つねに何かに追われソワソワしてる人は、外側の出来事よりも、内側の時間に追われている。
仕事も家庭も円満で、健康で、借金もない。いわゆる「不幸な出来事」が多いわけではない。
それなのに、幸福度だけが低い。落ち着かない。休んでいるはずの瞬間にすら、どこかで次の課題を探してしまう。
これは「足りない」のではない。休めないのだ。
そして、休めないのは根性の問題ではない。
つねに何かに追われソワソワしてる人の内部では、安心に入る回路そのものが、危険信号として反応してしまう。
何も起きていないのに不安が止まらない方へ。
機能不全家庭と慢性的な過覚醒の心理構造について解説した記事です。ぜひご参照ください。https://trauma-free.com/cannot-rest-dysfunctional-family/
神経が“停止”を許可していない
トラウマ理論の観点では、慢性的な緊張は、明確な事故や暴力体験だけで生まれるわけではない。
つねに何かに追われソワソワしてる人は、予測不能な空気、感情を読まなければならない家庭、安心が条件付きだった環境で育っている。
「怒らせないように」
「不機嫌を起こさないように」
「黙っていれば波風は立たない」
そんなふうに、子どもが“空気の管理者”にならざるを得ない状況では、神経は常に張る。
その張りは、成長して環境が変わっても、簡単には解除されない。解除されないというより、解除の仕方を学んでいない。
平穏な日常でも起きる「身体のサイン」
その結果、いまは平穏な日常でも、自然に次が起きる。
- 胸がわずかに固い。
- 呼吸が浅い。
- 何も起きていないのに未来を予測している。
ここで重要なのは、本人が「私は不安が強い性格」と理解しやすい点だ。
けれど臨床的には、これは性格ではない。
つねに何かに追われソワソワしてる人は、「安心=油断=危険」という学習をしている。
つまり、落ち着きそうになった瞬間に、神経が「危険だ」とブレーキを踏む。
安全な日常を前にしても身体が緩まないのは、
身体が“過去の環境”に忠実すぎるからだ。
この「身体が先に反応する仕組み」そのものは、トラウマの基本構造(防衛反応の起動)として説明できます。
https://trauma-free.com/trauma/mechanism/
「良い子」と「見張り役」を内在化している
つねに何かに追われソワソワしてる人は、子ども時代に愛着を守ろうとする。
愛着を守るとは、単純に「親が好き」という意味ではない。
生存に必要な関係を失わないために、子どもが無意識に行う関係維持の戦略だ。
そこで多くの場合、心の内部に二つの役割が形成される。
外に適応する“優等生”。
内側で失敗を監視する“批判者(見張り役)”。
「優等生」は社会で評価されるが、内部では消耗が進む
優等生は、外の世界で役に立つ。
ちゃんとする。気を遣う。期限を守る。迷惑をかけない。
その結果、周囲からは「しっかりしている」「頼りになる」「問題がない」と見られやすい。
しかしその“問題のなさ”は、しばしば緊張の上に成立している。
本人は、頑張っている感覚すら薄いこともある。
なぜなら、それが「習慣」ではなく、かつての環境で身につけた生存技術だからだ。
「見張り役」はあなたを壊さないために働いている
一方、見張り役は厳しい。
「ミスしたら終わる」
「嫌われたら危ない」
「気を抜くと取り返しがつかない」
この声は、意地悪で生まれたのではない。
見張り役は、緩んだ瞬間に崩壊する恐れを知っている。だから、あえて休ませない。
幸福になる前に、「本当に大丈夫か?」と点検が入る。
休む前に、「今やるべきことはないか?」と検索が始まる。
安心に触れた瞬間に、身体がわずかに固くなるのは、見張り役が神経を起動するからだ。
ありのままの自分で生きていない
つねに何かに追われソワソワしてる人は、社会的には成功していることが多い。
しかしその成功は、「本来の衝動」ではなく、“期待に応え続ける構造”の延長線上にある。
ここで言う「ありのまま」は、わがままでも無責任でもない。
むしろ、自分の内側のリズムを感じて、そのリズムに従って動ける状態のことだ。
感じる前に調整し、欲する前に評価する
自分の体験を十分に「生きる」前に、それを処理・整理・最適化してしまう。
感じる前に調整する。
欲する前に評価する。
例えば、休みが来ても「どう休むのが正しいか」を考える。
楽しみがあっても「これでいいのか」と点検する。
満たされかけた瞬間に、次の課題を探してしまう。
結果、人生は整っているのに、実感が伴わない。
実感が薄いと、人は“強い刺激”や“達成”で埋めたくなる。
その埋め方が続くほど、身体はさらに「停止を禁じる」方向に固まっていく。
敵がいないのに“鎧”を脱げない
つねに何かに追われソワソワしてる人は、かつて必要だった鎧を、今も着続けている。
敵はもういないのに、身体だけが戦時下にいる。
鎧には意味がある。
鎧は、あなたを守ってきた。
緩んだら危なかった時代に、あなたを生かした。
だから鎧は悪ではない。
問題は、鎧が“必要な場面”だけで作動せず、常時装着になってしまっていることだ。
鎧を着たまま生きるとどうなるか。
本人は「平気」と言える。日常を回せる。
しかし、身体の奥は常に微細な緊張を抱え、胸の固さと浅い呼吸が当たり前になる。
そして「未来予測」が止まらない。
未来予測は、危険が来る前に備えるための行動だ。
つまり、未来予測が止まらないとは、いまが安全ではないと身体が判断している証拠でもある。
では何が必要か|「もっと頑張る」ではなく、回路をほどく
つねに何かに追われソワソワしてる人は、「もっと頑張る」必要はない。
必要なのは、次の三つだ。
- 安全な関係の中で、緩みを体験すること。
- 身体の微細な動きや呼吸の広がりを感じること。
- 批判者と対話し、その役割を理解すること。
幸福度が低いのは、幸せがないからではない
幸福度が低いのは、幸せがないからではない。
幸せに入る回路が凍っているからだ。
回復とは、新しい自分を作ることではない。
鎧を一枚、安全な場所で、ゆっくり脱いでみることだ。
そして身体が初めて、「いまは追われていない」と学び直すこと。
回復の全体像(治療・セルフケア・支援の選び方)はこちらに集約されています。
https://trauma-free.com/treatment/
また「停止(フリーズ)」が強い人は、ここを足場にすると理解が早い。
https://trauma-free.com/trauma/freeze/
まとめ|追われる感覚は、あなたの欠陥ではなく「古い地図」だ
つねに何かに追われソワソワしてる人は、壊れているのではない。
過去の環境に忠実すぎるだけだ。
胸の固さ。浅い呼吸。未来予測。
それらは“弱さ”ではなく、かつての環境で役に立った生存の手つきだ。
だから、やるべきことは一つ。
「自分を変える」ではなく、
身体に新しい地図を渡していく。
安心が危険ではない日常を、
少しずつ身体に教え直す。
それが、追われる感じから降りる回復の入口になる。