消化力が弱い人へ―首が前に出る「生き延びる姿勢」と神経系の防衛反応

「消化力が弱い人は、神経系が長期間“闘う”か“凍りつく”状態にあった人である」
— 井上陽平|トラウマケア専門こころのえ相談室

「首が前に出るたび、呼吸の道が少しずつ閉じていく」
— まあ|呼吸と脊髄のヨガ習慣

🧠ポリヴェーガル理論とは?神経系からみたトラウマ反応

私たちの体は、外の世界の安全や危険を、常に自律神経系を通して感知しています。
ポリヴェーガル理論(Polyvagal Theory)は、神経科学者スティーブン・ポージェスによって提唱されたもので、
「迷走神経(vagus nerve)」の働きが、私たちの心の状態や社会的行動にどのように影響しているかを明らかにした理論です。


🌿3つの神経システム ― 生き延びるための自動スイッチ

ポージェスは、自律神経系を「闘う・逃げる・凍りつく」などの反応として整理し、
人間の神経が3つのレベルで働いていると説明しました。

神経系主な反応状態の特徴
🟢 腹側迷走神経(Ventral Vagus)社会的交流・安定安心・リラックス・他者とのつながり深い呼吸・柔らかい表情・共感
🔴 交感神経(Sympathetic)闘う/逃げる緊張・焦燥・不安・過活動心拍数増加・筋緊張・浅い呼吸
背側迷走神経(Dorsal Vagus)凍りつく無気力・解離・シャットダウン胃腸の停止・声が出ない・無感覚

💬消化力の低下は「非常時モード」のサイン

消化力が弱い人は、しばしば長期間にわたり
**交感神経(闘う/逃げる)または背側迷走神経(凍りつく)**が優位に働いています。

この状態では、内臓を司る腹側迷走神経の働きが抑えられ、
体は「今は消化よりも生存が優先」と判断します。

胃腸はエネルギーを節約し、血流を筋肉や脳へ振り分けようとします。
つまり、体が“戦闘モード”のまま日常を過ごしているのです。


🍽️「食べ物」も「感情」も消化できない理由

このような神経状態では、食べ物の消化だけでなく、感情の処理も難しくなります。
強いストレスやトラウマ体験を受けると、脳は「この感情は危険だ」と判断し、心の中で“凍らせる”ことがあります。

その結果、怒りや悲しみ、寂しさといった感情をうまく感じ取れなくなり、
代わりに**身体症状(胃痛・便秘・疲労感・呼吸の浅さなど)**として現れるのです。

これは怠けでも体質でもなく、
“生き延びるための体の記憶”
危険な環境を生き抜くために、体が自動的に反応してきた結果なのです。


🌬呼吸と姿勢が示す「警戒の記憶」

呼吸が浅く、首が前に出る――これは危険を察知しようとする**「防御姿勢」**です。
ポリヴェーガル理論では、体は安全を感じない限り、リラックス(腹側迷走神経優位)へ戻ることができません。

つまり、「姿勢のクセ」は**「生存戦略の名残」**なのです。
心が安全を感じない限り、体は常に未来の危険を予測し続けます。

背中や首の筋肉が硬くなっている人は、
無意識のうちに「次に何が起こるか」を読み取ろうとしている可能性があります。
これは、かつて危険な状況で命を守るために身についた“警戒の記憶”なのです。


🌿ヨガ哲学と「風の乱れ(ヴァータ)」

アーユルヴェーダでは、この状態を**「ヴァータの乱れ」**と呼びます。
ヴァータとは、「動き」や「風」を司るエネルギーのこと。

心が未来へ飛びすぎると、風も上方(首や頭部)へ偏り、呼吸が浅くなります。
それはまるで、心が「まだ起きていないこと」に先回りして手を伸ばしているような状態です。

背骨に優しく呼吸を通してみてください。
前へ前へと急いでいたエネルギーが、背中側へとゆっくり還っていきます。
呼吸が胸に戻るとき、それは同時に心が“今ここ”に戻る瞬間です。

「姿勢を正す」よりも「風を思い出す」こと。
ヴァータの風が落ち着くと、思考も静まり、背骨の奥に温かい静けさが流れはじめます。


💡回復の第一歩:「いまはもう安全だ」と伝える

トラウマからの回復とは、神経系が「もう安全だ」と再び感じられるようになるプロセスです。
身体は過去の危険を今も「再生」していることがあります。

だからこそ、治すのではなく、
「もう安全だ」と身体に伝えることが大切です。

深い呼吸、柔らかい声、温かいまなざし――
こうした小さな体のサインが、腹側迷走神経をゆっくりと目覚めさせていきます。
体が安心を思い出すと、消化も、睡眠も、感情の流れも自然に整っていきます。

安心感は外にあるものではなく、
あなたの背骨の奥に、いつも静かに息づいているのです。

STORES 予約 から予約する

トラウマケア専門こころのえ相談室
公開 2025-11-09
論考 井上陽平

コメントする