何もしないと不安になる理由──機能不全家庭と慢性的過覚醒の心理構造

機能不全家庭で育つ人は、しばしば「休むこと」そのものに強い違和感や恐怖を覚える。
静かな時間が訪れると、安心する前に、身体がざわつき始める。
落ち着くどころか、不安が増し、理由のない焦燥感に駆られてしまう。

これは怠惰でも、意志の弱さでもない。
休息そのものが「無防備な状態」として、身体に記憶されているからだ。

かつて「何もしない時間」にこそ、怒鳴り声、暴力、緊張、空気の急変が侵入してきた。
子どもにとって家庭は、本来もっとも安全であるはずの場所だ。
しかしその前提が崩れていた環境では、休息は回復ではなく、危険への入口になってしまう。

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慢性的過覚醒という生存モード

トラウマ理論の観点から見ると、この状態は慢性的な過覚醒と理解される。
交感神経が常時オンになり、身体が「いつでも対応できる」緊急モードから降りられない状態だ。

安心が成立しなかった家庭で育った身体は、
「備えていること」
「役に立っていること」
「動き続けていること」
を、安全の条件として学習してしまう。

つまり、

動いている限りは生き延びられる。
止まった瞬間に危険が来る。

この等式は、思考として理解されているのではない。
身体感覚として刻まれている。

だからこそ、頭では「休んでいい」と分かっていても、身体は応じない。

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静けさが不安を呼び起こす理由

静かな時間が訪れると、心が落ち着く前に、身体が先に警報を鳴らす。

何か忘れているのではないか。
怠けて罰せられるのではないか。
役に立たない自分は、見捨てられるのではないか。

これらは考えすぎではない。
過去の環境では、実際に起きていたことなのだ。


対象関係論から見た「良い子」という生存役割

対象関係論的に見ると、機能不全家庭で育つ人は、非常に早い段階で
「良い子」
「役に立つ子」
「空気を読む子」
という役割を、生存戦略として引き受けている。

それは、愛着を失わないための必死の適応だった。
関係が壊れないように、自分を後回しにすることで、かろうじてつながりを保ってきた。

この関係様式は、自己犠牲を前提としたものになりやすい。
休むこと、甘えること、何もしないことは、関係を危うくする行為として排除されていく。

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「何もしないで存在する」経験が奪われた影響

ここでは、「何もしないで存在する」経験が十分に保証されなかった。
ただ生きているだけで受け入れられる、という感覚が育たなかった。

その結果、休息や遊び、ぼんやりする時間は、
安心できる中間領域にはならず、
むしろ緊張と不安を呼び起こすものになってしまった。


身体は今も、過去の環境で世界を解釈している

重要なのは、思考よりも先に動いているのが身体だという点だ。
身体は今もなお、過去の環境に合わせたルールで、世界を解釈し続けている。

だから「休んでいい」という言葉が届かない。
理解が足りないからではない。
身体が、まだ休むことを信用していないからだ。


神話的比喩──戦場で眠れなくなった見張り番

神話的に言えば、機能不全家庭で育つ人は、
戦場で眠る術を忘れた見張り番のような存在だ。

誰かが警戒を解いた瞬間に、世界が崩れ落ちた経験を持っている。
だから火を囲み、武器を置き、夜を委ねることができない。

それは勇敢さではなく、長く続いた戦争の後遺症だ。


本当は、休んでもよかった

しかし、本当は――
休んでもよかった。
何もしない時間があっても、あなたの価値は失われなかった。

何もしない時間とは、怠けではない。
自分の輪郭を取り戻すための時間だ。
外に向けて張り巡らせてきた感覚を、少しずつ内側に戻すための時間だ。


回復とは、努力をやめる勇気を育てること

機能不全家庭で育った人は、頑張れなかったのではない。
頑張りすぎるほど、長く一人で耐えてきただけだ。

だから回復とは、もっと努力することではない。
「何もしないでいても、世界は壊れない」
その感覚を、身体に教え直していく、静かな過程だ。

止まっていい。
ぼんやりしていい。
役に立たない時間があっても、あなたはここにいていい。

その許可は、誰かからもらうものではない。
今のあなたが、かつてのあなたに返していくものなのだから。

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【執筆者 / 監修者】

井上陽平(公認心理師・臨床心理学修士)

【保有資格】

  • 公認心理師(国家資格)
  • 臨床心理学修士(甲子園大学大学院)

【臨床経験】

  • カウンセリング歴:10年/臨床経験:10年
  • 児童養護施設でのボランティア
  • 情緒障害児短期治療施設での生活支援
  • 精神科クリニック・医療機関での心理検査および治療介入
  • 複雑性トラウマ、解離、PTSD、愛着障害、発達障害との併存症の臨床
  • 家族システム・対人関係・境界線の問題の心理支援
  • 身体症状(フリーズ・過覚醒・離人感・身体化)の心理介入

【専門領域】

  • 複雑性トラウマのメカニズム
  • 解離と自律神経・身体反応
  • 愛着スタイルと対人パターン
  • 慢性ストレスによる脳・心身反応
  • トラウマ後のセルフケアと回復過程
  • 境界線と心理的支配の構造