境界性パーソナリティ障害(BPD)を抱える人は、強烈で不安定な感情、衝動性、そして自分や他者に対する認知の揺れを特徴とします。感情を調整することが難しいため、衝動的で自己破壊的な行動に傾くことがあり、そこには突発的な怒りの爆発、リスクのある行動、自傷、さらには自殺の試みまで含まれます。
家族が最も混乱するのは、まさにここです。
「愛している」と抱きしめる熱さと、「もう知らない」と突き放す冷たさが、同じ一人の中から現れる。しかもそれが、どう見ても“気まぐれ”や“わがまま”では説明できない速度で切り替わる。
けれどBPDの世界では、この矛盾は矛盾ではありません。
愛情と拒絶は、別々の感情ではなく、同じ恐怖の両端にあります。近づきたいほど怖くなり、怖いほど近づきたくなる。その循環の中で、言葉と態度が剥き出しのまま飛び出してしまうのです。
(※BPDの全体像の整理は、こちらの記事と併読すると理解が一気に深まります)
https://trauma-free.com/complaint/borderline/
- 境界性パーソナリティ障害の「温かさ」と「冷たさ」はどこから来るのか
- 「見捨てられ」と「拒絶」への過敏さが、関係を揺らす
- 境界性パーソナリティ障害と愛情の葛藤
- 絆を求める心と、孤独への恐怖
- 愛と忠誠心の追求が「依存」に変わる瞬間
- 感情のコントロールとトラウマの影響
- 「愛したいのに、壊してしまう」自己破壊の回路
- 見捨てられ不安と孤独感
- 「私を見捨てないで」が本当は意味していること
- 恋愛関係における「しがみつき」とその影響
- 関係が重くなるほど、恐怖が増える逆説
- 突き放しの影響:孤独・不安・心の葛藤
- 「距離を置く」が、最悪の破局を招く場合
- 境界性パーソナリティ障害における突き放す言動
- 感情の過覚醒という「神経の問題」
- トラウマによる過覚醒と自己破壊的な行動
- 「アクセルを踏み続ける」内的疲弊
- 周囲の理解とサポートが不可欠
- 「理解する」と「巻き込まれない」を同時にやる
- 家族としての「関わり方」
- 愛情だけでも、拒絶だけでも、うまくいかない
- 相談の案内
境界性パーソナリティ障害の「温かさ」と「冷たさ」はどこから来るのか
BPDの人たちは、感情が非常に複雑で、自分が関心を持つ人――とくに自分に関心を向けてくれる人には、温かい情熱をもって関わる傾向があります。相手の一言で救われ、相手の存在そのものが“生きる理由”のように感じられることもある。だからこそ、非常に強い愛着が生まれます。
一方で、自分に無関心な人、期待に応えない人に対しては、冷たい態度を取ることがあります。
ここで誤解が起きやすいのですが、この冷たさは「相手をどうでもよく思った」というより、むしろ逆で、自分の心が崩れないための遮断として出る場合があります。心が痛みで溶けてしまいそうなとき、人は“感じない”という鎧をまとう。BPDではその鎧が、言動として露出しやすいのです。
「見捨てられ」と「拒絶」への過敏さが、関係を揺らす
BPDの人は、関心を持つ相手からの「見捨て」や「拒絶」を示す言動に、非常に敏感です。
ほんのわずかな返信の遅れ、目線の違和感、声の温度、ため息。周囲が気にも留めない些細な変化が、本人の内部では“決定的な合図”として鳴り響くことがあります。
このとき起きているのは、単なる不安ではありません。
関係の中での安定性と安全性を欠いてきた歴史が、現在の関係に上書きされ、感情が過剰反応し、適応が難しくなる。つまり「いま目の前の人」との出来事に、過去の危機が重ね焼きされるのです。
(この“関係の傷”の仕組みは、以下の記事が補助線になります)
https://trauma-free.com/trauma/relationship/
境界性パーソナリティ障害と愛情の葛藤
絆を求める心と、孤独への恐怖
BPDを持つ人々の多くは、過去のトラウマによって心が深く傷ついています。その傷を癒すために、強く愛情と絆を求めます。彼らが目指すのは、共感し合い、深い結びつきを持つ“宿命的な関係”です。美しい関係の中で、心の傷が癒え、自己価値が回復する――そう信じたいし、実際にそうなる瞬間もあります。
彼らは相手との信頼関係を大切にし、誠実なコミュニケーションで相手の話を理解しようとします。愛されることで存在意義を感じ、必要とされることに深い喜びを見出します。ここは、家族が見落としてはいけない“真実の側面”です。BPDは「愛を知らない」わけではない。むしろ、愛の比重が重すぎて、生活がそれに飲まれてしまうことがある。
愛と忠誠心の追求が「依存」に変わる瞬間
BPDの人は、愛する人に非常に忠実で、困難な状況にあっても尽くすことで安心感を得ます。相手を喜ばせ、満足させ、深い関係を保つことで自分の価値を感じようとします。
しかし、感情と行動のコントロールが難しいため、しばしば自分を守るために過剰に依存することがあります。依存は、愛情を確かめたい強い欲求から生まれますが、相手には圧迫的に感じられることもあります。すると相手は距離を取りたくなる。距離が生まれると、本人は見捨てられ不安で崩れる。崩れを止めるために、さらに確認が増える――この循環が、関係を摩耗させていきます。
感情のコントロールとトラウマの影響
「愛したいのに、壊してしまう」自己破壊の回路
BPDの感情の波は激しく、愛する人との関係がうまくいかないとき、強い苦しみが生じます。過去のトラウマが影響して自己認識は不安定になり、感情がコントロールできなくなることがあります。
その結果、攻撃的な態度を示したり、愛を求めるあまり不健康で危険な行動を取ったりすることがある。さらに、関係を安定させようとして逆に相手をコントロールしようとしてしまうこともあります。これは「支配したい」よりも、「失う恐怖が耐えられない」からです。
ここで家族が痛感するのは、矛盾の残酷さです。
本人は愛されたい。愛したい。守りたい。
なのに、傷つける言葉が出る。関係が壊れる。自分を壊す。
そして壊れた後に、さらに深い自己否定が押し寄せる。
見捨てられ不安と孤独感
「私を見捨てないで」が本当は意味していること
BPDを抱える人々は、見捨てられることへの恐怖が非常に強く、「私を見捨てないで」「嫌いにならないで」といったフレーズを繰り返すことがあります。
ここで起きているのは“甘え”ではなく、孤独と不安の苦痛です。見捨てられることは、社会的孤立へつながりやすく、孤立はさらに感情の乱れを強めます。恐れはしがみつきを生み、しがみつきは相手を疲弊させ、疲弊は距離を生み、距離は恐れを確証に変えてしまう。
そして、パートナーに突き放されたり拒絶されたりすると、激しい感情の揺れに襲われ、衝動的な行動を取ることがあります。ここには自傷や希死念慮が混ざることもあるため、家族は「言葉だけ」と軽視しないほうが安全です。
恋愛関係における「しがみつき」とその影響
関係が重くなるほど、恐怖が増える逆説
恋愛関係では、BPDの人々は過度に愛着を感じ、見捨てられる恐怖からしがみつくことが頻繁に見られます。常に安心と愛情を求め、拒絶や無視に強い動揺を覚えます。
このしがみつきはパートナーにとって圧倒的になり、過度な要求が関係に負担をかける可能性があります。けれど本人は、愛情を失う恐怖が大きいため、行動がさらにエスカレートしてしまうことがある。ここが、家族・恋人が最も消耗するポイントです。
突き放しの影響:孤独・不安・心の葛藤
「距離を置く」が、最悪の破局を招く場合
BPDを持つ人々は深い結びつきを求める一方で、拒絶や見捨てられへの恐怖心を強く抱えています。そのため、突き放した場合、孤独感や不安に押しつぶされ、社会的孤立という深刻な困難に直面することがあります。自己価値や存在を否定的に感じやすく、それが感情と行動の乱れにつながります。
突き放される恐怖と情動の乱れ
パートナーから「突き放された」と感じる言動を受けると、「見捨てられた」という強い感覚に襲われます。見捨てられ不安が内面的恐怖を引き出し、感情が激しく揺れ動く。気分変動が増し、衝動的行動が起こりやすくなり、不安定な対人関係がさらに悪化する可能性があります。
パートナーを失ったときの孤独と絶望
BPDを持つ人がパートナーを失うと、人との繋がりが感じられなくなり、次第に心を閉ざします。他者を信頼しにくく、社会的関係を築けず、外界との繋がりを失っていく。助けを求めたいのに手段が見つからず、孤独の中に閉じ込められる。
さらに「どんなに助けを求めても誰も手を差し伸べてくれない」という感覚に陥ることがあります。この絶望感は深く、感情と行動のコントロールは一層難しくなります。最終的に、深い空虚感と絶望に飲み込まれ、人生を終わらせたい衝動に駆られることもある。
境界性パーソナリティ障害における突き放す言動
感情の過覚醒という「神経の問題」
BPDの人が冷たく突き放す言動を見せるとき、それは興味のない相手に対してだけではなく、特に大切な人との関係でも起こります。本人ですらコントロールが難しく、結果として自分と相手の関係を傷つけ、壊してしまう可能性があります。
BPDを持つ人は、大切な人と一緒にいることで幸せを感じる一方、外の世界を非常に恐ろしく感じることがあります。相手から必要とされることで存在価値を感じる。しかし日常生活の刺激――音、光、人の感情や視線、言葉――が強い負荷となり、疲労や痛みが蓄積していく。
この過剰反応は、脳内で危険が常に警告されている状態をつくります。頭の中の警報器が鳴り続け、無意識に身を守ろうとして、突き放す言葉、挑発、攻撃が出てしまう。防衛反応であり、身を守ろうとする一方で、愛する相手も傷つけてしまうのです。
(この「凍りつき/遮断」の理解を深める補助線)
https://trauma-free.com/trauma/freeze/
トラウマによる過覚醒と自己破壊的な行動
「アクセルを踏み続ける」内的疲弊
BPDを持つ人々は、安心感のない環境で育ったことが多く、その結果として自己制御がうまくできない場合があります。過去のトラウマの影響で、僅かなことでも過覚醒に陥り、常に緊張を抱えながら生きている。心の中でアクセルを踏み続けている状態です。
だからこそ「良い関係を保とう」と必死に努力します。けれど無理が積み重なると感情が爆発し、突き放す言葉や傷つける言動が出てしまう。相手を守りたい、愛したい気持ちと、内なる不安と恐怖がぶつかり合い、その狭間で苦しむ。
(この「過覚醒」などトラウマの理解を深める補助線)
https://trauma-free.com/trauma/mechanism/
周囲の理解とサポートが不可欠
「理解する」と「巻き込まれない」を同時にやる
BPDの突き放しや不安定さは、本人が選んで行っているというより、過覚醒とトラウマに起因する防衛反応として噴き出すことがあります。だからこそ、周囲は「背景を理解する」ことが重要です。
ただし、理解は“受け入れ続ける”ことと同義ではありません。
家族が燃え尽きれば、関係は結局崩れます。ここで必要なのは、次の二つを同時に成立させる視点です。
1つ目は、相手の内的現実(恐怖・過覚醒・孤独)を読み誤らないこと。
2つ目は、家族側の境界線と安全を、具体的に守ること。
この両立は、独学では非常に難しい領域に入ります。家族関係そのものがトリガーになりやすく、会話が治療ではなく“再演”になってしまうからです。
家族としての「関わり方」
愛情だけでも、拒絶だけでも、うまくいかない
BPDの関係性は、極端に振れやすい。
だから家族も、極端に振れると破綻しやすい。
「全部受け止める」か「全部突き放す」か――この二択が最も危険です。
必要なのは、愛情を残したまま、境界線を持つ関わり方です。
本人の痛みを否定せず、しかし暴言・脅し・自傷の巻き込みには線を引く。
「あなたを大事にしたい」と「ここから先は受け取れない」を、同じ呼吸で言えるように整えていく。
この関係の再設計は、あなたの相談室の主戦場です。だから記事の最後には、単なる一般論ではなく、現実の導線が必要になります。
相談の案内
境界性パーソナリティ障害の「突き放す言動」は、本人の苦しみであると同時に、家族の神経系も削っていきます。
当相談室では、ご本人への支援だけでなく、家族・パートナー側が「巻き込まれずに関われる形」を作るサポートも行っています。ご希望の方は、以下よりご予約ください。
【執筆者 / 監修者】
井上陽平(公認心理師・臨床心理学修士)
【保有資格】
- 公認心理師(国家資格)
- 臨床心理学修士(甲子園大学大学院)
【臨床経験】
- カウンセリング歴:10年/臨床経験:10年
- 児童養護施設でのボランティア
- 情緒障害児短期治療施設での生活支援
- 精神科クリニック・医療機関での心理検査および治療介入
- 複雑性トラウマ、解離、PTSD、愛着障害、発達障害との併存症の臨床
- 家族システム・対人関係・境界線の問題の心理支援
- 身体症状(フリーズ・過覚醒・離人感・身体化)の心理介入
【専門領域】
- 複雑性トラウマのメカニズム
- 解離と自律神経・身体反応
- 愛着スタイルと対人パターン
- 慢性ストレスによる脳・心身反応
- トラウマ後のセルフケアと回復過程
- 境界線と心理的支配の構造