トラウマ

トラウマ(外傷体験)は、「心の傷」と言われてきましたが、最新の研究では、生物学的な変化を脳や体にもたらし、現在では全身に及ぶ疾患と言われています。人は、トラウマを経験してしまうと、それを経験した後と経験する前では、脳や体が変わってしまいます。恐怖や戦慄により、体が凍りついて動けなくなり、声も出せないような経験を一度すると、同じような経験をすることが怖くなり、人に怯えたり、周囲を観察したり、人から隠れたり、恐怖を避けようとします。トラウマが影響して、現在の人間関係を生きづらくします。

トラウマというのは

トラウマとは、個人が持っている対処法では、対応しきれず、恐怖や戦慄の衝撃が体と記憶に刻み込まれます。トラウマというのは、もともと戦争に行った兵士たちが生き残って帰ってきたけれども、その辛い外傷体験、例えば、目の前で仲間が死ぬ体験や自分の体が傷つく体験がそのときだけではなくて、その後の人生にも跡を残します。昔は戦場から船で家に帰ってくるその間に、仲間と癒していた時間がありました。しかし、今は飛行機で次の日には家に着きます。昨日までは人を殺していたとしても、いきなり平和なアメリカの日常生活に戻されます。戦場で怖い思いをしてきた人は、いきなり家族と過ごせと言われても戻れません。

日本では、阪神・淡路大震災やオウム真理教による地下鉄サリン事件をきっかけとしてPTSDの概念が広く社会に認知されました。近年は、戦争や災害のみならず、性暴力、家庭内暴力、虐待などさまざまなトラウマ体験が精神疾患やパーソナリティ障害、問題行動、原因不明の身体症状に現れると考えられています。

トラウマの症状の多くは、PTSDの枠組みに収まりきらず、8割ぐらいの方は、複雑なトラウマ症状を呈します。複雑なトラウマは、トラウマ研究の第一人者であるジュディス・ハーマンが児童虐待など長期に渡り、反復されるトラウマ体験の病態(複雑性PTSD)を提唱しました。複雑なトラウマの人は、従来のPTSDに当てはまらないような、長期に渡って反復される被害体験になります。子供の頃から、家庭内虐待などで逃げることができず、部屋の片隅に隠れて、自分の身を守ります。それでも自分を守り切れない場合には、自分の気持ちを切り分けて、生き延びます。

トラウマを負った人の内的な世界は、様々な分裂が起こり、複雑な構造を持つ人もいます。彼らは、あたかも正常に見せて、うまく生活できている一方で、怒りや恐怖は切り離されたままになります。彼らの内的な世界は、戦闘状態で、時が経つほどネガティブになっていき、心身に複雑な症状が現れます。

PTSD

PTSDとは、心的外傷後ストレス障害のことです。命を脅かすような強烈な外傷体験をきっかけに、強いストレス状態になり、心のダメージになって、実際の体験から時間が経過した後になっても、その経験に対して強い恐怖に感じます。トラウマに纏わるような出来事に触れたとき、自分では意図していなくても、その刺激を受けて、パニックになったり、フラッシュバックしたりします。また、過覚醒状態で、常に神経を張りつめて、体に力が入り、小さなことでも敏感に察知して、気持ちが高ぶり、警戒心を強めます。自己防衛から、何でも否定的に捉えやすく、この世界に対する認知が変わります。トラウマの初期の症状は、過覚醒、フラッシュバック、パニック、回避行動、悪夢、睡眠障害、驚愕反応、聴覚過敏、気配過敏、ネガティブ思考、体調不良になります。

PTSDの症状

侵入症状

本人の意図しない時や意図しない場面でトラウマとなった出来事に関する不快で苦痛な記憶や感覚が突然蘇ってきたり、悪夢として反復されます。出来事を思い起こさせる物事に対して、体が強く反応する経験をします。

回避症状

トラウマの出来事を思い起こしたり、考えたり、感じたり、話したりすることを極力避けようとします。思い起こされる活動、状況、人物・場所を避けようとします。

認知と気分の陰性の変化

ショックを受けて凍りつきや虚脱状態になり、感情や感覚が麻痺して、幸せや愛情などの感情が持てなくなります。体が怠くしんどくて、うつ病のような状態になり、興味や関心の喪失が起きます。物事の捉え方が歪んで、自分を責めたり、罪悪感に苦しんだり、否定的な認知になります。自分が他者から切り離されたかのように感じ、周囲との疎外感や孤立感を感じます。

覚醒度と反応性の著しい変化

体が痛かったり、気持ちが落ち着かなくて、睡眠障害、集中困難になることがあります。危険を兆候に過度も敏感になり、強い驚愕反応を引き起こします。自分の感情や行動をコントロールすることが難しくなり、怒りや破壊行動を起こします。

その他の症状

不安を軽減させるために、強迫的観念に憑りつかれて、儀式的な行動を繰り返す人がいます。例えば、性的暴力を受けた人が自分の汚れた体を綺麗にしようと、繰り返し手を洗ったり、何度も入浴したり、自分の体を魅力のないものにしようと過食を繰り返すことがあります。アルコールや薬物、買い物依存などにより症状を和らげようとする人もいます。

複雑性PTSD

トラウマのショックの傷がまだ癒えていないのに、脅かされることが繰り返されて、そこから逃れることが困難な状況にある人は、過覚醒や凍りつき、不動状態、虚脱状態に陥り、それが長期間/反復的にもたらされると、複雑性PTSDになります。複雑性PTSDの人は、生活の場面や対人関係のありとあらゆることがトラウマのトリガーになっていき、長い期間に渡って、脅威に備えた状態が続き、過剰に警戒して、最悪の事態を想定した生活になります。この世界を信頼することができず、安心することが難しい状態で、自分をリラックスさせようとしても、胸がザワザワしたりして思うようにいきません。体に力が入り、神経が張りつめた状態が通常になり、持続的な過緊張による闘争・逃走の過覚醒反応や、原始的な神経が優位になる凍りつき反応が出ます。一方、日常生活に疲弊して、エネルギーの消耗が激しいと、極度の脱力や虚脱反応が出ます。

複雑性PTSDになると、過覚醒の状態から、体が凍りつくか、死んだふりの防衛スタイルを間を行き来します。何度も脅かされて続けると、何もできない、どうしようもない状態になり、感情の鈍磨、感覚の麻痺が体を支配して、慢性的に虚無感を感じるようになります。凍りついて、不動状態に陥っているときは、背側迷走神経や交感神経が過剰になり、拮抗しています。虚脱になるときは、交感神経がシャットダウンして、背側迷走神経神経の働きが強く、頭がぼーっとして、体が重く、動くことも大変になります。

凍りつきや死んだふりの状態が続くと、筋肉や内臓が危機を感じ、崩壊への不安があり、脳は脅威があるかどうかをアセスメントします。物事の認識が歪んでいき、物事の全てを白か黒かで認識する、完璧主義、すべき思考、先々のことまで予測して不安になる、経験や根拠が不十分なまま問題を大きく捉える、悪い部分のほうに目がいく、自分が悪いと自分を責めるなど、思い込みが強くなります。この否定的な思い込みのせいで、さらに自分を縛り付けて、凍りついていく(委縮する)ため、悪循環から抜け出せなくなり、動けなくなっていきます。

複雑性PTSDの症状

PTSDの侵入症状、回避症状、認知と気分の陰性の変化、覚醒度と反応性の著しい変化だけでなく、感情調整や自己イメージ、対人関係の障害が個人の生活や社会活動に深刻な機能不全をもたらします。

感情の調節障害

感情のコントロールが難しく、自分の感情に鈍感です。

ネガティブな自己イメージ

物事の捉え方に歪み生じて、恥辱、罪悪、失敗の感情の伴った、自己嫌悪、挫折、無価値観を持ち、自分に自信がありません。自分に対してだけでなく、この世界に対する見方も変わり、他者への基本的信頼感を失います。

対人関係の障害

人間不信が強く、他者との関係を維持し、親しくなることが難しい。人の目が怖く、この世界が敵に見えます。

複雑性PTSDと解離症状

トラウマは、神経科学や進化生物学の発展に伴い、心の傷というボヤッとしたものではなく、体の中にあるとも言われます。トラウマのショックは、もの凄い速さで起こるため、神経は何が起きたかを理解できていません。その影響により、体の反応(無意識)と自分の気持ち(意識)が分裂して、解離症状を引き起こします。

例えば、外出時の電車の中や人混みの中で、自分の意識では危なくないと言い聞かせても、内臓や筋肉は危機を感じています。自分では意図しなくても、無意識のうちに、フラッシュバックを起こしたり、足がすくんで凍りついたり、息が苦しくなったりします。人によっては、解離や離人感、虚脱状態に陥ってしまい、感情が動かないとか、頭が働かない、自分が自分で無くなっていきます。普段から、人の気配に怯えて、落ち着かなくなり、急に怖くなって、人目を避けたり、人から逃げ回ります。

複雑性PTSDの人は、長年に渡って、もの凄く酷い環境に身を置いてきたために、体が凍りついて、感情や感覚が麻痺し、何も感じなくなっていきます。体の状態は刻々と変わって、敏感なときもあれば、反応が鈍くなって、動かないときもあります。外の世界(学校、職場)では、脅威に備えて、警戒し続けて、体を凍りつかせています。家に帰ると、疲れ切ってしまい、何をするにもエネルギーが残っていなくて、凄い眠気に襲われます。家庭内でも脅かされる日々が続けば、夜は眠れなくなり、朝は不安で起き上がれなくなります。さらに、人格や考えがバラバラになり、自分のバランスが取れなくなります。そして、小さいことでもイライラして、苦痛や疲労が蓄積されます。やがて、感情や感覚が消えて、頭も働かなくなり、無気力で、何も出来なくなって、死にたくなります。

解離症状の特徴

心は痛みを負った体から離れると、身体、時間、感情、思考に影響が出ます。

自己感の喪失

身体感覚が麻痺し、時間感覚が掴めず、感情が分からず、思考は混乱して、自分が自分で無くなって、自分は得体の知れない人間なんだと感じます。人によっては、別人格化する人もいます。

身体性の喪失

痛みを鎮めるために、自分が自分の体から切り離されていくように感じます。体が自分のものではなく、身体感覚が分からなくなります。

時間感覚の喪失

時間の流れが止まったり、ゆっくり流れているように感じて、いつも過去に存在しているかのように、心が子供のままで成長できなくなります。未来があるという感覚を持てず、過去の自分と今の自分が繋がっているという感覚も無くなっていきます。

感情の鈍磨

情緒が分断されてしまい、嬉しいとか楽しいの感情が分からなくなり、無感情や無表情になっていきます。感情を現す言葉が持てなくなります。

思考の混乱

思考が分かれていき、頭の中に考えや言葉が勝手に流れるようになります。不快な場面では、頭の中が騒がしく、自分の考えがまとまらない、脳内での会話が止まらない、頭の中で声が聞こえるなど混乱します。

トラウマから回復するには

トラウマの影響下にある人は、外の気配を注意深く観察しており、自分自身の身体感覚や感情に圧倒されたり、混乱しています。トラウマから回復するには、安心・安全な環境作りが最も重要です。次に、自分の身体内部の生理的変化を見ていって、自己調整スキルを身につける必要があります。トラウマがある人は、日常生活のなかで、戦うか逃げるか反応や、凍りつき反応に陥り、恐怖や怒りの感情に飲み込まれていくことが多いので、自己調整スキルを使って、自分を落ち着かせます。

複雑なトラウマを受けている人ほど、潜在的な脅威に備えて、注意深く観察して、身体を動かしていない時間が長くなります。そのため、出来る限り、自由に身体を動かしていったほうがいいです。例えば、音楽に合わせて歌ったり踊ったり、甘えられる人にはたくさん甘えたり、自分の好きなことには何度も繰り返してやっていきましょう。また、他人と比べて落ち込むのではなく、ある部分は諦めながらも、自分の長所を伸ばすために努力して、自分に自信をつけていきましょう。

トラウマのボディセラピーやカウンセリングは有効ですが、料金が高くて難しいと思われる方は、youtubeでヨガの動画を見てエクササイズを行うのもいいと思います。ヨガは、毎日行って、長期に渡って継続して行う必要があります。筋肉を伸ばしたり縮ませたりして、息が深く吐けて、地に足がつき、手足は温かく、頭の中は何も思い浮かばないような無の状態を作るのがいいと思います。

トラウマケア専門こころのえ相談室
公開 2021-01-29
論考 井上陽平

STORES 予約 から予約する
→トラウマ症状の種類について
トラウマ的な出来事は、自分では対処できず、激越な感情が襲い、激しいダメージを負うため、身体に恐ろしいことが起きます。息の根を止められそうな場面では、恐怖と凍りつく寒さで、体が極限まで縮まり、血の気が引いて、身体が崩れていき、気を失います。
→性暴力被害の詳細について
性暴力被害に遭う前と、遭った後では、自分という存在が他人のように思えるかもしれません。それ以後の人生は、次の脅威に備えた人生になり、脳の防衛的な部分が働いて、警戒心が過剰になります。体は危機を感じて過緊張になるか、恐怖で凍りつくか、不快な状況に逃れられずに虚脱するかなど、神経の働きそのものが違います。
→トラウマティックな情動脳について
人間の脳は、生物が進化していく過程で、最も古い脳が反射脳(延髄、脳幹)で、次に古いのが情動脳(大脳辺縁系)と理性脳(大脳新皮質)に分類されます。人間は進化とともに新しい脳を獲得し、この3つの脳がバランスを取れていると、人間らしさになります。
→トラウマを負ってから発達する能力
トラウマを負った人のセルフ(ユング派の自己)は、生き残るために布置されて、その人の個性や創造性を奪う面があります。また、慢性的なトラウマの影響から、自律神経系が調整不全に陥り、身体的な不調が現れます。その一方、トラウマの影響から、生き残るために特殊な能力を持つようになる人たちもいて、そのような人の特徴について見ていきます。
タイトルとURLをコピーしました