過覚醒とは:PTSDで起きる「身体が先に緊張へ切り替わる」反応

過覚醒(ハイパーアラウザル)は、心的外傷後ストレス障害(PTSD)に関連する主要な症状のひとつです。
トラウマを経験した人の身体が、ある瞬間に突然、緊張状態へ移行し、強い興奮状態に入ってしまう。この現象を指します。

ここで重要なのは、過覚醒が「性格」や「根性」の問題ではなく、危険を見逃さないために神経系が働き続けている状態だという点です。頭では「大丈夫」と分かっているのに、身体は勝手に警報を鳴らす。落ち着こうとするほど、かえって焦る。そういう矛盾が起きやすいのは、安心が“思考”ではなく“身体の機能”として崩れているからです。

さらにやっかいなのは、過覚醒が「今この瞬間の危険」だけでなく、**過去の危険が残した“予測のクセ”**によって起きることです。外傷体験の後、身体は外界の刺激を「危険の予兆」として読み取りやすくなります。すると、危険の手前で先回りして緊張を上げるようになり、結果としてトラウマ反応が長引きやすくなります。


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過覚醒の症状:どんな形で現れるのか

過覚醒が表す症状群は多岐にわたります。しかも、症状は単発で起きるよりも、連鎖として起きやすいのが特徴です。たとえば、眠れない→疲労が溜まる→集中が落ちる→些細な刺激にイライラする→自己嫌悪が強まる→さらに眠れない、という循環が起きます。
ここで読者が誤解しやすいのは、「眠れないなら休めばいい」「怒りっぽいなら我慢すればいい」という“意志の修正”で何とかしようとすることです。しかし過覚醒の本質は、意志より先に、身体の準備が上がり続けているところにあります。

睡眠障害

不規則な睡眠パターン、頻繁な目覚め、あるいは一晩中ぐっすり眠れない――といった形で現れます。
過覚醒の睡眠障害は、単なる不眠というより、身体が夜になっても警戒を解けない状態です。静かになるほど音に敏感になったり、目を閉じた瞬間に不安が膨らんだりします。

集中力の低下

日常的なタスクに注意を向け続ける力が落ち、読み進められない、手が止まる、ミスが増えるなど、生活の質に直結する困りごとになります。
集中できないのは怠けではなく、注意資源が「危険探索」に吸われてしまうためです。脳が“外界の変化”を追い続けるので、作業に注意を固定できません。

過度のイライラ感・怒り

些細な出来事で大きな怒りを感じる、一般的な状況でも不適切なほど憤りが湧く。本人も「こんなことで」と分かっていて止められないのが特徴です。
怒りはしばしば、内側の恐怖や緊張が限界に達したときの「放電」として現れます。つまり、怒りは“悪い感情”というより、身体が抱え続けた緊張が出口を求めた形でもあります。

パニック状態

急激な不安感や恐怖感に襲われる経験。身体が一気に危険モードへ入ると、呼吸や心拍、思考が同時に乱れ、収拾がつかなくなることがあります。
パニック時には「理由」を探しても追いつかないことが多く、理屈の前に身体が先に反応しています。この順序を理解するだけでも、自己否定の量が減ります。

不安定感・焦燥感

感情が揺れやすくなったり、「急がなければ」「終わらせなければ」という切迫感に駆られたりします。
焦燥感は“今やるべきこと”が多いからではなく、身体が「止まる=危険」と学習しているときに生じやすい反応です。落ち着こうとするほど落ち着けないのは、この学習が背景にあります。

突然の驚愕反応

大きな音、予期せぬ出来事への過度な反応として現れます。びくっとするだけでなく、その後もしばらく緊張が抜けないことも少なくありません。
驚愕反応が続くと、日常が「いつ鳴るか分からないアラーム」に囲まれた生活になります。結果として外出や人付き合いがしんどくなり、孤立が進むことがあります。


過覚醒は「弱さ」ではない:身体が危険を予測し続ける結果

過覚醒の状態にいる人は、休めない自分を責めやすい傾向があります。
しかし、ここで見ているのは性格の問題ではなく、神経系の優先順位の変化です。神経系は「安全の確保」を最上位に置くと、睡眠・集中・対人の余裕を後回しにします。それは怠慢ではなく、機能としてそうなる。

そして、複雑なトラウマを抱える人は、過覚醒(過緊張)だけでなく、逆に“まったく動けなくなる”局面(固まり/シャットダウン)を経験することもあります。
だから必要なのは、「常にリラックスすること」ではなく、波を前提にした**覚醒管理(調整力を育てる)**です。上がりきった覚醒を下げる技術と、日常の基礎体力としての安定を両方整える――この二層で考えると現実的になります。


過覚醒を落ち着かせるリラックステクニック(まず“今この瞬間”を戻す)

過覚醒が強いとき、最初の目標は「正しく理解する」よりも先に、身体の警報を弱めることです。
理由は単純で、過覚醒の最中は“理解”を司る働きが落ち、情報処理が荒くなります。だから「考えて落ち着く」は難しくなり、逆に考えるほど焦りが増えることがあります。ここで有効なのは、思考ではなく、注意と感覚の操作です。

周囲の環境に意識を向ける(視覚のアンカー)

部屋を静かに見渡し、目に見えるものをじっくり観察します。外界とのつながりを増やすことで、内側の興奮から距離が取れます。これは「気を紛らわす」のではなく、注意を“危険探索”から“現実認知”に戻す作業です。

興味を持てるものに注意を向ける(注意の再配分)

本、音楽、写真、飾り物など、「少しでも関心が向くもの」に集中します。関心が薄いときは“好き”でなくて構いません。引っかかりがわずかにあるもの、で十分です。

マインドフルネスで「現在の瞬間」へ戻す

今の瞬間に意識を戻す練習は、過覚醒の波を小さくする土台になります。評価や反省よりも先に、ただ「いま起きている感覚」を見つめます。

身体感覚に注意を向ける(固有感覚・体性感覚)

足の裏が床を踏む感覚、体重のかかり方、背中の接地感など、身体の“接地情報”に注意を向けます。「ここにいる」という確認が増えるほど、警報は下がりやすくなります。

深呼吸(長く吐く)

ゆっくり吸って、長く吐く。吐く息を長くすることで、副交感神経が刺激され、過度に活動している交感神経が鎮まりやすくなります。息を整えるのは気分のためではなく、身体の状態を変えるためです。


覚醒管理:心身の平穏を取り戻すためのテクニック(継続して“調整力”を育てる)

リラックス法が「いまの波」を下げるものだとしたら、覚醒管理は「波が立ちにくい土台」を育てるものです。
過覚醒の回復は、“落ち着く技”の上達だけでなく、日常全体の神経系が戻りやすい構造を作ることでも進みます。

感情と覚醒の調整は「理解」から始まる

強い感情に対処する自己調整能力は、自分と他者の関係を保つためにも不可欠です。「感情を消す」ではなく、「感情が上がっても戻れる」ことが目的です。

闘争・逃走反応を制御する:マインドフルネス/フォーカシング

体性感覚・固有感覚に意識を向け、心拍数上昇や手汗などの反応を、否定せずに把握します。把握できると、対処の選択肢が生まれます。

身体を使う:ヨガ/ダンス/ウォーキング/武道/有酸素運動/漸進的筋弛緩法

運動は一時的に覚醒を上げることがあっても、その後に訪れる落ち着きが回復の鍵になります。
漸進的筋弛緩法は、「緊張をほどく」だけでなく、「緩め方を身体に教える」点で、過覚醒の人と相性が良いことがあります。

呼吸法:「ヴー」と音を出しながら吐く

「ヴー」と音を出しながらゆっくり吐くことで、交感神経系が鎮まりやすくなり、リラクゼーションが促進されることがあります。声の振動は“身体側”へ働きかけやすい方法です。

グラウンディング:現実とのつながりを強化する

足の接地、触覚(冷たさ・質感)など、感覚を通して現在へ戻ります。過覚醒は未来(予測)へ飛びやすいので、感覚で現在に引き戻す発想が有効です。


過覚醒を乗り越えるセルフケア:継続で効く「土台づくり」

ここからは、過覚醒が起きた“その場”ではなく、過覚醒が起きやすい体質化をほどいていく段階です。
ポイントは「頑張りを増やす」ではなく、戻る条件を増やすこと。回復は意志の強化ではなく、条件の整備で進みます。

感情の調整能力を高める

怒り・悲しみ・不安が湧いたら、まず否定せず認識します。「今、私は怒っている/不安を感じている」。そのうえで呼吸法やマインドフルネスで強度を下げます。

安心できる環境の整備

静かな部屋、好きな音楽、心地よい香りなど、感覚的に落ち着く要素を用意します。過覚醒に入ったときの回復速度が変わります。

他者とのサポートシステムを築く

信頼できる人やカウンセラーと、緊張や感情の高まりを共有できることは、回復を進めます。孤立は過覚醒の燃料になりやすいからです。

生活習慣の見直し

睡眠不足、不規則な食事、運動不足が続くと、過覚醒は出やすくなります。規則正しいリズム、十分な睡眠、適度な運動は基礎の対策です。


うまくいかないときの考え方:「戻れない日」があっても回復は進む

過覚醒の調整は、波があって当然です。波があるから失敗、ではありません。
むしろ「波がある前提で、戻り道を確保する」ことが回復です。今日は呼吸が効かない日でも、環境の整備が効くかもしれない。運動は無理でも、足の接地だけはできるかもしれない。そうやって“戻れる入口”を複数持つほど、神経系は安定します。


受診・相談の目安

睡眠障害やパニック、怒りの爆発、強い驚愕反応が長引き、生活・仕事・対人に支障が出る場合は、医療や心理支援につながることが回復を早めます。
とくにPTSDや複雑性トラウマの文脈では、覚醒管理は「一人で克服する課題」ではなく、「支援と並走して整える課題」として扱うほうが現実的です。


関連記事

  1. 「過覚醒とは:PTSDで起きる…」
     → https://trauma-free.com/trauma/symptoms/
  2. 「過覚醒の症状:どんな形で現れるのか」
     → https://trauma-free.com/trauma/flashback/
  3. 「覚醒状態:身体はどうなっているのか…」
     → https://trauma-free.com/hyper-tension-nervous-system/
  4. 「凍りつきと過覚醒から回復していくために」
     → https://trauma-free.com/treatment/recovery/
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【執筆者 / 監修者】

井上陽平(公認心理師・臨床心理学修士)

【保有資格】

  • 公認心理師(国家資格)
  • 臨床心理学修士(甲子園大学大学院)

【臨床経験】

  • カウンセリング歴:10年/臨床経験:10年
  • 児童養護施設でのボランティア
  • 情緒障害児短期治療施設での生活支援
  • 精神科クリニック・医療機関での心理検査および治療介入
  • 複雑性トラウマ、解離、PTSD、愛着障害、発達障害との併存症の臨床
  • 家族システム・対人関係・境界線の問題の心理支援
  • 身体症状(フリーズ・過覚醒・離人感・身体化)の心理介入

【専門領域】

  • 複雑性トラウマのメカニズム
  • 解離と自律神経・身体反応
  • 愛着スタイルと対人パターン
  • 慢性ストレスによる脳・心身反応
  • トラウマ後のセルフケアと回復過程
  • 境界線と心理的支配の構造
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過緊張や生きづらさは、あなたのせいではなく、育った環境や親子関係の中で身についた生存の反応として残ることがあります。
本書では身体と神経系の視点に加えて、感情・自己否定・人間関係のしんどさまで含めて、専門用語をできるだけ使わずに整理し、安心を取り戻す22のレッスンとしてまとめました。必要な方に届けば嬉しいです。