私たちは、自分の身体を「今の状態」だけで理解しようとしがちです。
けれど身体は、現在だけを生きているわけではありません。
そこには、語られなかった時間、逃げられなかった瞬間、耐える以外に選択肢のなかった関係の履歴が、静かに折り重なっています。
固まった背中や抜けない力は、偶然そこにあるのではありません。
それは、身体が世界を生き延びるために引き受けてきた「かたち」なのです。
崩れない姿勢が守ってきたもの
固まった背中。
抜けない力。
崩れられない姿勢。
それは、修正すべき欠陥ではありません。
身体が「生き延びるために選んだ、最も現実的な形」です。
危険が去らなかった時間。
気を抜いた瞬間に、何かが壊れてしまう環境。
頼ることが、より深い痛みにつながった関係。
そうした世界を生きた身体は、
緩むことよりも、保ち続けることを学びます。
背中が固まるのは、
背中を預けられなかった歴史があるからです。
力が抜けないのは、
抜いた瞬間に失われるものがあったからです。
崩れられない姿勢は、
崩れた自分を、誰も支えてくれなかった記憶の名残です。
→「トラウマはなぜ身体症状として現れるのか」
https://trauma-free.com/trauma/mechanism/
身体は「理解」よりも先に、耐えてきた
多くの人が誤解しています。
「もう安全だと頭で分かれば、身体も緩むはずだ」と。
けれど臨床の現場では、まったく逆の順序が繰り返し確認されます。
身体が安全を感じてはじめて、心は理解に追いつく。
身体は、言葉よりも早く世界を知っています。
説明される前に、
納得する前に、
意味づけされる前に、
危険を察知し、姿勢を決め、呼吸を制限し、意識を狭めてきました。
だから、身体は「説得」では動きません。
必要なのは修正ではなく、対話です。
→「凍りつき(フリーズ反応)とは何か」
https://trauma-free.com/trauma/freeze/
身体は「保持」することで世界とつながってきた
身体が崩れなかったのは、意志が強かったからではありません。
それは、関係が崩壊しないように、身体が自分を差し出し続けた結果です。
対象関係論が示してきたように、
子どもは関係を失わないために、自己の感覚や衝動を引き下げます。
身体の緊張は、その調整が筋肉と姿勢にまで沈殿したものです。
このとき身体は、
「感じないこと」
「動かないこと」
「期待しないこと」
を通して、関係を守ってきました。
それは病理ではなく、関係への適応でした。
固着した身体は「守護者」として残る
深いトラウマのあと、身体の一部が
まるで独立した存在のように振る舞うことがあります。
それは敵ではありません。
かつての危機において、
意識よりも早く反応し、
世界との接触を最小限に抑えた守護的な自己状態です。
分析心理学では、
このような部分を「未統合な防衛的自己」として理解します。
壊すべきものではなく、
役割を終えるまで尊重されるべき存在です。
だから回復は、
統合や変容を急ぐことではありません。
「もう任務は終わってもいい」
と伝えられる関係が、身体の外側に生まれることです。
身体が先に安心し、心があとから追いつく
トラウマの回復は、個人の内側だけで完結しません。
安心は、つねに関係のなかで調整される体験です。
関係精神分析が示すように、
人は一人で自己を修復することはできません。
呼吸が深まるのも、
緊張が一瞬ほどけるのも、
誰かとのあいだに「壊れない場」が成立したときです。
ヨガや呼吸が有効なのは、
それが孤立した技法ではなく、
身体が世界と再び関係を結び直すための媒介になるからです。
ヨガや呼吸は、変える技法ではない
ヨガや呼吸法は、
柔らかくなるための訓練でも、
正しい姿勢を作るための矯正でもありません。
それらは、身体にこう伝えるための時間です。
もう、証明しなくていい
もう、耐え続けなくていい
もう、独りで保たなくていい
背骨に呼吸を通すという行為は、
筋肉を伸ばす操作ではありません。
それは、身体の中心線に向かって
「私は、まだここにいていい」
と静かに確認を差し出す行為です。
逃げなくてもいい。
固め続けなくてもいい。
今この瞬間、世界は完全ではなくても、致命的ではない。
その事実を、身体の時間で確かめ直す営みです。
→「ポリヴェーガル理論と安心の神経回路」
https://trauma-free.com/treatment/polyvegal/
固着は「防衛」であり、「忠誠」でもある
身体系のセラピストが繰り返し目にするのは、
緊張が単なる反応ではなく、忠誠の形として残っている姿です。
かつて守らなければならなかった誰か。
壊れてはいけなかった関係。
失えば生きられなかった世界。
そのために身体は、
泣かず、怒らず、崩れず、訴えず、
ただ持ちこたえる役割を引き受けてきました。
緩むことは、
裏切りのように感じられることさえあります。
だから、無理に緩めようとすると、
身体は抵抗します。
それは治療への拒否ではなく、
過去への誠実さです。
この忠誠を否定しないこと。
それが、回復の前提になります。
神話が語ってきた「降りていく身体」
多くの神話は、上昇ではなく下降を描いています。
冥界へ降りる女神。
地の底で冬を過ごす存在。
世界の中心から切り離され、沈黙する時期。
それは、壊れたからではありません。
世界と関わり続けるために、
いったん深部へ退いた姿です。
トラウマを生きた身体も、同じことをしています。
外界が危険だったとき、
身体は深く沈み、感覚を狭め、内側へ退避しました。
そこは逃避ではなく、生存の神話的選択です。
そして回復とは、
無理に地上へ引き戻すことではありません。
その深部に、光を差し込むことでもありません。
ただ、
「そこにいても、もう一人ではない」
と伝え続けることです。
それだけで十分な日が、確かにある
深い回復は、劇的には起こりません。
震えが止まらない日もある。
力が抜けないまま終わるセッションもある。
何も変わらなかったように感じる夜もある。
それでも、
身体が逃げずにその場に留まったなら。
呼吸が一瞬でも戻ったなら。
崩れなかった自分を、責めなかったなら。
その日は、十分です。
身体は、結果ではなく過程を生きています。
魂が耐えてきた歴史を、
今日も更新せずに済んだという事実。
それ自体が、
すでに深い回復の一部なのです。
まとめ
身体は、間違えません。
間違えたのは、世界のほうでした。
固まった背中は、
魂がそこまで耐えてきたという事実。
抜けない力は、
生きることを諦めなかった証拠。
だから回復とは、
身体を変えることではありません。
身体に向かって、
「もう、ひとりで守らなくていい」
と伝え続けることです。
【執筆者 / 監修者】
井上陽平(公認心理師・臨床心理学修士)
【保有資格】
- 公認心理師(国家資格)
- 臨床心理学修士(甲子園大学大学院)
【臨床経験】
- カウンセリング歴:10年/臨床経験:10年
- 児童養護施設でのボランティア
- 情緒障害児短期治療施設での生活支援
- 精神科クリニック・医療機関での心理検査および治療介入
- 複雑性トラウマ、解離、PTSD、愛着障害、発達障害との併存症の臨床
- 家族システム・対人関係・境界線の問題の心理支援
- 身体症状(フリーズ・過覚醒・離人感・身体化)の心理介入
【専門領域】
- 複雑性トラウマのメカニズム
- 解離と自律神経・身体反応
- 愛着スタイルと対人パターン
- 慢性ストレスによる脳・心身反応
- トラウマ後のセルフケアと回復過程
- 境界線と心理的支配の構造