怒られていないのにビクッとする理由――トラウマの神経系の視点

怒られていないのに身体がビクッと跳ねる人は、
いま目の前の出来事に反応しているというより、過去の危険の記憶に身体が反応している可能性が高い。

頭では「この人は怒っていない」「危険はない」と理解していても、神経系は別の物語を語る。
声のトーン、足音、沈黙、視線の動き、部屋の空気――そのわずかな変化が、かつての緊張場面を瞬時に呼び戻す。

そのとき脳の警戒回路(扁桃体・視床下部・自律神経系)は自動的に作動し、
「危険かもしれない」と判断して身体を守りに入る。

これは性格の問題でも、心の弱さでもない。
警戒の学習が深く刻まれ、速く、自動化されているだけである。

迷走神経(https://trauma-free.com/vagus-nerve/)の揺れについて。


過敏な驚愕反応がつくる“見えない連鎖”

驚愕反応が過敏な人の日常は、一見すると普通に見える。
しかし身体の内側では、次のような連鎖が静かに進行している。

小さな音や気配に反射的に反応し、胸が跳ね、呼吸が浅くなる。
その瞬間、体は硬直し、視線が固まり、声は細くなる。

やがて思考が追いつき、「変に見られたかもしれない」「相手を怒らせたかもしれない」と不安が広がる。
その不安を鎮めるために、笑顔を作ったり、必要以上に謝ったり、相手の期待を先読みして正解を探したりする。

表面上は“うまくやっている人”に見えるが、帰宅後にはどっと疲れが押し寄せる。
眠れない夜、胸のざわつき、過覚醒とシャットダウンの往復――この反動こそが、見えにくい苦しみである。

この状態は、外の世界が過酷すぎるというより、
神経系の警戒閾値が下がっている状態と言える。
「普通なら流せる刺激」が、身体にとっては危険のサイレンになる。

驚愕反応(https://trauma-free.com/startle-response/)の過敏化について。


なぜ“優しい場面”ほど緊張が上がるのか

多くの人は、怒鳴られたり責められたりする場面で緊張する。
しかしトラウマを抱えた人は、むしろ穏やかで優しい場面で緊張が強まることがある。

穏やかな声は「裏があるかもしれない」と感じられ、
静かな空気は「次に怒鳴られる前の沈黙」に重なり、
近づかれる距離は安心よりも侵入の予感を呼び起こす。

褒められたときでさえ、「期待が増えて、崩れたら終わる」という恐れが生まれる。

これは、安心そのものが危険と結びついて学習されてしまった状態、
すなわち安全の未学習である。

幼い頃に「守られている」という一貫した体験が不足していると、身体はこう結論づける。
“安心は長続きしない。油断した瞬間に落とされる。”

その記憶は理屈では消えず、身体の反射として残り続ける。


心の中の“門番”は敵ではない

あなたの内側にいる「門番」は、あなたを不幸にする存在ではない。
それは、かつてあなたを守り抜いた守護者である。

門番は、危険を早く察知し、曖昧な表情や声色を読み取り、
「同じ目に遭わないように」身体を先に動かす役割を担ってきた。

硬直、息止め、回避、距離の確保――それらは弱さではなく、生存の知恵だった。

心理学的には防衛、神経系的には自律神経の保護反応であり、
ピーター・ラヴィーンやパット・オグデンが扱う身体志向アプローチは、まさにこの門番との対話を重視する。

問題は門番そのものではなく、
危険が去った今も、門番が“戦時モード”のままでいることである。


神話モチーフ――森を歩く者

神話的に言えば、あなたは危険な森を生き延びた旅人だ。

森では、枝のきしみ、鳥の羽ばたき、風の変化が命取りになり得た。
だからあなたは、わずかな物音にも身を固くする力を身につけた。

それは臆病ではなく、生き抜くための叡智だった。

しかし森を抜けたあとも、身体はまだ森の記憶を生きている。
静かな部屋も、優しい声も、無害な足音も、かつての森のざわめきに重なってしまう。

回復とは、あなたの勇気を否定することではない。
森の外でも安全に歩ける体を、少しずつ取り戻すことである。


回復の方向――“止める”ではなく“戻れる体”へ

目標は「もうビクッとしない人になる」ことではない。
それは現実的でも優しくもない。

本当の目標は、
ビクッとしても、速やかに安全へ戻れる神経系を育てることである。

そのためには三つの柱がある。

第一に、予測可能性を高めること。
不意打ちは身体に最も強い負荷を与える。
「いまは話を止めたい」「少し考えたい」と言葉の合図を共有しておくだけで、驚愕反応は下がる。

第二に、身体へ直接働きかけること。
安心を頭で説得するのではなく、足裏の感覚、背中の支持、呼吸のリズムを通して「いまここ」を取り戻す。

第三に、関係の中で小さく出す練習をすること。
「平気です」をやめ、「いま少し驚きました」と言える体験が積み重なると、門番は徐々に緩む。
崩れても関係が終わらない経験こそが、最も深い修復になる。


親密さと驚愕反応

驚愕反応は、親密さが深まるほど強くなることがある。
それは相手が危険だからではなく、失う痛みが大きいからである。

距離が近いほど傷は深くなる――身体はそう記憶している。
だから無意識に距離を取ろうとし、硬直や回避が生まれる。

回復とは、無理に近づくことではない。
「この距離なら大丈夫」を少しずつ更新していくプロセスである。
安心な近さを体に教え直す旅が、ここから始まる。

回復は「止める」ではなく戻れる体を育てること。境界のトラウマ(https://trauma-free.com/boundary-trauma/)を整え、小さく安全を学び直す実践ガイド。

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【執筆者 / 監修者】

井上陽平(公認心理師・臨床心理学修士)

【保有資格】

  • 公認心理師(国家資格)
  • 臨床心理学修士(甲子園大学大学院)

【臨床経験】

  • カウンセリング歴:10年/臨床経験:10年
  • 児童養護施設でのボランティア
  • 情緒障害児短期治療施設での生活支援
  • 精神科クリニック・医療機関での心理検査および治療介入
  • 複雑性トラウマ、解離、PTSD、愛着障害、発達障害との併存症の臨床
  • 家族システム・対人関係・境界線の問題の心理支援
  • 身体症状(フリーズ・過覚醒・離人感・身体化)の心理介入

【専門領域】

  • 複雑性トラウマのメカニズム
  • 解離と自律神経・身体反応
  • 愛着スタイルと対人パターン
  • 慢性ストレスによる脳・心身反応
  • トラウマ後のセルフケアと回復過程
  • 境界線と心理的支配の構造
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