筋肉が現実を作る

従来の心理療法では、トラウマの体験を語ることで治療してきました。しかし、トラウマというのは言語レベル以前の身体的なものであり、身体レベルで安心感を味わうことが重要とされています。最先端のトラウマ治療では、神経生物学的アプローチが行われています。このアプローチでは、静かに自分の身体に着目して、症状と向き合い、クライエントが自分で自分を落ち着かせるスキルを習得します。

筋肉が現実を作る

トラウマがある人とない人の体

胎児や乳幼児、幼い子どもが、もの凄いストレスを受けてトラウマ的出来事を体験すると、うまく対処できずに自分の容量を超えてしまいます。そして、体が凍りついて崩れ落ちたり、解離したり、死んだふりをしたり、別の人格化が起きたりします。発達早期にトラウマを負った人は、体が危機を感じていて、崩壊への不安があり、脳は防衛的な部分が働くようになります。長期間に渡って、警戒態勢を敷き、交感神経が過剰になり、過緊張のため、体が慢性的に収縮する方に向きます。彼らは、一人戦場のなかにいて彷徨っているかのようです。

一方、トラウマがなく、この世界を基本的に信頼して、安心ベースで生きている人は、緊張とリラックスの間にいて、社会の中で他者と交流しています。健康な人の体は、収縮と拡張を適度なリズムで刻んでいます。トラウマから自由になるには、次の脅威に備えて、慢性的に収縮していく状態から、本来の収縮と拡張をリズムを刻んで、この世界を信頼できるようにします。そのためには、自分の体をセルフモニタリングしていく必要があります。

トラウマとは

トラウマというのは、恐怖や戦慄の衝撃であり、脅威に曝された人は、交感神経が過剰になり、瞳孔が散大し、体が極限まで伸びたり縮んだりを繰り返して、心拍数が増加し、血圧は上昇し、行動する準備に入り、もの凄い力を発揮します。しかし、恐怖に圧倒されている場合には、体が凍りついて動けなくなり、言葉が出てきません。さらに、体が動かない状態のなか、脅かされることが繰り返されると、交感神経がシャットダウンして、筋肉が崩壊し、心臓の働きが弱まり、心拍数や血圧が急激に低下し、脳に血液がいかず、意識が朦朧として、解離するか、体が崩れ落ちていきます。このようにトラウマとは、戦ったり逃げたりできない状況に置かれて、もの凄いストレスで動けなくなった時に、筋肉が崩壊して、心臓の働きが弱まり、脳を虚血状態にして、意識レベルが下がり、心と体を崩壊させます。

脅威に備えて生きる

トラウマがある人は、危機感や崩壊への不安があり、脅威を遠ざけようとする防衛が働きます。日常生活の中で脅威が近づいてくると、恐怖や怒りになり、心臓がバクバクして、呼吸は浅く早く、すぐさま行動に移る準備をします。そして、危険な目に遭うと、心臓が縮み上がり、もの凄い恐怖を感じます。さらに、息の根を止められそうになると、戦う力は失われて、血の気が引いていき、脳への血液の流れを止められるような恐怖が襲います。

心臓の収縮と拡張

心臓は人間の体を維持し、生きていくのに最大限の重要な役割を担っています。心臓はポンプのように収縮と拡張という規則正しい運動を繰り返して、血液を全身に送り出しています。しかし、複雑なトラウマを持つ人は、脅威が迫ってくると、交感神経の働きが過剰になり、体が収縮と拡張を極端に繰り返し、心臓は拍動を強めて、全身に血液を送り、闘争か逃走かのスイッチが入ります。一方、脅威に圧倒されてしまうと、交感神経がシャットダウンし、体は伸び切ってしまい、心臓が落ちる感じで、心拍数は急激に下がり、脳に血液がいかないので、動けなくなります。このようにトラウマがある人は、自律神経系の調整が難しく、心臓に負担がかかり、胸の辺りにトラウマの恐怖を感じています。

筋肉の鎧化

複雑にトラウマがある人は、この世界への不信感から、警戒心が強く、交感神経の働きが過剰で、危険に備えています。体を見ると、ショックに打ちのめされないように、常に身構えていて、筋肉は収縮しています。この現象は、精神分析家ウィルヘルム・ライヒの筋肉の鎧と呼んでいます。心的外傷を負った人は、身体が鎧化して固く、呼吸は浅く、手足は冷えて、身体内にエネルギーの滞りがあります。治療では、ショックから虚脱に陥らないように踏ん張る力を育てつつ、脅威に備えていた筋肉の鎧化を緩めて、身体内の巡っているエネルギーを促すようにします。

人は、筋肉の状態により、神経の働きが変わって、同じことが起きても物事の受け取り方が変化します。この世界を基本的に信頼している人は、安心・安全感があって、筋肉が適度に弛緩しており、社会の中で他者と交流することが得意です。

凍りつきトラウマの人

凍りつき状態は、脅威から逃れることができない人の反応になり、交感神経の働きが過剰で、背側迷走神経が拮抗しあっています。脅威に備えた生き方になっていて、筋肉が凝り固まり、顔や首、上半身の神経が張りつめて、胸や背中、お腹に力が入っています。恐怖を感じると、足がすくんで、身体がガチガチに硬く、痛みが出たり、感覚が麻痺しています。ちょっとした刺激に怯えて、息苦しく、しんどい状態であり、過呼吸やパニックなど起きて、普通のことができない不自由さがあります。

虚脱トラウマの人

虚脱状態は、脅威に打ちのめされてしまった人の反応になり、交感神経の働きがシャットダウンして、背側迷走神経の働きに支配されています。この時は、筋肉が崩壊し、心臓が弱り、心拍数や血圧が低下して、血の気が引き、手足がだらんと垂れ下がります。また、全身に力が入らず、足がガクガク震え、身体が鉛のように重くなります。人によっては、起き上がることも困難で、うつ状態になり、身体の反応が鈍くなって、この世界がぼやけて見えます。虚脱状態が続くと、この世界の彩りが喪失し、自分の気持ちも消えて、絶望や無力な状態に陥って、体力は落ち、全身の機能が低下します。

筋肉が現実を作る

トラウマから自由になり、望ましい現実を手に入れるには、体の収縮と拡張のリズムを本来の形に取り戻し、筋肉を適度に弛緩している状態を作り、くつろいでいきましょう。複雑にトラウマがある人は、自分の体をリラックスさせようとしても、脳は次の脅威に備えており、胸がザワザワして思うようにいきません。体に力が入り、神経が張りつめた状態が通常で、筋肉が収縮して固まってしまっています。この筋肉の鎧化を緩めながら、生理的な変化を見ていき。無防備でいるけども、怖くないという状態を作ります。そして、しなやかで柔らかく、弾力性のある筋肉を作っていきます。

筋肉の鎧を脱いで、筋肉を適度に弛緩できれば、人と交流する腹側迷走神経が働いて、血液の循環が良くなり、手足は温かく、表情も柔らかくなり、内臓が安心して再び動き始めます。体が安心することで、最も進化した部分の脳が働くため、他者と交流できるようになり、心の在り方や現実世界が変わります。

まずは、ヨガやイメージワークを通して、筋肉の伸びたり縮んだりを自己調整できるスキルを習得しましょう。筋肉の緊張状態から弛緩させることで、自律神経系の働きを変えることが可能になり、脳や内臓に良い影響を与えて、心にまで波及します。そして、筋肉の状態次第で現実さえも大きく変えることができます。嫌な現実も良い現実も、体や筋肉と連動しています。つまり、筋肉の状態を整えることで、神経の働きが正常に回復して、現実を変えることができます。  

→トラウマを克服する方法の詳細について

体の状態で現実が変わる

脅威に備えて、筋肉の鎧を纏っていた人が、今後はその鎧を纏わないようにしていくだけで、少しずつ気持ちの在りようや人生の在り方が変わってきます。地に足がつき、腹も据わって、無防備な自分でもいられるようになれば、物事に動じなくなり、落ち着いて過ごせるようになります。今ここにいる自分を大事にして、過去の苦しみを受け入れていき、人と接するときは、肩の力を抜いて、自分の思ったことをそのまま話せるようにします。

筋肉が適度に弛緩した状態であれば、白黒はっきりしなくても不安にならなくなり、イライラもしなくなり、物事をやり過ごせるようになります。落ち着く時間が増えると、一つ一つのことで怒りの感情で興奮することや、相手のちょっとした欠点を見逃さずに批判することが減ります。自分も相手も同じ価値観ではないし、良い所もあれば、悪い所もあると、穏やかに過ごせて受け流せるようになります。

過剰な防衛が取れていくと、思い悩むことが減り、今まで囚われてきたものから解放されます。そして、自分から幸せじゃない状況を作っていたことに気づきます。今までのことを後悔して、人間関係を簡単に切って、裏切ってしまったことや相手に気を使わせてきたこと、感謝の気持ちを知らなかったことなどに罪悪感を感じます。そして、大切な人との関係において、十分に見つめ直すことが可能になります。

トラウマケア専門こころのえ相談室
公開 2021-03-05
論考 井上陽平

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