ひとりで悲しみを生き抜いてきた人へ──それは強さではなく、生存のかたちだった

ひとりでかなしむ トラウマ・CPTSD・解離

泣きたいときに泣けず、苦しいときにも誰かへ助けを求められない。悲しみを打ち明けたところで受け止めてもらえず、かえって責められたり、面倒がられたりする。そのような経験を重ねるうちに、自分の感情を誰にも見せず、何事もなかったように生活することが当たり前になっていきます。

周囲からは、我慢強い、精神的に自立している、どんなことがあっても動じない人だと思われるかもしれません。しかし、その強さは、誰にも頼れない環境の中で身につけざるを得なかったものでもあります。強くならなければ、生き続けることが難しかったのです。

悲しみを表現できる場所がなかった人は、感情を抑えたまま日常を続けようとします。誰かと話していても胸の奥が重く、深く息を吸えないような感覚が残る。胃のあたりが締めつけられたり、夜になっても緊張が抜けなかったり、眠っても疲れが取れないことがあります。

こうした身体の不調にはさまざまな原因がありますが、長期間のストレスやトラウマが、身体の緊張や感覚の変化に関わっている場合もあります。悲しみを思い出そうとしていなくても、似た状況に置かれたときに、かつての恐怖や孤独が身体の反応として現れることがあるのです。

身体が覚えているトラウマという表現は、過去の経験が記憶だけでなく、現在の身体感覚や警戒にも影響することを理解する手がかりになります。

特につらいのは、悲しみを生んだ出来事そのものに加えて、そのとき誰もそばにいなかったという経験が残ることです。

傷ついたときに守ってくれる人がいなかった。苦しさを伝えても分かってもらえず、最後には自分で何とかするしかなかった。その孤独が長く続くと、人との関係を求めながらも、誰かに頼ることをためらうようになる場合があります。

悲しみが突然よみがえるとき、身体で起きていること

助けを求めても誰にも届かず、感情を表現することさえ危険だった環境では、悲しみを十分に感じる余裕がなくなることがあります。

泣けば親から責められ、弱音を吐けば突き放される。そのような経験を繰り返した子どもは、自分の気持ちを表に出すよりも、黙ってやり過ごすことを覚えていきます。

怖さや悲しさを感じていても、その感情に向き合うことより、目の前の生活を続けることが優先されます。強いストレスの中では、感情が鈍くなったり、現実感が薄れたりする反応が生じる場合もあります。

Laniusら(2010)は、PTSDに伴う解離症状について、強い感情が高まる状態だけでなく、感情の働きが過度に抑えられる状態にも注目しています。過去の恐怖を経験した人の中には、激しく動揺する代わりに、感情や身体感覚が遠のくような反応を示す人もいるのです。

こうした状態が続いていると、悲しい出来事を振り返っても涙が出ず、何を感じているのか自分でも分からなくなる場合があります。

ところが、生活が少し落ち着いた頃になって、突然悲しみが込み上げてくることがあります。何気ない会話や音楽、誰かの優しさに触れたとき、昔の出来事が急によみがえり、涙が止まらなくなることもあります。

頭では過去のことだと分かっていても、そのときの孤独や無力感が、現在の出来事のように迫ってくる場合があります。胸が苦しくなり、身体が重くなって、何もできなくなることもあるでしょう。

こうした反応が現れたときには、何が引き金になったのか、現在の生活でどのような負担が重なっているのかを確かめることが大切です。涙が出ることも、感情が鈍くなることも、それだけで回復や悪化を判断できるものではありません。

低覚醒・凍りつきの状態では、強いストレスの後に活動性が低下し、感情や身体感覚が鈍くなることがあります。そうした心身の変化を理解しながら、現在の自分が安心して過ごせる条件を少しずつ整えていくことが必要になります。

「抱えられなかった」悲しみと、偽りの自己

子どもが悲しんでいるとき、そばにいる大人がその気持ちを受け止め、一緒に考えてくれることには大きな意味があります。

つらい出来事があっても、誰かに話を聞いてもらい、悲しかった気持ちを理解してもらえると、子どもは自分の感情を少しずつ扱えるようになります。

しかし、親自身に余裕がなかったり、子どもの気持ちを受け止めることが難しかったりすると、悲しみを表現するたびに拒絶される場合があります。

泣いても慰めてもらえず、傷ついたことを伝えても「気にしすぎだ」と言われる。そのような環境では、子どもは自分の感情を表現することを諦め、親の期待に合わせて振る舞うようになることがあります。

人に迷惑をかけず、頼まれたことを断らず、周囲の空気を読んで行動する。どれほど苦しくても平気な顔をし、自分が助けてもらうより、誰かを支える役割へ回ることもあります。

精神分析家のウィニコットは、周囲の要求へ適応するために、本来の自発的な感覚や欲求が表に出にくくなる心のあり方を「偽りの自己」という概念で説明しました。

これは、自分を偽って他人を欺くという意味ではありません。周囲との関係を保つために、自分の気持ちを抑え、期待される姿で生活してきた心理を理解するための考え方です。

幼い頃から親の機嫌を読み、自分の感情を抑え続けてきた人は、大人になってからも、自分がどうしたいかより、相手が何を望んでいるかを優先することがあります。

人から頼られると断れず、疲れていても笑顔で応じてしまう。その一方で、誰からも求められない時間になると、自分が何をしたいのか分からず、深い孤独を感じる場合があります。

「いい子」であり続ける過剰適応の背景には、こうした幼少期からの対人関係が影響していることがあります。

また、悲しみを誰にも向けられなかった人は、傷ついた理由を自分の中に探すことがあります。親が冷たかったのは自分が悪いからだ、もっと頑張れば愛されるはずだと考えることで、関係を保とうとしてきたのかもしれません。

その自己非難が大人になっても続くと、誰かに拒絶されたときに、自分には愛される価値がないと感じやすくなります。

回復では、そうした考えがどのような経験から生まれたのかを理解し、自分の悲しみや怒りを、少しずつ自分自身の感情として受け止められるようになることが大切です。

空虚・荒廃として現れる悲しみ

長い間、悲しみを抑えてきた人は、自分が悲しんでいることさえ分からなくなる場合があります。

何かつらいことがあったわけでもないのに、朝起きたときから身体が重く、何をするにも気力が湧かない。以前は楽しかったことにも関心が向かず、人と一緒に過ごしていても、心が動かないことがあります。

周囲では楽しそうな会話が続いているのに、自分だけが少し離れたところから眺めているように感じる。笑うことはできても、その時間を心から楽しんでいる感覚が薄く、帰宅すると強い空虚感が残る場合があります。

こうした状態では、悲しみが涙として現れるよりも、感情の麻痺や無気力、現実感の低下として経験されることがあります。

長い間、自分の感情を抑え、周囲の期待に合わせて生きてきた人は、何を望んでいるのかを確かめる機会が少なかったことがあります。誰かのためなら動けても、自分のために何をすればよいのか分からず、自由な時間になるほど空っぽになったように感じる場合もあるでしょう。

また、強い恐怖やストレスを経験した人の中には、解離によって感情や現実感が遠のくことがあります。

ただし、感情の麻痺や興味の低下には、うつ病や睡眠の問題、身体的な不調などが関係する場合もあります。こうした状態が長く続き、日常生活が難しくなっているときには、医療機関で現在の心身の状態を確かめることも重要です。

悲しみを感じられない状態が続いているとき、無理に泣こうとしたり、過去の出来事を思い出そうとしたりする必要はありません。今の自分が何に疲れ、どのようなときに少し落ち着けるのかを知ることも、感情とのつながりを取り戻すための手がかりになります。

身体に残る悲しみは、回復の入口でもある

悲しみを表現することが難しかった人は、感情だけでなく、身体にも長く緊張を抱えている場合があります。

誰かの前で泣きそうになったとき、喉が詰まるように感じる。親や家族のことを話そうとすると、胸が苦しくなり、呼吸が浅くなる。相手に弱音を吐こうとした瞬間、身体が固まり、何を言えばよいのか分からなくなることがあります。

こうした反応には、過去に感情を表現できなかった経験や、現在の対人関係で感じている警戒が関係している場合があります。

悲しみを感じたとき、すぐに言葉にしようとすると、かえって緊張が強まることもあります。そのような場合には、身体がどのように反応しているのかを、無理のない範囲で確かめることが役立ちます。

例えば、椅子に座っているときに背中が支えられている感覚を確かめる。足裏が床に触れていることに気づく。胸の苦しさが強いときには、無理にその感覚へ集中せず、部屋の中をゆっくり見渡したり、手のひらの温度を感じたりする方法もあります。

また、安心して話せる人の前で、悲しかったことを少し言葉にできる場合もあるでしょう。誰かが自分の話を遮らずに聞いてくれることや、泣いても責められないことが、これまでの対人経験とは違う感覚につながる場合があります。

ただし、身体の震えや涙が出ることを、必ずしもトラウマ反応が解消された証拠と捉える必要はありません。そうした変化を急いで求めるよりも、今の自分がどの程度の感情なら無理なく扱えるのかを確かめながら進めることが大切です。

回復は、過去の悲しみを一度に感じきることよりも、現在の自分が安心して生活できる時間を増やし、必要なときに助けを求められるようになることから始まる場合があります。

回復は、ひとりで完遂するものではない

ひとりで悲しみを抱えて生きてきた人は、大人になってからも、自分の苦しさを誰かへ伝えることにためらいを感じる場合があります。

つらいときほど人との距離を取り、何も言わずに耐えようとする。相手が心配して声をかけてくれても、迷惑をかけたくないと思い、「大丈夫です」と答えてしまうことがあります。

子どもの頃から、苦しいときに頼れる人がいなかったのであれば、誰かに支えてもらうという選択肢そのものが思い浮かびにくいのかもしれません。

それでも、安心して関われる相手との経験は、これまで身につけてきた対人関係のあり方を少しずつ変えるきっかけになることがあります。

悲しみを話したとき、相手が急いで解決しようとせず、その気持ちを聞いてくれる。自分の弱さを見せても関係が壊れず、疲れていると伝えれば休むことを認めてもらえる。そのような経験によって、人に頼ることへの警戒が和らぐ場合があります。

一方で、悲しみを誰かに話すことが、すべての人にとって同じように役立つわけではありません。

StroebeとSchut(1999)は、喪失に伴う悲嘆への対処について、悲しみそのものに向き合う時間と、日常生活を立て直す時間を行き来することの重要性を論じています。

人は悲しみについて考え続けるだけで生活しているわけではなく、仕事をし、食事を取り、誰かと話し、時には悲しみから少し離れながら日々を過ごしていきます。回復のために常に悲しみを感じ続けたり、過去のすべてを語ったりする必要はないのです。

特に、幼い頃から悲しみをひとりで抱えてきた人は、今の自分が安心できる距離や関わり方を確かめながら、少しずつ他者との関係を築いていくことが大切になります。

人の前で泣けるようになることも、自分の気持ちを言葉にできるようになることも、誰かに助けを求められるようになることも、それぞれの人にとって意味のある変化です。

これまで周囲に合わせ、弱さを見せずに生きてきた人が、自分の疲れや悲しみを大切にできるようになる。誰かのために頑張ることばかり考えていた生活の中に、自分が安心して過ごせる時間を持てるようになる。

そうした日常の変化が積み重なることで、長く孤独の中で保ってきた生き方から、少しずつ違う関わり方を選べるようになっていきます。

ひとりで悲しみを生き抜いてきたことには、それだけの事情がありました。強く振る舞うことで守ってきた自分を理解しながら、これからは苦しいときに支えを求めたり、自分の気持ちを表現したりできるようになること。その経験が、長い間抱えてきた孤独や悲しみとの付き合い方を変えていくのです。

参考文献

  1. Winnicott, D. W.(1965). Ego Distortion in Terms of True and False Self. The Maturational Processes and the Facilitating Environment, pp.140–152. International Universities Press.
  2. Lanius, R. A., et al.(2010). Emotion Modulation in PTSD: Clinical and Neurobiological Evidence for a Dissociative Subtype. American Journal of Psychiatry, 167(6), 640–647.
  3. Stroebe, M., & Schut, H.(1999). The Dual Process Model of Coping With Bereavement: Rationale and Description. Death Studies, 23(3), 197–224.

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井上 陽平

井上陽平(公認心理師・臨床心理学修士)。
トラウマ・解離・PTSD・愛着障害を専門とする心理カウンセラー。
児童養護施設、情緒障害児施設、精神科クリニックでの臨床経験を積み、
心身反応(フリーズ・過覚醒・離人感)への介入や、
複雑性トラウマ、対人関係、境界線の問題に重点的に取り組む。

研究テーマは「複雑性トラウマの身体反応」「解離と自己構造」「愛着スタイル」「虐待と対人関係のパターン」。現在は「こころのえ相談室」にてトラウマ専門のカウンセリングを提供。書籍の企画・執筆に関するご依頼も承っております。

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