他人がクソにしか見えなくなる心理|裏切りを引き受け続けた末に生まれた警戒心

他人はクソ トラウマ・CPTSD・解離

他人がクソにしか見えなくなった人は、もともと人間嫌いだったとは限りません。

むしろ、人を信じようとし、関係を大切にしようとしてきた人もいます。相手の事情を理解し、多少の理不尽には目をつぶり、自分が我慢すれば関係は続けられると考えてきた。何度傷ついても、今度こそわかり合えるかもしれないと期待し、誠実さを差し出してきたのです。

けれど、その期待があまりにも報われなかった。

親しい人に秘密を漏らされる。困っているときに助けを求めても無視される。こちらが相手のためにしてきたことを、いつの間にか当然のように扱われる。信頼していた相手が、都合が悪くなると突然態度を変え、こちらを悪者にして去っていくこともあります。

一度だけなら、相手にも事情があったのだろうと考えられたかもしれません。しかし、そうした経験が何度も重なると、人を理解しようとすること自体が苦しくなっていきます。

「どうせ人間なんて、自分の都合しか考えていない」「信用したところで、最後には裏切られる」。

そのような考えが生まれる頃には、他者への失望だけでなく、これまで信じようとしてきた自分自身への怒りも積み重なっていることがあります。

そして心は、これ以上傷つかないために、一つの結論へと傾いていきます。

人を信用すると傷つく。近づけば利用される。最初から期待しなければ、失望することもない。

こうして生まれた強い人間不信や軽蔑は、過去の裏切りから自分を守ろうとする心理的な防衛として働くことがあります。

相手への嫌悪感が強くなるほど、かつての自分がどれほど人を信じようとしていたのか、その記憶は見えにくくなっていきます。

「他人はクソ」という結論に至るまで|信じるほど傷ついてきた経験

幼い頃から、人との関係の中で気を抜くことができなかった場合、他者への不信感は早い段階から育つことがあります。

親の機嫌ひとつで家庭の空気が変わり、昨日は優しかった人が今日は冷たくなる。失敗したときには人格を否定され、困っているときには助けてもらえない。逆らえば怒られ、従っていても、相手の都合によって扱いが変わることがあります。

子どもは、そのような関係の中で、誰を信じればよいのかわからなくなります。

親が優しくしてくれたときには、ようやく安心できると思う。しかし、少し時間がたつと、また怒鳴られたり、無視されたりする。期待するたびに傷つく経験が続けば、相手の優しさをそのまま受け取ることにも警戒が生まれます。

人との関係が、いつ何をされるかわからない危険なものとして感じられるようになるのです。

そのような経験をした人が大人になり、職場や恋愛、友人関係でも裏切りに遭うと、幼い頃から抱えてきた不信感がさらに強まることがあります。

仕事で責任を押しつけられても、周囲は見て見ぬふりをする。友人の相談には何時間も付き合ってきたのに、自分が苦しいときには連絡が取れなくなる。恋人の問題を何度も受け止めてきたのに、こちらが疲れていると伝えた途端、冷たい態度を取られる。

そうした経験が重なると、特定の相手への失望が、人間全体に対する不信感へ広がっていくことがあります。

2025年に発表されたPigeonらの質的研究では、幼少期に虐待や不適切な養育を経験したカナダの18〜25歳の若者23人にインタビューを行い、友人関係や恋愛関係への影響を調べています。

そこでは、過去の経験によって信頼が損なわれることに加え、恐怖や恥、罪悪感などが人間関係を難しくし、自分を守るために人を避けたり、関係から身を引いたりする過程が明らかになりました。

とくに重要なのは、人を信じたい気持ちと、再び傷つくことへの恐怖が同時に存在していた点です。

信頼したいという欲求が残っていても、その欲求を表に出すほど傷つく可能性が高く感じられる。そこで、人への期待を最初から小さくし、自分の感情を動かさないようにすることがあります。

このような防衛が強くなると、「他人はクソだ」という言葉が、再び期待してしまいそうな自分を押しとどめる役割を持ち始めるのです。

軽蔑という防衛の完成形|期待しないことで自分を守る

「他人はクソ」という言葉は、乱暴で攻撃的に聞こえるかもしれません。しかし、その内側にある心理をたどると、軽蔑が自分を守るための強い防衛として機能している場合があります。

人を軽蔑しているあいだは、相手に期待しなくてすみます。

期待がなければ、相手に理解してほしいと願う必要もなく、拒絶されたときの痛みも小さくできるように感じます。相手のことを最初から価値のない人間だと思っていれば、関係が壊れても、自分にとって大切なものを失ったとは考えずに済むのです。

この軽蔑には、人を自分より低い位置に置くことで、かつての無力な立場へ戻らないようにする働きもあります。

以前は相手の機嫌を読み、嫌われないように気を遣い、何とか関係を維持しようとしていた。ところが、そうした努力を続けても傷つけられる経験が重なると、今度は相手を見下し、こちらから距離を取ることで、自分の立場を守ろうとします。

人を理解しようとするより、欠点を探す方が楽になる。相手の弱さや矛盾に気づくと、「やはり信用できない人間だった」と感じ、距離を取る理由ができたことに安心する場合もあります。

軽蔑には、失望する前に相手の価値を下げ、感情的なつながりを断つ働きがあるのです。

ただし、その防衛が強くなりすぎると、本来なら信頼できる相手まで遠ざけたり、相手の言動を否定的に受け止めやすくなったりすることがあります。

かつては人に合わせすぎることで自分を守っていたのに、今度は誰も受け入れないことで自分を守るようになる。

一見すると正反対の態度ですが、どちらも人間関係の中で傷つかないようにするための適応として理解できる場合があります。

過剰適応とは?他人軸で生きて疲れ切る人の特徴・原因と回復で扱っているように、周囲に合わせ続ける人は、自分の限界を超えても関係を維持しようとすることがあります。その結果、他者への失望が極端に強まり、関係を一斉に切り捨てたくなる場合もあるのです。

それでも人を見る力が鈍くなったわけではない

何度も裏切られてきた人は、他人の言葉や態度に敏感になることがあります。

話している内容と行動が一致していないこと、相手が自分に都合のよい説明だけをしていること、弱い立場の人には横柄なのに、権力のある相手には態度を変えること。そうした小さな矛盾に、早い段階で気づく場合があります。

過去に何度も騙されたり、理不尽な扱いを受けたりした経験があるため、同じことが起きないよう、相手の言動を細かく観察しているのです。

表面的には愛想よく対応していても、内側では相手の声の調子や視線、言葉の選び方を確認し、信用してよい人物かどうかを判断し続けていることがあります。

そのため、人と話しているだけで疲れます。

相手が冗談を言っていても、その中に見下しが含まれていないかを考える。親切にされても、あとから何か要求されるのではないかと疑う。何気ない発言に矛盾を見つけると、それまでの会話を振り返り、相手の本音を探し始めることもあります。

こうした警戒によって、実際に危険な相手との関係を避けられた経験もあるでしょう。

しかし、警戒が強いことと、相手の本心を正確に見抜けることは別です。

過去に傷ついた経験が多いと、実際には曖昧な言動に対しても、敵意や裏切りの可能性を強く感じることがあります。これまで何度も同じような形で傷ついてきたため、今回も同じことが起きると予測しやすくなるのです。

その結果、他人の矛盾や欠点ばかりが目に入り、誠実さや善意には注意が向きにくくなる場合があります。

本人にとっては、単に悲観的に考えているつもりはありません。これまでの経験から、そう判断する方が現実的だと感じているのです。

ただ、相手の危険性を正確に判断するためには、身体が感じる警戒と、実際に相手が取っている行動を分けて確かめる余地も必要になります。

世界が冷えて見える理由|優しい顔と残酷な顔を持つ人間への不信

人間不信が深くなる背景には、一人の人間が優しさと残酷さの両方を見せてきた経験があります。

普段は親切で、こちらの話をよく聞いてくれる。困ったときには助けてくれることもある。それなのに、相手の都合が悪くなると突然態度を変え、こちらを責めたり、切り捨てたりする。

守ってくれると思っていた人が、同時に自分を傷つける相手でもあった。

この矛盾は、特に幼い頃の親子関係や、依存度の高い親密な関係で深い混乱を生むことがあります。

人を信じてよいのか、警戒すべきなのかがわからなくなるからです。

優しいときの相手を信じれば、次に傷つけられたときの苦しさが大きくなる。反対に、相手を危険な存在として捉えれば、優しくされたときにも素直に喜べなくなります。

その矛盾を抱え続けることに疲れると、相手の良い面を考えること自体をやめ、最初から信用できない人物として扱うようになる場合があります。

世界が冷えて見えるのは、そうした人間関係の複雑さに、これ以上巻き込まれたくないという思いがあるからかもしれません。

2018年に発表されたSt. Vilらの質的研究では、パートナーからの暴力を経験した9人へのインタビューを通して、裏切りの経験が新しい親密な関係を築く際にどのような障壁となるのかが調べられました。

そこでは、再び傷つくことへの恐怖や無防備になることへの不安、自己評価の低下、相手とのコミュニケーションの難しさなどが重要なテーマとして見いだされています。

信頼していた人から傷つけられた経験は、その相手との関係が終わったあとも、新しい人との距離の取り方に影響することがあります。

親密になるほど警戒し、相手の善意を確かめようとして疲れ切る。あるいは、相手の言葉を信用できず、関係が深まる前に自分から離れてしまう。

こうした反応は、過去に傷ついた関係の影響が、現在の人間関係にも続いているものとして理解できます。

人を信用できないとき、身体が先に警戒している

人への不信感は、頭の中の考えとして現れるだけではありません。

誰かと向き合ったとき、理由を考えるより先に身体が緊張することがあります。相手の声が少し低くなっただけで胸が固くなり、表情が曇ると、自分が何か悪いことをしたのではないかと身構える。

相手が急に距離を縮めてきたときには、身体を後ろへ引きたくなる。親切な言葉を向けられても、どこかで警戒が解けず、会話が終わるまで肩に力が入っていることもあります。

トラウマを経験した人の中には、過去に危険と結びついていた刺激に敏感になり、現在の人間関係でも警戒反応が起きやすくなる人がいます。

特に、相手の機嫌や態度を細かく読み取ることで傷つくことを避けてきた人は、大人になってからも、人と接する際に多くの注意を使う場合があります。

そのため、「そんなに疑わなくてもいい」「もっと人を信じればいい」と言われても、簡単に警戒を緩められないことがあります。

ただし、身体の警戒反応は、相手が実際に危険な人物であることを必ずしも示すものではありません。過去の経験に似た刺激によって、現在の安全な場面でも緊張が生じることがあるからです。

また、強い負担がかかったときには、身体が固まったり、頭がぼんやりしたり、感情が遠のいたりする場合もあります。

息を潜めて生きてきた人へ|低覚醒の身体が選んだ「小さな生存」では、強いストレスの中で反応が抑えられ、身体が動きにくくなる状態を扱っています。

さらに、圧倒されるような経験の中で、自分の感情や現実感が遠のく場合については、現実が統合できなくなったときに起きる意識の断絶|解離という心の防衛反応も参考になります。

人間不信が強くなったときには、相手をどう評価するかだけでなく、その関係の中で自分の身体がどれほど緊張しているのかに目を向けることも大切です。

内側にいる、冷酷だが忠実な番人

何度も裏切られてきた人の内側には、人への期待を厳しく取り締まる声が生まれることがあります。

「信じるな」「情けをかけるな」「どうせまた裏切られる」「人間はみんな自分勝手だ」。

その声は冷たく、時には他者への強い嫌悪感や軽蔑を伴います。しかし、その奥には、かつて人を信じたことで傷ついた自分を、もう二度と同じ場所へ戻したくないという思いがあるのかもしれません。

誰かと親しくなりたいと感じた瞬間に、相手の欠点を探し始める。優しくされたときには、その裏にある意図を疑う。関係が深まってくると、相手に失望する前に自分から距離を置こうとする。

まるで、心の中に厳しい番人がいて、誰かが近づこうとするたびに警報を鳴らしているようです。

この番人は、他者への愛情や期待が生まれること自体を危険として扱う場合があります。

なぜなら、期待することは、再び傷つく可能性を引き受けることでもあるからです。

2023年に発表されたKlineらの質的研究では、対人関係で裏切りのトラウマを経験し、臨床的に重要なPTSD症状を持つ女性70人の体験が分析されています。

参加者の多くは、自分の苦しい感情を他者に伝えることに慎重で、相手から否定的に判断されたり、負担だと思われたりすることを恐れていました。

ここには、人に助けてもらいたい気持ちがあっても、その気持ちを見せることで再び傷つくかもしれないという葛藤があります。

人への期待を抑え、自分の弱さを見せず、最初から距離を取ることは、そうした葛藤から自分を守る方法になっている場合があります。

精神分析の視点では、こうした厳しい内的な声を、過去の関係で取り込んだ批判や防衛の働きとして考えることもできます。

ビオンが解き明かす異常な超自我|解離が生む「厳しすぎる内なる声」の正体でも扱っているように、自分を守るために形成された内的な働きが、かえって本人の自由な感情や人間関係を制限することがあります。

この番人が恐れているのは、人と関わることそのものというより、再び無防備な立場に置かれ、同じように傷つくことなのかもしれません。

回復とは、人を好きになることではなく、距離を選べるようになること

人間不信が強くなった人に、再び人を信じるよう勧めても、簡単には気持ちが変わらないことがあります。

本人は、これまで人を信じようとして、何度も傷ついてきたからです。

その経験を十分に理解しないまま、もっと心を開こう、相手の良いところを見ようと促されると、再び自分の感覚を否定されたように感じる場合もあります。

だからこそ、回復の最初の段階では、無理に人を好きになったり、信頼を取り戻そうとしたりする必要はありません。

むしろ、自分にとって無理のない距離を保ちながら、人との関係を続けられる経験が大切になります。

親しくなりすぎず、必要なことだけを話す。自分の秘密をすべて打ち明けなくても、一緒に仕事をしたり、短い時間を共有したりできる。相手と意見が違っても、すぐに拒絶されたり、支配されたりすることなく、関係が続く。

そうした経験を重ねることで、人と関わることへの感じ方が変わる場合があります。

特に重要なのは、自分で距離を選べることです。

以前は、人から求められると断れず、必要以上に相手の感情を引き受けていたかもしれません。あるいは、傷つくことが怖くて、少しでも違和感があると関係を完全に断っていたかもしれません。

しかし、相手とどの程度関わるのかを自分で決められるようになると、過剰に適応することと、完全に遮断することのあいだにも、さまざまな選択肢が生まれます。

たとえば、相手の言動に違和感を覚えたときには、すぐにその人を全面的に否定する前に、何が気になったのかを確かめてみる。

一度約束を破られたなら、その理由や、その後の対応を見る。相手が責任を認め、行動を変えようとしているのか、それとも繰り返し同じことをしているのかを判断する。

相手の言葉より、時間をかけて示される行動の一貫性を重視することもできます。

また、明らかな搾取や暴力、支配がある関係からは、距離を取ることが必要です。人を信じる練習のために、危険な相手との関係を維持する必要はありません。

人間不信からの回復では、誰でも信用することより、誰とどのような関係を築くかを選べることが重要になります。

ひとりだと落ち着く人は、孤独が好きなのではない|他者といると緊張する心と身体の仕組みでも解説しているように、人との関係で消耗してきた人にとって、一人で過ごす時間は心身を整えるための大切な時間になることがあります。

「他人はクソ」という見方から、少しずつ自由になる

何度も裏切られてきた人にとって、他人を信用しないという姿勢は、自分を守るための重要な方法だったのでしょう。

信じて傷つくくらいなら、最初から期待しない。相手の良いところを見て裏切られるくらいなら、最初から悪いところを探しておく。そのようにして、人との関係で再び無力な立場に置かれることを防ごうとしてきたのかもしれません。

けれど、すべての人を信用できない相手として扱い続けると、相手を見極めるための選択肢まで狭くなっていくことがあります。

親切にされても疑い、好意を向けられても距離を置く。信頼できる可能性のある相手と出会っても、以前の経験を思い出し、関係が始まる前に終わらせてしまう。

その一方で、誰とも深く関われない生活の中で、孤独や虚しさが強くなることもあります。

大切なのは、これまでの警戒心をすべて捨てることではありません。

自分がなぜそこまで人を疑うようになったのか、どのような経験によって他者への期待を失ったのかを理解しながら、現在の人間関係を見直していくことです。

誰かを信用できないと感じたときには、その相手が実際にどのような行動を取ったのかを確かめる。過去に傷つけてきた人との共通点があるのか、それとも過去の経験によって警戒が強まっているのかを考えてみる。

そして、自分の違和感を尊重しながらも、相手を一度の印象だけで決めつけず、必要な時間をかけて判断していく。

そのような経験を重ねることで、他者への見方が少しずつ柔軟になる場合があります。

2025年のPigeonらの研究でも、幼少期に傷ついた人たちは、回避や孤立によって自分を守る一方、他者との関わりを試したり、不適切な関係のパターンに気づいたりすることで、自分と他者への信頼を学び直そうとしていました。

回復とは、すべての人を善良だと思えるようになることでも、再び誰かを無条件に信じることでもありません。

相手を信用するかどうかを、過去の裏切りだけで決めるのではなく、現在の関係の中で判断できるようになることです。

人を信じたい気持ちが出てきても、その気持ちを急いで打ち消さなくてよい。反対に、相手に違和感を覚えたなら、無理に親しくする必要もありません。

信じることも、距離を取ることも、自分で選べるようになるのです。

最後に|警戒心に支配されず、人との距離を選び直す

他人がクソにしか見えなくなった人の内側には、これまで何度も人を信じようとしてきた歴史があるのかもしれません。

理解しようとしたこと、歩み寄ろうとしたこと、誠実であろうとしたこと。その一つひとつが報われず、傷つく経験を繰り返した末に、人への期待そのものを手放すようになったことがあります。

だからこそ、他者への冷たい視線を、急いで変えようとする必要はありません。

それまでの経験の中で、警戒や軽蔑が自分を守る役割を果たしてきたこともあるでしょう。しかし、その防衛が現在の生活にどのような影響を与えているのかを理解できると、これまでとは違った選択が少しずつ見えてきます。

人を深く信じなくても、一定の距離を保って関わることはできます。相手の欠点に気づいても、その人のすべてを否定する前に判断を保留することができます。そして、自分を傷つける相手とは、必要な距離を取ることができます。

かつては、人を信じすぎることで自分を失い、その後は誰も信じないことで自分を守ろうとしてきたのかもしれません。

その両極端な関わり方のあいだに、自分の感覚を大切にしながら、相手の行動を見て関係を選ぶという方法があります。

回復とは、警戒心を捨てることではなく、警戒心に支配されずに生きられるようになることです。

誰かを信じるかどうか、どこまで近づくか、どのような関係を続けるか。その判断を、過去に自分を裏切った人たちではなく、今の自分ができるようになる。

そうして、人との関係の中で失ってきた自分自身の自由を、少しずつ取り戻していくことが、この段階における大切な回復なのだと思います。


参考文献

1. Pigeon, S., Fernet, M., Brassard, A., & Langevin, R. (2025).

Rebuilding what has been ruined: Navigating the impacts of child maltreatment for romantic relationships and friendships in emerging adulthood.

Child Abuse & Neglect, 165, 107478.
DOI: 10.1016/j.chiabu.2025.107478

幼少期に虐待や不適切な養育を経験したカナダの若年成人23人への質的研究。人間関係における信頼の損傷、恐怖や恥、回避・孤立による防衛、信頼を学び直す過程を分析している。

2. St. Vil, N. M., Carter, T., & Johnson, S. (2021).

Betrayal Trauma and Barriers to Forming New Intimate Relationships Among Survivors of Intimate Partner Violence.

Journal of Interpersonal Violence, 36(7–8).
DOI: 10.1177/0886260518779596

パートナーから暴力を受けた9人への質的研究。裏切りの経験が、新しい親密な関係を築く際の恐怖、期待、自己評価、コミュニケーションにどのような影響を及ぼすかを検討している。

3. Kline, N. K., Prichett, B., McKim, K. G., & Palm Reed, K. (2023).

Interpersonal Emotion Regulation in Betrayal Trauma Survivors: A Preliminary Qualitative Exploration.

Journal of Aggression, Maltreatment & Trauma, 32(4), 631–649.
DOI: 10.1080/10926771.2022.2133658

対人関係で裏切りのトラウマを経験し、臨床的に重要なPTSD症状を持つ女性70人を対象とした質的分析。他者に苦しさを伝えることへの警戒、否定的に評価される恐怖、他者の負担になることへの不安などを調べている。

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井上 陽平

井上陽平(公認心理師・臨床心理学修士)。
トラウマ・解離・PTSD・愛着障害を専門とする心理カウンセラー。
児童養護施設、情緒障害児施設、精神科クリニックでの臨床経験を積み、
心身反応(フリーズ・過覚醒・離人感)への介入や、
複雑性トラウマ、対人関係、境界線の問題に重点的に取り組む。

研究テーマは「複雑性トラウマの身体反応」「解離と自己構造」「愛着スタイル」「虐待と対人関係のパターン」。現在は「こころのえ相談室」にてトラウマ専門のカウンセリングを提供。書籍の企画・執筆に関するご依頼も承っております。

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