この文章は、自律神経システムとスティーブン・ポージェス博士のポリヴェーガル理論(多重迷走神経理論)について説明しています。自律神経システムは、私たちの心臓の動きを制御する主要なシステムで、交感神経と副交感神経の二つの部分から成り立っています。交感神経は心臓の活動を刺激し、拍動数と収縮力を高めます。一方、副交感神経は心臓の活動を抑制し、リラックスさせる働きがあります。
しかし、自律神経のバランスが崩れると、体調不良を引き起こす可能性があります。例えば、ストレスが溜まり、睡眠が不足すると、めまい、頭痛、吐き気といった症状が現れることがあります。さらにこのような不調が続くと、関節が痛んだり、肩や首がこり固まることもあります。
自律神経システムの発達は、人間が乳幼児の時期に始まります。赤ちゃんの養育環境はこの自律神経システムの発達に大きく影響します。具体的には、母親と赤ちゃんの密接な関わり合いは、赤ちゃんの自律神経システムの発達にとても重要です。母親の母乳を通じて栄養を摂るだけでなく、母親の肌に触れて温もりを感じ、安心感を得ることが赤ちゃんの神経発達に大きく寄与します。そのため、生後3年までの母親と赤ちゃんの関係性は、赤ちゃんの健全な発育において重要な役割を果たします。
交感神経系の働き
この文章は、交感神経系がどのように働き、それが私たちの行動と感覚にどのように影響を及ぼすか、特にトラウマを持つ子供の反応にどのように影響を及ぼすかを説明しています。
交感神経系は、アドレナリンといった化学物質を使用して、身体全体と脳に行動を起こさせます。この系統が活性化すると、全身が覚醒し、四肢を動かすために大量の酸素が必要となります。この状態では、心臓の動きが活発になり、心拍数や血圧が上昇します。さらに、気管支は広がり、四肢に力が入るため、体が軽く感じられ、活動的に動けるようになります。
興奮状態にあるとき、人々は自分が何でもできると感じ、新しいアイデアがどんどん浮かんでくるかもしれません。しかし、脅威に晒されたり、不快な状況に遭遇したときには、人々は過度の緊張状態に陥り、攻撃的な態度を示すこともあります。その他の反応としては、焦燥感、多動、不眠症、過敏症、のどの渇き、胃腸の膨満感、そして消化活動の停止などがあります。
トラウマを抱えた子どもたちは、特に学校生活の中で交感神経系が過剰に活動し、過覚醒状態になると、周囲との衝突を繰り返しやすくなります。このような子どもたちは、自分の感情をコントロールできなくなり、自分の感情を抑えるのに苦労します。彼らは、本来ならば危険とは言えない情報までが交感神経(闘争や逃走モード)のスイッチを入れてしまう傾向があります。これは、自分の身体の戦うか逃げる反応を抑えるために必要となります。また、過度の交感神経の働きによるシャットダウンや解離症状を避けるために、彼らは場の雰囲気を和らげようと、ピエロのようなふるまいをしたり、愚かなふりをしたり、あるいは楽観的に振舞うこともあります。これらの行動は、自身の感情をコントロールし、不安や恐怖を和らげ、安心した環境を作り出すための戦略とも言えます。
このように交感神経系は私たちの行動、感情、反応に大きな影響を与えます。特にトラウマを抱えた子どもたちにとっては、その影響は日常生活においても顕著に現れ、他人との関係性や自己表現に大きな影響を与えることがあります。そのため、適切なサポートや理解が必要となる場面も多く、子どもたち自身が自分の感情や反応を理解し、適切に管理できるようになることが求められます。
腹側迷走神経複合体の働き
この文章は、腹側迷走神経複合体がどのように働き、その活性化がどのように私たちの体調や感情に影響を与えるかについて説明しています。
腹側迷走神経複合体は、哺乳類が進化の過程で獲得した新しい自律神経システムの一部であり、私たちの身体が基本的な生命維持活動を行うのを助けます。それは呼吸と心臓の機能を制御し、私たちの表情を調整し、音を発生させる能力を調節し、聞こえる情報を処理し、アセチルコリンという神経伝達物質を使って消化機能を支援し、傷の治癒を促進し、そして睡眠と夢の周期を管理します。これらの一連の作用によって、腹側迷走神経複合体は私たちの身体がリラックスし、回復することを可能にします。これにより、私たちが安心して落ち着いて過ごすことができます。人間らしい行動を促すこの神経は、特に私たちの横隔膜上部に大きな影響を及ぼします。
腹側迷走神経複合体が活性化すると、私たちの表情は豊かになり、安心感や安全感を体感することが容易になります。そして、日常生活の中で経験するストレスや緊張を軽減するのに一役買います。これらの効果は、私たちが快適な生活を送るために極めて重要な役割を果たします。
背側迷走神経系の働き
人が絶体絶命の状況に陥ると、背側迷走神経が強力に働き、結果として人は凍りつき、身体は不動の状態になり、精神的には解離し、全体としては虚脱状態に陥ります。このとき、背側迷走神経が過剰になると、身体は凍りつき、こわばり、縮こまり、呼吸が困難になります。
人は生命に危機から、「人間らしさ」を制御する神経がシャットダウンすると、呼吸が止まり、顔色が蒼白になり、めまいや頭痛、息苦しさ、背中の痛みなどの症状が現れます。さらに、筋肉は極度に弛緩し、人は無気力になり、身体が重たく感じ、動けなくなり、手足が冷たく感じるようになります。
背側迷走神経が過剰に働くようになってしまった人は、身体の痛みや不安感が強まると、本来持っていた感覚が失われ、手足に力が入らず、身体を動かすのが困難です。酸素をあまり必要としない低覚醒状態に陥って、物事に集中する能力が低下し、離人症や現実感喪失症状を引き起こすことがあります。
また、人が虚脱状態になると、最小限のエネルギーでしか活動できなくなります。しかし、胃腸の消化活動だけは活発になり、胃が広がることで吐き気を感じ、場合によっては嘔吐や下痢を引き起こすこともあります。
トラウマの自律神経系の調整不全と行動
トラウマや発達障害のある人が逆境体験(物理的、感情的な困難やストレスなど)を多く経験すると、神経発達が阻害されます。これは、逆境体験が引き金となって神経発達の成長が適切に行われません。この結果、心理的ストレスや物理的な圧力に対して自律神経が適切に反応し、調整する能力が低下する可能性があります。 自律神経系は、我々の体の「自動的な」部分を制御しており、心拍数や呼吸、消化などを調節します。ストレスに対しては、この神経系が身体を落ち着かせ、リラックスさせる役割を果たします。しかし、神経発達が阻害された場合、この調整機能が上手く機能しなくなり、ストレスや圧力に対する反応が適切でなくなる可能性があります。
また、過度のストレスやトラウマ体験が引き金となって引き起こされる一連の反応や行動パターンがあります。伝統的には、「闘争」(攻撃的な行動)、「逃走」(逃避行動)、「凍りつき」(活動を停止し、反応を示さなくなる行動)、「死んだふり」(物理的、感情的な反応を完全に抑制する行動)という4つの反応が知られています。また、「媚びる」(服従)という反応があり、これは、危険や脅威から身を守るために、相手に従う、または好意を示す行動を指します。
慢性的トラウマによる凍りつきや虚脱
人間が継続的に脅威にさらされる状況に置かれると、交感神経系が過度に活性化し、心臓は激しく動き、全身に血液を送り出すことで身体の活動性を高めます。しかし、もし恐怖が怒りを圧倒するような場合には、背側迷走神経、いわゆる「凍りつき」や「死んだふりモード」が過剰に働くことになります。
複雑なトラウマを持つ人々は、危険性のない情報さえも、背側迷走神経が過剰に反応し、自身が凍りついて震える原因となります。結果として、その人の世界は自身の身体の反応によって恐怖で染まります。そして、自分の自然な身体反応が恐ろしく感じるほど、より強固な凍りつき状態に閉じ込められていくのです。
凍りつき状態が続くと、自己嫌悪、自己責任感、被害妄想、苛立ち、疑念、人間不信といった心理的な問題が生じ、頭は常に何かを考え続けます。脅威に対して注意が集中がするため、強迫観念にとらわれ、強迫的な行動に悩むようになります。心と身体はともに疲弊し、疲れ果てると慢性的な不活動状態に陥り、元気がなくなり、動けなくなり、モチベーションが消えてしまいます。
交感神経系がシャットダウンし、虚脱状態に陥ると、人は自分の感情や意志を失います。自分が何をしたいのかがわからなくなり、自分が自分でなくなるような感覚に襲われます。感情が麻痺し、うつ病のような症状や生きているにもかかわらず死んだような感覚、疲労感、意欲の低下、身体の怠さや重さ、関節痛などが現れ、何もすることができなくなります。
自律神経系の調整が難しい人は
複雑なトラウマを抱える人々は、常に超高度な警戒状態にあり、身体は純粋な緊張で満ちています。頭の中は絶えず活発で、考えの渦が螺旋を描きます。これらの個体は、あたかも非常に強力なアラームシステムが絶えず作動し、危険を知らせているかのような状態に陥ってしまいます。
トラウマは、対人関係における自律神経の反応を過剰に引き起こします。通常であれば、この神経系統は私たちの身体を落ち着かせ、バランスを保つ役割を果たします。しかし、トラウマを経験した人々では、この神経系統の調整機能が失調し、適切に機能しなくなります。
これらの人々は、人々の存在感や態度を常に感じ取るようになります。ある人々がどのように振る舞うか、またその態度が何を示しているかを敏感に読み取る能力が発達します。しかし、これは一方で、否応なくを引き起こし、生活に大きな影響を及ぼすこともあります。不快な刺激に対する反応は、通常よりも極端になりがちで、自律神経の調整が難しくなります。つまり、脅威のない情報に対してさえ、危険と感じる可能性があるのです。
この結果、本来ならば危険でない状況や出来事にも、警戒感を覚え、不安を感じることがあります。また、これらの反応は対人関係においても顕著になり、人々との日常的なやり取りが疲労感を引き起こすこともあります。トラウマを抱える人々は、人々との関係における微妙なニュアンスに過敏に反応し、その結果として精神的な疲労を経験することがしばしばあります。
結局のところ、複雑なトラウマを抱えるということは、注意の範囲、感じ方、思考の仕方、そして反応の仕方が大きく影響を受けるということです。これは心身の健康に対する重大な影響を及ぼす可能性があり、個々の経験や感情を理解し、適切な支援を提供するためには、専門的な理解と対応が求められます。
ポリヴェーガル理論を通じたトラウマからの回復
ポリヴェーガル理論によれば、回復へのプロセスは一度で終わるものではなく、日常生活の中で繰り返し実践することが必要です。腹側迷走神経系を活性化させるための実践は、私たちの生活に根付いた習慣として取り入れられることで、長期的な効果をもたらします。これは特に、複雑なトラウマを持つ人々にとって重要です。彼らは長期間にわたり交感神経系の過剰な活動や、背側迷走神経によるシャットダウンにさらされてきたため、神経系のバランスを取り戻すためには、時間と継続的なサポートが必要です。
一方で、この回復プロセスには個人差があります。ある人にとっては、瞑想や深呼吸が効果的であっても、別の人には自然の中での散歩や身体的な運動がより効果的な場合があります。ポリヴェーガル理論は、その柔軟性を強調しており、各個人が自分に合った方法を見つけ、自分のペースで進んでいくことが大切だとされています。
また、重要なのは「共感的なつながり」を持つことです。他者との安全で信頼できる関係性は、腹側迷走神経系の活性化に直接影響を与えるため、トラウマからの回復において欠かせません。家族や友人、セラピストといった信頼できる相手との対話や関わりが、神経系のバランスを整える鍵となります。特にトラウマを経験している人々は、孤立感や疎外感を感じやすいため、他者とのつながりが回復を促進する重要な要素となるのです。
ポリヴェーガル理論は、単なる生理学的な概念にとどまらず、人間関係や社会的なつながりがいかに私たちの心身の健康に影響を与えるかを示すものです。回復のプロセスは、単独で行うものではなく、周囲のサポートを受けながら進めていくことが大切です。
最終的には、この理論を理解し実践することで、トラウマを持つ人々が再び安心して日常生活を送り、心身のバランスを保ちながら前向きに生きる力を取り戻せるようになるのです。
→ ポリヴェーガル理論を簡単に──「安全」と「つながり」をめぐる神経の地図
当相談室では、自律神経系の調整が難しい人に関するカウンセリングや心理療法を希望される方に対し、ご予約いただけるようになっております。予約は以下のボタンからお進みいただけます。
【執筆者 / 監修者】
井上陽平(公認心理師・臨床心理学修士)
【保有資格】
- 公認心理師(国家資格)
- 臨床心理学修士(甲子園大学大学院)
【臨床経験】
- カウンセリング歴:10年/臨床経験:10年
- 児童養護施設でのボランティア
- 情緒障害児短期治療施設での生活支援
- 精神科クリニック・医療機関での心理検査および治療介入
- 複雑性トラウマ、解離、PTSD、愛着障害、発達障害との併存症の臨床
- 家族システム・対人関係・境界線の問題の心理支援
- 身体症状(フリーズ・過覚醒・離人感・身体化)の心理介入
【専門領域】
- 複雑性トラウマのメカニズム
- 解離と自律神経・身体反応
- 愛着スタイルと対人パターン
- 慢性ストレスによる脳・心身反応
- トラウマ後のセルフケアと回復過程
- 境界線と心理的支配の構造
本書では身体と神経系の視点に加えて、感情・自己否定・人間関係のしんどさまで含めて、専門用語をできるだけ使わずに整理し、安心を取り戻す22のレッスンとしてまとめました。必要な方に届けば嬉しいです。
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