複雑性PTSD(CPTSD)の人への接し方|悪化させない対応の基本

複雑性PTSDへの接し方

家族が少し大きな声を出しただけで、身体がこわばる。恋人の返事がいつもより短いと、何か悪いことをしたのではないかと不安になる。職場で突然名前を呼ばれると、心臓が激しく動き出し、頭の中が真っ白になってしまうことがあります。

複雑性PTSD(CPTSD)を抱える人は、過去に経験した恐怖や緊張が、現在の人間関係や日常生活にも影響し、安心して過ごすことが難しくなる場合があります。

周囲から見ると、ささいな言葉に傷つきすぎたり、突然怒り出したり、急に心を閉ざしたりしているように見えるかもしれません。しかし本人の内側では、過去に経験した拒絶や支配、逃げ場のなかった恐怖が、現在の出来事と重なって感じられていることがあります。

そのため、頭では相手に悪意がないと分かっていても、身体の緊張が収まらず、冷静に話し合うことが難しくなる場合があります。

特に、機能不全家庭で親の顔色を読みながら育ってきた人は、誰かが不機嫌になると自分の責任だと感じたり、相手を怒らせないように過剰に合わせたりすることがあります。相手との関係が近くなるほど安心する一方で、見捨てられることや支配されることへの恐怖が強くなる場合もあるのです。

こうした人との関わりでは、優しい言葉をかけることに加えて、相手の身体がどのような状況で緊張し、何が安心につながるのかを理解することが大切になります。

また、支える側が相手の苦しさをすべて引き受けてしまうと、関係そのものが疲弊してしまうことがあります。本人のペースを尊重しながら、支援する側も無理のない距離を保つことが、長く安定した関係を築くために必要です。

複雑性PTSDの過覚醒とは|危険が去っても警戒が続く状態

強い恐怖を感じると、身体は危険に対応するために緊張を高めます。心拍数が増え、呼吸が速くなり、筋肉に力が入り、周囲の音や人の動きへ敏感になるのは、身を守るための反応です。

ところが、虐待や暴力、長期間の支配などによって、危険を感じながら生活する時間が続くと、現在の環境でも警戒が強く残る場合があります。

例えば、子どもの頃に親の怒鳴り声を恐れていた人は、大人になってからも、誰かが大きな声を出すと瞬間的に身構えてしまうことがあります。親の不機嫌が突然の暴力につながっていた場合には、相手が少し黙り込むだけでも、次に何が起こるのかを予測しようとして緊張が高まることがあります。

このように、危険を察知しようとする状態が続き、周囲の小さな変化にも敏感になることを、過覚醒や過度の警戒として理解できます。

本人は普段どおりに仕事や家事をこなしていても、その間ずっと周囲の表情や声の調子を読み取っている場合があります。人と一緒にいるだけで多くのエネルギーを使い、帰宅すると何もできなくなることもあるでしょう。

また、緊張が強まると、相手の言葉を落ち着いて考える余裕がなくなり、自分が感じた恐怖や不安が、そのまま現実の危険であるかのように思える場合があります。

例えば、相手からの返事が遅れたとき、忙しい可能性を考えるよりも、「嫌われた」「見捨てられる」という感覚が強くなってしまうことがあります。その状態で周囲がすぐに「考えすぎだよ」と否定すると、本人は理解してもらえなかったと感じ、さらに緊張する場合があります。

まずは本人が何に不安を感じたのかを聞き、そのうえで実際に何が起きていたのかを一緒に整理することが大切です。

PTSDと複雑性PTSDの違い|対人関係や自己評価にも影響が広がる

PTSDでは、過去の出来事を現在のことのように再体験すること、その出来事に関連する刺激を避けること、現在も危険が続いているように感じることなどが中心的な症状になります。

複雑性PTSDでは、こうしたPTSDの症状に加えて、感情の調整、自分自身への評価、人との関係を保つことに持続的な困難が現れます。

例えば、些細な出来事で感情が激しく高まったり、反対に何も感じなくなったりすることがあります。また、自分には価値がないという感覚が強く、人から大切にされても素直に受け取れず、親密な関係を築くことに難しさを感じる場合があります。

WHOのICD-11では、このような感情調整、否定的な自己概念、対人関係の困難が、複雑性PTSDの重要な特徴として位置づけられています。

長期間にわたる虐待や家庭内暴力などはCPTSDの重要な危険因子ですが、体験の期間だけでPTSDとCPTSDが分かれるわけではありません。診断では、現在どのような症状があり、生活にどの程度影響しているかを確認する必要があります。

周囲が理解しておきたいのは、本人の反応が一時的な不安だけではなく、自分の価値や他者への信頼、身体の緊張など、生活の広い範囲に関わっている場合があるということです。

複雑性PTSDの人への接し方|安心につながる声と距離

複雑性PTSDを抱える人に接するときには、何を伝えるかと同じくらい、どのような態度で伝えるかが重要になることがあります。

例えば、穏やかな内容を話していても、急に近づかれたり、強い視線で見つめられたりすると、本人は緊張する場合があります。反対に、声の大きさや距離が適切で、相手の動きが予測しやすいと、落ち着いて話しやすくなることがあります。

特に、親や身近な人から威圧的な態度を向けられてきた場合には、身体の近づけ方や声の調子に敏感になっていることがあります。

そのため、本人が緊張しているときには、急に身体へ触れたり、正面から詰め寄ったりせず、相手が落ち着ける距離を確保することが大切です。

ただし、どのような声や距離を安心と感じるかは人によって異なります。優しく話しかけられることが安心につながる人もいれば、過度に気遣われることを負担に感じる人もいます。

「少し静かな場所で話す?」「今は一人でいたい?」と確認することで、本人が自分に合った関わり方を選びやすくなります。

また、過去の出来事を話し始めたときには、途中で説明を求めたり、話を急がせたりせず、本人がどこまで話したいのかを尊重します。

トラウマの体験を言葉にすることで気持ちが整理される場合もありますが、詳細を話すことが大きな負担になる場合もあります。本人が安心して話せる範囲を大切にし、語りたくない部分については、その選択を尊重することが必要です。

米国のSAMHSAが示すトラウマインフォームドケアでも、安全、信頼、協働、本人の選択や主体性が重視されています。

トラウマインフォームドケアとは|安全と安心を土台にした支援でも、こうした関わり方の基本を扱っています。

トリガーになりやすい刺激|音や人の気配が身体を緊張させる

トラウマに関連する反応は、過去の出来事をはっきりと思い出したときだけに起こるものではありません。

人混みや狭いエレベーター、背後に立つ人の気配、突然の物音など、日常の中にある刺激が強い緊張を引き起こす場合があります。

例えば、背後から急に声をかけられると、心臓が激しく動き、身体が跳ね上がることがあります。相手が知っている人だと分かっていても、しばらく警戒が続き、会話へ戻ることが難しくなる場合もあります。

また、家庭内で長く緊張してきた人は、ドアが強く閉まる音や物を乱暴に置く音などに反応することがあります。音そのものに驚くと同時に、誰かが怒っているのではないかと考え、周囲の様子を何度も確認してしまうのです。

食器の触れ合う音や咀嚼音、子どもの叫び声、犬の吠える声などが負担になる人もいます。ただし、こうした音への過敏さは、必ずしもトラウマだけで説明できるものではなく、感覚過敏や音嫌悪など、別の要因が関係している場合もあります。

重要なのは、どの刺激が本人にとってつらいのかを具体的に把握することです。

周囲ができる工夫には、次のようなものがあります。

  • 急に背後から声をかけたり、身体に触れたりすることを控える。
  • テレビや生活音の音量を調整し、静かに過ごせる時間を確保する。
  • 人混みや騒がしい場所では、途中で休める場所を用意する。
  • 予定の変更があるときには、できるだけ早く伝える。
  • 本人が疲れたときに、その場から離れられるようにする。

こうした環境調整は、刺激をすべて取り除くためのものというよりも、本人が負担を調整できる選択肢を増やすためのものです。

予測できない出来事が多い生活では、次に何が起こるかを考え続けるため、身体の緊張が高まりやすくなります。休める場所や途中で離れられる方法が分かっていると、安心して活動に参加しやすくなる場合があります。

トラウマを抱える人との会話|共感と同意を分けて考える

強い不安や恐怖を感じている人と話すときには、相手の気持ちを理解することと、その人の解釈をすべて正しいと認めることを分ける必要があります。

例えば、職場で上司から注意を受けた人が、「自分だけ嫌われている」「みんなが私を責めている」と訴えたとします。

そのとき、すぐに「そんなことはない」と否定すると、本人は自分のつらさを軽く扱われたように感じる場合があります。一方で、「その上司はあなたを嫌っている」と断定すると、不安や対立がさらに強まる可能性があります。

まずは、「注意されて、とても怖かったんだね」「自分が否定されたように感じたんだね」と、本人が経験している感情を受け止めます。

その後、少し落ち着いてから、上司が実際に何を言ったのか、どの部分が特につらかったのかを一緒に整理していきます。

本人が感じた恐怖は、その人にとって現実の苦しさです。しかし、その恐怖を引き起こした相手の意図については、別に確かめる必要があります。

共感とは、本人の感情を大切にしながら、現在の出来事を理解する手助けをすることでもあります。

過覚醒が強いときは、質問や説明の量を調整する

強い緊張の中では、普段なら理解できる説明でも、頭に入りにくくなる場合があります。

複数の質問を一度に受けると、何から答えればよいのか分からなくなり、焦りが強まることがあります。相手が親切に説明してくれていても、その情報量についていけず、急に黙り込んでしまうこともあります。

例えば、本人が不安そうにしているとき、次々と理由を尋ねたり、解決策を提案したりすると、かえって混乱する場合があります。

そのようなときには、一度に伝える内容を少なくし、相手が考える時間を確保することが役立ちます。

「今は少し話したい? それとも静かに過ごしたい?」「ここで休む方が楽? 別の場所へ移る?」

このように、本人が選びやすい形で尋ねることで、自分の希望を伝えやすくなる場合があります。

一方で、質問を短くしすぎたり、何度も選択を求めたりすると、かえって負担になる人もいます。本人が話しやすい速度や量を確かめながら、会話を進めることが大切です。

また、返事が出てこないときには、すぐに次の質問を重ねず、少し時間を置くことも必要です。

相手が黙っているからといって、話を聞いていないとは限りません。強い緊張の中で言葉を探していたり、自分の感情を整理しようとしていたりする場合があります。

ただし、長い沈黙が不安につながる場合もあるため、「少し時間を取ろうか」と伝えるなど、状況に合わせた柔軟な対応が求められます。

アダルトチルドレンが安心できる関係|親の顔色を読む生活から離れる

機能不全家庭で親の機嫌を読みながら育った人は、大人になってからも、人との関係で自分を抑えることがあります。

親が不機嫌になると、自分が何か悪いことをしたのではないかと考える。怒られないように行動し、相手の期待に応えることで家庭の中の居場所を保ってきた。そのような生活が長く続くと、人に合わせることが当たり前になり、自分が何を感じているのか分からなくなる場合があります。

特に、親から支配されたり、感情を否定されたりしてきた人にとって、自分の希望を伝えることは、強い不安を伴うことがあります。

「今日は会いたくない」「少し一人で過ごしたい」「その言い方はつらい」と伝えるだけでも、相手が怒るのではないか、関係が壊れてしまうのではないかと感じることがあります。

そのため、周囲が良かれと思って助言を重ねても、本人は自分の気持ちより相手の期待を優先し、無理に応じてしまうことがあります。

こうした人との関わりでは、本人が自分の意思を表現しても関係が保たれる経験が重要になります。

例えば、予定を断っても責められない。疲れたと伝えたときに休むことを認めてもらえる。意見が違っていても、その違いを落ち着いて話し合える。

こうした関係を経験することで、自分の感情を出すことへの警戒が少しずつ和らぐ場合があります。

家族や恋人との接し方|親密さが増えるほど不安になるとき

複雑性PTSDを抱える人は、親しい相手に安心を求めながらも、関係が深まるほど不安になる場合があります。

最初は比較的落ち着いて関われていても、相手が大切な存在になるにつれて、返事の遅さや表情の変化が気になり始める。相手が自分から離れていくのではないか、いつか裏切られるのではないかと考え、安心したい気持ちが強くなることがあります。

一方で、相手が近づきすぎると、今度は自由を奪われるような感覚が生じる場合もあります。

幼い頃、親から過干渉や支配を受けていた人は、親密な関係の中で、自分の意思を失うことを恐れる場合があります。相手を大切に思っていても、連絡が増えたり、行動を細かく尋ねられたりすると、急に距離を取りたくなることもあるのです。

このような関係では、親しくなることと、自分の自由を保つことの両方を大切にする必要があります。

例えば、恋人が不安になっているときには、「今日は少し疲れているから、明日ゆっくり話そう」と伝えることで、相手は今後の見通しを持ちやすくなります。

また、本人が話したくないときには、すぐに理由を聞き出そうとせず、必要な時間を確保することが役立ちます。

ただし、相手の不安を減らすために、恋人や家族が自分の予定をすべて変更したり、常に連絡へ応じたりする必要はありません。

互いの生活や感情を尊重しながら、安心できる距離を探していくことが、関係を長く続けるための土台になります。

職場での接し方|急な変更や強い口調への配慮

職場では、急な呼び出しや予定変更、周囲の大声、詰問するような確認などが、強い緊張につながる場合があります。

例えば、上司から突然名前を呼ばれると、何か失敗したのではないかと感じ、身体が固まってしまうことがあります。実際には簡単な確認であっても、過去に強く叱責された経験が重なり、言葉が出なくなる場合もあるでしょう。

また、複数の仕事を同時に頼まれたり、短い時間で判断を求められたりすると、混乱してしまうことがあります。

そうした場面では、業務の内容や優先順位、期限を具体的に共有することが役立ちます。

例えば、「今から少し確認しても大丈夫ですか」と声をかける。仕事を依頼するときには、何をいつまでに行えばよいのかを明確にする。予定の変更がある場合には、変更内容と理由を落ち着いて伝える。

こうした対応は、複雑性PTSDを抱える人だけでなく、職場全体の負担を減らすことにもつながります。

本人が強く緊張した場合には、必要に応じて静かな場所で休む時間を確保し、落ち着いてから業務の確認を再開することも考えられます。

一方で、職場の支援を一人の上司や同僚だけが引き受けると、支える側も疲弊してしまいます。必要に応じて人事や産業保健スタッフなどと連携し、本人のプライバシーに配慮しながら、継続できる支援を整えることが重要です。

フラッシュバックや強い不安が起きたときの対応

過去の出来事を思い出させる刺激に触れると、突然、強い恐怖や身体の緊張が現れることがあります。

心臓が激しく動き、呼吸が速くなり、周囲の声が遠く感じられる。目の前の出来事を理解する余裕がなくなり、身体が固まってしまう場合もあります。

こうした状態になったとき、周囲が慌てて多くの質問をしたり、本人の身体へ突然触れたりすると、かえって緊張が強まることがあります。

まずは現在の安全を確認し、本人が落ち着ける環境を整えることが大切です。

例えば、次のような対応が考えられます。

  1. 刺激を減らす。 周囲の人の数や音を調整し、本人が希望する場合には静かな場所へ移れるようにする。
  2. 落ち着いた声で短く伝える。 現在いる場所や状況を、本人が理解しやすい言葉で伝える。
  3. 本人の意思を確かめる。 そばにいてほしいか、一人になりたいか、座って休みたいかなどを、無理のない範囲で確認する。
  4. 回復する時間を確保する。 落ち着くまで会話を急がず、本人が必要な時間を持てるようにする。

特にフラッシュバックが起きている場合には、今どこにいるのかを確認し、周囲の景色や足元などへ注意を向けることが役立つ場合があります。

ただし、身体感覚や呼吸へ集中することで、かえって苦しさが強まる人もいます。その場合には無理に続けず、本人が負担を感じにくい方法へ切り替えます。

また、激しい呼吸困難や胸痛、意識障害などがある場合には、トラウマ反応と決めつけず、必要な医療的対応を優先してください。

症状が落ち着いた後も、すぐに原因を詳しく尋ねる必要はありません。本人が話せる状態になってから、何が負担だったのか、次に同じことが起きたときにはどのような対応が役立ちそうかを一緒に考えていきます。

安心できる居場所とは|本人が自分のペースを保てる環境

トラウマを抱える人にとって、安心できる場所は、静かで穏やかな空間であることに加えて、自分の意思が尊重される場所でもあります。

例えば、疲れたときに休める。話したくないことを無理に聞かれない。誰かと距離を置いても責められない。予定や環境が変わるときには、事前に説明してもらえる。

そうした経験が積み重なることで、本人は少しずつ周囲との関わり方を選びやすくなります。

家庭では、テレビの音量や照明、人の出入りなどを調整することが役立つ場合があります。職場では、集中できる場所や休憩できる時間を確保すること、外出先では、途中で休める場所や帰宅方法をあらかじめ考えておくことも一つの方法です。

また、音楽を聴く、散歩をする、自然に触れるなど、本人が落ち着ける活動を生活の中へ取り入れることも役立つ場合があります。

ただし、香りや音、身体へ注意を向ける活動などは、人によって負担になることもあります。一般にリラックスできるとされる方法でも、本人が心地よく感じられるかどうかを確かめることが重要です。

安心できる環境とは、周囲が一方的に決めた理想的な空間よりも、本人が自分の状態に合わせて調整できる場所だと考えることができます。

支援する人が疲れ切らないために|自然体で関わることと境界線

複雑性PTSDを抱える人の苦しさを理解すると、何とか助けたいという気持ちが強くなることがあります。

相手が落ち込んでいるときには励まし、不安になっているときには安心させようとする。夜遅くまで話を聞き、相手が元気になるまで自分の予定を後回しにすることもあるかもしれません。

しかし、こうした関わりが長く続くと、支える側の生活にも負担が広がります。

自分が疲れているときでも相手の話を聞かなければならない。相手の機嫌が悪くなると、自分が何とかしなければならないと感じる。そのような状態では、支援する側も次第に余裕を失っていきます。

そして、疲労が重なると、今度は相手に対して焦りや苛立ちが出ることもあります。

そのため、支援する側にも、自分の限界を理解し、必要な休息を取ることが求められます。

例えば、「今日は少し疲れているので、続きは明日話そう」「その問題については、専門家にも相談してみよう」と伝えることができます。

相手がつらい状態にあっても、家族や恋人が治療者の役割まで担う必要はありません。

また、相手を助けたい気持ちが強いほど、「こうした方がいい」「早く元気になってほしい」と助言を重ねてしまうことがあります。しかし、過去に支配や過干渉を経験した人にとっては、善意の助言であっても、自分の意思を奪われるように感じられる場合があります。

本人が何を望んでいるのかを聞き、できることを一緒に考える。その一方で、支える側も自分の生活や感情を大切にする。

そうした関係のほうが、お互いに無理なく関わり続けやすくなります。

複雑性PTSDの治療と回復|安心できる関係から生活を取り戻す

複雑性PTSDの回復では、過去の恐怖が現在の生活へ及ぼしている影響を理解しながら、心身の安定と対人関係の回復を進めていきます。

過覚醒が強い場合には、どのような刺激に反応しやすいのかを整理し、現在の生活で負担を減らす方法を考えることが役立ちます。

一方で、感情が急に高まる、自己否定が強い、人との関係が不安定になるといった問題についても、本人の経験を丁寧に理解していく必要があります。

Cloitreら(2013)の研究でも、PTSDと複雑性PTSDでは症状の現れ方に違いがあり、複雑性PTSDでは、トラウマに関連する症状に加えて、感情調整や自己概念、対人関係の困難が重要であることが示されています。

そのため、治療では、身体の緊張を和らげることだけでなく、自分自身をどのように感じ、人とどのような関係を築いてきたのかを理解することも大切になります。

英国のNICE診療指針では、複雑性PTSDなどの複合的な問題を抱える人への支援について、信頼関係を築くための時間を十分に確保し、生活上の安全や安定、感情調整や解離などの困難に配慮することが推奨されています。

また、PTSDに対する専門的な治療として、トラウマに焦点を当てた認知行動療法やEMDRなどが推奨されています。本人の症状や生活状況に合わせ、必要な準備や支援を整えながら進めていくことが重要です。

家族や恋人、周囲の人ができることは、治療を代わりに進めることよりも、本人が自分のペースで回復に向かえる環境を支えることです。

本人が安心して話せる時間を持ち、必要なときに休み、自分の気持ちを表現できるようになる。そうした生活の変化も、回復を支える大切な要素になります。

本人の回復を、周囲だけの努力にしないために

複雑性PTSDを抱える人の生活を支えるには、家族や恋人の理解だけでなく、学校や職場、地域社会の協力が必要になることがあります。

例えば、職場での業務調整、学校での相談体制、医療機関への通院、経済的な支援など、生活の安定につながる条件を整えることが重要になる場合があります。

本人が症状について何度も説明し、そのたびに理解を求めなければならない環境では、支援を受けること自体が負担になってしまうことがあります。

そのため、トラウマに関する基本的な理解を周囲が持ち、必要な配慮を本人と相談しながら考えられることが望まれます。

また、本人が傷ついた経験を話したくない場合には、その意思を尊重しながら、現在の生活で何に困っているのかを確認することもできます。過去の詳細を周囲へ説明しなくても、音や予定変更への負担、休憩の必要性などについて相談できる環境があれば、生活しやすくなる場合があります。

こうした支援の積み重ねは、本人が社会との関係を保ちながら、回復へ向かうための土台になります。

複雑性PTSDの人と、安心できる関係を育てるために

複雑性PTSDを抱える人は、過去の恐怖や傷つきによって、現在の人間関係でも強く警戒し、自分の気持ちを表現することが難しくなる場合があります。

大きな音や突然の予定変更に反応したり、相手の言葉を否定的に受け取ったり、親しくなるほど不安が強くなったりすることもあります。

そのようなとき、周囲が本人の反応を理解し、落ち着いて接することには意味があります。

急かさずに話を聞く。相手が考える時間を確保する。本人が希望する距離を尊重し、必要なときには休めるようにする。そして、強い不安が生じたときには、その感情を受け止めながら、実際に何が起きているのかを一緒に整理していく。

こうした関わりは、本人が自分の感情を理解し、周囲との関係を少しずつ安定させていく助けになります。

同時に、支える側も、自分にできることと難しいことを分け、生活や感情を守っていく必要があります。

安心できる関係は、一方が相手の苦しさをすべて引き受けることで生まれるものではありません。お互いの気持ちや限界を尊重しながら、無理のない距離で関わり続けることが大切です。

複雑性PTSDの回復では、過去の経験を理解することに加えて、現在の生活の中で自分の意思を尊重され、安心して人と関われる経験を少しずつ増やしていくことが、重要な意味を持っています。

当相談室でのカウンセリングについて

こころのえ相談室では、複雑性PTSD、幼少期の虐待や機能不全家庭での経験、過覚醒、凍結反応、解離、対人関係の不安などについて、ご相談をお受けしています。

人との関係で緊張が強くなる、突然の音や気配に敏感になる、親しい相手との距離の取り方が分からない、自分の感情をうまく伝えられないといった問題について、過去の経験と現在の生活状況を整理しながら考えていきます。

また、ご家族やパートナーなど、トラウマを抱える人を支えている方からのご相談にも対応しています。本人への接し方や関係の境界線、支える側の負担についても、状況に合わせて整理していきます。

カウンセリングでは、心身の安全と現在の生活の安定を大切にしながら、無理のないペースで自己理解や対人関係の回復を支援します。

参考文献

  1. Cloitre, M., Garvert, D. W., Brewin, C. R., Bryant, R. A., & Maercker, A.(2013). Evidence for Proposed ICD-11 PTSD and Complex PTSD: A Latent Profile Analysis. European Journal of Psychotraumatology, 4, 20706.
  2. World Health Organization. ICD-11: Complex Post-Traumatic Stress Disorder(6B41). 複雑性PTSDの診断分類と症状の定義。
  3. Substance Abuse and Mental Health Services Administration(SAMHSA, 2014). SAMHSA’s Concept of Trauma and Guidance for a Trauma-Informed Approach. 安全、信頼、協働、主体性を重視したトラウマインフォームドケアの原則。
  4. National Institute for Health and Care Excellence(NICE, 2018). Post-traumatic Stress Disorder: NICE Guideline NG116. PTSDおよび複雑な問題を伴うPTSDの治療・支援に関する診療指針。

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井上陽平(公認心理師・臨床心理学修士)。
トラウマ・解離・PTSD・愛着障害を専門とする心理カウンセラー。
児童養護施設、情緒障害児施設、精神科クリニックでの臨床経験を積み、
心身反応(フリーズ・過覚醒・離人感)への介入や、
複雑性トラウマ、対人関係、境界線の問題に重点的に取り組む。

研究テーマは「複雑性トラウマの身体反応」「解離と自己構造」「愛着スタイル」「虐待と対人関係のパターン」。現在は「こころのえ相談室」にてトラウマ専門のカウンセリングを提供。書籍の企画・執筆に関するご依頼も承っております。

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