この文章では、トラウマが人々の行動にどのように影響を及ぼすか、そしてその潜在的な影響について考察します。特に、危険な状況に直面した際に、トラウマを抱えた人々は大きく二つの異なる反応を示すことがよくあります。
一つ目の反応は「闘争・逃走反応」として知られています。これは、トラウマを持つ人々が危険を察知したときに、身体が本能的に自己防衛のためにアクティブな行動を取るものです。まるで車のアクセルを踏むように、身体が戦うか逃げるかの選択を迫り、心拍数が上がり、呼吸が浅く速くなり、筋肉が緊張します。この反応は、命の危険に対処するための生得的な反応であり、瞬時に起こります。
もう一つの反応は、「凍結反応」または「擬死反応」として知られています。この反応は、まるで車のブレーキが急にかかったように、身体と心が動けなくなる状態です。危険を感じたとき、戦うことも逃げることもできないと判断した際に、人は本能的に凍りついたり、麻痺状態に陥ったりします。この反応は、捕食者の目を避けるために動きを止める動物の行動に似ています。
これらの反応は、過去に経験したトラウマによって引き起こされることがあります。それぞれの反応は、人々が危険な状況に対処し、自分自身を保護するための方法として発生します。しかしながら、これらの反応は時には適切な対応を困難にすることがあり、その結果として生活の質を低下させる可能性があります。
幼少期の困難:持続的な緊張とストレス
子供の心身の発達は、幼少期の経験が深く影響を与えます。特に、この成長の重要な段階で、家庭内の虐待や学校でのいじめなどの困難な状況に直面した子供たちは、時には慢性的な緊張状態に陥ることがあります。
普通であれば、人々が危険を感じると、闘争や逃走反応と呼ばれる生得的な反応が引き起こされます。これは交感神経が覚醒し、身体を危険から守るための行動へと駆り立てるものです。しかし、幼少期から絶えず危険や脅威に晒されている子供たちは、違った反応を示すことがあります。
彼らは、自分のネガティブな感情を表現した結果として予期せぬ恐ろしい事態に遭遇した経験から、自分の感情に強くブレーキをかけるようになります。これは、感情の表現がさらなる危険をもたらす可能性があると学習した結果、自己防衛のための行動となるのです。
このような子供たちは、自分を守るために、自分の感情を抑制し、内面的な緊張を持続させる傾向があります。これは彼らが生き延びるための生存戦略であると同時に、長期にわたって持続すると心身の健康に影響を与える可能性がある重要な問題です。そのため、これらの子供たちには、適切な心理的ケアとサポートが必要となります。
戦うか逃げるかの能動的な反応
トラウマが引き起こす反応には、主に二つの類型があります。まず一つ目の反応パターンは、刺激に対して感情が容易に溢れ出てしまうというものです。この種の反応を示す人々は、ごく微小な刺激に対しても、大きな危険や生命の危機を感じてしまう傾向があります。それらの感覚は、まるで車のアクセルを全力で踏み込んでいるかのような、闘争または逃走といった能動的な反応を引き起こします。
この反応は、人間の自然な防衛反応である「闘争・逃走反応」に由来します。これは、交感神経が優位になる反応で、人間の身体は危機に対処するために全力を挙げます。その結果として、呼吸は速くなり、心拍数は増加し、身体全体が緊張状態に陥ります。この状態では、身体は緊急の脅威に対応するために、エネルギーを極度に消費することとなります。
この反応は、短期間であれば身体を守るために必要なものですが、トラウマを抱えた人々にとっては、日常の些細な刺激でもこの反応が引き起こされることがあります。例えば、音や視覚的な刺激が過去の恐怖を思い出させ、必要以上に強い反応を引き起こすことがあるのです。そのため、身体は常に緊張状態に置かれ、ストレスが蓄積し、結果的に生活の質を低下させることになります。
凍結か擬死かの受動的な反応
トラウマが引き起こすもう一つの反応パターンは、背側迷走神経が覚醒し、身体全体にブレーキがかかり、結果として人は凍りついたり、麻痺したり、心身がシャットダウンするような受動的な反応を示すパターンです。これは「凍結反応」または「擬死反応」と呼ばれるもので、身体と心が一時的に機能を停止し、外界からの脅威に対して非活動化する防衛メカニズムです。
この反応は、交感神経が優位になる闘争・逃走反応とは正反対の現象で、副交感神経の働きが優位となります。副交感神経は、体の活動を抑制し、リラクゼーションと休息の状態を促します。しかし、この「凍結反応」では、その働きが過度に働き、身体と心を極端な休息状態にまで落とし込むのです。
この状態では、呼吸は浅くなり、心拍数は極端に低下し、全身の筋肉が緩み、動きが鈍くなります。身体は一見萎縮したような状態に見えますが、これは深い安静状態にあり、可能な限りエネルギーの消費を抑えることで、身体を保護しようとする自然な反応なのです。
凍結反応や擬死反応は、危機を避けるための防御メカニズムですが、トラウマを抱える人々にとっては、危険でない状況でもこの反応が起こることがあります。たとえば、突然身体が硬直し、心拍数が落ち込み、動くことや考えることができなくなることがあります。この状態は、しばしば恐怖や不安に関連し、日常生活に大きな影響を与えることがあります。
トラウマ体験の深層からの警戒心と心身の繋がり
複雑なトラウマを経験した人々は、その痛みと苦しみを再び経験したくないという強い意志から、すべての事態を予測し、次回の危機に対応できるよう警戒心を強める傾向があります。彼らは、自分が過去に直面した苦難が再び訪れるかもしれないという恐怖と共に生きています。
また、この現実の世界には多くの刺激が満ちており、それが彼らにとって強すぎる場合、彼らは自身を安心させるために自然と警戒を続けます。その結果、アクセルを踏み続ける状態、つまり身体が常に高度な警戒と準備状態にあることがあります。
しかしながら、このような状態が続くと、体への過剰な負荷が生じ、ストレスが増大し、過度なエネルギー消費を引き起こすことがあります。このことは、身体の健康に対して否応なく影響を及ぼします。
さらに、このストレスは人々を凍りつかせ、過度の警戒状態を維持させる可能性があります。この結果、筋肉は硬直し、心拍数が上昇し、息苦しさや全身の麻痺といった身体的症状が現れることがあります。これらの身体的な症状は、心と身体が密接につながっていることを示しており、身体の状態はトラウマの影響を受けた精神状態と直接的に関連しています。
トラウマの自己防衛、感情の揺さぶり、他者への共感
複雑なトラウマを経験した人々は、楽な生活を送ることが難しいと感じることがあります。何度も人間不愉快な経験を通じて、彼らはしばしば自己と外部の世界を厳密に分けて理解します。その理由は、自己保護の本能から来るもので、自己を守るための防衛反応です。その結果、警戒心が高まり、過剰に思考し、その結果、心身が消耗し疲労することがあります。
また、トラウマを経験する度に、人間としての尊厳が侵され、感情が揺さぶられます。怒り、憎しみ、そして悔しさなどの感情が湧き上がることがあります。これらの感情は、過去の傷つけられた経験から来ています。
加えて、自己が繰り返し傷つけられた経験から、他人が同じように傷つくのを見たくないという思いが強くなることがあります。その結果、自分のため、そして他人のためにも戦い続けることを選択します。彼らは自分自身の経験を通じて、他人が同じ痛みを経験することを防ぐために、自分自身の戦いを続けることを選択するのです。
過去のトラウマから生じる感情の抑制、自己認識の喪失
人々は過去の経験から学びます。その経験が痛みや危険を伴った場合、その痛みを再度経験しないよう、自己の感情を抑える傾向があります。不快な感情を表現した結果、危険な状況に遭遇したという過去の経験から、感情を自己制御することが安全だと学び、その結果、自己の感情を抑え込むようになります。
感情を抑えすぎると、人は自分自身の価値を疑い始め、自己認識を見失うことがあります。それは自己の本質的な感情を否定し続けることで起こります。感情を抑えることが常習化し、時間が経つにつれて、感情自体を認識したり表現したりすることが難しくなることもあります。自己の感情がどこにあるのか、またそれが何であるのか理解することが難しくなるのです。
感情を抑制し続けると、身体的な不調や心理的なストレスが増加します。鈍痛、慢性的な疲労、息苦しさなど、身体的な不快感が続くことがあります。これらの症状はストレスが増えるとさらに悪化し、最終的には身体的な機能を低下させることがあります。
特に、子どもの頃から安全な逃げ場がなく、脅威にさらされ続けた人々は、トラウマが複雑化し、その影響が生涯続くことがあります。これらの経験は、その人の精神的な健康に深く影響を与え、適切な治療やケアなしには解決しないことが多いのです。
闘争・逃走反応と凍結反応を理解するサポート方法
闘争・逃走反応や凍結・擬死反応を示す人へのサポートには、理解と適切な対応が不可欠です。以下に、それぞれの反応に対するサポート方法をまとめます。
闘争・逃走反応へのサポート
- 安全な環境を提供する
この反応を示す人は、身体が常に「戦うか逃げるか」という状態にあります。まずは、彼らが安全だと感じられる環境を整えることが重要です。これにより、過剰なストレスを緩和し、心身をリラックスさせる土台を作ります。 - 呼吸法やリラクゼーション技法を学ぶ
闘争・逃走反応は、交感神経が優位になることで引き起こされます。深呼吸や漸進的筋弛緩法などのリラクゼーション技法を練習することで、神経系のバランスを整え、心拍数や呼吸を落ち着かせる手助けができます。 - 心理療法やカウンセリングを受ける
トラウマを理解し、それにどう対処するかを学ぶために、心理療法やカウンセリングが効果的です。認知行動療法(CBT)やトラウマフォーカス療法などは、感情の過剰な反応を緩和し、冷静に対処するスキルを身につけるのに役立ちます。
凍結・擬死反応へのサポート
- ゆっくりとしたペースで接する
凍結反応を示す人には、圧力や急な刺激を与えないことが大切です。ゆっくりとしたペースで接し、安心感を与えることで、少しずつ反応を和らげることができます。 - 身体的な感覚に意識を向ける
凍結反応では、身体感覚が鈍くなりやすいです。マインドフルネスやボディスキャン、身体感覚を伴う小さな動きを通して、鈍くなった感覚に少しずつ戻っていきます。。これは、副交感神経の過剰な働きを和らげ、心身を再び活性化させる効果があります。 - セラピーを通じた自己理解の促進
凍結反応が続く背景には、強い恐怖や無力感があります。心理療法を通じて、自分がどのように感情を抑え込み、危険から守ろうとしているのかを理解し、それに向き合うサポートを提供します。これにより、凍りついた反応から抜け出すための力をつけることが可能です。
全体的なサポートのポイント
- トリガーを理解する
トラウマ反応は、特定のトリガーによって引き起こされることが多いため、どのような状況や刺激が反応を引き起こすのかを理解し、それを避けるか、対処法を身につけることが重要です。 - 継続的なサポートを提供する
回復には時間がかかります。焦らず、徐々に進むことが大切です。安全な環境と信頼できるサポートネットワークを提供し、本人が自分のペースで進んでいけるよう支援しましょう。
闘争・逃走反応や凍結・擬死反応に対するサポートは、心身の健康を取り戻し、生活の質を向上させるために非常に重要です。
トラウマケア専門こころのえ相談室
公開 2023-01-02
論考 井上陽平
【執筆者 / 監修者】
井上陽平(公認心理師・臨床心理学修士)
【保有資格】
- 公認心理師(国家資格)
- 臨床心理学修士(甲子園大学大学院)
【臨床経験】
- カウンセリング歴:10年/臨床経験:10年
- 児童養護施設でのボランティア
- 情緒障害児短期治療施設での生活支援
- 精神科クリニック・医療機関での心理検査および治療介入
- 複雑性トラウマ、解離、PTSD、愛着障害、発達障害との併存症の臨床
- 家族システム・対人関係・境界線の問題の心理支援
- 身体症状(フリーズ・過覚醒・離人感・身体化)の心理介入
【専門領域】
- 複雑性トラウマのメカニズム
- 解離と自律神経・身体反応
- 愛着スタイルと対人パターン
- 慢性ストレスによる脳・心身反応
- トラウマ後のセルフケアと回復過程
- 境界線と心理的支配の構造
本書では身体と神経系の視点に加えて、感情・自己否定・人間関係のしんどさまで含めて、専門用語をできるだけ使わずに整理し、安心を取り戻す22のレッスンとしてまとめました。必要な方に届けば嬉しいです。
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