有害な親のもとで育つ人々は、まるで喉元にナイフを突きつけられているような、絶え間ない緊張感を抱えて生きています。親の怒りや不機嫌を買うことは許されず、逆らうことは家庭の崩壊を招くかもしれない――そんな恐怖が子どもたちを支配します。彼らにとって、親に屈服し、親の期待に応える以外の選択肢は存在しないのです。
このような環境では、子どもたちは自分の感情を抑え込むことを学びます。「自分の気持ちは重要ではない」「自分が親を満足させなければ」という思いが心の奥深くに刻み込まれ、いつしか「自分」という存在を見失ってしまいます。喜びや悲しみ、怒りといった自然な感情さえも押し殺し、親のために作り上げた人格を演じ続ける日々が、心を疲弊させていきます。
その結果、大人になっても「自分らしく生きる」ことがわからなくなり、他人の期待に縛られてしまうことが少なくありません。自分の人生を選ぶ力や、自分自身の価値を信じる力が奪われ、無力感に囚われてしまうのです。
感情的に不安定な親との生活
有害な親との生活は、子どもにとって深い心理的負担となります。このような親は、怒りっぽく、喜怒哀楽の波が非常に激しい傾向があります。些細なことでも批判や拒絶を感じると、たちまち暴言や暴力に繋がることがあります。その怒りは一時的で、発散された後には何事もなかったかのように平静を取り戻すのが特徴です。しかし、その間に子どもが受ける心の傷は計り知れません。
子どもにとって、親の激しい感情の起伏は非常に恐ろしいものです。何がきっかけで親が怒るのか予測できないため、常に親の機嫌を伺い、慎重に振る舞わざるを得ません。また、このような環境では、子どもが自分の意見や感情を表現することはタブーとされ、親に意見を言うことなど到底許されません。これにより、子どもは自分の気持ちを押し殺し、自己表現や自信を育む機会を奪われてしまいます。
さらに、親の怒りを目の当たりにした子どもは、「自分が悪いから親を怒らせたのだ」と思い込むことがよくあります。このような自己否定的な思考は、大人になっても根深いトラウマや対人関係の課題として残ることがあります。
子どもへの影響とその長期的な課題
このような親子関係の中で育った子どもは、自分の感情を表現することを恐れたり、他人の顔色を伺うことが習慣化したりします。また、自分の存在価値に疑問を持ち、「愛されるには完璧でなければならない」と過剰な自己要求を課す傾向が生じることも少なくありません。このような感情の抑圧や歪んだ自己イメージは、成人後の人間関係や自己実現にも影響を及ぼします。
愛と憎しみの狭間で:有害な親に育てられた人々の葛藤
有害な親のもとで育つ人々が抱える最大のジレンマは、「親を愛するのか、それとも憎むのか」という極端な感情の中で揺れ動くことです。この感情の葛藤は、ただでさえ複雑な心をさらに混乱させ、結果的に自分自身のアイデンティティを見失う原因となります。親が与える影響は絶大であり、彼らは親の存在によって自分の思考や行動が縛られていると感じることが多いのです。
親に対して抱く愛情は、たとえ親が有害であったとしても、簡単に消えるものではありません。そのため、多くの人が親の毒性を無視しようとし、親の肯定的な側面に同化しながら成長します。「親も苦しんでいたのかもしれない」「本当は愛されていたはずだ」といった思いが、親の行動を正当化しようとする気持ちを生み出します。一方で、親を憎むという感情に向き合うことは、自分自身を責める結果にもつながりかねません。そのため、彼らは複雑な感情の中で立ち往生し、親に対する憎しみと愛情の間で葛藤し続けます。
愛情がある限り、親の理想化されたイメージは心の中で生き続けます。親のポジティブな側面に同一化することで、自分自身を守ろうとする心理が働くのです。しかし、ある時点で親の負の側面に目を向けざるを得なくなる瞬間が訪れます。その時、親に対して抱く憎しみや怒りを受け入れることは容易ではなく、それが自己のアイデンティティを揺るがす可能性もあります。「自分が愛してきた親が、実は有害な存在だった」と認めることは、心の安定を失わせる衝撃的な体験になり得るのです。
「親が望む自分」を演じ続けた人の心の鎖
幼い頃、親の期待に応え続けることでしか愛や安心感を得られない環境で育った人は、いつしか「親が望む自分」を演じることが習慣となります。しかし、その演じる日々は、やがて自分自身を縛る見えない鎖となり、深い疲労感や虚無感をもたらします。本当の自分の感情や希望を押し殺すことで、「自分らしさ」が薄れ、自分が何者なのか分からなくなることさえあります。
さらに、そのような環境で育った人は、無意識のうちに「自分の望みを口にしてはいけない」「誰かを怒らせたら全てが壊れる」という思い込みを抱くことが多いです。この思い込みは、人間関係にも影響を及ぼします。他人の顔色を伺い、自分の意見や感情を抑え込み、相手に合わせることで関係を保とうとします。結果として、自分を表現することへの恐怖心が強まり、ますます孤独や疎外感を感じるようになるのです。
連鎖を断ち切る第一歩
この連鎖を断ち切るには、まず「自分の感情を感じることを許可する」ことが必要です。幼い頃から自分の気持ちを押し殺してきた人にとって、それは簡単なことではありませんが、少しずつ「自分は何を感じているのだろう?」「何を望んでいるのだろう?」と問いかける時間を持つことが重要です。
例えば、毎日数分でも静かな時間を作り、自分の気持ちを書き出したり、小さなことでも「これが好き」「これをしたい」と思うことに気づいたりすることから始めてみましょう。これらの行動は、自分らしさを取り戻す第一歩です。自分の感情を認めることを積み重ねるうちに、「親が望む自分」ではなく、「本当の自分」で生きる力が少しずつ芽生えていくでしょう。
親の影響から自由になるために必要な心の整理術
有害な親との関係を乗り越えるために重要なことは、まず自分の感情を否定せずに受け入れることが大切です。「親を愛する気持ちも、憎む気持ちも、自分の中に存在していて当然だ」と認めることで、少しずつ感情を整理する余地が生まれます。また、親の行動や影響を客観的に見つめ直す作業も重要です。親の良い面と悪い面を切り離して考え、それが自分にどのような影響を与えたのかを振り返ることで、親と自分を分離して捉える力が育ちます。
最終的には、親との関係をどうするかを自分で選択することが求められます。この選択には、親との距離を保つことや関係を見直すことも含まれます。そして、その選択をする過程で、自分の価値観や人生の目標を再構築していくことが、親の影響から解放される鍵となるのです。
「親を愛すること」と「親を憎むこと」は相反するものではありません。それらはどちらも、自分が育った環境や経験に対する自然な感情です。それを受け入れた上で、自分自身の人生をどう作り上げるかを考えることが、心の自由と安定を取り戻すための第一歩です。
トラウマケア専門こころのえ相談室
公開 2024-12-07
論考 井上陽平
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