手のかからない子だった人の心理|いい子・優等生が生きづらくなる理由

手のかからない子 親子関係・毒親

「従順だったね」「賢くて、手のかからない子だった」。

親からそう言われて育った人は、大人になっても、周囲から高く評価されることがあります。学校では先生の指示に従い、職場では責任を持って仕事をこなし、人間関係でも相手の立場を考えて行動する。約束を守り、人に迷惑をかけず、何事もきちんと進めようとするため、「しっかりしている人」「安心して任せられる人」と見られやすいのです。

けれど、その褒め言葉の裏側に、長い緊張と自己抑制の歴史が隠れていることがあります。

相手が何を求めているのかを、言われる前に察してしまう。自分の意見を伝えようとしても、場の空気が悪くなることを考えて飲み込んでしまう。誰かが不機嫌になると、自分が何とかしなければならないような気持ちになり、頼まれてもいないのに先回りして動いてしまう。

こうした振る舞いは、周囲から見れば気配りや責任感として評価されます。しかし本人の内側では、失敗することへの恐怖や、相手を失望させることへの不安が絶えず働いている場合があります。

何かを達成しても安心できず、休んでいると罪悪感が生まれる。人の期待には応えられるのに、自分が何を望んでいるのかはわからない。

手のかからない子として褒められてきた人が、本当に手のかからない子どもだったとは限りません。周囲の大人に負担をかけないよう、自分の感情や欲求を抑えることに、早くから慣れてしまったのかもしれません。

その従順さや賢さは、子ども時代の環境に適応するために身につけた、高度な対人能力だった可能性があります。

「従順さ」と「賢さ」は、緊張の中で育った適応でもある

子どもが落ち着いていて、親の言うことをよく聞き、周囲に気を配れること自体は、問題のある特徴ではありません。安心できる環境で育ち、自分の意思を持ちながら、自然に協調性を身につける子どももいます。

しかし、同じように「いい子」と評価されていても、その行動の背景がまったく異なる場合があります。

親が怒りやすく、少しの失敗にも厳しい。家庭の中で親の機嫌が突然変わり、子どもはいつ叱られるのかわからない。あるいは親の要求が高く、成績や態度がよいときには褒められても、期待に応えられないと冷たくされる。

そのような家庭では、子どもは自分の感情を表現する前に、親の状態を読むようになります。

母親が疲れている日は、自分の悩みを話さない。父親の機嫌が悪いときには、静かに過ごす。親が喜びそうな成績や行動を選び、問題を起こさないことで家庭の緊張を小さくしようとするのです。

本当は甘えたかったり、話を聞いてほしかったりしても、親の負担になることを考えると、自分からは言い出せません。

こうして、子どもの生活の中心が、自分の感情を理解することより、親の状態を安定させることへと移っていきます。

心理学では、子どもが親の感情的な支えや世話役を担い、本来は大人が負うべき役割を引き受けることを「親役割化(parentification)」と呼びます。

2023年に発表されたSchorrとGoldnerの質的研究では、幼少期に親の世話役を担った経験のあるイスラエルの成人女性19人に、子ども時代の体験について詳しく尋ねています。

参加者の中には、親の感情を支え、兄弟の世話をし、家庭が崩れないように自分の気持ちを抑えていた人がいました。親から大人びていると評価されながら、内側では自分の感情や欲求を持つこと自体に危険を感じていた経験も語られています。

興味深いのは、周囲からは成熟して見える子どもが、内側では強い不安や孤独を抱え、自分自身の欲求を後回しにしていたことです。

子どもが早く大人になることは、必ずしも心が十分に成熟したことを意味しません。自分の年齢に合った甘えや遊びを脇に置き、大人の問題を引き受けざるを得なかった場合もあるのです。

こうして身についた過剰な適応は、大人になってからも続くことがあります。過剰適応とは?他人軸で生きて疲れ切る人の特徴・原因と回復でも扱っているように、周囲の期待に応え続ける生活は、本人が自分の限界に気づきにくくなる原因の一つになります。

自分の気持ちより相手の機嫌を優先する|優等生の内側で起きていること

手のかからない子だった人は、人の表情や声の変化に敏感になることがあります。

職場で上司がため息をつくと、自分の仕事に問題があったのではないかと考える。恋人の返事が少し短いと、何か怒らせたのかもしれないと不安になる。誰かが困っている様子を見ると、頼まれる前に助けようとする。

こうした反応が自然に出てくるため、本人は自分が無理をしていることに気づかない場合があります。

むしろ、気が利かない自分や、相手の期待に応えられない自分の方に違和感を覚えます。

子どもの頃、親の機嫌を読み取って適切に振る舞うことが必要だったなら、周囲に注意を向け続けることが生活の基本になっていたのでしょう。

相手の気持ちを理解することと、相手の感情に責任を持つことが、いつの間にか重なってしまうのです。

たとえば、友人が落ち込んでいると、何時間でも相談に乗ろうとする。仕事を頼まれると、自分の予定を後回しにしてでも引き受ける。相手が不機嫌なときには、自分に原因がなくても、その場を和ませる方法を考える。

その一方で、自分が疲れているときに助けを求めることには強い抵抗があります。

「これくらい自分でできるはず」「相手も忙しいのだから、迷惑をかけたくない」。

そう考えているうちに、自分の負担を周囲へ伝える機会を失っていきます。

2015年に発表されたVan Parysらの質的研究では、うつ病の親とともに育った若者21人へのインタビューから、親の病状や家庭の安定を気遣いながら生活してきた経験が検討されました。

参加者は、子ども時代の多くを家族のために行動することに費やし、当時は自分自身の経験や感情を振り返ることが少なかったと語っています。

この研究は、うつ病の親を持つ家庭に限定したものですが、自分の気持ちより家族の安定を優先することで、子ども自身の欲求が後回しになっていく過程を理解する手がかりになります。

手のかからない子どもの中には、周囲に迷惑をかけなかったというより、迷惑をかけることを自分に許せなかった人もいるのです。

自我がなかったのではない|自分の気持ちを奥へ退避させてきた

優等生として生きてきた人は、人生のどこかで、自分の内側に空白を感じることがあります。

仕事はきちんとできる。人間関係でも大きな問題を起こさない。周囲からの評価も悪くない。それなのに、何をしていても満たされず、自分が何を望んで生きているのかわからなくなる。

「私は本当は何が好きなんだろう」「自分には、はっきりした意思がないのではないか」。

そのように感じる背景には、長いあいだ、自分の感情や欲求を表に出すことを控えてきた経験があるのかもしれません。

子どもの頃、自分の意見を言うと親が怒った。嫌だと伝えれば、わがままだと責められた。何かを欲しがると、親の苦労を考えなさいと言われた。

そうした経験が重なると、自分が何を感じているかを確かめる前に、その感情を表してよいかどうかを判断するようになります。

本当は嫌だったのに笑って受け入れる。怒っているのに相手の事情を理解しようとする。欲しいものがあっても、ほかの人の希望を優先してしまう。

やがて、自分の感情を表に出さないことが当たり前になり、そもそも自分が何を感じているのかをつかみにくくなることがあります。

しかし、これは自我そのものが存在しなかったということではありません。

自分の意思や感情を持ちながらも、それを表現できる条件が整っていなかったと考える方が、その人の経験を理解しやすい場合があります。

自分の気持ちを奥へ退避させ、代わりに「場を保つ自分」を前面に出して生きてきた。

周囲からは落ち着いていて、大人びた人に見えるかもしれません。しかし、その内側では、自分の本音を表すことへの恐怖や、相手から拒絶されることへの警戒が続いている場合があります。

そのため、大人になって親から離れたあとも、自分の意思で何かを選ぶことに戸惑うことがあります。

人の期待に応えることには慣れていても、自分のために決める経験が少なかったからです。

影として残る感情|言えなかった怒りや悲しみはどこへ行くのか

ユング派の心理学では、意識的な自己像から排除された感情や欲求、衝動などを「影(シャドウ)」という概念で捉えます。

手のかからない子として育った人の場合、周囲から認められてきた自分と、表に出すことを許されなかった感情とのあいだに隔たりが生まれていることがあります。

表に出るのは、従順で、理性的で、感じがよく、相手に合わせられる自分です。

しかし、その奥には、言えなかった怒りや悔しさ、報われなかった悲しみ、自分ばかり我慢してきたことへの不満が残っている場合があります。

親に腹を立てることが許されなかった人は、大人になってからも怒りを感じることに罪悪感を覚えるかもしれません。

誰かに理不尽なことをされても、自分が悪かったのではないかと考える。相手に反論する代わりに、もっと上手に対応すべきだったと自分を責める。

そうして怒りを外へ向けることが難しくなると、疲労や苛立ち、意欲の低下などを通して、自分の負担に気づく場合があります。

何も問題がないはずなのに虚しい。休んでいても気持ちが落ち着かない。以前は楽しめていたことに興味が湧かず、些細なことで苛立つようになる。

こうした変化には、ストレスや睡眠不足、抑うつなど、複数の要因が関係します。ユング派の「影」という概念も、症状の医学的な原因を説明するものではなく、これまで認められなかった感情を理解するための視点です。

それでも、自分が何を我慢し、何に腹を立て、何を悲しんできたのかを振り返ることには意味があります。

長く優等生であろうとしてきた人にとって、怒りや不満は、関係を壊す危険な感情として扱われてきたのかもしれません。

しかし、その感情の中には、自分の限界や望みを知るための手がかりも含まれています。

何も楽しくないし、めんどくさい|うつ病の快楽消失と孤独の正体でも扱っているように、楽しさや意欲が感じられない状態には、心身の疲労や抑うつなどが関係していることがあります。これまで我慢してきた感情だけに原因を求めず、生活全体の負担を見直していくことが大切です。

「良い子」であり続ける選択|対象関係論から見る自己犠牲

対象関係論の視点では、幼少期に経験した親との関係が、その後の自己感覚や人間関係のあり方に影響すると考えます。

子どもにとって、親との関係は生活を支える重要な土台です。そのため、親の愛情が条件付きで与えられるように感じられると、子どもは親に受け入れられる自分であろうとすることがあります。

「いい子でいれば愛される」「期待に応えれば見捨てられない」。

そうした感覚が強くなると、親に迷惑をかけない自己、周囲の期待に応える自己が、その人の生き方の中心になっていきます。

大人になってからも、自分がどうしたいかより、相手がどう思うかを考えるようになります。

相手が困っていれば助けなければならない。何かを頼まれれば、断ることは申し訳ない。自分の希望を通すことは、相手の負担を増やすことだと感じる場合もあります。

このような関係では、自分と他者の境界線が曖昧になりやすくなります。

相手の都合が、自分の義務へと変わってしまうのです。

たとえば、仕事で同僚から頼まれごとをされたとき、自分には余裕がなくても引き受けてしまう。恋人が寂しがっていると、疲れていても会いに行こうとする。親から何かを求められれば、自分の生活よりも親の希望を優先してしまう。

断れたとしても、そのあとで強い罪悪感が生まれ、相手が怒っていないかを何度も確認したくなることがあります。

ここでは、境界線を引く行動そのものよりも、境界線を引いたあとに生じる恐怖が大きな問題になる場合があります。

自分の意思を伝えることが、関係を失うことと結びついているからです。

境界線を持てなかった人の人生はなぜ危険になるのか|幼少期トラウマと自己否定の心理構造でも説明しているように、自分と相手の感情や責任を区別することは、人との関係を保ちながら、自分自身を守るための重要な働きです。

優等生の孤独|親の期待に応えて失われた感情

精神分析家アリス・ミラーは、親の期待に応えるために、自分の感情や欲求を抑えて育つ子どもの心理を論じました。

親を失望させないように努力し、成績や振る舞いを褒められることで、自分の価値を確かめる。そうした経験が続くと、自分が何をしたいかよりも、何をすれば認めてもらえるかを優先するようになります。

本当は遊びたくても勉強を続け、疲れていても弱音を吐かない。親に褒められるとうれしい反面、期待に応えられなくなったときにも愛してもらえるのかという不安が残ります。

大人になってからも、仕事で成果を上げられる一方で、何も目的のない時間を楽しめないことがあります。

旅行では効率よく観光地を回り、趣味でも上達や成果を求める。休日に何もしないでいると、時間を無駄にしたように感じ、心から休むことが難しくなります。

ミラーは、親の承認を得るために感情を抑えてきた子どもが、自分自身の怒りや悲しみ、寂しさとのつながりを失いやすくなる問題にも注目しました。

周囲からは努力家で自立した人に見えても、本人は失敗を恐れ、誰にも頼れず、期待に応え続けることに疲れ切っている場合があります。

優等生として認められる一方で、失敗しても愛されたかった気持ちや、何も求められずに甘えたかった願いが置き去りになっていた。

その満たされなかった感情が、大人になってからの空虚感や、努力を続けても消えない疲労につながっている場合があります。自分が何を成し遂げたかだけでなく、何を感じ、何を望んでいるのかを確かめていくことが大切です。

頑張り続けた人が、突然動けなくなるとき

手のかからない子として育った人は、身体が疲れていても、それを表に出さずに頑張り続けることがあります。

仕事が忙しくても弱音を吐かず、周囲から頼られれば期待に応えようとする。自分の体調が悪くても、迷惑をかけることを考えて休めなくなる場合があります。

しかし、無理を続ける生活には限界があります。

ある日、朝になっても身体が起き上がらない。仕事へ行こうとしても強い疲労感があり、頭が働かない。以前なら簡単にできていたことに時間がかかり、何から始めればよいのかわからなくなることもあります。

そのような状態になって初めて、自分がどれほど疲れていたのかに気づく場合があります。

強いストレスに伴って、身体が固まったり、反応が鈍くなったりすることもありますが、動けない状態や強い眠気には、睡眠障害やうつ病、身体疾患などが関係する場合もあります。

すべてをトラウマによるフリーズと考えるのではなく、症状が続く場合には適切な医学的評価を受けることが大切です。

そのうえで、長く自分の疲労を無視してきた人にとって、身体が思うように動かなくなった経験は、自分の生活を見直すきっかけになることがあります。

息を潜めて生きてきた人へ|低覚醒の身体が選んだ「小さな生存」でも、強い負担の中で身体の反応や活動性が変化する状態について考察しています。

これまで頑張り続けることで自分を保ってきた人は、休むことそのものに不安を感じる場合があります。何もしない時間があると、自分に価値がないような気がしたり、周囲に取り残されるように感じたりするのです。

だからこそ、回復では休息の時間を増やすことだけでなく、何かをしていない自分をどう感じるのかにも目を向けていく必要があります。

遅れて始まる自己回収|安全になってから、自分がわからなくなる

手のかからない子だった人は、大人になってから、自分自身について考え始めることがあります。

親元を離れて一人暮らしを始めた。仕事をして経済的に自立した。結婚して新しい家庭を持った。親との距離ができ、以前ほど機嫌を気にせずに暮らせるようになった。

こうした変化によって、それまで周囲に適応するために使ってきた力を、自分自身へ向けられるようになる場合があります。

そこで初めて、「私は何を望んでいたのだろう」「これから何をして生きていきたいのだろう」という問いが生まれます。

しかし、自分の意思で生活を選べるようになっても、すぐに答えが見つかるとは限りません。

休日に何をしたいのかがわからない。食事を選ぶだけでも、相手に合わせた方が楽に感じる。自分の希望を伝えたあとで、わがままを言ってしまったような罪悪感が湧き上がる。

それまで長く、自分の意思を後回しにしてきたため、自分の感覚を確かめながら決めることに慣れていないのです。

また、親の期待から離れたことで、それまで抑えてきた怒りや悲しみが現れることもあります。

なぜ自分ばかり我慢してきたのか。なぜ誰も自分の苦しさに気づいてくれなかったのか。本当はもっと甘えたり、助けてもらったりしたかった。

そうした感情が浮かぶと、親を悪く思う自分に戸惑い、再び感情を抑えようとする場合があります。

SchorrとGoldnerの研究でも、親の世話役として育った人々は、周囲から成熟して見られる一方で、内側には傷つきやすく、十分に表現できなかった自己を抱えていることが語られています。

これまで使ってこなかった自分の感情や欲求に気づくことは、時に強い戸惑いを伴います。

けれど、その戸惑いの中には、これまで周囲の期待によって決められてきた人生を、自分自身のものとして選び直そうとする動きも含まれています。

回復とは、わがままになることではなく、自分の意思を生活へ戻すこと

優等生として生きてきた人が、自分の気持ちを大切にしようとするとき、最初に出会いやすいのは罪悪感です。

相手の希望を断ろうとすると、冷たい人間になったように感じる。自分のために時間を使うと、周囲に申し訳ない気持ちになる。休みたいと伝えるだけでも、評価が下がるのではないかと不安になります。

それまで自分を後回しにすることで関係を保ってきたため、自分を優先することが、相手との関係を危うくするように感じられるのです。

そのような場合には、いきなり大きな自己主張をしようとするより、日常の小さな場面で自分の感覚を確かめていくことが役立ちます。

たとえば、次のようなことです。

  • 自分の好みを確かめる:相手が何を望んでいるかを考える前に、自分は何を食べたいか、どこへ行きたいかを考える
  • 返事を急がない:頼まれごとをされたとき、すぐに引き受けず、自分の予定や体調を確かめてから答える
  • 不満や怒りを言葉にする:相手を責めるためではなく、自分が何に傷ついたのか、何を嫌だと感じたのかを理解する
  • 休息を自分で選ぶ:疲れ切ってから倒れるのを待つのではなく、まだ動ける段階でも休む時間を持つ

最初は、自分の希望がはっきりわからなくてもかまいません。

これまで相手に合わせることを優先してきたなら、自分の好みを確かめるだけでも時間がかかる場合があります。

また、何かを断ったあとに罪悪感が生まれたときには、その罪悪感が何を知らせているのかを考えてみます。

本当に相手を傷つけるような行動をしたのか。それとも、以前から身につけてきた「自分の希望を優先してはいけない」という感覚が働いているのか。

その違いを少しずつ見分けられるようになることで、相手を尊重しながら、自分の意思も大切にするという新しい関わり方を身につけていくことができます。

必要に応じて、安心できる人や専門家とともに、自分の感情や境界線について考えることも助けになります。

回復は、周囲に適応してきた能力を捨てることではありません。

これまで培ってきた気配りや責任感を持ちながら、それを使う場面と、自分を休ませる場面を選べるようになることです。

優等生である前に、一人の人間として生きていい

「手のかからない子だった」と褒められてきた人は、幼い頃から、周囲の大人に負担をかけないように生きてきたのかもしれません。

親が困らないように、先生に叱られないように、誰かの期待を裏切らないように。自分の感情を抑え、何を求められているのかを考え、できるだけ正しく振る舞おうとしてきたのでしょう。

そのような生き方によって、身につけてきた力もあります。

責任を持って行動すること、人の気持ちを考えられること、困難な状況でも冷静に対応しようとすること。それらは、今の自分を支えている大切な能力でもあります。

しかし、その能力を発揮するために、いつも自分の感情を犠牲にする必要はありません。

人の期待に応えられない日があってもよい。誰かに助けてもらうこともできる。自分の意見を伝えたり、嫌なことを断ったりしても、関係を続けられる場合があります。

そして、何かを達成するためだけではなく、自分が楽しいと感じることに時間を使ってもよいのです。

これまでの人生では、誰かが求める自分でいることが、安心を保つために必要だったのかもしれません。

けれど、これからは、自分が何を望み、どのような生活を送りたいのかを考えることができます。

人に気を遣いながらも、自分の気持ちを持っていられること。相手を大切にしながら、自分の限界も尊重できること。何かを成し遂げていない時間にも、自分の好きなことを楽しめること。

回復とは、優等生として身につけてきた力を失うことではなく、その力を自分自身の人生のためにも使えるようになることです。

手のかからない子として生きてきた人が、ようやく自分の感情を確かめ、自分の意思で選び、自分のために時間を使い始める。

それは、これまで周囲の期待に応えるために奥へ退けてきた自分が、少しずつ人生の前面に戻ってくる過程なのだと思います。


参考文献

1. Schorr, S., & Goldner, L. (2023).

“Like stepping on glass”: A theoretical model to understand the emotional experience of childhood parentification.

Family Relations, 72(5), 3029–3048.

幼少期に親役割化を経験した成人女性19人への質的研究。親の感情を支えるための自己抑制、過度な成熟、親の期待に応える偽りの自己、表現されなかった感情などを分析しています。

2. Van Parys, H., Bonnewyn, A., Hooghe, A., De Mol, J., & Rober, P. (2015).

Toward Understanding the Child’s Experience in the Process of Parentification: Young Adults’ Reflections on Growing up With a Depressed Parent.

Journal of Marital and Family Therapy, 41(4), 522–536.

うつ病の親のもとで育った若者21人への質的研究。子どもが家庭の安定を優先し、自分自身の感情や経験を振り返る機会を持ちにくくなる過程を検討しています。

3. Tedgård, E., Råstam, M., & Wirtberg, I. (2019).

An upbringing with substance-abusing parents: Experiences of parentification and dysfunctional communication.

Nordic Studies on Alcohol and Drugs, 36(3), 223–247.

依存症の親のもとで育った経験がある成人19人を対象とした質的研究。一見すると行儀がよく、有能な子どもとして振る舞いながら、親の感情的な支えや家庭内の責任を引き受けていた経験を扱っています。

4. Miller, A. (2008). The Drama of the Gifted Child: The Search for the True Self (Rev. ed.). Basic Books. https://www.hachettebookgroup.com/titles/alice-miller/the-drama-of-the-gifted-child/9780465016907/

Counseling & Share

ご相談をご希望の方へ

カウンセリングの空き状況をご確認いただけます。 このページを必要な方へ共有することもできます。

予約ページを見る
NEW BOOK
『やわやわな心にはゼラチンを入れて、冷蔵庫で休ませましょう』
著者:井上陽平 / 2026年11月12日発売

人との距離、自分の気持ち、断ること、頼ること。 「心の境界線」という視点から、生きづらさをほどきながら、 自分の感覚や距離感を取り戻すための考え方とワークをまとめた一冊です。

BOOK
『かくれトラウマ』
生きづらさはどこで生まれたのか / 著者:井上陽平

人に合わせすぎる。緊張が抜けない。安心したいのに落ち着けない。 そうした日常の反応の奥にある見えにくい傷と、 身体が身につけてきた守り方を、 トラウマ・身体・神経系・愛着の視点から読み解いた一冊です。

テーマ別の新着記事

見たいテーマを開くと、そのカテゴリの記事を新しい順で読めます。

HSP・神経系の過敏性 (18)
セルフチェック (5)
トラウマ・CPTSD・解離 (86)
心の病・精神疾患 (44)
心理学(理論)・精神分析 (24)
心理技法・治療法 (22)
愛着・対人関係・人格の問題 (71)
井上 陽平

井上陽平(公認心理師・臨床心理学修士)。
トラウマ・解離・PTSD・愛着障害を専門とする心理カウンセラー。
児童養護施設、情緒障害児施設、精神科クリニックでの臨床経験を積み、
心身反応(フリーズ・過覚醒・離人感)への介入や、
複雑性トラウマ、対人関係、境界線の問題に重点的に取り組む。

研究テーマは「複雑性トラウマの身体反応」「解離と自己構造」「愛着スタイル」「虐待と対人関係のパターン」。現在は「こころのえ相談室」にてトラウマ専門のカウンセリングを提供。書籍の企画・執筆に関するご依頼も承っております。

井上 陽平をフォローする
親子関係・毒親
シェアする
タイトルとURLをコピーしました