基本的信頼感の欠如-エリクソンの発達段階

心理学

誰も心から信じられない、いつも人間不信である人は、乳児期に基本的信頼感を獲得できなかったことからきているかもしれません。基本的信頼感とは、エリクソンが提唱した心理社会的発達理論からきています。この理論は、人生の一生を8つの段階に分けており、その段階ごとに発達課題と心理社会的危機が設定されています。ここでは、その8つの発達段階のうち0歳~1歳6カ月くらいの乳児期に焦点を当て、この世界を信頼できるかどうか、基本的信頼感と不信感について述べていきます。

乳児期-基本的信頼感vs不信感

人間が成長していく過程において、世の中を信じ、周囲の人を信じ、なによりも自分を信じて生きていくことが重要です。この絶対的な信頼感を基本的信頼と呼びます。この基本的信頼は、一番身近な母親や父親を通じて得られるものであり、両親から適切な養育を受けると、赤ん坊は自分を取り巻く世界と自分自身に対する信頼感を獲得できます。基本的信頼感がある人は、身の回りにいる他人が、自分のあるがままの姿を受け入れてもらえると信じることが出来る感覚であり、自分に価値があるように思います。

一方、基本的信頼感の獲得に失敗し、不信感が強い人は、身近な母親や父親が安全基地として機能していません。自分を守ってくれるはずの親が、まさに自分に危機や恐怖を曝す張本人になります。一番身近な母親や父親から世話されず、泣いても放置され続けて、脅かされることが繰り返されると、この世の中と自分自身に対する不信感が高まります。不信感が強い人は、身の回りの他人は、自分を傷つけてくる存在であり、無防備でいることを怖がります。常に緊張した状態が続くため、心が満たされることがなく、自分の無価値観に悩んで、人生に大きな影響を与えます。

親子関係のストレス

親子関係のストレスから、この世に不信感が強い人は、気まぐれな親のもとで条件付きの愛情しか貰えず、親の気分次第で土足で上がり込んできて、酷いことを言われてきました。親の気分が良いときは、愛情を貰えますが、一瞬親を信じて、愛情を貰おうと近づくと、見事に手のひらを返されて、無視されたり、酷い目に遭わされたりして、期待した自分が馬鹿だったという体験を繰り返します。彼らは、期待しては裏切られることが繰り返されたので、もう期待してがっかりしたくないと思って、人に期待することを諦めていきます。しかし、人に期待したくないけど、人を信じたいと愛着を求めて彷徨う部分も心のどこかにいて、自分の身を守るための防衛的な部分と愛着を求める部分の葛藤は強くなります。

親の都合や気持ちを優先して、自分を疎かにしてきた人は、親の期待に応えるために生きてきたので、何のために生きているのかが見えなくなります。他人の要求に応えるだけで、自分の欲求や目的や分からなくなり、ただ他人に合わせる自分のみが残ります。

早い段階のトラウマの影響により

早い段階から痛ましいトラウマがある人は、危険に曝された場合に、戦ったり逃げたりできる人か、もしくは逃げることが困難で、抵抗もできず、何も出来ずに固まってしまう人がいます。トラウマがある人は、ショックを受けやすくなり、そのショックを受けないようにするため、次の脅威に備える人生になり、防衛的な面が色濃く出ます。

トラウマを抱えて、周りに敵意を感じながらも、戦ったり逃げたりできる人は、他人を信頼できなくても、自分の力は信じられます。一方、戦ったり逃げたりできず、凍りついたり、死んだふりでしか対応できない人は、脅威を目の前にしても、身体は固まってしまい、何も出来なくなるので、自分に対しての不信感が強まり、自分を恥ずかしい存在だと思います。

凍りつきや死んだふりでしか対応できない人は、脅威に対してもただ受け身的な反応しかできないため、人から悪意を向けられることを恐れます。普段から、緊張が強く、警戒していて、周りの人の目が気になり、自分の思ったことを表現できません。また、ショックを受けると、身体が固まりやすく、パニックや過呼吸、頭の情報処理の問題、声が出ない、手先が不器用、体幹が弱いため、うまくできないことが多くて、恥をかきやすくなります。

戦うか逃げるタイプか、凍りつくタイプ

基本的信頼感を獲得できなかった人は、この危険な世界のなかで生き残るために、口達者で活発に行動し、戦ったり逃げたりできるタイプと、相手の顔色を伺いながら受け身的に行動し、凍りつくタイプに分かれます。戦ったり逃げたりできるタイプは、自分の思う通りに相手を動かそうとして、頭の中で論理的な思考を展開し、相手を説得したり、威圧的な態度を取ったりして、自分のポジション取りのために、あくせくしています。若いうちから、大人に反抗し、戦っている人は、周りにこの怒りを適切に受け止めてもらえれば、罪悪感や思いやりに変わって、この世界を信頼できるようになります。凍りつくタイプは、相手に合わせて、ひたすら良い子になり、出来る限り頑張ろうとします。しかし、頑張ったことが報われない場合は、人に対して絶望感を持つようになります。

不信ベースで生きる人の発達段階

早い段階からトラウマを抱えて、凍りつきや死んだふりで対応する人は、この世の中や自分自身に対して信頼ができなくなります。一瞬は希望を抱いても、うまくいかなくて希望を失い、マイナスな可能性ばかりに注意が向いて、慎重な性格になります。また、自分を受け入れられず、他人の評価を気にしてしまい、人から評価されることがしんどくなります。

幼児前期-自律性vs恥、疑惑

自分の意志を持ち、自律性を育む過程において、このままの自分でいいんだと思えなくなります。無意識のうちに自分への疑いが強まり、恥ずかしくて、無力な存在になります。

幼児後期-積極性vs罪悪感

目的を持ち、積極的に生きていく段階において、物心ついた時から、息苦しく、周囲にビクビクして、何をしていいのか分かりません。自分に自信がなく、周りに迷惑をかけていると思って、自分を責めたり、罪悪感を抱きます。

学童期-勤勉性vs劣等感

有能感を持ち、勤勉性を高めていく時期において、学校の集団が怖くて入れなかったり、家族の関係がうまくいかなかったりします。うまくできない自分が悪いと思ったり、自分は誰にも必要とされていないと感じたりして、劣等感を抱きます。

青年期-同一性vs同一性の拡散

自我の同一性を獲得する時期において、内なる葛藤が強くなり、精神疾患として困難を抱えるようになります。自分が空っぽで、表面を取り繕うだけの人生になり、自分がどう社会の中で生きていけばいいのか分からなくなり、自分をどう取り戻していいのかも分からないまま、アイデンティティが拡散していきます。

成人期-親密性vs孤独

愛を育み、親密な他者との関係を構築するよりも、ある部分が人と繋がることを抑制しているため、愛のない人生になり、孤立していきます。人と関わるたびに疲れてしまって、普通に生きたくてもできない自分を責めたり、自分のことが虚しくてたまりません。

壮年期-生殖vs自己吸収

本来は子どもの世話をしたり、大切な家族があるのに対して、一人でいるほうが気楽なので、他者との関わりが少なく、自分の世界に没頭します。現実を受け止められず、自分自身を否認して、自己満足や自己陶酔に陥り、誇大な妄想に耽ります。一方、八方塞りな状況に陥ると、朝からうつ状態になり、仕事が続けられなくなります。

老年期-自己統合vs絶望

私が私でいてよかったと思えて、自己統合していくのに対して、今までの人生は何だったのかという気持ちになります。もはや取り返しがつかず、どうしようもない無力感で自暴自棄になり、絶望します。

諦観している人

親子関係のストレスから、この世に不信感が強い人は、親を理解できず、親との会話が噛み合わず、一人になりたいと思ってきました。人といても良いことなんてあるわけないと思い、人に期待しなくなり、良い意味で諦めることができます。一人でいるほうが静かに過ごせて、精神が落ち着くので、他者には期待しないけども、他者に思いやりを持ち、精神性の高い生活を送る人もいます。そして、トラウマがあっても、戦ったり逃げたりできる人は、自分の力を信じて、人生を切り開くことができます。

まとめ

基本的信頼感が育たなかった人は、この世界は基本的に危険なところであり、いつ他者に傷つけられるかもしれないと考えており、自分を素直にさらけ出すことできず、弱みを見せることができません。また、自分を肯定できず、傷つきすぎるメンタルを持ち、安心することができません。誰かと深い関係になることが難しく、自分の居場所が見つからないまま、漠然とした不安が残ります。

トラウマケア専門こころのえ相談室
公開 2021-03-30
論考 井上陽平

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