子どもが「助けて」と言えない理由|家庭のトラウマと解離、心の中に隠れる心理

つらい苦しい 複雑性PTSD

親の足音が近づくと、身体が固くなる。ドアの閉まる音に驚き、誰かの声が少し強くなっただけで胸が苦しくなる。学校では普通に笑っていても、家に帰ると緊張が抜けず、自分の部屋に閉じこもりたくなる。誰かに話を聞いてほしいと思いながら、いざ何かを聞かれると「大丈夫」と答えてしまう。

幼い子どもにとって、家庭は世界のほとんどを占めています。親の表情や声の調子、身体への触れ方、家族の間に流れる空気は、そのまま自分が安心して生きられるかどうかを判断する手がかりになります。

家庭の中に怒りや不安、支配、無視が繰り返されると、子どもは自分が何を感じているかよりも、周囲に何が起こりそうかを先に考えるようになります。

親の機嫌が悪いと、自分が何かしたのではないかと不安になる。両親が言い争っていると、自分が仲直りさせなければならないと思う。悲しくても泣かず、嫌なことがあっても我慢し、できるだけ手のかからない子どもでいようとします。

そのような生活の中では、助けを求めることさえ難しくなっていきます。自分の苦しさを伝えれば、親が怒るかもしれない。悲しませるかもしれない。家族がもっと大変なことになるかもしれない。子どもは、助けてほしい気持ちと、これ以上何も起こしてはいけないという恐怖の間で身動きが取れなくなるのです。

やがて心は、感じていることを外へ表現するよりも、自分の内側へ閉じ込める方向へ働くことがあります。強い苦痛の中では、現実感や身体感覚が遠のく解離が生じる場合もあります。

子どもが助けを求めなくなったとき、その沈黙の奥には、何度も助けを求めようとして傷ついた経験や、誰かを困らせないために自分を抑えてきた時間が隠れていることがあります。

子どもが「つらい」「苦しい」と言えなくなる家庭環境

子どもは、自分が置かれている家庭環境を、初めから客観的に理解できるわけではありません。

親が怒鳴ることも、家庭にいつも緊張があることも、親の気分によって態度が変わることも、それが毎日の生活であれば、子どもにとっては当たり前の世界になっていきます。

自分の家庭がほかの家庭と違うことに気づいても、何が問題なのかを説明する言葉を持っていない場合があります。

親から「気にしすぎ」「泣くほどのことじゃない」「そんなことで傷つくな」と言われ続けると、自分の感情を信じることも難しくなります。

本当は怖かったのに、自分が弱いから怖がっているのだと思う。悲しかったのに、親を困らせる自分が悪いと考える。苦しいことを伝えても理解されない経験が続くと、子どもは少しずつ、自分の気持ちを話すことを諦めていきます。

2019年、Cossarらは、虐待やネグレクトなどを経験した11〜20歳の子ども・若者30人へのインタビューを分析しました。

その研究では、子どもが助けを得るまでに、自分が受けている扱いを問題として認識すること、誰かに伝えること、実際に支援を受けることという複数の過程があると報告されています。

興味深いのは、子どもが最初から自分の経験を虐待だと理解しているとは限らず、行動上の問題をきっかけに大人が異変に気づいたり、信頼できる支援者との関係の中で初めて話せたりする場合があったことです。

また、助けを求めた後に十分な対応を受けられなければ、その経験が次に相談することへのためらいにつながる可能性も示されています。

子どもの沈黙を理解するときには、なぜ話さなかったのかを本人だけに問うよりも、その子が話せる相手を持っていたのか、話した後に何が起こると考えていたのかを見ていく必要があります。

敏感な子どもの心に生まれる、自己否定と罪悪感

感受性の高い子どもは、大人の表情や声色、沈黙、家庭に漂う緊張を細かく感じ取ることがあります。

親の顔つきが変わると、何が起きたのかを考える。家族の誰かが不機嫌だと、何とか機嫌を直してもらおうとする。大人の気持ちを察することが習慣になると、自分が悲しいのか、怖いのか、腹が立っているのかを確かめる余裕が少なくなっていきます。

乳幼児期からの養育関係や、周囲の大人との情緒的なやり取りは、子どもが感情を調整し、他者を信頼する力を育てるうえで重要です。胎児期の母体環境も発達に関連しますが、出生前のストレスだけで、その後の性格や解離の有無が決まるわけではありません。

子どもが安心して泣き、怒り、甘え、助けを求められる環境にあるかどうかは、発達の過程で大きな意味を持ちます。

ところが、家庭の中で親の要求が優先され、子どもの感情が受け止められない状態が続くと、自分の欲求を持つこと自体に罪悪感が生まれる場合があります。

「自分がもっと良い子なら、親は怒らなかったはずだ」「自分が我慢すれば、家族はうまくいく」「迷惑をかけるくらいなら、何も望まない方がいい」

こうした考えは、子どもが家庭の中で起きていることを何とか理解し、関係を保とうとする中で形成されることがあります。

自分が悪かったと思えば、次はもっと頑張ろうと考えられる。しかし、どれほど頑張っても家庭の緊張が変わらなければ、子どもは自分の努力が足りないのだと思い込み、自己否定を深めていきます。

やがて、親や周囲へ向けられなかった怒りや悲しみは、自分を責める感情へ変わっていくことがあります。

本当は相手に対して怒りを感じていても、その怒りを認めることが怖く、自分の中へ押し込めてしまうのです。

絶望の中で生まれる「もう一人の自分」|感情を切り離して生きる

家庭でも学校でも安心できず、弱さを見せると責められる経験が続くと、子どもは場面ごとに自分の振る舞いを大きく変えることがあります。

学校では明るく、友人と楽しそうに過ごしているのに、家ではほとんど話さない。親の前では従順で、自分の意見を持っていないように見えるのに、一人になると強い怒りや悲しみがあふれてくる。

誰かと一緒にいるときには相手の期待に合わせ、安心できる場所へ戻ると、疲れ切って何もできなくなることもあります。

こうした状態では、自分の内側に、いくつもの異なる気持ちが存在するように感じられることがあります。

誰かに愛されたい自分と、誰にも近づかれたくない自分。助けてほしい自分と、助けを求めることを許さない自分。怒りを抱えている自分と、その怒りを感じることさえ怖い自分です。

これらは、心理的な葛藤や状況への適応として生じることがあり、必ずしも解離性同一性障害などの診断を意味するものではありません。

しかし、強いトラウマの影響がある場合には、感情、記憶、身体感覚、自己感覚のまとまりが弱まり、普段の自分とは違う状態へ切り替わったように感じることがあります。

とりわけ、幼い頃から自分の気持ちを表現できなかった人は、何を感じているのか分からないまま、周囲に求められる役割だけを果たし続ける場合があります。

そのとき、表面上は普通に生活していても、内側では自分の感情とのつながりが薄くなり、誰にも理解されない孤独を抱えていることがあります。

心の中の隠れ家|傷ついた子どもが現実から離れるとき

家庭や学校で安心できる場所が見つからなかった子どもは、自分の心の中に避難場所を作ることがあります。

一人で空想の世界へ入り込む。好きな物語の登場人物になったつもりで過ごす。布団の中で、誰かに守られている場面を想像する。現実には存在しない優しい大人や、安心できる家族との生活を思い描くこともあります。

周囲からは、空想好きで一人遊びを好む子どもに見えるかもしれません。しかし、その空想の中でしか、自分の気持ちを自由に表現できなかった子どももいるのです。

現実の家庭では、何を言っても怒られる。誰かに甘えれば拒絶される。自分が何を望むのかを聞いてもらえない。

それでも、心の中であれば、自分を理解してくれる人を思い描くことができます。責められずに過ごせる部屋や、自分の意思で何かを選べる世界を持つこともできます。

2002年、心理学者Eli Somerは、空想への没入が日常生活に大きく影響している6人の臨床事例を質的に分析しました。

その研究では、空想が苦痛やストレスから距離を取る手段となるだけでなく、親密さ、安心、救出されること、自分の力を取り戻すことなどの願いと結びついていることが報告されています。

研究対象は臨床的に問題となるほど空想への没入が強い人たちであり、子どもの豊かな想像力を病的なものとして扱う根拠にはなりません。

子どもの空想は、通常の発達の中でも大切な役割を持っています。ただ、現実の生活で得られない安心を空想の中に求め、そこへ長時間入り込まなければ苦痛をしのげない場合には、その背景にある孤独やストレスにも目を向ける必要があります。

心の中の隠れ家は、傷ついた子どもが自分を守るために作ってきた場所です。しかし、その場所で過ごす時間が増えるほど、現実の人間関係から遠ざかり、周囲に助けを求めることが難しくなる場合もあります。

心を閉ざしてしまうのはなぜ?|トラウマで「心の避難所」に隠れる心理では、内側の避難場所が安心をもたらす一方で、現実とのつながりを難しくしていく心理を詳しく取り上げています。

幼少期のトラウマと解離|現実感や身体感覚が遠のく理由

強い恐怖や苦痛にさらされたとき、子どもは自分の感情や身体感覚から距離を取ることがあります。

目の前で起きていることが、まるでテレビの画面の中の出来事のように感じられる。自分が叱られているのに、別の誰かが怒られているように思える。声は聞こえていても意味が頭に入らず、時間の流れが分からなくなる。

こうした現実感や自己感覚の変化は、解離に関連する体験として現れることがあります。

解離は、記憶、意識、感情、身体感覚、自己感覚などのつながりが、一時的に変化する現象です。

2022年、TsurとKatzは、家庭内で性的虐待を経験した4〜14歳の子どもたちに対する42件の司法面接を分析し、子どもの語りに現れる解離の特徴を調べました。

そこでは、虐待の最中に感覚が失われたように感じること、自分や周囲の現実感が変化すること、出来事の記憶をうまく取り出せないこと、感覚的なフラッシュバックが生じることなどが確認されました。

子どもは、自分に何が起きたのかを大人と同じ言葉で説明できるとは限りません。現実感の変化や記憶の混乱を、独特の表現や空想を交えて語る場合もあります。

この研究は家庭内の性的虐待を経験した子どもたちを対象としており、すべての子どもの解離を説明するものではありません。それでも、子どもの語りを理解するときに、言葉の内容だけでなく、苦痛な体験がどのように知覚され、記憶されているのかを考える重要性を示しています。

また、解離の程度には大きな違いがあります。強いストレスの中で一時的にぼんやりすることもあれば、現実感の喪失や記憶の抜けが繰り返され、日常生活へ影響する場合もあります。

子どもがぼんやりしている、反応が遅い、話の内容が断片的だというだけで解離と判断することはできません。 疲労や睡眠不足、発達特性、身体疾患など、ほかの要因も考えながら、本人がどのような状態に置かれているのかを理解していくことが大切です。

夢と現実の狭間で|自分がどこにいるのか分からなくなる苦しさ

解離によって現実感が薄れると、自分が世界から切り離されたような孤独を感じることがあります。

周囲には人がいて、会話も続いている。それなのに、相手の声が遠く聞こえ、自分が何を話しているのか実感できない。楽しいはずの時間にも気持ちが動かず、家に帰る頃には、何をしていたのか曖昧になっていることがあります。

自分の身体が自分のものではないように思えたり、目の前の景色が夢の中のように感じられたりすることもあります。

こうした状態が続くと、自分の感情を確かめることが難しくなります。

嬉しいはずなのに何も感じない。悲しいことがあっても涙が出ない。怒りを感じる場面で身体が固まり、言葉が出てこない。人との関係を大切にしたい気持ちはあっても、親しくなるほど自分の内側が遠ざかってしまう。

そのため、周囲からは冷たい、反応が乏しい、何を考えているのか分からないと思われる場合があります。

しかし本人は、何も感じたくないと思っているとは限りません。感じたいのに感じられず、自分の気持ちがどこにあるのか分からなくなっていることがあります。

さらに、幼い頃から感情を抑えてきた人は、自分が苦しいことを周囲に伝えることにも抵抗を感じます。心配されると申し訳なくなり、助けを求めると迷惑になると思ってしまう。

その結果、自分の苦しさを誰にも説明できず、心の中の隠れ家へ戻ることが、最も安心できる方法になっていく場合があります。

感情がわからない・身体の感覚がない|解離とストレスで「麻痺」が起きる仕組みでは、感情や身体の感覚が遠のき、自分とのつながりを感じにくくなる状態を詳しく解説しています。

子どもの「助けて」は、言葉以外の形で現れることがある

子どもは、苦しさをいつも直接的な言葉で伝えられるわけではありません。

学校に行きたがらなくなる。急に口数が減る。以前は楽しんでいた遊びに関心を示さなくなる。小さなことで泣いたり、怒りを爆発させたりする。一人で過ごす時間が増え、家族との会話を避けるようになることもあります。

一方で、学校では成績がよく、周囲から手のかからない子どもだと思われていても、家庭では強い緊張を抱えている場合があります。

親の期待に応えることが習慣になっている子どもは、苦しくても学校へ行き、周囲に合わせて笑い、何事もなかったように生活しようとすることがあります。

こうした変化や行動には、さまざまな背景が考えられます。すべてを虐待やトラウマの影響として判断することはできませんが、本人が置かれている環境や、何に困っているのかを確かめるきっかけになります。

特に、子どもが何かを話しかけてきたときに、大人が忙しさや自分の考えを優先してしまうと、子どもはそれ以上話すことをためらう場合があります。

「学校で何かあったの?」

そう聞かれても、すぐには言葉が出てこないことがあります。何から話せばよいのか分からない場合もあれば、話したことで大きな問題になるのではないかと怖がっている場合もあります。

そのようなときには、質問を重ねて答えを急がせるよりも、子どもが話せる時間や方法を選べるようにすることが大切です。

傷ついた子どもに必要なのは、安全に気持ちを表現できる関係

子どもが長いあいだ自分の気持ちを抑えてきた場合、急に本音を話すよう求められても、簡単には言葉にできません。

何を感じているのか分からないこともあれば、自分の感情を表現することで大人が怒るのではないかと不安になることもあります。

そのため、最初に必要なのは、子どもが安心して過ごせる環境を整えることです。

子どもの話を途中で遮らず、言葉が出てくるまで待つ。話してくれた内容をすぐに評価したり、説得したりしない。泣いているときには、理由を急いで聞き出すよりも、落ち着いて過ごせる場所を確保する。

また、子どもが何かを話してくれたときには、「話してくれてありがとう」「今までつらかったんだね」と、その気持ちを受け止めることが大切です。

ただし、虐待や暴力など、現在も危険が続いている場合には、子どもの話を聞くだけで終わらせず、実際の安全を守る対応が必要です。学校や児童相談所、医療機関など、適切な支援につなげていくことも重要になります。

子どもの安全を確保するためには、秘密を絶対に守ると安易に約束するよりも、必要なときには誰と情報を共有し、どのように守っていくのかを、年齢に応じて説明することが望まれます。

こうした関わり方は、トラウマの影響を理解し、安全や信頼、本人の選択を大切にするトラウマインフォームドケアの考え方ともつながっています。

詳しくは、トラウマインフォームドケアの主要原則についてでも取り上げています。

大人になっても残る、助けを求められない心

子どもの頃に助けを求めても受け止めてもらえなかった人は、大人になってからも、自分の苦しさを表現することに難しさを感じる場合があります。

仕事で無理な要求をされても断れない。恋人から傷つくことを言われても、嫌だと伝えられない。身体が限界に近づいていても、誰かに迷惑をかけるくらいなら自分で何とかしようとする。

周囲からは、責任感が強く、我慢強い人として評価されることもあります。

けれど、その内側では、自分の気持ちを後回しにすることが当たり前になり、何を望んでいるのかさえ分からなくなっている場合があります。

子どもの頃、親の気持ちを優先してきた人は、大人になってからも相手の感情を読み、期待に応えようとします。自分が傷ついたときでさえ、相手にも事情があるはずだと考え、自分の怒りや悲しみを抑えてしまうのです。

こうした過剰適応が続くと、人間関係の中で自分を失い、あるとき急に疲れ切ってしまうことがあります。

また、強いストレスに触れると、子どもの頃と同じように感情が遠のき、頭の中が真っ白になることもあります。

大切な人と親しくなりたい気持ちがありながら、近づかれるほど怖くなる。誰かに理解してほしいと思う一方で、理解されそうになると身を引いてしまう。

その矛盾した反応の背景には、つながりを求めながら、同時に傷つくことを恐れてきた長い歴史があるのかもしれません。

解離や自己否定から回復するために、自分の感覚を取り戻していく

心の中の隠れ家へ退くことで、自分を守ってきた人にとって、外の世界へ戻ることは簡単なことではありません。

他人の言葉や視線に傷つき、安心できる関係を持てなかった経験があると、人と関わること自体が負担になります。

そのため、回復では、まず現在の生活の中に安全を感じられる時間や場所を増やしていくことが大切です。

自分の気持ちを、少しずつ確かめる

長いあいだ周囲に合わせてきた人は、自分が何を感じているのか分からなくなることがあります。

そんなときには、無理に感情を言葉へ変えるよりも、日常の中で小さな感覚へ注意を向けることが役立ちます。

何をしているときに疲れるのか。誰といると身体が固くなるのか。どんな場所なら少し落ち着けるのか。今日は何が嫌だったのか。

すぐに答えが出なくても、その問いを持つこと自体が、自分の感情や欲求へ目を向けるきっかけになります。

心の隠れ家を必要としてきた自分を理解する

苦しいときに空想へ入り込んだり、感情を切り離したりしてきた人は、そうした反応を自分の弱さや欠点だと思っていることがあります。

しかし、その背景には、現実の苦痛を受け止めきれず、何とか自分を保とうとしてきた事情がある場合があります。

心の隠れ家が必要だった時期の自分を理解することは、その反応に頼らずに過ごせる安全な環境を見つけることにもつながります。

解離が強いときには、過去の記憶を急いで掘り下げることが、かえって混乱や不安を強める場合があります。

今の自分が落ち着いて過ごせる条件を整えながら、感情や記憶を少しずつ扱っていくことが大切です。

他人の期待より、自分の感覚を尊重する

幼い頃から親の機嫌を優先してきた人は、自分の希望を表現することに罪悪感を覚える場合があります。

疲れているときに休むこと、気が進まない誘いを断ること、嫌だったことを相手に伝えること。そのような小さな選択をするだけでも、不安が強くなることがあります。

それでも、自分の気持ちを尊重する経験を重ねていくことで、他人との関係の中でも、自分の意思を持てるようになることがあります。

相手の感情を大切にすることと、自分の気持ちを犠牲にすることは同じではありません。

自分の希望を持ち、必要なときには助けを求め、無理な要求を断れるようになることも、回復の重要な変化です。

安心できる関係の中で、少しずつ自分を表現する

過去に気持ちを否定された経験があると、誰かへ本音を伝えることには強い恐怖が伴います。

そのため、最初から深い話をする必要はありません。

今日は少し疲れていること、今は一人で過ごしたいこと、相手の言葉が気になったことなど、自分が話せる範囲から表現していきます。

その言葉を相手がどう受け止めてくれるのかを確かめながら、自分にとって安心できる関係を育てていくことが大切です。

また、解離やフラッシュバック、記憶の抜け、強い自己否定などが生活へ影響している場合には、トラウマや解離に理解のある専門家とともに、自分の状態を整理していくことも選択肢になります。

子どもの心の叫びを受け止めるために

幼い頃から強い緊張や孤独を抱えてきた子どもは、自分の気持ちを言葉にすることが難しくなる場合があります。

本当は怖かった。悲しかった。抱きしめてほしかった。誰かに気づいてほしかった。

そうした願いがあっても、助けを求めることで相手を怒らせたり、家族の関係が悪くなったりすることを恐れて、何も言えなくなることがあります。

その結果、周囲からは落ち着いた子ども、手のかからない子ども、何を考えているのか分からない子どもとして見られることもあります。

しかし、表に出ている様子だけでは、子どもが何を経験し、何を感じているのかは分かりません。

家庭の中で安心して泣けたのか。困ったときに助けてもらえたのか。自分の気持ちを話したとき、誰かが最後まで聞いてくれたのか。

そうした経験の積み重ねが、子どもが自分を信じ、他者へ助けを求める力に関わっています。

そして、大人になってからも助けを求めることが難しい人には、子どもの頃に身につけた関わり方が残っている場合があります。

誰にも迷惑をかけたくない。自分のことは自分で何とかしなければならない。苦しいと言えば嫌われるかもしれない。

そのような考えを長いあいだ抱えてきた人が、安心できる関係の中で少しずつ気持ちを表現できるようになることには、大きな意味があります。

子どもが心の中に隠れ家を作るほど苦しかったのなら、必要なのは、その隠れ家を無理に取り払うことよりも、現実の世界にも安心できる場所を増やしていくことです。

自分の気持ちを話しても責められないこと、困ったときに助けを求められること、誰かの期待に応えられなくても大切にされること。

そうした経験を少しずつ重ねていく中で、長く自分の内側へ閉じ込めてきた感情にも、言葉を与えられるようになることがあります。

心の中に隠れてきた子どもが求めていたのは、安心して自分でいられる場所と、自分の苦しさを受け止めてくれる関係だったのかもしれません。

参考文献

  1. Cossar, J., Belderson, P., & Brandon, M. (2019). Recognition, telling and getting help with abuse and neglect: Young people’s perspectives. Children and Youth Services Review, 106, 104469.
    https://doi.org/10.1016/j.childyouth.2019.104469
  2. Somer, E. (2002). Maladaptive Daydreaming: A Qualitative Inquiry. Journal of Contemporary Psychotherapy, 32, 197–212.
    https://doi.org/10.1023/A:1020597026919
  3. Tsur, N., & Katz, C. (2022). “And Then Cinderella Was Lying in My Bed”: Dissociation Displays in Forensic Interviews With Children Following Intrafamilial Child Sexual Abuse. Journal of Interpersonal Violence, 37(17–18), NP15336–NP15358.
    https://doi.org/10.1177/08862605211016347

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井上 陽平

井上陽平(公認心理師・臨床心理学修士)。
トラウマ・解離・PTSD・愛着障害を専門とする心理カウンセラー。
児童養護施設、情緒障害児施設、精神科クリニックでの臨床経験を積み、
心身反応(フリーズ・過覚醒・離人感)への介入や、
複雑性トラウマ、対人関係、境界線の問題に重点的に取り組む。

研究テーマは「複雑性トラウマの身体反応」「解離と自己構造」「愛着スタイル」「虐待と対人関係のパターン」。現在は「こころのえ相談室」にてトラウマ専門のカウンセリングを提供。書籍の企画・執筆に関するご依頼も承っております。

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