人々は、心から信頼することができず、常に人間不信を持っている場合、それは乳児期に基本的信頼感を獲得できなかった可能性があります。この「基本的信頼感」は、心理社会学者 エリクソン(Erik Erikson)によって提唱された発達理論に由来します。この理論は、人生を8つの段階に分類し、各段階には発達課題と心理社会的危機が存在します。本文では、この8つの発達段階の中で0歳から1歳半ほどの乳児期を重点的に扱い、その時期において、世界を信頼できるかどうか、基本的信頼感と不信感について説明します。
乳児期-基本的信頼感vs不信感
人間が成長していく過程で、他者や自分自身を信じる力を身につけることは極めて重要です。この信頼の基盤となるのが「基本的信頼感」であり、心理社会学者エリクソンによる発達理論に基づいています。基本的信頼感は、生まれてから最初に接する存在である母親や父親との関係を通じて培われます。親から適切な養育や愛情を受けた赤ん坊は、自分を取り巻く世界を安全で信頼できる場所と感じ、自分自身にも価値があると感じることができます。
基本的信頼を獲得した子どもは、自分が他者に受け入れられるという安心感を持つため、周囲の人々や新しい環境にもオープンで、自信をもって挑戦することができます。失敗してもその体験を糧に成長でき、人生のさまざまな課題にも前向きに立ち向かうことができるのです。この信頼感が、将来の対人関係や自己肯定感の基盤となり、健全な成長に欠かせないものとなります。
しかし、基本的信頼感を獲得できなかった場合、つまり親から十分な愛情や保護を受けられなかった場合、子どもは不信感を抱えながら成長することになります。たとえば、親が一貫して子どものニーズに応えない、無視する、あるいは不安定な対応を繰り返すと、子どもは周囲の人々や世界を信用できないと感じるようになります。親が子どもにとって「安全な存在」ではなく、逆に脅威をもたらす存在になってしまうこともあるのです。このような不安定な環境で育った子どもは、他者を信じることができず、自分が無価値だと感じやすくなります。
不信感が強い人は、他者を信用することができないため、常に警戒心を持ちながら生活するようになります。無防備になることを恐れ、自己防衛のために心を閉ざし、他者との親密な関係を避ける傾向が強まります。このような不信感が強まると、自己肯定感が低くなり、自分自身に価値を見出せなくなり、結果として社会的な孤立や精神的な問題に繋がることがあります。
親と子の関係は、基本的信頼感を形成する上で非常に重要な要素です。特に乳児期において、親がどのように子どもと接するかが、その後の発達に大きな影響を与えます。子どもは、自分が親にとって大切な存在であると感じることで、世界は安心して探索できる場所だと認識します。しかし、親が子どもの感情やニーズに一貫して応えない場合、子どもは親に対して信頼を持てず、自分が愛されていない、無価値だという感覚を抱きます。
このような背景から、親子関係において信頼感が欠如していると、子どもは他者に対しても同じように不信感を抱き、対人関係の構築が難しくなります。親の気分や態度に振り回されるような環境で育つと、子どもは自己を守るために感情を抑制し、防衛的な態度を取るようになります。結果として、他者との関係においても、過度に依存したり逆に距離を置きすぎたりするなど、バランスの取れた関係が築けなくなります。
親子関係のストレス
親子関係において不信感が強い人は、親の気分に左右される「条件付きの愛情」しか受けられないことが多くあります。たとえば、親の機嫌が良いときには愛情を注がれますが、気分が悪いと突然冷たくされたり、酷い言葉を浴びせられたり、無視されたりすることがあります。このような不安定な愛情環境が繰り返されると、子どもは次第に他人に対して不信感を抱き、人との関わりに期待することを諦めるようになります。
しかし、その一方で、心の中には「人を信じたい」「愛されたい」という自然な欲求が残っています。この相反する感情の間で葛藤することになり、信じたいけれど裏切られるかもしれないという不安がつきまといます。こうした葛藤は、しばしば自己防衛的な心理を強化し、他人との距離を適切に保てなくなる原因にもなります。彼らは愛着を求める一方で、過剰に警戒しながら生きているのです。
親の期待や気分に応えるために生きていると感じる場合、自分自身の意志や目的が見失われてしまいます。親の機嫌を最優先にし続けることで、次第に自分の本当の欲求や夢が後回しにされ、自分の人生を他人に委ねてしまう感覚に陥ります。自分の意志を無視し、他人の期待に応えることばかりが重要になってしまうため、次第に「自分のために生きている」という感覚が薄れていきます。
このような環境では、自己価値感や自己実現の欲求も抑えられ、自分自身を見失うことになります。親や他人の期待に応えようとするあまり、自分の本来の姿を忘れ、自分の欲求や目標が重要視されなくなります。その結果、自分のアイデンティティや生きがいが失われ、無力感や虚無感に陥ることが多くなります。
早い段階のトラウマの影響により
トラウマは、恐怖と戦慄の衝撃によって、麻痺が引き起こされる現象です。この体験は、衝撃によって強烈な恐怖に見舞われて、身体が凍りついて動けなくなります。発達早期にトラウマを負った人々の場合は、このような衝撃を心身が記憶しているため、その後の人生に大きな影響を受けます。
トラウマを抱えている人々は、逃げ切れない状況に対して恐怖を抱き、拘束されることを避けようとする傾向があります。さらに、危険でない情報に対しても、再外傷化する可能性があり、凍りついたり震えたりすることがあります。このため、人との関係を作ることが苦しくなり、距離を置きたがる傾向があります。この状況は、人と繋がることが難しくなる病気とも言えます。
エリクソンの発達段階から見ると、トラウマは青年期に同一性の拡散、成人期に孤独、壮年期に停滞、老年期に絶望につながる可能性があります。このように、トラウマは人生に渡る影響を及ぼすことがあります。
戦うか逃げるタイプか、凍りつくか死んだふりタイプ
人生によっては、早い段階から痛ましいトラウマを経験することがあります。このような経験をした人は、危険な状況に陥ったときに、戦ったり逃げたりすることができる人と、そうでない人に分かれます。まず、危険な状況に陥ったときに戦ったり逃げたりする能力がある人は、状況に応じて有効な手段を取ることができます。このため、彼らは脅威を退けるか、または逃れることができます。
しかし、危険な状況に陥ったときに戦うか逃げるかという有効な手段が取れない人は、何も出来ずに固まって動けなくなってしまいます。このような経験をした人は、想定外のストレスに対して強いショックを感じてしまいます。そのため、彼らは次の脅威に備えるために、防衛的な面を強く持って生活することになります。
トラウマを経験をした人は、周りに敵意を感じながらも、危険な世界のなかで生き残るために行動します。まず、戦ったり逃げたりする能力を備えている人は、他人を信頼できないとしても、口数が多く、行動的で、自分自身の力を信じています。このため、彼らは危険な状況から生き残ることができます。
一方、戦ったり逃げたりする能力を備えていない人は、脅威を目の前にしても、相手の顔色を見ているうちに、身体が凍りつくか、死んだふりになり、何も出来なくなります。このような経験をした人は、自分自身に対する不信感が強まり、自分自身を恥ずかしい存在だと思います。このように、トラウマの経験がある人は、脅威に対しての対応方法が異なり、自分自身に対する信頼感に差が生じることがあります。
戦ったり逃げたりできるタイプの人は、自分の思う通りに相手を動かそうとして、論理的な思考で相手を説得したり、威圧的な態度をとることで、自分のポジションを確保します。彼らは若い頃から、大人や同級生に対抗して戦っていますが、周りにこの怒りを適切に受け止めてもらうことで、罪悪感や思いやりに変わり、この世界を信頼できる人間になることができます。
凍りつきや死んだふりでしか対応できないタイプの人は、脅威に対して受け身的な反応しかできないため、人からの悪意を恐れます。彼らは普段から緊張し、警戒心が強く、周りの人の目を気にし、自分の思ったことを表現することができず、相手に合わせて、良い子になろうとします。しかし、頑張っても報われない場合、絶望感を持つようになります。また、ショックを受けると、身体が固まりやすく、パニックや過呼吸、頭の情報処理の問題、声が出ない、手先が不器用、体幹が弱いなど、うまくできないことが多くなり、恥をかきやすくなります。
不信ベースで生きる人の発達段階
早い段階からトラウマを経験し、凍りつきや死んだふりで対応する人は、生存を高めるための脳領域が発達し、より用心深くなります。この信頼感の欠如は、この世界と自分自身の対しての認識にまで及びます。彼らは一瞬希望を持ち続けるかもしれませんが、物事がうまくいかないとすぐに失われ、ネガティブな可能性だけに集中するようになります。彼らは自分自身と他人の両方の否定的なイメージを発達させます。彼らは自分自身を受け入れるのに苦労し、他人の評価に敏感になり、他人からの批判や拒絶に耐えられないところがあります。
幼児前期-自律性vs恥、疑惑
幼児前期は、自分自身をコントロールし、自律性を確立する重要な時期です。この段階では、子どもは自分で物事を選び、行動し、自分の意志に基づいて決定を下す能力を育んでいきます。親や周囲の大人が適切なサポートを提供し、子どもの自立を促す環境があれば、子どもは自分の力に対する自信を持ち、自律性を獲得します。しかし、この時期に過度な制約や批判を受けると、子どもは自分の能力に疑問を持つようになり、自己不信や恥、疑惑が生じることがあります。
子どもが何かをしようとして失敗した際に、周囲からの否定的な反応や過度な叱責があると、子どもは「自分は不十分である」と感じるようになります。この感覚は、彼らの自己受容を妨げ、将来的に自分を肯定的に捉えることが難しくなるかもしれません。失敗に対する恐怖心や、自分が無力であるという意識が強まると、行動を控え、消極的になってしまうこともあります。
また、子どもが自分の意志を表現しようとしても、それが批判され続けると、「自分の考えは価値がない」「自分の選択は間違っている」と感じ、やがて自己否定に繋がります。このような体験は、成長過程での自己イメージ形成に影響を与え、前向きな自己イメージを持つことが難しくなるのです。
適切な自律性の発達は、周囲の大人が子どもの挑戦を見守り、失敗しても支えてあげることから始まります。子どもは自分で行動し、その結果から学びながら自信を育てていくのです。親や周囲の人々が、子どもの努力を認め、サポートし続けることで、自己不信を乗り越え、健全な自律性と前向きな自己イメージを発達させることが可能になります。
この時期の子どもに対する適切なサポートは、彼らが自分を信じて成長し、将来的に自分の価値を感じ、積極的に人生に取り組む力を育むために不可欠です。
幼児後期-積極性vs罪悪感
幼児後期は、子どもが自ら目標を持ち、積極的に行動することが求められる発達の重要な段階です。この時期には、子どもが自発的に行動し、自分のアイデアや興味を試すことで、自信を育んでいく過程にあります。しかし、この積極性を育てる過程で、周囲からの期待や評価が強まると、子どもは息苦しさを感じることがあります。
子どもは自分自身を試す中で失敗を経験することが多く、その際に周囲の反応が過度に批判的だったり、期待が高すぎたりすると、次第に「自分はうまくやれていない」と感じ、自信を失ってしまいます。また、周囲の人たちに迷惑をかけているのではないかと不安に感じたり、自分の行動や考えが誤っているのではないかという罪悪感を抱くこともあります。特に親や教師、友人からの評価が厳しいと、子どもは自己否定的な感情を抱え込み、行動することに対して不安を感じるようになります。
このような状況下では、子どもは自分らしく行動することに対して恐れを抱き、自らの能力を発揮することをためらうことがあります。積極的に行動することができず、結果として周囲の期待に応えようとするあまり、自分自身を見失ってしまうことがあるのです。
幼児後期には、周囲からの評価を恐れるのではなく、子どもが自分の内なる力や興味を信じて行動できるようなサポートが重要です。親や教師は、子どもの小さな成功や努力をしっかりと認め、失敗も学びの一環であることを教える必要があります。これにより、子どもは失敗に対する罪悪感を和らげ、自己を責めることなく、再び挑戦する意欲を持つことができます。
また、子どもが自分の性格や能力を肯定的に捉えられるように、周囲は安心感と信頼感を提供することが重要です。過度な期待をかけるのではなく、子ども自身が持つ独自のペースや興味を尊重し、それを伸ばしていくことで、子どもは自分に自信を持ち、積極的に自らの目標に向かって進む力を培っていくことができるのです。
最終的に、幼児後期における積極性の発達は、周囲の支援と適切なフィードバックによって促されます。子どもは、自分らしく生きることを恐れず、周囲の期待や評価に左右されずに、自らの価値観や目標を追求できるようになるのです。
学童期-勤勉性vs劣等感
学童期は、子どもが自分の能力や勤勉さに対して自信を持ち、積極的な生き方を身につけるための重要な時期です。この時期において、子どもは学校生活や家庭環境を通じて、自己評価を形成し、自らの力で課題に取り組むことが求められます。しかし、その過程で様々な不安や課題に直面することも少なくありません。
まず、学校という集団の中に入ること自体が不安要素となることがあります。クラスメイトとの関係や先生からの評価を意識するあまり、うまく適応できなかったり、失敗を恐れて消極的になることもあります。特に、周囲との比較によって「自分は他の子よりできない」と感じてしまうと、強い劣等感に悩まされることが増えてきます。このような状況下では、失敗を過度に自分の責任だと感じ、自尊心に打撃を受けることもあるでしょう。
さらに、家庭環境も子どもの自己評価に大きく影響します。もし家庭内で愛情や安定感が不足している場合、子どもは「自分は誰にも必要とされていない」という感覚を抱くことがあります。例えば、親が過剰な期待を抱いたり、逆に無関心であったりすると、子どもは自分の価値や存在意義に対して不安を感じやすくなります。このような状況が続くと、「自分は何をしても認められない」「他の子と比べて劣っている」という感覚が、子どもの心に深く根付いてしまうことがあります。
また、学校や家庭での失敗や困難を経験する中で、子どもは自己否定的な思考に陥ることがあります。例えば、勉強やスポーツで成果を上げられなかった場合、「自分が悪いから」「努力が足りないから」という自己批判的な考えに結びつけてしまいがちです。これにより、自信を持って前に進む力が奪われ、積極性や挑戦する意欲が低下してしまうのです。
このような負のスパイラルを防ぐためには、周囲の大人たちのサポートが不可欠です。子どもが抱える不安やプレッシャーに対して理解を示し、失敗を責めるのではなく、それを成長の機会と捉える姿勢が大切です。また、子どもが成功体験を積むことができるように、小さな目標を設定し、それを達成するたびに称賛や励ましを与えることで、徐々に自信を取り戻すことができます。
さらに、学校や家庭での人間関係のトラブルがあったとしても、それが子どもにとって全てではないことを伝え、自己肯定感を育む機会を提供することが重要です。例えば、友人関係での葛藤や家族間の問題があっても、自分自身の努力や個性が認められる場所があれば、子どもは再び前向きに自分の力を発揮することができます。
学童期は、成功と失敗を繰り返しながら自分を見つけていく時期です。この過程で自信を失い劣等感を抱くこともありますが、周囲の支援や理解によって、子どもは自分の能力を信じ、さらなる成長を遂げていくことができるのです。
青年期-同一性vs同一性の拡散
青年期は、人生の中で最も重要な転換期の1つであり、自分自身のアイデンティティを確立することが大きな課題となります。この時期は、自分が何者であり、どのような人生を歩むべきかについて深く考える時期であり、内面的な葛藤が強くなりやすいものです。特に、周囲からの期待や社会の規範に応えようとする一方で、自分自身の価値観や目標を見つけることに迷うことが多く、不安や混乱が生じることがあります。
青年期におけるアイデンティティの形成は、単なる自己認識を超えて、社会的役割や将来の職業選択、価値観の確立など、人生全般に関わる重要なプロセスです。しかし、この過程で自分がどのように社会に適応していくべきか、どんな人生を送りたいのかが曖昧になり、自分の内面と外部の世界の間にズレを感じることがあります。これがアイデンティティの拡散です。自分が「空っぽ」であるかのように感じたり、表面的な役割だけをこなしているような感覚に陥ることがよくあります。
このような不安や混乱が長引くと、自己評価が不安定になり、自分の存在意義を見失うことも少なくありません。例えば、特定の集団に所属しようとしたり、他人の期待に応えようとするあまり、本来の自分を抑圧してしまうことがあります。その結果、アイデンティティが拡散し、自分がどのように振る舞うべきか、どう生きるべきかが分からなくなり、人生の方向性を見失うことがあります。
この困難を乗り越えるためには、まず自己認識を深めることが重要です。自分自身が何を大切にしているのか、どのような価値観や目標を持っているのかを探るためには、自己との対話が必要です。内面を見つめ直し、自分にとっての意味や目的を明確にすることで、アイデンティティの拡散を防ぎ、自分らしい人生を見つける手がかりとなります。
また、周囲とのコミュニケーションも欠かせません。家族や友人、学校や職場の仲間との対話を通じて、他者からのフィードバックを得ることは、自分自身の見方を修正し、より現実的な自己像を形成するのに役立ちます。青年期の社会的なつながりは、自己成長の一環として大切であり、健全な人間関係の中で自分を再確認することが、アイデンティティの確立に貢献します。
さらに、失敗や挫折を恐れず、様々な経験に挑戦することもアイデンティティを確立する上で不可欠です。新しいことに挑戦することで、自分の強みや弱みを知り、自分がどのような人間であるかを理解することができます。そして、それが自己確立の過程において大きな成長をもたらすでしょう。
青年期は、アイデンティティを形成するための挑戦の連続です。内面的な葛藤や不安を乗り越えるためには、自分自身を深く知るための努力と、周囲との健全なつながりが重要です。自分の人生において何を大切にするかを明確にし、自分らしく生きるための指針を見つけることで、同一性の拡散を防ぎ、充実した人生を歩むための基盤を築くことができるのです。
成人期-親密性vs孤独
成人期は、他者との親密な関係を築き、愛情や信頼を育むことが求められる、人生において重要な時期です。この時期には、職場での対人関係や家族とのつながり、恋愛や友人との深い絆が、生活の大きなテーマとなります。エリクソンの発達理論によれば、成人期の主な課題は「親密性」を確立することです。ここでいう親密性とは、恋愛や結婚だけに限らず、他者との深い信頼関係や共感を含むものです。
しかし、親密な関係を築くことは簡単ではなく、多くの人はこの時期に内面的な葛藤を抱えます。特に、過去の経験やトラウマ、他者との信頼関係の欠如が原因で、他者と心を開いて接することが難しく感じられることがあります。こうした感情があると、異性との親密な関係に進展しそうになると、無意識のうちに恐怖や不安を感じて距離を置きたくなることもあります。これは、傷つくことへの恐れや拒絶されることに対する不安から生じる防衛反応でもあります。
その結果、人とのつながりを避け、孤立してしまうことがあります。最初は自分を守るための選択だったとしても、次第に他者と関わること自体が負担に感じられるようになり、孤独感が深まります。孤独に耐え切れず、人との関わりを求める一方で、親密さに対する恐れから再び距離を取るという負の連鎖が生まれることもあります。このサイクルが続くと、自分自身を責めたり、孤独感や虚しさを感じることが強まってしまいます。
こうした状況を乗り越えるためには、まず自己理解が不可欠です。自分がなぜ他者との親密さを恐れているのか、その根底にある感情や過去の経験に目を向けることが大切です。カウンセリングや心理療法を通じて自己分析を深めることで、心の奥底にある不安や恐れを整理し、それを克服する手がかりを見つけることができるでしょう。
また、他者との関わりを徐々に広げていくことも重要です。親密さは一朝一夕で築けるものではなく、信頼関係をゆっくりと育てていく過程が必要です。小さな信頼の積み重ねが、やがて深い絆を生む基盤となります。自己開示を恐れずに、少しずつ自分の気持ちを他者に伝える練習をすることも、親密な関係を築く上で有効です。
成人期の親密性を確立することは、精神的な充実感を得るために不可欠な要素です。他者との親密な関係を築くことは、愛情や共感を分かち合い、人生における喜びを深める大切な基盤となります。一方で、孤独感に悩む人にとっては、その孤立感を受け入れながらも、新しい人間関係を築くための勇気が求められます。この時期を健全に乗り越えることで、将来的により充実した生活を送ることができるでしょう。
壮年期-生殖vs自己吸収
壮年期は、家庭や仕事など、社会的な役割がますます重要になる時期です。多くの人は、この時期に子育てや家族との深い関係、キャリアの安定や社会的貢献を通じて自己実現を目指します。家族を支え、社会に対して何かを生み出すこと、つまり「生殖」とは、次世代に知識や価値観を伝える役割を担うことでもあります。エリクソンの発達理論において、この時期の主な課題は、自己を越えたものに注力し、他者に対して豊かな貢献をすることです。
しかし、壮年期には、こうした社会的な責任に対するプレッシャーや、現実の困難さに直面することも多くなります。仕事や家庭での役割が重荷に感じられたり、家庭内での人間関係がうまくいかない場合、一人で過ごす時間が増え、自分の内面に引きこもることがあります。これが進むと、「自己吸収」の状態に陥りやすくなります。つまり、他者とのつながりや社会的な役割を避け、自分の世界に閉じこもり、自己満足や自己陶酔に陥ることがあるのです。
このような状況では、他者との関係が希薄になり、家族や友人との絆も弱くなるため、孤立感や疎外感が強まります。特に、家庭内での役割が不明瞭になったり、子育てが終わり空の巣症候群に悩む場合、自己の価値や存在意義を見失いやすくなります。社会的な期待に応えることが難しく感じられると、自分自身への否定的な感情が強まり、自己批判や自己否定に陥ることもあります。このような状態が続くと、誇大妄想や現実逃避の傾向が強まり、さらにはうつ状態に陥ることも少なくありません。
壮年期のもう一つの課題は、現実の困難をどのように受け入れ、乗り越えるかです。仕事での挫折や家族との関係の問題、老化に伴う体力や健康の衰えに直面する中で、自分自身を見つめ直すことが求められます。この時期に自己吸収に陥ることなく、他者とのつながりを保ちながら生産的な活動を続けることができれば、人生後半に充実感や満足感を得ることができるでしょう。
壮年期の課題を乗り越えるためには、まず自分自身と向き合い、自己成長に向けた努力を続けることが重要です。他者への貢献や社会とのつながりを意識し、家庭や職場での役割を積極的に果たすことが、自分自身の存在価値を確認し、内面的な安定感を得るための鍵となります。困難な状況を乗り越える力を養い、現実と向き合うことで、充実した人生を送ることができるようになるでしょう。
壮年期は、他者との絆を深め、自己実現を果たすことができる時期でもあります。この時期に培った人間関係や社会的な貢献が、やがて老年期における心の充足感や幸福感につながります。
老年期-自己統合vs絶望
老年期は、人生を振り返り、これまでの成長や達成に満足感を抱く一方で、何かをするには「もう遅すぎる」といった後悔や虚しさが強まる時期でもあります。多くの人がこの時期に、身体的な衰えを感じるようになり、かつてできていたことが思うようにできなくなることに対して不安や挫折を感じます。また、家族や友人を失ったり、社会的な役割が薄れていく中で、孤立感が増し、他者とのつながりを保つことが難しくなることもあります。
老年期には、特に自分自身の死に向き合うことが避けられない現実として現れます。この死に対する恐れや、残された時間の限界を感じることから、自分の人生に対する評価が揺らぎやすくなります。過去に対する後悔が頭をよぎり、もっと別の選択をすればよかったのではないかという悩みが深まり、自己評価が低下しやすくなります。
また、老年期には経験と知識が豊富であっても、自分自身の意志決定に自信が持てなくなることもあります。長年にわたって築き上げてきたものに対する誇りや自信が薄れ、周囲の人々の意見に左右されやすくなってしまうこともあります。このように、他者からの評価や期待に過度に依存することで、自らの意思で決断する力が弱まることがあります。
さらに、身体的な衰えや認知機能の低下により、自立した生活が難しくなる場合もあります。このような変化が孤独感を強め、社会から取り残されるという感覚が増していきます。老年期においては、過去の自分と現在の自分をどのように受け入れ、折り合いをつけるかが重要なテーマとなります。
この時期を乗り越えるためには、過去の後悔や失敗に囚われず、これまでの人生で培ってきた経験や知識を再評価し、他者とのつながりを大切にすることが求められます。周囲の支援やサポートを受け入れると同時に、自己肯定感を維持し、残りの人生をどのように充実させるかに焦点を当てることが大切です。
親との関係を諦観している人
親子関係において強いストレスを感じると、不信感が増大しやすくなります。このような状況にある人は、親を理解することが難しく、親とのコミュニケーションが円滑に進まないため、次第に一人になりたいという気持ちが強くなることがあります。家族との関係において期待が裏切られたり、傷つけられた経験を重ねると、人との関わりに対して良いことが起こるとは思えなくなり、他者に期待することを諦める傾向が強まります。
しかし、これは必ずしも悲観的な意味ばかりではありません。他者に対する過度な期待を抱かないことで、良い意味での「諦め」が生まれることもあります。こうした諦観の中で、一人でいることに静けさや安心感を見出し、他者に過度な依存をせず、自分自身の内面と向き合い、落ち着いた精神状態を保つことができるようになるのです。人と適度な距離を保ちながらも、他者に対して優しさや思いやりを持つことは可能であり、精神的に豊かな生活を送ることができるようになります。
トラウマがある人でも、自分自身の力を信じることで、人生の困難に立ち向かう力を持つことができます。周囲の人々や状況に期待しすぎず、自分の内なる強さに依存することで、トラウマの影響を乗り越え、前向きに人生を切り開いていくことができるのです。人間関係の複雑さに疲れ、距離を置きたいと感じることがあっても、その選択は必ずしも悪いことではなく、自己成長や内面的な充実をもたらす道の一つと考えられます。
このような人々は、一人で静かに過ごす時間を大切にし、他者との適度な距離感を保ちながらも、社会との関わりを断つことなく、自分自身の力を信じて戦い続けることができるのです。たとえ親子関係がうまくいかず、不信感を抱えたとしても、それを乗り越えて自立した人生を築くことは十分に可能です。
まとめ
人々は、基本的な信頼感を育てることができない場合、周りの親しい人々を信頼することが困難になり、世界は基本的に危険なものとして捉え、いつ他者に傷つけられるかもしれないと考えます。また、自己肯定感に欠けており、メンタル的に傷つきやすいため、安心して生活することができません。時間が経つにつれ、素直に自分の気持ちを話したり、弱音を吐くことができず、一人で苦悩し、全てを背負っていくようになります。他者と親密な関係を築くことが辛く、自分の居場所を見つけられず、不安に満ちた状態が続き、一人で生きていく力を育むことになります。
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トラウマケア専門こころのえ相談室
公開 2021-03-30
論考 井上陽平
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