ポリヴェーガル理論

ポリヴェーガル(多重迷走神経)理論は2011年にステファン・ポージェス博士により提唱された理論です。この理論は、新生児の突然死に関する研究が発端となり、今では自律神経の新しい解釈として多くの人が注目しています。ポリヴェーガル理論は、自律神経系に焦点を当てて、人間がストレスや危険な状況に対してどのように反応するかを説明します。

ポリヴェーガル理論とは

ポリヴェーガル理論(polyvagal theory)は、人体の神経系がベースになっていて、人間を理解するための宝の地図です。ポリヴェーガル理論では、私たちの行動は、大脳皮質が司る意志や判断や感情に先立ち、生物として「生命が安全か危険か」という、反射的で根源的におこる反応の積み重ねに依っているといいます。ポリヴェーガル理論は、この社会で他者とともに安全安心で生きていく上で最も重要なのは自己調節・協働調整という神経系の働きだと教えてくれます。

ポリヴェーガル理論のポリは多重、ヴェーガルは迷走神経を意味します。ポリヴェーガル理論では、私たちの神経系と生理状態はお互いに密接に影響しあっていて、生理状態が安全か危険か生命の危機かで、私たちの行動は無意識下で変化するといいます。ポリヴェーガル理論ではこのことをニューロセプションと呼び、無意識下での行動は繰り返されることで習慣化され、その行動の積み重ねはいつしか心のありようにも影響を与えます。

さらに、ポリヴェーガル理論では、生物学的に進化した哺乳類~霊長類の生存戦略は、社会・共同体・家族・仲間の相互間でこのコミュニケーションに依っているとします。相互コミュニケーションでは、表情や声や首の動きに繋がる脳神経の働きがとても重要になってきます。ポリヴェーガル理論ではこの脳神経のいくつかと腹側迷走神経をあわせた神経群を社会交流神経=腹側迷走神経複合体と呼んでいます。

新しい自律神経系システム

ポリヴェーガル理論は、従来の交感神経と副交感神経のバランスだけでなく、2つの防衛機能(交感神経系と背側迷走神経系)と社会交流機能(腹側迷走神経系)のシステムとして私たちの身体を調整しています。

背側迷走神経は、系統発生学的に最も古い脊椎動物が持つ自律神経です。背側迷走神経は、通常は内臓機能(消化吸収、排泄など)に働きます。生き延びるために不動による防衛機能になり、シャットダウン、解離、無気力などです。腹側迷走神経は、系統発生学的に哺乳類だけがもつ自律神経です。腹側迷走神経は、共同体での適応能力である安全安心の働きをします。

私たち哺乳類は、哺乳類になって獲得した自分を守るための社会交流による生存防衛(社会的交流)を一番新しい腹側迷走神経を使います。危機な状態になると、可動化による自己防衛反応により危機を回避しようとする交感神経を使います。さらに命の危機になると、不動化による自己防衛反応のため、背側迷走神経が働きます。

腹側迷走神経が正常に働いている状態では、交感神経と背側迷走神経の自己防衛機能は抑制されます。また、安心な稼働状態の遊び、安心な不動状態の愛が可能になり、交感神経と背側迷走神経は拮抗関係としてホメオスタシスの維持のために働きます。

ニューロセプション

自律神経は、生命の恒常性を保つために、生理状態が変化すると、反射的に心臓や肺や血管に働きかけて状態を調整します。ポリヴェーガル理論では、生理状態が安全か、危険か、生命の危機かによって、自律神経は反射的に無意識下でその状態にあった神経系にスイッチします。これは、古代の原始爬虫類からサバンナに生きる猛獣、そして現代を生きる私たちも生き物として同等です。神経系は体内外の状況が安全か、危険か、生命の危機なのかによって、私たちの全有機体をその状況に適応させ、さまざまな行動を支えています。

・腹側迷走神経が機能しているとき、呼吸はゆらぎの呼吸で血圧は安定、筋緊張はほどよく、生理状態は安全を感じています。防衛ではなく社会交流で生存戦略を図ります。
・交感神経が機能しているとき、呼吸はあらく、血圧は上昇、筋緊張は亢進し、過活動状態になっています。生理状態は危機を感じ、可動的防衛機能が働きます。(闘争/逃走、凍りつき)
・背側迷走神経が機能しているとき、呼吸は浅く細く、血圧は低く筋緊張は弛緩しています。生理状態は命の危険を感じ、不動的防衛機能が働きます。(シャットダウン、解離)

自己調整のエクササイズ

複雑なトラウマを経験をしている人は、外の世界のストレスに対して、神経が繊細に反応してしまいます。身体の内外部からの様々な情報により、神経回路が誤作動を起こし、背側迷走神経が過活動になったり、交感神経が過活動になったりします。

トラウマの影響から、些細なことで感情が溢れてしまい、すぐ不安になってしまう人は、神経回路に働きかけて、自己調整を始めましょう。ポリヴェーガル理論を用いたトラウマのワークでは、安心・安全な感覚の経験に着目し、その安心・安全な感覚に気づいて、味わうことをしていきます。そして、セラピストは、クライエントが自分の力で安心・安全な感覚を作れるように支援します。

複雑なトラウマがある人は、危険や生命の危機を感じており、肩から首、顎、顔にかけて力を抜くことできず、筋肉が収縮して、脳への血流が悪くなっています。トラウマのエクササイズでは、過度に緊張している筋肉を適度に弛緩させて、血流を良くし、腹側迷走神経をはじめとした社会交流神経群を賦活させます。

①肩のエクササイズ

左右に肩の筋肉の緊張を強めていって、どちらの肩の緊張が強まるかを見ていきます。緊張が強い方の肩に意識を向けて、もう片方の肩は力を抜きます。緊張の強い肩をさらに緊張させたあと、今度は肩が動きたがっている方向に自由に動かしてあげて、筋肉を伸ばしていきます。このとき、肩や体の感覚にどんな変化が出てくるかを感じてもらいます。

②口のエクササイズ

少し顎を引いて、口をゆっくり開けていきます。抵抗を感じたら、今度ゆっくり口を閉じていきます。また、ゆっくり口を開けていって、抵抗を感じたら、口を閉じることを繰り返します。口を開けたり閉めたりすることで、顎や体の感覚にどんな変化が出てくるかを感じてもらいます。

③目のエクササイズ

頭はなるべく動かさずに、目だけをできるかぎりスムーズに左右に動かします。左と右のどちらに違和感や緊張を感じるかを見てもらいます。30~60秒ほど左右に動かしたあと、違和感が強い方に目だけを動かして、片方を見続けて、目がきつくなったら、まっすぐ前を見て、目を休ませます。目を休ませることにより、体がリラックスしていきます。目の動きは左右だけでなく、上下に動かしてもいいです。

まとめ

ポリヴェーガル理論は、社会的な関わりシステムが働いているときは、顔面筋や目の動きなどが自然になり、表情が和らぐなどの社会的な反応が起こります。一方、危険な状況や生命の危機的な状況に対して、可動化(交感神経)が働いているときは、心拍数が上昇し、体が張り詰めるなど防御反応が起こり、不動化(背側迷走神経)は働いているときは、心拍数が低下し、極度に弛緩する防衛反応が起こります。

ポリヴェーガル理論は、社会的な反応やストレス反応において、自律神経系がどのように働きかけ合っているかを説明しています。また、この理論は、ストレスやトラウマなどの心理的な問題が、これらの自律神経系を異常に働かせることで引き起こされる可能性があると提唱しています。

参考文献:小倉智子『イラスト図解-神経系&ポリヴェーガル理論入門』Kindle版

トラウマケア専門こころのえ相談室
公開 2023-01-12
論考 井上陽平

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