基本的信頼感とは|エリクソンの発達理論から見る人間不信の原因と回復

基本的信頼感の心理イメージ 心理学(理論)・精神分析

誰かから親切にされても、そのまま受け取ることができない。困っているときに「何か手伝おうか」と声をかけられても、相手に迷惑をかけることや、あとから見返りを求められることが気になり、結局は一人で抱え込んでしまう。

人と親しくなりたい気持ちはあるのに、相手が近づいてくるほど警戒心が強くなる。優しくされればされるほど、その優しさがいつまで続くのかを考えてしまい、ほんの少しの態度の変化から、裏切られる未来を想像することもあります。

こうした人間不信の背景には、他者を信じることに強い不安を感じるだけでなく、自分は他者から大切にされる存在なのか、この世界は安心して生きられる場所なのかという、より根本的な感覚の揺らぎが存在する場合があります。

発達心理学者であり精神分析家でもあったエリク・H・エリクソン(Erik H. Erikson)は、人生の最初期に育まれる心理的な土台を「基本的信頼感(basic trust)」と呼びました。

基本的信頼感とは、身近な人が自分の必要に応じてくれるという期待と、その世界の中で自分も安心して存在できるという感覚です。

乳児が泣いたときに、誰かが近づき、身体を抱き上げ、空腹や不快感に応えてくれる。怖いことが起きても、助けてくれる人がいる。こうした経験の積み重ねを通して、子どもは少しずつ他者や世界への信頼を育てていきます。

しかし、必要なときに助けてもらえず、親の気分によって扱いが変わり、安心を求めた相手から傷つけられる経験が繰り返されると、人を信じることそのものが難しくなる場合があります。

その影響は、子ども時代の親子関係だけにとどまりません。自分で物事を決めることへの不安、失敗への羞恥心、人間関係における警戒心、親密さへの恐怖など、成長のさまざまな段階で形を変えて現れることがあります。

ただし、乳児期に十分な信頼感を育てられなかったからといって、その後の人生が決まるわけではありません。基本的信頼感は、成長後の経験や人間関係によっても育まれ、修正されていく可能性があります。

Table of Contents

  1. 基本的信頼感とは何か|エリクソンの心理社会的発達理論
  2. 乳児期|基本的信頼感と不信感はどのように育つのか
  3. 基本的信頼感が弱い人の特徴|信じたいのに信じられない心理
  4. 親子関係のストレス|条件付きの愛情と人間不信
  5. 発達早期のトラウマと基本的信頼感|危険な世界を生き抜く身体
  6. 戦う・逃げる・凍りつく|人間不信が強い人の異なる防衛
  7. エリクソンの8つの発達段階|不信感は人生の中でどう現れるのか
    1. 乳児期|基本的信頼感 対 基本的不信感
    2. 幼児前期|自律性 対 恥・疑い
    3. 幼児後期|自主性・積極性 対 罪悪感
    4. 学童期|勤勉性 対 劣等感
    5. 青年期|同一性 対 役割混乱
    6. 成人前期|親密性 対 孤立
    7. 壮年期|世代性(生殖性)対 停滞
    8. 老年期|自我の統合 対 絶望
  8. 親との関係を諦観した人|期待を手放すことで生まれる静けさ
  9. 基本的信頼感は大人になってから回復できるのか
  10. 人間不信から回復するために|他者と自分への信頼を育て直す
    1. 自分の意思を伝えても、関係が続く経験を持つ
    2. 信頼できる相手と、警戒すべき相手を区別する
    3. 自分自身を信じる経験を増やす
    4. 安全な関係の中で、過去の経験を整理する
  11. 基本的信頼感の回復とは、人を信じ切ることではない
  12. まとめ|基本的信頼感は人生を通して育て直していくことができる
  13. 参考文献
    1. ご相談をご希望の方へ

基本的信頼感とは何か|エリクソンの心理社会的発達理論

エリクソンは1950年の著書『Childhood and Society(幼児期と社会)』で、人間の発達を乳児期から老年期までの8つの段階として捉えました。

それぞれの段階には、成長の中で向き合う心理社会的な課題があります。

乳児期の基本的信頼感と不信感、幼児期の自律性と恥・疑い、青年期の同一性と役割混乱、成人期の親密性と孤立などは、その代表的なものです。

エリクソンが重視したのは、人間が身体的に成長するだけでなく、他者や社会との関係を通して、自分自身のあり方を形づくっていくということでした。

その出発点に置かれたのが、基本的信頼感です。

生まれたばかりの赤ん坊は、自分で食べ物を用意することも、不快な環境から逃れることもできません。生活のほとんどを、親や養育者などの身近な大人に依存しています。

お腹が空いて泣いたときに世話をしてもらえる。寒いときには温めてもらえ、怖いときには抱き上げてもらえる。

こうした経験が繰り返されることで、赤ん坊は自分の欲求が誰かに届くことを学び、周囲の世界を少しずつ予測できるようになります。

ここで育まれる信頼は、親が常に完璧に対応してくれるという確信ではありません。

泣いてもすぐには来てもらえないこともあれば、不快な時間が続くこともあります。それでも、必要なときに繰り返し世話を受け、安心を取り戻す経験があることで、子どもは世界への基本的な信頼を育てていきます。

エリクソンは、この発達課題に関連する心理的な強さとして「希望(hope)」を挙げました。

希望とは、何事もうまくいくと信じ込むことではなく、思いどおりにならない出来事や不安があっても、これから先に何らかの可能性を感じられることです。

基本的信頼感には、他人を信じる力とともに、自分自身や未来を信じる感覚も含まれているのです。

乳児期|基本的信頼感と不信感はどのように育つのか

親の機嫌がよい日には優しく抱きしめてもらえるのに、疲れている日には泣いても無視される。助けを求めると怒鳴られたり、親の都合によって突然突き放されたりする。

こうした不安定な養育環境では、子どもにとって安心できる関係を予測することが難しくなる場合があります。

必要なときに誰かが助けてくれるのか、それとも拒絶されるのかが分からない。近づけば安心できることもある一方で、同じ相手から恐怖を与えられることもある。

そのような経験が積み重なると、親に近づきたい気持ちと、親を警戒する気持ちが同時に生じることがあります。

子どもにとって親は、生活を支えてくれる重要な存在です。その親との関係が不安定であると、他者との関係をどのように理解すればよいのかが難しくなります。

誰かを必要とすることが、同時に傷つく危険を伴う。その経験は、後の人間関係にも影響する可能性があります。

ただし、基本的信頼感と愛着は、関連していても同一の概念ではありません。

基本的信頼感は、エリクソンの心理社会的発達理論において、世界や自己に対する根本的な信頼を表すものです。一方、愛着理論では、特定の養育者との関係や、その関係を通して形成される対人関係の期待などが詳しく検討されてきました。

両者を合わせて考えると、身近な大人との関係が、子どもにとって世界の安全性を理解する手がかりになることが見えてきます。

親との関係で安心を得にくかった人は、大人になってからも、他者の優しさを簡単には信じられない場合があります。

親切にされたときにも、「本当は別の目的があるのではないか」と考え、相手の反応を確かめようとする。自分の弱さを見せれば、いつかその弱さを利用されるのではないかと感じることもあります。

その一方で、心の奥には誰かに大切にされたい、安心して頼りたいという願いが残っていることがあります。

こうして、人を求める気持ちと人を疑う気持ちが、同じ関係の中でぶつかり合うのです。

愛着形成と成人後の対人関係については、愛着障害とは何か|4つの愛着タイプと大人・子どもに現れる特徴でも詳しく取り上げています。

基本的信頼感が弱い人の特徴|信じたいのに信じられない心理

基本的信頼感が十分に育たなかった可能性がある場合、成人後の人間関係にはさまざまな特徴が現れることがあります。

たとえば、次のような状態です。

  • 相手が優しくしてくれても、いつか裏切られるのではないかと不安になる
  • 自分が困っているときほど、人に助けを求めることが難しい
  • 親密になると、相手の気持ちを何度も確認したくなる
  • 誰かに頼ることを負担や弱さとして感じ、何でも一人で解決しようとする
  • 相手の小さな態度の変化から、嫌われた、見捨てられると考えてしまう
  • 自分の判断にも自信が持てず、失敗したときに強い羞恥心を抱く
  • 人と関わることに疲れ、孤独を選びながらも寂しさを感じる

これらは基本的信頼感の問題を考える際の手がかりですが、診断のためのチェック項目ではありません。

現在の人間不信には、幼少期の養育環境だけでなく、学校でのいじめ、成人後の裏切り、職場でのハラスメント、現在の生活環境なども関係することがあります。

また、他者を慎重に信頼すること自体は、必ずしも問題ではありません。

エリクソンが考えた発達では、信頼だけが育てばよいのではなく、不信感も経験することが重要です。

すべての人を無条件に信用するのではなく、信頼できる相手と警戒すべき相手を、現実の経験に基づいて見分けられることが、成熟した信頼につながります。

親子関係のストレス|条件付きの愛情と人間不信

親からの愛情が、その日の機嫌や子どもの振る舞いによって大きく変わる家庭では、子どもは自分が何を感じているかよりも、親が自分をどう扱うかを気にするようになります。

親の期待に応えられた日は褒められる一方、失敗した日には無視されたり、冷たくされたりする。親が疲れているときには、子どもの話を聞く余裕がなく、些細なことで激しく怒られることもあります。

こうした環境では、子どもは愛情を得るために、自分の行動や感情を調整しようとします。

親が喜ぶことを先回りして行い、怒られそうなことは避け、自分の意見よりも親が求めている答えを優先する。

やがて、相手の期待に応えることが、人間関係を維持するための基本的な方法になっていきます。

しかし、その生き方を続けると、自分が何をしたいのかを考える機会が少なくなります。

誰かに何かを頼まれると、断ったあとの相手の反応が怖くなる。自分の気持ちを話そうとしても、相手を不快にさせるのではないかと考えてしまう。

親との関係で身についた不安が、現在の人間関係にも入り込むことがあるのです。

そこには、他者への不信感だけでなく、自分自身の判断への不信感も存在する場合があります。

「自分の希望は間違っているのではないか」「自分が何かを選ぶと、また誰かを怒らせるのではないか」。

こうした思いが強いと、人生の重要な選択でも、自分の意思より周囲の反応を優先してしまうことがあります。

基本的信頼感の問題は、人を信じられないという対人関係の困難だけでなく、自分の人生を自分で選べるという感覚にも関わっているのです。

発達早期のトラウマと基本的信頼感|危険な世界を生き抜く身体

幼い頃から暴力や強い支配、不安定な養育環境にさらされていると、子どもは安心して周囲の世界を探索するよりも、次に起こる危険へ注意を向けるようになる場合があります。

親の声の大きさや足音、表情の変化を細かく観察し、怒られないように行動する。危険が近づけば、逃げる方法を探したり、親を刺激しないように黙ったりすることがあります。

強い脅威に直面したとき、身体では闘争、逃走、凍りつきなどの防御反応が生じることがあります。

ここで大切なのは、戦う人と凍りつく人が、生まれつき別々のタイプに固定されているわけではないということです。

同じ人でも、状況によって怒って抵抗することもあれば、逃げることもあり、身体が固まって動けなくなることもあります。

身体の反応には、その場で逃げることが可能か、相手との力関係がどうなっているか、過去にどのような経験をしてきたかなど、さまざまな要因が関係します。

発達早期に強い恐怖を繰り返し経験した人では、現在は危険の少ない場面でも、過去と似た刺激に強く反応する場合があります。

誰かの声が急に大きくなると、身体が緊張する。上司から注意された瞬間に頭が真っ白になる。相手から強く責められると、何も言い返せず、言葉が出なくなることもあるでしょう。

そのような経験を重ねると、他者への不信感とともに、「危険なとき、自分は何もできない」という自己不信が強まる場合があります。

一方で、常に先回りして行動したり、自分の立場を守るために強く主張したりすることで、危険を避けようとする人もいます。

どちらの場合も、現在の関係の中で、過去に身についた防御的な反応が働いている可能性があります。

ただし、こうした反応を経験していることだけで、基本的信頼感の欠如やトラウマ関連の精神疾患を判断することはできません。

身体が凍りつく反応については、凍りつき反応(フリーズ)とは何か|トラウマで心身が止まる仕組みと回復で詳しく解説しています。

戦う・逃げる・凍りつく|人間不信が強い人の異なる防衛

人を信じられないという状態は、必ずしも他者から距離を取る行動だけで現れるわけではありません。

傷つけられる前に相手を疑い、強く反論することで自分の立場を守ろうとする人もいます。

相手の言葉に少しでも矛盾を感じると、納得するまで問い詰めたくなる。自分が主導権を持っていないと落ち着かず、相手の考えや行動を細かく確認しようとすることがあります。

こうした関わり方の背景には、自分が無防備になれば傷つけられるという恐怖が存在する場合があります。

一方、相手に反論することそのものが怖く、できるだけ目立たないように振る舞う人もいます。

何かを言われても黙って聞き、相手の機嫌を損ねないように表情を整える。嫌だと思っても、その感情を伝える前に身体が緊張し、声が出なくなることがあります。

そうした経験が続くと、自分には人間関係を変える力がないと感じ、さらに人を避けるようになる場合があります。

この二つの反応は、一見すると正反対です。

一方は相手を強く警戒し、主導権を握ろうとする。もう一方は相手に合わせ、自分の意思を抑えることで危険を避けようとする。

しかし、どちらにも、他者との関係を安心して経験することが難しいという共通点があります。

2025年、Pigeonらは、子ども時代に虐待を経験した18〜25歳の若年成人23人に聞き取りを行い、友人関係や恋愛関係で信頼がどのように経験されているのかを調べました。

参加者の語りからは、他者から傷つけられることへの恐怖や、自分自身への恥や罪悪感、愛情を求める気持ちが、人間関係に複雑に関わっていることが明らかになりました。

また、傷つくことを避けるための孤立や回避だけでなく、相手を支配しようとする行動も、人間関係の不信感を長引かせる形として見いだされました。

ここから見えてくるのは、人間不信が必ずしも消極的な態度として現れるわけではないということです。

相手を警戒し、自分の立場を守ろうとする行動も、人との関わりを避ける行動も、過去の経験を背景とした防御の一部になっている場合があります。

ただし、その背景を理解することと、他者への威圧や支配を正当化することは別です。現在の関係では、自分自身と相手の双方の安全や意思を尊重する必要があります。

エリクソンの8つの発達段階|不信感は人生の中でどう現れるのか

エリクソンの発達理論では、基本的信頼感は最初の発達課題ですが、その後の人生にもさまざまな心理社会的課題が続いていきます。

乳児期に基本的信頼感を十分に育てられなかった人が、必ず各段階で困難を抱えるというものではありません。しかし、幼少期からの不信感が、成長の中で異なる問題として現れることは考えられます。

それぞれの発達段階を通して、基本的信頼感と人間不信の関係を見ていきます。

乳児期|基本的信頼感 対 基本的不信感

乳児期の中心的な課題は、身近な人との関係を通して、他者や世界を信頼できる感覚を育てることです。

必要なときに世話をしてもらい、安心を取り戻す経験を繰り返すことで、子どもは自分の欲求が受け止められるという期待を持ちやすくなります。

一方、養育者が予測できない対応を繰り返したり、子どもに恐怖を与えたりする場合には、周囲の世界を安心して信頼することが難しくなる場合があります。

ただし、この時期の経験だけで人生全体が決まるわけではありません。成長の過程では、親以外の養育者や周囲の大人との関係も重要になります。

幼児前期|自律性 対 恥・疑い

幼児前期には、自分で歩き、食べ、身の回りのことを試しながら、自分の意思で行動する感覚が育っていきます。

子どもは何かを自分でやってみたいと思う一方、まだ十分にできないことも多く、何度も失敗を経験します。

そのとき、周囲の大人が失敗を責めず、できる範囲で見守ることで、子どもは自分の力を試しやすくなります。

しかし、何かをするたびに叱られたり、恥をかかされたりすると、子どもは自分の意思で行動することを恐れるようになる場合があります。

自分で選んだことが間違っていたらどうしよう。誰かの期待から外れたら責められるのではないか。

そうした感覚が大人になっても残ると、何かを決める前に他者の意見を求め、自分の判断を信頼できなくなることがあります。

基本的信頼感が十分に育っていない場合、自分の意思で動くことにも強い不安が生じやすくなるのです。

幼児後期|自主性・積極性 対 罪悪感

幼児後期には、子どもが自分の興味に従って遊び、新しいことを試し、目標を持って行動するようになります。

何かを作ってみたい。友達と遊びたい。自分で考えたことを実現したい。

こうした自発的な行動を通して、子どもは自分の意思が世界へ働きかける感覚を育てていきます。

しかし、家庭の中で子どもの行動が過度に制限され、興味や欲求を表現するたびに責められる場合には、自分が何かを望むこと自体に罪悪感を抱くことがあります。

遊びたいと思っても、親を困らせるのではないかと考える。自分の希望を伝えようとしても、わがままだと思われることが怖くなる。

その経験が続くと、大人になってからも、自分のために何かを選ぶことへ抵抗を感じる場合があります。

やりたいことがあっても、それを実行することより、誰かに迷惑をかけないことが優先されるのです。

学童期|勤勉性 対 劣等感

学童期には、学校生活や集団活動を通して、自分の能力を試し、努力によって何かを達成する経験が増えていきます。

勉強やスポーツ、友人との活動などを通して、自分にもできることがあるという感覚を育てる時期です。

しかし、家庭で失敗ばかりを責められたり、他の子どもと繰り返し比較されたりすると、努力しても自分は認められないと感じるようになる場合があります。

テストでよい点を取っても褒められず、失敗したときだけ強く叱られる。親の期待に応えようとして頑張っていても、さらに高い成果を求められる。

そのような環境では、何かを達成する喜びより、失敗しないことへの恐怖が強くなっていきます。

学校でも周囲の評価を気にし、自分の能力を他人と比較してしまう。何かに挑戦する前から、うまくできなかったときのことを考えてしまう場合もあります。

一方、家庭では安心できなかったとしても、学校の先生や友人、地域の大人などから認められる経験が、その子どもの自己評価を支えることもあります。

信頼できる人が一人でもいることは、自分自身の能力や価値を感じるうえで重要な意味を持つ場合があります。

青年期|同一性 対 役割混乱

青年期になると、自分はどのような人間なのか、何を大切にし、将来どのように生きたいのかを考えるようになります。

エリクソンは、この時期の中心的な課題を、自我同一性(アイデンティティ)の確立と捉えました。

しかし、幼い頃から親の期待を優先してきた人は、自分が何を望んでいるのかを考えることに戸惑う場合があります。

進路を決めるときにも、自分が興味を持っている分野より、親が喜ぶ学校や職業を選ぶ。友人関係では、周囲から浮かないように自分の性格や意見を変えてしまう。

そうして他者の期待に応え続けていると、どのような自分が本当の自分なのか分からなくなることがあります。

周囲に合わせることには慣れていても、自分の意思で何かを選ぼうとすると、強い不安が生じるのです。

こうした同一性の混乱には、家族関係だけでなく、学校生活や社会的な経験なども関係します。

また、青年期に迷いが生じること自体は、発達の自然な過程でもあります。

重要なのは、周囲の期待を考えながらも、自分自身の価値観や希望を試し、選び直す機会を持てることです。

成人前期|親密性 対 孤立

成人前期には、友人や恋人、配偶者などとの関係を通して、他者と深くつながることが重要なテーマになります。

エリクソンがいう親密性とは、相手に依存したり、自分を失ってまで一緒にいることではありません。

自分自身の意思や感情を持ちながら、他者との間に信頼関係を築き、互いの違いを尊重できることが含まれます。

しかし、親子関係の中で深く傷ついてきた人にとって、親密な関係は安心と恐怖を同時にもたらすことがあります。

相手に愛されたいと思いながら、近づくほど裏切られることが怖くなる。相手が自分を大切にしてくれていても、いつか離れていくのではないかと不安になる。

反対に、人に頼ること自体を避け、誰かと親しくなる前に距離を取ってしまう場合もあります。

2024年、Lünnemannらは、子ども時代に家庭内暴力を経験した16〜20歳の若者18人に聞き取りを行い、恋愛関係で何を経験しているのかを調べました。

参加者の語りには、信頼や境界線、感情調整、葛藤の解決に関する難しさが現れていました。

一方で、恋人との関係を通して新しいコミュニケーションの方法を学び、以前とは違う関わり方を身につけている経験も見いだされています。

親との関係で十分に学べなかったことを、その後の人間関係で経験し直していく可能性があるのです。

親密性を育てることは、ただ誰かと一緒にいる時間を増やすことではありません。相手と異なる意見を持っていても関係が続くことや、困ったときに助けを求めても拒絶されないことを、実際の関係の中で経験していくことが重要になります。

壮年期|世代性(生殖性)対 停滞

壮年期には、仕事や家庭、社会との関わりを通して、自分が築いてきたものを次の世代や周囲の人々へつないでいくことが重要な課題になります。

エリクソンは、この働きを世代性、あるいは生殖性(generativity)と呼びました。

ここでいう世代性は、子どもを持つことだけを意味するものではありません。

仕事で後輩を育てること、知識や経験を伝えること、地域や社会へ関わることなど、自分を超えた誰かの成長や生活に関心を向けることも含まれます。

しかし、基本的信頼感が揺らいでいる人は、周囲へ関心を向けることに難しさを感じる場合があります。

人と関われば傷つけられると感じ、できるだけ責任を引き受けないようにする。何かを育てたり、他者へ力を貸したりすることに意味を見いだせず、自分の生活を維持するだけで精一杯になることもあるでしょう。

その一方で、幼い頃から親や家族の問題を引き受けてきた人は、大人になってからも、他者のために過剰に働き続ける場合があります。

家族を支え、職場でも責任を負い、周囲の人々のために努力しているのに、自分自身は満たされない。

ここには、他者への貢献と、自分を犠牲にすることの違いがあります。

世代性を育てるためには、何かを与え続けることだけでなく、自分自身の生活や健康を守りながら、他者と関わることも大切です。

エリクソンがいう停滞は、社会的な役割が少ないことや、一人で過ごすことそのものを意味するわけではありません。

自分の人生や他者との関わりの中で、これから何を育て、何を大切にしたいのかという感覚が失われていくことが問題になるのです。

老年期|自我の統合 対 絶望

老年期には、自分がこれまで歩んできた人生を振り返り、その経験をどのように受け止めるのかが重要な課題になります。

エリクソンは、人生を振り返ったときに、成功だけでなく失敗や後悔も含めて、自分の人生として受け止められることを、自我の統合と考えました。

しかし、長い間、人を信じられず、傷つくことを避けて生きてきた人は、人生の後半になって、過去にできなかったことや、築けなかった関係を強く意識する場合があります。

もっと誰かを信じていればよかった。親の期待に従うばかりで、自分の人生を選べなかった。人との関係を避けているうちに、時間が過ぎてしまった。

そうした後悔が重なると、自分の人生を肯定的に振り返ることが難しくなり、絶望感を抱く場合があります。

さらに、年齢を重ねて身体的な衰えを経験すると、誰かの助けを受けることが必要になる場面も増えてきます。

しかし、長い間、人に頼ることを避けてきた人にとって、他者の支援を受け入れること自体が大きな不安につながる場合があります。

誰かに世話をしてもらうことを負担に感じ、自分の弱さを見せることが怖くなるのです。

それでも、老年期は過去を振り返るだけの時期ではありません。

これまでの経験を理解し直し、今ある関係を大切にし、自分がどのように残りの人生を過ごしたいのかを考えることもできます。

自我の統合とは、後悔のない人生を送ったと感じることだけではなく、思いどおりにならなかった経験も含めて、自分の人生の一部として受け止めていくことなのです。

親との関係を諦観した人|期待を手放すことで生まれる静けさ

親との関係で何度も傷つき、期待を裏切られてきた人は、ある時期から親に何も求めなくなることがあります。

以前は、いつか親が変わってくれると期待していた。自分の話を聞いてほしい、謝ってほしい、少しでも理解してほしいと願っていた。

しかし、どれだけ伝えても受け止めてもらえず、同じことが繰り返されると、次第に親との関係を改善しようとすること自体が苦しくなっていきます。

その結果、親に理解してもらうことを諦め、必要なことだけを話すようになる場合があります。

このような諦観には、異なる意味があります。

一つは、これ以上傷つかないために、人との関係そのものへ期待しなくなることです。

親に期待しても失望するだけだった。そのため、ほかの人との関係でも、最初から何も求めないようにする。

この場合、期待を持たないことによって傷つく機会は減りますが、他者から支えてもらう経験も少なくなってしまうことがあります。

もう一つは、親の限界を理解し、自分の生活と親の問題を分けて考えられるようになることです。

親にできなかったことを、今から無理に求め続ける必要はない。親が変わらなくても、自分は自分の生活を築いていくことができる。

そのように考えられるようになると、親への期待を手放すことが、必ずしも人間不信の強まりにはつながらなくなります。

むしろ、親に理解してもらうことを人生の中心に置かなくなったことで、自分が何をしたいのかを考える余裕が生まれる場合があります。

親との関係に適切な距離を取り、一人で過ごす時間を大切にしながら、信頼できる人とのつながりを持つ。

そうした生き方も、成熟した信頼の一つの形です。

他者を信じることは、誰かにすべてを委ねることではありません。相手にできることとできないことを理解し、自分の意思によって関わり方を選べることが大切になります。

親との心理的な距離の取り方については、親の呪縛から自由になるには|支配されてきた心が自分の人生を取り戻すまででも詳しく取り上げています。

基本的信頼感は大人になってから回復できるのか

基本的信頼感は、乳児期の発達課題として知られていますが、大人になってからも、他者や自分自身への信頼が変わっていく可能性があります。

幼少期に十分な安心を経験できなかった人が、成人後に信頼できる友人や恋人、支援者と出会うことで、以前とは違う関係を経験することがあります。

自分の話を聞いてもらえた。弱さを見せても拒絶されなかった。嫌だと伝えても、相手が怒らなかった。

そうした経験を通して、他者との関係に対する予測が少しずつ変わっていく場合があります。

2023年、Frank Reddanは、子ども時代に虐待を経験した成人13人に対して、対人関係の中で信頼がどのように回復していくのかを調べる質的研究を行いました。

そこでは、治療関係を通して信頼を築き始めること、日常の人間関係の中で新しい関わり方を試すこと、そして傷ついた自己理解を変えていくことが、回復過程の重要な要素として示されました。

人を信じる力は、単に「相手は安全だ」と考えることで育つものではありません。

実際の関係の中で、自分の感情や意思が尊重される経験を重ねることが重要なのです。

また、2025年のPigeonらの研究でも、虐待経験のある若年成人たちは、他者との関係を避けたり、相手を支配しようとしたりするだけでなく、新しい関わり方を学び、自分や他者への信頼を育て直そうとしていました。

研究では、自分が経験してきた虐待のパターンに気づき、境界線を示すことや、信頼できる人へ心を開くことなどが、変化の過程として見いだされています。

ここで大切なのは、人を無条件に信じられるようになることを、回復の目標にしないことです。

信頼できる相手を見分け、自分の意思を伝え、必要なときには距離を取れるようになることも、信頼の回復に含まれます。

人間不信から回復するために|他者と自分への信頼を育て直す

長い間、人間不信を抱えてきた人は、他者を信じようとするだけで強い不安が生じることがあります。

誰かに頼りたいと思っても、相手が本当に助けてくれるのか分からない。自分の希望を伝えたいと思っても、拒絶される場面が頭に浮かぶ。

そのようなときには、無理に人との距離を縮めるより、自分が何を恐れているのかを理解することが役立ちます。

相手に断られることが怖いのか。弱さを見せることが恥ずかしいのか。それとも、人に頼ったあとで裏切られることを恐れているのか。

不安の内容が分かってくると、現在の相手が実際にどのような人なのかを、過去の経験から少し離れて考えられる場合があります。

信頼を育て直すためには、次のような経験が重要になります。

自分の意思を伝えても、関係が続く経験を持つ

相手の期待に応えることだけが、人間関係を維持する方法だった人にとって、自分の希望を伝えることには強い不安が伴う場合があります。

そのため、負担の少ない場面から、自分の考えを言葉にしてみることが役立ちます。

「今日は疲れているので休みたい」「少し考えてから返事をしたい」「私は別の方法がよいと思う」。

こうした意思表示をしたときに、相手がどのように反応するのかを確かめていきます。

相手と意見が違っていても、話し合うことができる。断ったとしても、関係が続くことがある。

そうした経験を通して、自分の意思を持つことと、他者との関係を保つことが、両立し得ると理解できるようになります。

信頼できる相手と、警戒すべき相手を区別する

人間不信が強いときには、すべての人が危険な存在のように感じられる場合があります。

一方、誰かを信じたい気持ちが強いあまり、相手の言葉をそのまま受け入れ、実際には傷つけられている関係から離れられなくなることもあります。

信頼を育てるためには、相手の言葉だけでなく、行動の一貫性や、自分の意思が尊重されているかどうかを確かめていくことが重要です。

困っているときに話を聞いてくれるか。断ったときに、その意思を尊重してくれるか。意見が違う場面でも、威圧せずに話し合えるか。

そうした実際の経験をもとに、相手との距離を決めていくことができます。

自分自身を信じる経験を増やす

基本的信頼感の回復では、他者への信頼とともに、自分自身への信頼も重要になります。

長く親の期待や評価によって生活してきた人は、自分の判断に自信を持つことが難しい場合があります。

何かを選んでも、間違っていたらどうしようと考え続け、誰かに確認しなければ落ち着かなくなる。

そのようなときには、小さなことから自分で選び、その選択を自分の経験として受け取ることが役立ちます。

今日の予定をどうするか。誰と会うか。何を引き受け、何を断るか。

必ずしも正しい選択をする必要はありません。

自分で選び、その結果を確かめ、必要であれば考え直す。その過程を通して、自分の判断を少しずつ信頼できるようになる場合があります。

安全な関係の中で、過去の経験を整理する

過去の虐待や支配、不安定な親子関係などが現在の人間不信に強く影響している場合には、カウンセリングや心理療法の中で、その経験を整理していくことも役立ちます。

自分が何を経験し、何を恐れ、どのような方法で身を守ってきたのかを理解する。

そして、現在の人間関係の中で、同じ防御が必要なのかどうかを考えていきます。

ただし、過去の出来事を詳しく話すことが、すべての人に必要なわけではありません。

現在の生活を安定させることや、人間関係の中で安心できる経験を増やすことが優先される場合もあります。

その人の状態や希望に合わせて、扱う内容やペースを調整していくことが重要です。

基本的信頼感の回復とは、人を信じ切ることではない

人間不信を抱えてきた人は、誰かと親しくなることに大きな期待と恐怖を同時に感じることがあります。

安心して頼れる相手がほしい。しかし、信じたあとで裏切られたら、今度こそ立ち直れないかもしれない。

そのような不安があると、相手を完全に信じられるかどうかが、関係を続ける判断基準になってしまう場合があります。

しかし、人間関係の中で、相手のすべてを理解し、将来の行動まで確信することはできません。

信頼できる人であっても、約束を忘れることや、気持ちがすれ違うことがあります。相手が自分とは違う考えを持ち、期待どおりに動かないこともあるでしょう。

重要なのは、そうした違いが生じたときに、何を感じ、どのように話し合い、どの程度の距離を取るかを考えられることです。

相手を信じることと、自分を守ることは、対立するものではありません。

自分の意思を持ち、相手の意思も尊重しながら、関係を続けることができます。

また、信頼できない相手に対して、無理に心を開く必要もありません。

人間不信からの回復とは、すべての人を信じるようになることではなく、自分が誰を信頼し、どのような関係を築きたいのかを選べるようになることなのです。

まとめ|基本的信頼感は人生を通して育て直していくことができる

基本的信頼感は、エリクソンの心理社会的発達理論において、乳児期の重要な発達課題として位置づけられています。

身近な人から世話を受け、必要なときに安心を取り戻す経験を通して、子どもは他者や世界への基本的な信頼を育てていきます。

しかし、親の気分によって扱いが変わり、助けを求めても応じてもらえず、安心を求める相手から傷つけられる経験が続くと、人を信じることが難しくなる場合があります。

その影響は、幼児期の自律性や自主性、学童期の自己評価、青年期のアイデンティティ、成人期の親密性など、成長のさまざまな段階で異なる形として現れることがあります。

自分の意思で物事を決めることが怖い。誰かと親しくなると、見捨てられることが不安になる。人に頼ることができず、何でも一人で抱え込んでしまう。

こうした反応には、これまでの関係の中で傷つかずに生きようとしてきた経験が影響しているのかもしれません。

それでも、人を信じる力は乳児期だけで決まるものではありません。

成長してから信頼できる人と出会い、自分の話を受け止めてもらい、断っても関係が続く経験を重ねることで、他者や自分自身への信頼が変化していく可能性があります。

また、親に対する期待を手放し、適切な距離を取ることも、人間不信の回復につながる場合があります。

相手に理解してもらうために自分を犠牲にするのではなく、自分の生活や意思を尊重しながら関係を選んでいく。

そのような経験の中で、世界は危険な場所でしかないという感覚が、少しずつ変わっていくことがあります。

基本的信頼感の回復とは、誰かが必ず自分を守ってくれると信じることではなく、自分を大切にしながら、信頼できる相手や関係を選べるようになることです。

幼い頃には、親の機嫌に合わせることしかできなかったかもしれません。誰かに助けを求めても、期待したようには応えてもらえなかったかもしれません。

しかし、大人になった現在では、関わる相手を選び、自分の希望を伝え、必要なときには距離を取るという選択肢があります。

過去の経験によって育まれた不信感を理解しながら、現在の人間関係の中で新しい経験を重ねていく。

その積み重ねが、他者や世界への信頼だけでなく、自分自身の判断や人生への信頼を、少しずつ育て直していくことにつながるのです。


参考文献

  1. Erikson, E. H. (1950). Childhood and Society. W. W. Norton & Company.
  2. Erikson, E. H. (1968). Identity: Youth and Crisis. W. W. Norton & Company.
  3. Pigeon, S., Fernet, M., Brassard, A., & Langevin, R. (2025). Rebuilding what has been ruined: Navigating the impacts of child maltreatment for romantic relationships and friendships in emerging adulthood. Child Abuse & Neglect, 165, 107478.
  4. Lünnemann, M. K. M., Van der Horst, F. C. P., Van de Bongardt, D., & Steketee, M. (2024). Road Blocks or Building Blocks? A Qualitative Study on Challenges and Resilience in Romantic Relationships of Youth Exposed to Family Violence. Journal of Child & Adolescent Trauma, 17, 245–259.
  5. Reddan, F. (2023). How do adult survivors of childhood abuse, experience and understand their capacity to trust in relationships?. Doctor of Psychotherapy thesis, Dublin City University.

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井上陽平(公認心理師・臨床心理学修士)。
トラウマ・解離・PTSD・愛着障害を専門とする心理カウンセラー。
児童養護施設、情緒障害児施設、精神科クリニックでの臨床経験を積み、
心身反応(フリーズ・過覚醒・離人感)への介入や、
複雑性トラウマ、対人関係、境界線の問題に重点的に取り組む。

研究テーマは「複雑性トラウマの身体反応」「解離と自己構造」「愛着スタイル」「虐待と対人関係のパターン」。現在は「こころのえ相談室」にてトラウマ専門のカウンセリングを提供。書籍の企画・執筆に関するご依頼も承っております。

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