心と体の分断:トラウマが引き起こす症状とその対策

自律神経・フリーズ反応・過剰警戒への実践ガイド

はじめに:トラウマがもたらす“瞬時の分断”

トラウマ(外傷体験)の衝撃は、思考が追いつく前に体へ到達します。神経系は「何が起きたか」を理解するより先に防御反応(闘う/逃げる/凍りつく)を発火させ、心(認知)と体(生理反応)の処理が非同期になります。そのズレが**混乱・分裂(心身の断絶)**を生み、後々まで影響します。


なぜトラウマは自律神経を狂わせるのか?

“安全か危険か”の二択モードへ固定化

複雑なトラウマを抱えると、**交感神経(アクセル)副交感神経(ブレーキ)**の協調が崩れます。無害な刺激にも身体が瞬時に「危険!」と判断しやすくなり、意思とは無関係に自律神経が暴走します。

  • 過剰な交感神経優位:常時オン・高覚醒・過覚醒(動悸、浅い呼吸、イライラ、過集中→疲弊)。
  • 過剰な副交感神経優位:機能低下・無力化(強い倦怠、無感覚、解離的ぼんやり)。
  • 不安定な揺れ:小さなストレスで急に上がる/落ちる、スイングが大きい。

ポイント:これは“意志の弱さ”ではなく、**神経系の学習(条件づけ)**です。


トラウマと「戦闘モード」の持続

脳は「また起こるかも」と過去の危険を監視し続けます。安全な日常でも戦闘モードが解除されないため、次が起こります。

  • 心の余裕の消失:考える前に反応してしまう。
  • 筋緊張の慢性化:肩首こり、噛みしめ、頭痛、胃腸不良。
  • 根拠なき不安:理由は分からないのに常に落ち着かない。

身体の「凍りつき(フリーズ)」反応

頭では「大丈夫」と分かっていても、内臓や筋肉は“危険”として反応します。

  • 内臓の反応:みぞおちの縮み、腸の停滞、動悸。
  • 筋肉の反応:首肩の硬直、四肢の冷え、動作の鈍化。

これは未解決のトラウマ記憶が身体側に残るサイン。心は安全でも体が危険を鳴らすと、心身は分断されたままになります。


神経系の繊細化と「予測しすぎる頭」

危険検出が過敏化すると、つねに先読みする思考が強まります。

  • 「これは危険かもしれない」という反復警告思考
  • 最悪シナリオの自動想定で休めない
  • 五感・気配・物音に対する過剰スキャン

過剰警戒(ハイパービジランス)が生活へ及ぼす影響

安全な場面でも命の危険に備え続ける状態です。

  • 慢性的な疲労感:休息しても回復しない。
  • 集中力の低下:周囲の監視で目の前に集中できない。
  • 人間関係の困難:対人恐怖、気配過敏、親密さの回避。
  • 睡眠・消化の乱れ:不眠、食欲不振/過食、胃腸の不調。

重要:これは「過剰反応」ではなく生存本能の証拠です。

  • 再被害を避けるために、身体は警戒を維持する。
  • 扁桃体などの警報システムが感度上昇し、小さな刺激でもサイレンが鳴る。

複雑トラウマで起こりやすい症状

1) アイデンティティ・主体性

  • 主体性の弱さ/自己喪失:意思・感情が曖昧、他者に流されやすい。
  • 自己主張の困難、選択への強い不安。

2) 感覚・身体調整

  • 感覚のアンバランス:音・光・気配に過敏、体調や感情には鈍い。
  • 過緊張と体調不良:肩首こり、頭痛、消化不良、PMS増悪など。

3) 身体症状

  • チック/トゥレット
  • ひきつけ・痙攣様反応(機能性神経発作を含む場合も)
  • 驚愕反応の過剰化:小音でもビクッと跳ね上がる。

4) 心理・感覚症状

  • 対人恐怖気配過敏・視線過敏
  • 離人感(現実から切り離された感じ)
  • 失感情(感情が分からない/表現できない)

5) 認知・気分

  • ぐるぐる思考(反芻)で集中低下
  • うつ・解離(無力、無感覚、現実感の希薄化)
  • 強迫観念・妄想観念
  • 希死念慮(生きる意味の喪失)

※重い症状(希死念慮、発作等)がある場合は、医療機関・専門家へ早急に相談してください。


回復の基本原則:心と体を「再統合」する

心身の再統合で最優先なのは安全感の再学習。言葉だけでは動かない身体の学習へ働きかけ、同時に意味づけの更新を進めます。

A. 身体的アプローチ(ボトムアップ)

目的:身体に「今は安全」を教え直す

  1. 呼吸で自律神経を調律
    • 4-6呼吸:4秒で吸う/6秒で吐くを3–5分。
    • 吐く時間を長く=**迷走神経(副交感)**にスイッチ。
  2. オリエンティング(安全探索)
    • 目で部屋をゆっくり見回す→安全な刺激(光・色・形)を3つ見つけて名前をつける。
    • 五感で「今ここ」を増やし、過去の引力を弱める。
  3. ペンデュレーション(SE的ゆらぎ)
    • 身体の「つらさ」を1–2割だけ感じる→心地よい部位にも注意を振る→行き来を数回。
    • 極端から極端ではなく、振り幅を小さくする練習。
  4. 筋弛緩+伸展
    • 10秒かためる→20秒ゆるめる(手→腕→肩→顔…)。
    • 首前面・胸郭・腸腰筋の伸展はフリーズ解除に有効。
  5. ヴェーガルトーンを上げる日常技
    • ハミング/鼻歌、うがい、優しく長い吐息、頬をなでる。
    • 社会的神経を温める微細な刺激が効く。

B. 心理的アプローチ(トップダウン)

目的:体験の“意味”を更新し、記憶を現在化

  1. トラウマ焦点カウンセリング
    • 安全な同伴のもとで、断片化した記憶に新しい言語と時間軸を与える。
    • 「危険は過去」「今は安全」を脳に再学習。
  2. マインドフルネス(評価しない注意)
    • 浮かぶ思考・感情を良し悪しで裁かず、気づいて戻る練習。
    • 1–3分の短時間から。呼吸や足裏へアンカー。
  3. 内的対話(セルフ・コンパッション)
    • 当時の自分に語りかける:「あの時できる限りやった」「生き延びたね」。
    • 罪悪感/恥の再編が、硬直した防衛をゆるめる。

C. 社会的アプローチ(つながりの回復)

目的:共同調整(コレギュレーション)で神経系を安定化

  • 信頼できる相手と短く頻回に話す(質×頻度)。
  • グループセラピー/ピア・サポートで「自分だけじゃない」感覚を得る。
  • 境界線の再学習:安心できる距離感・合図を明文化(OK/NGリスト)。

今日からできる“超小さな一歩”

  • :4-6呼吸×3分 → 窓辺で太陽光を3分浴びる。
  • :10分散歩(目線を遠く・景色に名前)/温かい飲み物で長い吐息
  • :スクリーンは寝る90分前に終了/胃に優しい食事
  • :感情・身体メモを3行だけ(事実/今の感覚/自分への一言)。
  • :人と5分でいいから会話(電話可)。予定に先に入れる

セルフチェック(簡易)

  • □ 何もない場面で心拍・呼吸が乱れる
  • □ 小さな物音で体が跳ねる/緊張が抜けない
  • □ 「大丈夫」と思っても体が固まる
  • □ 人混み・気配が苦手で消耗が強い
  • □ 睡眠・消化が慢性的に不安定
    → 3つ以上当てはまる場合、専門家と一緒にボトムアップ+トップダウンの併用を検討。

緊急時:強い希死念慮・自傷衝動・発作がある場合は、今すぐ医療機関/地域の相談窓口に連絡を。


よくある質問(FAQ)

Q1. 「過剰反応」を直すには意志力が必要?
A. いいえ。まずは意志ではなく神経系にアクセス(呼吸・オリエンティング)し、反応の振幅を下げるのが先です。

Q2. フリーズ中にできる最小の対処は?
A. 足裏・臀部の圧を感じる→吐く息を長く→視線を横へゆっくりスライド。思考より先に身体の錨を下ろします。

Q3. トラウマ記憶を話すと悪化しない?
A. 安全・段階的を守れば回復的です。身体調整→資源化→少量想起→鎮静の順で行い、一気に深掘りしないこと。


まとめ:小さな“安全”の積み重ねが、心身の橋をかけ直す

トラウマは“忘れる”ものではなく、再学習していくものです。
呼吸・安全探索・伸展・内的対話・つながり――小さな安全の積み重ねが、切れていた心身の回路を再接続します。
「今の自分で大丈夫。少しずつでいい」――この一言を、何度でも自分に手渡してください。

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トラウマケア専門こころのえ相談室
公開 2024-11-18
論考 井上陽平

【執筆者 / 監修者】

井上陽平(公認心理師・臨床心理学修士)

【保有資格】

  • 公認心理師(国家資格)
  • 臨床心理学修士(甲子園大学大学院)

【臨床経験】

  • カウンセリング歴:10年/臨床経験:10年
  • 児童養護施設でのボランティア
  • 情緒障害児短期治療施設での生活支援
  • 精神科クリニック・医療機関での心理検査および治療介入
  • 複雑性トラウマ、解離、PTSD、愛着障害、発達障害との併存症の臨床
  • 家族システム・対人関係・境界線の問題の心理支援
  • 身体症状(フリーズ・過覚醒・離人感・身体化)の心理介入

【専門領域】

  • 複雑性トラウマのメカニズム
  • 解離と自律神経・身体反応
  • 愛着スタイルと対人パターン
  • 慢性ストレスによる脳・心身反応
  • トラウマ後のセルフケアと回復過程
  • 境界線と心理的支配の構造

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