安心できない人の心理と身体|落ち着くほど苦しくなる理由と回復の道

安心できない人 愛着・対人関係・人格の問題

一日の仕事を終え、ようやく自分の時間になったのに、なぜか落ち着かない。何も予定がない休日には、ゆっくり休めるはずなのに、何かをしていないと不安になり、気づけば仕事や家事を探して動き続けている。誰かに優しくされても素直に安心できず、相手が何を考えているのか、いつ態度が変わるのかが気になってしまうことがあります。

こうした人にとって、安心とは必ずしも心地よいものではありません。むしろ、緊張がゆるみ始めたときに胸がざわついたり、身体の力が抜けることに怖さを感じたりする場合があります。静かな部屋に一人でいると落ち着かず、誰かと一緒にいても相手の表情や声の調子が気になり、心からくつろげる時間がなかなか訪れません。

周囲からは警戒心が強い、考えすぎる、人を信用できないと思われることもあります。しかし、その背景には、長いあいだ自分を守るために緊張し続けてきた経験が隠れている場合があります。

家庭の中でいつ怒鳴られるか分からなかった人、安心して甘えた相手から傷つけられた人、自分の弱さを見せたときに拒絶された人にとって、警戒を解くことは無防備になることと結びついていることがあります。

本当は誰かに頼りたいし、安心して休みたい。それでも、心を許したあとに傷ついた経験があると、安心を求める気持ちと、安心することへの恐れが同時に生まれます。

この矛盾を理解するには、安心できない人の考え方だけでなく、これまでの人間関係や身体に生じている防衛反応を見ていく必要があります。

安心と安全がどのように育ち、心身の回復につながっていくのかについては、安心感・安全感を取り戻すための心理とトラウマケアでも詳しく解説しています。

安心できない人は、なぜ落ち着くほど苦しくなるのか

仕事や家事に追われている間は何とか動けるのに、何もする必要がなくなった途端、不安や落ち着かなさが強くなることがあります。

たとえば、忙しい職場では集中して仕事をこなせていても、帰宅してソファに座ると急に胸が苦しくなる。休日に予定が入っていないと、取り残されたような焦りが生まれ、何かしなければいけないという気持ちに追い立てられる。眠ろうとして目を閉じると、それまで考えずに済んでいた心配事や過去の出来事が浮かび、かえって頭が冴えてしまうこともあります。

このような状態では、緊張していることが長年の習慣になっている場合があります。常に次の問題を予測し、周囲の変化に注意を向け、何か起きてもすぐに対応できるようにしてきた人にとって、警戒している状態は慣れ親しんだものです。

そのため、身体がゆるみ始めると、普段とは違う感覚に戸惑い、不安が強まることがあります。何も起きていない静かな時間に、かえって落ち着かなくなるのは、緊張を保つことで自分を守ってきた生活と関係しているのかもしれません。

また、落ち着いたときに、それまで抑えていた感情が表面化することもあります。仕事中は感じずに済んでいた悲しみや怒り、孤独感が、家に帰って緊張がゆるんだときに浮かんでくるのです。休もうとすると苦しくなる背景には、こうした感情との接触を避けようとする働きが関係している場合もあります。

安心できない人は、休みたいと思いながらも、休むことで何が起きるのか分からない不安を抱えています。その結果、身体を動かし続けたり、スマートフォンを見続けたり、考え事を繰り返したりして、静かになる時間を埋めようとすることがあります。

こうした状態が長く続くと、疲れているのに休めないという悪循環が生まれます。身体は休息を求めていても、心は警戒を続けているため、十分に回復したという感覚を持ちにくくなるのです。

過緊張と過覚醒|身体が警戒を手放せなくなる仕組み

人は危険を感じると、周囲の状況に注意を向け、必要に応じて身を守れるように心身の状態を変化させます。心拍が速くなったり、筋肉に力が入ったり、物音や人の動きに敏感になったりするのも、脅威に備えるための反応です。

通常は危険が過ぎると、身体の緊張も次第に和らいでいきます。しかし、慢性的なストレスやトラウマを経験している場合には、安全な環境に移ったあとも警戒が続き、身体が十分に休息へ切り替わらないことがあります。

このような過覚醒や過緊張は、日常生活のさまざまな場面に表れます。

  • 人と一緒にいると、肩や首、背中に力が入り続ける
  • 小さな物音や人の足音にも、身体がびくっと反応する
  • 相手の表情や声の変化を敏感に読み取り、機嫌が気になる
  • 疲れているのに眠りが浅く、夜中に何度も目が覚める
  • 何もしていない時間に焦りや罪悪感が強くなる
  • 楽しい時間を過ごしていても、突然不安が込み上げてくる

こうした反応には、現在の状況を過去の危険と結びつけて受け取りやすくなっていることが関係する場合があります。

心理学者のEhlersとClark(2000)は、PTSDが持続する仕組みを説明する中で、過去のトラウマが現在も続く脅威として感じられることの重要性を指摘しています。

たとえば、子どもの頃に親の足音を聞くたびに緊張していた人は、大人になってからも、誰かが近づいてくる音に敏感になることがあります。現在の相手が危険な人物でなくても、過去の経験と結びついた不安が生じ、身体が先に身構えてしまう場合があるのです。

また、人の不機嫌な表情を見ただけで、自分が何か悪いことをしたのではないかと考えたり、誰かから返事が来ないと、拒絶されたように感じたりすることもあります。

このような状態では、頭で安全だと理解していることと、実際に身体が安心できることの間に隔たりが生じます。過緊張が強い人ほど、自分の考え方を変えようとしても身体の反応が残り、そのことにさらに疲れてしまう場合があります。

過覚醒や慢性的な身体のこわばりについては、過覚醒の心理と身体反応や過緊張が続く神経系の問題でも詳しく扱っています。

なぜ人に自分を預けられないのか|愛着と安心の関係

安心できない人にとって、人に頼ることや心を許すことは、大きな不安を伴う場合があります。

本当は誰かに甘えたいと思っていても、実際に優しくされると落ち着かなくなり、相手との距離を取ってしまう。困っているときに助けを差し伸べられても、迷惑をかけてしまうのではないか、あとで何かを要求されるのではないかと考え、自分一人で何とかしようとすることがあります。

このような反応を理解するうえで重要なのが、幼少期の愛着関係です。

愛着理論を提唱したジョン・ボウルビィは、子どもが安心して外の世界を探索するためには、必要なときに戻ることのできる「安全基地」が重要であると考えました。怖いことがあったときに守ってもらえる、困ったときに助けを求められる、失敗しても受け止めてもらえるという経験が、人との関係に対する信頼を育てていきます。

ところが、安心を求める相手が同時に恐怖の対象でもあった場合、子どもは複雑な葛藤を抱えることがあります。

親に抱きしめてほしいのに、その親が突然怒り出す。悲しくて泣いているときに冷たくされたり、助けを求めたことで叱られたりする。優しくしてもらえたと思ったら、次の日には無視される。そのような関係の中では、誰かに近づくことと傷つくことが結びつきやすくなります。

子どもにとって、親は生活を支えてくれる重要な存在です。そのため、親との関係が不安定なときにも、自分がもっと良い子になれば愛してもらえるのではないかと考えたり、親を怒らせないように振る舞ったりすることがあります。

こうして、自分の気持ちを表現するよりも、相手が望む自分でいることを優先するようになる場合があります。

大人になってからも、誰かに愛されたいという気持ちがありながら、実際に親密になると不安が強くなることがあります。相手に頼るほど見捨てられることが怖くなり、優しさを受け取るほど、その関係を失ったときの痛みを想像してしまうのです。

人に自分を預けられないという苦しさの背景には、こうした愛着の経験が関係していることがあります。

安心が条件付きだった家庭では、素の自分を出すことが怖くなる

家庭の中で、親の期待に応えているときだけ褒められたり、言うことを聞いているときだけ穏やかに接してもらえたりすると、子どもは安心を得るために努力するようになります。

成績を上げること、問題を起こさないこと、親の機嫌を損ねないこと、家族に迷惑をかけないことなどが、自分の居場所を守るための条件になっていくのです。

そのような環境では、自然に湧いてくる感情を表現することが難しくなります。悲しくても泣かず、腹が立っても我慢し、助けてほしいときにも自分で何とかしようとする。周囲からは手のかからない子どもに見えていても、その内側では、安心して弱さを見せられない緊張が続いていることがあります。

こうした経験を重ねると、大人になってからも「何かをしていなければ認められない」という感覚が残ることがあります。

仕事で成果を出している間は自信を持てても、休職したり、病気で動けなくなったりすると、自分には価値がなくなったように感じる。誰かの役に立っているときは安心できても、助けてもらう立場になると、申し訳なさや恥ずかしさが強くなることもあります。

また、相手の好意を受け取ることにも不安が生じやすくなります。何かをしてもらうと、すぐにお返しを考えたり、相手に借りを作ったような気持ちになったりすることがあります。優しくしてもらうことさえ、次の義務や責任につながるように感じてしまうのです。

こうした状態では、自分が何もしていなくても大切に扱われるという感覚を持ちにくくなります。

安心するために頑張り続けてきた人にとって、何もしなくても受け入れられる関係は、慣れないものであると同時に、これまでの生き方を変えていくきっかけにもなります。

安心の土台が育たなかった人は、休める場所が分からない

安心できない人の中には、危険な出来事が起きていなくても、日常的に不安や緊張を感じている場合があります。

生活環境が落ち着き、人間関係にも大きな問題がなくなったのに、どこか気持ちが休まらない。仕事が順調で、家族や友人にも恵まれているのに、心の奥にはいつも何か悪いことが起こるような予感がある。そのような人にとって、安心とは、得ようとしてもなかなか実感できないものになっていることがあります。

幼い頃から安心できる関係が十分に得られなかった場合、困ったときに人を頼ることや、緊張したあとに落ち着きを取り戻すことが難しくなる場合があります。

誰かに助けを求めても応じてもらえなかったり、弱さを見せたことで責められたりした経験が重なると、つらいときほど人から離れ、一人で耐えようとすることがあります。

その結果、限界まで頑張ったあとに突然動けなくなったり、周囲から休むように勧められても、休み方そのものが分からなくなったりすることがあります。

こうした苦しさは、自分を支えてくれる感覚が十分に育たないまま、多くの負担を引き受けてきたことと関係しているのかもしれません。

ただ、幼少期に安心できる関係を経験できなかったからといって、その後も安心が育たないと決まっているわけではありません。大人になってからの人間関係や、尊重される経験、自分の意思を大切にする生活を通して、安心感を少しずつ育てていくことは可能です。

そのためには、周囲から安心するように求められることよりも、自分のペースで人と関わり、負担を感じたときには距離を取れることが大切になります。

理解されることが怖い|近づきたいのに離れたくなる心理

誰かに自分の気持ちを理解してもらえたとき、ほっとするよりも、急に怖くなることがあります。

それまで誰にも話せなかったことを打ち明け、相手が真剣に耳を傾けてくれた。その場では安心できたはずなのに、帰宅してから「話しすぎたのではないか」「弱みを見せてしまった」「相手にどう思われただろう」と考え続けてしまうのです。

翌日になると、急に相手との距離を取りたくなったり、連絡を避けたりすることもあります。相手が嫌いになったわけではなく、親密になったことで生じる不安に耐えきれなくなっている場合があります。

このような反応は、過去に自分の気持ちを打ち明けたことで傷ついた経験と関係していることがあります。

勇気を出して相談したのに否定された。秘密を打ち明けた相手に、その内容を他人へ話された。困っているときに助けてもらえたと思ったら、あとから恩を着せられたり、相手の都合に従うよう求められたりした。

そのような経験が繰り返されると、理解してもらうことが、相手に自分の弱い部分を知られることとして感じられる場合があります。

誰かに近づくほど、自分を守るための距離が失われていくように感じるのです。

その一方で、誰にも理解されない孤独も苦しいため、人とのつながりを求める気持ちは残ります。親しくなりたいのに近づくと怖くなり、距離を取ると今度は寂しくなる。このような葛藤の中で、人間関係が不安定になってしまう場合があります。

安心できる関係を育てるためには、相手にすべてを打ち明けることや、急いで信頼することが必要なわけではありません。どこまで話すかを自分で決められること、話したくないことは保留できること、相手と意見が違っても関係を続けられることが、安心の土台になっていきます。

愛着に関係する不安や、親密な関係で緊張が強くなる心理については、愛着不安と対人関係の問題でも詳しく解説しています。

希望を持つことが怖い|幸せになるほど失うことを考えてしまう

安心できない人は、つらいときだけでなく、物事がうまくいき始めたときにも不安が強くなることがあります。

仕事で評価されたり、恋人との関係が安定したり、長く抱えていた問題が解決したりすると、本来であれば喜びや達成感を感じられる場面です。しかし、安心するより先に「この状態はいつまで続くのだろう」「どうせまた悪くなるのではないか」と考えてしまう場合があります。

過去に、幸せだと感じた直後に大きく傷ついた経験があると、良い出来事そのものが、失うことへの不安を呼び起こすきっかけになることがあります。

特に、人との関係で期待を裏切られたり、安心していた場所を突然失ったりした経験がある場合には、何かを大切に思うほど、その対象を失うことが怖くなることがあります。

誰かを好きになれば、離れていく可能性が気になる。仕事が順調になると、次に失敗することを想像する。ようやく落ち着いた生活を手に入れても、いつか壊れるのではないかという考えが頭から離れません。

そのため、期待すること自体を控えたり、うまくいきそうな関係から先に離れたりすることがあります。最初から大きな希望を持たなければ、失ったときの痛みも小さく済むと感じるのです。

こうした心理が強くなると、喜びを感じることにも慎重になります。楽しい時間を過ごしていても、心のどこかでは次に起こる問題を探し続けるため、その瞬間の安心を十分に味わえなくなります。

回復の過程では、良いことが起きたときに、すぐに不安を消そうとする必要はありません。喜びと不安が一緒に生じていることを理解しながら、今の関係や環境で実際に何が起きているのかを確かめていくことが役立ちます。

幸せな状態に慣れていくには、その状態が続く経験を少しずつ積み重ねることが必要な場合があります。

身体が自分の居場所にならない|監視されている感覚と自己喪失

安心できない人の中には、自分の身体にいても、どこか落ち着かない感覚を抱えている場合があります。

人と一緒にいると自然に背筋が伸び、肩や首に力が入る。誰かから見られていると感じると、表情や姿勢が気になり、どう振る舞えばよいかを考え続ける。自宅で一人になっても、何かをきちんとしていなければいけないような感覚が抜けないこともあります。

こうした状態には、過去に自分の行動や感情を細かく管理されてきた経験が関係している場合があります。

親の期待に合わせて行動すること、失敗しないこと、周囲に迷惑をかけないこと、いつも正しく振る舞うことを求められてきた場合、自分の身体や感情を自由に表現することが難しくなることがあります。

本当は疲れていても休めず、泣きたいときにも我慢し、怒りを感じても表情に出さない。そのような生活が続けば、自分の感情を確かめるよりも、周囲からどう見られているかを優先するようになります。

やがて、誰かから指示されていなくても、自分の中で厳しい監視が続くようになることがあります。

休んでいると怠けているように感じ、楽しんでいると罪悪感が生まれ、人に頼ろうとすると迷惑をかけてしまうのではないかと考える。外側に厳しい人がいなくなっても、以前の環境で身につけた緊張が続いているのです。

また、慢性的なストレスが強いときには、自分の身体の感覚が遠くなったり、何を感じているのか分からなくなったりすることがあります。空腹や疲労に気づきにくくなり、限界まで動いたあとに突然体調を崩す場合もあります。

このような状態では、身体が安心できる場所というよりも、周囲の期待に応えるために使い続けてきたもののように感じられることがあります。

自分の身体を大切に扱うことは、安心感を取り戻すうえで重要な意味を持っています。疲れたときに休むこと、嫌なことに違和感を覚えること、心地よいものを選ぶことなど、日常の小さな経験を通して、自分の身体や感情との関係を少しずつ変えていくことができます。

安心しようとするほど苦しくなるとき、何が必要なのか

安心できない状態を改善しようとして、深呼吸や瞑想、リラックス法などを試しても、かえって苦しくなることがあります。

目を閉じて呼吸に集中すると、胸の苦しさや心臓の鼓動が気になり、不安が強くなる。身体の力を抜こうとすると、突然涙が出たり、過去の記憶が浮かんだりする。静かに座っていること自体が負担になり、じっとしているより動いているほうが楽に感じる場合もあります。

そのようなときには、リラックスした状態を目標にするよりも、今の自分がどの程度の落ち着きなら受け入れられるのかを確かめることが役立ちます。

身体志向のトラウマ心理療法を論じたOgdenら(2006)は、トラウマの影響を理解する際に、感情や認知だけでなく、姿勢や動き、身体感覚などにも注意を向けることの重要性を示しています。

臨床的には、緊張を一度に取り除こうとすると負担が大きくなる場合があるため、身体の反応を見ながら、無理のない範囲で変化を経験していくことが大切です。

たとえば、身体に強い緊張があるときには、無理に力を抜くよりも、今どこに力が入っているのかを確かめるところから始めます。肩が固くなっていることに気づいたら、軽く肩を動かし、動かす前とあとで感覚に違いがあるかを観察してみます。

また、目を閉じることが怖い場合には、目を開けたまま部屋の中をゆっくり見渡したり、落ち着いて眺められるものを探したりする方法もあります。

安心の感じ方には個人差があるため、誰にでも同じ方法が合うとは限りません。自分の身体がどのような状態で少し楽になるのかを知ることが、回復の手がかりになります。

安心を取り戻すための小さな経験|心と身体の回復

安心できない人が回復していくとき、大切になるのは、自分が安心できる条件を少しずつ知り、その経験を生活の中に増やしていくことです。

最初から完全にリラックスする必要はなく、緊張が少し和らぐ時間や、無理をせずに過ごせる場面を見つけることから始められます。

1.今いる場所の安全を確かめる

落ち着かないときには、頭の中で考えていることから少し離れ、今いる場所を見渡してみます。

部屋の明るさや家具の位置、窓から見える景色などをゆっくり確認し、自分がどこにいるのかを確かめます。安心して眺められるものがあれば、少しの間そこに視線を向けてみてもよいでしょう。

過去の出来事を思い出して不安が強くなっているときには、現在の環境に注意を戻すことが役立つ場合があります。

2.身体が支えられている感覚を知る

椅子に座っているときには、背中やお尻が座面に触れている感覚、足裏が床についている感覚を確かめてみます。

身体のどこが支えられているのかを観察し、楽に過ごせる姿勢を探してみましょう。身体に注意を向けることが負担になる場合には、椅子の形や床の模様など、外側にあるものを見ながら過ごす方法もあります。

3.緊張を一度に手放そうとしない

長年にわたって緊張を保ってきた人は、急に身体の力を抜こうとすると、落ち着かなくなる場合があります。

そのため、少し肩を動かす、手を軽く開く、楽な姿勢に変えてみるなど、小さな変化から始めることができます。

身体の緊張がすぐに和らがなくても、今の状態を把握できること自体が、自分の身体との関係を取り戻す一歩になります。

4.人との関係で、自分のペースを尊重する

誰かに安心させてもらおうとしても、相手との距離が近すぎると負担になることがあります。

そのため、話したいことだけを話し、疲れたら会話を終えられることや、必要なときに一人になる時間を持てることも重要です。

信頼できる人との関係では、無理に本音をすべて打ち明けるよりも、少しずつ自分の気持ちを伝え、相手がどのように受け止めるかを確かめていくことが役立ちます。

5.安心できた時間を振り返る

一日の終わりに、少しでも気持ちが楽になった場面があったかを振り返ってみます。

温かい飲み物を飲んでいるとき、好きな音楽を聴いているとき、誰かと話しているときなど、安心につながる経験は人によって異なります。

そのときの環境や身体の状態を確かめることで、自分がどのような条件で落ち着きやすいのかを理解できるようになります。

こうした小さな経験を重ねていくことが、自分の生活の中に安心できる時間を増やしていく助けになります。

人との関係の中で安心を育て直す|理解されても傷つかない経験

安心できない人にとって、信頼できる人との関係は大きな意味を持つことがあります。

これまで人に頼ることで傷ついてきた場合、最初から相手を信用することは難しいかもしれません。優しくされても疑いが残り、話を聞いてもらっても、本当に理解されているのか分からなくなることがあります。

それでも、自分の話を最後まで聞いてもらえた経験や、意見が違っても関係が壊れなかった経験、困ったときに助けを求めても責められなかった経験を重ねることで、人との関係に対する見方が少しずつ変わっていく場合があります。

特に大切なのは、自分の意思を尊重してもらえることです。

相手に合わせなくても関係を続けられること、嫌なことを断っても必要以上に責められないこと、疲れたときに距離を取っても受け入れてもらえること。そうした経験によって、誰かとつながることと、自分を失うことが少しずつ切り離されていきます。

また、安心できる関係では、自分がいつも穏やかである必要もありません。不安や怒り、悲しみを感じることがあっても、その気持ちについて話し合い、必要に応じて関係を調整できることが、信頼につながっていきます。

これまで人との関係の中で緊張してきた人にとって、安心とは、相手にすべてを任せることよりも、自分の意思を保ちながら人とつながれるようになることでもあります。

カウンセリングで安心できない問題を扱うとき

安心できない状態が長く続き、睡眠や仕事、人間関係などに影響している場合には、専門家と一緒に現在の心身の状態を整理することが役立つ場合があります。

カウンセリングでは、安心できないという感覚が、どのような場面で強くなるのかを確かめていきます。人と一緒にいるときに緊張するのか、一人になったときに不安になるのか、休もうとすると身体が落ち着かなくなるのかによって、その背景も異なります。

また、幼少期の愛着関係や過去のトラウマが関係している場合には、現在の生活にどのような影響が残っているのかを理解していくことが重要です。

過去の出来事を思い出すことで苦痛が強まる場合には、まず現在の生活の安定や心身の調整を優先し、安心して話せる関係をつくるところから始めることもあります。

トラウマからの回復を論じたジュディス・ハーマンは、回復の過程において安全の確立を重要な段階として位置づけています。本人の意思や生活環境を尊重しながら、安全と安定を育てていくことが、過去の体験に向き合うための支えになります。

また、安心できない状態には、トラウマだけでなく、不安症、睡眠障害、抑うつ、身体疾患などが関係していることもあります。動悸や息苦しさ、不眠などが強い場合には、必要に応じて医療機関で相談することも大切です。

回復の過程では、安心して過ごせる時間が増えたあとに、一時的に不安が強まることもあります。人との距離が近づいたときに怖くなったり、緊張が和らいだあとに悲しみが浮かんだりする場合にも、現在の状態を確かめながら無理のないペースで進めていくことが重要です。

トラウマに関するカウンセリングや支援の全体像については、こころのえ相談室のトラウマ治療・心理支援も参考にしてください。

まとめ|安心できない人が、自分の中に安心できる場所を育てていくために

安心できない人は、落ち着きたいと思いながらも、緊張がゆるむことや誰かに心を許すことに不安を感じる場合があります。

その背景には、幼少期の愛着関係や、過去に傷ついた経験、長年にわたる過緊張などが関係していることがあります。自分を守るために警戒し続けてきた人にとって、安心することは、それまで頼りにしてきた防衛を少し手放す経験にもなるのです。

特に、誰かに頼ったことで傷ついた人や、自分の気持ちを表現することで拒絶された人は、人との関係を求めながらも、その関係の中で再び傷つくことを恐れる場合があります。安心したい気持ちと怖さが同時に存在するため、周囲から優しくされても、すぐには気持ちが落ち着かないこともあるでしょう。

そのようなときには、安心できない自分を責めるよりも、どのような場面で緊張が強くなり、何をすると少し楽になるのかを理解することが大切です。

無理にリラックスしようとする代わりに、落ち着ける環境を整え、自分の身体や感情の変化を確かめていく。人との関係では、相手を信頼することを急がず、自分の意思や距離感を尊重できる経験を重ねていく。そうした過程を通して、安心できる時間が少しずつ増えていきます。

また、安心できるようになることは、常に穏やかな気持ちでいられることだけを意味するものではありません。不安や緊張が生じたときに、自分の状態を理解し、必要な助けを求めたり、休息を取ったりできることも、安心感を支える大切な力になります。

これまで人の顔色をうかがい、周囲の期待に応え、自分を守るために緊張し続けてきた人が、少しずつ自分の気持ちを大切にできるようになる。その変化は、他人との関係だけでなく、自分自身との関係を育て直すことにもつながります。

安心とは、誰にも傷つけられない世界を手に入れることだけではなく、自分の感情や意思を大切にしながら、困ったときには人を頼り、疲れたときには休めるという感覚が育っていくことでもあります。

これまで安心することが怖かった人も、自分に合った環境や人間関係を少しずつ見つけていく中で、緊張し続けなくても過ごせる時間を増やしていくことができます。その経験が積み重なるにつれて、安心は特別なときだけに訪れるものから、日々の暮らしの中で少しずつ感じられるものへと変わっていくのです。


参考文献

  1. Bowlby, J. (1988). A Secure Base: Parent-Child Attachment and Healthy Human Development. Basic Books.
  2. Ehlers, A., & Clark, D. M. (2000). A cognitive model of posttraumatic stress disorder. Behaviour Research and Therapy, 38(4), 319–345. https://doi.org/10.1016/S0005-7967(99)00123-0
  3. Ogden, P., Minton, K., & Pain, C. (2006). Trauma and the Body: A Sensorimotor Approach to Psychotherapy. W. W. Norton & Company.
  4. Herman, J. L. (1992). Trauma and Recovery. Basic Books.

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井上 陽平

井上陽平(公認心理師・臨床心理学修士)。
トラウマ・解離・PTSD・愛着障害を専門とする心理カウンセラー。
児童養護施設、情緒障害児施設、精神科クリニックでの臨床経験を積み、
心身反応(フリーズ・過覚醒・離人感)への介入や、
複雑性トラウマ、対人関係、境界線の問題に重点的に取り組む。

研究テーマは「複雑性トラウマの身体反応」「解離と自己構造」「愛着スタイル」「虐待と対人関係のパターン」。現在は「こころのえ相談室」にてトラウマ専門のカウンセリングを提供。書籍の企画・執筆に関するご依頼も承っております。

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