複雑性PTSDの人は、
外から見ると社交的で、よく笑い、場の空気を読み、
人と自然に関わっているように見えることがある。
だがその明るさは、
安全の証明ではない。
それは多くの場合、
幼少期から「関係の中で生き延びる」ために磨かれた
高度な適応である。
以下では、その内側で何が起きているのかを
神経系・心理構造・臨床的視点から整理していく。
明るさという生存戦略
発達早期に慢性的な緊張、支配、予測不能な環境にさらされた子どもは、
関係を「安全」ではなく「危険を含む場」として学習する。
しかし子どもは関係から離れられない。
依存しなければ生きられないからだ。
そのため、子どもは次のような能力を異常に発達させる。
・相手の感情の即時読み取り
・場の空気の先読み
・衝突を未然に防ぐ調整
・自分の感情の抑制
・笑顔による緊張緩和
これは性格の問題ではない。
神経系が生存のために最適化された結果である。
つまり「社交的な人」なのではなく、
「関係内での危機管理能力が極端に高い人」なのである。
この適応は成人後も続く。
場を和ませる。
空気を整える。
誰よりも気がつく。
しかしその裏で、神経系は常に微細な緊張を監視している。
(凍結の基本構造 → https://trauma-free.com/trauma/freeze/)
明るさは自由ではなく、
緊張の上に成立している。
関係の中で発動する凍結
ふとした瞬間、
相手の声色、視線、沈黙の長さ、
わずかな緊張の変化に身体が反応する。
そのとき起きているのは、
思考ではなく神経系のスイッチである。
急に言葉が出なくなる。
考えが止まる。
身体が重くなる。
反応できない。
凍結では次の変化が起こる。
・呼吸量の低下
・筋緊張の固定化
・視線の一点化
・発語の減少
・主観的時間の遅延
これは自律神経の背側迷走系優位に近い状態であり、
「動くな」という防衛命令が作動している。
(神経系の仕組み → https://trauma-free.com/treatment/polyvegal/)
闘うことも、逃げることも許されなかった環境では、
動かないことが最も安全だった。
だから身体は今もそれを選ぶ。
外では会話が続いていても、
内側では孤立が起きている。
(関係性トラウマの構造 → https://trauma-free.com/trauma/relationship/)
人は関係の中にいながら、
心理的には孤島になる。
表の自己と凍結した自己
複雑性PTSDでは、
外界に適応する「表の自己」と、
凍りついたままの「内的自己」が同時に存在する。
表の自己は有能で、
社交的で、
機転が利く。
凍結した自己は、
かつて圧倒された瞬間に取り残されている。
この二重構造が、
突然の切り替わりを生む。
笑っていた人が、
急に黙る。
目が曇る。
反応が遅くなる。
それは性格変化ではない。
神経系の階層が切り替わっただけである。
表層は社会脳、
深層は生存脳。
後者が主導権を握るとき、
言語は後退する。
この構造を理解しないと、
「気分屋」「不安定」「わかりにくい人」と誤解される。
だが実際には、
二つの時間が同時に存在しているのである。
なぜ急に地下へ落ちるのか
複雑性PTSDの神経系は、
安全と危険の境界を極端に敏感に読む。
他人が気づかないレベルの変化で、
警報が鳴る。
わずかな沈黙。
視線の逸れ。
声のトーン。
外では笑っていても、
内側では一瞬で危険信号が点灯する。
その瞬間、
身体は「動くな」と命じる。
この切り替わりは
意志では止められない。
なぜならそれは、
思考よりも古い神経回路だからである。
地下への落下は突然に見えるが、
神経系にとっては合理的な選択である。
そこは停止の場であり、
同時に変容の炉でもある。
深く降りた者だけが、
凍結の奥に埋もれた衝動や声に触れることができる。
臨床的回復の道筋
凍結に入った人を無理に動かすと、
防衛は強化される。
必要なのは「解除」ではなく「再接続」である。
具体的には、
・呼吸のわずかな増減に注意を向ける
・視線をゆっくり左右へ動かす
・指先や足先の微細な動きを回復させる
・筋緊張を一部だけ緩める
大きな感情を扱う前に、
身体の微細な回復を支える。
劇的なカタルシスは必要ない。
小さな波紋で十分である。
凍結は敵ではない。
それは、
かつて命を守った
最も静かな勇気である。
その勇気を否定せず、
ゆっくりと神経系に「いまは安全だ」と学び直させる。
(回復の全体像 → https://trauma-free.com/treatment/recovery/)
理解があるかどうかで、
臨床の質は根本から変わる。
【執筆者 / 監修者】
井上陽平(公認心理師・臨床心理学修士)
【保有資格】
- 公認心理師(国家資格)
- 臨床心理学修士(甲子園大学大学院)
【臨床経験】
- カウンセリング歴:10年/臨床経験:10年
- 児童養護施設でのボランティア
- 情緒障害児短期治療施設での生活支援
- 精神科クリニック・医療機関での心理検査および治療介入
- 複雑性トラウマ、解離、PTSD、愛着障害、発達障害との併存症の臨床
- 家族システム・対人関係・境界線の問題の心理支援
- 身体症状(フリーズ・過覚醒・離人感・身体化)の心理介入
【専門領域】
- 複雑性トラウマのメカニズム
- 解離と自律神経・身体反応
- 愛着スタイルと対人パターン
- 慢性ストレスによる脳・心身反応
- トラウマ後のセルフケアと回復過程
- 境界線と心理的支配の構造
本書では身体と神経系の視点に加えて、感情・自己否定・人間関係のしんどさまで含めて、専門用語をできるだけ使わずに整理し、安心を取り戻す22のレッスンとしてまとめました。必要な方に届けば嬉しいです。