トラウマボンドとは|傷つける相手から離れられなくなる心理と支配からの回復

トラウマボンド トラウマ・CPTSD・解離

「ひどいことをされたのに、相手のことが頭から離れない」「別れた方がいいと分かっているのに、連絡が来ると安心する」「離れたあとも、相手の機嫌を気にしてしまう」。

暴力や支配のある関係では、このようなことが起こります。周囲から見ると「そこまで苦しいなら離れればいい」と思える関係でも、本人にとっては、離れること自体が強い恐怖を伴うことがあります。

こうした状態を理解する言葉の一つが、トラウマボンド(traumatic bonding)です。

トラウマボンドとは、暴力、脅迫、支配、搾取などが続く関係のなかで、傷つけてくる相手との情緒的な結びつきが強くなっていく現象を指します。DuttonとPainterの研究では、とくに二人の力の差と、虐待が断続的に起こることが、関係を離れたあとにも残る愛着と関連していました。

怖い人が、同時に安心させてくれる人になる

トラウマボンドを理解するうえで大きな意味を持つのが、恐怖と安心が同じ相手から与えられることです。

怒鳴られる、無視される、人格を否定される、行動を監視される、お金を管理される、友人や家族との付き合いを制限される。性的な行為を強要されたり、拒否すると怒りや脅しを向けられたりすることもあります。

何を言えば怒られるのか分からない生活が続くと、本人は相手の声の調子や表情、足音、LINEの返信、ドアの閉め方まで細かく読むようになります。

その状態が続いたあとで、相手が突然優しくなることがあります。

「言い過ぎた」
「もう怒っていない」
「お前のことが大切だから言った」
「これからは変わる」

それまで張りつめていた身体は、そこで一気に緩みます。すると相手は、恐怖を生み出す存在であると同時に、その恐怖を終わらせてくれる存在にもなっていきます。

安心できる場所へ移ることで落ち着くより、相手の機嫌が直ることで安心するという形が身体に染み込んでいくのです。

昨日は激しく責められたのに、今日は優しい。別れようとすると脅されたのに、夜には泣きながら謝られる。何日も無視されたあと、「やっぱりお前しかいない」と言われる。この落差が繰り返されると、苦痛のあとに訪れるわずかな安心が、とても大きなものとして感じられるようになります。

人に近づきたい気持ちと危険を警戒する反応が同時に働く仕組みについては、愛着システムと警報システム|近づきたいのに身構えてしまう心のしくみでも詳しく扱っています。

加害者との暮らしに適応すると、自分の判断が後ろへ下がっていく

支配的な関係の中では、生活の基準そのものが少しずつ変わっていきます。

「今日は何をしたいか」よりも、「今日は何をすれば怒られないか」を考えるようになります。自分では嫌だと感じていても、拒否した後の相手の反応を考えて受け入れる。家族や友人に相談したくても、それが知られた時に何が起きるかを考えて黙る。

本人は毎日の危険を避けるために、相手の状態を読む能力を発達させていきます。酒の量、呼吸の仕方、目線、ため息、歩き方まで、その日の安全を予測する情報になります。

その生活が長くなるにつれて、自分自身の気持ちを確認する機会は減っていきます。

食べたいものより相手が食べたいものを選び、会いたい人より相手が許す人と会い、休みたい時にも相手の要求を優先する。その積み重ねの中で、「自分がどこまでで、相手がどこからなのか」という境界線も曖昧になっていきます。

境界線が作りにくくなる背景については、境界線を持てなかった人の人生はなぜ危険になるのか|幼少期トラウマと自己否定の心理構造にもまとめています。

性暴力が重なると、支配は身体の内側にまで入り込む

トラウマボンドが形成される関係では、性暴力が重なっている場合があります。

性暴力では、「嫌だったのに抵抗できなかった」「身体が動かなかった」「相手の言うままになってしまった」という経験が起こることがあります。極度の恐怖のなかでは身体が凍りつき、声や行動が出なくなることがあり、その後も触覚、匂い、声、体勢などをきっかけに当時の感覚が戻ってくることがあります。

こうした反応は、被害が終わった後の人間関係にも影響します。親密な相手から触れられたときに突然身体が固まったり、性的な場面で意識が遠のいたり、相手を拒否したいのに言葉が出なくなったりすることがあります。

性暴力の後に起こるフラッシュバック、凍結反応、身体感覚の変化については、性暴力被害の女性・子どものフラッシュバックと再体験|トラウマがもたらす心の傷とはで詳しく説明しています。

性暴力と支配が長期間重なっている場合、「相手に従うこと」と「自分が望んでいること」が本人の中でも分かりにくくなることがあります。危険を避けるために従った行動が、後になって「自分も受け入れていたのではないか」という自責につながることもあります。

けれど、恐怖の中で行われた服従と、自由な状況で行われる選択は、同じ条件の行動として扱えません。

性被害の内容とトラウマ症状|心と身体に残る影響と、相談・カウンセリングによる回復

過去の事件から見える「心理的に逃げられない」という状態

長期監禁や誘拐事件には、トラウマボンドや強制的支配を考えるうえで参考になる事例があります。

ここで挙げる事件には、それぞれ異なる犯罪状況と背景があります。これらを一つの心理概念だけで説明するより、長期間の恐怖、孤立、脅迫、依存、心理的拘束が人間の判断や行動へどのように影響するのかを見る事例として捉える方が適切です。

パティ・ハースト誘拐事件

1974年、19歳だったパティ・ハーストは、アメリカの武装組織SLAによって自宅から誘拐されました。その後、ハーストはSLA側の名前を名乗るようになり、銀行強盗にも参加しました。

裁判では、監禁中に受けた恐怖や強制、心理的支配が大きな争点となりました。ハーストは銀行強盗について有罪となり、その後カーター大統領による減刑を受け、2001年にはクリントン大統領から恩赦を受けています。

この事件が長く議論されてきた理由の一つは、加害者と行動をともにしている姿を、そのまま本人の自由意思と考えてよいのかという問題を突きつけたことにあります。

コリーン・スタン監禁事件

1977年、20歳だったコリーン・スタンはヒッチハイク中にキャメロン・フッカー夫妻の車に乗り、その後約7年間にわたって拘束されました。

事件の特徴は、後半になるとスタンが外出したり、仕事をしたりする機会まであったことです。それでも彼女はフッカーのもとへ戻っていました。

裁判では、長期間にわたる心理的支配が詳しく扱われました。逃げれば秘密組織から本人や家族が危害を受けると思わせる脅しも使われ、スタンの生活や判断は強くコントロールされていました。

物理的に外へ出られることと、心理的にそこから離れられることの間には大きな隔たりが生まれることがあります。

ナターシャ・カンプシュ監禁事件

1998年、10歳だったナターシャ・カンプシュは登校途中に誘拐され、オーストリアのヴォルフガング・プリクロピルの家で8年以上にわたり拘束されました。2006年、プリクロピルが電話に気を取られている間に逃げ出し、近隣住民へ助けを求めました。

監禁の後半には、家の中で生活したり外へ出たりすることもありました。一方で、生活は細かく管理され、暴力や食事制限なども受けていました。

事件後、カンプシュが加害者について複雑な感情を語ったことも注目されました。長い年月にわたり、生活、会話、恐怖、食事、罰、わずかな安心まで一人の人物に管理されていると、加害者に向ける感情も複雑になります。

「怖い」「憎い」という感情と、「この人しか知らない」「この人が生活を支えている」という感覚が、一人の人間の中で同時に存在することがあります。

ジェイシー・デュガード誘拐監禁事件

1991年、11歳だったジェイシー・デュガードは通学途中に誘拐され、その後18年以上にわたってフィリップ・ガリードらのもとで生活させられました。

18年という年月の中では、監禁生活そのものが日常になっていきます。外の社会とのつながり、自分で何かを決める経験、安全に助けを求める経験が失われていけば、「逃げる」という行動を選ぶための心理的な土台そのものが弱くなります。

外から見れば助けを求められそうな場面が存在していても、本人がその場面を「安全な逃走機会」と認識できるとは限りません。

エリザベス・スマート誘拐事件

2002年、14歳だったエリザベス・スマートは自宅から誘拐され、約9か月間拘束されました。

監禁中、スマートは加害者と公共の場所を歩くこともありました。しかし、逃げれば本人や家族を殺すという脅しを受け、強い恐怖のもとで支配されていました。

この事件を見ると、「外を歩ける」「周囲に人がいる」といった外見上の自由と、本人が感じている自由には大きな違いがあることが分かります。

長期間「逃げればさらに危険になる」と教え込まれていれば、身体にとっては服従を続けることが、その場で生き延びるための行動になります。

「逃げなかった」という行動だけでは、その人の心理は分からない

支配的な関係について語られるとき、「逃げなかった」「何年も一緒に住んでいた」「外出する機会もあった」「一度別れたのに戻った」という事実が強調されることがあります。

しかし、その行動に至るまでの過程を見なければ、本人がどの程度自由に選択できていたのかは分かりません。

どのような脅迫があったのか。生活費を誰が握っていたのか。家族や友人との関係をどの程度断たれていたのか。逆らった時に何が起きていたのか。助けを求めた過去にどのような結果があったのか。

そうした経過の中で、人は「逃げれば安全になる」と考えるより、「動かない方がまだ危険が少ない」と判断するようになることがあります。

トラウマボンドが強くなると、

「この人から逃げたい」

という感覚と、

「この人がいなくなったら生きていけない」

という感覚が同時に存在することがあります。

この二つは、長い支配環境の中で作られた生存反応として一緒に存在します。

ガスライティングによって、自分の感覚まで相手に預けていく

トラウマボンドを強めるものの一つに、ガスライティングがあります。

「そんなことは言っていない」
「お前の記憶がおかしい」
「お前が怒らせた」
「大げさに騒ぎすぎだ」
「他の人もお前がおかしいと言っている」

こうした言葉が繰り返されると、最初は自分の感覚を信じていた人も、少しずつ自信を失っていきます。

「自分が大げさなのかもしれない」
「本当に私が悪かったのかもしれない」
「自分の記憶を信用していいのか分からない」

という状態になり、何が起きたのかを判断するときにも相手の説明を使うようになります。

「愛しているからやった」
「お前のためだった」
「俺を怒らせなければこうならなかった」

その言葉を長く聞き続けることで、加害者の声が自分の内側の声へ入り込んでいきます。

関係を離れた後にも、「こんなことで嫌だと思う自分がおかしい」「自分が悪かったのではないか」という声が自動的に浮かぶことがあります。

関係が終わっても、身体にはその暮らしが残っている

相手と離れれば生活上の支配は減っていきますが、身体にはそれまでの暮らし方が残ることがあります。

電話が鳴ると身体が固まる。知らない番号を見ると相手ではないかと思う。誰かの声が少し強くなるだけで謝りたくなる。頼み事をされると反射的に引き受けてしまう。何かを決めようとすると、もう相手はいないのに「これをしたら怒られる」と感じる。

性暴力を経験している場合には、身体への接触、匂い、寝室、特定の姿勢、声の調子などから過去の感覚が急に戻ってくることもあります。

被害後の親密な関係では、支えてくれる相手を信頼したい気持ちと、身体に近づかれる怖さが同時に現れることがあります。パートナーとの関係でどのような反応が起こりやすいかについては、性被害の女性へのケア|パートナーが知るべきトラウマ反応とサポート方法にもまとめています。

長期間、危険を予測しながら暮らしてきた神経系は、環境が変わった直後から一気に静まるわけではありません。

身体には、まだ「危険が戻ってくるかもしれない」という準備が残っています。

トラウマとPTSDの違いや、出来事が終わったあとにも警戒が続く仕組みについては、トラウマとPTSDの違いとは|心の傷と症状のあらわれ方を整理するでも説明しています。

二次被害が、自分への疑いをさらに強くする

被害から回復するとき、その後に出会う人たちの反応も大きな意味を持ちます。

勇気を出して相談した時に、

「どうして逃げなかったのですか」
「それだけ嫌だったのに、なぜ一緒に住んでいたのですか」
「普通に外出もしていたのでしょう」
「相手のことを好きだったのではありませんか」

と繰り返し問われれば、すでに自分の判断への自信を失っている人ほど、自分自身をさらに疑うようになります。

事実関係を確認する作業が必要な場面でも、長期間の支配によって本人の行動、記憶、感情、対人態度がどのように変化していたのかを一緒に見ていくことが重要です。

「なぜ逃げなかったのか」という問いだけでは、そこへ至るまでの支配の経過が抜け落ちます。

どんな脅しを受けていたのか。誰とのつながりを失ったのか。経済的にどこまで依存していたのか。抵抗した時に何が起きたのか。以前に助けを求めた時、周囲からどのような対応を受けたのか。

そこをたどることで、当時の本人にどのような世界が見えていたのかが分かってきます。

トラウマボンドからの回復で、自分の感覚を取り戻す

トラウマボンドからの回復では、まず現実の安全を確保し、そのうえで自分の中に残っている「支配下のルール」を見つけていきます。

「断ると危険なことが起こる」
「相手を怒らせてはいけない」
「自分が我慢すれば済む」
「人に相談するともっと傷つく」
「自分の判断より相手の判断を信じた方が安全だ」

こうした考えの中には、長い支配の中で身につけた生存の方法が含まれています。

カウンセリングでは、実際に起きた出来事と、相手によって与えられた意味を少しずつ分けていきます。

自分の身体は何を嫌がっているのか。誰といる時に緊張が強くなるのか。どの程度の距離なら安心できるのか。あの時、本当はどうしたかったのか。

そうした感覚を急がず確認していきます。

大きな人生の決断を最初から求めるより、「今日はどちらを選びたいか」「今は話したいか」「この人とは少し距離を取りたいか」といった小さな選択を、自分で行う経験を増やしていくことが大切になります。

支配されていた期間が長いほど、この小さな選択が、自分の人生を自分の手へ戻していく土台になります。

優しかった記憶も、傷つけられた記憶も残っていていい

トラウマボンドから離れるために、相手との過去を一色に塗り替える必要はありません。

楽しかった時間もあった。助けてもらったこともあった。優しかった時期もあった。そして同時に、怖かった、傷ついた、自由を奪われたという経験もあった。

回復してくると、

「優しいところもあった。でも私は苦しかった」

「今も寂しくなる。でも、あの暮らしには戻りたくない」

「相手を理解できる部分はある。でも、されたことまで受け入れる必要はない」

と、複数の感情を一緒に持てるようになっていきます。

一つの感情だけを選ぶ必要がなくなっていくことで、相手が作った世界観から少しずつ距離が生まれます。

相手の機嫌ではなく、自分の感覚を基準に生き直す

トラウマボンドについて知ると、「被害を受けたらすぐに離れるはずだ」という見方だけでは理解できないことが見えてきます。

人は強い恐怖や孤立の中に置かれると、その時を生き延びるために相手の機嫌を読み、逆らうことを避け、時には相手を理解し、相手とのつながりを維持しようとします。

長くそうして暮らしてきた身体は、安全な場所へ移ったあともしばらく同じ方法を続けます。

だから回復の中では、

「どうしてあんな人と一緒にいたのだろう」

という自責だけを続けるより、

「あの生活の中で、自分は何をしなければ生きていけなかったのか」

「どんな恐怖によって選択肢が狭くなっていたのか」

「今も自分の中に残っている相手のルールは何なのか」

を見ていくことが大切になります。

相手の表情を読むために使っていた感覚で、自分の疲れに気づく。相手の機嫌を守るために使っていた力を、自分の生活を守るために使う。誰かの許可を待っていた場面で、「自分はどうしたいのか」と考えてみる。

トラウマボンドから離れていく過程では、そうした小さな変化を重ねながら、長いあいだ他人の側へ預けていた判断を自分のところへ戻していきます。

こころのえ相談室では、支配的な対人関係、DV、性暴力被害、複雑性トラウマ、解離、過緊張、フリーズ反応、関係を離れたあとにも残る恐怖や罪悪感などについて、その方の現在の状態を確認しながらカウンセリングを行っています。

参考文献

Dutton, D. G., & Painter, S. (1993). Emotional Attachments in Abusive Relationships: A Test of Traumatic Bonding Theory. Violence and Victims, 8(2), 105–120.

Lohmann, S., Cowlishaw, S., Ney, L., O’Donnell, M., & Felmingham, K. (2024). The Trauma and Mental Health Impacts of Coercive Control: A Systematic Review and Meta-Analysis. Trauma, Violence, & Abuse, 25(1), 630–647.

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執筆者 / 監修者
井上陽平
公認心理師・臨床心理学修士

保有資格

  • 公認心理師(国家資格)
  • 臨床心理学修士

臨床経験

  • カウンセリング歴:10年/臨床経験:10年
  • 児童養護施設でのボランティア
  • 情緒障害児短期治療施設での生活支援
  • 精神科クリニック・医療機関での心理検査および治療介入
  • 複雑性トラウマ、解離、PTSD、愛着障害、発達障害との併存症の臨床
  • 家族システム・対人関係・境界線の問題の心理支援
  • 身体症状(フリーズ・過覚醒・離人感・身体化)の心理介入

専門領域

  • 複雑性トラウマのメカニズム
  • 解離と自律神経・身体反応
  • 愛着スタイルと対人パターン
  • 慢性ストレスによる脳・心身反応
  • トラウマ後のセルフケアと回復過程
  • 境界線と心理的支配の構造
トラウマ・CPTSD・解離
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