、前の人格が何を経験したのか、また、その時間がどれくらい経過したのかを知らないこともあります。これは、一つの人格が前面に出ることで、他の人格が一時的に「休眠状態」になるためです。

特に、幼少期や青春期に重大な心的外傷や高度なストレスにさらされた人々が、この病気を発症するリスクが高いとされています。その背景には、未熟な心が外部の脅威から自らを守るための適応メカニズムとして解離を選択した結果、成長の過程でこれが固定化してしまったことが考えられます。

治療のアプローチは、その人のトラウマやストレスの原因、そして現在の生活状況に応じて多岐にわたります。治療の目的は、分断された人格や記憶を統合し、患者が健全な自我を取り戻すことです。トラウマ治療や認知行動療法を通じて、患者は過去の傷を癒やし、新しい自分の認識や自己価値を築き上げるサポートを受けることができます。

DIDは確定診断までに何年もかかることも

解離性同一性障害(DID)は、その複雑な症状や一般的な知識の不足から、誤解されることが多い病気です。人々の間には、テレビや映画などのメディアを通じて得られる断片的な情報や都市伝説が原因となって、正確な知識が曖昧になってしまっています。このため、DIDを持つ患者は、疑念や偏見と戦わざるを得ない状況になることが多いのです。

誤診の問題は特に深刻で、DIDの患者が他の精神障害と間違えられることがよくあります。例えば、統合失調症や双極性障害といった他の疾患の症状がDIDの症状と類似していることがあり、正確な診断を難しくしています。適切な診断がなされないまま、不適切な治療を受け続けることで、患者の精神的苦痛が増大する危険性があります。

さらに、DIDは、特定のトラウマや重度の心的ストレスを背景に発症することが多いため、その原因となるトラウマを適切に治療しないと、根本的な改善は難しいとされています。そのため、この障害の正確な理解と、それに基づいた適切な治療やサポートが求められます。

一方で、近年、研究や実例の共有が進む中で、DIDの理解が深まってきています。この病気の存在を知り、正確な知識を広めることで、患者たちに対するサポートや理解を拡大させることが可能となります。社会全体でDIDに対する理解を深めることが、患者たちのQOL(生活の質)の向上に繋がると考えられます。

あたかも正常にみえる人格部分が日常生活を過ごす

解離性同一性障害の人々は、日常生活の中でも絶えず危険や脅威を感じるといわれています。彼らの感じる不安は、我々が想像する日常の不安とは異なり、生命に関わるほどの深刻なものとなることが多いです。心の中で足元がグラグラと揺れ動くような感覚は、彼らの精神的な安定を脅かしています。

このような不安定な状態を和らげるため、彼らはしばしば周囲の人々を距離感を持って観察するようになります。これは、自分を保護し、不意の危険から身を守るための無意識的な防御機制とも言えるでしょう。彼らは、外界からの脅威を遠ざけ、自分の心の安全を守ることを何よりも優先しています。このような背景から、彼らは秩序だった世界や安定した環境を強く求めているのです。

そして、他者からの評価や批判を避け、自らの心の傷を隠すために、様々な「仮面」をかぶることがあります。笑顔を見せながらも、その背後には深い悩みや痛みが隠されていることが多いです。外見上は問題がないように見えても、その中には彼ら独特の葛藤や苦しみが存在していることを理解することは、私たちにとって大切なことです。

この世界をどのように知覚するのか

解離性同一性障害のAさん

心は、本来形のないものであり、その抽象性はよく認識されています。心を具体的に表現するための試みは、古代ギリシャの哲学者ソクラテスから始まり、心理学はそれ以来研究され続けてきましたが、未だに発展途上の分野と言えます。内部世界を知覚・認識して制御することは、極めて困難な作業であり、多大な時間が必要です。私は研究者ではないため、全てを知っているわけではありませんが、この世界は私たちが形として認識しているだけで、普通の人も無意識下で持っているものだと思います。私たちがしていることは、普通の人が心の中で感情や記憶を処理していることと、大差ありません。

私は外の世界が、内部世界よりも遥かに恐ろしいと感じます。どこで攻撃的な言葉を投げられるかわからないからです。内部の調和を乱し、人格の崩壊を招く原因は、内部からではなく外部からの精神的なストレスがほとんどだと考えています。

私は内部世界を夢のような感覚で捉えています。その世界は、私たちの心が具現化した形のようなものと考えています。解離性同一性障害(DID)を抱える人でも、内部世界の構造は人によって異なります。白い部屋とロビーだけのシンプルな世界を持つ人もいれば、複雑な構造を持つ人もいます。私たちの中で、全ての構造を把握しているのは1人だけです。内部世界は人それぞれ異なるものであり、単にイメージの世界に追いやられるのではなく、内部構造自体が私たちを構成する一部とも言えます。

内部世界に入ると、五感は普通の状態と同じように感じることができます。しかし、外部世界に出ると五感は外の世界にのみ集中します。現在私は外部世界におり、内部情報は情報としてのみの状態で、五感による認識はありません。私は主に外部世界の近くにいますが、学校については別の人格に任せており、内部世界にいることもあります。他の人格については、現在は情報として把握しているだけで、五感による認識はありません。安定している場合、外部からの刺激がなければ、内部の状態についてあまり心配する必要はありません。

私たちの内部世界での距離感についてお話しします。私たちは自分自身を見ていますが、表情や動きが異なるため、第三者から聞いた話や、人格ごとに話す内容に従って、誰が話しているのかを理解しています。しかし、このように見ることは数回しかなく、あとはほとんど記憶がありません。他の人格が出現している場合、私自身は消えているように感じます。また、時には他の人格が行動しているのを上や横から見ることもあります。

解離性同一性障害を抱える人が人格交代を起こす状況では、大きな不安や恐怖に曝されることがありますが、一般的には、心は安定した状態にあります。このような状況では、表に出る人格の心は閉ざされ、あるいは完全に統制を失うことがあります。しかし、解離は意識の集中が乱れることによって起こりやすく、誰でも経験する可能性があるとされています。解離を病気として抱えていても、普段は安定した心の状態にあるため、大きな不安や恐怖に曝さなければ落ち着いて過ごせることが一般的です。

この世界をどのように体験しているか

解離性同一性障害のBさん

私の心の奥には、部屋がありました。その中には、私が幼かった頃の自分と、お姉ちゃんの姿がありました。お姉ちゃんは私の世話をしてくれ、食事を作ってくれたり、眠らせてくれたりしてくれました。私は幼い頃から虐待を受けていたため、自分自身が安心できる場所はありませんでした。しかし、お姉ちゃんがそばにいてくれることで、少しでも心の傷を癒やそうとしていたのだと思います。

私は周囲の子どもたちのことを理解することができず、話しかけることも難しいです。しかし、子どもたちは私をよく理解してくれているようです。私が人格交代している間は、自己意識を失って眠っているかのような感覚に陥ります。そのため、家族や周りの人から「さっきは別の人格になっていたよ」と聞かされることで、私は自分が人格交代していたことを知ることができます。

自分のことがよく分からない病気

解離性同一性障害のCさん

私は、まだ自分自身を十分に理解できていないけれど、自分自身がどんな人物か不思議に思っている。おそらく私は子供のようなものなのだろう。それでも、大人になりすまさなければならない。大人でなければ、人々から変な目で見られたり理解されなかったりする。でも、私には自分が存在しない。しかし、自分が存在しないと、現実感がなく、夢の中のように何もわからなくなってしまう。私は自分を切り離して、外から眺めているかのような感覚がある。

痛みは手放した。簡単に手放せるから、切り離すだけでいい。眠りにつくと、頭が痛くなったり、後ろから引っ張られたりする。感覚は鈍り、現実と夢の境界が曖昧になる。自己意識が失われ、真っ白や真っ暗の世界にいるかのように感じる。赤い観覧車を眺めたり、シロツメクサの花畑にいたり、自分自身と対話することもある。時には何も見えず、ただ公園にいることもある。その公園には小さな自分が1人いて、大人の自分が声をかける。

複数の人格が相互作用している

解離性同一性障害のDさん

人格がいくつもあるなかで暮らしてきたのですが、内側に生まれた人格はほとんど子どもだったように思います。子ども同士が必要なものを補いあって生きてきました。保護する人格、耐えるだけの子、冷静な子、笑う子、自傷する子などが含まれていました。これらの人格がお互いに協力して生きているように感じましたが、そうでなかった子もいます。外に出ている時は、人格同士の記憶は共有できず、いろんな言葉や感覚は錯綜していました。

しかし、家庭の事情が落ち着き、暴力が減り、経済的な心配が減ったことで、多数の人格を感じることはなくなりました。また、自分を認めて受け入れるようになると、攻撃的な言動をする人格も出てくる回数が減り、精神的に安定するようになりました。

日常的に人格交代が起きる

解離性同一性障害のEさん

「私」に代わって出てくる人格たちの声や表情は、周りの人たちに瞬時に見分けがつくほど異なっていると言われています。しかし、「私」自身は、人格交代中は意識がなく、彼らの声を聞いたことがありません。たまに夢の中で6歳の人格が泣いたり、外に出たいと訴えたりすることがありますが、「私」が目覚めた時には声を思い出せません。感情は伝わってきませんが、6歳の人格はいつも「私」を元気にしてくれます。ただ、落書きをするのをやめてくれるようになれば、もっと良い子になれると話しています。

6歳の人格は紙なら何でも書いていいものだと思っていたため、書類などがよく理解できていなかったようです。それでも良い子であった彼女は、何故か左利きでした。 一方、18歳の人格は、私が誰かを傷つけた場合に、自分自身に身体的な傷を負わせることで、「傷つけたことを忘れないように」という意味を持っているようです。彼氏は、彼女が同じことを繰り返さないように、彼女を守るために行動していると言っています。 彼女は、昼間はストレスを感じない限り交代することはありませんが、基本的には夕方から深夜にかけて交代するようです。

子どもの人格に交代するとき

解離性同一性障害のFさん

私は、時折怒りや不安に満ちた子どもの人格が私を乗っ取ってしまうことがあります。この現象が解離の現象である可能性があると感じています。解離する前には、必ず子どもの人格が見えます。その状態では、自分自身が外部から観察しているような感覚を持ちます。しかし、解離が起こると、子どもの人格が外の世界に出現し、幼児返りするために恥ずかしい思いをすることがあります。

子どもの人格が現れる瞬間には、「お願い!入ってこないで!」と思うこともあります。これは、自分自身がその姿を見ることで、自分を取り戻したいと思うからです。子どもの人格に支配されることは恐ろしいことであり、その状態に陥る前に自分自身をコントロールしたいという願いがあるのです。

天使と影と小さな自己像

解離性同一性障害のGさん

彼女は、自分の内部に10歳ほどの天使のような自己像と、別の小さな自己像、影の自己像を持っています。主体となる自己像は、自分だけが愛されたり守られたりすることを独占しており、小さな自己像は主体の行動に疑問を持つことがあります。影の自己像は、主体が感じる怒りや憎しみを表現することができ、その結果、人格が交代することもあります。主体の自己像は、虐待的な父親から受けたトラウマを取り込むことができず、影の自己像は父親を愛しているため、主体から出たいと思っています。主体は、トラウマを処理することができずにいるため、そのトラウマが受け入れられると自殺する可能性があります。影の自己像は、主体を保護する存在として働き、時には悪魔のように振る舞うこともあります。

別の人格の行動に対して社会的責任を負う必要がある

解離性同一性障害のHさん

私の場合は、いくつかのシビアな問題があります。たとえば、法律に違反することがあるため、時には警察に相談することがあります。また、私自身を含め、何人かの人格が私の身体に傷を負わせたため、私には多くの傷跡があります。 私は、彼らが存在することは知っていますが、彼らが抱える感情や思考を理解することはできません。自分自身の記憶がないため、彼らが何をしたか(していたか)を理解するには第三者から聞く必要があります。それでも、彼らが引き起こしたことについては、私が社会的責任を負う必要があるため、心境は複雑です。

治療中の経過

解離性同一性障害のIさん

15年前に交代人格が現れ、5年前から医療者からの指導や治療を受け始めた。今でも交代人格との交代があるため、完全な回復に至っていないと感じることがあります。しかし、自己認識が高まり、内側の人格の存在を認め、自分が生きることを受け入れることができるようになりました。これらの変化は、前進している兆しとして受け止められています。医療者や身近な人からは、感情が表出するようになったと評価されていますが、回復という言葉は使用されていません。自分自身がどう向き合うかが重要だと考えられています。病気の回復というより、人間らしさが取り戻せると、今よりも元気に病気と向き合えるのではないかと感じるようになりました。自己認識を高めることが、病気の回復に向けた重要なステップだと信じています。

トラウマのセラピーは

解離性同一性障害の人は、周囲の人たちに合わせて生きることが多く、自分自身の欲求や感情を無視して生活していることが多いです。そのため、今後は自分自身の人生を自分で決めて、自分自身の幸せを優先し、自分の欲求や感情を大切にしていくことが重要です。

まずは、安心、安全な環境作りが必要になり、自分が不安や怒りを感じることが少ない、心地よい環境を作ることを心がけてください。この期間は、自分自身を大切にし、自分の感情や欲求に目を向けることができるようになるための大切な時間にしていきましょう。自分自身を大切にすることは、解離性同一性障害を抱える人々にとっても重要なことです。

トラウマのセラピーにおいて、解離性同一性障害の方は、現実世界に生々しい刺激に対して、胸が痛んだり、足がすくんだり、凍りついたり、崩れ落ちたりすることがあります。これは、過去のトラウマ体験によって、現在の刺激が引き起こす反応が過剰になってしまっているためです。また、過去のトラウマ体験に対する感情的な負荷を扱うため、感覚遮断や現実から遠ざかる防衛機制を使うことがあります。このため、現実世界に対して感覚や注意が散漫になることがあり、生活が困難になることもあります。

トラウマのセラピーにおいては、解離性同一性障害の方が少しずつ様々な刺激に慣れるような治療を行います。これによって、解離性同一性障害の方は、現実世界に対して以前より適切な反応を示すようになります。また、治療を通じて、外の世界との調和を取るために、過去のトラウマ体験による感情的な負荷を緩和し、現実世界に対する反応を少しずつ変えていき、より良い生活が送れるように支援します。

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トラウマケア専門こころのえ相談室
公開 2023-2-15
論考 井上陽平