ストレスや不安を強く感じたときに起こる「解離」:自我と感覚が曖昧になる瞬間

強いストレスや不安が閾値を超えると、心は現実からそっと距離を取ります。
その“距離”こそが解離です。

意識がぼやけ、全身の感覚は鈍り、抗いきれない眠気が波のように押し寄せる。
頭のどこかは「いま危険だ」と知っているのに、身体はブレーキを踏むように動きが鈍くなり、思考はスローモーションになる。

それは、心が耐えがたい苦痛から自分を守るために、
「ここではないどこか」へ一時的に身を避難させるプロセスだと言えます。

けれど、この避難所は永住の場所ではありません。
ほっとしたのも束の間、酩酊に似た曖昧さや、罪悪感・無力感のさざなみが戻ってきて、私たちはまた現実の重さに向き合わされます。

解離は守ってくれる——しかし、解決はしてくれない。
その二面性を理解することから、回復は始まります。

ストレスや不安が高まったときに起こる「解離傾向」全体の流れについては、こちらの記事も参考になります。
解離とは何か?原因・症状・治し方を専門家がわかりやすく解説


「解離」という防衛が生まれるまで──神経システムの視点

高圧の心身状態 → 自動的な「切り離し」

精神的圧力が頂点に達すると、心は自己防衛として現実との結び目をゆるめます。
これは単なる「逃げ」ではなく、神経システムが生存を優先するときに選ぶ、極端な安全戦略です。

  • 急激な不安や恐怖、羞恥、絶望
  • 逃げることも抵抗することも許されない状況
  • 「ここにいると壊れてしまう」と深層で感じる瞬間

こうした条件が重なると、交感神経による「闘争・逃走」のモードを維持することが難しくなり、
神経は一気にブレーカーを落とすように、活動をシャットダウンする方向へ傾きます。

そのときに起こるのが、

  • 眠気
  • 感覚の麻痺
  • 意識の曖昧さ

といった解離の現象です。

自律神経とトラウマ反応の関係について、より身体の仕組みから知りたい方は、こちらも参照してください。
トラウマと自律神経の関係:なぜ心と体は同時に疲弊するのか
https://trauma-free.com/physicality/autonomic-nerves/


解離の質感──「浅い眠り」のようでいて決して眠りではない

眠気・感覚の麻痺・意識の曖昧さ

目は閉じるのに、耳は世界の音をうっすら拾っている。
嗅覚・触覚もゼロにはならず、弱く続いている。

まるで水面下に沈みながら、上の世界の音だけがぼんやり届いているような状態。
**深い眠りに似て非なる“浅い避難”**が、そこで起きています。

曇り空の比喩

解離の状態は、よく「曇り空」にたとえられます。

  • 直射日光(むき出しの苦痛)からは守られる
  • しかし、澄みきった青空のような爽快さはない

安堵と不安定が同居する“曇天の安息”——
それが、解離の持つ質感に近いでしょう。


解離の主観的体験──「核」と「霧」

解離の内側では、中心に硬質な「核」(自我・自己意識)があり、その周囲を曖昧な霧(感覚の鈍麻・反応の低下)が包みます。

  • 「自分」は確かに存在するのに、輪郭がぼけてつかめない
  • 外界の刺激は遠のき、音も色も一枚フィルムを挟んでいるように感じられる
  • 「ここにいるのに、ここではない自分」が生きているような違和感

この「核と霧」の構造こそが、解離の防衛を特徴づけています。
霧は私たちを苦痛から守る盾になりますが、同時に、他者とのつながりや自己のリアリティをも隠してしまうのです。


なぜ“避難所”に留まり続けられないのか

避難所は、安全だけでなく孤独も運ぶ場所です。

感情へのアクセスは鈍り、言葉は遠くなり、他者への橋が落ちていく。
守られながらも、回復に必要な“つながり”と“意味づけ”が細る——ここに長居できない理由があります。

  • 人との関係が「面倒」「怖い」と感じやすくなる
  • 何をしても実感が湧かず、「生きている感じ」が乏しくなる
  • 「どうせわかってもらえない」という諦めが、ますます孤立を深める

短期的には命を守る防衛が、長期的には人生を小さく閉ざしていってしまう。
そのジレンマが、解離を抱える人の苦しさの本質です。

より重い解離性障害との境界や、日常生活への影響については、こちらで詳しく扱っています。
解離性障害とは何か:日常が遠のくときに起こっていること
https://trauma-free.com/dis/dissociative-disorders/


解離が「守り」から「停滞」に変わるとき

解離そのものは悪ではありません。
しかし、次のような変化が見られるとき、心の防衛が「停滞」に変わりつつあるサインかもしれません。

  • 解離の頻度・持続時間が増える
  • 現実の課題を先延ばしにすることが常態化する
  • 他者との断絶感が強まり、自己の輪郭が薄れる
  • 罪悪感・無力感が増幅し、「動けなさ」が固定化していく

**「守り」→「孤立」→「停滞」**という連鎖を断つためには、
避難所の存在を否定せず、「戻ってくるための道筋」をあらかじめ準備しておくことが大切です。


解離から戻る「小さな橋」──“今ここ”へのリワイヤリング

強い意志や根性ではなく、小さく具体的な手順で「今ここ」に戻るルートを増やしていきます。
鍵になるのは、思考よりも身体感覚です。

① 呼吸の錨

  • 4秒吸って、6〜8秒かけてゆっくり吐く × 5サイクル
  • 吐く息とともに、肩と顎の力を「2割だけ」抜くイメージ

「全部リラックスしよう」とするのではなく、「2割だけ抜く」と決めることで、
解離状態でも実行しやすくなります。

② 接地(グラウンディング)

  • 足裏の三点(親指球・小指球・かかと)の圧を、順番に10秒ずつ感じる
  • 椅子の座面が太ももを支える感触を、呼吸に合わせてスキャンする

「地面に支えられている」という感覚を思い出すことは、
現実世界への“物理的な帰還路”を確かめる行為です。

③ 五感オリエンティング

  • 見える物を3つ、聞こえる音を2つ、匂い/触感を1つ、心の中で“名前をつけて”数える
  • 言語化が難しければ、「赤いもの」「丸いもの」といったラベルでも構いません

五感を通じて「世界がここにある」ことを再確認することで、
解離の霧の中に少しずつ輪郭線が引かれていきます。

④ 微小な運動

  • 指を握る/開くを10回、肩を前後に各5回
  • 立位が可能なら、足踏みを20歩(視線はできるだけ水平に保つ)

大きな運動ではなく、「微小な動き」から始めることがポイントです。
身体が「まだ動ける」という感覚を取り戻しやすくなります。

⑤ 事実カード

  • ポケットメモに「今は〇年〇月〇日」「ここは自室/オフィス」「私は安全」と3行だけ書いておく
  • 解離しそうなとき、あるいは戻ってきたときに読み上げる

言葉がなかなか入ってこないときでも、「日付」だけは現実をつなぐ杭になります。
最低限の「事実」を確認することが、解離の霧に小さな穴を開けます。


日常でできるセルフケア設計──“解離しにくい一日の組み立て方”

解離そのものを無理に止めるのではなく、「そこまで追い込まれないように一日を設計する」視点も重要です。

  • 負荷の見える化
    • 起床直後・昼・夜に0〜10でストレス/眠気を自己採点
    • 7以上で「必ず5〜10分休む」というルールを自分に課す
  • 回復の予約
    • 毎日同じ時間帯に、5〜10分の“何もしない時間”を固定する
    • スマホは別室に置き、外界からの情報入力を意図的に止める
  • 刺激の調律
    • 音量、照度、匂いなどの感覚刺激を「自分仕様」に微調整する
    • ノイズキャンセリング、間接照明、香りの弱い柔軟剤など、小さな工夫を積み上げる
  • つながりの維持
    • 週1回でよいので、短文で近況を共有する相手をつくる
    • 「今週は○○が助かった」の一行だけでも、世界との細い糸を保ち続けることになる
  • 引き金の把握
    • 解離の前後に共通する場面・時間帯・人・言葉をメモしておく
    • 完全に避けるのが難しければ、「事前に休む」「一人になれる場所を確保する」など準備を整える

専門家と進める「根本へのアプローチ」

解離が守ってきた痛みは、多くの場合、一人で抱えるにはあまりに大きな体験に由来しています。
そのため、一定以上の頻度・強さになっている場合は、専門家のサポートのもとで扱っていくことが安全です。

  • トラウマ・インフォームドな心理療法
    • 安定化 → 記憶・感情の処理 → 統合という三段階を踏む
    • いきなり過去を掘るのではなく、「今ここでの安全」を最優先する
  • ソマティック(身体志向)アプローチ
    • 呼吸・体性感覚・微細な運動に焦点を当て、身体レベルでの“凍りつき”を少しずつ溶かしていく
    • 言葉にすることが難しい体験にも、身体を通してアクセスできる
  • 現実検討とセルフコンパッションの再学習
    • 「あのときの自分」に向けられていた激しい自己批判を、事実の文脈から捉え直す
    • 「あれは弱さではなく、生き延びるための最善だった」と理解できるようになることが、解離の役割を減らす

こうした身体志向のトラウマケアについては、次の記事でさらに詳しく解説しています。
ソマティック・エクスペリエンシングとは:身体からトラウマを解いていく方法
https://trauma-free.com/treatment/somatic-experiencing/


まとめ──解離は「悪者」ではない。帰還路を持てば、避難は力に変わる

解離は、あなたを守ってきました。
その瞬間のあなたには、他に選べる手立てがほとんどなかったのかもしれません。

ただ、その避難所に住み続けると、現実の土壌がやせ細ってしまう。
人との関係も、仕事も、日常の小さな楽しみも、「自分とは関係のない遠い世界」に感じられていきます。

だからこそ、戻ってくるための小さな橋を日常に用意しておくことが大切です。
呼吸、接地、五感、微小運動、事実カード——たった数十秒の実践が、曇り空の下に確かな道を描きます。

守られたあなたが、また進めるように。
避難所を持ちながら、“帰る先”を増やしていく——
それが、解離とともに生き、やがて解離を必要としない時間を少しずつ増やしていく道です。

STORES 予約 から予約する

【執筆者 / 監修者】

井上陽平(公認心理師・臨床心理学修士)

【保有資格】

  • 公認心理師(国家資格)
  • 臨床心理学修士(甲子園大学大学院)

【臨床経験】

  • カウンセリング歴:10年/臨床経験:10年
  • 児童養護施設でのボランティア
  • 情緒障害児短期治療施設での生活支援
  • 精神科クリニック・医療機関での心理検査および治療介入
  • 複雑性トラウマ、解離、PTSD、愛着障害、発達障害との併存症の臨床
  • 家族システム・対人関係・境界線の問題の心理支援
  • 身体症状(フリーズ・過覚醒・離人感・身体化)の心理介入

【専門領域】

  • 複雑性トラウマのメカニズム
  • 解離と自律神経・身体反応
  • 愛着スタイルと対人パターン
  • 慢性ストレスによる脳・心身反応
  • トラウマ後のセルフケアと回復過程
  • 境界線と心理的支配の構造

コメントする