「最初は神みたいに思えたのに、ある日を境に一気に冷めた」
「絶対に味方だと思った相手が、急に敵に見えた」
「些細な一言で、信頼が“ゼロ”になった」
この体験は、気分の浮き沈みや性格の問題ではありません。
多くの場合、その底では 分裂(splitting) と呼ばれる心的操作が作動しています。
分裂とは、耐えがたい不安や迫害感から自己を守るための、きわめて原始的な防衛です。
メラニー・クラインが整理したように、心が強い脅威に晒されると、他者を「良い対象」と「悪い対象」に分け、両方を同時に抱えることができなくなる。
このとき関係は、
理想化 → 脱価値化
という極端な振れ幅を持ちます。
重要なのは、これが「評価の変更」ではなく、生存のための手続きとして起きている点です。
関係の揺らぎは、心理的出来事ではなく、しばしば 身体レベルの危機反応と結びついています。
理想化とは何か
――「良い対象」にしがみつくことで心を守る
理想化とは、相手を「完全に良い存在」として体験することです。
それは単なる憧れや好意ではありません。
分裂が強く働く局面では、心は不安を処理できません。
そのため「安全を一手に引き受けてくれる存在」を外に作り、そこにしがみつきます。
このとき内側で起きている体験は、しばしば次のようなものです。
- 「この人だけは裏切らない」という確信
- 「ようやく帰れる場所を見つけた」という安堵
- 「この関係を失ったら終わる」という切迫感
- 強い感謝と同時に、説明のつかない恐怖
理想化は、関係を楽しむ状態ではありません。
それは、心が崩れないために必死で掴んでいる「支柱」です。
だから理想化の関係では、相手は“人”ではなく、
安全を保証する装置に近い役割を負わされます。
この段階ですでに、関係は対等ではなく、
「崩壊を防ぐための配置」になっています。
脱価値化とは何か
――「悪い対象」への反転が起きる瞬間
脱価値化とは、相手が「完全に悪い存在」に反転する現象です。
ここで起きているのは、失望や怒りではありません。
関係の安全が崩れた瞬間の危機処理です。
引き金になるのは、驚くほど些細なことです。
- 返信が遅い
- 表情が曇った
- 期待通りに動かない
- 小さな指摘をされた
- 沈黙や距離を感じた
これらが「見捨てられ」を連想させた瞬間、
心は現実検討をやめ、一気に反転します。
このとき体験されるのは、
「嫌だった」ではなく、
「危険だ」「もう終わる」「壊される」
という感覚です。
だから脱価値化は、相手を罰する行為ではありません。
自分が崩れないための非常ブレーキです。
なぜ「見捨てられ」が引き金になるのか
分裂が作動する人にとって、
関係が切れることは、単なる別れではありません。
それはしばしば、
「自分が消える」「存在が維持できなくなる」
という感覚と直結します。
このため、関係の揺らぎは心理的出来事ではなく、
身体の非常事態として体験されます。
過覚醒が強い人は、
「まだ何も起きていない段階」で、すでに身体が戦闘態勢に入ります。
→ https://trauma-free.com/hyperarousal/
逆に凍りつきが強い人は、
頭が真っ白になり、言葉も感情も止まります。
→ https://trauma-free.com/freezing/
ここでは、
「嫌われたかどうか」を考えているのではありません。
身体が先に“危険”を判定しています。
だから見捨てられ不安は、
理想化と脱価値化を切り替えるスイッチになります。
攻撃としがみつきは、同じ核から生まれる
脱価値化のあと、反応は大きく二つに分かれます。
- 攻撃する
- しがみつく
しかしこの二つは、正反対ではありません。
**どちらも「崩壊を避けるための行動」**です。
攻撃の場合
先に相手を「悪い対象」に確定させることで、
見捨てられる前に主導権を取ろうとします。
しがみつきの場合
謝罪・確認・追跡を繰り返すことで、
関係が切れないよう必死に縫い止めます。
形は違っても、
核にあるのは 「この関係が切れたら自分が保てない」
という感覚です。
投影性同一視が関係を固定する
分裂が強まると、
自分の中で抱えきれない恐怖や怒りが、相手に「入る」形で体験されます。
すると相手は、
- 冷たい人
- 見捨てる人
- 攻撃してくる人
として実感的に見えてきます。
ここで重要なのは、
これは「誤解」ではなく、体験の現実だという点です。
だから説明や説得は、ほとんど効きません。
関係はすでに、
安全か/危険か
という二択で処理されています。
(投影性同一視の基礎)
→ https://trauma-free.com/projective-identification/
巻き込まれる側に起きること
理想化の時期、相手は「特別な存在」になります。
しかし脱価値化が起きると、一転して「加害者」になります。
巻き込まれる側は、次のような状態に追い込まれます。
- 何を言っても誤解される
- 近づいても離れても攻撃される
- 謝罪しても信じられない
- 自分の感覚が揺らぎ始める
これは、関係が対話の場ではなく、生存処理の場になっているためです。
この状態では、
「分かり合おうとする努力」ほど、消耗が増えます。
(関係の調整・リセット)
→ https://trauma-free.com/relationship-reset/
回復の要点
――統合と境界を育てる
理想化と脱価値化の反復は、
「相手を正しく評価できない問題」ではありません。
問題は、
相手を“全体として保持する力”が落ちていることです。
回復に必要なのは、
- 良いところと悪いところが同時に存在できること
- 距離があっても関係が壊れないという感覚
- 感情が揺れても、今すぐ決着をつけなくていい余白
これらを、頭ではなく身体が理解することです。
統合は、説得では起きません。
安全な関係と、繰り返しの経験の中で、ゆっくり育つ力です。
【執筆者 / 監修者】
井上陽平(公認心理師・臨床心理学修士)
【保有資格】
- 公認心理師(国家資格)
- 臨床心理学修士(甲子園大学大学院)
【臨床経験】
- カウンセリング歴:10年/臨床経験:10年
- 児童養護施設でのボランティア
- 情緒障害児短期治療施設での生活支援
- 精神科クリニック・医療機関での心理検査および治療介入
- 複雑性トラウマ、解離、PTSD、愛着障害、発達障害との併存症の臨床
- 家族システム・対人関係・境界線の問題の心理支援
- 身体症状(フリーズ・過覚醒・離人感・身体化)の心理介入
【専門領域】
- 複雑性トラウマのメカニズム
- 解離と自律神経・身体反応
- 愛着スタイルと対人パターン
- 慢性ストレスによる脳・心身反応
- トラウマ後のセルフケアと回復過程
- 境界線と心理的支配の構造
本書では身体と神経系の視点に加えて、感情・自己否定・人間関係のしんどさまで含めて、専門用語をできるだけ使わずに整理し、安心を取り戻す22のレッスンとしてまとめました。必要な方に届けば嬉しいです。