言葉にできない「しんどさ」には、必ず共通のパターンがあります。
人は限界に近づくほど、心より先に 身体のほうがあなたを守ろうとして動き出す からです。
胸が重い、涙が止まらない、やる気が消える、自分だけ取り残されたように感じる——
そのすべては「弱さ」ではありません。
神経系が“これ以上ひとりで抱えないで”と必死にサインを送っている状態 です。
トラウマ臨床では、心の限界を判断するために
「身体・感情・行動・思考」の 4つの領域 を見ます。
ここでは、それぞれに現れるサインを
臨床心理学・トラウマ理論にもとづいて丁寧にまとめます。
1. 身体にあらわれるサイン(心より先に壊れ始める)
心が疲れたとき、まず最初に変化するのは 自律神経 です。
そのため、身体はあなたより先に限界を察知します。
呼吸が浅くなり、息が吸いきれない
「胸だけで息をしてしまう」「空気が足りない」
これは交感神経が過剰に働いている証拠です。
身体は常に「警戒モード」に置かれ、休む余裕がありません。
首・肩・背中が固まる(沈黙した感情の記憶)
何年も言えなかった気持ち、怒り、恐怖は
筋肉のこわばりとして残ります。
現代のトラウマ理論では、
“身体は言葉より正確に記憶する” と言われます。
胃腸が弱る/食欲がなくなる
「食べられない」は、根性でも気持ちでもなく
自律神経のシャットダウンによって起きる生理反応。
身体があなたを守るために省エネモードへ移行しています。
眠れない、または寝ても疲れが取れない
安全が確保されていないと、脳は眠りを許しません。
逆に、現実から逃れるために過睡眠になるケースもあります。
2. 感情にあらわれるサイン
涙が出る(止めようとしても止まらない)
涙は弱さではなく、生理学的な「負荷の解除」。
神経系は涙で 過剰な緊張をゆるめよう とします。
感情が空っぽになる(無感覚)
怒り・悲しみ・喜びの区別がつかない。
これは「解離」が働いている状態。
心の過負荷を避けるために、感じる力を一時停止させているのです。
自分を激しく責めてしまう
しんどいとき、人は事実と関係なく
- 私が悪い
- 私だからダメなんだ
- 誰にも迷惑をかけてはいけない
と考えてしまいます。
これは「自分を攻撃することで秩序を保つ」という
心理的防衛反応のひとつです。
3. 行動にあらわれるサイン
SNSを見続けてしまう
心がしんどいとき、思考が自分を追い詰めるため
“外の刺激で空白を埋めたくなる” という行動が起きます。
人に会うのがしんどい
人間は本来「誰かとつながることで回復する」生き物ですが、
自律神経が疲れ切ると
つながるためのエネルギーすら残らなくなります。
何もできなくなる・すべて面倒
意欲がないのではなく、
身体があなたを守るためにブレーキをかけています。
4. 思考にあらわれるサイン
「自分だけが取り残されている」
心が疲れ、視野が狭くなると
現実よりも厳しいストーリーを自動的に作ってしまいます。
最悪の未来ばかり想像する
これは「予測」ではなく
危険を避けるための過剰警戒モード(トラウマ反応)。
過去の後悔が止まらない
未処理のトラウマがあると
脳は“今”よりも“昔の痛み”へ引き戻されやすくなります。
5. これらのサインが起きる理由(臨床心理・トラウマ理論)
ポリヴェーガル理論
人は
- 戦う
- 逃げる
- 固まる
という3つのモードのどれかに偏ると不調が出ます。
神経系が乱れているとき、このモードが切り替わらなくなります。
現代精神分析
「価値のない私」「全部私のせい」という
内なる迫害者(批判的超自我)が強まる。
ストレスが大きいほど、この声は激しさを増します。
現代ユング派
人の深層には
- 傷ついた子ども
- 過剰に守ろうとする守護者
- 厳しい警告者
など複数の心理的存在があり、
限界が近づくと彼らの声が極端に表れます。
6. 心がしんどいサインに気づいたら、まずすること
① 身体に戻る(呼吸・姿勢)
背骨にゆっくり呼吸を通すだけで
神経系は安全に向かって調整されていきます。
② 無理に元気になろうとしない
「前向きに考えろ」は逆効果。
まず必要なのは 安心と安全感の回復 です。
③ 誰かに話す(共感の力)
受け止めてくれる他者の存在は
神経系を落ち着かせ、自己否定のループをゆるめます。
④ 専門家につながる
長く続くしんどさは
「あなたが悪い」からではなく、
神経系が限界を迎えているサイン です。
最後に —— あなたの内側は壊れていません
心がしんどいサインは、
「ひとりで抱えすぎているよ」という優しいアラート です。
あなたの身体と心は、
ずっとあなたを守ろうとしてきました。
どうか、その声を無視しないでください。
トラウマケア専門こころのえ相談室
公開 2025-12-06
論考 井上陽平
【執筆者 / 監修者】
井上陽平(公認心理師・臨床心理学修士)
【保有資格】
- 公認心理師(国家資格)
- 臨床心理学修士(甲子園大学大学院)
【臨床経験】
- カウンセリング歴:10年/臨床経験:10年
- 児童養護施設でのボランティア
- 情緒障害児短期治療施設での生活支援
- 精神科クリニック・医療機関での心理検査および治療介入
- 複雑性トラウマ、解離、PTSD、愛着障害、発達障害との併存症の臨床
- 家族システム・対人関係・境界線の問題の心理支援
- 身体症状(フリーズ・過覚醒・離人感・身体化)の心理介入
【専門領域】
- 複雑性トラウマのメカニズム
- 解離と自律神経・身体反応
- 愛着スタイルと対人パターン
- 慢性ストレスによる脳・心身反応
- トラウマ後のセルフケアと回復過程
- 境界線と心理的支配の構造