自己犠牲がやめられない人へ|優しさの裏で自分を消してしまう心理

自己犠牲が強い 人格傾向・パーソナリティ

相手の表情が少し曇ると、自分が何か悪いことをしたように感じる。頼まれると断れず、疲れていても引き受けてしまう。傷つけられたときにも、怒るより先に相手の事情を考え、自分の受け止め方が悪かったのではないかと思ってしまう。

こうした生き方が長く続くと、自分の疲れや不満を感じるよりも先に、相手が何を必要としているのかを考えるようになります。

誰かが困っていれば助けたいと思う。相手がつらそうにしていると、自分の予定を変更してでも支えようとする。人間関係が悪くなりそうなときには、自分が折れることで、その場を収めようとすることもあります。

自己犠牲が強い人のなかには、他者の痛みを深く理解し、相手の事情を丁寧に考えられる人もいます。しかし、その一方で、自分の感情や限界を大切にすることが難しくなっている場合があります。

相手には事情があるのだから、自分が我慢すればよい。相手が困っているのだから、多少の無理は仕方がない。自分が断れば、誰かが苦しむかもしれない。

こうした考えが積み重なると、いつの間にか、自分の苦しさだけが人間関係のなかで後回しにされていきます。

自己犠牲の背景には、他者への思いやりだけでなく、親の期待へ応え続けてきた経験、家庭内の緊張を避けるための適応、自分の価値を他者の役に立つことで確かめようとする心理、断ることへの罪悪感などが関わる場合があります。

暴力や強い叱責、無視を経験してきた人では、自分が誰かに同じ苦しみを与えることを恐れ、怒りや不満を抑え込む場合もあるでしょう。

そのような経験を持つ人にとって、相手を理解し、許し、受け入れようとする態度には、切実な理由があります。

ただ、自分が傷ついたことまでなかったように扱ってしまうと、その優しさは次第に自分を追い詰めるものになっていきます。

自己犠牲が続くと、心と身体は少しずつ限界へ近づきます。ある日突然、何もする気が起きなくなる。人と関わる力が尽きる。普段は抑えていた怒りが、思いがけない形で噴き出すこともあります。

自己犠牲から抜け出すためには、なぜ自分を後回しにしてきたのかを理解し、他者を大切にしながら、自分の感情や生活も守れるようになることが重要です。

傷つけられても、相手の事情を考えてしまう

自己犠牲の強い人は、相手から攻撃されたときにも、その人が抱えている苦しさや背景を考えることがあります。

厳しい言葉を向けられれば、「この人も余裕がないのかもしれない」と思う。理不尽な要求をされても、「きっと何か事情があるのだろう」と考える。相手が謝れば、これまでのつらさを脇へ置いて、もう一度信じようとすることもあります。

他者の事情を理解できることは、人間関係を丁寧に扱う力でもあります。

しかし、相手が繰り返し暴言を吐き、責任を押しつけ、こちらの気持ちを無視するような関係では、理解することだけで問題を解決するのは難しくなります。

相手が怒っている理由を考えることに集中するあまり、自分が何をされたのか、どれほど傷ついたのかを見失ってしまうからです。

特に、子どもの頃に暴力や強い叱責を経験してきた人は、他者の怒りに強い恐怖を感じる場合があります。

親が怒ると家の空気が変わり、反論すればさらに責められた。そのような環境では、自分の怒りを表すより、相手の気持ちを理解して刺激しないようにすることが、安全を保つ方法になっていたかもしれません。

また、傷つけられることの苦しさを知っているために、自分が誰かを傷つける側になることを強く恐れる人もいます。

仕返しをすれば、自分まで親と同じようになってしまう気がする。強く言い返すことが、相手を傷つける行為のように感じられる。

その結果、怒りを抑え、相手を理解し、関係を壊さないことを選び続ける場合があります。

ただし、これは自己犠牲を生む心理の一つです。自己犠牲には、責任感や承認への欲求、役割意識など、別の背景も関わっています。

大切なのは、相手の苦しさを理解することと、その相手の言動を受け入れることを分けて考えることです。

相手が傷ついてきた人であっても、自分が繰り返し傷つけられる関係から距離を取ることはできます。

自分の気持ちを伝えること、無理な要求を断ること、自分の生活を守ることは、相手への攻撃とは異なる行為です。

他者の苦しさに敏感な人ほど、自分の痛みについても同じように目を向けていく必要があります。

傷つきやすい人が人を傷つけてしまう心理|繊細さが攻撃へ変わるときでは、傷ついた経験が他者との関わり方にどのような影響を残すのかを詳しく扱っています。

「良い子」でいることが、家庭の中で居場所を守る方法だった

子どもの頃から、親の期待に応えることを優先してきた人は、大人になってからも自分の希望を後回しにしやすくなる場合があります。

親が喜ぶ選択をする。怒られないように振る舞う。家の空気が悪くならないように気を配る。困っていても親へ負担をかけず、言われたことをきちんとこなす。

そのような子どもは、周囲から「しっかりしている」「手がかからない」「優しい子」と評価されることがあります。

しかし、家庭のなかで良い子として振る舞うことが、必ずしも本人の安心につながっていたとは限りません。

親が不機嫌になると、自分に原因があるのではないかと考える。本当は疲れていても、親に頼まれたことを断れない。自分が泣いたり怒ったりすると、さらに面倒なことになるため、できるだけ感情を見せないようにする。

そのような生活では、自分が何を感じているのかよりも、親が何を望んでいるのかを把握することが重要になります。

親の期待に応えることは、子どもにとって単なる努力以上の意味を持つ場合があります。

愛されること、認められること、家庭のなかに居場所を持つことと結びついているからです。

そのため、大人になってからも、他者の期待に応えることを優先し、自分の都合や体調を後回しにしてしまうことがあります。

仕事で頼まれれば断れない。恋人が不機嫌になると、自分が何とかしようとする。家族が困っていれば、自分の生活を犠牲にしてでも助けようとする。

誰かの役に立っているときには、自分にも価値があるように感じられる。しかし、何もしていない時間には落ち着かず、誰からも必要とされなくなったように感じることがあります。

こうして、良い子として生きるために身につけた役割が、大人になってからも続いていくのです。

いい子症候群で断れない・怒れない理由|幼少期の親子関係が残す影響では、親の期待に応えるために自分の感情を抑えてきた人の心理を詳しく扱っています。

家族を支えることが、自分の役割になっていた場合

子どもの頃から親の悩みを聞き、兄弟姉妹の世話をし、家庭内の問題を何とかしようとしてきた人もいます。

親が落ち込めば励まし、夫婦喧嘩が始まれば仲裁し、家族の誰かが困っていれば自分が動く。

こうした役割が日常になっていると、自分が何かを望むことよりも、家族を支えることが優先される場合があります。

心理学では、子どもが親の情緒的・実務的な役割を過度に担う状態を「親役割化(parentification)」と呼びます。

SchorrとGoldnerが2023年に発表した質的研究では、子ども時代に親役割化を経験したイスラエルの女性19人へのインタビューが行われました。

参加者たちは、親や家族の状態へ絶えず注意を向け、家庭が崩れないように自分を調整してきた経験を語っています。研究では、恐怖や緊張のなかで他者の必要を優先し、自分自身の感情や欲求が後回しになっていく過程が描かれています。

家庭を支えようとしてきた人にとって、誰かの世話をすることは、長い時間をかけて身につけた役割です。

そのため、大人になってからも、人が困っている姿を見ると、自分が何とかしなければならないと感じる場合があります。

家族や恋人の問題を抱え込み、相手が落ち着くまで自分も休めない。自分のことを優先すると、相手を見捨てたような罪悪感が生じる。

そのような反応には、子どもの頃から他者の状態に責任を感じてきた経験が関わっている可能性があります。

親の「正解」が、自分の人生の判断基準になっていく

親の表情や声の調子、褒め方、叱り方は、子どもにとって強い意味を持ちます。

何をすると喜ばれたのか。どのような選択をすると失望されたのか。どんな感情を表すと嫌がられたのか。

子どもは、そうした反応を繰り返し受け取りながら、家庭のなかで求められる振る舞いを覚えていきます。

親から「自分のことばかり考えるな」と言われて育った人は、自分の希望を優先することに罪悪感を抱くかもしれません。

「人に迷惑をかけるな」と厳しく言われてきた人は、助けを求めることを避け、自分だけで問題を抱え込むようになる場合があります。

親が努力や我慢を強く求めていた家庭では、疲れて休むことにまで抵抗を感じることがあります。

こうした価値観は、親元を離れたあとも自分の内側に残り、何かを選ぶときの基準として働く場合があります。

仕事を変えたいと思っても、親がどう評価するのかが気になる。恋愛や結婚について考えるときにも、自分の望みより、親が安心できる相手や生き方を選ぼうとする。

そのうち、自分が本当に何を望んでいるのか分からなくなることがあります。

親の考え方には、親自身が育った環境や人生経験、不安や価値観が反映されています。

それらを大切にすることもできますが、今の自分に合っているのかを考え直すこともできます。

人の役に立つことを大切にしたいのか。それとも、役に立てない自分には価値がないように感じているのか。

家族を助けたいのか。それとも、助けなければ責められることが怖いのか。

こうした違いを見分けることが、自分の人生を選び直すための入口になります。

アイデンティティ拡散症候群|自分が何者なのか分からなくなる心理では、周囲の期待を優先するなかで、自己感覚が曖昧になっていく過程を扱っています。

自分の感情を抑えることが、愛される条件になった人へ

怒れば嫌われる。悲しめば面倒がられる。嫌だと言えばわがままだと思われる。助けを求めれば迷惑をかける。

幼い頃からこのような経験を重ねていると、自分の感情をそのまま表すことへ不安を抱くようになる場合があります。

親に反論すると強く叱られた。泣いていると、いつまでも泣くなと言われた。疲れていると伝えても、もっと頑張るように求められた。

そのような関わりが続くと、子どもは感情を表すより、抑えることを選ぶようになります。

大人になってからも、自分が嫌だと感じることを言葉にできず、相手の希望を優先し続ける場合があります。

恋人から無理な要求をされても、嫌われることが怖くて断れない。職場では、自分の仕事が限界に近づいているのに、さらに頼まれごとを引き受ける。

周囲からは真面目で優しい人に見えていても、本人は自分の感情を置き去りにしたまま過ごしていることがあります。

こうした状態が長く続くと、人と一緒にいても満たされず、誰かに必要とされている間だけ自分の価値を感じるようになる場合があります。

相手の希望に応えることが習慣になっているため、自分が何を食べたいのか、どこへ行きたいのか、誰といると安心できるのかといった小さなことまで分からなくなる場合もあります。

自分の感情を抑えることは、当時の家庭環境では必要だったのかもしれません。

しかし、大人になった今も同じ方法を続けていると、自分の生活を調整するための大切な感覚まで見失いやすくなります。

感情を抑え込むことや、強いストレスのもとで感情とのつながりが薄くなる仕組みについては、抑圧と解離の防衛機制の違いとは?でも詳しく扱っています。

他人の感情には敏感なのに、自分の気持ちが分からない

自己犠牲が強い人は、相手の表情や声の変化に敏感な場合があります。

相手の返事がいつもより短いと、何か気に障ることを言ったのではないかと考える。会話の途中で沈黙が生じると、何とか場を和ませようとする。

相手が困っていると、自分の予定や体調を確認する前に、助ける方法を探してしまう。

その一方で、自分が今何に疲れているのか、何に腹を立てているのか、何を望んでいるのかを尋ねられると、うまく答えられないことがあります。

他者の感情へ注意を向けることが、長く続いてきたからです。

家庭内の緊張が強かった人は、子どもの頃から周囲の変化を察知する必要があったのかもしれません。

親が怒っていないか。誰かが困っていないか。何をすれば家庭の空気が落ち着くのか。

そのことへ注意を向けている間、自分の身体や感情を確かめる余裕は限られています。

こうした経験が続くと、自分が苦しいと感じる前に、他者のために行動することが習慣になる場合があります。

誰かの相談を聞いている間は、何とか対応できる。頼まれたことをこなしている間は、自分の疲労を意識しない。

しかし、一人になった途端に、強い疲れや空虚感が押し寄せてくることがあります。

自分は何をしたかったのだろう。どうして、いつも人のことばかり考えてしまうのだろう。

そんな思いが生じても、次に誰かから頼まれれば、また同じように動いてしまいます。

ここで重要なのは、相手の感情を理解する力を失うことではありません。

相手へ向けてきた注意の一部を、自分の身体や感情へも向けられるようになることです。

感情がわからない・身体の感覚がない|解離とストレスで「麻痺」が起きる仕組みでは、自分の感情や身体感覚を受け取りにくくなる心理について解説しています。

怒れない人ほど、感情が限界で噴き出すことがある

自己犠牲の強い人は、怒りを感じても、そのまま表現することが難しい場合があります。

相手にも事情がある。これくらいで怒るべきではない。自分が少し我慢すれば、関係を悪くせずに済む。

そう考えているうちに、何度も嫌な思いをしていることさえ、はっきり意識しなくなる場合があります。

しかし、怒りを表現しないことと、怒りが生じていないことは別です。

言い返せなかった悔しさや、繰り返し軽く扱われた苦しさは、あとから思い出されることがあります。

ある日、ほんの小さな出来事をきっかけに、普段なら考えられないほど強い怒りが出る場合もあるでしょう。

そのとき本人は、自分がひどい人間になったように感じ、さらに自分を責めてしまうことがあります。

しかし、その怒りの背景には、それまで言葉にできなかった不満や負担が積み重なっている可能性があります。

自分の予定を何度も変更してきた。断りたいことを引き受けてきた。傷つく言葉を向けられても、相手を理解しようとして我慢してきた。

そのような経験を振り返ることで、怒りが強まる前に、どこで自分の限界を越えていたのかが見えてくる場合があります。

怒りは、他者を攻撃するためだけの感情ではありません。

「これは嫌だった」「これ以上は引き受けられない」「自分の気持ちも尊重してほしい」といった、自己保護の感覚とも結びついています。

怒りを感じたからといって、すぐに相手へぶつける必要はありません。

まず、自分が何に傷つき、どこで無理をし、どのような扱いを望んでいたのかを理解することが大切です。

そのうえで、必要な距離を取ったり、自分の限界を伝えたりする方法を考えることができます。

怒りを閉じ込めて生きてきた人へ|関係を壊さないために、内側へ折り返した感情では、怒りを抑えてきた人が、自分を責めるようになる心理を詳しく扱っています。

身体は、抑え続けた苦しさを先に引き受ける

自己犠牲が長く続くと、心が限界を自覚するより先に、身体に不調が現れる場合があります。

人と会ったあとに極端に疲れる。仕事から帰ると何もできなくなる。眠りが浅く、朝起きても疲労が残っている。

相手のことを考え始めると、胸が詰まる。頼まれごとを断ろうとすると、胃が重くなる。肩や顎に力が入り続け、休んでいるはずなのに身体が緩まない。

こうした症状にはさまざまな原因がありますが、長く緊張し、自分の負担を後回しにしてきた生活が関わっている場合もあります。

他者の期待に応え続ける人は、日常のなかで絶えず周囲へ注意を向けています。

失敗しないようにする。相手を不快にさせないようにする。頼まれたことを忘れないようにする。誰かが困っていれば、すぐに動けるようにしておく。

一つひとつは小さな負担でも、積み重なれば心身の疲労は大きくなります。

特に、子どもの頃から緊張の強い家庭で育ってきた人は、何も起きていない時間にも、次の問題に備えるような感覚が残っていることがあります。

休んでいても落ち着かない。何もしていないと罪悪感が出る。誰かに必要とされていない時間が、かえって不安になる。

そうした状態では、休息を取っていても、十分に休めた実感が得られない場合があります。

また、身体の疲れに気づいても、「これくらいで疲れてはいけない」と考え、さらに無理を重ねることもあるでしょう。

自分の体調を確認することは、自己犠牲から離れていくためにも重要です。

今、自分に余裕があるのか。疲れているのか。誰かの頼みごとを引き受けられる状態なのか。

こうしたことを確かめる習慣が、自分の限界を理解する手がかりになります。

慢性疲労と過緊張の関係|刺激のあとに回復できない神経系では、緊張が続くことで心身の疲労が蓄積する状態を扱っています。

傷ついた経験が、他者への思いやりと自己犠牲の両方につながることがある

子ども時代の逆境が、成人後の他者への援助行動とどのように結びつくのかを調べた質的研究があります。

Rohnerらが2022年に発表した研究では、幼少期に家庭内や施設などで逆境を経験したアイルランドの成人29人へのインタビューが分析されました。

そこでは、他者の苦しさへの共感、自分の経験を意味づけようとすること、人を支える役割が自己認識の一部になっていることなどが見いだされています。

家庭内で逆境を経験した参加者のなかには、子どもの頃、親を怒らせず、さらなる傷つきを避けるために相手の要求へ応え続け、その習慣が大人になっても残っていると語った人もいました。

また、他者を助けることを大切にする一方で、共感による疲労が生じている場合も報告されています。

この研究は限られた人数の語りを分析したものであり、逆境を経験した人が必ず自己犠牲的になることを示すものではありません。

それでも、他者を助けようとする行動のなかに、思いやりや共感だけでなく、幼少期に身につけた役割や、自己認識が関わる場合があることを示しています。

誰かの役に立つことが、自分の人生に意味を与える場合もあります。

一方で、他者の必要を優先し続けることが、自分を見失う苦しさにつながる場合もあります。

その違いを考えるためには、行動の外側だけを見るのではなく、本人がどのような気持ちで、その役割を引き受けているのかを理解することが大切です。

自己犠牲をやめるとは、優しさを失うことではない

自己犠牲から離れようとすると、自分が冷たい人間になってしまうのではないかと不安になることがあります。

これまで頼まれれば引き受けてきた。誰かが困っていれば、できる限り助けようとしてきた。

そのような生き方を変えれば、人から必要とされなくなるのではないか。自分の価値まで失ってしまうのではないか。

そうした怖さがあるため、無理をしていると分かっていても、以前と同じ行動を繰り返してしまう場合があります。

しかし、人を大切にすることと、自分の生活を犠牲にすることは、分けて考えることができます。

自分に余裕があるときには、誰かを助けることができます。今は難しいと感じるときには、引き受けられないと伝えることもできます。

相手の苦しさを理解しながら、自分がどこまで関われるのかを決めることもできるでしょう。

大切なのは、誰かを助ける行為そのものを減らすことより、助けるかどうかを自分で選べるようになることです。

これまで他者を優先することが当たり前だった人は、自分の希望を考えることに慣れていないかもしれません。

何が嫌なのか、どこまでなら引き受けられるのか、今は休みたいのか。

そうした感覚を確かめることから始められます。

自分を守るための選択をしたあとに、罪悪感が生じることもあるでしょう。

しかし、罪悪感が出てきたからといって、その選択が間違っているとは限りません。

これまで許されなかった行動を選ぼうとしたとき、過去の経験によって不安が生じている場合もあります。

その感情を理解しながら、現在の自分に必要な選択を考えていくことが大切です。

自分を後回しにする習慣を変えるために

自己犠牲を続けてきた人が、急に人との関わり方を大きく変えようとすると、強い不安や罪悪感が生じることがあります。

そのため、日常の小さな場面から、自分の感覚を確かめる経験を積むことが役立つ場合があります。

頼まれたとき、すぐに返事をしない

誰かから頼まれた瞬間に引き受けてしまう人は、返事をする前に少し時間を取る方法があります。

「予定を確認してから返事します」

「今の状況を考えてからお伝えします」

そのように伝え、自分の体調や予定、気持ちを確認します。

相手を助けたいのか。断ったときの反応が怖いのか。今の自分に余裕があるのか。

こうした違いを見分けることが、自分で選ぶ経験につながります。

相手の問題と、自分の責任を分ける

誰かが困っていると、自分が解決しなければならないと感じることがあります。

しかし、相手の悩みを聞くことと、その問題をすべて引き受けることは別です。

相談に乗ることはできても、相手の代わりに決断することはできない場合があります。

家族を気遣うことはできても、その人の感情や生活を自分がすべて整えることは難しいでしょう。

どこまでなら関われるのかを考えることで、自分の生活を守りながら他者を支える方法が見えてきます。

自分の怒りや違和感を打ち消さない

誰かに嫌なことをされたとき、「相手にも事情がある」と考える前に、自分が何を感じたのかを確かめてみます。

傷ついたのか。腹が立ったのか。怖かったのか。それとも、ただ疲れていたのか。

自分の感情を理解したうえで、相手の事情を考えることもできます。

相手を理解するために、自分の気持ちを消す必要はありません。

自分の生活を守れる距離を考える

繰り返し頼まれごとをされる関係や、一方的な要求が続く関係では、関わり方を調整することが必要になる場合があります。

連絡を返す時間を決める。会う頻度を減らす。相談を聞く範囲を決める。

そうした調整によって、関係を続けながら自分の負担を減らせることがあります。

一方、暴言や威圧、暴力が続く関係では、安全を確保するために距離を取ることが優先されます。

境界線を持てなかった人の人生はなぜ危険になるのか|幼少期トラウマと自己否定の心理構造では、他者の問題と自分の責任を区別し、自分の生活を守るための考え方を扱っています。

自分も誰かに頼れる関係を育てていく

自己犠牲を続けてきた人は、人を支えることには慣れていても、自分が支えてもらうことには抵抗を感じる場合があります。

誰かへ相談すると迷惑をかけるように思える。疲れていると伝えることが申し訳なく、自分の問題は自分で解決しなければならないと考える。

そのため、周囲には頼れる人がいても、自分だけが苦しさを抱え続けていることがあります。

人から感謝されても、心が満たされない。自分が役に立てなくなったときには、誰もそばにいてくれないのではないかと不安になる。

こうした感覚がある場合には、人の役に立つこと以外でも関係を持てる経験が重要になります。

疲れていると伝えても、関係が続く。相談しても、相手から責められない。何かをしてあげなくても、一緒に過ごせる。

そうした関係を経験することによって、自分を後回しにしなくても人とつながれる感覚が育っていく場合があります。

もちろん、誰に対しても自分の苦しさを話す必要はありません。

話したことを尊重してくれる相手や、自分の限界を理解しようとしてくれる相手との関係で、少しずつ自分の気持ちを表現していくことが大切です。

おわりに|自分を消さずに、人と関われるようになるために

自己犠牲が強い人は、これまで誰かを大切にするために、自分の感情や身体の負担を後回しにしてきたのかもしれません。

相手が困っていれば、自分が何とかしようとする。頼まれれば断れず、疲れていても引き受ける。傷つけられても、相手の事情を理解し、怒りを飲み込んできた。

そうした生き方には、他者への思いやりが含まれている場合があります。

一方で、子どもの頃から親の期待に応え、家庭内の緊張を避け、自分の希望を抑えることによって居場所を守ってきた人もいるでしょう。

そのような経験が長く続くと、他者を優先することが当たり前になり、自分を大切にすることに強い罪悪感を抱く場合があります。

誰かの役に立てない自分には価値がないように感じる。断ることが怖い。怒りを表せば関係が壊れてしまうように思える。

その結果、自分の限界に気づいていても、同じように無理を続けてしまうことがあります。

自己犠牲から抜け出すためには、まず、なぜ自分を後回しにしてきたのかを理解することが大切です。

親の期待へ応えることで安心を得ていたのかもしれません。家庭の緊張を避けるために、自分の感情を抑えていた可能性もあります。

誰かを助けることが、自分の存在価値を確かめる方法になっていた場合もあるでしょう。

そうした背景を理解しながら、今の生活ではどのような選択ができるのかを考えていきます。

相手の苦しさを理解しながら、自分の限界を伝えることができます。

誰かを助けたい気持ちがあっても、今の自分には難しいと判断することができます。

傷つけられた相手の事情を理解していても、自分を守るために距離を取ることができます。

そして、これまで他者へ向けてきた思いやりを、自分の疲れや悲しみにも向けていくことが大切です。

自分を大切にしようとしたとき、最初は不安や罪悪感が出てくるかもしれません。

これまでの関わり方を変えることによって、相手が戸惑う場合もあるでしょう。

しかし、自分の感情や生活を守ることができるようになると、他者との関係にも変化が生まれる場合があります。

相手の期待へ応え続けることだけが、つながりを保つ方法ではなくなっていくからです。

人を助けることも、断ることも、距離を取ることも、自分の意思で選べるようになる。

自己犠牲からの回復とは、優しさを捨てることではなく、自分を消すことでしか人と関われなかった生き方から離れていくことです。

他者の感情を理解する力を持ちながら、自分の感情も大切にする。誰かの役に立つことを喜びながら、自分が休む時間も守る。

そのような経験を重ねることで、他者を優先し続ける関係から、自分の気持ちを持ったまま人と関われる関係へ、少しずつ変えていくことができるのです。


参考文献

Rohner, S. L., Salas Castillo, A. N., Carr, A., & Thoma, M. V. (2022). Childhood adversity and later life prosocial behavior: A qualitative comparative study of Irish older adult survivors. Frontiers in Psychology, 13, 966956.

Schorr, S., & Goldner, L. (2023). “Like stepping on glass”: A theoretical model to understand the emotional experience of childhood parentification. Family Relations, 72(5), 3029–3048.

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井上 陽平

井上陽平(公認心理師・臨床心理学修士)。
トラウマ・解離・PTSD・愛着障害を専門とする心理カウンセラー。
児童養護施設、情緒障害児施設、精神科クリニックでの臨床経験を積み、
心身反応(フリーズ・過覚醒・離人感)への介入や、
複雑性トラウマ、対人関係、境界線の問題に重点的に取り組む。

研究テーマは「複雑性トラウマの身体反応」「解離と自己構造」「愛着スタイル」「虐待と対人関係のパターン」。現在は「こころのえ相談室」にてトラウマ専門のカウンセリングを提供。書籍の企画・執筆に関するご依頼も承っております。

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