幼少期のトラウマと自己保護システム|心を守る防衛と、内なる子どもの回復

心の防衛機制 複雑性PTSD

親しい相手から「困ったときは頼ってほしい」と言われたのに、胸が詰まって返事ができなくなる。ありがたい気持ちはあるものの、助けてもらえば相手の期待に応え続けなければならない気がして、結局、一人で何とかしようとする。ようやく誰かと近づけたあとに、連絡を控えたくなることもあります。

こうした反応の背景に、幼少期から身につけてきた自分の守り方が関わっている場合があります。暴力や威圧、繰り返される否定、気持ちを受け止めてもらえない生活のなかでは、人を頼ることにも危険が伴います。子どもは相手の機嫌を読み、自分の願いを小さくし、傷つく前に距離を取ることで、その環境を過ごしていきます。

ユング派の臨床家ドナルド・カルシェッドは、傷つきやすい部分を守る内的な働きを「自己保護システム」として捉えました。この理論では、自分を守る働きが強まると、苦痛に近づくことを避けるとともに、人への信頼や親密さ、新しい経験まで遠ざけてしまうと考えます。

大人になってからの生きづらさを理解するときには、その反応が何から自分を守ってきたのか、今の生活ではどんな負担になっているのかを、両方から見ていくことが大切です。

カルシェッドの考え方については、ユング派心理学における防衛機制:トラウマがもたらす闇の記憶でも詳しく取り上げています。

幼少期のトラウマは、感情と身体感覚のつながりに影響する

誰かの声が少し強くなっただけで、肩が上がり、息が浅くなる。自分に向けられた言葉ではなくても、次に責められる場面を想像し、その場から離れたくなる。頭では現在の状況を理解していても、身体の緊張が先に強まることがあります。

幼い子どもにとって、養育者との関係は生活を支える大切なものです。その相手から傷つけられると、怖さを感じながらも、そばにいなければならないという難しい状況に置かれます。怒りや悲しみをそのまま表すことで関係がさらに不安定になるなら、感情を抑え、相手に合わせることが日々を過ごす方法になります。

その結果、大人になってからも、自分が何を感じているのかより先に、相手がどう反応するかを考えやすくなります。不満に気づくのは帰宅してからで、会っている間は笑顔で応じてしまう。嫌だったことを説明しようとしても、出来事の説明ばかりになり、自分の気持ちがつかめない。こうしたところにも、感情と身体感覚のつながりにくさが表れます。

記憶研究者のクリス・ブリューインは、出来事を意識して振り返る記憶と、きっかけに触れて感覚的な記憶が不意に立ち上がる過程を区別しながら、PTSDの記憶を検討しました。この視点は、現在の出来事に接しているのに、感覚の上では過去の恐怖が近く感じられる状態を理解する手がかりになります。

面接では、身体の反応が強まる直前に何があったのか、そのとき何を予想したのかを確かめます。当時の出来事について覚えていることと、現在の反応から推測していることも分けながら、その人の経験を整理していきます。

感情を遠ざける生活が長く続くと、楽しさや好奇心、自分の希望も感じ取りにくくなる場合があります。幼少期の経験と自己感覚の関係については、幼児期トラウマが〈痛みと自己〉を同一化させる構造でも扱っています。

内なる子どもは、希望と痛みをともに抱えている

心理療法で使われる「内なる子ども」「インナーチャイルド」という言葉は、幼い頃の感情や願いが、現在にも影響していることを理解するための比喩です。

助けを求めても届かなかった寂しさ、怒ることを許されなかった悔しさ、失敗したときに慰めてほしかった気持ち。そうした経験は、大人になった今の生活で、思いがけない形で顔を出します。小さな行き違いのあとに、関係が終わったように感じることもあれば、人に頼みごとをしただけで、自分がひどく迷惑な存在に思えることもあります。

その一方で、内なる子どもという見方には、傷ついた感情だけでなく、十分に育つ機会を持てなかった楽しみや願いも含まれます。好きなものに夢中になりたい、自分の話を最後まで聞いてほしい、誰かと安心して笑いたい。長く遠慮してきた人ほど、そうした素朴な願いを持つことに戸惑います。

たとえば、休日に自分の好きな場所へ出かけようとすると、楽しみより先に「こんなことをしていてよいのか」という気持ちが湧く。誰かの役に立っている間は落ち着くのに、自分のために時間やお金を使うと、落ち着かなくなる。そのときには、楽しみたい気持ちと、自分を抑えておこうとする気持ちが同時に働いているのかもしれません。

内なる子どもとの関わりは、今の自分が、かつて置き去りにした感情をどう扱うかという日常の問題につながります。 疲れを感じたら休む予定を入れる。嫌だったことを、まず自分の中では認める。何かを望んだとき、その願いをすぐに取り下げず、少し考える時間を持つ。そうした経験を通して、自分の気持ちを扱う余地が広がっていきます。

イメージを用いる方法もありますが、向いている取り組み方は人によって異なります。具体的な関わりについては、インナーチャイルドの癒し方と、傷ついた自分を受け止める方法をご覧ください。

心の核と、母性的な機能

自分の気持ちがよく分からなくなっていても、誰かに分かってほしいという願いや、自分を大切に扱ってほしいという感覚が残っていることがあります。ここでいう「心の核」は、そうした尊厳や好奇心、人との関係を求める力を捉えるための言葉です。

普段は人に合わせて過ごしていても、ある話題に触れたときだけ胸が熱くなる。自然の中を歩いていると、久しぶりに周囲の景色へ関心が向く。安心できる相手の前で、初めて「本当は嫌だった」と言える。自分とのつながりは、そのような具体的な経験の中で感じられることがあります。

その感覚を支えるのが、気持ちを受け止め、混乱を一緒に整理し、失敗したあとも関係を保とうとする働きです。精神分析では、こうした支えを「母性的な機能」として考えることがあります。性別や血縁を越えて、人が他者を支える関係の中に育つ機能です。

ビービーとラックマンは、乳児と養育者のやり取りを細かく分析し、視線や表情、身体の動きなど、言葉になる前のコミュニケーションに注目しました。そして、その知見を成人の心理療法にも重ねています。この視点からは、何を言われたかに加えて、どのような表情や間合いで応じてもらえたかも、関係の体験を形づくると考えられます。

たとえば、言葉に詰まったとき、相手が答えを急がずに待ってくれる。こちらの受け取り方が違っていたと伝えると、説明し直してくれる。話したくないことを示したとき、その意思を尊重してもらえる。そうしたやり取りは、自分の感覚を持ったまま人と関わる経験になります。

自分に優しい言葉をかける練習とともに、疲れたときに休める生活、意見の違いを話せる関係、困ったときに援助を求められる場所を整えることが、心の核を支えます。

防衛が厚い鎧になるとき

過去に必要だった守り方が、現在の生活でも強く働き続けることがあります。傷つくことを避けようとしているうちに、自分が望んでいる経験にも近づきにくくなるのです。

身につけてきた守り方当時、役立っていたこと今の生活で生じやすい負担
気持ちを抑える感情を出したときの叱責や混乱を避ける不満や疲労に気づくのが遅れる
人を頼らずに済ませる拒絶や失望を経験する機会を減らす援助が必要なときにも一人で抱え込む
相手の期待を先に読む周囲との衝突を避ける自分の希望を確かめる時間がなくなる
関係が深まる前に離れる相手に傷つけられる可能性を減らす親しくなりたい気持ちを実現しにくくなる

これらは、すべての人に同じように当てはまるものではありません。一人ひとりの事情をたどると、その守り方が必要になった場面と、今も働き続ける理由が見えてきます。

カルシェッドの臨床理論では、傷ついた部分を守る働きが、ときには厳しい自己攻撃として現れることも扱われています。人を頼りたくなった直後に「甘えるな」と自分を責める。新しいことを始めたいと思うと、失敗する自分を細かく想像し、取り組む前から諦めてしまう。そこでは、再び傷つく可能性を減らそうとする働きが、自分への厳しさと結びついているのかもしれません。

このとき、「もっと人を信じよう」「自分を好きになろう」と考えても、実際の行動には移しにくいことがあります。相手を信じたあとに失望する場面まで、すでに心の中で経験しているように感じるからです。

臨床的には、どこまでなら試せるかを具体的に考えます。すべてを任せる前に、一つだけ手伝ってもらう。親しい関係を続けながら、一人で過ごす時間も確保する。返事をする前に、自分の予定を確認する。現在の生活で使える守り方が増えると、以前の方法だけに頼る必要が少しずつ減っていきます。

また、相手が現在も威圧や支配を続けている場合には、現実の安全を確かめることが優先されます。距離を取ることや、第三者の援助を得ることも、自分を守るための大切な選択です。

解離と統合のあいだで起きること

出来事の説明はできるのに、そのときの気持ちが思い浮かばない。人と話している途中で周囲の声が遠くなり、自分の身体がそこにある実感も薄れる。気づくと時間が過ぎていて、何をしていたかが曖昧になる。解離に関わる困りごとは、このように異なる形で現れます。

こうした体験を理解する際には、感情、身体感覚、記憶、現在の状況が、どのようにつながりにくくなっているかを見ていきます。同時に、睡眠不足や体調、服薬なども確認し、必要に応じて医療機関での評価を受けることが大切です。

ハウエルは、トラウマと解離を理解するうえで、人との関係や治療的なつながりを重視しています。この視点を面接に生かすなら、話している内容だけでなく、相手に向き合うことで緊張が増していないか、話す速さや距離が本人に合っているかにも注意を向けます。

面接中に現実感が薄れたなら、話題をいったん区切り、目の前の部屋や周囲の音を確かめる方法があります。足の裏と床の接触や、背中が椅子に支えられている感覚が手がかりになることもあります。身体へ注意を向けることで苦しくなる場合には、周囲の物を見る、短い会話をするなど、その人に合う方法を探します。

過去の経験を扱う方法や時期も、現在の生活、症状、本人の希望を踏まえて相談します。面接のあとに疲れが強く残る、眠れなくなる、仕事や家事を保ちにくくなるといった変化は、進め方を調整するための重要な情報です。

ここでいう統合は、感じたことを言葉にし、その感情を抱えながら現在の生活で選べるようになる過程です。悲しさを感じても、今いる場所や相手との関係を確かめられる。怒りに気づいたとき、自分に必要な距離や伝え方を考えられる。そのように、感情と行動のあいだに選択肢が生まれることも、統合の一つの表れです。

解離については、現実が統合できなくなったときに起きる意識の断絶|解離という心の防衛反応でも詳しく説明しています。

生きる力を取り戻すということ

幼少期に自分の希望を後回しにしてきた場合、「自分のために選ぶ」という行為そのものが難しく感じられます。何をしたいか尋ねられても答えが浮かばず、相手が喜びそうな返事を探してしまう。自分の希望が分かったとしても、それを優先したあとの罪悪感が気になることがあります。

回復では、こうした場面に沿って、自分の感覚を生活の中で扱う経験を増やしていきます。たとえば、次のような取り組みが考えられます。

  • 疲労に気づいたら、予定を調整する。 続けられるかどうかを、その日の体調や翌日の負担も含めて考えます。
  • 頼まれごとへの返事に時間を取る。 相手の期待と、自分が引き受けられる範囲を確かめてから答えます。
  • 好きだったものに、短い時間から触れる。 音楽や読書、散歩などを通して、自分がどう感じるかを確かめます。
  • 困っていることを、一つだけ伝えてみる。 信頼できる相手に具体的な援助を頼み、その関わりが自分にとってどうだったかを振り返ります。

自分の願いに気づくと、それまで抑えていた怒りや悲しみも感じられるようになることがあります。楽になる面と、扱うことが増える面の両方があるため、生活への影響を確かめながら進める必要があります。強いフラッシュバックや解離、自傷衝動がある場合、日常生活を維持することが難しい場合には、トラウマに理解のある医療や心理支援を受けながら取り組みます。

守るために厳しくなった自分にも、誰かに守ってほしかった自分にも、それぞれの事情があります。その事情を理解しながら、今日は何を引き受け、何を休み、誰と過ごすかを考えていく。自分の感覚が実際の選択に反映される経験を重ねることで、過去の恐怖に大きく左右されていた暮らしにも、自分で決められる時間が増えていきます。

参考文献

Kalsched, D. E.(2003). Daimonic elements in early trauma. Journal of Analytical Psychology, 48(2), 145–169.

Brewin, C. R.(2014). Episodic memory, perceptual memory, and their interaction: Foundations for a theory of posttraumatic stress disorder. Psychological Bulletin, 140(1), 69–97.

Beebe, B., & Lachmann, F. M.(2014). The Origins of Attachment: Infant Research and Adult Treatment. Routledge.

Howell, E. F.(2020). Trauma and Dissociation-Informed Psychotherapy: Relational Healing and the Therapeutic Connection. W. W. Norton & Company.

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井上 陽平

井上陽平(公認心理師・臨床心理学修士)。
トラウマ・解離・PTSD・愛着障害を専門とする心理カウンセラー。
児童養護施設、情緒障害児施設、精神科クリニックでの臨床経験を積み、
心身反応(フリーズ・過覚醒・離人感)への介入や、
複雑性トラウマ、対人関係、境界線の問題に重点的に取り組む。

研究テーマは「複雑性トラウマの身体反応」「解離と自己構造」「愛着スタイル」「虐待と対人関係のパターン」。現在は「こころのえ相談室」にてトラウマ専門のカウンセリングを提供。書籍の企画・執筆に関するご依頼も承っております。

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