親に似たくないのに同じことをしてしまう理由|精神分析の同一化と世代間連鎖を断ち切るには

精神分析の同一化 精神分析理論

子どもが何度注意しても言うことを聞かない。最初は冷静に話していたのに、次第に苛立ちが強くなり、気づけば親と同じ言い方で叱っている。

「何回言えば分かるの」「そんなこともできないの」。

言葉を発した瞬間、子どもの頃に自分へ怒鳴っていた親の顔が浮かぶ。あれほど嫌だった言い方を、今度は自分がしている。その事実に気づいた途端、激しい自己嫌悪や絶望感に襲われることがあります。

親になっていなくても、同じような経験が起こる場合があります。

仕事で誰かが失敗したとき、かつて親から言われた厳しい言葉が頭に浮かぶ。恋人に頼られると、相手の弱さを受け止められず、苛立ってしまう。疲れて休みたいだけなのに、「こんなことで休んでいたら駄目になる」と自分を追い詰める。

親のようにはなりたくなかった。あんなふうに人を傷つけたくないと思っていた。それなのに、追い詰められるほど、嫌いだった親の考え方や態度が自分の中から現れてしまうのです。

こうした心理を理解する手がかりの一つが、精神分析でいう**同一化(同一視)**です。

同一化とは、親や身近な大人の考え方、価値観、感情の扱い方、対人関係のあり方などを、自分の内側へ取り込んでいく心の働きを指します。

子どもは、親から教えられた言葉だけを学んでいるわけではありません。親が怒るときの表情、失敗した人への態度、弱い立場の人への接し方、家族のなかで誰が優先され、誰が我慢させられていたかまで、日々の生活のなかで受け取っています。

その影響は、親元を離れたあとも残ることがあります。

ただし、同一化は人間の発達に広く見られる働きであり、親に似た反応があることだけで、トラウマや心理的な問題があると判断することはできません。

また、親の言動を受け継ぐことは、すべてが悪い影響というわけでもありません。困った人を助ける姿勢や、仕事へ向き合う態度、人を大切にする価値観なども、親との関係から受け取ることがあります。

問題になるのは、かつて自分を苦しめた親の言葉や態度まで、自分の意思に反して繰り返し、自分自身や身近な人を傷つけてしまう場合です。

そのとき、自分の内側では何が起きているのでしょうか。

精神分析の同一化とは|親の言葉や態度を自分の中へ取り込む心理

同一化は、親の話し方や仕草を真似ることだけを意味するものではありません。

もっと深いところで、何を正しいと感じ、何を恥ずかしいと思い、どのようなときに自分の価値が失われると感じるのか。そうした世界の見方にまで、親との関係が影響することがあります。

たとえば、親が結果を出したときだけ子どもを褒め、失敗すると冷たくなる家庭では、子どもは努力することより、失敗しないことを重視するようになる場合があります。

親が家族の誰かをいつも悪者にしていたなら、人間関係で問題が起きたとき、誰に責任があるのかをすぐに決めようとするかもしれません。

親が弱音を吐く人を見下していた場合には、自分が苦しくなっても助けを求められず、誰かの弱さに触れたときにも、厳しい態度が出てしまうことがあります。

一方、親が失敗した人の話を聞き、必要なときには謝り、意見が違っても相手の気持ちを尊重する家庭では、子どもはそうした関わり方を身につけていくことがあります。

つまり、子どもは親の言葉だけでなく、親が他者や自分自身をどのように扱っているのかを見ながら育っています。

特に、親の機嫌によって家庭の空気が大きく変わる場合、子どもはその変化へ敏感になります。

親が帰宅する足音を聞いて、機嫌を予測する。食卓で誰かが黙り込むと、何が起きるのかと身構える。親が怒り始めたら、できるだけ目立たず、反論せず、その場をやり過ごそうとする。

そのような生活では、自分が何を感じているのかよりも、親が何を考え、次にどう動くのかを理解することが重要になります。

こうして親の考え方や反応を細かく読み取ることが、家庭のなかで自分を守る方法になる場合があります。

しかし、その方法が大人になってからも残ると、自分の希望より他者の反応を優先し、自分が何を望んでいるのか分からなくなることがあります。

このような自己感覚の揺らぎについては、アイデンティティ拡散症候群|自分が何者なのか分からなくなる心理でも詳しく扱っています。

嫌いだった親に似てしまうのはなぜか|加害者との同一化という防衛

精神分析には、恐怖を与えてくる相手の考え方や態度を取り込む「加害者との同一化」という概念があります。

この概念は、フェレンツィやアンナ・フロイトらの精神分析的な議論のなかで発展してきました。

逃げることが難しい相手から脅かされているとき、人は相手が何を望み、どのような反応をするのかを必死に理解しようとすることがあります。

親が怒り始めたとき、次にどのような言葉が飛んでくるのかを予測する。自分がどのように振る舞えば、怒りが収まるのかを考える。

ときには、親の価値観を自分のものとして受け入れ、親と同じように考えることで、その家庭のなかで安心を得ようとする場合もあります。

こうした反応は、相手を尊敬しているから生じるとは限りません。

怖い相手の考え方を理解し、その期待に合わせることが、自分を守るために必要だった可能性があります。

さらに、力のある相手と同じ立場に立つことで、無力な状態から抜け出そうとする心理が働く場合もあります。

ただし、加害者との同一化は、すべての模倣や親子間の類似を説明する概念ではありません。精神分析的な理解の一つであり、個々の行動がこの仕組みによって生じたと断定することはできません。

2025年にLahavらが発表した研究では、幼少期に虐待を経験したイスラエルの成人320人を対象に、加害者との同一化とPTSD、複雑性PTSDの症状との関連が調べられました。

研究では、加害者の視点や判断を取り込み、自分自身の意思が弱まるような同一化の側面が、PTSDや複雑性PTSDの症状と関連していることが示されています。

この研究は横断的な質問紙調査であり、同一化が症状を引き起こしたという因果関係までは証明していません。

それでも、幼少期に傷つけられた経験が、現在の自己感覚や対人関係と結びつく可能性を考えるうえで、重要な知見です。

嫌いだった親に似た反応が出てきたとき、そこには親への憧れではなく、かつて親を恐れ、親の考え方に合わせることで自分を守ってきた経験が関わっている場合があります。

親に言われた言葉が、自分を責める声へ変わっていく

同一化は、親と同じように他者へ接することだけに現れるわけではありません。

親から繰り返し向けられた言葉が、自分自身を評価する基準として残ることもあります。

「もっと頑張らなければならない」

「そんなことでは通用しない」

「人に迷惑をかけるな」

「お前はいつも失敗する」

子どもの頃は、親から言われるたびに傷ついていた言葉だったかもしれません。

しかし、大人になって親から離れて暮らすようになっても、同じ言葉が自分の内側から浮かんでくることがあります。

仕事で小さなミスをすると、必要な修正を考える前に、自分は何をしても駄目だと思ってしまう。疲れて休もうとすると、努力が足りないと自分を責める。

褒められても素直に受け取れず、次に失敗することを恐れる。

こうした状態では、かつて親から向けられていた厳しい評価が、自分自身を責める考え方として働いている場合があります。

精神分析では、他者の態度や価値観を内面へ取り込む働きを「取り入れ(introjection)」という概念から考えることもあります。

同一化と取り入れは関連する概念ですが、同じ意味ではありません。ここでは、親との関係が自己評価の仕方へ影響することが重要です。

親が目の前にいなくても、自分のなかに親の視線が残っているように感じる。

誰かに責められる前に、自分で自分を責める。失敗したときに厳しく反省することで、さらにひどく傷つくことを防ごうとする場合もあります。

しかし、反省と自己攻撃は異なります。

反省は、何が起きたのかを理解し、次にどうするかを考えるためのものです。一方、自己攻撃では、一つの失敗をきっかけに自分の人格や価値まで否定してしまいます。

自分を責める声が強いときには、その言葉をどこで覚えたのか、誰から繰り返し言われてきたのかを振り返ることが役立つ場合があります。

自己否定が止まらない人へ|自分を責め続ける心はどこから生まれるのかでは、親から受け取った評価が、内側の批判的な声として残る過程を詳しく扱っています。

親の弱さを嫌っていたのに、他人の弱さへ苛立ってしまう

親に似た反応は、怒鳴ることや厳しい言葉を使うことだけではありません。

誰かが弱音を吐いたとき、必要以上に苛立つ。相手が助けを求めてくると、甘えているように感じる。失敗した人に対して、どうしてもっと努力しなかったのかと責めたくなる。

そのような場面で、自分が子どもの頃に親から受けた態度を思い出すことがあります。

親が弱さを許さない人だった場合、自分自身も弱さを見せることが難しくなっている可能性があります。

疲れたときには頑張るしかなかった。怖くても我慢しなければならなかった。誰かへ助けを求めても、受け止めてもらえなかった。

そのような経験があると、他者が自分には許されなかった行動をしている場面で、複雑な感情が生じることがあります。

たとえば、恋人が「今日は疲れたから休みたい」と言ったとき、相手を責めたくなる。

その苛立ちの奥には、自分は疲れていても休めなかったという経験があるのかもしれません。

あるいは、子どもが泣きながら助けを求めてきたとき、その泣き声に強い緊張を感じることがあります。

かつて自分が泣いたとき、親から怒鳴られたり、無視されたりした経験があるなら、泣くこと自体が危険と結びついている可能性があります。

ただし、現在の苛立ちの原因が、必ず過去の親子関係にあるとは限りません。

睡眠不足や過労、現在の人間関係での負担なども、感情の調整に影響します。

重要なのは、目の前の相手へ強く反応したとき、現在の出来事に加えて、どのような感情や経験が刺激されているのかを考えることです。

そして、たとえ過去に理由があったとしても、相手を傷つける言動については、自分が責任を持って対応する必要があります。

過去の傷を理解することと、現在の行動を引き受けることは、両立するものです。

「自分が悪い」と考えることで、親との関係を守ってきた

理不尽に怒鳴る親のもとで育った子どもは、親が間違っていると考えることが難しい場合があります。

親は生活を支え、自分を育ててくれる存在です。小さな子どもにとって、その親との関係が壊れることには大きな不安が伴います。

そのため、親から傷つけられても、自分が悪かったと考えることで、何とか関係を保とうとする場合があります。

「自分がもっといい子なら怒られない」

「自分が我慢すれば、家の雰囲気は悪くならない」

「自分が迷惑をかけなければ、親は優しくしてくれる」

こうした考えは、自分が行動を変えれば状況も変わるという感覚につながることがあります。

しかし、実際には、親の怒りや家庭の問題が子どもの努力では解決できない場合もあります。

そのような環境で自分を責め続けると、成長後も人間関係で問題が起きるたび、自分の責任を探すようになることがあります。

相手が不機嫌になると、すぐに謝る。傷つけられたときにも、自分の言い方が悪かったのではないかと考える。

誰かが困っていると、自分が何とかしなければならないように感じる。

親との関係を保つために身につけた自己否定や過剰な責任感が、そのまま大人の対人関係へ持ち込まれている場合があります。

こうした反応については、機能不全家庭で育った人の生存戦略|神経が覚えた適応のかたちでも詳しく解説しています。

怒りを外に出せなかった人は、自分へ向けることがある

親から怒鳴られたり、否定されたりしても、子どもには言い返せない場合があります。

反論すればさらに責められる。怒ると無視される。泣けば面倒な子どもだと言われる。

そのような家庭では、怒りを表すこと自体が危険になります。

子どもは自分の怒りを抑え、親の機嫌が収まるのを待つようになる場合があります。

けれど、怒りを表現しないまま育ったからといって、怒りの感情そのものがなくなるわけではありません。

大人になってから、少し失敗しただけで自分を激しく責めたり、誰かから否定されると、自分が消えてしまいたいほどの苦痛を感じたりする場合があります。

外へ向けることが難しかった怒りが、自分自身への攻撃として現れている可能性もあります。

一方、長く抑えてきた怒りが、特定の場面で急に強く出ることもあります。

普段は穏やかに振る舞っているのに、家族や恋人の小さな言葉に激しく反応してしまう。

あとから振り返ると、どうしてあそこまで怒ったのか分からない。自分が親と同じように怒ってしまったことへ恐怖を感じる場合もあります。

そのようなときには、怒りを抑え込むことだけを目標にするより、何をされたときに強く反応するのかを理解することが大切です。

怒りの奥には、傷ついた感覚や、尊重されなかった苦しさがあるかもしれません。

自分が何を嫌だと感じ、どのような場面で負担が強くなるのかが分かると、相手を傷つける前に距離を取ったり、自分の希望を言葉にしたりする選択肢が生まれます。

親からの暴力や怒鳴り声が、成長後の緊張や感情の反応に残る過程については、暴力を受けて育った大人の特徴|親からの暴力と怒鳴り声が残す心の傷でも扱っています。

世代間トラウマとは|親の傷つきが子どもへ受け継がれるとき

親の育った家庭にも、暴力や厳しい叱責、感情の否定があった場合があります。

祖父母が親を怒鳴り、親はその言葉を聞きながら育った。自分の気持ちを伝えることが許されず、弱さを見せると責められた。

その親が子どもを持ったとき、自分が経験した関わり方を繰り返してしまうことがあります。

世代間トラウマという言葉は、こうした過去の逆境やトラウマの影響が、親子関係や家庭内の感情の扱い方などを通して、次の世代にも及ぶ現象を考える際に用いられます。

ただし、世代間の影響には、親の精神的な健康状態、現在の生活環境、経済的な負担、夫婦関係、社会的な支援なども関わります。

親に似た言動が出ることを、すべてトラウマだけで説明できるわけではありません。

また、虐待を受けて育った人が、必ず自分の子どもへ同じことをするわけでもありません。

重要なのは、過去の経験が現在の対人関係へ影響する場合があっても、その影響が将来の行動を決めてしまうわけではないということです。

親になることで、自分の過去が再び動き始める

2023年にMauriが発表した質的研究では、児童福祉施設や里親家庭などで育った経験を持つイタリアの親17人にインタビューが行われました。

その研究では、自分自身が親になることで、生まれ育った家族との関係を改めて考える経験が報告されています。

子どもと関わるなかで、自分が子どもの頃に受けた扱いを思い出す。親からしてもらえなかったことを、今度は自分の子どもへしてあげたいと思う。

一方で、自分の親との関係をどのように扱うのか、子どもへどのような家庭環境を与えるのかについて、複雑な葛藤を抱えることもありました。

自分自身が親になることは、過去の傷つきを思い出すきっかけになる場合があります。

子どもが泣いたとき、以前の親の怒鳴り声を思い出す。子どもが失敗したとき、自分が責められた場面が浮かぶ。

そして、かつて自分がしてもらいたかった対応と、実際に口から出てしまう言葉との違いに苦しむことがあります。

このような葛藤は、親と同じ行動を繰り返す危険だけを意味しているわけではありません。

自分の経験を振り返り、子どもとの関係を考え直す契機にもなり得ます。

親から受け継いだ負の連鎖は、断ち切ることができるのか

幼少期の傷つきを抱えた人が、親とは違う家庭を築こうとする過程についても研究されています。

2024年にMauriが発表した質的研究では、児童福祉施設や里親家庭での養育を経験し、その後、虐待の世代間連鎖を繰り返さずに子育てをしているイタリアの親27人にインタビューが行われました。

そこで語られたのは、過去の経験と向き合いながら、自分が望む家族のあり方を一から築こうとする取り組みでした。

研究では、参加者がその過程を「ゼロから家族を作る」ような経験として捉えていることが示されています。

自分の親をそのまま手本にすることが難しいため、どのような親でありたいのかを改めて考え、日々の子育てのなかで試行錯誤を重ねていく。

過去の経験を理解することだけでなく、現在の生活や子育てを支える環境も重要になります。

もちろん、この研究は限られた背景を持つ親たちの経験を分析したものであり、すべての人に同じ回復過程が当てはまるわけではありません。

それでも、親から受け取った関わり方だけを使い続けるのではなく、新しい関係の築き方を学んでいくことができるという視点を与えてくれます。

親に似た言葉が出てしまったからといって、その後の関係まで親と同じになるとは限りません。

子どもを強く叱ってしまったあと、自分の言葉を振り返り、必要であれば謝ることができます。

相手の気持ちを聞き、自分がどのような状況で強く反応しやすいのかを考え、次は違う対応を選ぶこともできます。

こうした行動の積み重ねが、以前とは異なる関係を作っていくことにつながります。

同一化から離れるには、親の言葉と自分の気持ちを分けていく

親の影響から離れようとするとき、自分のなかに浮かぶ言葉や反応を、すぐに消そうとすることがあります。

親のように怒ってはいけない。親と同じ考え方をしてはいけない。親の言葉を思い出してはいけない。

しかし、そうした禁止を強めるほど、今度は自分自身へ厳しい監視を向けることがあります。

親のようにならないために、自分の感情を徹底的に抑え込む。

それでは、かつて親から受けた厳しい扱いを、別の形で自分自身へ繰り返してしまう場合があります。

大切なのは、自分のなかに親と似た反応があることを理解したうえで、その反応にどう対応するかを選ぶことです。

たとえば、誰かが失敗したとき、「どうしてこんなこともできないのか」という言葉が浮かんだとします。

その瞬間、すぐに自分を責めるより、いったん立ち止まってみます。

自分は今、何に苛立っているのか。相手が失敗したことで、どのような不安が生じたのか。自分は子どもの頃、失敗したときにどんな言葉をかけられていたのか。

こうしたことを振り返ると、目の前の出来事と、過去から続く反応を分けて考えやすくなります。

また、疲れて休みたいときに「怠けている」という声が浮かんだなら、その言葉をそのまま自分の考えとして扱う前に、今の身体がどれほど疲れているのかを確かめることができます。

親は休むことを許さなかったかもしれません。しかし、現在の自分には、身体の状態に応じて休息を取るという選択肢があります。

親から受け取った言葉を否定するだけでなく、今の生活に合う考え方へ少しずつ置き換えていくことが大切です。

親に似た言動をしてしまったとき、どう対応すればよいのか

実際に家族や恋人、子どもを傷つける言葉を使ってしまったときには、その行動を振り返る必要があります。

しかし、「自分も親と同じ人間だ」と人格全体を否定してしまうと、現在何が起きたのかを丁寧に考えにくくなります。

たとえば、子どもへ強い口調で叱ってしまった場合には、まず相手がどのように感じたのかを考えます。

怖がらせたのであれば、そのことについて謝る。言い方が強すぎたことを認め、必要だった注意と、傷つける言葉を使ったことを分けて伝える。

そして、同じことを繰り返さないために、何が自分の怒りを強めたのかを振り返ることができます。

仕事で疲れ切っていたのか。時間に追われていたのか。子どもが言うことを聞かない状況に、かつて自分が親から責められた経験が重なったのか。

原因を考えることは、自分の行動を正当化するためではありません。次にどのような対応ができるのかを見つけるためです。

日常では、次のような調整も役立つ場合があります。

  • 怒りが強くなったときは、その場で結論を出さず、少し距離を取る
  • 疲労や睡眠不足が続いている場合は、生活の負担を調整する
  • 相手に何を求めていたのかを、落ち着いてから具体的に伝える
  • 強く叱ったり傷つけたりした場合は、相手の気持ちを聞き、必要な修復を行う
  • 同じ言動を繰り返す場合は、一人で抱え込まず、心理的支援を利用する

親から受けた言動を繰り返さないためには、自分の感情を理解することと、実際の行動を変えることの両方が必要になります。

親の影響を認めることと、親を許すことは別の問題

親との関係を振り返るなかで、自分が受けた扱いを認めることへ抵抗を感じる場合があります。

親にも苦労があった。親自身も厳しい家庭で育った。生活を支えてくれたし、優しかった記憶もある。

そのような思いがあると、親から傷つけられたことを認めるのは、親を一方的に悪者にしているようで苦しくなるかもしれません。

しかし、親に事情があったことと、自分が傷ついたことは両立します。

親自身が十分に愛情を受けられず、感情の扱い方を学ぶ機会がなかったとしても、その影響によって子どもが苦しんだ事実まで消えるわけではありません。

親の育った環境を理解することは、世代間の関係を考える手がかりになる場合があります。

ただし、その理解によって、過去の扱いをすべて許さなければならないわけではありません。

親と距離を取るかどうかも、現在の安全や生活の状況を踏まえて考えることができます。

関係を続けながら負担を減らす人もいれば、接触を控える必要がある人もいるでしょう。

重要なのは、親の価値観と、自分がこれからどのような人生を選びたいのかを分けて考えられるようになることです。

安心できない人の心理と身体|落ち着くほど苦しくなる理由と回復の道では、安全な環境にいても警戒や緊張が続く背景について扱っています。

新しい同一化を育てる|自分を守る関係を内側へ取り入れる

同一化は、子ども時代の親子関係だけで起きるものではありません。

人は大人になってからも、身近な人との関係のなかで、新しい考え方や感情の扱い方を学んでいきます。

自分の話を急かさずに聞いてくれる人。断っても怒らない人。失敗しても、そのことだけで関係を終わらせない人。間違えたときに謝り、話し合うことができる人。

そうした関係を経験することで、これまで当然だと思っていた人との関わり方が変わっていく場合があります。

子どもの頃、失敗すると必ず責められていた人が、大人になってから、失敗したときに穏やかに対応してくれる相手と出会う。

最初は、その優しさを信用できないかもしれません。

いつか怒られるのではないか。今は優しくても、後から責められるのではないか。

そのように警戒することもあるでしょう。

しかし、失敗しても関係が続く経験を重ねることで、少しずつ別の関わり方を受け取れるようになる場合があります。

また、自分の気持ちを伝えても否定されず、相手から理解しようとしてもらえる関係では、これまで抑えてきた感情にも目を向けやすくなります。

こうした経験を通して、親から受け取った厳しい基準とは異なる価値観を、自分の内側へ取り入れていくことができます。

その意味では、同一化は過去の傷を残す働きだけでなく、新しい関係から学ぶことにもつながっています。

世代間連鎖を断ち切るために、自分の生き方を選び直す

親に似たくないのに、親と同じ反応が出てしまう。

その苦しさを抱えているとき、人は自分の中にある嫌な部分ばかりを探してしまうことがあります。

親に似ているところを見つけるたびに落ち込み、自分には何も変えられないのではないかと感じる。

しかし、親から受け取ったものは、現在の自分を形づくる要素の一部です。

親の考え方をそのまま使い続けることもあれば、違う方法を選ぶこともできます。

自分が傷ついた経験を振り返り、同じ言葉を相手へ向けないようにする。失敗した人を責めたくなったとき、まず状況を確かめる。

疲れたときには休み、助けが必要なときには誰かへ相談する。

そのような小さな選択が、これまでとは異なる関係を作ることにつながります。

また、過去の経験を理解するだけでは、感情の反応が十分に変わらない場合もあります。

怒りが強くなると、考える前に言葉が出てしまう。自分を責める声が繰り返され、気持ちを切り替えられない。

そのようなときには、心理療法やカウンセリングのなかで、現在の反応と過去の経験を整理し、安全な関係で新しい対応を練習することが役立つ場合があります。

必要なのは、親に似ている部分をすべて消すことではありません。

自分を苦しめる反応と、これからも大切にしたい価値観を見分けること。そして、親とは異なる関わり方を、現在の生活のなかで少しずつ育てていくことです。

おわりに|親から受け取ったものを、自分の人生で選び直す

親に似たくないのに似てしまう苦しさには、子ども時代に身につけた考え方や感情の扱い方が関わっている場合があります。

親の怒鳴り声が嫌だった。失敗すると責められ、自分の気持ちを伝えても受け止めてもらえなかった。

そのような経験をしてきた人が、大人になってから親と同じ言葉を使ってしまったり、自分自身を厳しく責め続けたりすることがあります。

そこには、同一化や取り入れ、加害者との同一化といった精神分析的な概念から理解できる側面があるかもしれません。

しかし、親に似た反応があることだけで、自分も親と同じ人間だと決める必要はありません。

親から受け取った反応を理解し、現在の自分がどのように行動するのかを考えることが大切です。

強い言葉を使ってしまったなら、そのことを振り返り、相手との関係を修復することができます。

自分を責める声が浮かんだときには、それが今の自分にとって必要な考え方なのかを確かめることができます。

これまで親に許されなかった休息や、自分の意思を表現することも、少しずつ生活のなかへ取り戻していけるでしょう。

親自身も傷ついた人だったのかもしれません。祖父母から厳しく扱われ、感情を表すことが許されなかった可能性もあります。

そのような家族の歴史を理解することには意味があります。

しかし、その歴史をこれからも同じ形で繰り返す必要はありません。

自分がどのような家庭で育ち、何を恐れ、どのような言葉に傷ついてきたのかを理解する。そして、同じ状況に直面したときに、以前とは異なる行動を選んでいく。

その繰り返しによって、親から受け取った考え方や人間関係のパターンを、少しずつ変えていくことができます。

世代間トラウマの連鎖を断ち切るとは、親の影響を完全に消すことではなく、親から受け取った言葉や感情の扱い方を、自分の意思で選び直せるようになることです。

親のように怒りたくないと思ってきた人が、怒りをどのように扱うのかを学ぶ。親に責められて育った人が、自分の失敗を人格の否定へ結びつけずに受け止められるようになる。

そして、誰かが弱っているときに、かつて自分がしてほしかった関わり方を選べるようになる。

そうした経験の積み重ねが、親から受け継いだものと、これから自分が育てていくものとの間に、新しい違いを作っていくのです。


参考文献

  1. Lahav, Y., Cloitre, M., Hyland, P., Shevlin, M., Ben-Ezra, M., & Karatzias, T. (2025). Complex PTSD and identification with the aggressor among survivors of childhood abuse. Child Abuse & Neglect, 160, 107196.
  2. Mauri, D. (2023). Becoming parents as mending the past: Care-experienced parents and the relationship with their birth family. Children and Youth Services Review, 148, 106911.
  3. Mauri, D. (2024). Constructing the ‘zero family’: Breaking the intergenerational transmission of maltreatment from the perspective of care-experienced parents. Child Abuse & Neglect, 153, 106855.

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井上 陽平

井上陽平(公認心理師・臨床心理学修士)。
トラウマ・解離・PTSD・愛着障害を専門とする心理カウンセラー。
児童養護施設、情緒障害児施設、精神科クリニックでの臨床経験を積み、
心身反応(フリーズ・過覚醒・離人感)への介入や、
複雑性トラウマ、対人関係、境界線の問題に重点的に取り組む。

研究テーマは「複雑性トラウマの身体反応」「解離と自己構造」「愛着スタイル」「虐待と対人関係のパターン」。現在は「こころのえ相談室」にてトラウマ専門のカウンセリングを提供。書籍の企画・執筆に関するご依頼も承っております。

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