ビオンが解き明かす異常な超自我:解離が生む「厳しすぎる内なる声」の正体

ビオンの超自我 精神分析理論

仕事を終えて帰宅し、ようやく休める時間になっても、頭の中では一日の失敗が繰り返されている。上司に指摘された言葉、相手の表情が曇った瞬間、会話の中でうまく返事ができなかったこと。すでに終わった出来事なのに、何度も思い出しては、自分を責め続けてしまうことがあります。

誰かに迷惑をかけたわけでもないのに、少し休もうとすると「怠けている」「もっと頑張らなければならない」という考えが浮かぶ。褒められても素直に喜べず、何かを成し遂げても、まだ足りないところを探してしまう。自分の希望を優先すると罪悪感が生じ、楽しんでいる最中でさえ、こんなことをしていてよいのだろうかと落ち着かなくなる場合もあります。

こうした厳しい自己批判を、精神分析では「超自我」という概念から理解することがあります。

超自我とは、フロイトが提唱した心の働きの一つで、良心や理想、禁止、自己評価などに関わるものです。社会の中で他者を尊重し、自分の行動を振り返るために重要な働きを持っています。

しかし、超自我が非常に苛烈になると、自分の行動を適切に振り返ることよりも、失敗や弱さを容赦なく責めることが中心になってしまいます。

少しの間違いも許されず、努力しても十分だと感じられない。誰かに助けを求めようとすると、甘えるなという声が内側から聞こえてくるように感じることもあります。

精神分析家ウィルフレッド・ビオン(Wilfred R. Bion)は、こうした心の破壊的な働きを理解するうえで重要な視点を示しました。

ビオンが1959年の論文「結びつきへの攻撃(Attacks on Linking)」で論じたのは、人が感情を理解し、他者とつながり、自分の経験について考えようとする働きそのものが、内側から攻撃されてしまう状態です。

そこでは、超自我が良心として働くより、自我を傷つけ、思考や感情を結びつける力を壊すように作用することがあります。

このような心の働きは、現代のトラウマ臨床で見られる、厳しい自己批判や羞恥、解離的な体験とも重ねて考えることができます。

ただし、ビオンの異常な超自我は、特定の診断名を示すものではありません。また、トラウマや解離が必ず異常な超自我を生み出すという意味でもありません。

ここでは、ビオンの精神分析理論を手がかりに、なぜ心の中に自分を責め続ける声が生まれるのか、その声がどのように身体や人間関係へ影響するのか、そして回復の中でどのように変化していくのかを考えていきます。

発達初期トラウマと「過敏な神経系」に宿る超自我

子どもの頃、親の機嫌が急に変わる家庭では、何をしていても安心できないことがあります。

さっきまでは普通に話していた親が、突然怒鳴り始める。食卓で少し失敗しただけで激しく責められ、何も言わずにいると、今度は黙っていることを叱られる。自分の気持ちを伝えても受け止めてもらえず、親が望む答えを探し続けることがあります。

そのような環境で育つと、子どもは相手の表情や声色、足音、物音などから、次に何が起きるのかを予測するようになる場合があります。

親が不機嫌になる前に気づけば、余計なことを言わずに済む。怒りが自分へ向かいそうなときには、先に謝ったり、相手の期待に合わせたりすることができます。

しかし、こうした生活が長く続くと、自分の気持ちよりも、相手を怒らせないことが優先されるようになります。

疲れていても休まず、嫌なことがあっても我慢する。何か問題が起きると、まず自分が悪かったのではないかと考える。自分を厳しく監視していれば、誰かから責められる前に失敗を防げるように感じられることもあります。

こうして、自分自身を監視し、批判する働きが強まっていく場合があります。

Melamedら(2024)は、134研究、25万人以上を対象としたメタ分析で、幼少期のトラウマや虐待経験が、子どもや青年の否定的な自己概念と関連することを報告しています。

これは幼少期の体験だけで、その後の人格が決まることを意味するものではありません。しかし、繰り返し否定されたり、辱められたりする経験が、自分自身への見方に影響する可能性を示しています。

精神分析的には、外側にいた厳しい養育者の態度が、心の中へ取り込まれていく過程として理解することができます。

かつては親が自分を責めていたのに、大人になってからは、親がいなくても自分で自分を責めるようになる。

例えば、仕事で小さな失敗をしたとき、上司からは簡単な注意を受けただけなのに、心の中では「何をやっても駄目だ」「こんなこともできない自分には価値がない」という批判が止まらなくなることがあります。

他者から攻撃されることを避けるために身につけた自己監視が、やがて自分自身を傷つける働きになってしまう。

このような状態を、ビオンの描いた苛烈な超自我と重ねて理解することができます。

解離がつくる「内部の加害者」としての超自我

逃げ場のない環境で強い恐怖や屈辱を経験したとき、子どもは自分の感情を十分に理解したり、言葉にしたりすることが難しくなる場合があります。

親から激しく叱責されても、怒りを表現することが許されない。泣けばさらに責められるため、涙をこらえ、何も感じていないように振る舞う。自分の気持ちを考えることより、その場を無事にやり過ごすことが優先されます。

こうした経験が続くと、自分の感情や身体の感覚が分かりにくくなることがあります。

本当は怖かったのに、怖かったという実感が残らない。傷ついた出来事を話していても、どこか他人のことのように感じられる。強いストレスを受けると頭の中が真っ白になり、後から何を感じていたのか思い出せなくなる場合もあります。

このような反応には、解離が関わっている可能性があります。

解離とは、通常はつながって働いている意識、記憶、感情、身体感覚などのまとまりが、部分的に失われたり、切り離されたように経験されたりする状態です。

解離とは何か?原因・症状・治し方を専門家がわかりやすく解説でも、その仕組みについて詳しく扱っています。

解離的な体験がある人の中には、自分を厳しく批判する考えが、まるで別の存在から責められているように感じられる場合があります。

例えば、誰かに助けを求めたいと思った瞬間、「甘えるな」「そんなことを言えば嫌われる」という言葉が浮かぶ。疲れて休もうとすると、「まだ頑張れるはずだ」「弱い自分が悪い」という批判が始まることがあります。

この批判の背後には、かつての環境で学んだ厳しい規則が関係している場合があります。

  • 弱さを見せると攻撃される。
  • 泣いたり怒ったりすると、さらに責められる。
  • 間違いをしたら、愛情や居場所を失う。
  • 自分の希望を優先すると、誰かを怒らせる。
  • 安心したり楽しんだりすると、後から罰を受ける。

こうした規則が強く身についていると、現在は危険な状況でなくても、自分の欲求や感情を抑え込もうとすることがあります。

現代の研究でも、幼少期のトラウマ、解離、羞恥が互いに関連することが報告されています。

2025年に発表された、成人763人を対象とする研究では、幼少期のトラウマ体験と羞恥の関連を、解離が部分的に媒介するという結果が示されました。ただし、この研究は質問紙を用いた横断的な調査であり、解離が自己批判を直接生み出す因果関係を証明したものではありません。

臨床的には、かつて自分を守るために必要だった規則が、大人になってからも強く働き続け、自分の感情や欲求を許せなくなっている状態として理解できる場合があります。

心の中に取り込まれた厳しい規則が、外側にいた加害的な人物の役割を引き継ぐように、自分自身を責め続けるのです。

ただし、「内なる声」という表現は、ここでは主に自己批判的な思考や内的な感覚を指しています。実際に外から声が聞こえるような体験とは区別して考える必要があります。

また、すべての厳しい自己批判が解離によって生じるわけではありません。抑圧と解離の違いについては、防衛機制としての抑圧と解離も参考になります。

フロイトの超自我から、ビオンの「原始的超自我」へ

フロイトは、超自我を、親の禁止や社会的な規範、理想などが内面化されることで形成される心の働きとして考えました。

超自我には、自分の行動を振り返り、他者との関係を調整する役割があります。

例えば、誰かを傷つける言葉を使ってしまったとき、自分の行動を反省し、次はどう伝えればよいのかを考える。目標に向かって努力するときには、自分が大切にしたい価値観を確かめることもできます。

しかし、超自我が苛烈になると、反省することと、自分の存在を否定することが混ざり合ってしまいます。

仕事で失敗したときに、何を改善すればよいのかを考える代わりに、「自分は無能だ」「生きている価値がない」という結論へ向かってしまう場合があります。

ビオンが1959年の「結びつきへの攻撃」で論じたのは、さらに破壊的な心の働きです。

ビオンは、感情を理解しようとすることや、他者との関係を結びつけること自体が攻撃される状態を検討し、その中で、自我を破壊するほど厳しい超自我について述べています。

例えば、自分が何に傷ついたのかを考えようとすると、そんなことを考える自分が悪いという批判が始まる。誰かに相談しようとすると、弱さを見せる自分を軽蔑する気持ちが強まる。

こうした状態では、問題について考えようとする働きそのものが、内側の批判によって妨げられてしまいます。

さらに、ビオンは1962年の著書『経験から学ぶこと(Learning from Experience)』で、感情や感覚的な経験が、考えたり夢に見たりできる心的な内容へ変化する過程を論じました。

ここで重要になるのが、β要素とα機能という概念です。

β要素とは、まだ心の中で十分に処理されず、経験として意味づけることが難しい感覚や情動を指す概念です。

α機能とは、そのような生の感覚や情動を、夢や記憶、思考の中で扱える形へ変えていく働きを表しています。

例えば、誰かから厳しく叱責されたとき、胸が苦しくなり、身体が固まり、何が起きたのか分からなくなることがあります。

その経験を少しずつ言葉にできるようになると、「怖かった」「理不尽だと感じた」「誰にも助けてもらえず、つらかった」という形で、自分の感情を理解できる場合があります。

こうした変化を、ビオンのα機能や象徴化の視点から考えることができます。

ただし、β要素そのものが「お前は駄目だ」という言葉へ直接変化する、とビオンが述べたわけではありません。

臨床的に重要なのは、感情を理解しようとする働きが、強い自己批判によって妨げられると、苦しさを言葉にして整理することが難しくなるという点です。

超自我の攻撃がもたらす自己分裂と孤立

自分を責める働きが非常に強いと、心の中では、相反する気持ちを同時に抱えることが難しくなる場合があります。

誰かに助けてほしいと思っても、「人に頼るのは弱い証拠だ」という考えが浮かぶ。疲れたから休みたいと思っても、「もっと頑張れるはずだ」という批判が始まる。恋人に甘えたい気持ちがあっても、そんな自分は重荷になると感じて、何も言えなくなることがあります。

そのようなとき、本人は単に自分に厳しいだけではなく、自分の中にある自然な感情や欲求を受け入れにくくなっています。

例えば、仕事で傷ついたとき、本来なら「嫌な言い方をされた」「少し休みたい」と感じることができます。

しかし、内側の批判が強い人は、傷ついた自分をさらに責めてしまうことがあります。

「その程度で傷つく自分が悪い」「もっと強くならなければならない」と考え、本来感じていた悲しさや怒りを認められなくなるのです。

こうした状態では、感情と感情を理解する働きとの間に距離が生じます。

ビオンが論じた「結びつきへの攻撃」は、このような内的な断絶を理解するための重要な視点になります。

人は、つらい経験をしたとき、その出来事と感情を結びつけ、誰かに伝えたり、自分なりに意味づけたりすることで、少しずつ経験を整理していきます。

しかし、自分の感情を認めるたびに内側から批判が始まると、考えることや感じること自体が苦しくなってしまいます。

対人関係でも、同じようなことが起こる場合があります。

誰かが親切にしてくれても、甘えれば嫌われると感じる。悩みを相談しようとしても、迷惑をかける自分が許せず、結局一人で抱え込む。

助けを求めたい気持ちと、助けを求める自分を責める気持ちが同時に存在するため、人との関係に安心を感じにくくなるのです。

このような状態が長く続くと、孤立や自己嫌悪が深まり、うつ症状や強い絶望感につながる場合もあります。

特に、自分には価値がないという考えが繰り返し浮かぶときには、その考えを一人で抱え込まず、専門家と一緒に整理することが大切です。

全部自分が悪いと思う心理と病気でも、強い自己否定や罪悪感が生じる背景について詳しく扱っています。

生存脳・交感神経と「身体に宿る超自我」

厳しい自己批判が続いているとき、身体にもさまざまな変化が現れることがあります。

仕事で失敗したことを思い出すと胸が苦しくなる。誰かから注意されると、首や肩へ強く力が入る。休もうとすると落ち着かなくなり、胃のあたりが重くなることもあります。

例えば、上司から注意された瞬間、頭の中に「また失敗した」「自分は駄目だ」という言葉が浮かび、同時に呼吸が浅くなることがあります。

その後も仕事を続けながら、自分の言動を何度も振り返り、次に失敗しないようにと緊張を強めてしまう場合があります。

こうした身体の反応には、自律神経やストレス反応が関係している可能性があります。

脅威を感じたときには、心拍や呼吸、筋肉の緊張などが変化し、身体が危険へ対応しようとします。

過去に繰り返し強く叱責された経験がある人は、現在の注意や批判に対しても、当時の恐怖と似た身体反応を示す場合があります。

例えば、親の怒りを避けるために、子どもの頃から失敗しないように気を張ってきた人は、大人になってからも、仕事で少し間違えただけで強い緊張を感じることがあります。

そのとき、内側の批判と身体の警戒が互いを強めてしまう場合があります。

「失敗してはいけない」と考えるほど身体が緊張し、その緊張を感じることで、さらに何か悪いことが起きるのではないかと不安になるのです。

ビオン自身が、異常な超自我を交感神経や迷走神経の働きとして説明したわけではありません。

しかし、現代のトラウマ臨床の視点から考えると、強い自己批判と身体の警戒が重なって現れることには、重要な意味があります。

厳しい内なる声が生じる場面では、本人が何を恐れているのかを理解することに加えて、身体がどのように反応しているのかを確かめることも役立ちます。

胸が締めつけられるのか。喉が詰まるのか。肩や背中へ力が入るのか。それとも頭が真っ白になり、何も感じられなくなるのか。

こうした身体の反応を、自己批判の強まりとともに理解していくことで、これまで無意識に繰り返してきた緊張のパターンが見えてくる場合があります。

超自我は、どのように役割を終えていくのか

自分を厳しく責める声が強い人は、その声がなくなったら、自分は何もできなくなるのではないかと感じることがあります。

「もっと頑張れ」と言われなければ仕事をしなくなる。「失敗するな」と自分を追い込まなければ、周囲に迷惑をかけてしまう。自分に厳しくすることが、生活を保つために必要だと感じている場合もあります。

そのため、自己批判を和らげようとすると、かえって不安になることがあります。

例えば、仕事を早めに終えて休もうとしたとき、「まだやるべきことがある」「ここで休んだら怠け者になる」という考えが浮かぶかもしれません。

その声に従って再び仕事を始めれば、一時的に罪悪感が和らぐことがあります。しかし、十分に休めない状態が続くと、身体も心も疲れていきます。

このようなとき、回復のためには、自分を責める声がどのような場面で強まり、何を防ごうとしているのかを理解することが重要になります。

例えば、仕事の失敗を強く恐れているなら、その背景に、失敗したときに人から責められた経験があるかもしれません。

人に助けを求めることを恐れているなら、子どもの頃に弱さを見せたとき、拒絶されたり、嘲笑されたりした経験が関わっている場合もあります。

そのような経験がある人にとって、厳しい自己批判は、過去の危険を繰り返さないための方法になっていたのかもしれません。

しかし、現在の生活では、同じように自分を追い込む必要があるとは限りません。

仕事で間違えても、必要な修正をすればよい。疲れているときには休み、困ったときには人へ相談する。そうした経験を重ねながら、自己批判以外の方法でも、自分の生活を保てることを確かめていきます。

また、安心して話せる相手との関係も大切です。

自分が失敗したことや傷ついたことを話しても、すぐに否定されたり、責められたりしない。気持ちを理解しようとしてもらい、一緒に何が起きたのかを考えることができる。

こうした経験は、自分を責める以外の方法で、感情や問題を扱うための手がかりになります。

内なる裁判官が必要以上に厳しく働いているなら、その声を抑え込むことよりも、別の方法で自分を守り、問題へ対処できるようになることが、回復の重要な部分になります。

異常な超自我を和らげる:象徴化と「別の声」を育てる

ビオンの理論では、心が耐えがたい感情を経験したとき、それをどのように受け止め、考えることのできる経験へ変えていくのかが重要になります。

その過程を理解するための概念が、コンテインメント(containment)です。

コンテインメントとは、強すぎて自分では扱いにくい感情を、他者との関係の中で受け止め、少しずつ理解できる形へ変えていく働きとして考えることができます。

例えば、子どもが強い恐怖を感じて泣いているとき、養育者がその気持ちを受け止め、「怖かったんだね」と理解しようとする。そうした経験を通して、子どもは自分の中に生じた感情を、少しずつ分かるようになることがあります。

反対に、恐怖を表現するたびに叱責されたり、泣くことを禁止されたりすると、自分の感情を理解することが難しくなる場合があります。

大人になってからのカウンセリングでも、これまで言葉にできなかった感情を、安心できる関係の中で少しずつ整理していくことがあります。

例えば、仕事で注意された後に、自分を激しく責め続けている人がいたとします。

本人は最初、「自分が駄目だから苦しい」と考えているかもしれません。

しかし、何が起きたのかを丁寧に振り返ると、実際には上司の強い口調に怖さを感じ、その後に自分を責める気持ちが大きくなっていたことに気づく場合があります。

さらに、そのような反応が、子どもの頃に親から強く叱責された経験と似ていることが分かってくるかもしれません。

このように、混乱していた感情へ言葉や意味が与えられることで、自分の反応を少しずつ理解できるようになる場合があります。

① 自分を責める声の特徴を確かめる

まず、どのような場面で自己批判が強まるのかを振り返ってみます。

仕事で間違えたときなのか、誰かに断られたときなのか、それとも休もうとしたときなのか。特定の状況で、どのような言葉が浮かぶのかを確かめます。

  • 「失敗するな」「もっと頑張れ」という命令が浮かぶ。
  • 「どうせ自分は駄目だ」という否定が繰り返される。
  • 「人に頼るな」「弱さを見せるな」という警告が強まる。
  • 何もしていないときにも、怠けているという罪悪感が生じる。

こうした言葉の特徴を把握すると、どのような規則が自分の中で働いているのかを理解しやすくなります。

② 声が強まるときの感情や身体反応を確かめる

自己批判が始まったときには、その言葉の内容だけでなく、どのような感情が生じているのかを確かめます。

怖さなのか、恥ずかしさなのか、悲しさなのか。それとも、相手に見捨てられることへの不安なのか。

同時に、胸や喉、胃、肩などの身体感覚が変化している場合もあります。

自分を責める言葉が浮かんだとき、どこに力が入るのかを知ることは、これまで気づかなかった緊張を理解する手がかりになります。

ただし、強い解離やパニックが起きている場合には、無理に身体感覚や過去の記憶を掘り下げず、現在の安全を確かめることが優先されます。

③ 過去の経験との関係を整理する

自己批判の中には、かつて親や教師などから繰り返し言われていた言葉と似ているものがあるかもしれません。

「もっとしっかりしなさい」「その程度で弱音を吐くな」「失敗するのは努力が足りないからだ」

そうした言葉を何度も聞いてきた人は、大人になってからも、同じような規則で自分を評価している場合があります。

ただし、自己批判のすべてが特定の人物や出来事に由来しているわけではありません。過去を無理に思い出そうとするより、現在の生活で何が負担になっているのかを整理することから始めてもよいでしょう。

④ 自分を理解する「別の声」を育てる

自分を責める考えが強いときには、それ以外の見方を持つことが難しくなる場合があります。

例えば、仕事で失敗したとき、「自分は何をやっても駄目だ」という考えしか浮かばなかったとしても、実際には修正できる部分や、これまでできていたこともあるはずです。

そのようなときには、次のような言葉を考えてみます。

  • 「確かに間違えた部分はある。まず、何を修正すればよいのかを考えよう」
  • 「注意されたことはつらかった。その気持ちも含めて整理してよい」
  • 「疲れているなら、休息を取ることも必要だ」
  • 「助けを求めることは、問題へ対処する方法の一つだ」

最初は、こうした言葉に違和感を覚えるかもしれません。

自分を厳しく責めることに慣れていると、穏やかな言葉を自分へ向けることが、甘えや怠慢のように感じられる場合もあります。

そのときには、無理に前向きな言葉を信じようとする必要はありません。

カウンセラーとの対話の中で、自分の感情を理解する言葉を見つけていくこともできます。

ビオンのコンテインメントという視点から考えるなら、一人では扱えなかった感情が、他者との関係の中で少しずつ言葉になり、自分自身でも考えられるようになっていくことが重要になります。

その経験が重なることで、厳しい自己批判だけに頼らず、自分の感情や問題へ向き合えるようになる場合があります。

結び:超自我との「和解」は、自己否定の放棄ではない

厳しすぎる内なる声は、日常生活のさまざまな場面で現れます。

仕事で少し失敗したとき、休もうとしたとき、誰かに助けを求めたいと思ったとき、あるいは楽しんでいる最中にさえ、自分を責める考えが浮かぶことがあります。

そのような状態では、何をしていても十分だと感じられず、安心して過ごすことが難しくなります。

ビオンの理論は、こうした苦しさを、単に自分への評価が厳しいという問題よりも、感情を理解したり、他者とつながったりする心の働きが妨げられている状態として考える手がかりを与えてくれます。

また、トラウマや解離の視点から見ると、幼少期に経験した厳しい批判や拒絶が、その後の自己評価や感情の扱い方に影響している場合があります。

かつての環境では、自分を厳しく監視することが、誰かから責められる前に行動を調整するための方法になっていたのかもしれません。

しかし、大人になった現在も、同じように自分を責め続ける必要があるとは限りません。

失敗したときには、何が起きたのかを振り返り、必要な修正をする。疲れているときには休息を取り、つらいことがあれば誰かに相談する。自分の感情を理解しながら、問題へ対処する方法を選べるようになることが大切です。

そのためには、これまで言葉にできなかった怖さや羞恥、怒り、悲しさを、少しずつ理解していく必要がある場合もあります。

自分を責める声が強まったとき、それをすぐに打ち消そうとするよりも、何が怖かったのか、何を失うことを恐れていたのかを考える。

また、自分の感情を安心して話せる関係の中で、これまでの経験を整理していくこともできます。

そうした過程を通して、かつては自分を傷つける形でしか働かなかった自己評価が、少しずつ現実的な判断や自分への理解を含むものへ変わっていく場合があります。

厳しい内なる声との和解とは、その声が自分を苦しめてきた事実を否定することでも、すべての自己批判に従うことでもありません。

その声がどのような歴史の中で強まり、現在の生活で何を妨げているのかを理解しながら、自分自身との関わり方を変えていくことです。

自分を責めなくても、失敗から学ぶことはできます。誰かに助けを求めながら、自分の責任を果たすこともできます。

これまで、批判することによってしか自分を動かせなかった人が、少しずつ自分の気持ちを理解し、必要なときには休み、誰かと相談しながら生活できるようになる。

ビオンの理論が示す、感情と思考、自己と他者との結びつきを取り戻す過程は、そのような変化を理解するための大切な視点になります。

参考文献

  1. Bion, W. R.(1959). Attacks on Linking. International Journal of Psycho-Analysis, 40, 308–315.
    ビオンによる「結びつきへの攻撃」の原著。自我を破壊するほど厳しい超自我と、感情や思考のつながりを妨げる心的な働きについて論じています。
  2. Bion, W. R.(1962). Learning from Experience. Tavistock Publications.
    β要素、α機能、コンテインメントなど、感情的な経験が思考可能な内容へ変わっていく過程を理解するための基本文献。リンク先は再刊版です。
  3. Melamed, D. M., et al.(2024). The Relationship Between Negative Self-Concept, Trauma, and Maltreatment in Children and Adolescents: A Meta-Analysis. Clinical Child and Family Psychology Review, 27, 220–234.
    幼少期のトラウマや虐待経験と否定的な自己概念の関連を検討したメタ分析。
  4. The Relationship Between Childhood Trauma and Shame: The Mediating Role of Dissociation(2025). 原著論文.
    幼少期のトラウマ、解離、羞恥の関連を調べた研究。自己否定や恥の感覚を現代のトラウマ研究から理解するための補足文献。

Counseling & Share

ご相談をご希望の方へ

カウンセリングの空き状況をご確認いただけます。 このページを必要な方へ共有することもできます。

予約ページを見る
NEW BOOK
『やわやわな心にはゼラチンを入れて、冷蔵庫で休ませましょう』
著者:井上陽平 / 2026年11月12日発売

人との距離、自分の気持ち、断ること、頼ること。 「心の境界線」という視点から、生きづらさをほどきながら、 自分の感覚や距離感を取り戻すための考え方とワークをまとめた一冊です。

BOOK
『かくれトラウマ』
生きづらさはどこで生まれたのか / 著者:井上陽平

人に合わせすぎる。緊張が抜けない。安心したいのに落ち着けない。 そうした日常の反応の奥にある見えにくい傷と、 身体が身につけてきた守り方を、 トラウマ・身体・神経系・愛着の視点から読み解いた一冊です。

テーマ別の新着記事

見たいテーマを開くと、そのカテゴリの記事を新しい順で読めます。

HSP・神経系の過敏性 (18)
セルフチェック (5)
トラウマ・CPTSD・解離 (86)
心の病・精神疾患 (44)
心理学(理論)・精神分析 (23)
心理技法・治療法 (22)
愛着・対人関係・人格の問題 (72)
井上 陽平

井上陽平(公認心理師・臨床心理学修士)。
トラウマ・解離・PTSD・愛着障害を専門とする心理カウンセラー。
児童養護施設、情緒障害児施設、精神科クリニックでの臨床経験を積み、
心身反応(フリーズ・過覚醒・離人感)への介入や、
複雑性トラウマ、対人関係、境界線の問題に重点的に取り組む。

研究テーマは「複雑性トラウマの身体反応」「解離と自己構造」「愛着スタイル」「虐待と対人関係のパターン」。現在は「こころのえ相談室」にてトラウマ専門のカウンセリングを提供。書籍の企画・執筆に関するご依頼も承っております。

井上 陽平をフォローする
精神分析理論
シェアする

コメント

タイトルとURLをコピーしました