原始的防衛機制の分裂と投影性同一視|ボーダーの心理

精神分析

投影性同一視(プロジェクティブ・アイデンティフィケーション)は、精神分析家メラニークラインが提唱した、個人が耐えがたい感情や欲望を無意識に他者に投影し、相手がその感情を抱いているかのように認識し、それに基づいて行動する防衛機制です。これは特に境界性パーソナリティ障害など、トラウマを経験した人々に見られる原始的な防衛機制です。

投影と投影性同一視の違い

精神分析では、投影の概念は最も基本的な概念になります。投影とは、不安や欲望などの内的世界を他者に反映させる精神的メカニズムを指します。投影性同一視では、投影する側と投影の受け手との間の相互作用は、両側が互いに影響し合うコミュニケーションの一形態と見なすことができます。

原始的防衛機制の投影性同一視

投影性同一視は、境界性パーソナリティ障害(ボーダーライン)の患者が使用する原始的な防御メカニズムと見なされることがよくあります。投影性同一視は、トラウマの結果として、自己は脆弱になり、脳は脅威を取り除こうとして、自己と他者の関係に緊張を生み出す防御を活性化することになります。

危険や生命の危機を感じている人は、物事を客観的に見ることができなくなり、自己と対象の肯定的な側面と否定的な側面の両方を組み合わせて、全体の現実を把握することが難しくなります。そして、危機的な場面では、自己や対象のネガティブな側面から自分の身を守ろうとします。しかし、うまく対処できない場合は、ネガティブな感情や欲望、恥などを処理できず、感情や行動をコントロールできなくなります。その結果、彼らは他人を巻き込むことによってこれらの否定的な感情を解決しようとします。

ちなみに、防衛機制とは、不快な状況や潜在的な脅威に曝された際に、不安を軽減するための、無意識の心のメカニズムです。このような防衛機制は、本人の意識に届かない無意識のものであり、重度の病理状態には原始的な防衛機制が見られます。

発達早期のトラウマと原始的防衛

発達早期のトラウマとは、完全な自我形成が行われる前の非常に早い幼児期に経験される体験になります。 このようなトラウマは、子供にとって耐えられない精神的な苦痛を引き起こし、しばしば記憶が定着しない場合があります。 これにより、無意識の暗黒面が批判的になり、自我の立場を攻撃する精神力動的なプロセスを取り、原始的防衛機制の分裂や投影性同一化が生じることがあります。

この精神力動的なプロセスは、人間の心理にとって非常に重要です。耐え難い苦痛に直面すると、私たちは自分自身を守るために、原始的な防衛機構を使い、自分の負の感情を投影し、他者に押し付けます。このような経験は、人格形成の過程に深刻な影響を与える可能性があります。特に、トラウマを体験した子供が成長するにつれて、トラウマが持つ潜在的な影響は、より複雑になっていくことがあります。

コミュニケーションとしての投影性同一視

投影性同一視とは、様々な精神分析の臨床家が議論している概念であり、病的な人だけでなく健康な人にも見られる現象です。この現象では、自分自身が抱える不安や衝動を排除し、自分の良い部分を良い対象に投影することによって、共感的なコミュニケーションをとることができます。一方で、自分を迫害する悪い対象を自己外化し、自分の悪い部分を相手に投影することで、自己防衛を行う場合もあります。

投影とは、相手が自分のことを好き嫌いしているかどうかではなく、自分自身が思っていることを相手に投影してしまうことが多い現象です。良いものを相手に投げ入れる人は、一般的に自信にあふれ、人を信頼し、相手に好かれていると思って接します。また、自分自身を守るために良いものを投げ入れる人もおり、良好な関係を維持しようとする傾向があります。一方、悪いものを相手に投げ入れる人は、自分に自信がなく、人を信用できず、相手に嫌われていると思って接する傾向があります。また、自分が正しいと思うために、意図的に悪いものを投げ入れる人もいます。

正常な発達の人と病的な人の違い

正常な発達を遂げた人は、自分が自分であることが当然の感覚であると同時に、自己の連続性が一貫していて、自分と他者との区別が明確であると理解しています。彼らは、相手が自分と同じように考えることを期待せず、他人のことはよく分からないものであると考えます。自分と他者との違いを認識し、相手との間にある距離感を適切に取ることができるため、コミュニケーションにおいてもスムーズに対応することができます。

病的な人の場合、心と身体に痛みが刻まれ、そのために身体的にも動くことがしんどくなり、自分の感覚や感情が分からなくなっていきます。自我がまとまりを欠いているため、自己が断片化し、自分自身についての理解が不十分となります。このような人々は、自分が自分である感覚が欠如しており、自他の区別がつかなくなります。さらに、相手の欲求や感情、考えが入り込んでくるように感じたり、自分自身と他者が混ざり合っているように感じたりします。自分が相手の考えを理解していると勘違いしたり、自分のことも理解してもらいたいと思い込んで、自分と他者が融合的な同一化を試み、自己を癒そうとします。しかし、一方で、自分には耐えられない欲求や感情、考えは否認され、苦手な相手がそれを持っているかのように感じます。

病的な人は、過去に精神的外傷を経験していたり、生まれつき脆弱な性格であったりすることがあります。彼らは、何かしらの衝撃を受けた際に、自分自身を守るために身体が反応してしまい、凍りついてしまったり、虚脱状態になってしまうことがあります。そのため、常に危険を感じ、崩壊への不安が強く、一般の人よりも過呼吸やパニック、離人症状、解離症状、虚脱など、精神的な崩壊に陥りやすい傾向があります。

病的な人は、非常に敏感で脆いために、頭の中で過剰に情報処理して、生活のありとあらゆる場面から脅威を探し出すことに長けています。このため、この世界の全ての人が敵になっているかのように感じて、相手に自分の破壊的な部分を投げ込んでしまい、相手が自分を破壊しているかのように振る舞います。また、自分の破壊的な部分を相手そのものにして話をひっくり返すため、投影性同一視に巻き込まれた人は、その場にいることがしんどくなります。

病的な投影性同一視

臨床現場で携わる人々は、病気の進行が深刻な状態の患者たちと接します。彼らは、孤独で寂しく、愛情を求めており、基本的な信頼感が欠如しています。自分が望んでいない、または耐えられない欲求や感情は分裂排除され、相手が持っているものだと認識される傾向があります。

病的な投影性同一視をする人々は、絶え間ない家庭内の虐待、レイプ、犯罪被害、いじめなどに苦しむ被害者が多い傾向にあります。彼らは、過去には監禁されていたり、家庭や学校などの強制的な環境で酷い仕打ちを受けてきた経験があります。このような環境で育ったため、自分の気持ちを切り分けて、加害者の主張に適合したり、正解を探ったり、共感を示したりすることで生き残ってきました。しかしながら、自分自身の言葉や気持ちを表現できず、自分の欲求や感情を麻痺させてきた傾向があります。

彼らは、本来の自己がどこかに行ってしまい、代わりに偽りの自己が日常生活を支配するようになります。その偽りの自己はあたかも正常であるかのように振る舞い、環境に適応するために努力します。生き残りの戦略として、加害者の要求に従い、思いやりや愛情を持って接する部分が活動しますが、怒りや恐怖、怯えなどのネガティブな感情を抱えた防衛的なパーツは身体のどこかに押しやられてしまいます。

加害者から逃れ、平穏無事な世界に戻ったとしても、彼らの体には危機や崩壊への不安があり、脳はその危険信号を受け取り、過剰に警戒しています。脅威を遠ざけようとする防衛機制が働きます。彼らは人から否定的な反応を受けることを恐れ、非難されたり、信じていた人に裏切られたりすると、簡単に精神が崩壊するかのように経験されます。

彼らは潜在的な脅威に対して非常に敏感で、何でも脅威に感じてすぐに凍りついて被害者になってしまいます。どのような組織の中でも、苦手と感じる特定の人がいて、自分が脅かされている被害者になって周りを騒がせるトラブルメイカーになります。苦手な人とのトラブル時には、過覚醒や部分的なフラッシュバック、解離が生じ、左脳の働きが鈍り、理性的な判断が難しく、客観的に物事を見ることができません。彼らは相手が自分を脅かしている被害者の立場にいるため、自分の加害性を否定し、自分都合の良いようにしか考えられません。

彼らは非常に傷つきやすく、人に頼っては裏切られる経験を繰り返し、相手を信頼しても裏切られると思っています。これまでに人の身勝手さ、エゴ、欲、嫌なものを見せつけられ、何度も傷つかなければならないと感じ、感情的になりすぎて冷静に判断できません。また、周りの人たちのせいで自分の人生が台無しになり、泣き寝入りするしかなく、腸が煮えくり返るような思いを抱えています。

彼らは常に自分が脅かされている被害者であると感じ、自分を脅かす相手を悪者として捉え、自分の否定的な感情を否認され、相手がそのような感情を持っているかのように感じます。そして、自分の否定的な感情を受け入れることができず、自分が酷い目に遭わされたと悔しがり、分裂排除された否定的な感情を周囲にまき散らします。

また、サバイバーとして生き延びてきた彼らは、パワーが凄まじく、人と関わる場面では相手に支配されたり、意識で押さえつけられそうになったりすると先手を打って攻撃してしまいます。しかし、彼らは被害者意識が強く、自分の怒りや攻撃性が加害者のものであると否定され、相手の感情が自分に向けられているかのように扱われたり、自分が相手に攻撃されているように感じることがあります。

このような病的な投影性同一視をする人の内的世界には、戦ったり逃げたり、愛着を持つなどの防衛的なパーツが存在します。日常生活を送る自己は、相手の表情や声のトーン、振る舞い、感情などに敏感に反応して、防衛的なパーツが侵入するため、相手次第で自分の状態が変わってしまいます。つまり、相手との関係によって、自分の性質とは思えない欲求や感情、思考が沸き起こりますが、それらを相手からもたらされたものだと受け取ってしまいます。

投影性同一化が激しい人は、話し相手との関係が深まると、防衛的なパーツが自分に入り込むため、自分の状態がめまぐるしく変わり、混乱してしまいます。自分自身の体が、戦ったり逃げたり、愛着や性愛の防衛パーツに乗っ取られ、防衛的なパーツが話し相手とやり取りします。トラウマを再演する場面では、完全に防衛パーツに支配され、本来の自分は無力な状態に陥り、恐怖に怯えた被害者になります。客観的な事実は、防衛パーツと話し相手との関係にあるのですが、もう一つの心の世界があり、本来の自分が体験する心の世界とは合っていない場合があります。

本来の自分は、常に誰かに傷つけられた被害者となり、相手は自分を傷つけてきた加害者のように見えます。そして、分裂排除された否定的な性格は自分自身のものではなく、他者に投影され続けます。このように困難な環境にいる人ほど、自身の否定的な性格が排除されると同時に、純粋さが高まり、自分と他者がまだ区別されない状態で、対象を求める質が極端になることがあります。

治療アプローチ

投影性同一視を克服するためには、まず自己の感情と他者の感情を明確に区別する訓練が必要です。この過程は、自己の感情を相手に投影してしまう習慣を見つけることで始まります。例えば、自分の内にある怒りや恐れを他者が感じていると勘違いしていることに気づくことが重要です。この気づきは、投影のプロセスが無意識の中で起こるため、非常に難しいことです。セラピストのサポートや自己観察を通じて、徐々に自己と他者の境界線を明確にしていく必要があります。

次に、投影性同一視によって生じる防衛メカニズムの解除が求められます。防衛メカニズムは、過去のトラウマや未解決の感情からくるものであり、それらを認識し、癒すことで、無意識に働いていた防衛が少しずつ減少していきます。このプロセスは、自身が抱える否定的な感情を他者に押し付けるのではなく、自分のものとして受け止め、処理する方法を学ぶことが中心です。

心理療法では、セラピストとクライアントの間で安全な関係を構築することが投影性同一視の治療において不可欠です。セラピストは、クライアントが自身の感情を他者に投影せずに、自己の内面に向き合えるよう支援します。このプロセスを通じて、クライアントは自己の感情や衝動を正確に認識し、適切に処理する能力を高めていきます。

最後に、自己と他者の境界を築く練習が行われます。境界の構築は、特に境界性パーソナリティ障害を持つ人々にとって重要です。彼らは感情的に他者と融合してしまうことが多いため、健全な境界を持つことで自己の感情や行動をよりコントロールできるようになります。こうした過程を通じて、自己の感情を他者に投影することなく、健全な関係を築くためのスキルを磨くことができるのです。

まとめ

投影性同一視は、トラウマや境界性パーソナリティ障害に見られる原始的な防衛機制であり、自己の感情や欲望を他者に投影し、相手がその感情を持っているかのように認識するものです。この防衛機制は、他者との関係を破壊する可能性があり、心理療法を通じて、自己の感情を正しく認識し、処理することが求められます。

トラウマケア専門こころのえ相談室
公開 2021-04-21
論考 井上陽平

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