なぜ家に帰ると何もできなくなるのか|トラウマ・過覚醒・エネルギー枯渇の正体

トラウマを抱えた人々の中には、仕事や活動を通じて気晴らしをすることで心地良さを感じる人々がいます。
彼らは仕事や身体活動に没頭することで、心の中にある雑念や苦しみから一時的に解放されるからです。

この状態では、思考がはっきりし、集中力が高まり、周囲からは「よく動けている人」「しっかりしている人」に見えることも少なくありません。そのため、本人も「自分はまだ大丈夫だ」「まだ頑張れる」と錯覚しやすく、結果として過度に仕事を頑張りすぎてしまう場合があります。

しかし、一日の終わりに家に帰ると、彼らはスイッチが切れたかのようにぐったりして、何もやる気がおきないモードに切り替わることがあります。
この切り替わりは意志の問題ではなく、張り詰め続けた神経系が限界を超えた結果として起きる反応です。

このように「動いている間は大丈夫なのに、止まると一気に落ちる」という現象は、
トラウマが心だけでなく身体に残っていることと深く関係しています。
実際、トラウマは記憶としてだけでなく、緊張や疲労反応として身体に固定化されることが多く、
▶︎ トラウマが身体に残る仕組み
https://trauma-free.com/category/cptsd/somatic/
で詳しく解説されているように、「動くことで感じないようにしている」状態が続いている場合も少なくありません。


トラウマと発達障害を持つ人々のエネルギーの振り子

トラウマや発達障害を持つ人々の中には、仕事や職務など特定の役割に強く自己のアイデンティティを結びつけている人々がいます。
これらの人々は、自分の価値観や目標を仕事に重ね、その領域で力を尽くすことを選びます。

言い換えれば、彼らは仕事を通じて自己を保ち、役割を果たすことで「自分が存在してよい理由」を感じています。そのため、任務に対して全力投球の姿勢を取りやすく、途中で力を抜くことが極端に難しくなります。

しかし、仕事の困難さやプレッシャーを受け続けることは、大きなエネルギーと労力を必要とします。
職場から離れて家庭に帰ると、彼らはしばしば強烈な倦怠感や脱力感に見舞われ、日常生活の基本的なタスクさえも困難に感じるようになります。

このような現象は、彼らが
「過覚醒」と「低覚醒」
という二つの状態を行き来している可能性があります。

仕事中は過覚醒状態となり、全神経を集中させて環境に適応します。一方、家庭に帰ると神経系は一気に低覚醒へと落ち込み、解離的な状態となり、エネルギーが枯渇し、何もする気力がなくなるのです。


ストレスとトラウマへの身体の反応とその管理

ストレスやトラウマは、思考や意識よりも先に身体に反応を起こします。
これは意志や性格の問題ではなく、生存のために形成された反射的な反応です。

ストレスやトラウマが頻繁に体験されると、自己防衛の一部として体と心は「闘うか、逃げるか」というモードに移行します。
この状態が過覚醒です。

過覚醒状態では、心拍数が上がり、筋肉は緊張し、注意は外界に向かい続けます。本人は「集中している」「気が張っている」と感じるかもしれませんが、実際には神経系は休む余地を失っています。

しかし、この状態が長く続くと、身体は別の防衛を選びます。
それが低覚醒、つまり解離やシャットダウンです。

低覚醒状態は、エネルギーをこれ以上消耗しないための最後の安全装置です。
動けなくなる、考えられなくなる、眠り続けてしまうといった反応は、壊れているのではなく「これ以上は持たない」という身体からの明確なサインなのです。

このとき身体で起きているのは、
「感じないことで生き延びる」方向への切り替えです。
つまり、感情や疲労を意識から切り離すことで耐えている状態であり、
▶︎ 解離・感じないことで生き延びる反応
https://trauma-free.com/know-myself/
で説明されているような、防衛反応が背景にあります。


繊細な人に起きやすい神経系の適応

繊細な人は、自分の感情よりも先に、他人の感情を感知します。
これは共感性の高さであると同時に、幼少期に「周囲を読むことが安全につながった」経験を持つ人に多く見られます。

このような人々は、環境の変化や他者の気配を敏感に察知することで、危険を避けてきました。
臨床的には、これは過覚醒状態が慢性化した神経系の適応と捉えられます。

彼らは外にいる間、無意識のうちに緊張を保ち続けています。
だからこそ、家に帰って初めてスイッチが切れ、外では保っていた緊張が一気に抜け、身体が鉛のように重くなります。

寝過ぎてしまうのは怠けではありません。
それは、張り詰め続けた神経系が回復を強く求めている自然な反応です。

繊細な人は、本来、最も丁寧に扱われるべき存在です。
神話的に言えば、世界の微かな兆しを感じ取る〈境界の番人〉であり、常に周囲を守る役割を担ってきた存在でもあります。

回復とは、その役割を降ろし、
「感じること」を責任ではなく、自分のために取り戻していく過程です。


トラウマのエネルギーの枯渇と虚無感のサイクル

トラウマを持つ人々は、好奇心が高まったり、明確な目的や役割(仕事、子育て、学業、社会活動など)が存在するときには、思考や行動が活性化します。

しかし、長時間の労働、混雑した電車、対人緊張などによって疲労が蓄積すると、エネルギーは急速に枯渇します。
家に帰っても体力が残っておらず、行動するためのエネルギーが完全に不足します。

さらに、目的や役割を失うと、彼らは慢性的な虚無感に陥ります。
この虚無感は「何も感じない」というより、「感じる力そのものが遮断された状態」に近いものです。

その結果、自分が誰であるか、何を大切にしてきたのかが分からなくなり、半分眠ったような状態で日常生活を送ることになります。
これは精神的な弱さではなく、神経系とエネルギーの限界点です。

この段階で無理に元気になろうとしたり、
気合や前向き思考で立て直そうとすると、
神経系はさらに防衛を強めてしまいます。

回復がゆっくり進む理由は、
神経系が安全を再学習するプロセスが必要だからであり、
▶︎ 回復はなぜゆっくり進むのか
https://trauma-free.com/treatment/self-care/
で述べられているように、「急がないこと」自体が治療的意味を持ちます。


エネルギーの回復と自己成長の道

トラウマを抱える人々が、このエネルギー枯渇と虚無感から抜け出すためには、意識的なエネルギー回復のプロセスが必要です。
それは「何もしないで休むこと」だけを意味するものではありません。

多くの当事者は、休もうとすると逆に不安が強まったり、罪悪感が湧いたりします。
それは、これまで 緊張し続けることで安全を保ってきた神経系 にとって、「緩むこと」そのものが未知であり、危険に感じられるからです。

そのため回復において重要なのは、
安全な環境の中で、神経系が
「緩んでも大丈夫だ」
「何もしなくても生き延びられる」
少しずつ学び直していくプロセスです。

深呼吸、短い散歩、身体感覚に注意を向ける時間、感情を言葉や表現として外に出す行為は、単なるリラックス法ではありません。
それらは、思考を介さずに神経系へ直接働きかけ、「いま・ここは安全だ」という情報を身体に伝える行為です。

特に、何かを「頑張って感じよう」とするのではなく、
重さ・温度・呼吸の出入りといった微細な身体感覚に気づくことは、
過覚醒と低覚醒の極端な振れ幅を、少しずつ中央へ戻していく助けになります。


自己認識と人間関係の再構築

回復が進むにつれて、自分の欲求や限界が少しずつ分かるようになります。
それは突然はっきり分かるものではなく、

「今日はここまでが限界だった」
「この人と話すと、あとでどっと疲れる」

といった、身体の反応を通した小さな気づきとして現れます。

この自己認識が育ってくると、人間関係も自然に見直されていきます。
トラウマを抱える人はこれまで、
無意識のうちに「役に立つこと」「期待に応えること」で関係を維持してきた場合が少なくありません。

しかし回復の過程では、
エネルギーを奪う関係、
常に緊張を強いられる関係、
不健全な役割期待に基づいた関係から、
少し距離を取る必要性が浮かび上がってきます。

それは冷たさでも自己中心性でもなく、
神経系とエネルギーを守るための、極めて現実的な調整です。

自分にとって安全で、無理をしなくても成立する関係を選び直すことが、
エネルギーの回復を支え、回復を一時的なものではなく持続可能なものにしていきます。


トラウマを抱える人々にとっての未来の展望

トラウマからの回復は、決して直線的な道のりではありません。
良くなったと思った矢先に、再び動けなくなることもあります。

しかしそれは後退ではなく、
神経系がこれまでよりも深いレベルで調整を行っている過程であることも少なくありません。

神経系が少しずつ「安全」を学び直すことで、
エネルギーは以前とは違う形で戻ってきます。
それは、無理に自分を駆り立てるエネルギーではなく、
休みながら使える、持続可能なエネルギーです。

その過程で人は、
以前よりも自分の限界を知り、
無理を前提としない選択ができるようになります。

それは単なる回復ではありません。
役割や緊張に支えられた生き方から、
感覚と現実に根ざした生き方へと移行していく、
生き方そのものの再編です。

トラウマからの回復とは、
失ったものを取り戻すだけでなく、
これまで知らなかった「自分に合った生き方」を、
あらためて選び直していくプロセスでもあるのです。


カウンセリングのご案内

当相談室では、
家に帰るとスイッチが切れて何もできない状態、
慢性的な疲労、虚無感、解離に関するカウンセリング・心理療法を行っています。

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【執筆者 / 監修者】

井上陽平(公認心理師・臨床心理学修士)

【保有資格】

  • 公認心理師(国家資格)
  • 臨床心理学修士(甲子園大学大学院)

【臨床経験】

  • カウンセリング歴:10年/臨床経験:10年
  • 児童養護施設でのボランティア
  • 情緒障害児短期治療施設での生活支援
  • 精神科クリニック・医療機関での心理検査および治療介入
  • 複雑性トラウマ、解離、PTSD、愛着障害、発達障害との併存症の臨床
  • 家族システム・対人関係・境界線の問題の心理支援
  • 身体症状(フリーズ・過覚醒・離人感・身体化)の心理介入

【専門領域】

  • 複雑性トラウマのメカニズム
  • 解離と自律神経・身体反応
  • 愛着スタイルと対人パターン
  • 慢性ストレスによる脳・心身反応
  • トラウマ後のセルフケアと回復過程
  • 境界線と心理的支配の構造
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過緊張や生きづらさは、あなたのせいではなく、育った環境や親子関係の中で身についた生存の反応として残ることがあります。
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