解離性同一性障害の実例:思い込みではない精神疾患

(DID)――「別の自分」が現れる心のしくみと、回復の現実

解離性同一性障害(DID)は、深刻な心的トラウマや極度のストレスによって引き起こされる複雑な精神疾患です。一般的には、私たちの「自我」は一貫した意識と感覚を持ち、統一された人格として機能しています。しかしDIDを持つ人々は、過去の痛みや心の傷から自分を守るために、自我が複数の人格に分裂するという状態に陥ります。

ここで大切なのは、DIDが「奇妙なキャラクターが増える話」でも「思い込みの強さ」でもなく、耐えられない現実を生き延びるために心が編み出した防衛の固定化として理解される領域がある、という点です。特に幼少期や青春期に重大なトラウマや高いストレスにさらされた人々に多く見られ、未熟な心が外部の脅威に適応するための防衛メカニズムとして解離を選び、それが成長とともに固定化してしまうと考えられています。

本記事では、DIDの概念説明で終わらせず、あなたが提示した実例(A〜I、S)を含めて、当事者が体験する「記憶の空白」「危険を感じながら生きる感覚」「内部世界の構造」「交代がもたらす社会的責任」まで、読み物として連続性を保ちながら整理します。さらに、治療の現実として重要な「正しい診断」「誤診のリスク」「トラウマ治療の三段階モデル」「各療法(EMDR、TF-CBT、SE)」「継続支援と社会的支援ネットワーク」まで、原文の要素を落とさず一つの柱記事として統合します。


Table of Contents

DIDの特徴

「別の人格」があるというより、「アクセスできない領域」がある

DIDの特徴は、各人格が異なる記憶、感情、思考パターンを持つ点です。ある人格が前面に出ている間、他の人格は「休眠状態」にあり、その間の出来事や経過した時間を全く知らないことがあります。これにより、患者は時折「記憶の空白」や、自分が行った行動に対する不安や混乱を抱えることになります。

ただし、ここを表面的に読むと「別人がいる」という奇抜さだけが残ってしまいます。臨床的に重要なのは、当事者が苦しむ中心がしばしば、人格の存在そのものではなく、**記憶・感情・身体感覚・対人反応の“断絶”**にあることです。昨日の自分と今日の自分が連続しない。自分の言動の責任を引き受ける準備が整う前に、現実が進んでしまう。説明しても疑われる。信じてもらえない。そうした「生きづらさの総体」が、生活と関係性に多大な影響を及ぼします。


解離性同一性障害の理解を深める

正しい診断と治療が鍵になる理由

解離性同一性障害(DID)は、その複雑な症状や社会的な認識の不足から、多くの誤解を生む病気です。テレビや映画などメディアで描かれるDIDのイメージは断片的で誇張されていることが多く、そのため実際の症状とは異なる理解が広まってしまっています。このような誤解が偏見や疑念を引き起こし、患者は誤解や不信感と戦う日々を過ごすことが少なくありません。

さらにDIDは他の精神疾患と誤診されることが多く、正しい治療に繋がらず苦しむケースもあります。たとえば統合失調症や双極性障害のような疾患と症状が似ているため、正確な診断が困難になることがあるのです。誤診による不適切な治療は、精神的苦痛をさらに悪化させるリスクがあり、回復を妨げる要因になります。

DIDの発症には幼少期のトラウマや過度のストレスが深く関与しています。このため、症状を改善するにはトラウマに対する適切な治療が不可欠です。トラウマが未解決のままでは、根本的な改善は難しいとされています。だからこそ、DIDに関する正確な理解と、それに基づいた治療法を確立することが重要です。

近年ではDIDに関する研究が進み、症例を通じた知識の共有が行われています。正しい情報が広まり、社会全体がDIDを理解することで、患者へのサポートが向上し、生活の質(QOL)が改善される可能性があります。

解離性同一性障害のなり方と症状:主人格・交代人格の役割:
https://trauma-free.com/dis/dissociative-identity/


DIDと日常の不安

「不安が強い」では足りない、危険を感じながら生きる感覚

解離性同一性障害(DID)を抱える人々は、日常生活の中で常に危険や脅威を感じるといわれています。この不安感は、私たちが日常的に感じる不安とは異なり、生命に関わるほど深刻な強度を持つことが多く、足元が揺れ動くような感覚が精神的安定を揺さぶります。

そのため、周囲の人々との間に距離を置き、無意識のうちに観察する傾向があります。これは自分を守るための防衛機制であり、予期しない危険から自分を保護する手段でもあります。外界からの脅威を回避し、心の中の安全を確保することが最優先になります。こうした背景から、DIDの人々は安定した環境や秩序のある世界を強く求めます。不安定さや予測不能は不安を悪化させるため、安心できる場所や人々を探し求めるのです。

さらに、他者からの評価や批判を避けるために、心の傷を隠そうとします。表面上は穏やかに振る舞い、笑顔を見せることさえある。しかし、その背後には深い悩みや痛みが隠されています。外見だけで判断しないことが、支援の第一歩になります。仮面の裏で起きているのは、想像しがたい心の戦いです。


DIDの世界

心の内部構造と人格交代のしくみ

ここからは、あなたが提示した実例を核として、DIDで何が起きているのかを「概念」ではなく「体験」として立ち上げていきます。実例を読むとき、重要なのは、どの人も“特殊な物語”を生きているのではなく、それぞれの人生の局面で必要だった守りが、今も作動しているという点です。


解離性同一性障害のAさん

外部世界が怖い。内部世界だけが把握できる

Aさんによれば、外部の世界は内部の世界よりも遥かに恐ろしく感じるといいます。どこで自分を傷つける言葉が飛んでくるか予測できないからです。恐怖や不安の多くは外部からの精神的ストレスに起因し、内部の調和を乱す原因のほとんども外部からの圧力だと考えています。

Aさんにとって内部世界は夢のような場所です。心が具現化した場所であり、内部構造は人それぞれ異なります。ある人は白い部屋やロビーのようなシンプルな世界を、別の人は複雑な構造を抱えている。Aさんの中で、その全体構造を把握しているのはたった一人の人格だけだといいます。内部世界は単なるイメージではなく、彼ら自身を形作る重要な要素になっています。

内部世界に入ると五感を使って普通の感覚を感じられる一方、外部世界にいるときは五感は外界に集中します。現在Aさんは外部世界におり、学校のことは別の人格に任せています。Aさん自身は情報を把握しているだけで、五感による認識はしていません。安定しているときは、外部刺激が少なければ内部状態をそれほど心配する必要はないそうです。

Aさんは内部世界での距離感についても語ります。内部の彼らは互いを見ており、表情や動きが異なるため、第三者のように誰が話しているか判断します。ただ、それができるのは数回だけで、ほとんどの時間は記憶がない状態です。他の人格が表に出ているとき、Aさん自身は「消えている」ように感じる。時には他の人格が行動しているのを上や横から見ている感覚もあるそうです。

人格交代は大きな不安や恐怖に曝されたときに起こりやすい一方で、普段の心は安定していることが多い。人格が交代すると、主な人格は意識を閉ざし、場合によっては完全に統制を失うこともある。しかし解離は意識が散漫になったときにも起こりやすく、誰でも経験する可能性がある。DIDの人々も普段は比較的安定し、大きな不安や恐怖に直面しない限り、落ち着いて過ごせることが多いのです。

現実が入れ替わると感じるとき――解離として立ち上がる〈移行空間〉
https://trauma-free.com/dissociation-transition-space/


解離性同一性障害のBさん

眠っている間の交代と、「お姉ちゃん」の部屋

Bさんの心の中には特別な部屋があり、そこには幼い頃の自分と、お姉ちゃんが一緒にいます。お姉ちゃんは面倒を見てくれて、食事を作り、眠る準備を手伝ってくれた。虐待を受けていたBさんにとって安心できる場所はどこにもなかった。しかし心の中のお姉ちゃんがそばにいることで、少しでも傷を癒やし、安心感を得られたのです。

Bさんは他の子どもたちと関わることが難しく、気持ちを理解するのが苦手でした。話しかけることも簡単ではなく、思いを伝えるのにも戸惑いがあった。それでも不思議なことに、周りの子どもたちはBさんをよく理解してくれているように感じる。

人格交代をしている間、Bさんは記憶を完全に失い、その時間は眠っているかのようです。目が覚めたあと、家族や周りから「さっきは別の人格だった」と教えられて初めて知る。自己意識が途切れる瞬間があるたび、現実に向き合うことが困難に感じることもある。それでも、お姉ちゃんの存在や周囲の理解に支えられながら、少しずつ向き合い方を見つけています。


解離性同一性障害のCさん

夢と現実の狭間で、「存在していない」感覚を抱える

Cさんは自分がどんな人物なのかをまだ十分に理解できていないように感じつつ、その答えを探しています。子どもっぽさを持っているのに、周りの大人と同じように振る舞わなければならない。大人のふりをしなければ変な目で見られ、理解されないのではないかという恐れがあるからです。

一方でCさんは「自分が存在していない」と感じることがあります。存在が不確かになると現実がぼやけ、夢の中のように何も分からなくなる。自己感覚が曖昧で、外側から自分を眺めているような感覚があるといいます。

Cさんにとって痛みを手放すことは比較的簡単です。感情や苦しみを切り離すことで自分を守る防衛反応です。眠りにつくと頭に痛みが走ったり、背後から引っ張られるような感覚に襲われる。感覚が鈍くなり、現実と夢の境界が曖昧になることもある。意識は真っ白や真っ暗な世界に閉じ込められ、自分がどこにいるか分からなくなることがある。

心の中に赤い観覧車が現れることがあり、シロツメクサの花畑で自分と対話することもある。時には何も見えず、静かな公園に一人でいることもある。そこには小さな自分が座り、遠くから大人の自分が声をかけている。その瞬間、内面世界を外から眺めているように感じ、自己と対話する不思議な経験をする。非現実感と現実の間で揺れ動きながらも、Cさんは理解を模索し続けています。


解離性同一性障害のDさん

内側の子どもたちと役割分担、外部の安定と自己受容

Dさんは複数の人格が内側に存在していたことに気づきました。その多くは子どもで、各人格は役割を持ち互いに必要なものを補い合っていたように感じています。保護する役割を担う人格、耐えるだけの人格、冷静に物事を見る人格、笑顔を振りまく人格、そして自傷を繰り返す人格など、それぞれが独自の役割を果たしていました。協力して生きているように思える一方で、対立や不協和音を生むこともありました。

外の世界にいると人格同士の記憶や感覚は混乱し、共有されないことが多く、日常は錯綜して複雑になります。内側で何が起きているか完全に把握することは難しく、理解しがたい言動を取ることもあった。

しかし家庭環境が安定し、暴力が減り、経済的な心配が少なくなると、次第に多くの人格を感じることが少なくなっていきました。そして自分を受け入れ認めるようになると、攻撃的な人格が表に出る回数も減り、安定を取り戻せた。この体験は、外部の安定と自己受容が回復の鍵になり得ることを示しています。


解離性同一性障害のEさん

周囲には分かるのに「私」は覚えていない。6歳と18歳の人格

Eさんは、日常を「私」として過ごしているとき、周りの人からは別の人格が現れた瞬間がはっきり分かると言います。声や表情、動作がまったく異なるため一目で見分けがつく。しかし「私」自身は交代中に意識が途絶え、他の人格の声を聞いたことも行動を目の当たりにしたこともありません。

時折、夢の中で6歳の人格が泣いたり外に出たいと訴えたりすることがある。だが目が覚めると声や感情は思い出せず、断片だけが残る。6歳の人格は純粋で無邪気で、時に元気づけてくれるが、書類に落書きをする癖があり、紙なら何にでも自由に書いていいと考えている。6歳の彼女が左利きであることも、Eさんが意識していない事実です。

一方、18歳の人格は別の役割を持っています。誰かを傷つけた際にそれを忘れないよう自分に傷をつけることがあり、「過ちを繰り返さないための証」として自分で決めたルールのようだといいます。彼氏もその行動を理解し支えている。18歳の人格は日中は少なく、夕方から深夜にかけて交代することが多い。ストレスがかかると交代が促進され、感情が不安定になる状況で現れやすいとEさんは感じています。


解離性同一性障害のFさん

「お願い、出てこないで!」――幼い人格に翻弄される現実

Fさんは、時折自身を乗っ取ってしまう幼い子どもの人格に悩まされています。怒りや不安に満ちたその人格が現れると自分では制御できなくなり、解離が始まる。前兆として必ず子どもの姿が心の中に現れ、それが見えた瞬間、自分を外から眺めているような感覚に包まれる。

解離が完全に起こると、その人格が外の世界に出て幼児返りしたような行動を取り、後から振り返ると強い恥ずかしさが残る。Fさんは「お願いだから、出てこないで!」と強く願うことがある。正常な状態でい続けたい、自分を取り戻したい。しかし現れると支配され、コントロールは難しくなる。その葛藤は恐怖と無力感を伴い、未然に防ぎたいという切実な願いに繋がっています。

インナーチャイルドの癒し方と抱きしめる治療法:カウンセリングで過去のトラウマを克服する
https://trauma-free.com/innerchild/


解離性同一性障害のGさん

守る天使と怒れる影――三つの自己像の葛藤

Gさんの内部世界には三つの自己像があります。10歳ほどの天使のような自己像が主となり、愛されることや守られることを独占しようとする。これは自分を守るために作り上げた重要な存在です。対照的に小さな自己像があり、主体の行動に疑問を抱く。より冷静に物事を見つめられる一方で、主体の独占的な態度に葛藤を抱える。

さらに影の自己像が存在し、怒りや憎しみといった負の感情を表現する役割を担う。影が現れると人格は交代し、普段と異なる一面が出ることがある。影の自己像は虐待的な父親との関係に深く結びつき、父への複雑な愛憎を抱えている。主体はトラウマを受け入れられず、影は父を愛しているがゆえに主体から解放されたいと願っている。

Gさんの内面には、トラウマをどう処理するかという葛藤が渦巻く。主体がトラウマを受け入れると自殺へ繋がる危険があり、影はそれを防ぐため主体を守る役割を果たす。しかしその守り方は時に悪魔のように振る舞い、自己破壊的な行動や衝動を引き起こすこともある。複数の自己像は絡み合い、不安定なバランスの中で共存しています。


解離性同一性障害のHさん

人格が起こした問題と社会的責任、傷跡の現実

Hさんの場合、DIDが引き起こす問題は深刻で日常に大きく影響しています。時折、法律に違反するような行動を取ってしまうことがあり、警察に相談せざるを得ない状況に追い込まれることもある。体には複数人格の自傷の結果として数多くの傷跡が残っています。

Hさんは複数人格の存在を認識していても、それぞれが抱える感情や思考を理解するのは困難です。交代中の記憶がないため、何が起きたかは周囲から聞くしかない。第三者から行動を知らされるたび、混乱し、信じられない気持ちになることもある。

特に困難なのは、別人格が引き起こした行動であっても、社会的責任はHさん自身が負わなければならないという現実です。直接関与していないのに責任を感じ、自己認識と社会の要請の間で葛藤を繰り返す。外からは理解しにくい苦しみが、生活のあらゆる場面で現れているのです。

現実が統合できなくなったときに起きる意識の断絶――解離という心の防衛反応
→ https://trauma-free.com/dissociation-defense/


解離性同一性障害のIさん

15年の経過、5年の治療、そして「回復」の定義の変化

Iさんは15年前に初めて交代人格が現れ、5年前から医療者の指導や治療を受け始めました。少しずつ前進しているものの交代は続き、完全な回復には至っていないと感じています。それでも自己認識が高まったことを実感し、内側の他の人格の存在を認めることで「生きている」感覚を受け入れられるようになりました。

医療者や身近な人々からは、感情が表出するようになったと評価されています。しかし「回復」という言葉を使うにはまだ早いとされ、完全な治癒を目指すよりも、Iさん自身がこの状態とどう向き合うかが大切だと感じています。

Iさんにとって回復とは、病気がなくなることではなく、人間らしさや自分らしさを取り戻すことです。自己認識を深め、感情や内面と向き合うことで、前向きに日々を過ごせるようになるのではないか。Iさんは、内面を知り受け入れることが重要なステップだと捉えています。


解離性同一性障害のSさん

「異なる声」から「心の中の仲間」へ――対話と協力の回復

Sさんにとって、自我の分裂は防衛機制に留まらず、内面の深い対話をもたらす旅でもありました。最初は恐怖と混乱。知らないうちに別人格が行動し、周囲に話しかけ、問題を引き起こしていたことを知るのは辛い経験でした。

しかし治療を続けるうちに、各人格が過去の自分の一部であり、全てが自分を守ろうとしている存在だと気づいていきます。人格分裂を「異なる声がある」と捉えることから、「対話をするための仲間がいる」として受け入れ始めたのです。

幼い少女の人格は虐待から逃れるために作られた防衛者で痛みを引き受け、冷静で知的な人格は日常生活を維持するための論理を司る。人格たちとの対話を通じて、Sさんは心の中に内なる家族がいることに気づき、それぞれがなぜ存在し、何を守っているのか理解しようと努めました。

その結果、葛藤や混乱への耐性が増し、時折交代することはあっても、以前より一貫性のある自我を保てるようになってきた。Sさんは言います。各人格は私の一部で、役割があり、私を守ってくれた。今はそれらを受け入れ、協力しながら前に進んでいる、と。


トラウマ治療のアプローチとDID

病名の理解だけでは足りない。治療は「段階」と「安全」が鍵になる

トラウマ治療はDIDの回復において極めて重要です。DIDは幼少期の深刻なトラウマや慢性的ストレスが主な原因とされ、そのトラウマが未処理のまま蓄積されていることが多い。トラウマを扱い、心を再構築することが治療の中心になります。

ここで重要なのは、DIDの治療が「話して吐き出して終わり」になりにくいことです。症状の背景にある防衛が強いほど、突然トラウマ処理に入ることは、当事者にとって危険になり得ます。だから多くの治療は、段階を踏みます。

トラウマの治し方・克服する方法――凍りつきと過覚醒から回復していくために:
https://trauma-free.com/treatment/recovery/


DID治療の3段階モデル

安定化(Stabilization)から始める理由

最初のステップである安定化は、安全で安心できる環境を作り心身の安定を図ることを目的としています。DIDの患者はフラッシュバックや解離症状に悩まされることが多く、まずそれらに対処するスキルやツールを提供します。

呼吸法、瞑想、グラウンディング(五感を使って現実に意識を戻す技法)など、心を落ち着かせる技法が用いられます。また外界との境界を強化するため、日常生活の中で自己管理能力を高める取り組みも行われます。患者が自分をコントロールできる感覚を取り戻すことが、この段階の目標です。


トラウマ処理(Trauma Processing)

「直視」が目的ではなく、「安全に処理できる形」に変える

次にトラウマの具体的処理に移行します。患者が過去の心的外傷を直視し感情的に処理する作業が行われますが、非常にデリケートであり、再体験が負担になる可能性があるため慎重に進められます。

ここで大切なのは、トラウマの物語を強引に思い出すことではなく、トラウマ記憶が現在の生活を侵食している形(解離、過覚醒、麻痺、交代の引き金)を、より安全な形へ再処理していくことです。


統合(Integration)

「一つになる」だけがゴールではなく、協力して生きられる状態へ

最終段階では、解離した人格や分断された記憶・感情を統合するプロセスが行われます。人格同士が互いを認め協力し合う状態を目指します。このプロセスには時間がかかることがあり、統合を進める中で日常の感情調整や対人関係スキルも強化し、再びトラウマに圧倒されないよう持続的支援が行われます。

ここでいう統合は「単に一つに戻す」だけではありません。Sさんのように、人格の存在を否定せず、役割を理解しながら協力関係を作っていくこと自体が、統合の重要な側面になり得ます。


トラウマ処理に用いられる手法

EMDR、TF-CBT、ソマティックエクスペリエンス(SE)

DIDのトラウマ処理では、さまざまな手法が用いられます。あなたの原文にある要素を落とさず整理します。

EMDR(眼球運動による脱感作と再処理)は、トラウマ記憶を感情的に処理しやすくするための手法で、トラウマ体験を回想しながら治療者の指示で眼球運動を行い、脳内の情報処理を促進し、安全な形で処理できるようにします。

トラウマ焦点化認知行動療法(TF-CBT)は、トラウマに焦点を当てた認知行動療法で、否定的思考パターンや誤った信念を修正し、新しい認知フレームを構築することで、トラウマの影響からの回復を支えます。

ソマティックエクスペリエンス(SE)は、トラウマが身体に蓄積されるという理論に基づき、身体感覚に意識を向けながら緊張やフラストレーションを少しずつ解放し、心身のバランスを回復します。DIDでは、身体が先に反応し、意識が切り替わることがあるため、身体アプローチが重要な支えになることがあります。

ソマティックエクスペリエンスの効果とやり方:トラウマ治療
https://trauma-free.com/treatment/somatic-experiencing/


継続的なサポートの重要性

治療は「一度終われば終わり」ではない

DIDの治療は長期的プロセスであり、継続的なサポートが重要です。トラウマが癒えるまでには長い時間がかかることが多く、回復の過程で再び解離やトラウマ反応が出現することも珍しくありません。そのため治療者との信頼関係を保ちながら定期的なセッションを続け、自己管理スキルを持続的に磨くことが求められます。

また家族や友人といった社会的支援ネットワークも不可欠です。理解と支援があることで、患者は安心して回復に集中できます。社会的孤立を防ぐために、周囲の人もDIDについて理解を深め、支援の手を差し伸べることが重要です。

DIDの治療は複雑で長期的ではありますが、適切なアプローチと継続サポートにより、自己の統合と安定した生活を取り戻すことは可能です。

ストレス対策に!簡単なセルフケアでメンタルヘルスを整える:
https://trauma-free.com/treatment/self-care/


当相談室でのカウンセリング・心理療法について

DIDは「説明しても信じてもらえない」「自分でも何が起きたか分からない」という体験が重なりやすい障害です。治療の入り口でいちばん重要なのは、叱咤や矯正ではなく、安全と理解が保たれた関係の中で、症状が起こる仕組みを一緒に見立て直すことです。

当相談室で、解離性同一性障害についてカウンセリングや心理療法を受けたいという方は、ページ下部の予約ボタンからご相談ください。

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【執筆者 / 監修者】

井上陽平(公認心理師・臨床心理学修士)

【保有資格】

  • 公認心理師(国家資格)
  • 臨床心理学修士(甲子園大学大学院)

【臨床経験】

  • カウンセリング歴:10年/臨床経験:10年
  • 児童養護施設でのボランティア
  • 情緒障害児短期治療施設での生活支援
  • 精神科クリニック・医療機関での心理検査および治療介入
  • 複雑性トラウマ、解離、PTSD、愛着障害、発達障害との併存症の臨床
  • 家族システム・対人関係・境界線の問題の心理支援
  • 身体症状(フリーズ・過覚醒・離人感・身体化)の心理介入

【専門領域】

  • 複雑性トラウマのメカニズム
  • 解離と自律神経・身体反応
  • 愛着スタイルと対人パターン
  • 慢性ストレスによる脳・心身反応
  • トラウマ後のセルフケアと回復過程
  • 境界線と心理的支配の構造
新刊『かくれトラウマ - 生きづらさはどこで生まれたのか -』
2026/2/26発売|Amazonで予約受付中
過緊張や生きづらさは、あなたのせいではなく、育った環境や親子関係の中で身についた生存の反応として残ることがあります。
本書では身体と神経系の視点に加えて、感情・自己否定・人間関係のしんどさまで含めて、専門用語をできるだけ使わずに整理し、安心を取り戻す22のレッスンとしてまとめました。必要な方に届けば嬉しいです。