精神分析の領域で「同一化」（同一視）という現象は、深い関心を持たれるテーマの一つです。同一化とは、人が成長していく過程で、自分自身に関するイメージや認識を構築、また修正していく心理的なプロセスを指します。
考え方としては、私たちが周囲の人々や環境から受ける影響を、自らの中に取り込むことで、それが自分自身の一部となっていく過程を示しています。この過程は、特に子供の成長の中で顕著に見られるものです。
私たちが小さな頃から形成してきた「自分とは何か」という基本的な認識は、大きく両親や周りの大人たちの影響を受けています。例えば、親からの賞賛や叱責、愛情の示し方や接し方など、それらの日常的なやり取りが、私たちの内面に「自分の価値」や「自分の立ち位置」として蓄積されていきます。
このような過程を通じて、私たちは自分をどのように見るか、また他者とどのように関わるかという基本的なパーソナリティの特徴を形成していくのです。そのため、同一化は単なる模倣や真似ではなく、深い意味での自己理解や自己認識を形成する土台となるもの。それが、成熟した大人としての自己のアイデンティティや、他者との関係性の形成に大きく寄与しているのです。
例えば、子供たちは日常生活で父親や母親の行動や言葉をよく真似します。例えば、父親が毎日新聞を読む姿を見ている子供は、その姿に憧れて新聞を模倣して遊ぶことがあります。また、その子供が大人になった時、新聞を読むことが習慣になることも考えられます。このように、子供の時期に見たり体験したりしたことが、後の自分のイメージや性格の形成に影響を与えることがあるのです。
しかし、同一化が常にポジティブな影響を及ぼすわけではありません。もし家庭環境で頻繁に見られる行動や言動がネガティブなものであれば、子供はそれを模倣してしまうことが考えられます。例えば、家庭内での暴言や暴力が日常的であれば、子供はそれを「普通」と認識してしまう可能性があり、大人になってもそのような行動をとることが考えられます。
このように、同一化は私たちの成長や行動、考え方に多大な影響を及ぼす現象であり、それを理解することは、自らの行動や思考の原点を知るための大切な手がかりとなります。
子供の心の中: 親の影響における同一化の役割
親の態度や言動は、子供の性格形成に深く影響を及ぼすものとして、精神分析の世界で注目されています。同一化の現象は、個人が自らの人格、特に自我や超自我を形成する際の基本的な機制を指します。この機制において、他者の特性や行動を自己のものとし、その影響を受けて変容する心理的過程が進行します。
例えば、子供が両親の喧嘩の激しい場面に直面したり、親の機嫌が悪い時に無理解な八つ当たりを受けると、心の中で「このような親の行動は嫌だ」と強く思うようになります。その強い反発感情は、「自分は絶対にこのようにはなりたくない」という願望を生むのですが、このようなネガティブな感情が繰り返し心の中で反芻されることで、意外にもその反対の結果を招くことがあります。自分で繰り返し唱えるこれらの言葉や感情が、自分自身の耳、身体、そして心に響き渡り、それが無意識のうちに自分の行動や思考に影響を及ぼしていくのです。このような状態に陥ると、一度入った感情の沼地からは容易に抜け出せなくなります。
そして、この感情の沼地が、後の人生におけるコミュニケーションや対人関係の難しさとして表れることも少なくありません。たとえば、自分が受けた傷みや痛みを他者に投影してしまったり、過去のトラウマに似た状況が現れると過剰に反応してしまったりするのです。このような反応は、自らが経験した痛みを避けるための防衛機制として無意識のうちに形成されます。
しかし、これを理解し自覚することで、自分の心の奥底にある傷を癒す手がかりとなることもあります。重要なのは、過去の経験や親の影響が自分の行動や感情にどのように作用しているのかを理解し、その上で自分自身を受け入れ、新しい自分を築いていく過程を経ることです。そうすることで、過去の影響から解放され、本当の自分を取り戻すことができるのです。
親の影響と心の成長：過去の傷を乗り越える過程
前述のとおり、親子関係は、私たちが成長する過程で最も影響を受ける環境の一つです。特に、暴言を頻繁に吐く親と一緒に育つと、その親の言葉や表情、態度が子どもの心と身体に深く染みついてしまいます。子どもの頃からの連続したネガティブな経験は、子どもの心に暗い影を落とし、その心の傷は容易には癒えないものとなります。
例えるならば、明るく澄んだ湖が泥で汚染されるようなもの。一度泥が入り込むと、その湖の透明度は失われ、再び澄み渡る景色を取り戻すことは容易ではありません。同様に、子どもたちも親の悪影響の下で、身体が精神的な泥で汚れ、その重さに足を取られてしまいます。これは、まるで沼地に足を取られ、ずぶずぶとその深みに引きずり込まれるかのよう。
社会に出たとき、その子どもたちは他者との関係を築くのが困難になることが多いです。自分の心が傷つけられる経験を繰り返してきたため、他者を信じることが難しく、親を模倣した行動や態度が出てしまうこともあります。
一度汚染された心を清めるには、深い理解と共感、そして多くの時間と努力が必要です。しかし、一度沼地に足を取られても、手を差し伸べてくれる人や環境に恵まれれば、再び明るく澄んだ心を取り戻すことも不可能ではありません。
そのため、支援や助けを求めることは決して弱さではなく、自らの心と向き合う勇気の現れです。多くの専門家やカウンセラーは、このような背景を持つ人々をサポートし、心の回復を助けるための多様な手法や治療法を提供しています。そして、周囲の人々の理解とサポートも非常に重要です。コミュニティや友人、そして愛する人たちとのつながりを深め、共に成長することで、その傷は少しずつ癒えていきます。
さらに、自らの経験や過去を受け入れ、それを乗り越えるプロセスを共有することで、同じような経験を持つ他の人々の助けにもなることができます。このような共有の中で、自らの過去や痛みに向き合いながら、新しい人生の道を切り拓く力を育むことができます。
最終的に、私たちが経験するすべてのことは、私たち自身を形成する一部であり、それが私たちを強くし、人生の意味や目的を深める原動力となることもあるのです。だからこそ、過去の影響に縛られることなく、未来へと前進し続けるためのサポートと愛を受け入れることが重要なのです。
まとめ
成長期に顕著に現れます。これは私たちの環境や親からの影響を取り入れ、それを自分自身の一部として理解する過程を指します。子供は親の行動や言葉を模倣することで、その影響を受け、それが後の性格や行動に大きく影響する。しかし、この影響は必ずしもポジティブなものではない。特にネガティブな家庭環境では、子供はそれを「普通」と認識し、大人になってもその影響を受け続ける可能性がある。だが、過去の経験を受け入れ、それを乗り越えるサポートや治療を受けることで、心の傷は癒える可能性がある。
トラウマケア専門こころのえ相談室
公開 2023-09-22
論考 井上陽平
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