投影性同一視とは?投影との違いと相手を巻き込む心理|境界性・分裂・トラウマ

原始的防衛機制 精神分析理論

誰かと話しているうちに、いつの間にか自分が悪者になっている。相手の不安を落ち着かせようと説明していたはずなのに、話せば話すほど疑われ、最後には自分まで怒りや無力感に支配されてしまう。関係が終わったあとも、なぜあれほど感情的になったのか、自分でも理解できないことがあります。

恋人から突然「どうせ私を捨てるんでしょう」と責められ、何度否定しても納得してもらえない。相手の不安を受け止めようと努力しているうちに、こちらも疲れ果て、ついには「もうこれ以上は付き合えない」と言ってしまう。すると相手は、「やっぱりあなたは私を見捨てる人だった」と確信を深めていきます。

最初は相手の中にあった見捨てられる恐怖が、二人のやり取りを通して現実の関係に影響し、結果として相手が恐れていた状況に近づいていく。

精神分析では、このような関係の力動を理解する概念の一つとして、投影性同一視(projective identification/プロジェクティブ・アイデンティフィケーション)が用いられます。

投影性同一視とは、自分の内側に抱えることが難しい感情や衝動、恐怖、攻撃性などを、無意識の幻想の中で他者の中へ置き、その相手との関係を通じて、投影された感情を外側で体験しようとする心の働きです。

特徴的なのは、自分の感情を相手のものとして認識するだけでなく、相手とのやり取りそのものが影響を受けることです。受け手もまた、普段とは異なる怒りや不安、罪悪感、無力感を抱き、相手から期待された役割を演じるような状態になることがあります。

ただし、こうした関係のすべてが投影性同一視によって生じるわけではありません。現実に不当な扱いや暴力が存在する場合もあり、相手の不安や怒りを精神分析の概念だけで説明することは慎重であるべきです。

投影性同一視は、相手を悪者として診断するための言葉ではなく、一人の心の中で処理できなくなった感情が、二人の関係の中でどのように扱われるのかを理解するための理論なのです。

投影性同一視とは何か|クラインの対象関係論から生まれた防衛機制

投影性同一視は、精神分析家メラニー・クライン(Melanie Klein)が1946年に発表した「分裂的機制についての覚書」に由来する概念です。

クラインは、人間の心が不安や攻撃性に圧倒されたとき、自分自身や他者を一つのまとまった存在として捉えることが難しくなり、良い部分と悪い部分を切り離して扱うことがあると考えました。

幼い子どもにとって、愛情を与えてくれる母親と、欲求を満たしてくれない母親が、同じ一人の存在であると理解することは、発達の中で少しずつ可能になっていくことです。

空腹のときに世話をしてくれる母親は安心をもたらす一方、欲しいときにすぐ来てくれない母親は、耐えがたい欲求不満を引き起こすことがあります。

クラインは、このような早期の心の状態を説明するために、妄想分裂ポジションという概念を用いました。

そこでは、愛情や安心をもたらす良い対象と、恐怖や欲求不満を引き起こす悪い対象が、十分に統合されずに体験されると考えられています。

自分自身の中にある攻撃性や恐怖を抱えきれなくなると、その一部を切り離し、外側の対象へ投げ入れるという無意識的な幻想が生じる。クラインは、こうした分裂と投影、対象との同一化が結びついた働きに注目しました。

ここでいう「投げ入れる」とは、感情が実際に他者の心へ物理的に移動するという意味ではありません。自分の一部が相手の中に入り込み、その相手を内側から支配したり、相手の中に置かれた自分の一部を管理したりするという、無意識的な幻想を表現しています。

投影性同一視を理解するためには、この心の内部で起きる幻想と、現実の人間関係で起きる相互作用を区別しながら考えることが重要になります。

分裂や対象の統合については、妄想分裂ポジションと抑うつポジションとは|クラインの対象関係論で読む分裂・統合・トラウマでも詳しく解説しています。

投影と投影性同一視の違い|なぜ相手まで巻き込まれるのか

精神分析における投影とは、自分の中にある感情や欲望、衝動などを、他者のものとして認識する防衛機制です。

たとえば、自分が相手に怒りを抱いているにもかかわらず、その怒りを認めることが難しいために、「あの人は私を嫌っている」「相手の方が怒っている」と感じることがあります。

また、自分の中に強い劣等感があるとき、相手が自分を見下しているように感じられることもあります。

投影では、自分の内側にあるものが、相手の側にあるように経験されます。しかし、その認識が必ずしも相手の行動を変化させるとは限りません。

一方、投影性同一視では、相手との関係そのものが重要になります。

精神分析家トーマス・オグデン(Thomas H. Ogden)は、1979年の論文「On Projective Identification」で、投影性同一視を心の内部の幻想と現実の対象関係を結びつける過程として整理しました。

オグデンの説明では、自分の中に抱えきれない部分を他者へ投影する幻想があり、さらに相手との関係の中で、その相手が投影されたものを体験するような対人的圧力が生じる。そして、相手によって何らかの形で扱われた感情が、再び本人へ戻ってくる可能性があると考えられています。

この理論を日常の関係に置き換えると、次のような場面が考えられます。

見捨てられることへの不安が強い人が、恋人の何気ない沈黙を拒絶として受け取る。恋人が疲れていて返事をしなかっただけでも、「あなたは私を嫌っている」「もう別れたいんでしょう」と繰り返し問い詰めるようになります。

恋人は最初、相手を安心させようと説明します。しかし、説明を重ねても疑いが収まらず、次第に自分が不当に責められているように感じ、怒りや苛立ちを抱くようになる。

やがて恋人が会話を打ち切り、距離を取ろうとすると、不安を抱いていた側は、その行動を見捨てられる証拠として受け取ります。

この関係では、当初の不安が二人の相互作用に影響し、相手の反応を変え、その反応がさらに不安を強めるという循環が生じています。

投影性同一視の「巻き込み」とは、このように一方の内的世界が、他方の感情や行動に影響し、二人の関係の中で繰り返されていく過程として理解できます。

ただし、相手が実際に怒ったからといって、そこに投影性同一視が存在したと断定できるわけではありません。相手にも固有の感情や事情があり、反応はさまざまな要因によって生じます。

投影性同一視は、目に見える単一の行動ではなく、関係の中で働く無意識の力動を理解するための精神分析的な仮説なのです。

分裂と投影性同一視|「良い相手」が突然「悪い相手」に変わる理由

投影性同一視は、分裂(splitting)という防衛機制と深く関係しています。

人間関係では、誰かを好きだと感じながら、その相手に不満を抱くことがあります。親しい人を信頼していても、意見が違うことはあるでしょう。恋人に愛情を感じていても、相手の行動によって傷つくことがあります。

心が比較的安定しているときには、こうした相反する感情を、同じ相手に対するものとして抱えることができます。

しかし、強い不安や恥、怒りが生じているときには、相手の良い部分と悪い部分を同時に考えることが難しくなる場合があります。

昨日まで自分を理解してくれる理想的な相手だった人が、今日の些細な出来事によって、突然、自分を傷つける危険な存在に変わってしまう。

以前に受けた優しさや配慮が思い出せなくなり、今感じている怒りや恐怖だけが、その相手のすべてを説明するようになります。

クラインの対象関係論では、このような心の働きを、良い対象と悪い対象の分裂という観点から理解します。

さらに、自分の中に生じた激しい攻撃性や拒絶感を抱えきれないとき、それを相手の側に置くような投影が起こると考えられています。

「私はこの人を憎んでいる」という感情が、自分の内側では耐えがたいものになると、「この人が私を憎んでいる」という形で経験される場合があります。

そして、相手が自分を攻撃する存在であると確信するほど、先に相手を責めたり、拒絶したりする行動が生じやすくなります。

このとき本人は、自分を守るために反応していると感じています。しかし、その防衛によって相手との関係が実際に悪化すると、最初の恐怖がさらに強まることになります。

分裂と投影性同一視が結びつくと、内側で生じた不安が、現実の対人関係を通して繰り返し確かめられるような循環が生まれるのです。

境界性パーソナリティ障害と投影性同一視の関係

投影性同一視は、境界性パーソナリティ障害(BPD)の精神分析的な理解において、重要な概念の一つとして扱われてきました。

境界性パーソナリティ障害では、感情や自己像、人間関係の不安定さ、見捨てられることへの強い恐怖、衝動的な行動などが問題になることがあります。

特に、親密な相手への強い依存と突然の拒絶、理想化と脱価値化の間を行き来する関係は、対象関係論の立場から分析されてきました。

ただし、境界性パーソナリティ障害の人がすべて投影性同一視を行うわけではなく、この防衛が境界性パーソナリティ障害だけに特有のものでもありません。

また、他者を責めたり、関係を不安定にしたりする行動があったとしても、それだけで境界性パーソナリティ障害と判断できるわけではありません。

精神分析で問題になるのは、その人が自分の中で何を体験しているのか、そしてその感情を他者との関係でどのように扱っているのかという点です。

たとえば、恋人との関係で見捨てられる恐怖が高まったとき、自分の中にある孤独や無力感を十分に認識できず、相手が自分を拒絶しているという確信が強くなる場合があります。

その確信に基づいて相手を問い詰めたり、試すような言動を繰り返したりすると、相手も疲弊し、関係から距離を取りたくなることがあります。

ここでは、本人が最も恐れていた見捨てられる状況へ、関係そのものが近づいていきます。

しかし、その背景にある恐怖を理解することと、相手を責め続けたり、支配したりする行動を正当化することは異なります。

本人の苦痛を理解しながら、現実の相手にも感情や意思があり、その人の安全や尊厳が守られる必要があることを、同時に考えていかなければなりません。

境界性パーソナリティ障害を抱える本人と、家族や恋人がどのように関わっていくかについては、境界性パーソナリティ障害の人との接し方|家族・恋人・友人が知っておきたいことでも詳しく取り上げています。

発達早期のトラウマと原始的防衛|言葉にならない苦痛が関係の中に現れる

幼い頃に虐待や支配、情緒的な無視などを繰り返し経験すると、自分の感情を安全に表現し、他者に受け止めてもらう機会が乏しくなる場合があります。

怖いと感じても助けてもらえず、怒りを表現すればさらに傷つけられる。悲しみを伝えても理解されず、むしろ親の機嫌を悪くしてしまう。

そのような環境では、子どもは自分の感情を言葉にして整理することよりも、危険を避けることに注意を向けるようになります。

本当は怒っているのに、その感情を自分のものとして認められない。強い恐怖を感じているのに、なぜ怖いのか説明できない。相手を必要としている気持ちと、近づくことへの恐怖が同時に存在し、自分でも理解できなくなる場合があります。

精神分析では、こうした抱えきれない感情が分裂や投影などの防衛によって扱われ、後の人間関係で繰り返される可能性が考えられてきました。

ただし、投影性同一視を経験する人のすべてに、発達早期のトラウマがあるわけではありません。また、トラウマを経験した人が必ず原始的防衛を強く用いるというものでもありません。

幼少期の経験、気質、現在のストレス、対人関係、精神的な状態などが重なり、どのような防衛が働きやすくなるかには個人差があります。

それでも、トラウマと投影性同一視の関係を考えるうえで重要なのは、過去の経験が、現在の人間関係にどのような意味を与えているかという点です。

かつて親から強く支配されていた人が、恋人の何気ない提案を、自分を支配しようとする行為として受け取る。幼い頃に繰り返し見捨てられる不安を経験した人が、相手の沈黙を拒絶として感じる。

そのとき、目の前にいる相手は現実の一人の人間であると同時に、過去に経験した恐ろしい対象のイメージと重なっている可能性があります。

そして、その内的なイメージに向かって反応することで、現在の関係が実際に傷ついてしまう場合があるのです。

過去の対人関係が現在に繰り返される仕組みについては、PTSDと外傷の再演|過去のトラウマ記憶が現在によみがえる理由でも解説しています。

ビオンの理論|投影性同一視は感情を伝える手段にもなる

投影性同一視を、単なる攻撃や破壊的な防衛として理解するだけでは、その重要な側面を見落とすことになります。

精神分析家ウィルフレッド・ビオン(Wilfred R. Bion)は、投影性同一視を、言葉にならない感情を他者へ伝え、その感情を受け止めてもらうための働きとしても考えました。

幼い子どもは、自分の内側で起きている強い不安や苦痛を、十分に言葉で説明することができません。

そのため、泣いたり、身体を緊張させたり、周囲の大人に何かを求めたりすることによって、自分の状態を伝えようとします。

大人がその苦痛を受け止め、落ち着いて対応し、何が起きているのかを理解しようとすることで、子どもは自分の感情を少しずつ扱えるようになっていきます。

ビオンは、このような働きを説明するために、**コンテイナー/コンテインド(容器と内容物)**という概念を用いました。

コンテイナーは、相手の感情をただ引き受けるという意味ではありません。相手がまだ十分に理解できない苦痛を受け止め、考えられるものへと変えていく働きを表しています。

たとえば、強い不安に襲われている人が、言葉にならない苦しさを抱えているとします。

その人は、自分が何を恐れているのか説明できず、相手の反応に敏感になったり、激しく怒ったりするかもしれません。

そのとき、相手が不安や怒りに巻き込まれて同じように反応すると、二人の間で苦痛が増幅してしまうことがあります。

一方、相手が自分自身の感情を見失わず、「今、相手は何を恐れているのだろう」と考える余裕を保てた場合には、言葉にならなかった感情が少しずつ理解できるものになることがあります。

ここには、投影性同一視が人間関係を破壊する方向だけでなく、感情を伝え、理解される方向へ働く可能性があります。

ただし、相手を「信頼できる人」と感じることや、好意を投影することのすべてが、投影性同一視を意味するわけではありません。

ビオンが重視したのは、自分の中で処理できない感情が関係の中へ持ち込まれ、それを受け取った側の心の働きを通して、考えられる経験へ変化していくという過程なのです。

投影性同一視に巻き込まれる側で起こること|怒り・罪悪感・自己喪失

投影性同一視を理解するときには、感情を投影する側だけでなく、受け取る側にどのような経験が生じているのかを考える必要があります。

強い不安を抱えた相手から繰り返し疑われ、責められ、説明を求められる。そのたびに自分の言動を振り返り、何が問題だったのかを考え続ける。

最初は相手を安心させようとしていたのに、次第に自分も強い不安や苛立ちを感じるようになることがあります。

「なぜここまで説明しなければならないのだろう」「何を言っても悪く受け取られてしまう」「自分が何か悪いことをしたのかもしれない」。

そのように考え続けているうちに、自分自身の感覚や判断に自信が持てなくなる場合があります。

特に、相手から何度も責任を問われる関係では、実際に何が起きたのかという事実よりも、相手が納得するかどうかが優先されることがあります。

相手が怒らなくなるまで謝り続け、相手の不安が収まるまで説明し続ける。自分の限界を伝えると、さらに責められるのではないかと考え、必要な距離を取ることさえ難しくなるのです。

こうした状態では、受け手が本来持っていた自分の意思や感情が、相手の反応を中心に動くようになることがあります。

ただし、関係の中で罪悪感や疲労が生じているからといって、必ず投影性同一視が働いているとは限りません。現実の支配や心理的虐待、相互のコミュニケーションの問題など、別の説明も考える必要があります。

投影性同一視の理解で重要なのは、相手から押しつけられたように感じる感情と、自分自身の反応を区別しながら、二人の関係で何が繰り返されているのかを確かめていくことです。

臨床の中で起きる投影性同一視|治療者も関係の一部になる

投影性同一視は、心理療法の中でも重要な概念として用いられています。

治療者は、クライアントの話を聞きながら、自分自身の中に生じる感情や身体の変化にも注意を向けています。

あるクライアントと面接していると、理由のはっきりしない焦りや無力感を抱く。いつもより強く助けたいと思ったり、反対に距離を取りたくなったりする。

クライアントの話している内容と、治療者がその場で経験している感情が、必ずしも一致していないこともあります。

精神分析では、治療者側に生じる感情や反応を逆転移という観点から理解します。その一部は、クライアントとの関係で生じる投影性同一視と関連している可能性があります。

2016年、Mark Thorpeは、8人の精神分析的心理療法家に詳しい聞き取りを行い、治療者がクライアントの投影性同一視をどのように認識し、受け止め、処理しているのかを現象学的に検討しました。

この研究では、治療者が面接の中で自分自身の感情に強く揺さぶられ、普段とは違う反応を経験することがある一方、その感情を理解し、臨床的に扱おうとする過程が取り上げられています。

大切なのは、治療者が感じた感情を、そのままクライアントのものだと決めつけないことです。

治療者自身の性格や過去の経験、現在の体調、面接の状況なども、その感情に関係している可能性があります。

そのため、自分に生じた感情を手がかりにしながらも、それがどこから来ているのかを慎重に考える必要があります。

さらに2013年、Abbie Kirkhamは、境界性パーソナリティ障害と診断された人々を支援していた8人の精神分析的心理療法家への聞き取りを行いました。

そこでは、治療関係の中で生じる強い感情や、その感情を治療者がどのように扱おうとしているかに加えて、職場環境や支援体制の問題も重要なテーマとして示されました。

つまり、治療者の感情的な反応を、クライアントの病理だけで説明することはできません。

治療関係には二人の心理的な状態が関わり、さらに治療が行われている環境も影響しています。

投影性同一視という概念が臨床で役立つのは、誰が悪いのかを決めるためではなく、面接の中で言葉になっていない何が起きているのかを考えるためなのです。

身体反応として現れる投影性同一視|過覚醒・凍りつきと対人関係

投影性同一視を考えるときには、感情や思考だけでなく、身体の状態にも目を向ける必要があります。

見捨てられる恐怖や強い恥が生じると、心拍が速くなり、呼吸が浅くなり、筋肉が緊張することがあります。

相手の表情や沈黙が気になり、頭の中では、次に何を言われるのかを考え続ける。

そのような状態では、相手の言葉を落ち着いて受け取ることが難しくなる場合があります。

相手の説明を拒絶として受け取ったり、何気ない反応を攻撃の兆候として解釈したりすることがあるのです。

また、強いストレスの中では、反対に身体が動かなくなり、思考が鈍くなったり、感覚が遠のいたりする場合もあります。

こうした過覚醒や凍りつきの反応は、トラウマを理解するうえで重要です。

ただし、投影性同一視そのものが特定の自律神経反応によって直接引き起こされると証明されているわけではありません。

投影性同一視は精神分析的な概念であり、過覚醒や凍りつきは心理生理学的な観点から研究されている反応です。

両者を同じ現象として扱うのではなく、強い身体的な緊張が生じているときには、感情や他者の意図を落ち着いて理解することが難しくなり、対人関係の防衛的な反応も強まり得るという視点から考えることが大切です。

身体の緊張が高まると、本人はその状況を差し迫った危険として体験しやすくなる場合があります。

そのため、相手との関係について判断するときには、今の身体がどの程度緊張しているのかを確かめ、必要に応じて距離を取ったり、会話を中断したりすることも重要になります。

身体が危険に備える仕組みについては、過覚醒とは|PTSDで起きる「身体が先に緊張へ切り替わる」反応でも詳しく取り上げています。

投影性同一視の治療|抱えきれない感情を、自分の中で扱えるようになる

投影性同一視を理解し、対人関係の苦しさを変えていくためには、自分の感情と相手の感情を区別し、強い感情が生じたときにも、現実の関係を見失わずにいられる力を育てていくことが重要になります。

たとえば、恋人からの返信が遅れたときに、強い不安が生じたとします。

そのとき、「相手は私を見捨てようとしている」という考えが浮かんだとしても、その考えをすぐに事実として扱う必要はありません。

まず、自分の中にどのような感情があるのかを確かめます。

相手から返事が来なくて寂しいのか。嫌われることが怖いのか。自分が大切にされていないように感じたのか。それとも、過去に見捨てられた経験が思い出されているのか。

そのように感情を理解できると、「相手が悪い」という結論を急ぐ前に、自分が何を必要としているのかを考えられる場合があります。

心理療法では、こうした感情の理解とともに、相手との関係の中で何が繰り返されているのかを扱います。

特に、境界性パーソナリティ障害などに関連する対人関係の困難では、感情調整やメンタライゼーション、自他の区別、安定した自己像を育てることなどが治療上の課題になる場合があります。

メンタライゼーションとは、自分と他者の行動の背後には、それぞれ異なる感情や考えが存在することを理解しようとする働きです。

「私は見捨てられると感じた。しかし、相手が本当に見捨てようとしているかどうかは分からない」。

このように、自分の感情と相手の実際の意思を区別して考えられることが、関係の中で生じる恐怖を扱う手がかりになります。

同時に、強い不安や怒りを感じても、すぐに相手を攻撃したり、関係を断ち切ったりせず、その感情を言葉にする経験を積んでいくことも大切です。

こうした取り組みは、単に投影をやめることを目標とするよりも、自分の内側にある感情を、他者へ押し出さずに理解し、必要に応じて伝えられるようになることを重視しています。

投影性同一視に巻き込まれたときの対処法|感情を理解し、境界を保つ

投影性同一視が疑われるような関係では、相手を安心させようとするほど、自分自身が疲弊してしまう場合があります。

何度も説明し、謝り、相手の不安を取り除こうとしても、しばらくすると同じ問題が繰り返される。そのうち、相手の感情を落ち着かせることが、自分の責任になってしまうことがあります。

そのような関係では、相手の苦しさを理解することと、自分がすべてを引き受けることを分けて考える必要があります。

相手が見捨てられることを怖がっているなら、その感情を理解しようとすることはできます。

しかし、相手が不安になるたびに、自分が何時間も説明したり、生活の予定を変更したり、相手の要求に従ったりしなければならないわけではありません。

「不安になったことは分かる。でも、今はこれ以上話し続けることができない」「落ち着いてから、もう一度話したい」と伝えることもできます。

このような対応では、相手の感情を否定せずに、現実の関係に必要な限界を示すことが大切です。

また、相手の言葉によって自分が強い怒りや罪悪感を抱いたときには、その場ですぐに結論を出さず、自分に何が起きているのかを振り返る時間を持つことが役立ちます。

相手から責められたことで、実際に自分が悪いことをしたのか。それとも、相手の不安をすべて解消できないことに、必要以上の責任を感じているのか。

その違いを確かめることで、自分が引き受けるべきことと、相手自身が向き合う必要のあることを分けて考えられるようになります。

ただし、脅迫や暴力、継続的な心理的支配が存在する関係では、相手の防衛を理解することよりも、自分自身の安全を確保することが優先されます。

投影性同一視という概念を使って相手を理解しようとすることが、自分を傷つける関係にとどまり続ける理由になってしまわないようにする必要があります。

境界を持つことは、相手を見捨てることではない

投影性同一視が強く働く関係では、相手との心理的な距離が曖昧になることがあります。

相手が不安になれば自分も不安になり、相手が怒れば、自分が何か悪いことをしたように感じる。相手の感情を自分のものとして引き受け、相手の問題を解決することが、自分の役割になってしまう場合があります。

しかし、人間関係では、自分と相手が異なる存在であることが重要です。

相手が悲しんでいても、自分まで同じように悲しまなければならないわけではありません。相手が怒っていても、その怒りがすべて自分の責任だとは限りません。

自分と相手の間に心理的な境界があるからこそ、相手の感情を理解しながら、自分自身の考えや感情を持ち続けることができます。

境界性パーソナリティ障害やトラウマに関連した対人関係の問題でも、この自他の区別は重要です。

相手が自分とは違う考えを持っていても、関係が必ず壊れるわけではない。距離を取ることと、相手を完全に拒絶することは同じではない。

そうした経験を重ねることで、融合するか、完全に離れるかという二者択一から、少しずつ離れていくことができます。

誰かと親しくなっても、自分自身の感情や意思を失わずにいられること。それが、安定した関係を築くための土台になります。

まとめ|投影性同一視は、心の中の苦痛が人間関係へ入り込む現象

投影性同一視とは、自分の内側に抱えきれない感情や衝動を他者へ投影し、その相手との関係を通して、投影されたものが体験されるような心理的な過程を説明する精神分析の概念です。

クラインは分裂と投影の働きに注目し、ビオンは、それが言葉にならない感情を他者へ伝える手段にもなることを示しました。さらにオグデンは、心の内部の幻想と現実の対人関係が、どのように結びつくのかを詳しく論じました。

投影性同一視が強く働く関係では、自分の中にある恐怖や恥、攻撃性が、相手の側にあるものとして体験されることがあります。

そして、その認識に基づいて相手へ接することで、相手の感情や行動にも変化が生じ、本人が恐れていた関係が現実のものになっていく場合があります。

しかし、そのような反応を理解することは、誰かを一方的に病的な存在として扱うことではありません。

人間関係には、双方の感情や過去の経験が関わっています。また、現実に暴力や支配が存在する場合には、それを心理的な投影として片づけることはできません。

重要なのは、自分の内側で何が起きているのかを理解し、その感情を相手の意思や人格と混同せずに扱えるようになることです。

怒りを感じていても、相手が自分を攻撃しているとは限りません。見捨てられることが怖くても、相手が実際に離れようとしているとは限りません。

自分の感情を自分のものとして理解し、相手には相手の感情や考えがあることを認められるようになると、関係の中に新しい余地が生まれてきます。

投影性同一視からの回復とは、相手を自分の不安や怒りを映し出す存在として扱うことから離れ、現実の一人の人間として関われるようになることです。

そして、巻き込まれる側にとっても、相手の感情を理解しながら、自分自身の感情や判断を失わずにいられることが大切になります。

互いの心の中にあるものを無理に一致させず、違いを持ったまま関係を続けていく。そのような経験を重ねることが、分裂や投影によって揺れ動いていた関係を、少しずつ安定したものへ変えていく手がかりになるのです。


参考文献

  1. Klein, M. (1946). Notes on Some Schizoid Mechanisms. International Journal of Psycho-Analysis, 27, 99–110.(1996年に再掲載)
  2. Ogden, T. H. (1979). On Projective Identification. International Journal of Psycho-Analysis, 60(3), 357–373.
  3. Bion, W. R. (1962). Learning from Experience. Heinemann.
  4. Thorpe, M. (2016). A Phenomenological Investigation into the Psychotherapist’s Experience of Processing Projective Identifications. Ata: Journal of Psychotherapy Aotearoa New Zealand, 20(2), 183–197.
  5. Kirkham, A. (2013). Therapists’ experiences of working with clients diagnosed with ‘Borderline Personality Disorder’: An interpretative phenomenological analysis. Doctoral thesis, City University London.
  6. Kernberg, O. F. (1975). Borderline Conditions and Pathological Narcissism. Jason Aronson.

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井上 陽平

井上陽平(公認心理師・臨床心理学修士)。
トラウマ・解離・PTSD・愛着障害を専門とする心理カウンセラー。
児童養護施設、情緒障害児施設、精神科クリニックでの臨床経験を積み、
心身反応(フリーズ・過覚醒・離人感)への介入や、
複雑性トラウマ、対人関係、境界線の問題に重点的に取り組む。

研究テーマは「複雑性トラウマの身体反応」「解離と自己構造」「愛着スタイル」「虐待と対人関係のパターン」。現在は「こころのえ相談室」にてトラウマ専門のカウンセリングを提供。書籍の企画・執筆に関するご依頼も承っております。

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