虚脱感と崩れ落ちる心: トラウマがもたらす心のショック反応

複雑性トラウマ

トラウマは心的または身体的なダメージを受けた結果として、人々が経験する深刻な心理的ストレス状態を指します。それは大きな衝撃、失望、絶望感を引き起こし、人々が抱くリアリティに深い亀裂を生じさせることがあります。それに対する反応は個々人の心の状態、環境、対処能力により様々ですが、その一つにショック反応があります。

その中でも「虚脱・崩れ落ちる」という反応は、個々が経験したトラウマに対する強いショック反応の一つと言えます。特に、この反応は突然、予期せぬ出来事や事故、災害などの後に起こることが多いです。

精神から肉体へ: トラウマがもたらす”崩壊”のプロセス

「崩れ落ちるトラウマ」という表現は、極度の心理的衝撃を受けた結果、人が身体的な安定を失い、実際に物理的な感覚や制御能力が消失する状態を描写します。具体的には、この状態は感情的な地震のようなもので、その強烈な衝撃によって、足の裏から始まる感覚が逐次的に消えていくという形で現れます。自分の足元がグラグラと揺れ、安定した立ち位置を見失うという恐怖を体験します。

このようなトラウマを経験すると、人々の反応は様々であり、一部の人々は深刻な肉体的影響を受けます。何人かは息ができなくなり、まるで透明な壁に閉じ込められたかのように、身体が硬直して動けなくなることがあります。その他の人々は、意識がぼやけ、最終的には倒れてしまうことさえあります。

恐怖の連鎖: 崩れ落ちるトラウマと精神の凍結

「崩れ落ちるトラウマ」を抱える人々は、恐ろしい過去の体験により深く影響を受けており、その影響は人それぞれ異なる形で表れます。中には、過去の恐怖が現在まで続いており、精神的にはすでに崩壊し、生活のすべてが絶望的に見えてしまっている人々がいます。彼らは、将来に対する希望が持てず、自身の状況が改善する見込みを見いだせないため、予後が悪くなることがしばしばあります。

また、過去に一度でも精神的に崩壊した経験を持つ人々は、再び同じ体験をしないようにと過剰に警戒し、常に不安や恐怖につながる可能性を探し続ける状態に陥ることがあります。これは、まるで恒常的な緊張状態にあるようなもので、リラックスすることがほぼ不可能となります。

この種のトラウマを抱える人々は、ショッキングな出来事が起こると、身体の筋肉が過度に収縮し、全身が硬直化することがあります。これはまるで身体が凍りついたかのような状態で、地に足がつかない不安定な人生を送ることとなります。心臓は激しく鼓動し、呼吸は苦しくなり、身体全体が動けなくなることすらあります。

特に衝撃が大きい場合、その人はまるで心臓が体内から落ちてしまうかのような感覚を味わい、全身に冷たい戦慄が走ることがあります。これは極度のパニック反応で、最悪の場合、その場に倒れてしまうこともあります。

トラウマを抱える人々は、一見すると普通の生活を送っているように見えますが、実際には不安定で冷凍されたような状態で生活しています。彼らの心の中の恐怖と戦いは外からは見えず、それゆえに理解されずに孤独を感じることがしばしばあります。

崩壊の瀬戸際: 複雑なトラウマに苛まれる心と身体

複雑なトラウマを経験した人々が突如として深いショックを受けたとき、その影響は体全体に広がります。まるで心臓が飛び出すかのような強烈な鼓動が、体全体を揺り動かし、その振動は各細胞にまで伝わります。このとき、皮膚はまるで無数の見えない手に引き剥がされていくような、痛みとともに襲い来る感覚に包まれます。また、体の内側からは、まるで砂が蟻地獄に次々と吸い込まれていくような、崩れ去る感覚が強烈に押し寄せます。

更にその感覚は、頭頂から足元まで広がり、全身がビリビリと電流に打たれたように振動し、ジンジンと痺れてくるかのようです。足元はまるで浮き立っているかのように不安定で、実際に地面に接している感覚が徐々に消え去り、まるで地面に吸い込まれてしまうか、あるいは空気中の塵となり消えてしまうような錯覚に苛まれます。このような身体的な症状は、トラウマによる深い不安や恐怖と直結しており、その対処が困難となることがあります。

極度の不安感は眠気を引き起こすことがあり、さらにはめまいやふらつきを引き起こし、最悪の場合、意識が朦朧となって気絶することもあります。しかし、頭(心)の中では、崩れ落ちそうな自身を必死に抑え込み、「大丈夫、これは過去の体験が引き起こす反応だ。時間が解決してくれるはずだ。」といった冷静な理解を保つことも可能です。しかしながら、身体が不快な感覚に包まれ、崩れ落ちる瀬戸際に追いやられると、不安や恐怖は増幅し、自身を取り巻く状況をさらに難しくします。

無力感と自己喪失: 長期的な脅威と恐怖の影響

長期的な脅威や危険からくる不安が続くと、人はその重圧に押しつぶされ、自身の人生の舵取りができなくなることがあります。周囲からの圧倒的な力に自分が無力であると感じ、適切な行動を起こす力を失う。更に強者に対して屈服し、服従せざるを得ないような人生に追いやられる。

このような状況に陥ったとき、身体は棒のように硬直し、表情は感情を映さなくなる。自分が生きているという感覚すらなくなり、まるで動く屍のようになる。世界からの刺激に翻弄され、行き当たりばったりの無力な生活が続く中で、人生の目的や方向性を見失い、行き詰まることもある。

更に厳しい場合、自分の身体はまるで接着していないパズルのように、形を保つのがやっとで、少し動くだけで崩れ落ちそうになる。この状態に陥ると、日常生活の一部分一部分が心地悪く感じ、現実の全てに耐えることが難しくなる。自己の感情や思考も混乱し、自分が何を感じているのか、自分自身が何者なのかさえも理解できなくなる。

トラウマを抱え、自身の崩壊を常に無意識に恐れる人は、その恐怖が人生に反映され、脅威に対する防御反応として身体を緊張状態に保つ。力の抜き方が分からないため、肩は常に張り、眉間に力が入り、奥歯を強く噛み締め、喉は締め付けられ、足はすくみ、まるで永遠に凍りついたような状態になる。このような慢性的な身体の収縮は血液の流れを阻害し、基礎体温を下げ、精神的なストレスを増幅させ、世界を常に否定的に見る視点を強化する。

まとめ

彼らは過去の恐ろしい経験が再び起こらないように、という深い恐怖から、トラウマを引き起こす可能性のあるシチュエーションを完全に避けるような生活を送っています。つまり、事前に危険や不快を予測し、それを排除することで安全を確保しようとする生活パターンを形成しています。

彼らは怒りや恐れといった強烈な感情から逃れるため、また、苦痛の記憶、つまりトラウマを再体験しないようにと、生活の中のさまざまな要素に神経を使います。飢餓感や低血糖、過労や体の痛み、あるいは特定の薬物や化学物質までもが、彼らにとっては危険なトリガーとなる可能性があるからです。

その結果、日々の生活においては極度に慎重に行動をすることを求められます。自分自身の安全を確保するために、周囲の環境や出来事に対して常に高い警戒心を持ち続け、コントロールしようとします。

しかしながら、一瞬でも気を抜くと、彼らは眠気やめまいといった体調不良の症状に襲われ、その緊張と警戒の綱渡りからバランスを崩し、心身の崩壊に繋がることがあります。

また、自分を守るために過度に避ける行動をとることは、他人との社会的な関係を築くことを難しくします。自分を守るための壁が、他人とのコミュニケーションを阻害し、結果的に彼らは孤独と隔絶の中に取り残されてしまうことがあります。

トラウマケア専門こころのえ相談室
公開 2022-12-27
論考 井上陽平

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