身体はトラウマを記憶する|脳・心・体のつながり

『身体はトラウマを記憶する』は、世界的に著名なトラウマ専門家であるベッセル・ヴァン・デア・コークによる全米ベストセラーです。彼の主張は、何よりも重要なことは、我々が患者が現在の生活を完全に生きることを支援することだというものです。

ヴァン・デア・コークは、トラウマが人間の脳にどのように影響を及ぼすか、そのメカニズムを科学的に解析し、それを読者に詳しく説明します。そのため、この本はトラウマの生物学的側面を理解するのに非常に役立つ一冊となっています。彼はまた、薬物療法や従来の心理療法がトラウマの治療においてどのような限界を持っているのかを明らかにし、それと比較してさまざまな新しい治療法がどのような効果を持つのかを詳細に紹介しています。

この本は、トラウマと向き合わざるを得ない人々にとって、深く信頼できる参考文献となるでしょう。それは、ヴァン・デア・コークがトラウマの理解と治療について、非常に広範で深い洞察力を提供しているからです。

これから述べることは、『身体はトラウマを記憶する』を要約し分かりやすく言い換えたものを紹介しています。

扁桃体:情動の活性化とトラウマ体験の解釈誤りについて

強烈な情動が、我々の脳内の特定の部分、大脳辺縁系、特にその中でも「扁桃体」と呼ばれる部位を活性化させるということは、科学的によく確認されています。扁桃体は、我々が危険を感じたときに活発に働き、全身に警告を送る役割を果たしています。この警告システムによって、身体はストレス反応を起こし、危険に対処する準備をします。

トラウマ体験をした人々の場合、この体験と関連する画像や音、声、思考が提示されると、扁桃体は危険を察知することができます。それがたとえ遠い過去の出来事であっても、この領域は、まるでそれが現在進行形で起こっているかのように反応するのです。この反応は、私たちの科学的研究によって明確に証明されています。

この恐怖の中心部である扁桃体が活性化すると、ストレスホルモンの放出と神経インパルスの連鎖反応が引き起こされます。これにより、血圧が上昇し、心拍数が増加し、酸素吸収量も増えます。これら全ての体の変化は、危険に対抗するための「戦うか逃げるか」の反応を準備するためのものです。

しかし、扁桃体の作用には問題もあります。トラウマを経験した人々の中には、扁桃体が危険の解釈を誤るケースが増えるという現象が見られます。つまり、実際には安全な状況であっても、危険であると感じてしまうのです。この微妙な解釈の誤りが、日常生活の中での人間関係、特に家庭や職場での関係に悪影響を及ぼす可能性があります。ある特定の状況を誤って危険と判断すると、その結果として不快な誤解が生じ、関係性に亀裂を生じさせることもあるのです。

ストレス反応とトラウマ:体と心の連動

人間が何か脅威に直面した時、自然に反応としてストレスホルモンが増加します。そしてその脅威が過ぎ去ったとき、ストレスホルモンは通常すぐに減少し、体は平常の状態に戻ります。これは私たちの体が危険から自己を保護するための自然な反応です。

しかし、トラウマを経験した人々は異なる反応を示します。彼らの体はストレスホルモンを通常以上に、そして長期間にわたって放出し続けることが多いのです。さらには、比較的小さなストレス要因でも、そのホルモンの分泌が急激に増加する傾向にあります。

このようにストレスホルモンが絶えず高いレベルにあると、それが体に様々な害を及ぼします。その影響は記憶力や注意力の低下、短気、睡眠障害といった形で表れることが多く、さらには長期的な健康問題を引き起こす可能性もあります。具体的にどのような問題が起きるかは、個々の体の弱点による部分も大きいです。

さらに、脅威に対する反応はストレスホルモンの増加だけではありません。一部の人々は、危険に対して「否認」の反応を示すことがあります。つまり、彼らの体は脅威を認識し反応するものの、意識的な心はまるで何も問題がないかのように振る舞うのです。

しかし、心が脅威に対する情動脳からのメッセージを無視しようと学習したとしても、実際にその警報信号が停止することはありません。情動脳はその働きを続け、ストレスホルモンは筋肉に信号を送り続けます。これにより、体は緊張状態にあるか、あるいは逆に全く動けない虚脱状態に陥ることがあります。これは、心が体の警報システムを無視するという行動が、必ずしも身体の反応を抑制するわけではないことを示しています。

危険対応:脳の警報システムとその身体への影響

人間の脳には警報システムが存在し、何か危険が迫った時、この警報システムが作動します。この反応は、脳の一部である神経と化学物質が連携して起こすもので、これらは私たちの体と直接結びついています。この反応が始まると、脳の最も原始的な部分が主導権を握り、より高次の脳機能、つまり意識的な思考を一時的に停止させます。

この原始的な部分の脳が主導すると、体は自動的にあらかじめプログラムされている避難計画に従って動き出します。これは逃げる、隠れる、戦う、または場合によっては動きを止める(凍結する)という反応です。これらの反応は私たちが完全に状況を理解するよりも先に起こります。つまり、私たちが脅威に対する認識を完全に持ったとき、体は既に動き出していることがあります。

もし、この逃げる、戦う、または凍結するという反応が成功し、私たちが危険な状況から逃れられた場合、私たちの体と心は平穏を取り戻し、元の状態に戻る過程を始めます。これを「正気を回復する」とも言います。

しかし、何らかの理由でこれらの反応が妨げられた場合、脳と体の反応は異なります。たとえば、家庭内暴力やレイプなどの状況で身動きが取れなかった場合、脳はストレスに反応して化学物質を分泌し続け、脳の電気回路は絶えず発火します。この状況が過ぎ去ったとしても、脳はまだ脅威が存在するかのように体に信号を送り続けることがあります。これは、脳が身体を守るためにプログラムされている反応が、現実の状況と一致しないために起こります。

PTSDにおける感情と衝動制御の難しさ

PTSD(心的外傷後ストレス障害)の状態では、脳内の扁桃体と内側前頭前皮質という二つの領域間のバランスが大きく崩れてしまいます。このバランスの崩れは、感情や衝動の制御を難しくする効果をもたらします。

神経画像学の研究によれば、極度の恐怖、悲しみ、怒りといった強烈な感情を経験している人の脳を観察すると、大脳皮質下の感情に関連する脳領域の活動が顕著に活性化していることがわかります。一方で、前頭葉の各領域、特に内側前頭前皮質の活動は大幅に低下します。

このようになると、前頭葉の抑制機能が弱まり、感情や行動のコントロールが難しくなります。大きな音に反応して過剰に驚いたり、些細な欲求不満で怒りを爆発させたり、誰かに触れられただけで体が硬直するといった反応が起こりやすくなります。

PTSDの状態では、あたかも感情の門が大きく開かれ、フィルターがなくなったかのように感じます。その結果、彼らは絶えず感覚過負荷の状態に置かれます。これに対処しようとする一つの方法として、自身の感情や反応の機能を一時的にシャットダウンすることがあります。この結果、視野狭窄や過集中といった現象が引き起こされます。

その一方で、自身の感情や反応の機能を自然に制御できない場合、薬物やアルコールを利用して周囲の世界を閉じ出そうとすることもあります。しかし、その結果として悲しいことに、楽しみや喜びといった感情を感じる能力まで失ってしまうことがあります。

解離:心的トラウマ体験の断片化とその影響

解離とは、トラウマの中心的な要素であり、これは心的トラウマがもたらす最も困難な状況の一つです。圧倒的なトラウマ体験は、個々の感情、音、映像、思考、身体的感覚という要素に分断され、それぞれが独立した存在として働き始めます。つまり、トラウマに関連するこれらの要素は、全体として一緒に働くのではなく、それぞれが独自のルートを辿ることになります。

これらの断片化した記憶は、現在の意識の中に突然侵入することがあります。その結果、トラウマ体験が文字通り「追体験」され、過去の出来事が現在起こっているかのように感じられます。

トラウマが解消されない限り、体はストレスに対抗するためにストレスホルモンを続けて分泌します。この結果、防衛的な行動や感情的な反応が反復的に引き起こされます。

トラウマを追体験すると、人は麻痺したような状態になることがあります。頭が空っぽになり、脳の活動が大幅に低下します。心拍数や血圧も上昇しないため、人は恐怖を感じなくなるかのようになります。これは解離と呼ばれ、トラウマを経験した人が見せる生物学的な「凍結」反応の一部として現れます。これは、虚ろな視線や放心状態といった形で外面に現れることがあります。

特に子供の場合、頭が働かなくなると周りに迷惑をかけず、無視されることが多いです。この状況が続くと、子供は自分の未来を少しずつ失ってしまう可能性があります。彼らの生活は、現在の状況から逃れることに集中するため、未来の展望を持つことが難しくなります。

幼少期のトラウマと自己認識の喪失

幼少期に深いトラウマを経験したPTSD(心的外傷後ストレス障害)の慢性的な患者の脳スキャンを見ると、脳の自己認識を担当する領域で活性化がほとんど見られないのが特徴です。この自己認識を司る領域とは、内側前頭前皮質、前帯状皮質、頭頂皮質、島と呼ばれる部分で、これらがほとんどまたは全く活動していないことが確認されました。

例外的に、後帯状皮質という部位で僅かな活性化が確認されましたが、この部位は基本的に空間認知を担当しています。これらの観察からは、これらの患者がトラウマの体験やそれに続く長期的な恐怖と向き合う過程で、特定の脳領域の機能を停止することを無意識に学んだと考えられます。

とくに、この停止される機能は、恐怖に対する体の反応や感情を伝える領域を含んでいます。しかし、日常生活においてこれらの領域は、私たちの自己認識、すなわち自分が何者であるかという感覚の基礎を形成する役割を果たします。これらの領域は、自分の感情や感覚を理解するための枠組みを提供するのです。

この状況は非常に悲しい適応現象であり、これらの人々が経験する恐ろしい感覚を遮断するために、自分自身が生き生きと存在していると感じる能力を自ら弱めてしまっていることを示しています。これは、極度のストレスや恐怖から逃れるための不運な防衛メカニズムで、その結果として本来豊かであるべき生の感覚が薄れてしまっているのです。

脳内の島:トラウマの神経科学的理解

トラウマ患者の脳スキャンを研究すると、ほとんど全てのケースで「島」と呼ばれる脳の部分の異常な活性化が見つかります。この「島」は、私たちの体から来る様々な情報、例えば筋肉の動きや関節の位置、身体のバランスといった入力を集めて解釈し、私たちに一体感や体の存在感を与えています。さらに、「島」はこれらの信号を扁桃体に送り、私たちの「闘争・逃避」反応を引き起こす役割も果たしています。

この反応は、認知的な入力や意識的な認識なしに起こります。その結果、人は焦りや集中力の低下を感じるだけでなく、最悪の場合、まるで死に瀕しているかのような感覚に苛まれることもあります。これらの感情は脳の深部で生成され、理性や理解だけでは抑制することが難しいものです。

これがさらに深刻化すると、「失感情症」という状態に陥ることもあります。これは、自分の体からの感覚情報を意識的に認識する能力が低下し、自分自身の感覚や体験を理解し、他人に伝えることが難しくなる状態を指します。

しかしながら、自己認識を回復させ、自身の価値観や優先順位を再構築するためには、自分自身と体の深い部分とのつながりを再確立することが必要です。失感情症や解離、機能の停止は、私たちが自己保護行動をとるために必要な自己認識や感覚を司る脳の組織と密接に関連しています。

特にトラウマは、この重要な組織に深刻なダメージを与え、それによって人間は自己と身体との繋がりを失い、他人との情動的なつながりも疎外感を伴うものに変わってしまうことがあります。その結果、自分の体が他人のもののように感じられたり、まるで体が存在しないかのように感じることさえあります。トラウマからの回復には、自分自身と体、そして「自我」という自己認識の核心と再びつながることが重要であり、そのためにはしばしば他人の助けが必要になります。

参考文献
ベッセル・ヴァン・デア・コーク:(柴田裕之 訳、杉山登志郎 訳)『身体はトラウマを記憶する』紀伊国屋 2016年

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トラウマケア専門こころのえ相談室
公開 2023-07-12
論考 井上陽平