「この人、闇が深いよね」と言われる女性がいます。
しかし、その一言で片づけられてしまう内側には、しばしば、
人知れず蓄積されたトラウマと、それでも誰かを傷つけたくないという切実な優しさが折り重なっています。
ユング派分析家のドナルド・カルシェッドは、
幼少期に圧倒的なトラウマを受けた子どもの内面には、
「迫害する内的存在」と「必死に守ろうとする守護者」が複雑に絡み合った世界が形成されると述べています。
心の内側で展開するこのドラマは、やがて大人になったときの人間関係や恋愛、自己イメージに影響し、
「闇が深い」というラベルとなって外側から見えることがあります。
理論的な背景は、以下の記事でも詳しく解説しています。
→ ドナルド・カルシェッドのトラウマ理論
https://trauma-free.com/donald-kalsched/
1. 「闇が深い」と呼ばれる女性の二重構造
闇が深いと言われる女性は、多くの場合、二重の顔を持っています。
外側から見ると、仕事もこなし、人の話をよく聞き、場の空気を読める“しっかりした人”として機能している。
しかしその内側には、「ここから先は誰にも触れてほしくない」という絶対領域が、固く封印されたまま存在しています。
その領域には、言葉にした途端、
世界との接続そのものが壊れてしまいそうな体験が沈殿しています。
親が安全基地ではなく、日常的に恐怖の源だったこと。
家庭が、休息の場所というより、絶えず緊張を強いられる戦場のようだったこと。
学校や職場で、長期にわたるいじめやモラハラにさらされ、自分の価値が少しずつ摩耗していったこと。
そうした歴史を「なかったこと」にしない限り、生きていけなかったからこそ、
彼女たちは内側に闇の部屋をつくり、その扉を固く閉じてきたのです。
毒親や支配的な親に育てられた子どもの心の行方については、こちらで触れています。
→ 毒親的な親に育てられた子どもの心の行方
https://trauma-free.com/toxic/
2. 世界の色が変わる:白黒・セピア・フルカラー
トラウマの重さは、世界の見え方そのものを変えます。
強い恐怖やフラッシュバックのただ中にいるとき、世界は白と黒だけで構成された、
冷たいコントラストの強い景色として知覚されます。
音はやけに鋭く、匂いは過去の記憶と結びつき、現在と過去の境目が曖昧になります。
そこから少し現実との距離を取ると、世界はセピア色になっていきます。
何もかもが遠く、薄く、匂いも音も輪郭を失っていく。
「生きているのに、モニター越しに世界を見ているようだ」と感じる人もいます。
安全とつながりの感覚がゆっくり戻ってきたとき、
世界はようやく色を取り戻します。
赤は赤として、青は青として見え、涙も怒りも喜びも、“自分のもの”として感じられる。
闇が深い人とは、この白黒・セピア・フルカラーのあいだを揺れ動きながら、
「今・ここ」にとどまることに人一倍エネルギーを費やしている人でもあります。
内的世界や別世界感覚については、こちらの記事も関連します。
→ 内的世界に生きる人の苦しみ
https://trauma-free.com/inner-world/
3. 現実からの逃避としての「夢の中で生きる」こと
日常があまりにも痛いとき、心は現実から離れることでしか自分を守れません。
闇が深い女性の多くは、子どもの頃から次のような感覚を経験しています。
授業中、先生の声は耳に届いているのに、意味として入ってこない。
家族の言い争う声が聞こえているのに、自分の身体だけが遠くからその場面を眺めている。
笑っている自分と、笑っている自分を見ている “もう一人の自分” が同時に存在している。
こうした「夢の中で生きているような感覚」は、怠けでも気分の問題でもなく、
圧倒的なストレス状態に対する神経系の最後の防波堤です。
現実に居続けたら壊れてしまうからこそ、
現実から少し離れるという形で、命を守ってきたのです。
4. 内部に棲む「暴力的で攻撃的な人物」
闇が深い人の語りにしばしば現れるのが、
「自分の中に悪魔のような存在がいる」というイメージです。
ある瞬間、その存在が前面に出てくると、
普段の自分からは想像できないほど冷酷な言葉を吐いたり、
大切な人を突き放すような行動に出たりします。
そして嵐が去ったあとには、激しい罪悪感と自己嫌悪だけが残る。
カルシェッドの理論を借りれば、
これは“内面化された加害者”であり、同時に“守護者”でもあります。
二度と同じ目に遭わないように、
「親しみ」「愛情」「安心」といったものをことごとく破壊して回ることで、
新しい関係そのものを拒絶しているのです。
- 優しい人に近づくと、試すようなことを言ってしまう
- 幸せになれそうな関係ほど、自分から壊してしまう
この自己破壊的な動きは、一見すると「性格が歪んでいる」ように見えます。
しかし深層では、「あの時と同じ地獄だけは二度と繰り返させない」という
必死の防衛として働いていることが少なくありません。
5. 二つの魂と二つの記憶:「どの自分が本当なのか?」
闇が深い女性は、自分の中に「二つ以上の自分」がいるような感覚に悩まされることがあります。
優しくて、人の気持ちを誰よりも汲み取る自分。
一方で、突然スイッチが入り、冷酷に相手を切り捨てる自分。
どちらも現実に存在していて、どちらも“嘘ではない”。
しかし統合できないまま、場面によって交互に現れるため、
「自分のことが一番わからないのは自分自身だ」というパラドックスの中に生きることになります。
その背後には、
- 傷つきやすく脆い、元々の自分
- その自分を守るために前面に立たされた、攻撃的な自分
という役割分担が存在していることが多いのです。
どちらか一方を「間違い」とみなして切り捨てるのではなく、
なぜこの二つが必要になったのか、その歴史を一緒にたどっていくことが、
回復の入口になります。
6. 闇が深い人の優しさ:一瞬ではなく「持続」としての優しさ
闇を抱えている人ほど、「一瞬の優しさ」に騙されることの痛みを知っています。
そのため、ふと差し出された親切や、言葉だけの共感には、
むしろ慎重になります。
彼女たちが信じる優しさは、一度きりの救済ではなく、
時間をかけて続いていく“持続”としての優しさです。
しんどい時期が長引いても、急に態度を変えないこと。
都合のいいときだけ近づいてこないこと。
相手の闇を「コンテンツ」として消費せず、その人のペースを尊重し続けること。
だからこそ、彼女たち自身も、人と関わるときに同じことを自分に課します。
口だけで慰めるのではなく、関係を時間とともに支えること。
簡単に「分かるよ」とは言わず、それでもそばに留まり続けようとすること。
その不器用なほどの誠実さこそが、
「闇が深い」と言われる人の、奥底にある優しさの正体なのかもしれません。
7. 闇の奥で続く自己葛藤:光を望みながら光を恐れる
闇が深い人の内面では、常に二つの声が交差しています。
「誰かにわかってほしい」という渇望と、
「これ以上踏み込まれたら壊れてしまう」という恐れ。
光に近づくということは、同時に、
これまで封印してきた闇を見直すことを意味します。
親への抑え込んできた怒り、
自分を守れなかった悔しさ、
被害者であると同時に加害者にもなってしまったという罪悪感。
それらに再び触れるのはあまりに痛いため、
彼女たちは、光に向かおうとする自分と、それを全力で止めようとする自分のあいだで引き裂かれます。
この揺れは、「面倒な性格」でも「意志が弱いから」でもなく、
長い時間をかけて身につけざるを得なかった、生存の知恵の副作用なのです。
8. 闇から抜け出すために必要なもの:自己許しと、安全な他者
深い闇から少しずつ抜け出していくためには、
まず、「あの時の自分を一方的に裁く物語」から降りていくことが必要です。
何もできなかった自分。
同調してしまった自分。
怒りに飲み込まれ、誰かを傷つけてしまった自分。
たしかにそれらは現実に起こったことですが、
その背景には、子どもであるがゆえの無力さと、助けを求められなかった環境と、
一人で耐えるしかなかった孤立が折り重なっています。
「あの時、よく生き延びたね」と、
ほんの少しだけでも、その自分に向かって言い方を変えること。
それが、闇の中に微かな灯りをともす第一歩になります。
そして、この作業は、
多くの場合、一人で抱え込むにはあまりに重たすぎます。
こちらのペースを尊重し、
解釈よりもまず「聴くこと」に徹してくれる他者の存在が、
闇の世界から現実へと橋をかけてくれます。
9. まとめ:闇が深い女性とは、深く傷つきながらも生き延びてきた人
「闇が深い女性」というラベルは、
しばしば「怖い」「面倒」「関わりづらい」といったニュアンスを含んで使われます。
しかし、トラウマと防衛の視点から見れば、
その闇とは、
- 守られなかった歴史
- 誰にも見せられなかった傷の堆積
- それでも生きるために生み出された複雑な防衛システム
の総体です。
彼女たちは「問題のある人」ではなく、
問題だらけの環境の中で、なんとか自分を守りながら生き延びてきた人です。
当相談室では、こうした“闇が深い”と感じている方の背景を、
ゆっくりと言葉にしていくカウンセリングを行っています。
- 内側にいる「暴力的な人物」や「内なる迫害者」の意味を整理したい方
- 子ども時代から続く自己否定や孤独感に、少しずつ向き合いたい方
- 優しさと闇の両方を抱えた“本来の自分”を見つけ直したい方
もし必要だと感じられた場合は、サイト内の予約ページからご相談ください。
当相談室では、闇が深い人についてのカウンセリングや心理療法を受けたいという方は以下のボタンからご予約ください。
【執筆者 / 監修者】
井上陽平(公認心理師・臨床心理学修士)
【保有資格】
- 公認心理師(国家資格)
- 臨床心理学修士(甲子園大学大学院)
【臨床経験】
- カウンセリング歴:10年/臨床経験:10年
- 児童養護施設でのボランティア
- 情緒障害児短期治療施設での生活支援
- 精神科クリニック・医療機関での心理検査および治療介入
- 複雑性トラウマ、解離、PTSD、愛着障害、発達障害との併存症の臨床
- 家族システム・対人関係・境界線の問題の心理支援
- 身体症状(フリーズ・過覚醒・離人感・身体化)の心理介入
【専門領域】
- 複雑性トラウマのメカニズム
- 解離と自律神経・身体反応
- 愛着スタイルと対人パターン
- 慢性ストレスによる脳・心身反応
- トラウマ後のセルフケアと回復過程
- 境界線と心理的支配の構造