安心できない人の心理と身体|落ち着くほど苦しくなる理由と回復の道

安心できない人は、安心という状態に入った瞬間、身体と心が「危険」として反応してしまう人です。

外から見ると、ただ警戒心が強い。疑い深い。人を信じられない。
そう見えるかもしれません。

けれど臨床の現場で起きているのは、もっと根の深いことです。
それは「性格」ではなく、生存の仕組みの問題です。

安心とは本来、休むことではありません。
本質は、誰かに預けられることです。

しかし、預けた瞬間に壊れた経験がある人にとって、
安心は回復ではなく、崩壊の入口になってしまいます。

【安心/安全の獲得の解説ページ】
https://trauma-free.com/safe/


「安心が入ってこない」のではなく「安心が怖い」

安心できない状態の中心には、ひとつの逆転があります。

普通なら「安全」に触れると神経がゆるみます。
呼吸が深くなり、肩が落ち、視線が柔らかくなる。
身体が「もう戦わなくていい」と理解するからです。

ところが安心できない人は逆です。
安全に触れた瞬間、身体が先にこう判断してしまう。

  • 侵入されるかもしれない
  • 支配されるかもしれない
  • 見捨てられるかもしれない

つまり、安心の入口で危険が点火する。

これは「考え方」ではありません。
身体が先に覚えています。
理屈で解除できないのは、そのためです。

落ち着こうとすればするほど、落ち着けない。
ゆるめようとすると、胸の奥がざわつく。
眠ろうとすると、頭が冴える。

安心できない人の苦しさは、ここにあります。

【過緊張/過覚醒の記事】
https://trauma-free.com/hyperarousal/
https://trauma-free.com/hyper-tension-nervous-system/


なぜ「預ける」ことができないのか|愛着が壊れると安心が危険になる

子どもにとって親は、生存に必要な存在です。
だから親が怖くても、冷たくても、子どもは親を嫌いになれません。

この前提が、心を苦しい結論へ導きます。

親が悪いのではない。
私が悪い。
私がもっと良い子なら愛される。

ここから、安心の意味が変質します。

安心とは本来、自然に受け取るものです。
しかしその瞬間から、安心は

努力で勝ち取るもの
正しく振る舞った結果として与えられるもの

に変わってしまう。

するとどうなるか。
「素の自分」が出た瞬間に、関係が壊れる恐れが生まれます。

本当の欲求を言うと、嫌われる。
泣くと、拒絶される。
怒ると、見捨てられる。

だから人は、生き延びるための人格を発達させます。
それは「適応」です。
ただし、代償が大きい適応です。

安心は、素の自分が前に出たときに起きる。
しかし素の自分が出た瞬間に罰を受けたなら、

安心=危険

という学習が成立してしまいます。

だから、安全を求めながら同時に避ける。
愛されたいのに距離を取る。
近づくほど疑う。

これは矛盾ではありません。
生存としての整合性です。


土台がないまま生きてきた|「最初の欠損」があると安心は積み上がらない

安心できない人の中には、
「安心しようとしても、安心の感覚が持てない」タイプがいます。

努力しても、整えても、休めない。
環境が良くなっても、落ち着かない。

これは根性ではなく、土台の問題です。

本来、安心は“上に積むもの”ではなく、
最初に与えられているべきものです。

土台がある人は、多少の不安があっても戻ってこられます。
「大丈夫な場所」に帰還できる。

しかし土台が作られなかった人は、
帰還先そのものが存在しません。

安心できない人の苦しみは、努力不足ではなく、
基礎工事の不足なのです。


理解された瞬間に裏切られた人は「つながり」を怖がる

安心が生まれる条件は、非常にシンプルです。

自分の感情が理解される
否定されない
一緒に保持される

この「情緒的な保持」が起きたとき、
人は神経の奥から落ち着いていきます。

しかし安心できない人の歴史には、
この保持の経験が壊された記憶が刻まれています。

理解される瞬間に裏切られる。
見せた瞬間に弱みとして利用される。
求めた瞬間に拒絶される。

こうした反復があると、心は結論します。

どうせ分かってもらえない。
分かってもらえたら、今度こそ殺される。

この恐怖は大げさではありません。
その人の神経系にとっては現実です。

【愛着不安/対人恐怖の記事】
https://trauma-free.com/complaint/attachment/


「絶望の近く」で生きる人は、希望を持つことが怖い

安心できない人が抱えているのは、
単なる不安ではありません。

それは、希望を持つと破壊される世界における感覚です。

安心に触れた瞬間、
「これも奪われる」という予感が走る。

だから最初から期待しない。
期待しなければ傷つかない。
安心を拒むことで、痛みを減らす。

安心できない人は、安心を知らないのではありません。
安心を失った経験を知りすぎているのです。


身体が「自分の家」になっていないと、安心は入らない

身体が安心できないのは、単に緊張しているからではありません。

身体が「自分のもの」ではなく、
誰かの期待・役割・管理の対象として扱われてきたとき、
身体は生きていても家になれない

・正しく振る舞え
・空気を読め
・迷惑をかけるな
・目立つな
・期待に応えろ

こうした要求の中で育つと、身体は
「私は常に見られている」
「私は評価される」
という監視感覚を内在化します。

すると、関係の場も変質します。
本来、安心は関係の中で醸成される状態です。
しかし支配的な家庭では、その場が

安心ではなく、監視

になります。

だから大人になっても、人といると身体が固くなる。
誰かが近づくと呼吸が浅くなる。
善意さえ、どこか怖い。


回復の方向|安心は「感情」ではなく「神経の経験」

最後に、臨床的に最重要のことだけ言います。

安心できない人に必要なのは、
「安心しよう」という努力ではありません。

必要なのは、

ごく弱い安全を
小さく
反復して
身体が理解する

というプロセスです。

安心は、説得では入らない。
経験としてしか学習されない。

そして、その経験は多くの場合、
関係の中でしか起きません。

ここを外すと、安心できない人は永遠に

「分かっているのにできない」
「頑張っているのに変わらない」

という地獄に置かれます。

【治療全体(支援の受け方/全体像)】
https://trauma-free.com/treatment/

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【執筆者 / 監修者】

井上陽平(公認心理師・臨床心理学修士)

【保有資格】

  • 公認心理師(国家資格)
  • 臨床心理学修士(甲子園大学大学院)

【臨床経験】

  • カウンセリング歴:10年/臨床経験:10年
  • 児童養護施設でのボランティア
  • 情緒障害児短期治療施設での生活支援
  • 精神科クリニック・医療機関での心理検査および治療介入
  • 複雑性トラウマ、解離、PTSD、愛着障害、発達障害との併存症の臨床
  • 家族システム・対人関係・境界線の問題の心理支援
  • 身体症状(フリーズ・過覚醒・離人感・身体化)の心理介入

【専門領域】

  • 複雑性トラウマのメカニズム
  • 解離と自律神経・身体反応
  • 愛着スタイルと対人パターン
  • 慢性ストレスによる脳・心身反応
  • トラウマ後のセルフケアと回復過程
  • 境界線と心理的支配の構造
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過緊張や生きづらさは、あなたのせいではなく、育った環境や親子関係の中で身についた生存の反応として残ることがあります。
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