過緊張の人は、がんばっていないように見える瞬間ほど、内側では消耗が進んでいます。
「普通に生活しているだけで疲れる」「少しの刺激で体が揺れる」「一度乱れると戻れない」。
この苦しさは、性格や根性の問題ではありません。刺激に反応したあと、回復へ戻る回路がうまく働かない――その結果として、慢性疲労のように体力が削れていく状態です。
過緊張とは、ただの「緊張体質」ではありません。多くの場合それは、危険が終わったあとも身体が“終わった”と認識できない神経系の配置です(過緊張の全体像は 過緊張と神経系:https://trauma-free.com/hyper-tension-nervous-system/ にまとめています)。
ここでは、過緊張の人がなぜ消耗しやすいのかを身体の仕組みと臨床的な見立ての両面から整理し、刺激のあとに回復できる身体へ戻す「順序」まで具体化します。
- 過緊張の人は、刺激のたびに「回復不能のコスト」を払っている
- 過緊張の人は、身体が「外界に対する調整器」になっている
- 「虚弱に見える」のは体力不足ではなく、負荷の積み重なり
- 消耗を作る“原因群”は、かなり具体的
- 消耗の核は「反応すること」ではなく「反応を終えられないこと」
- 回復できない身体は「疲れ」ではなく“緊急モードの継続”として残る
- 「前に出る力」と「切る力」が同時に動く:過覚醒と凍結・解離のセット
- 「少しの刺激で揺れる」のは、すでに余力ゼロで張り付いているサイン
- 過緊張の人が「疲れた」と言えない理由
- 神話モチーフで言うなら「眠れない見張り番」
- 回復は「強くなる」ことではない:戻る道を作り直す
- まとめ|慢性疲労は“弱さ”ではなく、回復不能の歴史が残ったもの
過緊張の人は、刺激のたびに「回復不能のコスト」を払っている
慢性疲労の核心は、疲れることそのものではありません。
疲れたあとに戻れないことです。
予定変更や物音、人の視線、誰かの不機嫌。
その場では何とか耐えられてしまう。けれど帰宅するとどっと崩れる。翌日まで尾を引く。寝ても回復しない。
この状態では、刺激に反応するたびに、身体は「回復しないまま次の刺激へ」進んでいきます。疲労が解消されないまま蓄積し、やがて「何もしていないのに疲れている」へ移行していく。これが、過緊張と慢性疲労がつながる基本構造です。
過緊張の人は、身体が「外界に対する調整器」になっている
本来、安心できる相手との関係のなかで、怖さが鎮まり、呼吸が戻り、眠りが深くなる――そうした共同調整が繰り返されることで、自律神経は「戻る力」を獲得していきます。
ところが早期に安全の土台が育ちにくいと、戻る力が十分に育たないまま人生が始まってしまう。その結果、日常の小さな出来事が、身体にとっては 「終わらない警報」 になりやすいのです。
「虚弱に見える」のは体力不足ではなく、負荷の積み重なり
過緊張の人は、虚弱に見えることがあります。けれどそれは体力不足というより、回復不能に近い神経負荷が積み重なった状態です。
誤解されやすいのは、「怠けている」「鍛えれば治る」「気の持ちよう」という評価。実際は逆で、身体はずっと前から危険に備えるためのコストを払い続けています。
消耗を作る“原因群”は、かなり具体的
過緊張の消耗は、曖昧な「メンタルの弱さ」ではなく、身体条件として起きています。たとえば――
- 呼吸が浅いまま(入ってくるはずの酸素が足りない)
- 交感神経が過活動(常時アドレナリン)
- 内臓が休めない(消化・睡眠の質が落ちる)
- 筋緊張が抜けない(慢性痛・頭痛・顎の緊張など)
この土台があると、日常生活を「普通に回すだけ」で消耗して当然になります。過覚醒の仕組みは 過覚醒:https://trauma-free.com/hyperarousal/ もあわせて読むと、理解がつながりやすいはずです。
消耗の核は「反応すること」ではなく「反応を終えられないこと」
小さな物音、予定変更、人の視線、表情の揺れ。
それだけで身体は警報を鳴らし、筋肉と呼吸が戦闘態勢へ入る。ここまでは「反応」ですが、問題はその先です。
興奮を鎮める 安全への帰還経路 が細いままだと、日常生活の中でずっと電力を燃やし続けてしまう。だから「一度乱れると戻れない」「翌日まで尾を引く」「休んだ気がしない」が起きます。
回復できない身体は「疲れ」ではなく“緊急モードの継続”として残る
過緊張の人の疲れは、単なる筋疲労ではありません。
危険が終わったあとも、身体が危険の続きとして反応を維持してしまう疲れです。
呼吸が浅いまま固定され、心拍が落ちず、筋肉が解除されず、内臓が回復に入れない。
つまり、刺激のあとに必要な「回復モード」へスイッチできず、回復しないまま日常を回し続けることになる。これが慢性疲労化の導火線になります。
「前に出る力」と「切る力」が同時に動く:過覚醒と凍結・解離のセット
臨床的に見ると、過緊張の人の中には「幼い部分」が置き去りになっています。守られないまま耐えることを強いられると、外側に“機能する自己”(できる自分、気丈な自分)を作り、前線に立たせ続ける。過緊張とは、この外側が長期にわたって戦い続けている状態です。
同時に、感じすぎると崩れるため、心身は「切る」方向にも動きます。眠気、無感覚、ぼんやり、別人感、時間の飛び。これは怠けではなく、破綻を防ぐための強制停止です。
この「切る」側の回復過程は シャットダウン/フリーズの回復:https://trauma-free.com/shutdown-freeze-recovery/ が参考になります。
「少しの刺激で揺れる」のは、すでに余力ゼロで張り付いているサイン
刺激への反応は、刺激の強さだけで決まりません。
その前段階で、身体のバッテリーがどれだけ残っているかで決まります。
過緊張の人は、日常の時点ですでにエネルギー支出が高い。だから、わずかな刺激でも閾値を超えてしまい、揺れ・動悸・過呼吸・めまい・震え・脱力として表に出やすい。ここを「打たれ弱い」で片づけると、本人はますます回復から遠ざかります。
過緊張の人が「疲れた」と言えない理由
過緊張の人は、疲れそのものよりも、休息に入ることに恐怖が出ることがあります。
休む=落ちる。頼る=崩れる。
だから疲れは、休息ではなく凍結として出る。寝落ち、感覚の麻痺、思考停止、感情の鈍化、関係の断絶。こうした形で「止まる」ことで、かろうじて保っている場合があるのです。
神話モチーフで言うなら「眠れない見張り番」
神話的に言えば、過緊張の人は「眠れない見張り番」です。
一度でも村が焼かれた夜を知っていると、夜になっても武器を置けない。疲れても休めない。安全の合図が入らない。
高い理想、使命感、過活動、完璧さが「落ちないための維持装置」になっていることもあります。虚弱さは、その影が身体で訴えているサインです。
回復は「強くなる」ことではない:戻る道を作り直す
過緊張の回復は、根性で“強くなる”ことではありません。
神経系が安全に戻る道を作り直すことです。回復は意志で押し切るものではなく、条件と順序で起きます。
回復の3本柱(対処群)|順序がすべて
1)刺激を減らす(支出を減らす)
頑張って慣れるのではなく、まず“燃費”を改善する。音・人混み・画面・予定・対人摩擦を減らす。これは逃げではなく、回復を取り戻すための止血です。
2)身体の小さな感覚から再接続する(入ってくる)
胸や腹が難しいなら、足裏・座面・背中・手の温度からでいい。「感じていい範囲」を薄く広げる。深い感情を掘るより先に、“安全な体感”を薄く戻す。ここを飛ばすと、内省や瞑想が逆に警報を鳴らしやすくなります。
3)共同調整の関係を持つ(ひとりで戻らない)
回復は「孤独な耐え」の終わりから始まります。安全な関係の中で神経系が落ち着く経験を積むほど、戻る道は太くなる。安全の条件設計は 安全の獲得:https://trauma-free.com/safe/ がそのまま土台になります。
まとめ|慢性疲労は“弱さ”ではなく、回復不能の歴史が残ったもの
虚弱さは欠陥ではありません。
安全を持てなかった時代に、身体が肩代わりし続けた結果です。
回復とは、置き去りにした身体を迎えに行き、「もう一人で見張らなくていい」と伝えていく作業です。
焦点は努力量ではなく、戻れる条件。ここを整えたとき、過緊張と慢性疲労の絡まりは、現実にほどけていきます。
【執筆者 / 監修者】
井上陽平(公認心理師・臨床心理学修士)
【保有資格】
- 公認心理師(国家資格)
- 臨床心理学修士(甲子園大学大学院)
【臨床経験】
- カウンセリング歴:10年/臨床経験:10年
- 児童養護施設でのボランティア
- 情緒障害児短期治療施設での生活支援
- 精神科クリニック・医療機関での心理検査および治療介入
- 複雑性トラウマ、解離、PTSD、愛着障害、発達障害との併存症の臨床
- 家族システム・対人関係・境界線の問題の心理支援
- 身体症状(フリーズ・過覚醒・離人感・身体化)の心理介入
【専門領域】
- 複雑性トラウマのメカニズム
- 解離と自律神経・身体反応
- 愛着スタイルと対人パターン
- 慢性ストレスによる脳・心身反応
- トラウマ後のセルフケアと回復過程
- 境界線と心理的支配の構造
本書では身体と神経系の視点に加えて、感情・自己否定・人間関係のしんどさまで含めて、専門用語をできるだけ使わずに整理し、安心を取り戻す22のレッスンとしてまとめました。必要な方に届けば嬉しいです。