年老いた毒親との付き合い方|介護を背負わされる子どもの罪悪感と距離の取り方

年老いた毒親 親子関係・毒親

親が高齢になり、病気や介護が必要になったとき、長い間距離を置いてきた親子関係が、突然動き始めることがあります。

病院から「お母さんが入院されました」と連絡が入る。父親から「もう一人では生活できない」と言われる。きょうだいから「あなたが一番近くに住んでいるのだから、面倒を見てほしい」と頼まれる。

その瞬間、かつて家庭の中で感じていた緊張や責任感が、一気によみがえることがあります。

幼い頃から親の機嫌を整え、愚痴を聞き、家庭内の争いを収め、きょうだいを守ってきた人にとって、親の老いは新しい問題であると同時に、昔から続いてきた役割の再開でもあります。

親が困っているなら、自分が何とかしなければならない。親を見捨てたら、何か取り返しのつかないことが起きる。断れば親不孝だと思われる。自分の生活が苦しくても、親が弱っているのだから我慢するしかない。

そうした思いが重なると、親との関係を見直す間もなく、介護や生活支援を引き受けてしまうことがあります。

しかし、子どもの頃から自分を傷つけてきた親を介護することには、一般的な介護負担とは異なる苦しさが伴う場合があります。

親の身体は弱っていても、支配的な態度や暴言は変わらない。世話をしているのに感謝されず、昔と同じように責められる。親がかわいそうだと思う一方で、これまでされたことを思い出すと怒りが湧く。介護から離れたいのに、離れようとすると罪悪感に襲われる。

親を助けたい気持ちと、これ以上関わりたくない気持ちが、同時に存在することもあります。

ここでいう「毒親」とは、子どもの感情や意思を尊重せず、暴力、支配、過干渉、人格否定などによって長期的に傷つけてきた親を表す一般的な言葉です。医学的な診断名ではありません。

年老いた毒親との付き合い方を考えるときには、親の介護が必要かどうかだけでなく、これまでの親子関係、自分の心身の状態、家族内で背負わされてきた役割を含めて考える必要があります。

親が年老いたとき、子どもの頃の役割が再び始まる

機能不全家庭で育った人は、子どもでありながら、親の感情や家庭生活を支える役割を担わされることがあります。

母親の愚痴を聞き、父親の機嫌を読み、夫婦喧嘩が始まれば間に入る。親が疲れていれば家事を手伝い、きょうだいが怒られないように先回りする。家庭内に問題が起きると、自分が何とかしなければならないと感じる。

そうした経験が長く続くと、自分が安心して暮らすことよりも、家族が問題なく過ごせることを優先するようになります。

親が不機嫌にならなければ安心する。親が困っていると落ち着かない。親が自分を必要としていると感じることで、家族の中に居場所を見つける場合もあります。

本来は親に支えられる側だった子どもが、親の感情や生活を支える側になっているのです。

このような親子の役割の逆転は、心理学では**親役割化(parentification)**と呼ばれます。

問題になるのは、子どもが家事を手伝ったり、家族を思いやったりすること自体ではありません。年齢に見合わない責任を継続的に負い、自分の感情や生活を犠牲にしなければ家庭が成り立たない状態です。

成人して実家を離れた後も、この役割は心の中に残ることがあります。

親から電話が来ると、出なければならないと感じる。親の声が暗いと、何か問題が起きたのではないかと不安になる。親から金銭的な相談を受けると、自分の生活に余裕がなくても何とかしようとする。

そして親が高齢になると、それまで続いてきた役割が、今度は介護や生活支援という形で現れます。

子どもの頃には親の感情を支え、大人になってからは親の生活を支え、親が年老いた後には介護まで引き受ける。

そのようにして、自分の人生の長い時間が、親を支えることへ費やされてしまう場合があります。

機能不全家庭で育った人の生存戦略|神経が覚えた適応のかたちでは、子どもが家庭を維持するために身につけた過剰な適応と、その影響について詳しく扱っています。

虐待してきた親の介護で、過去の傷がよみがえる

子どもの頃に親から傷つけられてきた人は、親の介護を始めたことで、忘れていた感情が再び強くなることがあります。

親の身体を支える。着替えを手伝う。病院へ付き添う。食事を用意する。親の要求に応じて生活の予定を変更する。

介護の場面には、かつて親に従わなければならなかった関係と似た状況が生じることがあります。

親が不機嫌になると身体が緊張し、命令されると反射的に従ってしまう。昔と同じように人格を否定されても、その場では言い返せない。親と長時間一緒に過ごした後、強い疲労や吐き気、頭痛、不眠が現れることもあります。

立教大学の中島美穂氏が2026年に発表した質的研究では、子どもの頃に虐待や不適切な養育を経験し、高齢の親を介護している日本人10人にインタビューを行い、介護に伴う心理的葛藤を調べています。

その結果、親の介護が、子ども時代の否定的な感情を再び呼び起こすことが報告されました。また、過去に親から気持ちを受け止めてもらった経験がある場合には、それが介護を続ける支えになっていた一方、そうした経験が乏しい人では、家族以外の社会的な支援が重要な役割を果たしていました。

特に注目されるのは、安心できる親子関係も外部からの支援も十分にないまま、「自分がやらなければならない」という強い義務感だけで介護を続けていた人に、深刻な健康上のリスクが生じていたことです。

この研究は少人数の質的研究ですが、日本の家族関係の中でも、過去の虐待経験が介護の苦しさと結びつくことを示しています。

親の老いによって、子ども時代の役割だけでなく、当時の恐怖や怒り、孤独まで再び動き出す場合があるのです。

親が弱くなると、過去の加害まで許さなければならない気がする

年老いた親を見ると、以前とは違う感情が生まれることがあります。

かつて大声で怒鳴り、自分の生活を支配していた父親が、病院のベッドで小さくなっている。何を言っても否定してきた母親が、一人では買い物にも行けなくなっている。

その姿を前にすると、以前から抱えていた怒りや恨みが揺らぐことがあります。

自分をあれほど傷つけた親なのに、弱っている姿を見るとかわいそうになる。距離を置いてきたことが、急に申し訳なく感じられる。もう年なのだから、昔のことを持ち出すべきではないのではないかと思うこともあります。

しかし、親が高齢になったことによって、過去に受けた被害が消えるわけではありません。

親が弱くなった今も、子どもの頃に感じた恐怖や孤独が残っている場合があります。親を助けたい気持ちがあっても、同じ相手から再び傷つけられることへの警戒が続く場合もあるでしょう。

Band-Winterstein(2014)は、親の間で起きる暴力を長年目撃してきた成人25人へのインタビューを通して、暴力のある家庭で育った経験が、成人後の親子関係にどのような影響を残すのかを調べました。

参加者の語りには、親に対する怒りや苦痛を抱えながらも、親子である以上は関わらなければならないと感じる葛藤が表れていました。過去の暴力を経験した親を、老後に支えるべきなのかという問題も、重要なテーマの一つでした。

親への愛情や責任感があることと、過去に傷つけられたことは、同じ人の中に存在します。

親を心配している自分を否定する必要も、親を許せない自分を責める必要もありません。

大切なのは、その両方の感情を認めながら、実際にどのような関わり方なら自分の生活を守れるのかを考えることです。

親の介護を断れないのは、罪悪感が強いから

毒親との関係で長く苦しんできた人は、親の要求を断ろうとした瞬間、強い罪悪感に襲われることがあります。

「親なのだから面倒を見るべきだ」「育ててもらった恩がある」「子どもが引き取らなければ誰がやるのか」。

こうした言葉は、家族や親族、周囲の人から向けられることもあれば、本人が自分自身へ言い聞かせている場合もあります。

親が困っているときに助けなければ、自分が悪い人間になったように感じる。そのため、仕事や家庭に無理が生じていても、親から頼まれたことを断れなくなります。

しかし、その罪悪感には、現在の介護の問題だけでなく、子どもの頃の経験が関わっている場合があります。

親が不機嫌になると、自分が何か悪いことをしたように感じていた。親が泣いていると、自分が慰めなければならなかった。自分の希望を優先すると、わがままだと責められた。

そのような家庭で育つと、親を優先しないこと自体が危険と結びつく場合があります。

大人になってからも、親の要求を断ろうとすると、頭では必要な判断だと理解していても、身体が緊張し、不安や罪悪感が強くなることがあるのです。

親の世話を引き受けるかどうかを考えるときには、今の自分が実際に何を担えるのかと、過去から続く義務感を分けて考える必要があります。

親が困っていることと、その問題を自分一人で解決しなければならないことは、同じではありません。

全部自分が悪いと思う心理と病気|自分のせいだと思う原因と影響では、親の感情や家族の問題を自分の責任として抱え込み、自分を責め続ける心理について詳しく扱っています。

介護を始めても親の支配が終わらないとき

親が高齢になっても、それまでの親子関係が大きく変わらない場合があります。

子どもが仕事を休んで病院へ付き添っても、親は感謝するどころか、待たされたことに文句を言う。買い物を頼まれて用意すると、気に入らないと責められる。介護サービスの利用を勧めても拒否し、「家族なのだから、お前が面倒を見ろ」と要求する。

親の身体的な能力は低下していても、子どもへの支配的な態度が続いている場合があります。

そのような関係では、子どもは親の生活を支えながら、同時に親からの暴言や要求にも耐えなければならなくなります。

介護のために実家へ戻ると、昔と同じように親の顔色を読み、怒らせないように振る舞う。親が不機嫌になると、自分が悪いことをしたように感じ、必要以上に謝ってしまう。

介護の負担に加えて、過去の親子関係が再び始まることによる苦痛が重なっていくのです。

一方、高齢者の場合には、認知症や身体疾患、痛み、薬の影響などによって、以前とは異なる言動が現れることもあります。急に攻撃的になったり、混乱したりする場合には、医療的な評価が必要になることもあるでしょう。

ただし、言動に医療的な背景がある場合でも、介護する家族が際限なく暴言や威圧を受け続けなければならないわけではありません。

親の病状に必要な支援を確保することと、子どもが直接すべてを引き受けることは、分けて考えることができます。

親が専門職の支援を拒んでいる場合も、拒否されたからといって自分がすべて代わりに担うのではなく、ケアマネジャーや地域包括支援センターなどへ状況を相談することが大切です。

きょうだいの中で、介護を背負う人が決まってしまう

親の老後をめぐる問題では、家族の中で最も責任感の強い人へ負担が集中することがあります。

親の近くに住んでいるから。長女だから。独身だから。仕事の融通が利きそうだから。昔から親の言うことをよく聞いていたから。

そうした理由で、特定の子どもが介護の中心になることがあります。

最初は病院への付き添いだけだったのに、いつの間にか買い物、掃除、通院、役所の手続き、家計の管理まで担当するようになる。きょうだいに協力を求めても、「自分は遠くに住んでいる」「仕事が忙しい」「お前が一番詳しいから」と言われ、結局は同じ人が引き受けることになります。

しかも、子どもの頃から親を支えてきた人ほど、その負担を断ることに強い抵抗を感じます。

自分がやらなければ親は困る。ほかのきょうだいに頼めば迷惑をかける。介護の分担を求めること自体が、自分勝手な要求のように感じられる場合もあります。

家族の中には、こうした役割の偏りが長年続いていることがあります。

一人は親の相談相手になり、一人は親から離れ、一人は何も知らないまま生活する。子どもの頃から異なる役割を担ってきたきょうだいが、親の介護をきっかけに再び同じ関係へ戻ってしまうのです。

そのため、介護の問題では、誰がどの程度の負担を担っているのかを具体的に整理することが重要になります。

通院への付き添い、買い物、家事、金銭管理、役所の手続き、緊急時の対応などを分け、それぞれを誰が担うのか、家族以外の支援を利用できるのかを考えます。

特定の人がすべてを抱え込む状態を続けると、その人の仕事や健康、家庭生活が損なわれる可能性があります。

毒親育ちの長女は病みやすい?|家族の犠牲が招く心の傷とその克服法では、家族の中で最初に責任を担わされ、自分の感情を後回しにしてきた人が抱える苦しさについて詳しく扱っています。

親の扶養義務と、直接介護する義務は分けて考える

親の介護をめぐっては、心理的な責任感と法律上の問題が混同されることがあります。

日本の民法877条では、直系血族と兄弟姉妹に扶養義務があることが定められています。したがって、成人した子どもには、親に対する扶養義務が問題になる場合があります。

ただし、扶養義務があることと、子どもが必ず親と同居して、食事や入浴、排泄などの介護を自分の手で行わなければならないことは別です。

扶養の具体的な範囲や方法は、親の年金や資産、子どもの収入や生活状況、ほかの扶養義務者の事情などを踏まえて判断されます。扶養をめぐって当事者間で協議がまとまらない場合には、家庭裁判所が関わることもあります。

親に介護が必要になったからといって、自分の仕事を辞めたり、自宅へ引き取ったり、生活のすべてを介護へ充てたりすることが、一律に法律上求められるわけではありません。

介護に必要な支援には、家族以外の選択肢があります。

  • 親が住む地域の地域包括支援センターへ相談する
  • 市区町村の窓口で要介護認定の申請について確認する
  • ケアマネジャーと相談し、訪問介護や通所介護などの利用を検討する
  • 必要に応じて、施設入所や住まいの変更を検討する
  • 仕事をしている場合には、介護休業・介護休暇などの制度を確認する

地域包括支援センターは、高齢者の生活や介護、権利擁護などについて相談できる地域の窓口です。家族だけで介護を抱え込んでいる場合にも、まず状況を相談することができます。

また、2025年4月からは改正育児・介護休業法に基づき、介護離職を防ぐための制度の周知や利用環境の整備など、事業主に求められる措置が強化されています。

親の介護を考える際には、家族がどこまで頑張れるかだけで判断するのではなく、制度や外部の支援を含めて、無理なく継続できる方法を探すことが重要です。

参考:厚生労働省「地域包括ケアシステム」

年老いた毒親との距離の取り方|関わる範囲を具体的に決める

毒親との関係では、親と会うか会わないか、連絡を取るか取らないかという二つの選択肢だけでは、現実の問題を整理しきれないことがあります。

親の介護が必要であっても、直接会うことが大きな負担になる場合があります。逆に、電話でのやり取りは難しくても、役所の手続きや支援機関との連絡であれば対応できる人もいるでしょう。

そのため、距離の取り方を考えるときには、自分がどのような関わりなら引き受けられるのかを具体的にすることが大切です。

連絡の頻度と方法を決める

親から一日に何度も電話がかかってくる場合には、そのたびに対応していると、自分の生活が親の都合によって左右されるようになります。

電話は週に一度だけにする。急ぎでない用件はメールやメッセージで伝えてもらう。夜間の連絡には原則として対応せず、緊急時には医療機関や救急サービスを利用してもらう。

そのように、連絡の頻度や方法をあらかじめ決めることで、親との関係が生活全体へ入り込むことを減らせる場合があります。

直接会う時間と場所を調整する

実家へ行くと、昔の親子関係が再び始まり、強い緊張を感じる場合があります。

そのようなときには、実家で長時間過ごすより、病院や支援機関など、第三者がいる場所で話す方が負担の少ない場合があります。

訪問する時間を短くする。親族や支援者に同席してもらう。話し合いが暴言や威圧へ変わったときには、その場を離れる。

こうした方法によって、自分の安全を守りながら必要な用件を扱える場合があります。

介護の実務と、親の感情の世話を分ける

親が高齢になると、身体的な介護だけでなく、寂しさや不安、不満を子どもへ繰り返し訴えることがあります。

しかし、親の生活を支援することと、親のあらゆる感情を受け止め続けることは別です。

医療機関への連絡や介護サービスの調整はできても、毎日何時間も愚痴を聞くことは難しいかもしれません。

親が寂しいからといって、自分の予定をすべて変更する必要があるとは限りません。

何を引き受け、何を引き受けないのかを分けて考えることが、無理のない関係につながります。

金銭面の支援にも限度を設ける

親から生活費や医療費、介護費用を求められることがあります。

その場合には、親自身の年金や資産、利用できる制度、自分の経済状況を確認することが必要です。

親を助けるために、自分の生活費や老後資金まで削ってしまえば、今度は自分自身の生活が不安定になります。

金銭的な援助を考える場合にも、一時的な支援なのか、継続的な負担になるのかを確認し、必要に応じて法律や福祉の専門家へ相談することが大切です。

親の介護を引き受ける前に、確認しておきたいこと

親が急に入院したり、退院後の生活を考えなければならなくなったりすると、家族は短い時間で多くの判断を求められます。

病院から退院後の生活について尋ねられ、家族が引き取ることを前提に話が進む場合もあるでしょう。

しかし、その場の雰囲気や罪悪感から、自分に担えるか分からない役割を引き受けてしまうと、後になって生活が大きく圧迫されることがあります。

親の介護を具体的に考える際には、次の点を確認しておくことが役立ちます。

  • 親が現在どのような介護や医療を必要としているのか
  • 親自身の年金・預貯金・住まいなどの状況
  • 介護保険サービスや福祉制度をどこまで利用できるのか
  • きょうだいや親族が、どのような役割を担えるのか
  • 自分が仕事や家庭生活を維持しながら、どこまで関われるのか
  • 親と直接関わることで、どの程度の心身の負担が生じるのか
  • 緊急連絡先や保証人など、引き受ける役割の内容と責任範囲

特に、長い間親の要求を断れなかった人は、相手から頼まれた瞬間に引き受けようとすることがあります。

しかし、病院や施設、家族との話し合いで、すぐに結論を出す必要がない場合には、一度持ち帰って考えることができます。

「自分の生活との調整が必要なので、確認してから返事をします」「直接介護することは難しいため、利用できる支援について相談したい」と伝えることもできます。

また、親が支援を拒み、生活上の危険が差し迫っている場合には、家族が無理をして一人で対応するより、自治体や医療機関、救急サービスなどへ速やかにつなぐことが重要です。

親の安全を考えることと、子どもが一人で介護を抱えることは、分けて考える必要があります。

親と縁を切りたい気持ちと、見捨てられない気持ちがぶつかる

親から長く傷つけられてきた人は、親と完全に連絡を断ちたいと思うことがあります。

これ以上、暴言を聞きたくない。親の機嫌に振り回されたくない。ようやく自分の生活を築けたのだから、もう関わりたくない。

その一方で、親が病気になったり、孤立したりしていると聞くと、強い罪悪感が生じることがあります。

もし自分が連絡しなかったことで、親に何かあったらどうしよう。親が亡くなった後、自分は後悔するのではないか。最期くらいは親子らしく接するべきではないか。

そうした思いが重なり、離れたい気持ちと戻らなければならない気持ちの間で揺れ続けることがあります。

親との関係を断つことに抵抗を感じる背景には、過去の親子関係だけでなく、社会的な価値観も関わっています。

親を大切にすることは当然だと考えられやすく、子どもが親から受けてきた虐待や支配は、周囲に十分に理解されない場合があります。

「もう年なのだから許してあげればいい」「親にも悪いところはあったけれど、育ててもらったのでしょう」と言われると、自分が受けてきた苦痛を否定されたように感じることもあるでしょう。

しかし、親との関係をどのように扱うかは、過去の被害、現在の関係、親の健康状態、自分の生活や心身への影響を踏まえて考える必要があります。

連絡を減らす。一定期間会わない。支援機関を通して必要なことだけを扱う。自分への暴言や威圧が続く場合には、さらに距離を取る。

そのように、状況に合わせて関わり方を見直すことができます。

親と距離を置く決断をした後に、罪悪感や寂しさが残ることもあります。それは、親との関係が長い時間をかけて自分の中に作られてきたことと関わっている場合があります。

親の老いを前にして感じる複雑な感情を、急いで一つの結論へまとめる必要はありません。

最期までに親と和解したい気持ちが残っている

親との関係で深く傷ついてきた人でも、心のどこかに、いつか親から謝ってほしいという願いが残っていることがあります。

あのとき、なぜあんなことを言ったのか。どうして自分だけが我慢しなければならなかったのか。本当はどれほど怖く、悲しかったのか。

そうしたことを、親が年老いてから初めて伝えようとする場合があります。

親の死が現実味を帯びると、これまで言えなかった気持ちを伝えたいという思いが強くなることもあるでしょう。

しかし、親が高齢になったからといって、過去の出来事を受け止められるようになるとは限りません。

以前と同じように「そんなことはしていない」「いつまで昔の話をしているのか」と否定される場合もあります。逆に、親が弱っている姿を見ることで、言いたかったことを言えなくなることもあります。

そのような関係では、親に謝罪や理解を求め続けることが、本人の苦しさをさらに強める場合があります。

過去に受けた傷を整理することと、親から望んだ言葉を受け取ることは、分けて考える必要があります。

親が謝ってくれた場合に気持ちが変わることもあるでしょう。しかし、親が最後まで自分の行動を認めなかったとしても、自分が傷ついてきた事実を理解し、その経験を自分の人生の中で整理していくことはできます。

和解するかどうかも、親の老後や最期にどの程度関わるかも、自分の心身の状態を踏まえて考えることが大切です。

親から離れた後も、心の中では親の命令が続く

親と距離を置くことができても、心の中に残っている親の言葉や態度は、すぐには消えない場合があります。

休日にゆっくり過ごしていると、「怠けている」と責められるような感覚が生じる。自分のためにお金を使うと、親が困っているのに贅沢をしているように感じる。

親からの電話に出なかった後には、何日も落ち着かず、もし何か起きたら自分の責任になるのではないかと考え続けることがあります。

そのような反応は、親との物理的な距離を取った後も、心理的な支配や罪悪感が残っていることと関わっている場合があります。

子どもの頃、親の機嫌を損ねることが危険だった人にとって、親の要求に応じないことは、身体の緊張を伴う経験になりやすいものです。

頭では自分の生活を守るために必要な判断だと理解していても、親に従わなかった後には不安や焦りが強くなり、再び連絡を取りたくなることがあります。

そこで、罪悪感が生じたことだけを理由に、自分の判断をすぐに取り消す必要はありません。

今、実際に何が起きているのか。親の生活にはどのような支援が必要なのか。自分が直接対応しなければならない問題なのか。ほかに頼れる人や制度はあるのか。

そうしたことを確かめることで、過去の恐怖と現在の問題を少しずつ分けて考えられるようになります。

安心できない人の心理と身体|落ち着くほど苦しくなる理由では、危険な環境から離れた後も、心身の警戒や不安が続く仕組みについて詳しく扱っています。

親の老後とは別に、自分の人生を守る関係を育てる

毒親との関係で長く苦しんできた人は、親から距離を取った後に、強い孤独を感じることがあります。

親の干渉から解放されても、家族がいないような寂しさが残る。実家へ帰らないと決めても、年末年始や誕生日になると気持ちが揺れる。自分を傷つけてきた親なのに、どこかで親らしい愛情を求める気持ちが続くこともあります。

親との関係は、単純な好き嫌いだけで整理できるものではありません。

親から傷つけられてきた人にも、安心して頼れる家族がほしかったという願いが残っていることがあります。

そのため、親と距離を取った後には、生活の中で自分を支える人間関係を育てていくことも重要です。

困ったときに相談できる友人。自分の希望を尊重してくれるパートナー。断っても関係が壊れない相手。仕事や家族の問題を一緒に整理できる支援者。

そうした関係の中で、自分が誰かを支え続けなくても、安心して過ごせる経験を重ねることができます。

特に、親の感情を受け止めることが自分の役割だった人は、人から助けられることに慣れていない場合があります。

自分が困っていても相談せず、相手に迷惑をかけないようにする。頼られると安心する一方で、自分から頼ることには強い抵抗を感じる。

そのような人にとって、支えられる側になることも、回復の大切な経験になります。

親の老後の問題をすべて一人で抱えるのではなく、介護や福祉の専門職に相談することも、その一つです。

自分の生活を守ることが、親の介護を考える出発点になる

親の介護が必要になったとき、自分の生活をどこまで変えるべきか悩むことがあります。

仕事を続けられるのか。自分の家庭や子育てに影響が出ないか。親の費用をどこまで負担できるのか。直接会うことで体調が悪くならないか。

こうした問題を確認することは、親を見捨てるためではなく、現実的にどのような支援が可能なのかを考えるために必要です。

親の介護を引き受けた結果、自分自身が心身の健康を損ない、仕事を辞め、人間関係まで失ってしまえば、長期的に生活を維持することが難しくなる場合があります。

特に、幼少期から親の期待を優先してきた人は、親の老後についても、自分の生活より先に親の希望を考えてしまうことがあります。

しかし、親が望む介護の形と、実際に子どもが担える介護の形は、同じとは限りません。

親が自宅で暮らしたいと望んでいても、その生活を維持するために子どもが仕事を辞めなければならないのであれば、別の方法を検討する必要があります。

親が家族による介護を望んでいても、子どもが過去の虐待によって強い苦痛を感じるのであれば、専門職の支援を利用する方法を考えることができます。

自分がどの程度の支援なら引き受けられるのかを確かめ、その範囲を超える問題については、家族や地域の支援機関と分担していくことが大切です。

親との関係で長く傷ついてきた人にとって、自分の生活を優先することは、最初は強い罪悪感を伴うかもしれません。

それでも、親の人生と自分の人生を分けて考え、自分の健康や生活を守る経験を重ねることで、これまで続いてきた親子の役割を少しずつ見直せるようになります。

おわりに|親の老いによって、自分の人生まで明け渡さないために

機能不全家庭で育った人は、幼い頃から親の感情を支え、家庭の空気を整え、家族が困らないように自分を後回しにしてきたことがあります。

親が怒らないようにする。親が悲しまないようにする。親から頼まれたことを断らない。自分が我慢すれば、家庭は何とか保たれる。

そうした役割を長く担ってきた人にとって、親が年老い、介護を必要とするようになることは、子どもの頃の生活へ再び引き戻されるような体験になる場合があります。

親の身体は弱くなっていても、以前と同じ要求や暴言が続くことがあります。親を助けたいと思う一方で、過去に傷つけられた怒りがよみがえることもあるでしょう。

そのようなとき、親を大切にしたい気持ちと、自分の生活を守りたい気持ちの間で揺れることがあります。

親を助けることができるなら、どこまで関わるのか。直接介護することが難しいなら、どのような制度や支援を利用できるのか。親との連絡を続けるとしても、どの程度の距離なら自分の心身を保てるのか。

そうした問題を、自分の生活と切り離さずに考えることが大切です。

これまで親のために使ってきた力を、少しずつ自分の生活へ戻していくこともできます。

親から連絡があっても、すぐに返事をせず、自分の予定を確認する。無理な要求をされたときには、引き受けられる範囲を伝える。自分だけでは対応できない問題については、専門職や制度を利用する。

そうした選択を重ねることで、親の要求へ自動的に応える関係から、自分の意思で関わり方を決める関係へ、少しずつ変えていくことができます。

親が高齢になったからといって、過去に受けた傷が消えるわけではありません。親に感謝している部分があっても、深く傷ついてきた事実が変わるわけでもありません。

親の介護を引き受ける場合にも、距離を置く場合にも、その選択によって自分の人生がどのように変わるのかを考える必要があります。

親の老後をどう支えるかという問題と、自分がこれからどう生きていくかという問題は、分けて考えることができます。

子どもの頃には、親の機嫌を損ねないことが、自分を守るために必要だったのかもしれません。

しかし大人になった今は、自分の生活や健康を守りながら、親との関わり方を選ぶことができます。親の人生を支えるために、自分の人生のすべてを使う必要はありません。


参考文献

  1. Nakajima, M. (2026). Caring for Aging Parents After Childhood Maltreatment: A Qualitative Study of Japanese Adult-Child Caregivers. Clinical Gerontologist, 49(5), 1288–1305.
    https://doi.org/10.1080/07317115.2026.2703686
  2. Band-Winterstein, T. (2014). The Impact of Lifelong Exposure to IPV on Adult Children and Their Aging Parents. Journal of Family Issues, 35(4).
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  3. Kong, J., Kunze, A., Goldberg, J., & Schroepfer, T. (2021). Caregiving for Parents Who Harmed You: A Conceptual Review. Clinical Gerontologist, 44(5), 507–519.
    https://doi.org/10.1080/07317115.2021.1920531
  4. 厚生労働省「地域包括ケアシステム・地域包括支援センターについて」
    https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/hukushi_kaigo/kaigo_koureisha/chiiki-houkatsu/index.html
  5. 厚生労働省「介護休業制度・法改正のポイント」
    https://www.mhlw.go.jp/seisakunitsuite/bunya/koyou_roudou/koyoukintou/ryouritsu/kaigo/law-amendment/
  6. e-Gov法令検索「民法第877条~第879条(扶養)」
    https://laws.e-gov.go.jp/law/129AC0000000089

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井上陽平(公認心理師・臨床心理学修士)。
トラウマ・解離・PTSD・愛着障害を専門とする心理カウンセラー。
児童養護施設、情緒障害児施設、精神科クリニックでの臨床経験を積み、
心身反応(フリーズ・過覚醒・離人感)への介入や、
複雑性トラウマ、対人関係、境界線の問題に重点的に取り組む。

研究テーマは「複雑性トラウマの身体反応」「解離と自己構造」「愛着スタイル」「虐待と対人関係のパターン」。現在は「こころのえ相談室」にてトラウマ専門のカウンセリングを提供。書籍の企画・執筆に関するご依頼も承っております。

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