複雑性PTSDの回復が一進一退になる理由|過去の対処法が今を苦しめるとき

複雑性PTSDの治療の難しさ 複雑性PTSD

複雑性PTSDの回復では、以前より落ち着いて過ごせるようになったと思った矢先に、強い不安や疲労が戻ってくることがあります。

人との関係が安定し、仕事や生活にも少し余裕が生まれた。それなのに、休日になると身体が重くなり、何もする気が起きない。安心できる相手と出会ったはずなのに、親しくなるほど怖くなり、距離を置きたくなる。カウンセリングで自分の気持ちを理解できるようになった一方で、以前は感じなかった怒りや悲しみが強くなり、かえって苦しくなることもあります。

こうした変化が続くと、「せっかく回復していたのに、また元に戻ってしまった」「いつまで同じことを繰り返すのだろう」と、自分の状態に失望することがあります。

しかし、トラウマからの回復は、過去の防衛反応が一つずつ消えていくような単純な過程ではありません。

危険な環境で長く生きてきた人は、自分を守るためにさまざまな対処法を身につけています。相手の表情を読む。怒られないように先回りする。嫌でも断らない。何か問題が起きる前に自分を責める。感情を切り離し、休まず動き続ける。

そうした反応は、かつての環境では自分を守るために役立っていたものです。ところが、危険な場所から離れ、生活が変わっても、以前の対処法がそのまま残ることがあります。

人に合わせることでしか安心できず、休息を取ることに不安を感じ、自分の意思を伝えようとすると身体が緊張する。安全な環境へ移っても、心身は長年慣れ親しんだ方法で自分を守ろうとするのです。

複雑性PTSDの回復が一進一退になる背景には、こうした過去の生存戦略と、現在の生活との食い違いがあります。

回復では、以前の対処法を無理に捨てるよりも、それが必要だった理由を理解しながら、今の生活に合った新しい選択肢を身につけていくことが重要になります。

トラウマの治し方・克服する方法|安全と身体感覚を取り戻し、凍りつきと過覚醒から回復していくためにでは、トラウマの影響が残る心身に、どのような回復の過程があるのかを詳しく解説しています。

複雑性PTSDの回復が一進一退になるのはなぜか

複雑性PTSDでは、過去の恐怖を思い出すことに加えて、感情の調整、自分に対する評価、他者との関係に持続的な困難が生じることがあります。

強い不安や怒りが突然現れる。自分には価値がないと感じる。人を信頼したいのに、親しくなることが怖い。こうした問題は互いに影響し合うため、一つの症状が落ち着いても、別の場面で苦しさが表れることがあります。

例えば、職場で以前ほど緊張しなくなった人が、恋人との関係では強い見捨てられ不安を感じることがあります。親との距離を取れるようになった一方で、罪悪感が強くなり、自分の判断が間違っていたのではないかと悩む場合もあります。

生活の中で新しい選択ができるようになるほど、それまで避けてきた感情や人間関係の問題に触れる機会が増えることもあるのです。

D’Ambraら(2026)は、複雑性PTSDを抱える成人の心理療法経験について、15件の質的研究、計242人の語りを統合しました。

その結果、回復には、安心できる関係を築くこと、トラウマに向き合うこと、新しい対処法を身につけること、自分への理解や思いやりを育てることなどが関わっていました。また、参加者が経験した回復は直線的なものではなく、新たな困難や生活の変化によって、以前に取り組んだ課題へ再び向き合うこともある、循環的な過程として描かれています。

これは、複雑性PTSDの回復を、単に症状が減ったかどうかだけで判断することの難しさを示しています。

人を信頼できるようになったからこそ、相手に見捨てられる怖さを以前よりはっきり感じることもあります。自分の意思を表現できるようになったからこそ、周囲との関係に摩擦が生じる場合もあるでしょう。

ただし、症状が強まることを、すべて回復の一部として受け止める必要はありません。睡眠が大きく崩れたり、解離が強まったり、日常生活を維持できなくなったりしている場合には、実際に負荷が大きくなりすぎている可能性があります。

大切なのは、今どのような変化が起きているのかを理解し、必要に応じて生活や治療の進め方を調整することです。

安心できるはずの場所で、なぜ苦しくなるのか

トラウマを抱えてきた人の中には、危機的な状況では気を張って動けるのに、家へ帰った途端に何もできなくなる人がいます。

仕事や子育て、介護などを何とかこなしている間は、疲れている感覚さえ分からない。しかし、予定が終わり、誰からも求められなくなると、急に涙が出たり、身体が重くなったりする。休日には起き上がることさえ負担になり、せっかく自由な時間ができても、何をしてよいか分からなくなることがあります。

そのような状態では、忙しくしている時間の方が落ち着く場合があります。

何かすることがあれば、考えるべきことが明確になる。誰かに頼まれれば役割が生まれ、自分が必要とされていることを確認できる。ところが、何もしなくてよい時間になると、自分の気持ちや身体の疲労へ注意が向き、落ち着かなくなるのです。

特に、子どもの頃から家庭内で安心できなかった人にとって、静かな時間は必ずしも休息と結びついていません。

家が静かになると、次に親の機嫌が悪くなる気配を探してしまう。足音や扉の閉まる音、食器の置かれ方、声の調子から、家庭内の空気が変わることを察知しようとする。

そうした生活が長く続くと、何も起きていない時間にも、次の危険を予測することが習慣になります。

大人になって一人暮らしを始めたり、安心できる人と生活するようになったりしても、静かな部屋で身体の緊張が続くことがあります。

頭では安全だと分かっていても、何もしていないことへの不安が湧き上がり、疲れているのに掃除や仕事を始めてしまう。休みたい気持ちと、休んではいけないという感覚がぶつかり、結局は休息できないまま一日が終わることもあります。

そのような人にとって、回復とは、単に活動を減らすことだけではありません。

何もしていない時間に強い不安を感じずにいられること、自分が役割を果たしていなくても安心して過ごせることが、新しい経験として必要になります。

孤独と寂しさを感じる人の特徴|他人と関わりが苦手な理由では、人との関係を求めながら、一人でいる方が安全に感じられる心理について扱っています。

過去の防衛反応が、今の人間関係を苦しくする

複雑性PTSDでは、過去に身につけた対処法が、大人になってからの人間関係にも残ることがあります。

怒られないように先回りする。相手の期待を外さないように頑張りすぎる。何かを頼まれると、断るより先に引き受けてしまう。本当は嫌なのに笑ってしまう。傷ついたことを伝えられず、限界まで我慢した後で急に関係を切りたくなる。

こうした反応には、それぞれの生育環境と結びついた理由があります。

子どもの頃、親に反論すれば怒鳴られた人は、相手が少し不機嫌になっただけでも、自分の意見を引っ込めることがあります。

助けを求めても誰も来なかった人は、困っていることを知られる前に、自分ですべてを解決しようとするかもしれません。

親の機嫌を直す役割を担わされてきた人は、恋人や職場の上司が落ち込んでいると、自分が何とかしなければならないと感じる場合があります。

こうした対処法は、かつては危険を減らしたり、親との関係を維持したりするために役立っていた可能性があります。

しかし、大人になって対等な人間関係を築こうとすると、その方法が負担になることがあります。

本当は断ってもよい頼まれごとを引き受け続け、相手が求めていないことまで先回りしてしまう。自分の希望を言えず、相手に合わせることで疲れ切る。やがて限界を迎えると、相手への怒りや失望が強まり、関係そのものから離れたくなる。

そこで本人は、「やっぱり人間関係がうまくいかない」「自分は誰とも親しくなれない」と感じるかもしれません。

しかし、そこには長く使ってきた対処法と、現在の関係で必要な行動との食い違いがあります。

回復では、以前の自分を守っていた反応に気づきながら、今の相手との関係では別の方法を使えるかを確かめていきます。

例えば、頼まれたときにすぐ返事をせず、少し考える時間を持つ。相手が不機嫌でも、自分が原因だと決めつけない。嫌なことがあったときには、関係をすべて断つ前に、自分が何に傷ついたのかを整理する。

そうした経験を積み重ねることで、以前の対処法だけに頼らずに人と関われる場面が増えていきます。

複雑性PTSDの人への接し方|悪化させない対応の基本では、本人の警戒や不安を強めず、安心できる関係を築くための配慮について詳しく解説しています。

自分の意思を伝えられるようになると、関係が揺れることがある

回復の過程で、自分の気持ちを少しずつ言葉にできるようになると、これまで維持してきた人間関係が変化する場合があります。

長い間、周囲に合わせてきた人が、疲れている日は誘いを断るようになる。相手の不機嫌を自分の責任として引き受けることを減らす。親からの要求に対して、今は応じられないと伝える。

そうした変化は、自分を守るための新しい行動です。

ところが、これまで本人が何でも引き受けてくれることを当然だと思っていた人は、その変化に戸惑うかもしれません。

急に冷たくなったと言われる。以前はそんなことを言わなかったと責められる。相手から不機嫌な態度を取られ、自分が間違ったことをしたのではないかと不安になることもあります。

その結果、せっかく自分の意思を伝えられるようになったのに、以前より人間関係が苦しくなったと感じる場合があります。

しかし、自分の境界線を持ち始めると、これまでの関係の中で引き受けていた役割が変わることがあります。

相手がその変化を受け入れるまでに時間がかかる場合もあれば、これまでのように本人が我慢し続けることでしか成り立たなかった関係が明らかになる場合もあるでしょう。

自分の意思を伝えられるようになることは、人との関係を断つことだけを意味しません。相手と異なる考えを持ちながら、関係を続けられる経験を増やしていくことでもあります。

嫌だと伝えても、相手が落ち着いて受け止めてくれる。意見が違っても、話し合うことができる。相手の期待に応えられなくても、関係が続いていく。

そうした経験を重ねることで、以前は強い恐怖を伴っていた自己主張が、少しずつ現実的な選択肢になっていきます。

感情が戻るとき、かえって苦しくなることがある

複雑性PTSDの回復では、以前より感情を感じられるようになったことで、苦しさが増す場合があります。

これまで何も感じなかった人が、突然怒りを覚える。悲しい記憶が浮かび、涙が止まらなくなる。誰かに優しくされた瞬間、自分がどれほど寂しかったのかに気づく。

以前なら何事もなく耐えていた場面でも、強い違和感や嫌悪感が生じることがあります。

例えば、親から理不尽なことを言われても、以前は反論せずに聞き流していた人が、ある時期から激しい怒りを感じるようになる場合があります。

それまで親に従うことを当然だと思っていた人が、自分は長い間傷つけられてきたのだと理解し始めると、過去の出来事が違った意味を持つようになります。

本当は嫌だった。怖かった。助けてほしかった。なぜ自分だけが我慢しなければならなかったのか。

そうした感情が現れると、本人は自分の変化に戸惑うことがあります。

以前の方が落ち着いていたのではないか。治療を始めてから怒りっぽくなったのではないか。過去を振り返ることで、かえって状態が悪くなったのではないか。

感情を感じられるようになることは、自己理解の変化と関わる場合があります。しかし、強い感情が戻ってきたからといって、必ず回復が進んでいるとは限りません。

感情に圧倒されて眠れなくなったり、解離が強まったり、日常生活が維持できなくなったりしている場合には、過去の出来事を扱う量や、現在の生活の負担を調整する必要があります。

Ashfieldら(2021)は、複雑性PTSDの集団治療を終えた女性11人へのインタビューを通して、心理的な変化がどのように生じるのかを調べました。

参加者は、自分の症状や感情について理解を深めることに加えて、他者から思いやりを向けられ、安全な関係の中で感情に触れる経験を、変化につながる重要な要素として語っています。

この研究からは、感情を理解することだけでなく、その感情を安心できる関係の中で受け止めてもらう経験が、回復を支える可能性が示されています。

自分の感情へ触れることは、過去の苦しさを一度に感じ直すこととは異なります。今の自分が受け止められる範囲を確かめながら、少しずつ扱えるようになることが大切です。

凍りついた心と身体が動き出すとき|複雑なトラウマからの回復プロセスでは、長く抑えてきた感情や身体反応が、安心できる環境の中で変化していく過程について扱っています。

解離が減ると、以前より疲れや痛みに気づくことがある

解離という言葉から、記憶が抜け落ちる状態だけを思い浮かべる人もいるでしょう。

しかし、解離はさまざまな形で現れます。

会話をしていたのに内容が頭に入ってこない。自分が話しているのに、少し遠くから見ているように感じる。時間が飛んだように思う。感情が分からなくなる。現実が薄い膜の向こうにあるように見える。身体はそこにいるのに、自分がそこにいないような感覚になる。

こうした反応は、強いストレスや恐怖に圧倒されたとき、感情や身体感覚とのつながりが弱くなる形で現れることがあります。

子どもの頃、逃げることも助けを求めることも難しい環境で生きてきた人では、苦しさを感じないようにすることが、その場をやり過ごすための方法になっていた場合があります。

ところが、大人になってからも感情や身体感覚が遠いままだと、自分の限界に気づくことが難しくなります。

何が嫌だったのか分からない。身体が疲れていることに気づかない。相手に傷つけられていても、その場では何も感じず、後になって急に苦しくなる。

回復が進み、自分の感覚へ少しずつ注意を向けられるようになると、以前は分からなかった疲労や緊張に気づく場合があります。

人と会うと胃が重くなる。上司と話す前から肩が固まっている。嫌なことを引き受けたとき、身体が強く緊張している。

その変化に気づくと、以前より疲れやすくなったように感じることもあるでしょう。

しかし、実際には以前から負担がかかっていて、それを感じ取りにくかった可能性があります。

一方で、解離が強まることは、現在の負荷が大きすぎるサインである場合もあります。感覚が戻ったことによる変化なのか、心身が圧倒されているのかを見極めながら、必要な調整を行うことが重要です。

解離性障害の症状・チェックリスト|日常生活に現れるサインでは、記憶、感情、身体感覚、現実感などに現れる解離の特徴を詳しく解説しています。

後退に見える時期にも、回復の変化が隠れていることがある

トラウマからの回復は、昨日より今日、今日より明日と、少しずつ楽になっていくものとは限りません。

眠れるようになった後に悪夢が戻る。人に会えるようになったのに、急に一人になりたくなる。以前より自分の気持ちを言えるようになったからこそ、周囲との摩擦が増える。カウンセリングの後に強い疲労や不安が生じることもあります。

こうした波があると、自分は何も変わっていないように思えるかもしれません。

しかし、以前なら苦しさに飲み込まれるだけだった人が、自分に何が起きているのかを少しずつ理解できるようになることがあります。

以前は、相手から少し冷たくされると、すべて自分が悪いと思っていた。今は、その言葉によって昔の恐怖が呼び起こされているのかもしれないと考えられる。

以前は、疲れていても誰かに頼まれれば引き受けていた。今は、断れなかった後に、自分は本当は休みたかったのだと気づける。

以前は、身体が動かなくなるまで無理を続けていた。今は、緊張が高まり始めた段階で、少し休むことを考えられる。

こうした変化は、症状が完全に消えたことを意味するわけではありません。それでも、以前と同じ反応が起きたときに、自分を守るための選択肢が少しずつ増えている可能性があります。

Spermonら(2013)は、幼少期に虐待を経験した女性7人の回復体験を質的に調べました。

その研究では、回復に関わる変化として、自分自身の感覚を育てること、他者とのつながりと距離を調整すること、圧倒される感情を扱うこと、自分で選択する力を取り戻すことなどが示されています。

ここで注目したいのは、回復が症状の軽減だけでなく、自分の意思や感情を持ちながら生活できるようになる過程として描かれていることです。

昨日は断れなかったことを、今日は少し考えてから返事できる。相手に不安を感じても、すぐに関係を切らず、自分の気持ちを確かめられる。

そうした小さな変化も、回復の一部として捉えることができます。

回復が進んでいるときの波と、負荷が大きすぎるときの悪化を分ける

回復が一進一退になるからといって、症状の悪化をすべて自然な変化として受け止めることは適切ではありません。

感情が戻ってきたことで、一時的に不安や悲しみが強くなる場合があります。一方で、治療や日常生活の負担が大きすぎて、心身が十分に対処できなくなっている場合もあります。

その違いを考えるときには、気分の揺れだけでなく、睡眠や食事、仕事、対人関係、解離の程度など、生活全体に何が起きているのかを見る必要があります。

例えば、つらい気持ちが現れても、休息を取ることで少し落ち着き、翌日には生活へ戻れるのであれば、感情を扱う力が育っている可能性があります。

一方、次のような変化が続いている場合には、今の負担を見直す必要があります。

  • 眠れない日が続き、日中の活動が大きく損なわれている
  • 解離やフラッシュバックが強まり、安全に生活することが難しい
  • 食事や入浴など、基本的な生活が維持できなくなっている
  • 過去の記憶に触れた後、強い混乱が長時間続く
  • 自分を傷つけたい衝動や、死にたい気持ちが強まっている

こうした状態では、過去をさらに深く掘り下げることより、現在の安全や生活の安定を優先する必要があります。

心理療法を受けている場合には、セッションの後に何が起きているのかを治療者と共有し、扱う内容や進め方を調整していくことが大切です。

回復のために苦しみに耐え続ける必要はありません。自分が受け止められる範囲で取り組み、負担が大きいときには立ち止まることも、治療を進めるうえで重要な判断になります。

身体が覚えている危険を、現在の生活の中で調整していく

トラウマの影響は、考え方だけに残るわけではありません。

人前で話すと喉が詰まる。少し責められると胸が苦しくなる。誰かが怒っている気配だけで肩が固まる。眠っても疲れが取れず、何か問題が起こる前から身体が緊張している。

身体は、過去の経験を文章のように記録しているわけではありません。しかし、以前の危険と結びついた声や視線、物音、距離感などに触れたとき、強い防衛反応が呼び起こされる場合があります。

そのようなとき、頭の中で「もう安全だ」と繰り返しても、身体の緊張がすぐに変わるとは限りません。

回復では、今の環境の中で安全を確かめられる経験を少しずつ増やしていくことが大切です。

足裏が床に触れている感覚を確かめる。背中を椅子に預ける。部屋の中にあるものへ目を向ける。落ち着く音楽を聴く。安心できる相手と短い会話をする。

こうした行為は、身体を無理にリラックスさせるためというより、現在の環境へ注意を戻し、負担が少ない感覚を確かめるためのものです。

また、身体への注意が強い不安につながる場合には、無理に呼吸を整えたり、目を閉じたりする必要はありません。外の景色を眺める、部屋の中をゆっくり歩くなど、その人に合った方法を選ぶことができます。

日常生活では、疲労が強くなる前に休める環境を作ることも大切です。

仕事の合間に短い休憩を入れる。人との予定が続く場合には、一人で過ごす時間を確保する。強いストレスがかかった日には、普段より予定を減らす。

身体の反応を理解することと、実際の生活の負担を減らすことを組み合わせることで、以前のように限界まで耐え続ける必要が少しずつ減っていきます。

自分を責める癖も、かつては生き延びるための方法だった

トラウマを抱えてきた人は、状態が悪くなると自分を責めやすいことがあります。

もっと強ければよかった。自分が悪いから嫌われた。こんなことで傷つく自分がおかしい。いつまで過去のことを引きずっているのだろう。

回復が思うように進まないときには、こうした自己否定がさらに強くなる場合があります。

しかし、自分を責める癖にも、これまでの経験と結びついた理由があります。

子どもにとって、親や養育者は簡単に離れられない存在です。親から傷つけられたとき、自分がもっとよい子になれば関係が変わると考えることで、希望を保とうとする場合があります。

親が怒ったのは自分が悪いからだ。自分が我慢すれば家庭は落ち着く。もっと頑張れば、いつか認めてもらえるかもしれない。

そのように考えることで、子どもは自分の行動によって状況を変えられる感覚を持とうとします。

大人になってからも、その考え方が残ると、人間関係で問題が起きるたび、自分の責任を探すようになることがあります。

相手の不機嫌を自分のせいだと考える。自分の希望を伝えた後に強い罪悪感を覚える。体調が悪くなったときにも、休む前に自分を責めてしまう。

こうした自己批判は、過去に必要だった対処法が、現在の自分へ向かって働き続けている状態とも考えられます。

回復では、自分を責める考えを無理に消そうとするより、その考えがどのような経験の中で身についたのかを理解していくことが大切です。

以前は、親の機嫌を損ねないために自分を責める必要があったのかもしれない。しかし、今の人間関係では、相手の感情や行動をすべて自分の責任として引き受ける必要があるのか。

そのように現在の状況を確かめることで、これまで当然だと思ってきた自分への厳しさを、少しずつ見直していくことができます。

回復とは、以前の防衛を捨てることより、新しい選択肢を増やすこと

複雑性PTSDからの回復では、過去の対処法を一度に変えようとすると、強い不安が生じる場合があります。

人に合わせることで生きてきた人が、急にすべての頼まれごとを断ろうとすれば、罪悪感や見捨てられる恐怖が強くなるかもしれません。

常に動き続けることで安心してきた人が、無理に何もしない時間を増やそうとすると、かえって緊張が高まる場合があります。

感情を抑えることで日常生活を維持してきた人が、急に過去の怒りや悲しみへ深く触れようとすれば、心身の負担が大きくなることもあるでしょう。

そのため、回復では、以前の対処法をすぐに取り除くことより、別の方法も使えるようにしていくことが大切です。

頼まれたら必ず引き受けていた人が、少し考えてから返事をする。相手の機嫌が悪いときに、すぐ謝るのではなく、何が起きているのかを確かめる。

疲れていても動き続けていた人が、短い時間だけ休むことを選ぶ。自分を責める考えが浮かんだときに、今の出来事と過去の経験を分けて考えてみる。

こうした変化は、外から見れば小さなものかもしれません。

しかし、長年使ってきた対処法しか選べなかった人にとって、今の自分に合った行動を選べるようになることは、大きな意味を持ちます。

Spermonらの研究で示されたように、回復には、自分自身の感覚を育てること、他者との距離を調整すること、感情を扱うこと、自分で選択することなどが関わっています。

以前と同じ反応が起きたとしても、そこから別の行動へ移れるようになる。苦しいときに、自分の状態を理解し、必要な助けを求められるようになる。

そうした変化を積み重ねることが、過去の環境に合わせて形づくられた生き方から、現在の自分に合った生き方へ移っていく過程になります。

おわりに|回復の波の中で、以前とは違う自分が育っていく

複雑性PTSDの回復が一進一退になる背景には、過去の危険な環境で身につけた対処法が、現在の生活にも深く残っていることがあります。

相手の機嫌を読む。嫌なことを断らない。自分の感情を抑える。何か問題が起きる前に自分を責める。休まず働き続ける。そうした方法は、かつて自分を守るために必要だったのかもしれません。

しかし、生活が変わり、安全な環境へ移っても、その反応がすぐに変わるとは限りません。

安心できる場所で落ち着かなくなる。人と親しくなるほど怖くなる。自分の気持ちを伝え始めたことで、以前より人間関係が難しくなる。感情を感じられるようになったからこそ、これまで抑えてきた悲しみや怒りが表れてくる。

そのような変化の中で、回復している実感を失うこともあるでしょう。

けれど、以前と同じ不安や緊張が現れたとしても、その反応を理解する力や、自分を守るための選択肢は、少しずつ変わっている場合があります。

以前なら何も分からないまま疲れ切っていた人が、今は自分の限界に気づけるようになる。相手に合わせるしかなかった人が、迷いながらも自分の希望を伝えられるようになる。自分を責め続けていた人が、過去の経験と現在の出来事を分けて考えられるようになる。

そうした変化は、必ずしも症状のない穏やかな日々として現れるわけではありません。ときには葛藤や不安を伴いながら、自分の生き方を選び直していく過程になります。

回復とは、過去に身につけた防衛反応をすべて消し去ることよりも、その反応が必要だった自分を理解し、現在の生活に合った方法を少しずつ身につけていくことです。

苦しさが戻ってきたときにも、何が起きているのかを確かめ、必要であれば休み、助けを求め、生活の負担を調整する。そのような経験を重ねることで、以前のように危険へ備え続けることだけに力を使わずに済む時間が増えていきます。

過去を生き延びるために身につけた方法から、今の自分が暮らしやすい方法へ。

その移り変わりには時間がかかり、何度も同じ課題に向き合うことがあります。それでも、以前とは違う選択ができる場面が増えていくことが、複雑性PTSDからの回復を支える大切な変化になります。


参考文献

  1. D’Ambra, R., Klein, M., & Colley, R. (2026). Experiences of Psychotherapy Among Adult Survivors of Complex Post-Traumatic Stress Disorder: A Systematic Review and Meta-Ethnography. Counselling and Psychotherapy Research, 26(3), e70180.
    https://doi.org/10.1002/capr.70180
  2. Ashfield, E., Chan, C., & Lee, D. (2021). Building ‘a compassionate armour’: The journey to develop strength and self-compassion in a group treatment for complex post-traumatic stress disorder. Psychology and Psychotherapy: Theory, Research and Practice, 94(S2), 286–303.
    https://doi.org/10.1111/papt.12275
  3. Spermon, D., Darlington, Y., & Gibney, P. (2013). Complex posttraumatic stress disorder: Voices of healing. Qualitative Health Research, 23(1), 43–53.
    https://doi.org/10.1177/1049732312461451
  4. Matheson, C., & Weightman, E. (2021). A participatory study of patient views on psychotherapy for complex post-traumatic stress disorder, CPTSD. Journal of Mental Health, 30(6), 690–697.
    https://doi.org/10.1080/09638237.2020.1803229

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井上 陽平

井上陽平(公認心理師・臨床心理学修士)。
トラウマ・解離・PTSD・愛着障害を専門とする心理カウンセラー。
児童養護施設、情緒障害児施設、精神科クリニックでの臨床経験を積み、
心身反応(フリーズ・過覚醒・離人感)への介入や、
複雑性トラウマ、対人関係、境界線の問題に重点的に取り組む。

研究テーマは「複雑性トラウマの身体反応」「解離と自己構造」「愛着スタイル」「虐待と対人関係のパターン」。現在は「こころのえ相談室」にてトラウマ専門のカウンセリングを提供。書籍の企画・執筆に関するご依頼も承っております。

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