薬に頼らずトラウマを癒す方法:ベッセル・ヴァン・デア・コーク博士の6つのアプローチ

トラウマを癒す方法 セルフケア・対処法

トラウマを経験した人は、つらい出来事が終わり、安全な場所で暮らせるようになってからも、身体が当時の危険に反応し続けることがあります。

誰かが急に声を荒らげると、胸が締めつけられる。人の足音やドアの閉まる音に身体が反応し、何も起きていないのに肩や首が固まってしまう。頭では相手が危険な人ではないと分かっていても、身体は反射的に身構え、逃げる準備を始めます。

反対に、強いストレスを感じた瞬間、身体が動かなくなったり、現実感が遠のいたりすることもあります。

幼少期から暴力や支配、ネグレクトにさらされてきた人の場合、自分の身体が何を感じているのか分からなくなり、安心して休むことさえ難しくなる場合があります。

精神科医ベッセル・ヴァン・デア・コーク(Bessel van der Kolk)博士が長年にわたり研究してきたのは、こうしたトラウマと身体の関係です。

著書『身体はトラウマを記録する』(The Body Keeps the Score)で博士が重視しているのは、トラウマによる影響が、過去の記憶だけでなく、身体の防衛反応や感情調整、自己感覚、人間関係のなかにも現れるという視点です。

過去に何が起きたのかを理解していても、身体が強い恐怖を感じ続ける。自分を傷つけた相手から離れていても、似たような刺激に触れると、当時の無力感がよみがえる。

そのような状態では、出来事について説明できることと、心身の苦痛が軽減することが必ずしも一致しません。

博士は、プロザック(フルオキセチン)やゾロフト(セルトラリン)などの抗うつ薬を用いたPTSD研究にも携わってきました。その経験から、薬物療法には役割がある一方、それだけでは十分な改善が得られない人がいることに注目し、身体や感情、対人関係を含めた多様な治療法を研究してきました。

薬は、PTSDに伴う不安や抑うつなどの症状を軽減する助けになる場合があります。実際に、セルトラリンなどのSSRIは、PTSDに対する薬物療法の選択肢として診療ガイドラインでも扱われています。

しかし、薬によって症状が軽減しても、身体に触れられることへの恐怖や、人との関係で生じる強い警戒、自分の感情を感じ取る難しさなどが残ることがあります。

そのため博士は、薬だけに治療を委ねるのではなく、身体感覚、記憶、動き、他者との関係など、さまざまな経路から回復を考えることを重視してきました。

その考え方を知る手がかりとなるのが、博士が紹介している6つのアプローチです。

トラウマはなぜ身体に残るのか|思考より先に働く防衛反応

人間の身体には、危険を察知したとき、意識的に考える前から反応する仕組みがあります。

突然、大きな音が鳴れば身体がびくっと動き、危険を感じれば心拍が速くなり、筋肉が緊張します。こうした反応には、自律神経や脳の脅威処理に関わるネットワークが働いています。

トラウマを経験した人のなかには、過去の恐怖と結びついた刺激に対して、現在も強い身体反応を示す人がいます。

誰かの声の調子、怒った表情、特定の匂いや場所などが、かつての危険を思い起こさせるきっかけになる場合があります。

そのとき身体には、次のような変化が起こることがあります。

  • 心拍が速くなり、胸が締めつけられる
  • 呼吸が浅くなり、喉やみぞおちが固まる
  • 肩や背中の筋肉が緊張し、身体を動かしにくくなる
  • 音や視線、接触などの刺激に過敏になる
  • 頭が真っ白になったり、周囲の出来事が遠く感じられたりする

とくに、逃げることも抵抗することもできなかった状況では、フリーズと呼ばれる防衛反応が生じる場合があります。

身体が固まり、声が出なくなり、相手が何をしていても動けなくなる。

そのような反応は、危険に対して身体が示す防衛反応の一つです。

凍りつき反応(フリーズ)とは何か|トラウマで心身が止まる仕組みと回復の全体像では、強い恐怖にさらされたとき、なぜ身体が動かなくなるのかを詳しく解説しています。

慢性的なトラウマを経験した人は、現在の環境が安全になっても、こうした警戒や防衛反応が続く場合があります。

頭では危険が終わったと分かっているのに、身体がその状況へ追いつかない。

そこで重要になるのが、過去の出来事を理解することに加えて、現在の身体反応を扱えるようになることです。

1. 身体の状態を観察する|失われた感覚を取り戻す

トラウマを抱えた人は、自分の身体がどのような状態にあるのか、十分に感じ取れなくなっている場合があります。

肩に強く力が入っていても、それが当たり前になっている。呼吸が浅くなっていても気づかず、胃が痛くなるまで、自分が不安を感じていたことを理解できない。

幼少期から恐怖や支配にさらされてきた人は、自分の感情を感じることよりも、周囲の危険を察知することを優先してきた可能性があります。

親が怒り出しそうなとき、自分がどれほど怖がっているのかを確かめる余裕はありません。まず親の表情を読み、声の調子を聞き分け、どうすれば怒られずに済むのかを考える必要があります。

その生活が長く続くと、外側の変化には敏感であっても、自分の身体の内側で何が起きているのかを理解することが難しくなる場合があります。

ヴァン・デア・コーク博士は、身体の内部で生じる感覚を認識する働きである「内受容感覚(interoception)」を、トラウマからの回復を考えるうえで重要なものとして扱っています。

身体の状態に気づくことは、自分がどのような場面で不安になり、どのような状況で緊張が強まるのかを理解する手がかりになります。

たとえば、誰かと話したあとに胸が苦しくなる場合、その会話のなかで何が負担になっていたのかを振り返ることができます。

自分は怒りを感じていたのか。それとも、相手に嫌われることが怖かったのか。相手に合わせようとして、無理をしていなかっただろうか。

身体の変化に気づくことで、それまで分からなかった感情や欲求が見えてくる場合があります。

ただし、身体感覚へ注意を向けることが、すべての人にとって安全であるとは限りません。

解離や強いトラウマ反応がある場合には、呼吸や心拍、身体の内側の感覚に集中することで、かえって不安や恐怖が強まることがあります。

そのようなときには、身体の内側を無理に観察するよりも、周囲の景色や椅子に身体を支えられている感覚など、負担の少ないものを手がかりにすることができます。

身体とのつながりを取り戻すとは、強い感覚を無理に引き出すことではありません。

自分が何を感じているのかを、自分のペースで確かめられるようになることです。

こうした感覚の麻痺や、強いストレスのあとに身体が動かなくなる状態については、何もしたくないが続くとき―心身が出しているSOSサインと見分け方でも詳しく扱っています。

2. EMDR|過去の記憶が現在の恐怖になっている状態を扱う

EMDR(Eye Movement Desensitization and Reprocessing:眼球運動による脱感作と再処理法)は、PTSDに対して効果が検証されている心理療法の一つです。

トラウマを抱えた人は、過去の出来事が終わったと理解していても、その記憶が呼び起こされたとき、当時と同じような恐怖を感じることがあります。

誰かに怒鳴られた記憶を思い出すと、胸が締めつけられる。暴力を受けた場面が浮かぶと、身体が固まり、逃げ場がないように感じる。

記憶は過去のものなのに、身体の反応は現在の出来事のように起こります。

EMDRでは、治療者とともに対象となる記憶や感情、身体反応を確認し、眼球運動などの左右交互の刺激を用いながら、記憶の処理を進めていきます。

この治療では、記憶に伴う苦痛を軽減し、過去の出来事が現在の自分に与えている影響を変えていくことが目指されます。

EMDRは単に眼球を左右へ動かせばよいという方法ではありません。現在の安全や安定を確認し、苦痛に対処する方法を整えながら、専門的な手順に沿って進める心理療法です。

また、眼球運動が脳の処理速度を直接高めるという説明は、確立された作用機序ではありません。EMDRがどのような仕組みで効果を生じるのかについては、記憶処理や作業記憶などの観点から研究が続いています。

2024年にButlerとRamsey-Wadeが発表した質的研究では、集中的なEMDRを受けた10人へのインタビューが行われました。

参加者の語りからは、安心して治療を受けられる環境や、治療者との継続的なつながりが、重要な意味を持っていたことが分かりました。

また、治療を通して自分自身の感じ方が変わり、以前は難しかった生き方を選べるようになったと語る人もいました。

この研究が示しているのは、EMDRによる変化が、単に記憶に伴う苦痛の軽減としてだけ経験されるわけではないということです。

過去の出来事に強く支配されていた状態から、現在の生活へ向き合えるようになる。自分の意思で選択する感覚を取り戻す。

そのような変化が、本人の経験として語られていました。

英国NICEのPTSD診療ガイドラインでも、EMDRは成人のPTSDに対する治療選択肢として推奨されています。

ただし、治療の進め方は、本人の症状や生活状況によって異なります。複雑なトラウマや強い解離がある場合には、現在の状態を十分に評価し、安全を確保しながら取り組むことが重要です。

3. ヨガ|自分の身体を再び信頼できるようになるために

ヴァン・デア・コーク博士が重視してきた方法の一つに、トラウマに配慮したヨガがあります。

トラウマを経験した人にとって、自分の身体は、安心できる場所であるとは限りません。

身体に触れられることが怖い。目を閉じると不安が強まる。力を抜こうとしても筋肉が緊張し、自分の身体を自分で動かしている感覚が薄い。

特に、幼少期から身体的な虐待や性暴力を経験してきた人は、自分の身体との関係そのものが深く傷ついている場合があります。

そのような人にとって、身体を動かすことや、身体感覚へ注意を向けることには、強い不安が伴う場合があります。

トラウマに配慮したヨガでは、決められた姿勢を正確に取ることや、身体の柔軟性を高めることだけを目的としません。

自分がどのような姿勢を取りたいのか、どの程度身体を動かしたいのか、今は動きたくないのか。そうした選択を、本人が尊重できるようになることが重要です。

自分の身体を動かすことが、自分自身の意思によって行われている。

その感覚は、過去に身体や意思を支配されてきた人にとって、大切な経験になる場合があります。

2017年にWest、Liang、Spinazzolaが発表した質的研究では、幼少期の慢性的なトラウマに関連するPTSDを抱え、10週間のトラウマ・センシティブ・ヨガに参加した成人女性31人へのインタビューが行われました。

参加者たちは、ヨガを通して、自分の身体や感情との関係だけでなく、他者とのつながりや自分自身への思いやりが変化したことを語っています。

そこでは、感謝や自己受容、他者とのつながり、自分の中心を感じること、自分で選択できる感覚などが、重要なテーマとして見いだされました。

さらに2025年に発表されたLorentzenらの質的研究の統合レビューでも、複雑なトラウマを経験した成人にとって、ヨガが身体との新しい関わり方を経験し、日常生活での対処方法を増やす機会になっていたことが示されています。

重要なのは、単に身体を柔らかくしたり、呼吸を深くしたりすることではありません。

自分の身体を、危険にさらされる場所から、自分の意思で動かし、休ませ、守ることのできるものとして経験し直していくことです。

ただし、ヨガはPTSDに対する標準的な心理療法の代わりとして効果が確立されているわけではありません。補完的な方法として研究が進められています。

また、身体感覚を意識することや、特定の姿勢を取ることで、過去の恐怖が強まる場合もあります。

そのため、トラウマに理解のある指導者のもとで、本人が無理なく参加方法を選べることが大切です。

4. 演劇と身体表現|一つの役割に閉じ込められた自分から離れる

演劇や身体表現も、ヴァン・デア・コーク博士が関心を寄せてきたアプローチの一つです。

幼少期から支配的な家庭で育ってきた人は、特定の役割を果たすことによって、自分の居場所を守ってきた場合があります。

親を怒らせない子ども。いつも笑顔で、反抗せず、期待に応える子ども。家族の問題を引き受け、周囲の感情を調整する子ども。

そうした役割を長く続けていると、大人になってからも、その振る舞いから離れることが難しくなる場合があります。

本当は怒っているのに笑ってしまう。嫌だと思っていても、相手に従ってしまう。自分の考えを言おうとすると、身体が緊張し、声が出なくなる。

そこでは、特定の感情や行動を表現することが、過去の危険と結びついている可能性があります。

演劇では、普段の自分とは違う役割を演じることができます。

いつも従っていた人が、舞台の上では強い声で意思を伝える。自分の気持ちを抑えてきた人が、役柄を通して怒りや悲しみを表現する。

普段なら恥ずかしくてできない動作や声の出し方を、演劇という枠組みのなかで試すこともできます。

こうした体験は、自分には一つの振る舞い方しかないと思っていた人が、別の行動や感情表現を経験する機会になる場合があります。

また、演劇には、他者とタイミングを合わせ、声や動きでやり取りをし、一つの場面を作り上げていくという特徴があります。

相手の動きに応じながら、自分も動く。言葉や身体表現を通して、他者との関係を築いていく。

こうした経験は、対人関係に強い恐怖を抱えている人にとって、新しい関わり方を試す機会になる可能性があります。

ただし、演劇や身体表現のPTSD治療としての有効性については、EMDRやトラウマ焦点化認知行動療法と同程度の科学的根拠が確立されているわけではありません。

また、他人の前で声を出したり、身体を動かしたりすることが負担になる人もいます。

重要なのは、本人の意思を尊重し、安心できる範囲で、新しい行動や表現を経験できることです。

「自分はいつもこう振る舞わなければならない」という拘束から、別の自分のあり方を試せるようになること。

その意味で、演劇や身体表現は、トラウマによって狭まっていた自己表現の可能性を考える手がかりになります。

5. ニューロフィードバック|脳の活動を手がかりに調整を学ぶ

ニューロフィードバックは、脳波などの生理学的な情報を測定し、その変化を本人へ視覚的・聴覚的に伝えることで、脳活動の調整を学習することを目指す方法です。

たとえば、脳波の特定の特徴を測定し、その状態に応じて画面や音が変化する仕組みを用います。

本人は、その変化を手がかりにしながら、特定の脳活動のパターンを調整することを試みます。

ヴァン・デア・コーク博士は、トラウマが脳の働きや覚醒の調整へ影響することに注目し、ニューロフィードバックにも関心を向けてきました。

慢性的なトラウマを抱えた人は、強い警戒が続いたり、反対に感覚や反応が鈍くなったりすることがあります。

自分では落ち着こうとしているのに身体が緊張し、休みたいと思っていても、頭の中では危険への備えが続く。

ニューロフィードバックは、こうした覚醒や注意の調整について、生理学的な情報を手がかりに学習する方法として研究されています。

ただし、PTSDにおけるニューロフィードバックの有効性については、研究結果にばらつきがあり、治療効果が十分に確立されているとは言えません。

2023年の米国退役軍人省・国防総省(VA/DoD)のPTSD診療ガイドラインでも、ニューロフィードバックについては、推奨するにも推奨しないにも十分な根拠がないと評価されています。

また、ニューロフィードバックによって脳の誤作動が修正される、あるいは脳が最適な状態へ戻るといった説明は、現時点では単純化しすぎた理解になります。

この方法を検討する場合には、期待できる効果や研究上の限界、実施する専門家の資格や経験などを確認する必要があります。

トラウマを抱えている人にとって、身体や脳の働きを自分で調整できるという感覚は、重要なテーマです。

しかし、その力を育てる方法は一つではありません。

ニューロフィードバックも、さまざまな選択肢のなかで、本人の状態や治療目的に応じて検討されるものです。

6. サイケデリックス補助療法|意識の変化とトラウマ治療の研究

ヴァン・デア・コーク博士は、サイケデリックスやMDMAを用いた心理療法の研究にも関心を寄せてきました。

この領域では、通常とは異なる意識状態や感情体験が、トラウマ記憶との向き合い方にどのような変化をもたらすのかが研究されています。

長期的なトラウマを抱えた人は、過去の出来事を振り返ろうとすると、強い恐怖や羞恥、自分への嫌悪感に圧倒されることがあります。

頭では過去の出来事だと理解していても、その記憶へ近づくこと自体が耐え難い。

サイケデリックス補助療法やMDMA補助療法の研究では、適切に管理された条件のもとで生じる意識や感情の変化が、こうした記憶への向き合い方に影響する可能性が検討されています。

ただし、MDMAと、一般にサイケデリックスと呼ばれる物質は、薬理学的には同じものではありません。作用やリスクも異なります。

また、これは薬物を用いる研究領域であり、厳密には「薬を使わない治療」ではありません。

治療効果について有望な結果が報告されている研究もありますが、長期的な安全性や治療手順、研究の盲検化などについて、検討すべき課題が残っています。

米国では2024年、FDAがMDMA補助療法の承認を見送り、追加の検証を求めました。

意識の大きな変化を伴う介入には、不安や混乱、症状の悪化、身体的な有害反応などのリスクもあります。

特に、解離や精神病性症状などがある場合には、慎重な評価が必要です。

また、日本では薬物に関する法的規制があり、本人の判断による使用は勧められません。

現在の臨床で重要なのは、意識を大きく変化させることそのものを目指すよりも、本人が安全に感情や記憶を扱える条件を整えることです。

過去の出来事に向き合う際に、恐怖や羞恥によって圧倒されないこと。自分の感情を理解し、現在の生活へ戻ってこられること。

そのような心理的な安全と自己調整の力は、サイケデリックスを用いない心理療法でも、重要な治療目標になります。

6つの方法に共通するもの|自分の身体と人生を取り戻す

ヴァン・デア・コーク博士が紹介している6つのアプローチは、それぞれ異なる方法を用いています。

身体感覚に気づくこと、トラウマ記憶を処理すること、ヨガを通して自分の身体を動かすこと、演劇によって新しい役割を経験すること、脳活動の調整を試みること、薬理学的な介入の可能性を研究すること。

その違いを超えて、共通する重要なテーマがあります。

それは、トラウマによって失われていた、自分の感情や身体、行動を自分で扱える感覚を取り戻していくことです。

幼少期から支配的な環境で育った人は、自分の意思を表現することが難しかったかもしれません。

怒られないように相手へ合わせ、怖いという感情を抑え、自分が何を望んでいるのかを考えることさえ諦めてきた。

そのような生活では、自分の身体がどのような状態にあるのかを確かめる余裕も持てなかった場合があります。

大人になってからも、誰かの期待に応えることが優先され、自分の疲労や怒り、悲しみを感じ取ることが難しくなる。

そうした状態を変えていくうえでは、身体の反応を理解することと、自分の意思を少しずつ尊重できるようになることの両方が重要になります。

何かを頼まれたときに、すぐに引き受ける前に考える。疲れていることに気づき、休むことを選ぶ。嫌なことを嫌だと感じ、自分の境界線を確かめる。

小さな選択であっても、自分の意思によって行動できることには、大きな意味があります。

かつては、相手の機嫌に従うことでしか安全を守れなかった。

しかし現在の生活では、自分の意思を持ちながら、他者との関係を築いていくこともできます。

過剰適応とは?他人軸で生きて疲れ切る人の特徴・原因と回復では、他者の期待に合わせ続けてきた人が、自分の感情や意思を取り戻していく過程について詳しく解説しています。

自分に合ったトラウマケアを選ぶには

トラウマを経験した人の症状や生活状況は、一人ひとり異なります。

強いフラッシュバックや悪夢を抱えている人もいれば、慢性的な過緊張や身体の痛み、解離、他者との関係への恐怖が中心になっている人もいます。

そのため、同じ方法がすべての人に合うわけではありません。

PTSDに対しては、EMDRやトラウマに焦点を当てた認知行動療法など、効果が検証されている心理療法が重要な選択肢になります。

一方、トラウマに配慮したヨガや身体表現などは、本人の状態に応じて補完的に利用できる場合があります。

ニューロフィードバックやサイケデリックス補助療法については、研究が進められているものの、有効性や安全性、臨床的な位置づけについて、さらに検証が必要です。

また、薬物療法によって症状が軽減している場合には、その効果も大切に考える必要があります。現在服用している薬を、自己判断で中止することは避けるべきです。

治療方法を選ぶときには、本人が何に困り、何を改善したいと考えているのかを明確にすることが重要になります。

眠れるようになりたいのか。フラッシュバックを軽減したいのか。身体の緊張を和らげたいのか。それとも、人との関係で自分の意思を表現できるようになりたいのか。

その目標によって、必要な支援は異なります。

大切なのは、どの方法が最も新しいかということよりも、自分の状態に合い、安全に継続できる方法を選ぶことです。

トラウマからの回復とは|「今の自分」と対話できるようになること

トラウマからの回復が進むと、これまで十分に感じられなかった自分の感情や欲求に気づくことがあります。

本当は怖かった。あのとき誰かに守ってほしかった。怒りを感じていたのに、それを表現できなかった。

そのような感情が、時間をかけて言葉になる場合があります。

しかし、過去の感情を思い出すことや、強く表現することが、必ずしも回復を意味するわけではありません。

重要なのは、現在の自分が、その感情をどの程度安全に扱えるのかという点です。

過去の恐怖が強まったときにも、今いる場所を確かめ、自分の状態に合った対応を選べること。苦しい気持ちが生じたときに、誰かへ助けを求めたり、休息を取ったりすることができること。

また、これまで他者の期待に合わせて生きてきた人が、自分自身の希望を少しずつ理解できるようになることも、回復の一部になります。

何をしたいのか。誰と一緒にいたいのか。どのような関係なら安心できるのか。

そうした問いに向き合うことは、幼少期に自分の意思を尊重されなかった人にとって、大切な経験になる場合があります。

身体の反応を理解すること、感情を言葉にすること、他者との境界線を持つこと。

これらは、それぞれ別々の作業に見えても、自分自身との関係を取り戻していくという点でつながっています。

トラウマからの回復は、過去の出来事を消し去ることよりも、その出来事によって狭められていた自分の行動や感情、人生の選択肢を少しずつ広げていく過程でもあります。

まとめ|身体が覚えた恐怖との関係を変えていく

ベッセル・ヴァン・デア・コーク博士の研究は、トラウマによる影響を、過去の記憶や考え方だけでなく、身体の防衛反応や自己感覚、人間関係まで含めて理解する重要性を示してきました。

トラウマを経験した人は、危険な状況から離れたあとも、身体が当時の恐怖に反応し続ける場合があります。

誰かの声に身構え、周囲の視線を警戒し、休もうとしても緊張が抜けない。あるいは、強いストレスを感じると、身体が固まり、自分の感情や現実とのつながりが薄れてしまう。

そうした状態では、過去に何が起きたのかを理解することに加えて、現在の心身の反応を扱えるようになることが重要です。

身体感覚への気づき、EMDR、ヨガ、演劇や身体表現、ニューロフィードバック、サイケデリックス補助療法の研究は、それぞれ異なる角度から、この問題へ取り組もうとするものです。

ただし、6つの方法の科学的な根拠は同じではありません。

EMDRにはPTSD治療としての有効性を支持する研究があり、ヨガは補完的な方法として研究されています。演劇やニューロフィードバック、サイケデリックス補助療法などは、適応や安全性、治療上の位置づけについて、さらに検証が必要です。

また、薬物療法も重要な治療選択肢の一つであり、本人の症状や希望に応じて検討されるべきものです。

どの方法を選ぶ場合でも、中心にあるのは、本人が安全に過ごし、自分の身体や感情を少しずつ扱えるようになることです。

幼少期に強い支配や恐怖を経験してきた人は、長いあいだ、自分の身体を守ることよりも、相手の要求に応えることを優先してきたかもしれません。

怒られないように振る舞い、怖くても逃げられず、助けてほしい気持ちを抑えてきた。

そのような環境で身につけた反応が、大人になってからも続いている場合があります。

しかし、今の自分が何を感じ、どのような関係を望み、何を受け入れたくないのかを、少しずつ確かめていくことはできます。

身体の緊張に気づき、休むことを選べるようになる。自分の怒りや悲しみを理解し、他者に伝えられるようになる。

相手の期待に従うことだけでなく、自分の意思によって行動する経験を重ねていく。

トラウマからの回復とは、身体が覚えてきた恐怖を理解しながら、現在の自分が安全に生きられる方法を増やしていくことです。

過去に受けた傷は、その人の人生へ大きな影響を残しているかもしれません。

それでも、その傷によって、これからの人生のすべてが決まるわけではありません。

かつては危険を避けることに使い続けてきた身体の力を、今度は自分の生活を守り、安心できる関係を築き、自分が望むことを選ぶために使っていく。

そのような経験を重ねるなかで、心と身体の関係は少しずつ変化していきます。

長いあいだ恐怖に支配されてきた身体が、現在の自分の生活を支えるものとして感じられるようになること。

そこに、ヴァン・デア・コーク博士が重視してきた、身体を含めたトラウマからの回復の意味があるのです。


参考文献

  1. van der Kolk, B. (2014). The Body Keeps the Score: Brain, Mind, and Body in the Healing of Trauma. Viking.
  2. van der Kolk, B. (2021). 6 ways to heal trauma without medication. Big Think, September 19, 2021.
  3. West, J., Liang, B., & Spinazzola, J. (2017). Trauma Sensitive Yoga as a Complementary Treatment for Posttraumatic Stress Disorder: A Qualitative Descriptive Analysis. International Journal of Stress Management, 24(2), 173–195.
  4. Butler, S.-J., & Ramsey-Wade, C. (2024). How do clients experience intensive EMDR for post-traumatic stress? An interpretative phenomenological analysis. European Journal of Trauma & Dissociation, 8(4), 100479.
  5. Lorentzen, K. E. A., et al. (2025). How adult patients with complex trauma experiences (CTE) experience yoga as treatment: A qualitative evidence synthesis. European Journal of Trauma & Dissociation, 9(2), 100529.
  6. National Institute for Health and Care Excellence(NICE). (2018). Post-traumatic stress disorder(NG116).
  7. U.S. Department of Veterans Affairs & Department of Defense. (2023). VA/DoD Clinical Practice Guideline for the Management of Posttraumatic Stress Disorder and Acute Stress Disorder.

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井上陽平(公認心理師・臨床心理学修士)。
トラウマ・解離・PTSD・愛着障害を専門とする心理カウンセラー。
児童養護施設、情緒障害児施設、精神科クリニックでの臨床経験を積み、
心身反応(フリーズ・過覚醒・離人感)への介入や、
複雑性トラウマ、対人関係、境界線の問題に重点的に取り組む。

研究テーマは「複雑性トラウマの身体反応」「解離と自己構造」「愛着スタイル」「虐待と対人関係のパターン」。現在は「こころのえ相談室」にてトラウマ専門のカウンセリングを提供。書籍の企画・執筆に関するご依頼も承っております。

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